閃光のALICE




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第6話 『Nature Light』





イェス 「……」

私は月夜の空の下を歩いていた。
時刻は9時半、すでに本上サーカスでの公演も終わり今日は福一というラーメン屋で夕食を食べた。
そして、一緒に来ていた本上サーカスの皆さんはそれぞれ寝床へ帰り、私も寝床へ帰ろうとしていた。
私は家がないのでサーカステントの隣に建てられたプレハブ小屋に眠っていた。

(アリス 「イェスはいい奴だ、戦いたくはない」)

イェス 「……」

アリスさんは悪くない。
悪いのは私だと思う。
でも、仕方がない。
私はDOLLだから、彼女たちの敵だから。

? 「浮かない顔でございますな、イェス嬢?」

イェス 「ヨハン様…?」

突然、上から声が聞こえる。
私は上を見ると、電柱柱に腰掛けるヨハン様の姿が見えた。

ストッ!

ヨハン 「ご機嫌麗しゅうございます、イェス嬢」

ヨハン様は電柱柱から飛び降りると、私の目の前で執事のように頭を下げた。

…ヨハン様、私と同じ緑DOLLでDOLLでありながら幹部格の重鎮。
その姿は、黒い燕尾服を着ており、更には黒いシルクハット、手には白い手袋をつけ、右手には黒いステッキを持っていた。
身長は150センチ程度で、一見すると男性の方のように見えるが、DOLLなので当然ながら女性だった。
髪は緑DOLL特有の緑色の髪で容姿は13〜15歳程度で非常に若く見える女性だった。
ヨハン様は私たちが属すDOLLたちのいる機関、A&P社…DOLL開発研究施設の古株で施設内だけでなく社内においても高い発言力を持つ。
DOLLである私は詳しいことは知らないが、DOLLでありながら他のDOLLとは違い常時に活動状態にある。
噂ではDOLL開発研究施設を管理するA&P社の社長と同等の権限を持つという話さえある。

ヨハン 「試験的に人の世界に放たれたDOLL…イェス嬢」
ヨハン 「よき、経験は得れましたかな?」

イェス 「はい、人の世界は学ぶべきことが多く、大変有益に思います」

ヨハン 「それは誠に喜ばしい限りでございます」
ヨハン 「吉倉様も、喜ばれることでございましょう」

イェス 「しかし、どうしてヨハン様が私の元に? 視察でしょうか?」

ヨハン 「はい、半分はその通りでございます」
ヨハン 「しかし、半分は逃げ出したDOLLはどうしたか、と…」

ヨハン様は最後の所、目をほんの少し開ける。
目の中には深淵の緑がうっすらと輝いている。
時々、その目が恐ろしく思える。
ヨハン様のもうひとつの顔…。

イェス 「逃げ出したアリス、ティアルの両DOLLは特にこちらを警戒する様子はありませんでした」

ヨハン 「接触したのでございますか?」

イェス 「はい、つい先ほど」

ヨハン様はそれを聞くと2秒ほど考え、顔を変えず次の言葉を言う。

ヨハン 「アリス殿に異変はございませんでしたか?」

イェス 「は? いえ…特にそのようには感じませんでしたが…」

ヨハン様はあまりに意外なことを聞いてきた。
てっきり咎められるとばかり思ったからだ。
なにせ、面として敵と対面したのだから。

ヨハン 「そうですか、それならばよろしいのでございますが」

イェス 「…なにか、アリスさんに問題があるのですか?」

私は気になって聞いてみた。
上から話は聞いていた。
この町に逃げ出したDOLLがいて、そのDOLLの奪回が必要だと。
そのDOLLはアリス、他2名、ティアルと唐沢智樹は消去…すなわち抹殺が命令されていた。
思えば、なぜアリスさんのみ奪回なのだろうか?

