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Fantasy

第8話 アリサ―Golem―





「タルタロス、気をつけて登るんだぞ」

 ロキード山を登る大きさバラバラの一団。
 ロキード山は元々鉱山のため開拓された道が多いが、この山は現在州警察により封鎖されているため彼らはできるだけ歩きやすくとも、道は険しく、そして不安定な道を歩いていた。
 その道を難なく進むアルセウスとは別に、足場を選んでピョコピョコまるで兎のように飛び跳ねて進むイーブイのタルタロスをトモエは心配そうに眺めていた。

「ふん、それほど気にするのならボールに戻せばいいだろう」

 アルセウスはイーブイがいることが不満なのかふんと鼻息荒く、荒れた坂道を登っていく。

「訓練だよ、片目で生活するのってな……予想以上に平衡感覚がなくなるんだ……しばらくはこうやって補助しながら慣れさせるしかないさ」

 イーブイは体中が包帯でぐるぐるに巻かれ、すこし包帯が邪魔そうだが、それに嫌な顔はせずむしろトモエと一緒に歩けるのが嬉しいかのように笑顔でトモエの後ろをついていった。
 とはいえ、やはり足場が悪すぎて何度も転びそうになったり、ジャンプする位置を間違えたりして所々トモエの肝を冷やした。
 歩くスピードはどうしてもトモエとアルの時に比べると半分以下になり、歩く主導権はイーブイが持っているため、余計にアルセウスはいらついているのだろう。

 もしかしたらトモエがアルセウスよりイーブイを優先していることにイライラしているのかもしれない。

「危ないと感じる前に茶チビはボールに戻せよ」

「ブイ! ブイブイ!」

 茶チビ……と言われたことにカチンときたのか、イーブイが突然声を荒らげて鳴いた。
 それはそれでやはり子供の鳴き声か可愛らしいものであったが、イーブイにはイーブイなりの怖い顔なんだろう。
 まるで子供扱いするなといわんがごとくの様子だった。

「ふん、茶チビと言って何が悪い……大層な名前を貰っているが、茶チビは茶チビだろう」

「ブイーーッ!! ブイブイー!!」

 イーブイはそう言われて本当に怒ったのか、突然アルセウスに飛びかかり、アルセウスの鬣にガブリと噛み付いた。
 それにはさすがのアルセウスも。

「痛っ!? こら、や、やめんか!? ええい!」

「と、あ、暴れるな! あぶな……うおっ!?」

 イーブイに自分の手の届かない鬣を噛み付かれ引っ張れられたため、その場でアルセウスは暴れてしまう。
 するとその場の土砂を蹴り上げるものだから、アルセウスの下を歩くトモエには砂やら岩やらが落ちてきて大変危険だった。

「ブイブイーッ!」

「わ、わかった己が悪かったからやめぇい! タルタロス!!」

 先に参ったのはアルセウスであり、アルセウスが涙目を浮かべて謝るとようやくイーブイは口を離した。

「うぅ……鬣に見えるが己のそこは神経通っているんだ……痛いじゃないか」

 アルセウスの意外な弱点を見たトモエはアルセウスに駆け寄るとアルセウスの噛み付かれた部分を優しく撫でてあげた。
 すると少しアルセウスも嬉しかったのか、ちょっと笑う。

「……どうやったらタルタロスをあんなに怒らせたんだ?」

 イーブイはアルセウスに謝らせた後はフフンとアルセウスの足元で勝ち誇っていた。
 もしかしたらこんな顔して結構気性が荒いのかとトモエは思ったが、どうやらアルセウスの言葉によるとちょっと違うようだった。

「茶チビと言われてカチンときたらしい……よっぽどお前から貰ったタルタロスという名前を誇りにしているようだな」

 それを聞くとトモエはなるほどと納得する。
 タルタロスは自分の名前を穢されたと思って、アルセウスに牙を向いたのだ。
 とはいえ、美しいバラには棘があるというかイーブイも怒らせたら怖いのだなと、トモエはおろかアルセウスも思い知るのだった。

「ブイッ! ブイブイ!」

 イーブイは勝ち誇り、鼻歌を歌うように一番先頭を歩き始めた。

「おい、先頭はあぶな――」

 トモエは慌ててイーブイを止めようとした。
 だがその刹那、イーブイが振り返った瞬間突然にイーブイの足元がせりあがった。
 イーブイは慌てた様子でその場でうろたえると、突然イーブイの足元から土砂を巻き上げて現れたのはイワークだった。

 あまりの突然のことにイーブイは動くことさえできずイワークの頭の上でうろたえる。

「ブーイーー!?」

 イーブイは突然のことにイワークの頭の上で泣きわめく。
 するとイワーク自身もなにが起こったのかよく分かっていないのか、突然頭の上で煩く泣きわめくポケモンがいるのだから突然暴れ始めた。

「ちっ! やっぱりあいつは茶チビで十分だ! 野生のポケモンを刺激しおって! トモエわかっているな!?」

「当たり前だ!!」

 こういう緊迫の状況に関しては普段息の合わないトモエとアルはどうしてか歯車が完全に合う。
 イワークが暴れると当然イーブイはその頭から振り落とされる。
 イワークの体長は880センチにもなる、実にアルセウスの2.5倍近くあるのだ、イーブイは突然十数メートルも空中にはねのけられてしまった。
 そこを待っていましたとばかりにトモエが駆けて、『じゅうりょく』を用いてイーブイの周囲の慣性を緩和して、空中でポスッとキャッチ。
 すかさず、飛び出したのは怒りのマークが額に浮かびそうな表情のアルセウスだった。

「ええい! このうつけがぁっ!!」

 アルセウスはイワークに飛びかかると、そのいかにも硬そうな頭に勇敢にも『ずつき』をかます。
 イワークは一撃のもと怯むと、ふらふらとしながら地面に大穴を掘って退散していった。

