地球……青く美しい星。
そこには数多の自然や営みがあり、そして数多のポケモンが住んでいる。
その数は100……200……300……400……それ以上であり、その数はまるで星の数のよう。
そんな生命のミックスボウルのような丸い星の側に二つの『存在』が対峙している。
「貴様、本当に人間なのか?」
地球をバックにまるで地球の守護者のように振舞う一匹のポケモン。白い体毛は大気の流れがない宇宙では靡くこともないが、まるで銀の羽毛のように遥か遠くから強烈に地球を照らす太陽のプロミネンスを受けて輝いた。4つんばい、まるで馬のような見た目を持ち、全高320センチほどのこの星ではそれなりに大きい種類のポケモン。一般的にはアルセウスと呼ばれている伝説のポケモンだった。まるで棺のようにさえ見える16枚のプレートがそのポケモンの胴回りをクルクルと規則正しく廻っている。
アルセウスは目の前数十メートル先にいる、『人間』を睨みつけ、テレパシーを送り喋った。
「AA02、僕を止められるのか?」
宇宙空間、そこは何もなくあらゆる生命が、その営みを許してもらえない絶対的な拒絶空間。
そこに……その絶望の世界に、まるで似つかわしくない一人の青年が立っている。いや、宇宙空間で立っていると言うのはおかしいのかもしれないが、とにかく立っているのだ。
紫色のトレンチコートを着た18歳位の年若い青年、顔つきは美麗でまるで女性のように美しい。
体は細い、しかし筋肉質であり一般人に比べればよほど体は鍛えられている。
宇宙空間だというのに、初めからそこに鎮座していたかのように青年の長く、まるで重力に引きずられたかのように垂れたブロンドヘアーは幻想的であり、あらゆる法則に囚われない禍々しさも放つ。
「――いや、こう呼んだほうがいいか? 地球を護る守護者、アルセウスとでも?」
青年は紅くギラつく瞳でアルセウスの同じように赤い目をのぞき込んだ。
憎悪と期待、目には見えない感情が、まるで何もない宇宙空間では視覚化出来るかのように見えた。
緊張が走る――刹那、飛び出したのはアルセウスだった。
「貴様の野望! ここで食い止める!!」
アルセウスは咆哮する、それはまるで悪魔たちを畏怖させたソドムの火のような雄叫び。
320センチの巨体が170センチ相当の細身の青年に襲いかかる。まるで流星のように速いその動きは、あらゆる者が反応することを許さず、その威力は巨大隕石さえ一撃のもと破壊するであろう脅威性を持っている。しかし、青年はそれをみて笑う。まるで人形のような清潭な顔立ちが邪悪さを持って歪む。口元がまるで裂けたかのように広がり、それは我々人間には言いようの無い恐怖に映るであろう光景。
だが、アルセウスは止まらない、今この巨悪を止めなければ地上には災厄が落ちる。そう心の中でアルセウスは何度も繰り返し、戦いの恐怖を跳ね除け、これまで地球を襲った数多の巨悪と戦い続けたのだ。
「ハハハッ! 野望か、よろしい……ならば止めてみせてくれ。君の力を僕に示せっ!」
回避不能、そう思える速度と位置を取ったアルセウスは驚愕した。
一寸、それほど短い距離に捉えた青年の姿が突然目の前から消えた。
跳ね除ける勢いで突進しただけに、急には止まれない体を無理やり止めて、青年の姿を探す。
瞬間、ものすごい殺気を真上から感じアルセウスは後ろに数メートル飛び退き、その殺気の元を睨みつける。
青年は依然笑みを消さないままアルセウスの間抜けな姿を見ていただけなのだ、だがそれだけなのにまるで彼は蛙を睨む蛇のように、アルセウスを身震いさせた。
危険、危険、危険――。
アルセウスの頭の中でサイレンが鳴り響く。
今まで感じたことの無い圧倒的憎悪、圧倒的渇望、圧倒的支配力。
この巨悪は自分だけでは抑えられないかもしれない……アルセウスは覚悟を決めた。
「もはや貴様を人とは見ん! 覚悟っ!!」
アルセウスの頭の中から彼イコール人間という図式は完全に無くなった。もとより宇宙空間に宇宙服もなく、しかも推進装置も見当たらない格好であれほど素早く動き、まるで空気を吸うかのように呼吸をするその姿を見て、人間かと思う方が無理がある気もするが。
青年は笑った、まるで新しいおもちゃをもらって喜ぶ子供のように。満面の笑みを浮かべ、天(といってもこの宇宙空間において天という概念は通用しないのだが)を仰ぎ、高らかに笑った。まるで透き通るような美しい声で笑い、その様はまるで天使の歌声のようだったが、アルセウスにとってそれはサタンの慟哭に過ぎない。
「そうだ! その憎悪! その覚悟! その絶望! その意思! その肉体! 全て! 全て全て全て――この僕に見せてみろ!! AA02!」
狂気……言葉で表すならまるで堕ちた天使のようだとでも言えば良いのだろうか?
