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Fantasy

第11話 深き者ども―Deep One's―





 海を返せ、我らが海を返せ――!
 海を返せ、我が愛しきあの海を――!

 憎い、それはあまりに憎い!

 奴らさえこなければ、海は穢れていたのに!
 やつらさえいなければ、海は淀んでいたのに!

 海を返せ――海を返せ!
 海を……海を……海を!








「……どうだ、アル?」

 バーバラシティへ旅行に来た二日目、トモエとアルは海上のど真ん中にいた。
 沖から約800メートル、見返せばバーバラシティが見え、また反対を見れば島も見えるという間の位置。
 そんなところに借りてきたボートに乗ったトモエとアルだったが、アルは難しい顔をしながら海とにらめっこをしていた。

「間違いないぞ、やはりこの周囲のどこからかプレートの気配がする」

 プレート、もはやここ最近聞きなれた単語にトモエはため息を付いた。

「まさか旅行に来て、プレートの回収作業になるとはな……運がいいのか悪いのか」

 アルセウスの感知能力はアークスの街ひとつも覆えない弱いものだ。
 そういった点を考えればアークスから200マイルも離れたバーバラシティでプレートの気配を発見できたとなると儲け物と思うべきだろう。

「で、プレートはどこにあるんだ?」

 周囲を見渡せば街、海、島とある。
 街にあるのならば昨日の時点でアルが気づいていただろうから論外として、次に考慮に入れるべきは海か島か。

「それほど深い場所じゃないが、それでも素潜りで潜れる深さじゃねぇぞ」

 トモエは海を覗いて呟いた。
 海はリゾート地とするには申し分のない青をして、太陽の光を鮮やかに透過している。
 穏やか、実に穏やかな様相をしている。

 何がって? 海がさ。

「……一度潜ってみる、トモエは待っていてくれ」

 アルセウスはそう言うとボートから飛び出し海の底へと潜っていった。
 トモエは今回は見守るしか無いなと、船の上に座り込む。
 ふと、空を見上げると今日も変わらずにギンギンと太陽が地上を照らしていた。

「穏やか……か、前回のプレートの時に比べるとあまりに穏やか」

 トモエは今回の件に違和感を覚える。
 いつもアルが感知できるほどの状態の時は何かしらその周囲にプレートが影響を与えていた。
 今回も何かしら影響があるはずなのに、そんな影響は見えないし聞かない。

 ふと、心配になって海の方を見るも、海はいつもどおりの顔しか見せない。



(……海底か、思ったより遠いな)

 アルは潜りながら考えた。
 美しい海は数多の生物達の宝庫であり、穏やかな海流がその場を包む。
 果たしてこのような場所にプレートはあるのだろうか?

 プレートに近づいているのならより自分の感じる感知は強くなるだろう。
 だが、今のところそのような気配はない。
 気配がない……というより気配が薄いというべきだろう。

 アルセウスがいくらプレートの気配を探しても、気配はあるのに微弱でまるでその位置が掴めない。

「――ッ! あれは……ゴボッ!?」

 ふと、アルは海底の壁面にポッカリと空いた穴を見つけた。
 ついつい、自分の状況を忘れて声を上げると一気に気泡が飛び出し、海水がアルセウスの中に侵入する。
 しずくプレートを持たないアルセウスでは水中に適応ができないのだ。

 アルセウスは急に酸素を失い、慌てて海面へと上がった。


「――ぷはぁっ!」

 ……助かった、そんな感じだろうか?
 アルセウスは懐かしい呼吸する感覚に包まれながら、海面へと上がった。

「アル、どうだった?」

「プレートは見つからない、だが変な洞窟があったな」

 「洞窟?」とトモエがつぶやくと、アルセウスは海底で見つけた洞窟の分かる限りの詳細を伝えた。

「ふーむ……海底洞窟ねぇ」

 トモエは少し考察する。
 海底に洞窟があるのはまぁいいとしよう。
 だが、そこになんの意味があるのだろうか?

「アルはプレートがそこにあると思うのか?」

「確証があるわけないだろう、かもしれない程度だ……だが、ポケモンにとってはどうやらプレートは最高の餌らしいからな」

 もしポケモンがそれを見つければあのスリーパーたちのように持ち去る可能性はある。
 プレートはそのポケモンに絶大な恩恵を与える、そしてそれと同時にその周囲には奇妙な現象を起こすことがあった。

「海底の先に持ち去ったプレートが置かれている可能性はわかった、だがどうやって行くよ?」

 トモエがひどく冷静な言葉を言うとアルもぐうの音もでない。
 人間のトモエは勿論のこと、アルも水中では息が続く限りしか活動できない。
 気をつけないといけないのは、帰りの分の酸素と体力も用意しないといけないということだ。

「エラ呼吸できるならともかくなぁ……?」

 トモエもアルも途方に暮れるしかなかった。
 ことアルにおいてはまさに万策尽きた。
 自分が水中に潜れる時間はどれくらいだろうか? 5分? それとも10分?
 どちらにしろ、並大抵の時間では奥まではたどり着けないだろう。

「規格外のことは規格外の奴らに頼るしか無いか……」

 トモエがボソッ呟いた。
 トモエにはまだ策は残っている。
 だが、この策だけはどうしても使いたくはなかった。

「とはいえ……背に腹は変えられぬ、か」

「トモエ?」

 その日の正午、彼らはバーバラシティへと帰った。
 ある人物に、プレート捜索の協力を頼むために。




「なぁトモエ……規格外ってどういうことだ? 一体誰に頼るつもりなんだ?」

 アルはずっと考えたが、トモエが思いついた規格外など分かるはずもなかった。
 もしかしたらトモエの知り合いが、この街に住んでいるのだろうか?
 そんな風に考えているとふと、トモエの足が浜辺から離れたショッピングモールのテラスで止まった。

「あいつだよ」

 トモエが指す先、そこには何かの書類を険しい顔で読む赤毛の女性の姿があった。
 それを見て……アルセウスの顔が険しくなったことは言うまでもないだろう。

「絶対反対!! なんであいつらに頼まないと行けないんだ!!」

「おめーらうるせーである、つーか何しに来た?」

 近くで聞きなれた声で叫ばれようものなら、特にその声が聞きたくもない声なら尚更声は不機嫌に、顔は険しくなるだろう。
 ドクターマルスの鋭い眼光はアルセウスを睨む。

「ダーリン、どうしたんだロボ?」

「ああ、今日はちょっとドクターたちに頼みがあってな」

 テラスの椅子に座るもう一人の少女アリサはトモエが現われると上機嫌だった。
 だがトモエの言葉を聞くと、ドクターは「はぁ?」と信じられないという顔というべきか、相手をナメている顔というか、とにかく変な顔をした。
 まぁ、当然といえば当然であろう。