「よくやったア……ル……?」

 イーブイをキャッチをして地上に降りるとトモエはアルセウスにねぎらいの言葉をかけた。
 だが、アルセウスはその場でうずくまり震えていた。

「痛ぅ……あの石頭め……」

「やっぱ『ずつき』した方も痛いのか」

 文字通り石頭のイワークに『ずつき』をしたのだ、痛くないはずがない。
 それは如実にアルセウスの痛みのこらえ方でよく分かった。

「この茶チビめ! お前のせいで今日の己の運気は最悪だっ!!」

 アルセウスはまだ痛みがあるであろう、赤く晴れた頭部をさらしながら涙目で立ち上がった。

「ていうか、『サイコキネシス』とかで倒しても問題ないんじゃないのか?」

 トモエからすると何故今一つで、しかもそれほどアルセウスの技では強力でもない『ずつき』を使ったのか謎だった。
 だがアルセウスからするとさも当然というように。

「己は無闇に野生のポケモンを傷つける趣味はない……1の力に大して10の力で戦うような戦い方は知らないんでな」

 それはアルセウスのプライドだろうか。
 彼女は卑怯な戦いは望まない、相手の力を超える理不尽な力で応える必要はないのだ。
 とはいえ、『ずつき』でイワークと戦うのもどうかと思うトモエだった。

「ブーイー!!」

 イーブイはよっぽど怖かったのかトモエの胸の中でわんわんと泣いた。
 さっきまで自信満々で強気な様子からはうって変わり、やっぱり子供なんだなとわかる様子だった。

「もう大丈夫だぞ、タルタロス」

 トモエがまるで母親のように腕の中で泣くイーブイをあやすとイーブイは「本当?」といった感じでようやく泣き止んだ。
 トモエの笑顔を見ると、ニッコリと笑い、ようやくイーブイも落ち着きを取り戻した。

「足の包帯がほつれてきたな……よし、そこで少し休憩しよう」

 トモエはようやく斜面がなだらかになり、休める場所を見つけると、その場までイーブイを背負ってトモエは向かった。
 アルセウスは早く行きたい様子だが、トモエに合わせてやれやれとその後をついていく。





「……おし、巻き直し完了」

 トモエはイーブイの足元の包帯を巻き直すと、ついでにさっきの涙で汚れた左目の包帯を一度取って巻き直した。
 左目がくりぬかれたその様子は、普通の人間なら吐き気をもよおすほどグロテスクなものだ。
 だが、トモエはそれを必死で我慢して、笑顔でイーブイの包帯を替える。

「ブイ〜♪」

 イーブイは包帯が巻き直されて動きやすくなったのか嬉しそうに足をばたつかせた。
 包帯を巻き終わり、地面におろすとイーブイはしっぽをフリフリと振って、おすわりをした。

「ふぅ……おい、アルはプレートの目星はついているのか?」

 トモエは岩に腰掛けながらキョロキョロと周囲を見張るアルセウスに聞いた。
 アルセウスは一旦トモエに振り返ると。

「気配は感じる、おそらく『がんせきプレート』だが……どうも気配が強すぎる」

 それを聞くとトモエは不思議そうに首をかしげた。
 それにつられてか元々意味の分かっていないイーブイもつられて首を傾げる。

「気配が強すぎるって……どういうことだ?」

 トモエは今までの結果から推論をまとめる。
 『たまむしプレート』の時は、アルセウスは強い気配を感じて虫ポケモン達のテリトリーに入った。
 『ふしぎのプレート』の時は全くの偶然だったな……アルセウスも気配を感じてはいなかった。

「強すぎるってどういうことだ?」

 トモエにもイマイチ分からないことだったが、これに関してはアルセウスもわからないようで、首をフルフルと横に振っていた。

「そもそもプレートを手放した事がない故に、プレートが放置されたとき、環境やポケモンへどういう影響を与えるかは未知数だ」

 プレートが環境にも影響を与える? トモエは新しい情報に首をかしげた。
 今までトモエの推論からすると、プレートはその恩恵を受けられるポケモンを寄せ付け、その力をパワーアップさせているというイメージだった。
 だがアルセウスの言葉をくわえると、プレートはその場にも影響をあたえるということになる。

「はぁ……つくづく万能だな、そのプレートって奴は……そろそろ行こうか」

 トモエたちは休憩を終えるとたち上がり、とりあえずそのまま頂上を目指す。

「ま、馬鹿と煙は高いところに上がりたがるっていうし、案外プレートもそういうところにあるかもな」

 どっちみちどこにあるかも特定できない以上、彼らは闇雲に探すしかない。
 縦にたいしてはそれほど大きな山ではないが、横にたいしては意外と大きいだけにこれは探すのが大変そうだとトモエも軽くため息をついてしまう。


 ふと、なだらかな道を登っていると、突然それはやってきた。

「――ゴロン、ゴロン!」

 突然地鳴りと共に、何かの鳴き声が大量に聞こえてくる。
 轟音と共に砂煙をあげて、山頂部から突然ゴローンの一団が転がってきたのだ。
 その数が尋常でなく100匹ちかくのゴローンが一斉に土煙をあげて、襲ってきた(故意か偶然かは不明だが)のだ。

「に、逃げるぞトモエ!! 早く茶チビをボールに戻せ!!」

 血の気のひいた一人と一匹はすぐさま道を逆に走り、一気に坂を下っていく。
 とはいえ、相手は転がっているので走るトモエたちより断然早く、その距離はどんどん縮まっていった。
 さらに、そこに訪れる追い打ちは。

「も、戻れタルタ……ああっ!」

 トモエは走りながらモンスターボールにイーブイを戻そうとするが、なんとその直前でボールを落としてしまう。
 球体のモンスターボールは意外と取り扱いが難しく、よく手元から落ちやすいがこういう時に落とすのは致命的だった。

「あ、阿呆!! このうつけ!! なにをやっとるかーーっ!!」

「し、仕方ないだろ! モンスターボールを扱うの8年ぶりなんだよっ!」

 モンスターボールを落としたトモエは当然のようにアルセウスから罵声を浴びた。
 トモエも必死に反論するがもはや、そんなことをしている余裕はない。
 まさに、ゴローンの一団に一人と二匹が轢かれそうになったその時。

「出てきてロッキー! 『てっぺき』ですっ!」

 これまた突然だった、突然空中からゴローニャがトモエたちの後ろに降り立つと、『てっぺき』を用いて自身の防御力を格段に上げて、ゴローンの一団の前に仁王立ちしたのだ。
 当然ゴローンの一団は止まることを知らず次々とあるものは何事もなく通過し、あるものはゴローニャにぶつかって軌道を変える。
 呆然と立ち止まってゴローンの一団が過ぎ去るのを見送ると、今度はゴローニャの方に目を向けた。

「ゴロ……」

 ゴローニャは何事もないように構えを解く。
 さすがというと当然というか、岩タイプのゴローニャはゴローンの『ころがる』程度では全くダメージを受けない。
 だが、一体だれが彼らを助けたというのか?
 ゴローンが過ぎ去ると、突然ピンク色のベースボールキャップを被った少女が彼らの前に現れた。