青年の顔は狂気で狂い果て、その美しい容姿はまるで残酷な天使が着る羽衣のよう。そして高らかに笑う。星々が煌めく、まるでその存在を恐れるように輝いた。
アルセウスは吠えた、プレートの一枚がアルセウスの体の中に取り込まれると朱色に染まる。 アルセウスの口から放たれる『かえんほうしゃ』、更にすぐに別のプレートを取り込むと、その際薄い水色になったアルセウスは大気を凍らせるほどの冷気をまとったレーザー『れいとうビーム』を放ち、凶悪な二つのベクトルが青年を襲う。
『かえんほうしゃ』と『れいとうビーム』の猛攻撃、アルセウスはそれだけの猛攻を行っても顔は緊張に強ばっている。倒せるとは思えない……だがダメージはあるはず、そう心のなかで僅かな希望にすがり、自分を鼓舞する。
爆発と凍結、宇宙空間で発生した一瞬の爆発は黒煙を放つもすぐに霧散した。そしてそこにいたのは。
「ふ、その程度では埃しか巻き上げられんぞ?」
アルセウスは驚愕した。そこにいたのは衣類をパンパンと叩き、まるで埃を落とすような仕草をする青年。まるでノーダメージ、その姿は唖然とするしかなかった。
だが、アルセウスは諦めるわけにはいかない、それほどの強敵なら、それだけ地球は危機に瀕するということ。それを見過ごすことは地球の守護者を名乗るアルセウスには到底出来ない行為。
だからこそ、その絶望感に打拉かれながらも、アルセウスはその巨悪に立ち向かえる。
アルセウスの『しんそく』、最初に見せた猛突進より更に速く、更に鋭く青年をおそう。
青年は微笑した、その笑みが今更なにを持っているのかは誰にも分からない。
あるいはまだ楽しめると思ったのか、あるいは勝利を確信しただけなのか。
青年の背後が歪んだ、まるでブラックホールが発生したかのように空間が歪み、そこから一匹のポケモンが姿を現す。
「!? 己(おれ)――ッ!?」
アルセウスの『しんそく』は青年の右手一本に止められた。だがアルセウスが驚いたのはそっちじゃない。青年の後ろから現れた一匹のポケモンの方だった。
そのポケモンはアルセウスと全く同じ容姿をしているが、アルセウスが光のような存在なら、これはまるで闇のような存在のアルセウスだった。体毛は黒く禍々しい輝きを放ち、アルセウスを鋭く黄色い眼光で睨みつける。
「イー、『さばきのつぶて』」
「イエス、マスター」
黒いアルセウスの無感情な反応、黒いアルセウスの顔の正面に力が収束する。
『さばきのつぶて』……それはアルセウスのみが使える、破滅の呪文。大地を焼き尽くし、崩壊させ、あらゆるものを必滅させる絶対の技。
それが、アルセウスだけが持つことを許される究極の技、それがよりにもよって自分に放たれる。
為す術などはなかった。ただ発射の瞬間が異様にスローモーションに見える。逃げることも先に一撃ぶちこむこともできはしない、絶体絶命の事態。
アルセウスを苦虫を噛み潰すような顔をした。ここまでか……地球を護れないでなにが、守護者だろうか?
いや、これは自分で名乗っただけだ、別に誰かに乞われて地球の守護者を名乗ったわけではない。ただアルセウスはこの星が好きだけだっただけだ。
それだけにこれほど口惜しいことはない、今アルセウスは自らが憎む巨悪に負けようとしているのだから。
無慈悲に、それは放たれた。ほぼ至近距離で放たれた『さばきのつぶて』はアルセウスを襲う。為す術などとうになく、ただそれを受け入れるように……。
ズガァァァン!!
宇宙空間に本来音など無い、では何故彼らはあのように会話ができたのか?
それはテレパシーだから? 科学で説明できても、理屈で納得できないことはいくらでもある。
それは青年にとってもおなじようだった。
「陳腐な言葉だが、それは奇跡。ふふ……どうやら彼女はまだ僕を楽しませてくれそうだね」
アルセウスは『さばきのつぶて』のダメージで気絶したのか動く様子が無い。やがてアルセウスは地球の引力につかまれると徐々にその体を引っ張られ地球へと降下を始める。
その際、虹のように輝く無数の何かが、地表へと降り注いだ。その数大小合わせて17つ。
地上から見えるそれは流星雨のようにでも見えるのだろうか?
「マスター、お戯れも程々にしてください」
そう言うと黒いアルセウスは気絶したアルセウスに追撃をかけようとする。それは非常に合理的手段、この青年の強さにアルセウスが勝てる道理はないが、だが可能性のあるものを残すことは得策ではない。だからこそ黒いアルセウスは最善を尽くそうとしている。
だが、ふいに青年の冷たい言葉が場を凍らせた。
「僕の楽しみを邪魔するなイー」
絶対零度の冷たい言葉は、黒いアルセウス……イーの心さえ凍結させた。
動きを止め、青年に振り返ると頭を下げ、謝罪する。
「ふふふ……アルセウス、生きてまた僕の前に姿を現すんだ……ふふふ」
青年は地球を降下するアルセウスを眺め、歌った。
まるで、これから破滅の序曲を奏でるかのようだった。
その歌は地球の民には届かないかもしれない。
しかし、これを見る神々を畏怖させるかのように青年は歌った。
その姿はあまりに清々しく、まるで女性のように美しい声は一見すればまるでニンフの歌声。
宇宙空間に本来音など無い、だが彼の歌声は確かに宇宙空間を響かせた。