「トモエ〜、ついに頭が壊れたあーるか? なーんで、敵であるお前らの頼みなんぞ聞かないといけないんである?」

「トモエ、ドクター共に頼む必要などない! 行くぞ!」

 まぁ、両者の意見は間違ってはいない。
 ドクターの言うように、トモエはドクターたちの敵だ、それは逆を言えばアルセウスたちにとってもそうなのだ。
 二人は明らかにそれを嫌がるような仕草をするのだから始末が悪い。

「まぁまぁ、聞けよドクター。これはドクターにも損な話ではないぜ?」

 しかしトモエは食い下がる。
 もとよりこれしか手は思いつかないのだから仕方がない。
 損得と言う言葉を聞くと、ドクターの顔が僅かに動いた。
 少し興味を持ったのだろう、そうトモエは確信すると本題をぶつけた。

「プレートが見つかったんだが取りに行けない。場所を教えるという報酬の代わりに、代価としてドクターの天才的科学力を貸して欲しい」

「ん? おいトモエプレートは……!」

 ある矛盾を聞いて思わずアルセウスは本当のことを言おうとしてしまうが、そこはドンッ! と横腹をトモエに叩かれて目で黙れと言われてしまう。
 その瞬間アルはトモエに対してどう思ったろうか?
 少なくとも言わぬが仏は確かであるが……。

「……プレート、ねぇ」

 ドクターは考える仕草をした。
 顎に手を当て、何かを計算する。

「……断るある」

「ママ、どうしてロボ?」

 計算した結果、ドクターが出した答えはノーだった。
 食い下がったのは珍しくアリサだったが、ドクターは実につまらなさそうに答えを言った。

「理由は簡単、誰が好きでトモエとアルセウスに力を貸すかであーる!」

「ふん、こちらとしても頼りたくなど無いわ!」

「第一、私がプレートを集めるのはお前らにパワーアップされると厄介だからであーる、お前らが集められないのならそれで結構!」

「え……でも指令書には……むぐっ!」

 聞けば最もの意見ではあるが、突然アリサの口をふさぐドクターマルス。
 指令書……? トモエもその言葉が頭に引っかかった。

(ダークプリズンがバーバラシティで行動しているのか?)

 指令書というと、もしかしたらドクターが険しい顔で見ている書類だろうか?
 気になって見ると、その視線に気づいたドクターは書類を裏返した。

「ほらほら、さっさとどっか行けであーる! 今日は見逃してやる!」

「ふん! 言われなくとて! いくぞトモエ」

「……仕方ない」

 アルセウスはトモエの袖を引っ張るとその場を去る。
 トモエとしてもこれ以上ドクターに食い下がっても印象を悪くするだけと理解した結果だった。

「……で、これからどうするのかなアルセウスさん?」

 形で言えばあの提案を蹴ったのはアルだ。
 トモエは冷ややかに笑いながらアルを流し目で見た。

「ふん、敵の力を借りる必要なぞ無い……第一汝こそ、プレートを見つけた等と嘘をついてからに」

「嘘はバレなきゃ嘘じゃないって言うだろう?」

 まぁ今回はトモエも嘘をついたし、結果は仕方が無いかも知れない。
 しかし結論を認めても事態は動かない。
 色々と気になることはあるが、まずはプレートをどうにかするべきだろう。

(はぁ……困ったね。どうしようか)

 しかし考えども考えども海底洞窟に向かう方法が思いつかない。
 秘伝の技のひとつ(地方によるが)、『ダイビング』が使えれば向かうこともできるが、生憎使えるポケモンがいないし、ひでんマシンもない。
 潜水服に酸素ボンベは借りることもできるが、こいつは潜水の資格がいる。
 向かう方法はありえそうで、ありえない……なんとも歯がゆい展開が待ち受けているじゃありませんか。
 「はぁ……」と、もう一度溜息をつく、一人と一匹は途方に暮れている。

「むてきんぐ、『でんじほう』」

「ポリ〜」

 突然だった。聞き覚えのある声が聞こえると瞬間とてつもない電圧の一撃がトモエたちに放たれる。

「っ!? アル!」

「わかっている!」

 トモエたちは一瞬早く反応してその場から立ち退き、声のした方を睨みつけた。
 そこにいたのは間違いない、ドクターマルスとポリゴン2だった。

「不意打ちとはやる気らしいな……昨日は決着がつかずうやむやだったが、ここで決着をつけたいのか?」

 トモエはニヤリと笑った。
 少々イラついていたこともあり、さながら喧嘩をふっかける形できたドクターマルスが丁度よく思えた。
 だが、ドクターマルスはそんなトモエをあざ笑うか、あるいは面倒くさそうに流して言った。

「落ち着け、これはいわゆる挨拶代わりというやつであーる」

「挨拶だと? ふん……一体何を考えているんだドクター?」

 アルセウスは鼻で笑うようにそう言った。
 体はいつでも動かせるように準備万端だが、不思議なことにドクターマルスには初めから今まで殺気の欠片もない。
 それはどこか今までの彼女を知っていると不気味で、珍しくアルも冷や汗を流していた。

 魂胆が読めない、だから彼女もいつでも不穏な動きをしたらドクターに致命の一撃を与えられるように構えているのだ。
 勿論ドクターもそれがわかっているのだろう、分かっているからアルを鼻で笑う。
 もとより徹底して馬の合わないドクターとアルだ、酒を呑むとそれが嘘のように仲良くなるが普段はこの通り、というところだろう。

「……協力してやるである」

「は?」

 それは呟きのようだった。
 あまりにドクターは小さく呟いたのでトモエも一瞬聞き逃してしまう。

「だから! 協力してやると言っているであーる!」

「協力? そいつぁありがたいが一体どういう風の吹き回しだ?」

 なんと一度はこまねいたにも関わらず、ここに来て急に掌を返して協力すると言っているのだ。
 トモエからすればまさに渡りに船ではあったが、この状況はあまりに怪しすぎる。