「ロッキーご苦労様です。あなたたち! ここは今関係者以外立ち入り禁止なんですよ!?」

 14歳ていどの少女は、探検家が着るような丈夫な服を身に纏い、服装の地味な土気色の色合いに比べるとピンク色の帽子が異様に違和感を出している。
 中学生程度だと思われるが、その顔は童顔でアジア系とも黒人ともとれない小麦色の肌をして、その人物がどこの人種かがすぐにはわからなかったが、唯一特徴が判明する部分としては両腕に奇妙な模様のリストバンドをはめており、そこから二本色鮮やかな鳥の羽が覗いている。

「NA……ネイティブか?」

 それは俗に言えばインディアン、一般的にはネイティブアメリカンと呼ばれる、その大陸に住む原住民の少女だった。
 まるで黒真珠のように美しく、大きな瞳は怒った顔のままトモエを睨みつける。

「私はラクーシャシティのジムリーダーのクー。あなたたち……見たところポケモントレーナーのようだけど……怪しいわね」

 クー……と呼ばれる少女はなんだか様子のおかしいトモエをみると、態勢を屈めて下からトモエの顔を覗いてトモエの様子を探る。

「……? あなた……どこかで見たことがある気が?」

 ふと、クーは訝しげにトモエを見ていると何かに気付く。
 うーんと、頭を唸らせて考えていると、ポン! とリアクションよく手を叩くと思い出した。

「あーっ! 思い出した!! あなた古戸無朋恵さん! 華鶏のトモエ!?」

「っな!?」

 トモエは正直驚いた。
 トモエ自身は勿論、クーは初対面であり全く知らない人物だったが、クーはトモエの事を思い出すと急に態度を変える。
 顔を真赤にして手でその顔を隠すと、すごく口早に言葉を紡いでいった。

「キャーッ! わ、わっわわわわ、私すっごくファンだったんです! そう、トモエさんの初めてのジム戦あの無名時代のトモエさんとアチャモの戦いぶりは忘れられませんっ!」

「アチャモ……ジム戦……?」

 さっきから、突然知らない女は現れるわ、いきなり態度が180度変わるわでアルセウスとイーブイはついていけず首をかしげっぱなしだった。

「風の噂で死んだって聞いてましたけど、まだ生きていたんですね!」

「いや……一度も死んでないんだけど……」

 少女は元々美しい瞳をキラキラと輝かせまるであこがれのスーパースターに出逢った少女のようだった。
 トモエはというと、あまりの突然のことに未だに戸惑っていた。

「でも、よかった! まだポケモントレーナー続けていらしたんですね! あ、でもアチャモの姿が……あ、今はもうバシャーモですか? 見当たりませんね?」

 クーはキョロキョロと周囲を見渡し、バシャーモを探すが当然こんな所にいるわけがない。
 アルセウスやイーブイには知らない事だらけで、どう反応すればいいのかもわからず、トモエをじっと見つめるが……トモエは急激に顔をうつむかせ暗くなった。
 クーはまったく気付いていないのか、どんどん口早に明るくなり、トモエはそれと真逆に覇気をなくし、どんどんどんよりとした雰囲気を出していく。

「あの……あの時のアチャモは……」

「――死んだよ」

 何気なくクーはトモエに聞いたつもりだった。
 だが、あまりのトモエの重い言葉にクーはしまったと、口をぱっくり開けて驚き、なんだか気不味い顔をして押し黙った。

「あ、あの……すいません。私……そうとは知らず……」

「別にいいよ……気に病むことはない」

 トモエはク―を気遣い、気にすることはないというが……その顔は誰が見てもむしろ病んでいるのはトモエの方であり、心配するなと言っている本人の方が心配であった。

 トモエには……かつてポケモントレーナーとしてポケモンリーグを目指して旅に出たことがあるという事実は覚えているだろうか?
 彼はどこから旅をはじめたのかは誰も知らない、だが過去のコアなファンならば、彼……トモエの戦いぶりはよく覚えている。
 そう、トモエはかつてアチャモと一緒にミレリア地方を旅し、その強さ……その鮮やかな戦いぶりから華鶏のトモエという異名をわずか1ヶ月あまりで得るほどの実力者だった。
 その鮮烈な戦いぶりは一部では伝説となっており、同時にわずか三ヶ月の期間人々の前に姿を現し、そして姿を消したことから今では彼のことは一部ではゴーストトレーナーと呼ばれていた。
 当時クーはまだ6歳であったが、その当時偶然見かけたトモエのジム戦は、ずっと記憶に残っていた。
 トレーナーの中にはトモエの戦いを見て、自分もいつかこんなトレーナーになりたいと、トモエを憧れてポケモントレーナーの道を歩んだ者も多い。
 そして、このジムリーダーのクーもその一人だ。

「あ、あのっ! 良かったら私とポケモンバトルしてくれませんかっ!?」

 クーは場の雰囲気を変えるべく突然ポケモンバトルをトモエに申し込んだ。
 あまりの意外な提案にトモエは驚いたが……少し考えた後、クーに質問をした。

「クーちゃん……だっけ? 一つ聞きたいが君はどうしてポケモントレーナーに、そしてジムリーダーになったんだい?」

 その質問をしたときのトモエの顔は暗いが真剣で、真摯な様子にアルセウスはある種の違和感を感じていた。
 イーブイのタルタロスには分からない僅かな違いであったが、今のトモエは僅かにいつもより重い雰囲気を持っている……このいつもとの僅かな違いがなんなのか、まだトモエのことを完全に知りきっていないアルセウスのアルにはわからない。

「私がポケモントレーナーになったのは、トモエさんみたいなトレーナーになりたかったからです!」

 彼女は最初なぜそのような事を聞かれたのか疑問に思ったが、憧れの人物ということもあり元気いっぱいに自分のトレーナーになった理由をトモエに話した。
 トモエはそれを聞くと……俯いて目を瞑り過去を振り返る。
 彼がトレーナーだった頃の時代……それに思いを馳せるが、その記憶に何を想うのかはわからない。
 しばらく何かを考えた後トモエは再びクーの目を見ると、次の質問をした。