ヨハン 「それはあなたの知るべきことではございませんよ、イェス嬢?」

イェス 「…申し訳ございません」

ヨハン 「探究心があるのはよろしいことでございますが、知りすぎるとろくなことはございませんよ?」

イェス 「……」

ヨハン 「まぁ、よろしいでしょう」
ヨハン 「さて、あなたには確実にやってもらいたいことがございます」

イェス 「アリスの奪回ですね」

ヨハン 「さすがはイェス嬢、よく理解してございますね」

イェス 「現状の彼女たちはまだまだ戦闘に不慣れです、不意をつけば二人相手でも私で勝てるかと思います」

ヨハン 「ふむ、しかし小生(しょうせい)の見立てでは恐らくイェス嬢、一人では一歩及ばずといった所でしょう」

イェス 「! しかし、それでは…」

ヨハン 「まぁ、お待ちください、何も一人でアレと渡り合えとは誰も言ってはいないでございましょう?」

イェス 「まさか、ヨハン様自ら!?」

ヨハン 「いやはや、そうしたいところでございますが私にも用事がございましてね」

ヨハン様はそう言って後ろを気にする。

少女 「…あ」

ヨハン様の後ろには真っ白な髪の毛を生やし、長い髪の毛を後ろでポニーテールで結んだ、14歳くらいの少女がいた。

ヨハン 「いやはや、申し訳ございませんが、もう少し待っててもらえますかな、コッペリア姉さま」

コッペリア 「…はい」

コッペリア姉さまと呼ばれる女性はとても気弱で、小さくそう言って俯いた。
しかし、あんな頼りない少女のような人だが、れっきとしたDOLLでヨハン様よりも古参の人物だった。

ヨハン 「小生はマリオンの件がございまして、イェス嬢のお手伝いが出来ないのでございます」
ヨハン 「そこで助っ人を呼んでおります」

イェス 「コッペリア様も一緒ですか?」

ヨハン 「ええ、そうですが?」

ということは、あの『男』も一緒に行動するということ…。

ヨハン 「余程…アルド殿がお嫌いのようでございますな?」

イェス 「私は嫌いです…あの方の目は狂気に彩られています」

ヨハン 「…とにかく、あの方が動くとなると小生も動かざるを得ません」
ヨハン 「代わりの助っ人ですが、キイ?」

キイ 「はい、お呼びでございましょうか、ヨハン様」

イェス 「! どこから!?」

突然、黄色い髪を持ったDOLLがヨハン様の後ろ右に立つ。
黄DOLL…。

ヨハン 「この子はイノセント実装型の量産試験タイプです」

イェス 「イノセント実装型…量産に成功したのですか?」

ヨハン 「いえ、せいぜい製造確率はまだ0.1パーセントというところです」

イノセント実装型…それはDOLLの一種でDOLLのみが生まれる前の状態感染するウィルスだった。
イノセントは一度生まれたDOLLには感染せず、誕生する前に感染させなければならない。
しかし、感染したDOLLはそのほとんどが生まれる前に死滅し、その誕生は奇跡的だった。
だが、その奇跡に等しい誕生を経たDOLLはある恩恵を受ける。
元々イノセントはDOLL誕生には必要不可欠なのだが、スズメバチの毒のように一度感染したものの免疫をなくす。
つまり、DOLLは一度イノセントの免疫をなくしているのだ。
その状態にDOLLにとっては劇薬に等しいイノセントを再注入する。
それではほとんどのDOLLは当然死滅するに決まっているのだ。
だが、イノセントは人間離れしたDOLLの力の秘密。
これを再注入し、生き残ったDOLLは特別な力を持つことが出来る。

イェス 「その子の能力は?」

キイ 「私の能力は『フィールド形成』」
キイ 「8万ボルト15アンペアの電撃の幕を半径20メートルのドーム場に形成し、外部内部からの干渉を出来なくします」

イェス 「電撃のドーム…」

ヨハン 「十分人を黒焦げにできる『電流』ですよ」
ヨハン 「人を殺すくらいなら300ボルト、1アンペアあれば十分ですからね」

キイ 「イェスさん、よろしくお願いします」

イェス 「はい…」

ヨハン 「それでは、連れもありますのでこれにて退散させていただきます」
ヨハン 「イェス嬢、どうかご健闘よろしくお願いします」

ヨハン様はそう言うと連れのコッペリア様と共に行ってしまう。
残ったのは私とキイという黄DOLLだけだった。

キイ 「イェスさん、これからどうするのですか?」

イェス 「…今日はもう遅いですし、眠りにつきましょう、行動は明日からです」

キイ 「了解しました」

キイは素直に言うことを聞く。
これで、戦わざるを得なくなった。



…………。
………。
……。



智樹 「……」

カッチ…コッチ…カッチ…コッチ…。

俺は自分の家の自分のベットで横になっていた。
耳元で目覚まし時計がカッチコッチと秒針を刻む。
電池を入れ替えたのでしっかり動いてくれている。
ただ、動いてくれるのはありがたいのだが耳元でこうせわしなく働かれると眠れない。
いや、時計のせいにするのは恥ずかしいか…。
本当は、イェスのことで頭がいっぱいで眠れないのだった。

智樹 (来るのは今日か…それとも明日か?)