「……ふん、お前らには関係の無いことであーる。ほれ、こちらの気が変わらないウチに付いて来いである」

 ドクターは一瞬目を細めると、すぐに踵を返してトモエたちに背中を向け、歩き出した。
 トモエとアルは互い顔を合わせて考える。
 素直に付いていっていいものだろうか?
 少なくとも彼女が彼らの敵であるのは事実だし、いくらなんでも意見を変えるには早過ぎる気がした。

 だが、ここに選択肢はない。
 少なくとも彼らには海底洞窟へと行くことなどできないのだから。

「……行こうアル」

「どうなっても知らんぞ……」

 アルはしぶしぶそう言ってドクターの後ろを追うのだった。
 果たして鬼が出るか、蛇が出るか?
 それはまだわからない。





「あ、ダーリーン! こっちロボーッ!」

 観光客たちがいる海岸から少し離れた海辺に行くと、そこには巨大な建築物にも見える一機のロボットといつもの乙女ロボがいた。
 ドクターたちが近寄ると周囲には何もないこともあってか、以前のショッピングモールの時とは違い、素早い反応でトモエに気づき笑顔で手を振っていた。

 ドクターはその巨大ロボットの前に立つと振り返り、腕を組んで自信満々にロボットの説明を始める。

「スーパーウルトラデラックスハイパーメガトンロボ四号機、別名水陸両用スバロボ、であーる」

「水陸両用……」

 その巨体は以前にも見かけたことのあるデザインだった。
 まだアルセウスがアークスシティに落ちてくる前までは、頻繁にアークスシティを火の海へと変貌させていったダークプリズンの巨大ロボット。  その巨体はあまりに大きく、まるで山のよう。まるでポリバケツのような無骨なデザインは立っているのが不思議な位細い義足に支えられ、両腕はマニュピレーターとしては機能しなさそうな巨大ドリル。
 大量の火器類も搭載されており、それが戦闘を主軸として造られていることは明白にわかるデザイン。
 一見コミカルで弱そうなデザインだが、実際にはミレリア地方の一軍もってしても止められないほどの戦闘スペックを誇るロボットだ。

 ……まぁ遥か昔にアルセウスの『さばきのつぶて』で破壊されたわけだが。

「こいつで行けば海の底どころか地球のコアまで到達してやるであーる」

「おい、ドクター……たしかにこいつなら海底に行けるだろうが洞窟はこんな巨体入らないぞ?」

 あまりの巨体に呆れたように言ったのはアルだった。
 洞窟の入口のサイズは少なくともアルセウスがギリギリ入れるくらいのサイズしかなかった。
 この巨体はゆうに50メートルはある、こんな巨大ロボットが入れるわけがない。

「ふむ、ポケモンレンジャーも使っている小型ボンベ貸してやるである、入口付近に着いたら勝手にしやがれ」

 そう言うとドクターは口に付けるだけの小さな酸素ボンベをトモエとアルに渡した。
 ポケモンレンジャーも水中ミッションの際使っている品で、水圧40にも耐え、2時間水中に潜れるという代物をどこでドクターが手に入れたのかはわからないが、入り口付近からは自力とのことだった。

「アル、海流とかは?」

「穏やかなものだ」

 それを聞くとトモエは安心する。
 海流が早いと、いくらなんでも生身で突入するのは難しい、どうやらこれなら簡単そうだなとトモエは安堵した。

「でも、ドクターたちはどうするんだ? 俺たちだけじゃプレートをゲットしちゃうぜ?」

「ふん、アリサとむてきんぐに向かわすである」

 ドクターはそう言うと予め開いてあったコックピットへと乗り込む。

「あ!おい! 俺達はどうすれば!?」

 最後、そう聞くとドクターは。

「足にでもしがみついてろである!」

 そう言ってコクピットに乗り込み、ハッチを閉めた。
 瞬間巨大ロボが起動して、動き出してしまう。

「ええーい! あのうつけめ! 非常識にも程があるだろう!」

 慌てて酸素ボンベを口に加えたトモエとアルは直ぐ様巨大ロボの足にしがみつく。
 見ると手馴れたように反対側の足にはアリサとポリゴン2がしがみついており、その巨体はゆっくりと海の中へと沈み込んでいった。



(聞こえるかトモエ、己のテレパシー聞こえるか?)

(アル? どうした?)

 水中ということもあり、喋ることのできないアルはふしぎプレートを体に取り込むとテレパシーを使いトモエに話しかける。
 トモエは伝わるか伝わらないかはわからないが、テレパシーを送るイメージをする。

(気をつけろトモエ、この海何かおかしい気がする)

(おかしい……?)

 トモエはドクターの巨大ロボにしがみつきながら周囲を見渡した。
 別にどうということはない、非常に穏やかな海だ。

 やがて巨大ロボは海底洞窟の側に着けると、静止してGoサインを出す。
 ここからは自力で泳いで行けということだろう。

 トモエとアルは顔をあわせて頷き合うと海底洞窟に向けて泳いだ。

(たしかに穏やかだ……だが、この違和感はなんだ、なにか……なにかがおかしいぞ?)

 そう、トモエも何かおかしいと感じていた。
 それがなにかわからなかったが、泳ぎながら周囲を見渡すとあるひとつ足りないものにようやく気がついた。

(生物の営みがない? そんなことがあるのか?)

 そう、豊かな海で知られるバーバラシティ周辺の海にはあるまじき姿を今、見せているのだ。
 確かに海は綺麗で流れも穏やかだが……なにもいないのはおかしい。
 そう思っていると、突然異変は背後から襲ってきた。

 ゴボォッ!

 突然大量の気泡が漏れる音が後ろからした。
 トモエたちは慌てて後ろを振り向くと、そこにいた存在に驚愕した。

『う、うわぁぁぁ!? い、一体何がおこっているであーる!?』

 なんと、後ろを振り向くとそこには巨大ロボに絡みつく巨大ななにかがいた。
 なにか……というと、一言で言い表せるが、言い表わせない気もするとんでもないものだった。

(オクタン……なのか?)