「何故俺なんだ?」

「私もトモエさんみたいに強いトレーナーになりたいんですっ! あ、今はジムリーダーになりましたけど、でもやっぱりトモエさんみたいな――!」

「……やめろ」

 突然だった、うんざりするほど暗い気を放ってトモエがクーの言葉を遮った。
 あまりの突然のことにどうしていいか戸惑うクーだったが、トモエは静かに言葉を続けた。

「俺はそんなにすごくない。俺を目指すなんて間違っている……」

「え……えと……その、でも……私にとっては……」

 クーも何故かはわからないだろう。彼女は必死に自分の想いをトモエに伝えようとするが、トモエのその陰湿な気が遮ってか言葉が中々続かない。
 やがてトモエは地面に落ちたイーブイのボールを回収すると、再び山頂を目指して歩き出した。

「……悪いけど、俺は君と戦うつもりはない。俺は……君が考えているほど強くない」

 それだけを残すとトモエはクーを置いて、再び山を登り始めた。
 しばらく呆然としていたアルセウスとイーブイだったが、主人の様子を見て二匹もトモエの後ろを歩き出す。
 途中、アルセウスはクーに一瞥くれるとすぐさまトモエ達の先頭を歩き出した。

 クーはしばらく突然のことに呆然としていたが、はっと何かを思い出してゴローニャのロッキーと共にトモエを追いかけた。

「まっ! 待ってください! だ、だからここは今一般人は立ち入り禁止なんですよっ! 例え憧れのトモエさんでも駄目なものは駄目なんです!」

「……おい契約者、どうする?」

 慌てて追いかけてきてトモエを別の理由で止めてきたとき、アルセウスはトモエに聞いた。
 正直、感情論は別として、発見されたということはまずいという印象だった。
 クーの様子をみると、別に州警察に通報されるというような恐れはなさそうだが、どう考えてもプレートをさがすには彼女が邪魔だった。
 アルセウスはというと、なかった事にするか……というような物騒な意見をアイコンタクトでトモエに伝えるが、トモエはさすがにそれはまずいと首を横に振った。

「あー……えと、俺たち実は捜し物があるんだ……見つけたらすぐに去るから……さ?」

 捜し物? それを聞くとクーの目が再び輝いた。

「捜し物……だったら一緒に行きましょう! 私も探します!」

 やぶ蛇……そう呟いたのはアルセウスのアルだった。
 なんとクーは突然付いて来ると言い出したのだ。

 正直トモエとしては別にどうでもいいことだったが、アルセウスはというと明らかに嫌な顔をしていた。
 イーブイはどっちつかずではあるが、ゴローニャのロッキーと視線が合うと怯えてトモエの後ろに隠れ、怯えられたロッキーはちょっとショックで落ち込んでいた。

「わかった……じゃあ一緒に行こうか?」

「はいっ!」

 監視付き(しかも無駄にこちらの過去をほじくり返したがる相手)というのはどうにも印象が悪かったが、クー無しで動いてはどうなるか分からないと判断したトモエは、しぶしぶクーの同行を許可した。
 クーはというと、物凄く笑顔が似合う少女ミレリア地方ナンバー1の称号を与えたいほどの笑顔で、嬉しそうに笑いトモエの横に並んだ。

 何が彼女をここまで喜ばせるのかがトモエにはわからなかったが、アルセウスの方をみると、これまたなぜそれほど不機嫌なのかと思うほどにクーを睨みつける姿が見れた。

「俺よりお前の方がクーなんてどうでもいいって顔しそうなのに……どうした?」

 トモエはアルセウスの近づいて小声でそう聞くと、アルセウスは不機嫌そうに頬を膨らませて。

「……別に、なんだかイライラしているだけだ」

 だから、何故イライラしているのだ……と聞き返したかったがトモエはやめておいた。
 アルセウスとの付き合いからアルセウスは人間がむしろ好きなようだったが、誰にしたって相性がある……きっとクーのようなタイプは苦手なのだろう……と思ったが、ノーマとは仲が良かったし、ドクターマルスのことも極度に嫌っているようには見えなかった……だとするとクーの何がいけないのか? トモエは首を傾げるしか無かった。

「そういえば……そのポケモン人の言葉をしゃべるし、見たことのないポケモンですね……なんていうポケモンなんですか?」

「ふん、己はアルセウスだ……」

 アルセウスは自分のことを聞かれると不機嫌そうに答えた。
 クーはアルセウスのことなんて知らないし、機嫌が悪いのもしらないので、アルセウスの気配に?を頭に浮かべつつ、トモエに密着してささやくように聞いた。

「あの……私もしかして嫌われています?」

 さ、さぁ……とトモエは口を濁して、曖昧な返事をした。
 今まででアルセウスがここまであからさまに不機嫌そうな顔をしたことは無い。
 それゆえにトモエもどうしてこうなったと頭をこんがらせていた。

「ブイ! ブイブイ!」

 そんなこんなしている間にイーブイはクーがトモエに必要以上に近づいていることに気づいてクーとトモエの間に入るとトモエの体に擦り寄って自分をアピールした。
 当然その姿はクーの視界にも入り、この時ようやくクーはトモエの一行のもうひとつの不思議に気づいた。

「あれ? どうしてこのイーブイ、包帯を巻いているんですか?」

 クーは不思議そうな顔をしていた。
 ポケモンが包帯を巻く姿というのは大変珍しく、一見元気そうなイーブイでもどこか悪いのかと心配していた。

「……タルタロスは……左目が無いんだ」

 それを聞くと、クーは地雷三発目かと唖然として口を開き、ついに固まってしまった。
 ああもう! どうして空気読めない私! とクーは慌てて自分の頭を叩いて気を取り直して歩き始める。

「ブイ?」

 ネタにされた本人はなんとも呑気な鳴き声をあげるが、当の本人に自分のせいで気不味い思いをさせたのだとは露とも思わないだろう。
 イーブイにとって怪我の性で目を失ったり毛が生えない皮膚の性でアンバランスにみすぼらしい格好は大して意味がない。
 意味を持って見るのは人間だけであるが、トモエやクーにとってもそれはあまり触れたいことではなかった。
 唯一ほんのりとイーブイが感じたのは、僕の性でクーさんは気不味い顔をしているのか……という程度だ。

「そういえば、トモエさんは何を探しているんですか?」

「プレート……て、言ってもわかるわけないよな」

 プレートと聞いてクーは当然首をかしげた。
 プレート……と言っても直訳すると板金であるし、勿論トモエの言っているプレートは板金などではない。
 とにかく、トモエとしてはそれ以上の説明のしようがなかった。