今日来るなら朝になる前に来るよな…普通。
明日ならどんなタイミングだ…?

智樹 (イェスは本上サーカスの団員、となると営業中は来ないよな)

相手はDOLL、そんなこと気にはしないかも知れないが。
しかし、営業中は動けないと仮定すると来るのは…。

智樹 「登校中…か」

これまでの経験でDOLLは人前では戦わない。
目撃者を作りたくないのだろう。
それにDOLLは一部例外除いて人間を殺傷できないらしい。
その例外が俺だから問題だ。
つまり、やるからには確実にそして迅速にことを終わらせないといけない。

智樹 「ふ…ぁ…眠…」

結局、あれこれ考えながらも眠気が勝って、人は寝る。
なんともまぁ、人とは都合よく出来た贓物だ。
もしかしたら、人間こそ人形そのものだったりな…。



…………。



カッチ…コッチ…カッチ…。
ジジジジジジジジジジジジ!

智樹 「はぁ、時間ね」

俺は目覚まし時計を止めると、上半身を起こす。
朝だ、さぁ朝だ。
あれこれ考えても仕方がない。
とにかく学校へ行くしかない。

智樹 「今日こそは歩いて学校に行く!」

思えばアリスと出会っていら常に走って学校に行っていた。
不思議と遅刻は未だにしていないが、そろそろ走らずに学校に行きたい。

智樹 「ふぅ…一か八か」

通学中に襲われたらそれは盲点だ。
しかし、行かないわけにもいかない。
俺はさっさと着替え終えると家を出るのだった。



…………。



智樹 「……」

穏やかな朝だった。
慌しくなく、通勤や通学の者たちが道を往来する。
穏やかだ…本当に。

智樹 (命が狙われているなんてまるで嘘かのように)

本当、嘘なら誰か嘘って言ってくれ。
こんなスリリングな高校生活を俺は望んでないぜ?

智樹 「と、いつもの直角90度カーブか」

思えば、あそこでアリスやティアルと出会ったんだよな。
あそこには出会いの悪魔がいるようでことごとくぶつかってきたんだよな。
まぁ、今回は大丈夫だろう。
てか、歩いてぶつかるのは格好悪いしな。

イェス 「あ!?」

智樹 「へ!?」

突然、曲がり角に入ろうとした瞬間、イェスが顔を出す。
あまりに咄嗟のことに体が間に合わない。
はぁ、呪われているのだろうか…。

ドォン!

智樹 「なんで、こーなるの…」

イェス 「いたた…すいません」

思いっきりぶつかってしまう。
歩いていたので倒れるほどの衝突ではないが十分痛い。
今回の相手はイェスのようだ。
つくづくDOLLとぶつかるな。

イェス 「あ…」

智樹 「あ〜、その、おはよう」

とりあえず、朝なので挨拶しておく。
本音言うと頭言葉が思いつかなかったのだ。

イェス 「あ、おはようございます」

イェスもそう言って頭を下げて挨拶をする。
うむ、苦しゅうない。

イェス 「あの…少しお時間よろしいでしょうか?」

智樹 「え? まぁ、少しなら…」

学校もある、あまり時間はかけられないが少しくらいならまぁ、いいだろう。

イェス 「……」

智樹 「……」

イェス 「……」

智樹 「……?」

なんだ?
黙り込んでどうしたんだ?

イェス 「…一体何から話せばいいのか…」

智樹 「はぁ?」

いきなり何を言っているんでしょうかこの人は…。
いきなりタイムロスっすか…。

智樹 「とりあえず、道のど真ん中は問題だから移動、オッケー?」

イェス 「あ、はい…」

どうも、この相手敬語を使うべきなのかため口の方がいいのかわからない。
敵の癖に妙に扱いにくいな…。

イェス 「えと…智樹さんは学校に通っているんですよね?」

智樹 「そりゃ、学生服見たらわかるだろう」

イェス 「あ、そうですね、そうですよね…」

智樹 (なんか、イライラする…)

イェスは明らかにしゃべりたいことがあるのだろう。
にも関わらずなぜかしゃべれないでいる。
そして、無駄に回り道、はたから見てもわかる位、オドオドしているし。
昨日とは受ける印象が全然違うぞ?

イェス 「その…」

智樹 「言いたいあるなら迷わず言え!」

俺は人差し指を突っ立ててそう言った。
いい加減、しゃべってもらいたい。

イェス 「……」

イェスは俯く。
なんなんだよ、こんちくしょう…。

イェス 「…すか?」

智樹 「は?」

イェス 「なぜ…普通にしていられるんですか?」

智樹 「どういう意味だ?」

正直意味がわからない。
普通にとはどういうことだ?