 そう、それは紛れもなくオクタンなのだ。
 ではなぜにクエッションマークがつくというのか?
 それはサイズだ。

 なんとそのオクタンは50メートルあるドクターの巨大ロボに負けないほど大きく太く柔軟な足をロボットに絡ませて身動きを封じている。
 慌ててアリサとむてきんぐはドクターを助けようと向かうが、これは危険と感じトモエはアリサの腕を掴んだ。

(馬鹿っ! あんなでかいオクタンに正面から向かってどうなる!?)

 水中では言葉発せない、そう思うことしかできない。
 それゆえにアリサにトモエの心配する気持ちは伝わらない。
 必死にもがいてドクターの元へと向かおうとするが、トモエも必死でアリサを抑えつけた。

(!? トモエ、何か来るぞっ!?)

 突然トモエにアルのテレパシーが送られてくる。
 なにか……それはオクタンたちの後ろからやってきた。

 それは黒い塊で、大きさはゆうに100メートルはあろうという大きさだ。
 まるで流動的に形が変わり、それは一心不乱に海底洞窟へと向かってくる。
 その進路上にあったトモエたちは驚愕する。

(テッポウオの大群!?)

 なんとテッポウオたちが体を寄せ合わせて一丸となって海底洞窟を目指すのだ。
 トモエたちはその強大な塊相手には為す術もない。
 あっという間にその体はテッポウオの大群に飲み込まれたのだ……。





 突然襲う巨大オクタン、そして大量のテッポウオ。
 絶体絶命のドクターとトモエたち。
 彼らは一体どうなるのか?

 だが、ここからはしばらく彼らから目を離してもらいたい。
 これから少し観てもらうのは、まさに真相、まさに深き闇。





 ニクイ、ニクイ、ニクイ――!
 ナゼヤッテキタ、ドウシテウミヲウバウ!

 ニクイ、ニクイニクイ!
 ワレラノウミヲカエセ、ワレラノウミヲトリモドセ!

 それはまるで悪魔の慟哭だった。
 人の言葉では言い表せないような声でまるで泣き叫ぶように呪いの言葉をつなげ続ける集団が存在する。

 そこはどこなのか?
 それは知る由もない、だがそこはロウソクの光が無ければ真っ暗闇の洞窟であり、巨大な空洞だった。
 空洞の壁面はまるで常に水が染み出すように湿っており、それだけの湿度を持つのにコケさえ生えない。
 空洞の中央にはドクターの巨大ロボさえ入りそうなほど広い広間と祭壇があり、その祭壇の下には呪いの言葉を呟くように祈る集団がいた。
 皆一様に漆黒の見窄らしいローブに身を包み、その視界は見えない。
 それは人なのか? 一見するとそれはヒトのカタチの何かという印象さえ受けるだろう。
 まるで言葉だけで人が殺せそうなほどの激しい怨念を振りまいて、ただ祭壇に祈る集団はまさに邪教徒の様相。

「ふむ、ふむふむ。なるほどこれが白人がこの国に訪れる前から存在していた邪教か。実に興味深いかな、かな?」

 ヒトのようなソレらは、突然聞き覚えのない男の声に一斉に振り向いた。
 そこにいたのは、赤い燕尾服を着て、黒いマントを纏った40代くらいの初老の男性だった。
 かなり特徴的な喋り方をして見た目においても一度見れば忘れられないであろう出で立ち。
 髭を生やして、見た目より老いたイメージを与えるその男は妙に笑顔でその様子をみていた。

 だがソレらはその異物に対して牙を向くだろう。
 一斉に振り返ったソレらは表情はわからないが、皆一様に暗闇の奥から目だけを光らせている。

 ニンゲン、ニンゲンダ。
 ドウスル、ドウスル、ドウスル?
 コロソウ、コロシテシマエ、ニンゲンハコロシテシマエ!

 まるで獣のような低い唸り声にも似た恐ろしい声だった。
 ソレらは僅かばかりの話し合いを行うと、直ぐ様男に牙を向く。
 だが男は笑顔を崩さず微動だにしない。
 まるでこれからこの場でティータイムでも始めるかのような落ち着きをもっており、それは余裕すらみえる。

「あ、いや、いやいや。吾輩は敵ではないよ? むしろ協力者」
 目を細めて笑い、協力者だと言っても、ソレらには通用しないだろう。
 もとよりソレらは人間に強い敵意を持っている、人間をみれば襲うのは必然のような存在。

 コロセ、コロセ、コロセ!

 常人ならばすぐにでも発狂してしまいそうなこの状況にも関わらず、男は平然だ。
 そう、彼には絶対の自信があるのだ。
 ソレらは非常に興奮し、今にも跳びかかりそうだった。

「仕方がない……少し痛い目をみてもらうしかないかな、かな?」

 男はそう言うと、懐からモンスターボールを優雅に地面に落とした。
 モンスターボールが開き、そこから一瞬の閃光が放たれポケモンが一匹その場に姿を表す。

 そのポケモンを見たとき、ソレらは恐れおののいた。

 そのポケモンは一言で言えばまるで獣だ。
 強靭な四肢は大型の肉食獣を思い浮かべ、虎柄の体毛を持ち、一番特徴的なのは背中に雨雲を背負っていることだろう。

「ユーピテル、少し彼らを脅かしてさしあげなさい、さい」

 ユーピテルと呼ばれたポケモンは微動だにしなかった。
 別に命令を無視しているわけではない、動く必要が無いだけだ。
 その証拠に、気がつけばまるで煙突が煙を吹くように背中に背負っている雨雲は祭壇の上空に登り、厚い雷雲を形成していたのだ。

 突如祭壇に降る大雨、そして稲光。
 その光はソレらの戦いの意思を削ぐには十分すぎた。

 オオ、イカズチ……ワレラノテンテキ……ニクイ、ニクイ!