 もっと詳しく言えば人間の身の丈ほどのある板で棺のような形をしている……と言えるのだが、言ったら頭をおかしく思われても不思議ではない。
 そもそも探す理由も不明だし、棺という時点で不吉極まりない。

「……ふっふっふ、プレート……とはこれのことであーるか?」

 突然だった、もはや最近おなじみになりつつある声を坂の上で聞くと、アルセウスとトモエははぁ……とため息をつき、イーブイとクーたちはキョトンとして坂の上の人物を見た。
 とりあえず、恒例ではあるが……。

「またお前か! ドクターマルス!」

 トモエは声を荒らげて坂の上の白衣の女性ドクターマルスを睨みつけた。
 そこには手に小さな棺状の何か持ってニヤニヤと笑うドクターマルスがいた。
 当然ドクターマルスの手に持っている物体には見覚えがあるが……どうにもサイズがおかしいためトモエはアルセウスに聞いた。

「おい……プレートって皆サイズが違うのか?」

「いや……そんなはずはないが……というか、己自身プレートのことは本能的に使っていたからよく知らないのだが……」

 アルセウスはドクターマルスが持つ手のひらサイズのプレートを見て、たしかに彼女の持っていたプレートの力を感じていた。
 間違いなく本物のプレートだが、その様子の違いにトモエとアルセウスは戸惑った。

「ふっふっふ……だからお前らは阿呆なのであーる! 持ち主も……その契約者もそこまで無知とはな!」

「ッ! だったらどういうことなのだっ!?」

 阿呆と言われてカチンときたアルセウスはどういうことなのかドクターマルスに叫んだ。
 ドクターマルスはそのマヌケなアルセウスを見て、鼻で笑うとやれやれと説明をはじめた。

「解析の結果、このプレートは持ち主のサイズに合わせてサイズが変わる質量の変動する特殊な物体であることが分かったであーる」
「つまり、その変動の理屈さえわかれば……ちょっとした工夫でこのような手のひらサイズにすることも可能なのであーる」

「なるほどなー……て、なんでお前がプレートを持っているんだよっ!?」

 それは知らなかったとアルセウスもトモエも感嘆の声を上げたが、それはそれ、これはこれなのでとりあえず威嚇するような声で何故持っていると聞いてきた。

「なぜって? ふっふっふ……この私が三度も負けて学習しないと思うであーるか? 当然学習しましたともさ、このプレートを得るごとにおまえたちが強くなることに! よってこの『がんせきプレート』を先に手にいれることでイニシアチブを取るである!」

 なるほど、ドクターらしい頭脳戦術だ……トモエは悔しいが先回りされたことに苦虫を噛み潰す顔をした。
 毎回会うごとに厄介さを増すドクターマルスに少なからずトモエもアルセウスも危機感を感じ取る。
 しかし、わからないのはその他一行だ。

「あの……あの嫌に愉快な女性はお知り合いですか?」

 クーはとりあえず状況がわからずトモエにあの『嫌に愉快な』女性のことを聞いてきた。
 だが、トモエが答える前に反応したのはドクターマルスだった。

「ちょっとまてぇぇい!! そこの小娘! いや、敢えて言おう! ジャリガール! この大・天・才!! ドクターマルスを知らないだとぉ!?」

「ドクターマルス? そんなポケモン博士いたかなぁ?」

 クーはドクターと聞いてポケモンの博士を思い浮かべるが当然ドクターはポケモンの博士ではない。
 というか、彼女はそもそも本来ポケモンに興味がない女だ。

「違うであーる! 敢えていうのならば、私は理科系の女になるわけで……あ、そもそも私はそんじょそこらの天才とは違い、シルフやデボンなど個人で技術力を上回る天才であるからにして……」

「……クーちゃん、あいつはダークプリズンだ」

 ドクターのやたらに長い演説のようさえ思える語りは途中でトモエが無視して、簡潔にドクターマルスの正体をクーに伝えた。
 ダークプリズンの名前を聞くと、最初ビックリしたがすぐに真剣な顔でドクターマルスを睨みつけた。

「百歩譲って……コメディアンっていうのならわかりますけど、あのダークプリズンの構成員というのならどうであれ許せませんね……」

「コメディアンだと……この天才が? むてきんぐ! 小娘に『でんじほう』であーる!!」

 コメディアンと言われればあぁ、納得となりそうだが当然本人はそれが許せるワケがない。
 彼女は自分自身に誇りをもっており、それを穢されれば許せるわけがない。
 突然モンスターボールも投げていないのに命令を出すドクターにトモエは過去の戦いを思い出して慌ててクーに言った。

「ヤバイ!! よけろっ!!」

 突然だった、何もない空間で電気が走り、強力な『でんじほう』がクーめがけて発射される。
 突然のことにクーの反応が遅れた、慌てて助けようにもトモエの動きも間に合わない。

「ろ、ロッキー!」

 唯一間に合ったのはゴローニャのロッキーだった。
 あらかじめクーのすぐ近くにいたゴローニャは身代わりとなって『でんじほう』をその身に受ける。

「うわーはっは! 馬鹿め! 自分から身代わりになるとは……我がムテキングの技にひれ伏し……て、あれ?」

「……ゴロ」

 相変わらず知識不足のドクターマルスは『でんじほう』が当たった事で大笑したが、ゴローニャが何かしたか? と言わんが如くの様子でドクターマルスを睨みつけ、ドクターの笑いが止まった。

「ロッキーは岩タイプである同時に地面タイプ! 電気技なんて効きません!」

 クーの言葉を聞いてドクターは一瞬「えっ!?」と言葉を口にしたが、実は知りませんでしたというのは恥ずかしくて死んでも隠し通したいドクターはふ、ふーんとしったかぶった様子をしていた。
 勿論その様子には……ああ、知らなかったんだなと全員呆然としていたわけだが、ドクターは一刻も早くその黒歴史的現象を抹消するため叫んだ。

「え、えーい! もちろん地面タイプに電気が効かない事くらい知っていたであーる!!」

「あ……そこなんだ」

 明らかに墓穴、どうやらドクターはゴローニャが地面タイプという次元以前に、地面に電気が効かないことを知らなかったらしい。
 さすがにこの事態にはドクターマルスも自身の髪の毛のように顔を真赤にした。
 相変わらずのシリアスブレイクっぷりにはなんだか、強敵であるにも関わらず緊迫感を持てない独特の空気がある。