イェス 「あなたはつい先月まで普通の学生たちと大差のない生活を送っていたはずです」
イェス 「ところが、アリスさんやティアルさんと出会って智樹さんの生活は変わってしまったはず…」
イェス 「DOLLと呼ばれる存在に狙われ、命の危機さえあるのに、どうして普通に生活できるのですか?」

イェスの言いたいことはこうだ。
怖くないのかコンチクショウってことだ。

智樹 「面倒ごと抱えたのは確かだけど。特に変化はないしな…」

イェス 「え…?」

智樹 「大体、そんなの承知の上だしアリスたちも狙われていることは変わらないしな」
智樹 「俺がいようがいまいがアリスは狙われる、そして俺はアリスに関わった」
智樹 「後は一蓮托生だ、互いが互いを信じるしかないだろ、命の危機もあいつらとなら切り抜けられる」

イェス 「…怖くないんですか?」

智樹 「初めてDOLLの戦いに巻き込まれたとき、あの時は本当に怖かった」
智樹 「正直今でも怖い…だけどアリスやティアルが危険なときに立ち止まることは出来なかった…」
智樹 「多分、あいつらも怖いんじゃないかな、俺と一緒で?」

イェス 「怖いのに…戦うんですか…」

智樹 「あんたは怖くないのか?」

俺は逆に聞いてみた。
敵だって、死ぬのは怖いだろう。
それとも、そんなことはないのだろうか?

イェス 「私だって怖いです…死にたくはないですから」

智樹 「俺も、アンタの死ぬところを見るのは怖い…」

致命的、欠点かもしれない俺の性格。
敵さえ攻撃することを躊躇ってしまう。
今まで3人のDOLLを光に変えてしまったがなれることはなく、ただ後味が悪いだけだった。
死にたくないということは死なせたくないということでもあるらしい。
少なくとも、俺の中では。

智樹 「…もういいか?」

イェス 「はい、ありがとうございました…」

俺はいまいち覇気のないイェスをよそ目に走り出す。


智樹 (畜生…走らなきゃ遅刻じゃないか!)



キーンコーンカーンコーン…。



昼休み…俺は学校の中庭にいた。
ちなみに今日もギリギリセーフで遅刻はしていない。
そして俺は今、家に電話をかけていた。

アリス 『ん…』

智樹 「アリスか?」

電話に出たのはアリスだった。
電話に出られるようになったのか…。
しかし、名前くらい名乗れよ…。

アリス 『智樹?』

智樹 「ティアルはいるか?」

アリス 『いない…ちょっと前に出かけた』

智樹 「はぁ? あいつ一人で出かけたのか?」

アリス 『ん』

智樹 「たく、いきなりかよ…」

アリス 『ティアルはいつも智樹が出かけた後出かけている』

智樹 「そうなのか?」

アリス 『ん』

そいつは知らなかった。
てっきりいつも家にいるものとばかり思っていた。
でも、どこに出かけたんだ?

智樹 「まぁいい…、帰ったら極力お前ら二人でいろよ?」

アリス 『? なぜだ?』

智樹 「近日中に恐らくイェスは来るだろうさ、一人でいたら危険だからティアルと絶対一緒にいろよ?」

アリス 『ん…わかった』

智樹 「素直でよろしい、帰ったら今日は味噌ラーメンだ」

アリス 『♪』

俺はそう言って電話を切る。
あいつらも携帯くらいあった方がいいのだが、支払いが出来ないのでどうしようもない。
たしか、ティアルの話だと赤は緑に強いらしいから大丈夫だと思うが…。

成明 「おい、智樹! いつまで中庭にいるんだ!?」

蛍 「早くご飯にしようよ、唐沢君!」

智樹 「ああ、すぐ行く!」

中庭と学校を繋ぐ渡り廊下で成明と霧島がせかす。
今日は霧島が弁当を忘れたので学食だ。
俺は携帯を懐にしまうと二人の下へと急いだ。



…………。



ティアル 「……」

私はちょっと町から離れた場所に来ていた。
目の前にサーカステントがある。
…本上サーカス、あの緑DOLLのイェスが働いていると言うサーカスね。

ティアル 「ここであの緑DOLLが働いているってわけね」

今日はとりあえず、敵情視察。
昨日の段階では交戦に入らなかったからどういう相手かわからなかったけど、働いている姿を見たらどれ位の身体能力があるかわかるでしょう。

ティアル (ま、さすがに今回は相性的に有利だし大丈夫だと思うけど)

それでも相手を知り、己を知れば百戦危うからずってね。
とりあえず、見せてもらおうかしら?