 まるで悲鳴、まるで慟哭。
 そのポケモンに睨みつけられるだけでソレらは何も出来はしなかった。

「ふう、落ち着きたまえ、まえ。吾輩は敵ではない、なに、ただここで起きる現実を見たいだけなのだよ、だよ」

 まるで威風堂々として、神のような輝きを持つそのポケモンはあらゆる物を畏怖させるかのようだった。
 だが、そんなポケモンでさえも、その男の前には膝まづくというのか?
 男は終始笑顔であった、絶対の自信、己のトレーナーとしての格に絶対の自信を持つ者の顔であった。

(ふふふ、ディープ・ワンズ……まさか実在していたとはね、わね)

 深きものども……ディープ・ワンズ……それは人ではなき者。
 空想の者、それは決して人とは相容れない。
 そんなオソロシイモノさえ畏怖させるのは、あのダークプリズンの幹部。そうこの男こそダークプリズンの幹部の一人雷神デーランなんのだ。
 デーランはうっすらと微笑む、目を細め、その瞳に何を見るのか?
 隣に佇むポケモンは何も言わない。
 一体これから何が起こるのか……そして何が待ち受けるのか……それはまだわからない。





「――う……ここ、は?」

 トモエが目を覚ました場所は真っ暗闇の洞窟の中だった。
 トモエの後頭部には柔らかい感触があり、近くに唯一その場所を知らせる携帯ランプが置かれている。
 海の匂いがして、朦朧とする意識の中、目の前に一人の少女の顔が映った。

「アリサ……?」

 それはアリサだった。
 アリサが心配そうにトモエの顔を覗いている。

「良かった……目が覚めたロボねダーリン」

 アリサはトモエが目覚めると安堵した表情を見せた。
 ゆっくりと意識を取り戻していくトモエはやがて今の状態に気がつく。
 どうやらアリサに膝枕をされている状態だったようで、ゆっくりと頭を持ち上げるとその場の周囲を見渡した。
 アルセウスとポリゴン2の姿がない、もちろんドクターマルスもだ。

「とりあえず助かったのか……皆は?」

「わからないロボ、テッポウオの大群に押し流されてバラバラになっちゃったロボ」

「……そうか」

 トモエは海底洞窟前の記憶を思い出す。
 突然現れた巨大オクタンに大量のテッポウオ。
 あの周囲の異様な静けさは全てあれらの性なのだろうか?
 トモエは意識を完全に戻すと立ち上がり、洞窟の奥を眺めた。
 洞窟の奥はランプの光も届かないほど長い通路の様相を呈している。

「アリサは大丈夫か?」

「大丈夫ロボ、アリサは頑丈だから」

 ……健気に笑っている。
 本当なら不安で張り裂けそうなはずなのにトモエを心配させないように彼女は自分の気持を抑えているんだ。
 若干無理したような顔で笑うアリサからトモエは薄々そう感じた。
 ドクターたちは無事だろうか、いや、きっと無事だろう。
 俺達が助かったのなら同様に飲み込まれたアルセウスたちも無事のはずだし、ドクターは殺しても死なないような奴だから無事に決まっている。
 そう思うと、トモエはようやく動く気力が湧いた。
 とにかくこの場にいても意味が無い。
 まずは動くべきだろう。

「行こうアリサ、ドクター達は無事さ。まずはここがどこなのか調べよう」

「あ……うんロボ♪」

 大丈夫、という言葉を聞くと自分で自分に言い聞かせるよりは安心したのか、少しアリサの顔が和らいだ。
 トモエはアリサの腕を取ると立ち上がらせる。
 携帯ランプを持ち、洞窟の奥へと向けるとゆっくりと歩き出した。

「ダーリン、ありがとうロボ」

「別にいいよ、気にすんな」

 人の心を持ったロボット……それは一体なんなのだろうか?
 アリサは喜ぶ心もあるし、怒る心もある、不安も安心も……あるのだ。
 普通の女の子まるで大差のない不思議なロボット、アリサ。
 普段は陽気でやや暴れ気味の彼女も今ばかりはおとなしくしている。

 普段はそうして欲しいと思うトモエもいざとなると、少しそれが心配であった。
 だからこそ、彼女を元気ずかせようとあれこれ頑張ってしまうのだろう。



「……洞窟かと思っていたが……こいつはもしかすると神殿かなにかなのか?」

 アリサとともにランプの光を頼りに進むと気がつけば狭く、圧迫感のあった洞窟とは打って変わり広々とした神殿のような内部へと姿を変えていった。
 見たことのない意匠、奇妙というか……人智の及ばないような訳の分からないデザインの彫刻に、見ているだけで吐き気が起きそうな不気味な壁画がトモエたちの前に現れた。

 一体誰が考えたらこんなおぞましい物が生み出せるのかと逆に感心する。
 まるでこれは……そう、邪悪な神殿って感じだろう。

「……相当年季の篭った神殿ロボね」

 特に印象は受けなかったのか、周りの様子を見ても顔色一つ変えないアリサは興味がなさそうにそう言った。
 古い……そう言えばたしかにこの神殿は相当の年季が篭っていそうだった。
 彫刻も壁画もすでに風化しているのかボロボロであったが、もともとそういう意匠を持って作られたというのが分かるくらいに狂気と熱気を持ってその場に佇み続けている。
 これは人間が作ったものなのか……そもそも何を祀っている、何を描いている?
 何一つわからない奇妙な神殿であることは変わりがない。

「見ているだけで吐き気がするな、アリサは大丈夫なのか?」

「何がロボ?」

 なんともないらしい。
 さすがというべきなのか、当然というべきなのかまだまだアリサには人間的情緒はどこか欠陥を見せている。
 とはいえ、この状況に飲まれないアリサは頼もしいと言えるだろう。
 少なくともトモエはまじまじと神殿の様子を見ているだけで、胸糞悪くなり、吐き気を催しているのだから。

「……一体どこまで奥があるんだ?」

 トモエはうんざりとしながらも今更道をもどるわけにもいかず仕方なく神殿の奥へと向かった。

 カツン、カツン――と、トモエとアリサの足音が神殿内部に響き渡る。
 いくつもの廊下と部屋を通り抜けていくと、やがてトモエたちは神殿の中心部と思われる場所へ着こうとしていた。

 ナグル、グベルベェ、アゲルラアァァ、ナグル、ルルイエ、ゲベルベェ……。

「なんだ……呪文か?」

 それは、世にも奇妙な声だった。
 とても人の発する声とは思えず、それはまるで獣の慟哭だ。
 いや、獣どころかまるで悪魔だ。

 そんな恐ろしげな声で発せられる怪しげな呪文が神殿の奥から聞こえてきたのだ。
 トモエとアリサは神殿内部の柱の裏に隠れて、中心を見るとそこには祭壇があった。
 まるでドクターの巨大ロボも入りそうなほどでかい空間に巨大な祭壇の間がある。
 祭壇の上には何やら蛸のような化物の彫刻が祀られており、その下には漆黒のローブを纏った無数の何かが、呪いのような呪文を唱えている。