「相変わらず凄いのか凄くないのかわからん女だな」

 アルセウスがそう呟くと、トモエも「まったくだ」と同意して頷いた。
 例えるのなら彼女はなんだろうか? ドジっ子か? 萌えキャラか?
 だが、当人は当然それを真っ向から否定するだろう……ついに堪忍袋の緒が切れたかドクターマルスが叫んだ。

「ええい! 地面タイプがなんであるか!? アリサ!! やぁっておしまい!!」

「アリサ?」

 突然だった、知らない名前をドクターが叫んだと思うと、何かが空気を切ってゴローニャの前へと飛び出す。
 あまりのスピードにトモエもクーも反応しきれず、一瞬のできごとにゴローニャは目の色を変えて逃げようとするが、突然現れたなにかに蹴られてゴローニャは地面を転がった。
 強烈な蹴り……それはゴローンの集団の『ころがる』を受けてもなんともしなかったゴローニャを不意をついたとはいえ一撃で倒すほどの一撃だった。

「ろ、ロッキー!?」

 あまりの一瞬のことに慌ててクーはゴローニャの元へと駆け寄った。
 ゴローニャはなんとか立ちがあるがダメージが大きい。

 一体何がどうやったらゴローニャにこれほどのダメージを与えられるのか、その正体を見たときトモエとアルは驚愕した。

「お、女の子ぉっ!?」

 なんと、蹴り一発でゴローニャをノックアウト寸前まで追い込んだのはクーとそれほど大差のない少女だった。
 少女は蹴り抜いた姿勢のまま立ち止まると、静かに構えをといてトモエを睨みつけた。

「ふっふっふ……驚いているようであーるな! そう、何を隠そうアリサは対トモエ&アルセウス用決戦兵器、人造人間アリサであーる!!」

「人造人間っ!?」

「トモエ人造人間ってなんだ!?」

 その少女アリサは、一見すると普通の可愛らしい女の子だ。
 見たことのない派手な黒と赤色のコートを着込み、短ズボンから生える生足は綺麗で人造人間らしい姿は何一つない。
 緑色の髪はあまりに特徴的な髪型をしており、どこか動物でもモチーフにしたかのような髪型、目の色は黄緑とどこかアンバランス。
 頬に識別のためか三角形の突起物があり、一見するとシールにしか見えない。頭にモンスターボールの刺繍のはいった服と同じく特注と思われるベレー帽をかぶっている。

 トモエの頭の中で人造人間のイメージを検出……そして出した結論。

「嘘だぁっ! こんな可愛い女の子がロボットな訳ないだろっ!」

「嘘じゃないでありますです、アリサは博士の作った最高傑作スーパーウルトラデラックスハイパーメガトンロボ四号機アリサだロボ」

 トモエには正直その少女がロボットだと言われてもピンとこなかった。
 ロボットと言えば、よくアニメや日本製の輸入漫画などで見かけるが、このようなロボットは見たことがない……いや、訂正、あるにはあったけど現実では思いつかない。
 ロボット技術というのはこの世界では大変発達しており、遠く離れた土地ではロケット団なる悪者たちが巨大ロボを用いて暴れていたりだの、このミレリア地方ではさんざんドクターマルスの巨大ロボが大暴れしていた。

 そう、ここで気づいてもらいたいがこの世界のロボットは巨大であったり、これぞロボットいう無機質なものだ……だが、彼女は人造人間だという。
 そのような技術聞いたことが無い上に、なぜに人造人間なのかも分からない。
 だが、彼女は自分が紛れもなくドクターマルスが作ったロボットだという……口調がなんかおかしいが。

「本当にロボットなのか……?」

「だからロボットだと言っているであーる」

 あまりの精巧な出来に、本物の人間にしか見えず、たとえロボットだとしてもここまで無駄に芸を細かく精巧にロボット創る人間が……ドクターマルスだというのならあり得るのかもしれないと微妙にトモエは納得してしまった。

「……ひとつ気になったんだが、なぜその『ろぼっと』とやらは美少女型なのだ?」

 言っちゃいけない一言にトモエもドクターも固まってしまう。
 アルセウスはどうしたのかとキョロキョロとしたが、両者何を納得したのかうっすらと笑った。

「そりゃ……やっぱり……ロマンなんだろ?」

「そ、そうであーるな、私もあの男の発言が無かったらアリサのこの見た目はなかったであーる」

 何か二人の様子がおかしいことはアルセウスも疑問に思ったが、これ以上その事項には突っ込むなという無言のオーラにアルセウスは黙った。

「と、とにかくである! このアリサは対トモエ&アルセウスためにこの大天才の全てを捧げて創り出した究極の最高傑作である! さぁ、今日こそ我々の完全勝利であーる!!」

「了解でありますです。古戸無トモエ……覚悟ロボッ!!」

「!?」

 突然、少女がトモエに跳びかかった。
 あまりに高速で、それが人間でないということは動きを見れば一目瞭然だが、やはり見た目に惑わされたのか一瞬反応が遅れた。
 これがクーならば致命傷だったろう、だが……彼は瞬時にアルセウスの力を引き出す。
 全てがスローモーションに移り、あらゆる理が彼の手のひらで踊る……そう、彼の中で「世界の見え方が変わった」。

「と、トモエッ!?」

 アルセウスが叫んだ瞬間、トモエのいた場所は少女のパンチで陥没していた。
 なんという馬鹿力と驚いているのもつかの間、なんとか一瞬早く動いて少女の一撃を回避したトモエだったが少女はすぐさま次の攻撃に移ってきた。
 カシャン! といかにも機械音ですという乾いた音が山に響くと彼女は瞬時に太ももから短銃を取り出し、片手で銃を持って二挺銃をトモエに乱射し始めた。

「う、うおおおおっ!?」

 トモエは瞬時に『リフレクター』を張って防ごうとするが、防ごうとしたとき……彼は唖然とした。

「ふっ、だから対トモエ&アルセウス用の決戦兵器と言ったであろう……50口径のマグナム銃の仕込まれた弾は対障壁突破用特殊弾! つまり『リフレクター』も『ひかりのかべ』も無意味であーる!!」

 そうなのである。
 一発一発が放たれる度に耳が壊れるかと思うほどの轟音を放つマグナム弾はトモエの張った『リフレクター』にぶつかると、弾を高速回転させて、ドリルで抉るように『リフレクター』に穴を穿って、トモエを襲った。
 トモエは瞬時に『しんそく』でその場を飛び退き、難を逃れたが一瞬反応が遅れていたら間違いなく死んでいたと血の気を退かせていた。