ティアル 「…これに並ばないといけないわけだけど」

私はサーカスの入り口に並ぶ長者の列を見る。
その長さは途方もなく、ため息がこぼれる。

ティアル 「はぁ…敵の実力を知るのも一苦労だわ」

とりあえず並ばないわけにはいかない。
てか、今日中に入れるの、これ?

キイ 「……」

ティアル 「!?」

一瞬殺意に似た気配を感じた。
私は急いでその方角を見たが、その方角は何もない空き地で誰もいなかった。
気のせい…?

ティアル (いや、違う…確かに誰かいた)

それが誰かはわからない。
イェス…じゃないと思うんだけど。

ティアル 「イェスじゃない…?」

と、言うことはまた別のDOLL…。

ティアル 「!」

と、すると敵は2体!?
だとしたら、単独行動はまずいか。

ティアル 「しょうがない…ここは帰るか」

さすが2体同時に相手は無理だ。
一旦帰った方がよさそうね。



…………。



キーンコーンカーンコーン。


智樹 「放課後来たよ…」

無事、放課後が来るのが少し嬉しいが、その反面これからが本番なのだと予想できる。
まだ、イェスが動けるには時間がある。
とりあえず、家にまっすぐ帰るか。

イェス 「……」

帰る…つもりなんだが、校門のところに見覚えのある顔が…。

智樹 「イェスだよな…ありゃ」

明らかにこっちを見ている。
見たところあのハルバードは持っていないようだが…。

イェス 「今夜…お伺いします…」

智樹 「…!」

やや遠かったから聞き辛かったが、イェスは確かに今夜来ると言った。
そして、イェスはどこかへと歩き出す。

智樹 「…参ったね」

はっきり向こうから宣戦布告されたわけだ。
これはこれでいつ来るかわかるからおっかないな。
だが、逆を言えばまだこないってことか。
向こうにも準備があるってか?

智樹 「出来れば、戦いたくないよな〜…」

本音言えば、戦いたくないに決まっている。
戦えばこっちも無事ではすまないし、何よりどちらかが死ななければならないのは悲しすぎる。
なんとかならないのだろうか?

智樹 「その場しのぎでなんとかするか…」

結局それしかなさそうだ。
とりあえず俺は家へと帰るのだった。



…………。
………。
……。



…そして、その夜。

智樹 「結局いつもの児童公園か」

アリス 「……」

ティアル 「相手、ここに気づいているかしら?」

俺たちはいつもの児童公園で待ち構えていた。
イェスは必ず来る…。
出来れば、戦いたくはない。

アリス 「…!」

智樹 「どうした、アリ…!?」

ガキィン!!

イェス 「いい反応です」

アリス 「ん…!」

ガキィン!

突然、イェスが俺を強襲する。
アリスはそれに反応して、イェスの一撃を剣で受け止めた。
そして、アリスはそのままイェスを引き剥がす。
イェスは2メートルほど宙を舞った。

智樹 「イェス…」

ティアル 「いきなり、奇襲とはいい根性してるじゃない!」

ティアルはそう言って2丁銃をイェスに向ける。

イェス 「奇襲は戦術です、いかに楽に相手を倒すか、それこそが重要なのですから」

ティアル 「正論ね…なら、殺されても文句言えないわよね!!」

ティアルはそう言ってイェスに向けて銃を放つ。

イェス 「はっ!」

イェスは飛び上がり、ティアルの銃撃を回避する。

アリス 「ん…!」

アリスはそれを見て空中のイェスに切りかかる。
イェスはそれを槍の腹で受け止めた。

キィン!

イェス 「くぅっ!?」

しかし、イェスは地面にたたきつけられる。
足で着地しているが、その反動は大きいようだ。

ティアル 「もら…!」

ティアルはそれを見てイェスを狙う。
しかし…。

智樹 「あぶない! ティアル!!」

ティアル 「え!?」

キイ 「はぁ!」

突然、黄色の髪をした少女が小剣でティアルを襲った。
ティアルは咄嗟にそれを避けた。

イェス 「!!」

イェスはそれを見て、俺に接近してくる。
やば! 今、アリスとティアルが俺の近くを離れ、その円の内側に敵が二人いる!

アリス 「くっ! 智樹!」

イェス 「動かないでください!!」

アリス 「!?」

バチィン!!