 テングルゥ、ナグル、グベルベェ、ナグル、ルルイエ、グルバァァァ……。

「何語ロボか?」

「知るかよ、ていうかあいつら一体何者だ?」

 トモエたちの存在には気づいていないようで、一心不乱に蛸みたいな彫刻に祈りを捧げ続ける謎の集団。
 生臭い潮の香りがその場には充満し、腐った魚が出す瘴気がまるで眼に見えるかのようだった。

 ――狂っている、そう、まるでそれは悪魔を召喚するサバトの儀式のようだった。

「グルルル……ッ!」

「ん? 唸り声?」

 突然だった、真後ろから本物の獣のような唸り声が聞こえてきたのだ。
 恐る恐る後ろを振り返るとそこには。

「グルルゥ……レーーン!!!」

「うわぁ!? レントラー!? なんでこんなところに!?」

 なんとそれは激しくトモエたちを威嚇するレントラーだった。
 思わず周囲の状況も忘れて大声を叫んでしまったトモエは慌ててその場を飛び退いた。
 次の瞬間、レントラーの強靭な四肢が宙を舞い、少し前までいた場所にレントラーの鋭い爪が襲いかかる。

 だが、この行動は更に事態を悪化させかねない危険性をはらんでいた。

 ニンゲン!? マタニンゲン!?

 ローブを着た何かは呪文を止め、一斉に振り返った。
 漆黒のローブの先は表情すら映さず、ただボンヤリと赤い瞳が暗闇の奥から光っている。

「う……やばいか、もしかして?」

「絶体絶命ロボ?」

 背中を合わせてレントラーと謎の集団に対峙するトモエとアリサ。

「レーンッ!!」

 雷を纏い飛びかかるレントラー、その牙は雷撃を放ち、噛み付かれようものなら天国に一瞬で行けそうな危険性を持っている。
 だが、トモエたちは大して恐怖はない、とりわけアリサにおいてはそんな感情は皆無だ。

「邪魔ロボ」

 ドカァ! と明らかに普通の打撃音ではない一撃をアリサはレントラーに対し、回し蹴りで放つ。
 1メートルを超えるレントラーの体はいとも簡単に宙を舞い、地面にたたきつけられたのだ。

「お前が味方だと頼もしいわ、アリサ」

 普段こんなのを敵に回さないといけないかと思うとげんなりする反面、いざ味方だと思うとこれほど頼りになる奴はいない。
 トモエは少なからず安心した。

 だが、まだ危険は終わったわけではない。

 ニンゲン、コロセ……コロセ……!
 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ!

 まるで地獄から響く亡者共の怨念のごとく言葉は発せられ、謎の集団はトモエたちに迫る。
 コロセコロセと謎の集団は言葉を発し、場の殺気は一秒ごとに増していく。
 その殺気が最高潮に達したとき、彼らは突然飛び掛ってきた。

「う、うそだろっ!?」

 それは人間からすれば規格外。
 4メートルはあろうかという位に大ジャンプをすると、奇妙な粘着性のある液体を撒き散らせてトモエに襲いかかる。
 やばいと思い、アルの力を使おうとした瞬間。

 突然、飛びかかったソレに対して横から無数の『スピードスター』が襲いかかった。
 ローブを、体を切り刻まれて空中を錐揉みしながら落ちる謎のソレ、そしてどこからともなく『スピードスター』を放ったそれを見たときトモエは叫んだ。

「アル! 無事だったのか!」

「当たり前だ契約者よ!」

 白い体毛に覆われた巨体が宙を舞う。
 突然両者の仲裁に入るかのようにアルセウスがトモエの前に降り立ったのだ。

「ポリ〜」

「むてきんぐも無事だったロボね♪」

 どうやらポリゴン2はアルセウスと一緒にいたらしく、アルセウスの背中にチョコンと座り無事アリサと再会を果たす。

 ポケモン? ミタコトノナイポケモン?

 突然の奇襲にローブを着たソレ達の動きは止まった。
 失神したと思われる『スピードスター』を受けたソレを見たときトモエは驚愕する。

「人間じゃねぇな……亜人種とでもいえばいいのか?」

 そいつは魚の顔をしていたのだ。
 体を見ても魚鱗を持ち、人と同じような体格をしているのに明らかに人のそれとは違う。
 言ってみりゃ、化物だ。

「……ディープ・ワンズだよ、だよ。彼らは」

 上空から、この化物共とは異なる人間の言葉を発する声が聞こえた。
 トモエ達は上を見るとそこには浮遊するジバコイルの背中に乗る初老の男の姿があった。
 奇妙な喋り方、特徴的な燕尾服にマント、それはトモエたちは知らないが、まさしくダークプリズンの幹部デーランだ。

「貴様、何者だ!?」

「あ、いや、いやいや。お初目お目にかかる、吾輩はデーラン、まぁなんだ? 君たちが憎くて憎くて仕方がない、ダークプリズンで幹部をやっているものだよ」

「ダークプリズンの幹部!?」

 トモエは驚いた。
 なぜダークプリズンがこのような怪しげなところにいるのか?
 いや、それより幹部?
 幹部クラスがなぜこんな危険なところに?

(指令書……? もしかしてこいつのことと何か関わりあるのか?)

 トモエは海辺での出来事を思い出す。
 その時ドクターは確かになにかの書類を見ていた。
 その書類とこの事態には何か関わりがあるのか?

「おいアリサ、あのおっさんのこと知っているのか?」

「知っているけど知らないロボ」

 曖昧な言い方だった。
 アリサがこの場で嘘を付くとは思えず、その曖昧な言い方も何か意味はあるのだろうが今は考えられない。
 ……というより、考える時間がなさげというべきか。
 その男と対峙したときトモエは動くことができなかったのだ。

 笑っているのに威圧的な目、口元の微笑みも妖しく、そして恐ろしい。

「アリサ君、こちらには邪魔をしないように伝えたはずだが、だが?」

「しかし指令書にはプレートの回収任務が書かれていたロボ、アリサは任務を優先しただけロボ」

 ダークプリズンと関わりのないトモエとアルには分からない会話が繰り広げられる。
 どうにも親しげというわけではなく、どちらかというと陰険なイメージを受ける両者。
 しかし、どうにも余裕を崩さないデーランという男はニヤリと笑うと、「納得納得」と言って手を叩いた。
 どこまで人をおちょくる気だ、そうとさえ感じさせるデーランは目を細めるとまるであざ笑うかのように蛸の化物の彫刻に視線を向けた。