 本来『リフレクター』等の壁は物理的な物質でない以上、物理的方法で突破することは不可能だった。
 だが、ドクターマルスという人間はそれほどの大天才なのかアルセウスとトモエの対策が完璧だと言えた。
 主が危険だと感じたアルセウスはすぐさまその少女にむかって襲いかかるが、少女はすかさず4メートルほどジャンプして飛び退き、直後その場所に『でんじほう』が放たれた。

「ぐああああっ!?」

 それはトモエが初めて聞く声だった。
 アルセウスは悲鳴を上げて、その一撃に苦しみその場に倒れる。

「あーはっはっは! ざまぁみろであーる! この私とむてきんぐを忘れるからであーる!!」

「く……ちょ、調子にのるなよ……ドクターマルス」

 アルセウスはドクターマルスを睨みつけ、必死に立ち上がるが、『でんじほう』の効果である麻痺が体中を蝕み、思うように動けない。

「くっ! 大丈夫かアルセウス!?」

 トモエは慌ててアルセウスの状態を聞いたが、アルセウスはトモエを見てニヤリと笑った。
 次の瞬間、アルセウスの体を淡い光が包んだかと思うと、アルセウスの麻痺はとれて体は幾分か軽くなった。
 アルセウスの『リフレッシュ』だ、なんとか最悪の事態だけは免れたが、ダメージそのものは消えてはいない。

「ふっふふふ……麻痺を治すとは予想外だったであーるが、ダメージまでは消せないようであーるな」

 ドクターマルスはアルセウスの状態を見るといやらしく笑った。
 それをみてアルセウスは面白くないと言った風にドクターマルスを睨みつける。
 そう、アルセウスは不覚にも不意打ちで受けた『でんじほう』でダメージを体に残してしまった。
 すでにポリゴン2ことむてきんぐの一撃はアルセウスにダメージを与えられるほどにまで成長している。

 予想以上の危機感にアルセウスとトモエは襲われた。
 ドクターマルスの作戦はトモエとアルセウスを分断する作戦だ。
 アリサは執拗にトモエだけを狙い、足止めし、ドクターと連携したポリゴン2がアルセウスを仕留める算段なのだろう。
 悔しいが、ドクターのこの作戦に見事にはまりトモエたちは動けなかった。

(どうする……タルタロス? いや……無理だ、戦えない……いや、まてよ)

 トモエは瞬時に場の全てを見て作戦を考えた。
 今までにないほどの考える速さ、アルセウスの力を使っていることで能力が上昇していることもあるだろうがそれでなくても早い。
 そう、それはまるで彼がかつてポケモントレーナーをやっていたころに近いのかもしれない。

「タルタロス! お前を信じるぞ! ドクターを引っかき回せ!」

「ブイッ!」

 イーブイは待ってましたとばかりに鳴くとすぐさまドクターマルスに向かって走りだす。

「むっ! むてきんぐ! アリサ!」

 ドクターは身の危険を感じてポリゴン2とアリサに命令をだした。
 すぐさま透明なポリゴン2は『トライアタック』をイーブイに放ち、アリサは銃をイーブイに向ける。

「させるかっ!!」

 しかしそこへ息のあったトモエとアルのサポート。
 『トライアタック』をアルセウスが『はかいこうせん』で相殺すると、トモエはアリサに蹴りを放って照準を無理矢理外させた。

 再びフリーになったイーブイのタルタロスはドクターマルスの目の前までたどり着くとニヤリと笑った。
 瞬間、血の気が退いて、顔を青ざめさせたドクターマルスに、イーブイは跳びかかって思いっきりドクターに噛み付いた。

「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? や、やめろであーるっ!!!」

 あのアルセウスでさえ悲鳴を上げて痛がったイーブイことタルタロスの『かみつく』は容赦なくドクターマルスを襲う。
 あまりの痛みに暴れまわりイーブイをはがそうとするが、イーブイは中々離れない。

「は、博士っ!!」

「ポリッ!?」

 自分の大切な主人を傷つけられたアリサとポリゴン2はすぐさまご主人であるドクターマルスを助けようとするが、こうなったらもはや詰将棋と言おうか、いつもどおりの展開であった。

「うおおっ!」

 トモエは待っていましたとばかりにトモエから視線を外しドクターマルスに注意を向けたアリサに『しんそく』で近づき、一瞬ごめんと心のなかで呟いてアリサの腹を蹴り飛ばし、ドクターマルスの側におくる。
 瞬時に『はかいこうせん』の反動から抜け出したアルセウスも『サイコキネシス』で『テクスチャー』を使って透明化しているポリゴン2を捕まえてドクターマルスに投げつけた。
 イーブイはすぐさまドクターマルスから離れ、ドカンとアリサとポリゴン2にぶつかられて転がったドクターマルスに待っていたのは……いわゆるお約束である。

「アルッ! 『はかいこうせん』!」

「あ、まずいロボ」

 待っていましたとばかりに口にエネルギーを集めると、アルセウスはドクターたちに『はかいこうせん』を放った。
 おなじみの一撃は閃光を放ってドクターたちを襲う。

 その様……その光景は戦闘不能のダメージを受けたゴローニャことロッキーの側で彼を看病するクーも見ていた。
 クーは……彼らの戦いに魅入っていた。

 そう……その光景は彼女が初めて感動を覚えたトモエのジム戦を思い出させた。

 トモエもポケモンも輝いていて……そして鮮やかに戦う。
 その姿は全然弱くなんてなっていない……あの頃のまま、ううん、もっと……もっともっと強くなっている。
 そう、力強く……そして美しい戦い。

 彼女……クーは言葉さえ出せずに彼らの戦いに魅入ってしまったのだ。

「退避ロボ!」

「え、ちょ!? アリサーッ!?」

 危険を感じてかアリサは『はかいこうせん』の閃光が放たれた刹那、地面を蹴ってその場をジャンプして回避した。
 直後襲う閃光はドクターマルスとポリゴン2を襲い、空の彼方へと吹き飛ばしてしまう。

「ええいっ!? イーブイの加入は想定外だったであーるっ!!」

「ポリポリ〜」

 いつも通りキラーンとお星様になるドクターマルスとポリゴン2。
 スタンッ! と着地したアリサはなんの問題もない様子で、地面に着地するとトモエとふと目が合ってしまう。