突然、アリスの目の前に電気を放つ『膜』が現れる。
それはアリス、ティアルを隔離し、俺を孤立させていた。
つまり、俺付近を中心に何かドーム場の膜が張られていたのだ。
このドームの中にいるのは俺とイェスと黄色の少女。

ティアル 「な、何よこれ!?」

アリス 「電撃…?」

イェス 「それは、強力な電撃の障壁です、触ればDOLLと言えど即死するでしょう」

智樹 「な…!?」

ティアル 「く…! だったら!」

ティアルは電撃の膜の外からイェスを狙う。
しかし…。

バチィン!!

智樹 「なに!?」

ティアル 「そんな…!?」

ティアルの銃弾は壁を抜けることなく黒こげになり、消滅した。
なんていう壁だ…。
逃げ場なし…おまけに助けも求められないということか。

イェス 「ごめんなさい、智樹さん…やっぱり私はDOLLなんです、あなたを抹殺しなければならない」

智樹 「イェス…それは本心で行っているのか…それとも…」

イェス 「本心で言えば、あなたを殺したくはありません、あなたやアリスさんたちと仲良くなりたい…でも」

智樹 「命令だから、か…」

イェス 「はい…」

イェスは涙目にそう言った。
たく…どう反応すればいいんだよ…。
敵に泣かれたらこっちも困っちまうじゃないか…。

アリス 「く…! イェス! 辛いんじゃないの!?」

イェス 「アリスさん…!?」

アリス 「イェスは苦しんでる! 苦しむことを自分から行うの、間違ってる!」
アリス 「私もイェスと戦いたくなんてない! イェスと仲良くなりたい!」
アリス 「イェス! 自分に素直になって!」

ティアル 「この! 馬鹿智樹! せめてこっちきなさい!」

アリスとティアルは壁の外から叫ぶ。

智樹 「く…!」

俺は壁があるとはいえ、アリスたちの下に向かった。
その間イェスは俯いたまま、俺を見逃していた。

イェス 「……」

キイ 「どうしたのです、イェスさん?」

イェス 「…できません、私にはやっぱりできません…!」

智樹 「! イェス…」

アリス 「イェス…」

イェスは目から大粒の涙を流してそう言った。
俺はそれが嬉しかった。
しかし、それは状況を悪化させたのかもしれない…。

イェス 「私には智樹さんたちを攻撃するなんて出来ない…!」
イェス 「私には…私には…」

キイ 「…どうやら、『予定通り』あなたの抹殺が必要のようですね」

イェス 「え…?」

智樹 「予定通り…?」

少女の言葉に耳を疑った刹那…。

アリス 「イェス!!」

キイ 「はぁ!!」

イェス 「!? キャアッ!?」

ガキィン!!

突然少女はイェスに襲い掛かる。
イェスは咄嗟に槍で受け止めたが無防備なところへの一撃だったため思いっきりこちらへ吹き飛んできた。

イェス 「あう…どうして…?」

ティアル 「あんた! それはどういう事よ!?」

キイ 「予定通りということです」
キイ 「ヨハン様はすでにあなたが使えない存在とうすうす気づいておりました」
キイ 「そこであなたの監視役として私がつけられたのです」

イェス 「それではヨハン様は初めから…?」

キイ 「あなたの抹殺は予定通りです」
キイ 「そのため、能力であなたさえも『隔離』したのです」
キイ 「あなたが…その方の抹殺にためらいさえしなければ、予定は狂っていたのに…」

少女は最後の方を口ごもる。
もしかして、辛いのか…?
だが、少女の目はイェスと違い、確固たる意思が感じられた。
アレは、曲げられそうにない。

アリス 「く!? 智樹!! イェス!!」

バチィン!!

アリスは必死で俺たちとアリスたちを隔てる壁を突破しようとする。
しかし電撃の壁は無常にもアリスの侵入を許さない。
アリスはその剣で電撃に切りかかるが電撃はアリスの一撃を簡単に弾いた。