「いやぁ、悪かった悪かった。プレートはあそこにあるものなぁ」

「なに……ッ!?」

 よく見るとそこには確かに彫刻の頭にプレートが置いてある。
 だが、なにか様子がおかしいんだ。
 プレートが放つぼんやりとした輝きがない。
 偽物には見えないが、まるで何かが違う。

「本物のしずくプレート!? だが、力が弱い?」

 そう、そのプレートは確かに本物のようだが、今まで見てきたプレートと比べるとあまりに放っている力が弱いのだ。
 今までアルセウスが不思議に思っていた要因、それは未だわからないがそこに確かにプレートはある。

「おいデーランとやら! テメェこんな化物どもと結託して何をやろうってんだ!?」

 トモエは血気盛んに叫んだ。
 マスタープリズンほどの驚異は感じ無いものの、それでもドクターマルスとは明らかに違う圧迫感。
 それを押し殺すようにトモエはデーラんを睨みつけた。

「別に結託などしていないよ、ただ吾輩は、これから起きる現実をみたいだけだよ、だよ?」

「現実だと……ッ!?」

 アルが訝しげに言葉を返すと、突然その場に地震が起きる。
 ここは海底のはず、今地震が起きたらやばいんじゃないのか?
 そう、恐怖したとき突然祭壇が崩れ始めた。

「さぁ、君たちも見たまえ! 彼らがディープ・ワンズの信奉する神の復活だ!」

「神だと!?」

 祭壇がどんどん崩れていく、地震とともに。
 そしてディープ・ワンズは歓喜する。
 呪いのような祝詞(のりと)を発し、神の降臨を待つ。
 崩れる祭壇のひび割れの中から赤くて太い足が出てくる。
 でかい……とんでもなくでかいというのがわかった。

 オオ、ダゴンサマ、ダゴンサマダ!

「ダゴン……?」

 ディープ・ワンズはそれをダゴンだという。

「ダゴン、古代パレスチナにおいてペリシテ人が信奉する神、語源はヘブライ語の魚と穀物に由来するとされている。現在においては邪神の一体として扱われる」

 冷静に解説するのはアリサだった。
 ダゴンといえば、旧約聖書やあの死霊密本にも登場する海の化物だ。
 もちろん、空想上の存在、だが……そんなものが本当に存在するのか?

 やがて、祭壇は完全に崩れ落ちると、瓦礫を払いのけてその場にその神は姿を表す。
 広場いっぱいの巨体、赤い体の軟体生物。
 それはまさしく。

「ダゴンて……巨大オクタン!? て、外にもいなかったか!?」

「あれをダゴンだとすると、おそらく外でママに襲いかかったのはハイドラだロボ」

 ハイドラ、ダゴンの妻として語られるメスのダゴンだ。
 確かにそう考えるならばつじつまがあう、だがオクタンが神っていうのはナンセンスだ。

 オオ、ダゴンサマ! イマコソワレラノフクシュウヲ!
 ニンゲンドモカラワレラノウミヲ!

 その場に顕現した彼らの神の姿に彼らは歓喜した。
 だがそれは本当に神なのか?
 いくら大きくてもそれはオクタン、ポケモンなのだ。
 たしかにオクタンとしては規格外すぎるサイズではあるが、やはりポケモンに違いはない。

「とりあえず、ここはプレート回収が先だ! その後に巨大オクタンとあのおっさんはどうにかするぞ、アル!」

「わかっている!」

 トモエは瞬時に力を引き出し、空高くと飛び上がった。
 目指すはオクタンの頭上にチョコンと乗ったプレート。
 トモエの手が伸びる、プレートへと。

 だが、暫く静止していたオクタンは突然泣き叫ぶように吠えた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」

 それは言葉にはできない鳴き声。
 図太いようにも感じ、また甲高いようにも感じるその声に神殿が震えた。
 突如、崩落は始まった。

「なっ!? しまった!?」

 空も飛べないのに飛び出したトモエは空中ではどうすることもできない。
 オクタンが暴れ、崩落が始まると真っ先にトモエは巨大な岩盤の崩落にたたきつけられた。

「がはっ――!?」

「いかん! トモエェ!」

「危ないロボ! 海の水が流れ込んでいるロボ!」

 崩落は同時に海底に作られた神殿に大量の海水を落としていく。
 圧倒的な圧力でそこにいるものは抑え付けられる。
 その間オクタンはなにかをもとめるように大暴れした。
 その暴れ方は半端ではなく、ある者はその強靭な足に踏み潰され、地面は掘り起こされ、崩落は加速する。
 絶体絶命……である。

「ふっはっはっは、これがディープ・ワンズの神か、オクタンとは無粋だがまぁいい……神の正体も知れた、それでは我輩はこれで失礼するとしよう、よう!」

 神の正体を見て大きく笑ったデーランは地面に倒れているレントラー、そして自身の乗っているジバコイルをボールに戻すと懐から何かを取り出した。
 それはロープであり、それを体に巻きつけると突然デーランの姿はその場から消え去る。

「ちっ! あなぬけのヒモとは準備のいい奴め!」

 アルはデーランが逃げ去るのに舌打ちをするが、この絶体絶命の事態をどうするべきか考える。

「アリサ、むてきんぐよ、協力してくれるか?」

「当然ロボ、ダーリン助けるロボよ」

「ポリ〜」

 二人は頷く。
 ここは協力しなければ共倒れ確実だ。

「アリサはトモエを! むてきんぐは己と往くぞ!」

「ポリ!」

 アルセウスは『じゅうりょく』を使い、自身の体重を減らして巨大オクタンに飛びかかる。
 だがオクタンもそれに反応して迎撃に入る。

 オクタンの太い足がアルセウスを襲う。
 だがアルセウスは空気を蹴って、無理やり軌道修正をした。
 そして直後、おなじみのむてきんぐの『でんじほう』がオクタンを襲う。

「オオオオオオオオオオオ!」

 泣き叫ぶようなオクタンの鳴き声、でか過ぎて『でんじほう』一発ではまるで聞いているようには見えない。

「ええい! 少しはおとなしくせんか!!」

 アルセウスは『しんそく』を使い、オクタンに体からぶつかるが、オクタンの柔軟な体が相手では大したダメージが与えられない。
 直後またオクタンの足が横から襲いかかってきた。