「あ……、今回はアリサ達の負けロボ、博士〜! アリサを置いていかないでくださいでありますですぅ〜!」

 アリサは丁寧にトモエたちに一瞥すると、ドクターたちが消えて行った方角へとダッシュで向かっていった。
 なんだったのか……と呆然とするトモエとアルセウスの前には突然空中から一枚のプレートが降ってきた。

 それはまだ手のひらサイズであり、トモエの手のひらに落ちると、茶色のプレートは淡く輝いていた。
 アルセウスはそのプレートに近づくと、体を金色の光で包み、プレートを体内へと取り込む。
 するとアルセウスの色は『がんせきプレート』を得て、変色し、岩タイプの力を得るのだった。

「プレート……ゲットだぜ?」

「なんで疑問形なんだ?」

 トモエはなんとなく決め台詞のような言葉を言ってみるが、しっくりこずうーんと唸ってしまった。
 何はともあれ、今回のドクターはまたもや強敵になっていたがイーブイの加入により、完璧な対策の穴を突けてなんかと勝つことが出来た。
 トモエ達はようやく仕事を終えるとそのままクーを連れて麓の町のクリーズタウンまで下山するのだった。





 ……そしてポケモンセンターの前での出来事。

「それじゃ、俺たちはアークスシティに帰るよ」

 トモエ達は目的を終えてマイタウンのアークスシティを目指す。
 クーは自身の相棒のロッキーのダメージが思ったより大きく、クリーズタウンに一泊することになった。

「……あのトモエさん。やっぱりあなたはすごいです……私の尊敬すべき理想のトレーナーです」

「え……いや、あれはアルがすごいんであって」

 クーの顔は最初の時のよう浮かれてはいない、冷静でそして真摯にトモエに対応していた。
 トモエは少し戸惑、アルセウスの名前を上げたがクーは首を横に何度も振ってそれを否定した。
 いや、完全否定しているわけじゃない。

「あの戦い、トモエさんの力なくしては成立していません……それにトモエさんがいるからタルタロスちゃんもアルさんも頑張ったんでしょう?」

 トモエとアルとタルタロス……この三匹の力が無かったらトモエは間違いなく負けていただろう。
 そしてアルとタルタロスはトモエを信頼していた、トモエの命令に疑いもせず、またトモエの命令なくしてもトモエのために最善の行動をとれた。
 これは……彼らの主人がトモエだから出来た動きだろう……クーはそれを言っている。
 当然トモエもそれがわかっているだけに、すこし気恥ずかしかった。

「トモエさんの過去に何があったのか私にはわかりません……そして私が詮索すべきことじゃないこともわかりました」
「でも……トモエさんはやっぱりトモエさんでした……私がかつて見たトモエさんそのものでした」

「俺……そのもの?」

「よかったらいつか、あなたの話を聞かせてください。それでは!」

「ああ……いつか、な」

 トモエはそう言うと待ちぼうけしていたアルセウスの元へと向かった。
 ペコリと頭を下げたクーは手を振りトモエを見送る。


「遅いぞトモエ、もう夕方じゃないか」

 時間はすでに夕日が差し、お腹が空きはじめる時間だった。
 タルタロスの軽い検査をポケモンセンターで受けてモンスターボールに戻したトモエは、アルセウスの背中に乗りアークスシティを目指す。
 トモエはアルの背中に乗りながらふと考えた……。

「俺はやっぱり俺……か」

 クーの何気ない一言。
 それはトモエの本質が変わっていないという一言。
 だが、それが酷く彼を戸惑わせる。
 ふと、重苦しくなったトモエはアルセウスに聞いた。

「なぁ……アル。俺はさ、ある日ポケモントレーナーが大っ嫌いになってトレーナーをやめたんだ、だがその俺が再びトレーナーをやっている、これってどうなんだろうな?」

「……そんなことを言われても己にわかる訳ないだろう……己にはポケモントレーナーというものがイマイチ分からないが、そもそも何故嫌った?」

「強さを追い求めることは……エゴだ、俺はその一部のトレーナーが持つエゴに吐き気を覚えたんだ」

 トモエが少年時代に見たものは、彼が受け入れがたいトレーナーの実態だった。
 使えるポケモンと使えないポケモンを種族で別ける差別意識。
 何十匹もポケモンの卵を産み、使える個体以外は全て捨てる選別。
 まるで機械作業のようにさえ思え、頑張りたいと思うポケモンたちの意思を無視した一部のエリートトレーナー達に、少年時代のトモエは吐き気さえ覚えた。
 10歳の彼は、こんな醜い奴らと自分は同じなのかと愕然とした彼は……ジム巡りやめてポケモンバトルを一切せず、当時湧かせていた話題を無視してまで彼はポケモントレーナーをやめた。

「……わかっているんだよ、これは偏った意見だと……全体を見ればクーのように純粋なトレーナーの方が多いんだ、だが潔癖症な俺はそれが受け入れられなかった……」

 その偏った一部の人間が優れ、強いのは理解している。
 それだけに……彼はそれが許せなかった。

「トモエ……人間は同じ精神を持つわけではない、だが人間は自分を見ることを酷く嫌う……自分という存在が決して許せないんだ」
「だから……トモエはその人間たちに自分を見た……だから嫌だったんだろう……心配しなくても己がお前をそんな人間じゃないと保障するがな」

 「じゃないと己たちの立つ瀬がない」と、付け加えたアルセウスは笑った。
 だが、その心の中では一つの棘が残った。

(トモエは……どうしてポケモンを恐れるのだ?)

 ふとした時現れる彼のトラウマの正体……それが彼の懺悔のような言葉の中からは全く分からなかった。
 彼のトラウマの正体は未だに分からない……それが分からない限り、もしかしたらアルとトモエの信頼関係は完成しないのかもしれない。

「見ろ……アークスシティだ」

 猛スピードで駆け抜けるアルセウス達の目の前には夜を迎えても、闇を恐れない民達の歓声が聞こえてくる。
 アークスシティは夜の無い町……彼らは自分たちの住み慣れた町へとたどり着いた。
 そして彼らは空腹を抑えて、疲れた体を押して家路を急ぐだろう。



『では、午後のニュースです、昨日――』

 それはアパートの鍵を開けて、部屋にはいった瞬間だった。

「あ、テレビの電源落とし忘れていた」

 ふと、アルセウスの一言でトモエが固まってしまう。

「はぁぁっ!? 二日もテレビつけっぱなし!? ちょ……電気代どうするんだよっ!?」

「……えと、すまん」

 今日初めて見たアルセウスの光景、悲鳴と……土下座。
 今日も今日とてトモエは不幸です。



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