ティアル 「無茶よアリス! 青であるあなたじゃこの黄の壁は突破できないわ!」

アリス 「それでも…このままじゃ!」

ティアル 「せめて、相性の有利な緑DOLLならともかく!」

智樹 「相性の有利な緑DOLL…?」

ティアルは言った、相性の有利な緑DOLLならともかくと…。
たしか、緑は黄に強いんだったな。
なら、もしかしたら…。

智樹 「イェス…大丈夫か?」

イェス 「…はい」

イェスは派手に俺の足元に転げてきた割にはほとんど無傷だった。
その心以外は…。

智樹 (でっかいな、裏切られた傷は…だが)
智樹 「イェス…悪いな、俺たちの性で」

イェス 「悪いのは私で…私が不純だから…」

智樹 「それは違う…イェスは素直でいい奴だ、アリスの言うとおり、そんなイェスに死んでほしくない」

イェス 「でも! 私にはキイを攻撃するなんてできない!」

キイ、とはあの黄DOLLの少女だろう。
仮にも昨日までは味方、優しすぎるイェスには攻撃なんて出来ない。
そんなことは、わかっている。

智樹 「許せよ、イェス!!」

イェス 「きゃあ!?」

ティアル 「ちょ…!?」

バチィン!!

俺は思いっきりイェスにタックルをする。
イェスは電撃の壁を突き抜けてアリスたちの方へといった。
多少衣服などが焦げているが、本人自身に外傷は見当たらない。
さすが緑DOLLだな。

イェス 「あ…う…智樹さん…」

ティアル 「馬鹿智樹! あんた何考えているのよ!」

智樹 「相性の良いイェスなら突破できるかなって思ったんだよ、予想通りできたな」

イェス 「でも! それでは智樹さんが!」

そう、俺が取り残された。
目の前15メートルほど先に敵がいる。
少女にとっては一歩の距離、すでに死線に入っている。

智樹 「アリス…ティアルとイェスを連れて逃げろ」

アリス 「!! 智樹!?」

ティアル 「ば、馬鹿! 何を言ってるのよ!? アンタほっといて逃げられるわけないでしょうが!」

智樹 「だが、この壁がどうにも出来ない以上、ここにいるのは危険だ」
智樹 「イェスはあの娘とは戦えない以上、どうしようもない…」

唯一どうにかできるのはイェス…だが、イェスは戦えない。
なら今は逃げて次の機会にどうにかするしかない。

アリス 「嫌だ! 智樹を見捨てたりはしない! 必ず助ける!」

智樹 「あのな、じゃあどうするんだよ? 俺は黒こげ確実の壁だぜ?」
智樹 「イェス以外は絶対に即死だ」

ティアル 「く…目の前にいるのに…どうしようもないなんて…」

イェス 「智樹さん…」

智樹 「イェス、イェスはもう味方だ、同じ仲間だ」

イェス 「智樹さん…!」

智樹 「だから、アリスたちと協力して逃げてくれ」
智樹 「そして、出来ればアリスたちに社会のことでも教えてやってくれ」
智樹 「そいつら、DOLLの性かどうも常識に欠けていてな、料理も出来ないし…まぁ、頼むわ」

俺がいなくなって、イェスが代わりにつくと考えればいいんだろうか?
すでに俺の死はどこまで近づいているのだろう?
もともと死の確約された状態、その性か思ったより冷静だった。
恐ろしい恐怖にさえなまれている性かもしれないが。
だが、押し殺されないのはアリスたちのおかげだろう。
なんてこった、俺自身よりアリスたちを危惧しているのだから。
自分よりあいつらを大切にしてしまうなんて、皮肉だな。

キイ 「…そろそろ終わりにさせてもらいます」

智樹 (グッバイ! 俺!)

少女は構える。
次の瞬間には飛び込んできて、その小剣の一突きでジ・エンドだろう。
しかし、実際飛び込んできたのは…。

イェス 「智樹さん!!」

智樹 「なっ!?」

キイ 「!?」

バチィン!!

イェスが再び中に飛び込もうとする。
手がドームの中に入る。
俺は咄嗟にその腕を掴んでしまった。
そして、その時…。

キィィィィィン!

突然、イェスが眩い光りを全身から放つ。
見慣れた光…これは。

アリス 「イェス! 智樹!」

ティアル 「まさか、『融合』!?」

光が俺の視界を覆う。
そして、次の瞬間には。

イェス 『智樹さん…』

目の前にイェスの姿は見えない。
代わりに頭の中にイェスの声が響いた。

智樹 「マジかよ、イェスとも『融合』するなんてな…」

つくづく、俺って奴はDOLLと縁が深いらしい。
だが、これなら勝てるかも…!