「くうっ!?」

 今度は避けきれずアルセウスは吹き飛び、神殿の壁面に背中から打ち付けられた。
 激しい衝撃がアルセウスの体に走る。
 死んでしまうかと思えるほどの激しいダメージに意識は朦朧としそうだったが、彼女は歯を食いしばり立ち上がる。
 すでに海水はかなり侵入し、アルセウスの腰ほどまでに迫っていた。
 急がなければ全員水没してしまう。

「が……は……だ、大丈夫かアル?」

 程なくしてトモエもアリサの手によって救出された。
 頭から血を流し、戦うだけの体力も残っていないであろうトモエだが、必死に立ち上がりアルセウスの心配をしていた。
 その様子を見たアルは少しだけ元気が戻った気がした。
 満身創痍のトモエに心配されるようではまだまだだと。

「オオオオオオオッ!!」

 オクタンの口に集められるエネルギー、それは通常のオクタンが放つそれと比べて何倍の威力差があるのだろうか?
 10倍、いや100倍、それ以上かも知れない。
 そんな危険度が高すぎるエネルギーはまるで虫けらどもをひねり殺すかのように放たれた。
 オクタンの『はかいこうせん』だ。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 神殿が爆発に飲まれる。
 アルセウスは必死に堪えた。
 アリサとポリゴン2もなんとか直撃は免れ無事のようだが、最後の一撃で神殿が完全に崩壊し、一同は全員が海の中へと沈んだ。

 アルはトモエを探した。
 見当たらない、上、下、周囲……どこを探しても見当たらない。

(トモエ……どこだ……ッ!?)

 突然、赤いモノがアルセウスの顔面を横切った。
 本来ならばすぐに見えなくなるはずのトモエの血が、水面へと登る。
 確信した、トモエは下にいる。
 だが、このままでは命が危ない。

 そう思いアルセウスは直ぐ様トモエを助けようとした。
 だが、オクタンはアルセウスに襲いかかる。
 大きな口を開くと、なんでもない……オクタンはアルセウスを丸呑みにしたのだ。

 これでジ・エンドなのか……そう思われた瞬間だった。

「己の……己の邪魔をするなぁぁぁぁっ!!」

 普段戦いにおいて激情を見せないアルセウスとは思えない怒りの叫びだっただろう。
 ここが海中だということも忘れて、オクタンの体内だということも忘れてアルセウスが叫んだ時、突然オクタンの穴という穴から光が溢れる。
 直後オクタンの内部で大爆発が起こると、オクタンは気絶したように口をぱっくり開いて海底へと沈んでいく。

 『さばきのつぶて』だ、滅多に使わない『さばきのつぶて』をアルセウスはオクタンの内部で使い、体内で莫大なエネルギーをうけきれずに巨大オクタンはノックアウト。

 アルセウスはオクタンの口から飛び出ると直ぐ様トモエを追った。



(――意識が保てない、やばいな……こいつは……死んだかな?)

 トモエはぼーとしながら海底へと沈んでいった。
 痛みはなく、代わりに意識も薄い。
 頭から海中を登る血を見ていると、自分の命があと僅かなのがわかった。

 ……ふと、一条の光が海底へと走った。
 最初は太陽の光かと思ったが、それは違った。
 白い体毛の巨体、アルセウスだ。

 アルセウスがトモエへと急速に近づく。
 まるで泣いているような顔をしてアルセウスはトモエの体を抱きかかえた。
 何も感じることができないはずのトモエが、たったひとつだけ感じたものがあった。

(温かい……アルの温もり……?)

 ただ、暖かかった。
 アルは目の前に漂ってきたしずくプレートを体内に取り込むと、水タイプへと変化する。
 体は青色になり、水中での活動に適応する。

「トモエ、死ぬな……っ!」

 アルセウスは必死にトモエを抱えて海面を急いだ。

 バシャァッ! と水しぶきを上げ、久しぶりの空気を吸うとアルセウスはすぐにトモエを見る。
 トモエは大量の血を失いぐったりとしていた。

「トモエ……トモエ? しっかり、おい……しっかりしろよ?」

 アルの必死に呼びかけ、だがトモエは反応しない。
 いや、できないというのが正しいのかも知れない。
 アルの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。

「いや、いやだ……トモエ、死ぬな、死なないでくれ、トモエ!!」

「う、うるせぇ……生きてるよバァカ」

 僅かに動いた、アルの悲痛の叫びにトモエが反応をした。
 アルはその声を聞くと、大粒の涙を流して泣いた。
 トモエは生きている、まだ己を置いてけぼりにはしていないのだと。

「アル……プレートは?」

「ああ、回収したさ」

 アルは首をブルブル振って涙を止めると、トモエに微笑みかけた。
 苦しい戦いだった、いつもより格段に。
 だが、プレートも回収しなんとかお互い無事だった。
 終わりよければ結果よし……ということでいいだろう。





「ふーむ、意外や意外。まさかあのオクタンを倒すとは、いや、いやいやさすがはさすが、アルセウスということろかな?」
「ふむ、しかしそれより気になるのはハイドラを倒したアレはなんだったのだ? カイオーガなどこの海に、このミレリア地方に生息するはずがない、だとするとどこからかトレーナーが持ち込んだというのか? ふーむ」

 ……しかし、忘れてはならない。
 彼らの前に立っているのは強大な悪、ダークプリズンなのだから。
 彼らの戦いはまだ、終りを見せないだろう。

 デーランはジバコイルに乗りながら考えた。
 神殿での戦いとは別にドクターが戦ったハイドラとされる個体のオクタンを倒した存在。
 それはドクターではありえない、むしろドクターマルスを助けた謎の影。
 そこにいたオクタンを遥かに凌駕した圧倒的海の存在カイオーガ。
 ことによるとダークプリズンにおいてトモエたち以上に驚異になりえるかも知れない存在にデーランも戸惑は隠せなかった。

「ふむ、まぁいい。この件は我らが現人神に伝えて終了としよう」

 デーランはそう言うとダークプリズンの本拠地アークスシティへと帰っていく。

 夕日挿し込むバーバラシティ、そこでは人知れず激闘があった。
 だが、この激闘もまだ戦いの序曲に過ぎない。



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