俺の服装は『融合』時特有の特殊なスーツに変わっており、今回は緑DOLLのイェスとの『融合』の性か緑を基調としたスーツだった。
右手にはイェスの使っていた槍…ハルバードが握られている。
よく見ると、このハルバード折りたたみ式な上、分解できる組み立て式だ。
道理で、初めて会ったとき背中に隠せたわけだ。
折りたたみ式とはな。

智樹 (イェス…これから俺がやることは…わかるよな…)

イェス 『はい…』

俺は、あの娘…キイを殺さないといけない。
それは今までで一番辛いことだった。
顔も知らない少女たちを光に変えることさえも俺には辛かった。
それなのに今回はイェスにとってさっきまでの味方。
出来るなら救いたい、でもあの確固たる意思を持った目を俺には曲げさせる自信がなかった。
なら、せめて苦しまず…!

イェス 『一撃…決めてあげてください』

智樹 「わかってる!」

それしかない、それが俺に出来るせめてもの慈悲!

キイ 「『融合』…しかし、ここで退却は任務の失敗…許されはしない」
キイ 「…覚悟! はぁ!」

キイは黄DOLL特有の超スピードで襲い掛かってくる。
しかし、DOLLと融合した俺はそれを見ることが出来る。
人間のままでは見ることも感じることも出来なかったそのスピードに反応できる。

智樹 「この一撃で…終わりにさせよう…!」
智樹 「ネイチャーストライク!!」

俺は両手でハルバードを握り締める。
そして、襲い掛かってきたキイにカウンターで右から薙ぐ。
その際槍はぼんやりとした緑の光に覆われていた。
恐らくそれは緑DOLLの力だろう。
青は水や氷、赤は炎だった。
だったら緑は大地か?
いや、どちらかというと生命の息吹のような感じの光だ…。

キイ 「…!? まさか…ああっ!?」

俺の一撃とキイの一撃が交錯する。
その結果は圧倒的で。キイの細身の小剣はその姿に似て、いとも簡単に砕けてしまった。
そのままキイは光となって消滅するのだ…。

智樹 「おわった…か…」

俺は『融合』を解除する。
今回は後味が最悪だ。
なんか、気持ち悪い。

イェス 「智樹さん…」

智樹 「イェス…大丈夫か?」

イェス 「はい…」

しかし、イェスの顔に笑みはない。
しょうがないだろう、あの娘に手を下したのは俺でも、関与したのは事実だから。

アリス 「智樹! イェス!」

ティアル 「やったじゃない! あなたたち!」

イェス 「アリスさん、ティアルさん…!」

智樹 「おお、なんか久しぶり」

少女キイが消滅したことでドームも消滅した。
そこにアリスたちが入ってくる。

アリス 「イェス…よかった無事だ」

イェス 「アリスさん…」

智樹 「喜んでやってくれないか、イェス…アリスは嬉しいんだ、俺たち誰一人として欠けなかったことが」

イェス 「智樹さん…」

智樹 「俺たちは誰一人として欠けることを望まない、俺たちは家族だからな」

イェス 「家族…あなたたちが?」

智樹 「ああ、家族は家族を守る、そして喜びを分かち合っている」
智樹 「イェスも言ってみれば家族だ、だから喜んでやってくれ」

我ながら無茶を言っている。
しかしイェスは。

イェス 「…はい」

手を口元に当て、優しく微笑んだ。
笑った、小さいけれど心からイェスが笑ってくれた。
それが今の俺にはたまらなく嬉しかった。
そして、その戦いは幕を閉じた…。



……………。



…そして、数日後。

ピンポーン!

智樹 「はーいはいはい!」

突然、玄関のベルが鳴る。
俺は急いで玄関に向かった。
本日は日曜日、まだ朝の10時で俺としてはもうちょっとゆっくりしたい時間だった。
たく、なんなんだよ一体…。
俺は不機嫌になりながらも、玄関に向かうのだった。

智樹 「はい、どちら様で?」

俺は不機嫌丸出しのまま玄関の扉を開ける。
しかし、その瞬間不機嫌な顔はどこ吹く風と消え去った。
出来るわけがなかったのだから…。

イェス 「お久しぶりです、智樹さん」

智樹 「イェスさん? あの…どういったご用件でしょうか…?」

俺は上目遣いでイェスを見た。
イェスの足元には大きなバッグが二つあり、イェスは極めてにこやかだった。
なんですか…その荷物は?

イェス 「私、今日からこの家でお世話に慣らせていただくイェスと申します」

智樹 「は? お世話になる…?」

それは…何の冗談ですか?

イェス 「私も家族なんですよね? それにアリスさんたちの面倒も見てほしいとか?」

智樹 「う、そんなこと言ったっけ?」

イェス 「ふふ、不肖イェス、不束者ですがお世話になります」

イェスは極めてにこやかに笑みを浮かべて、嫁入りする人のように頭を下げた。
俺は、苦笑するしかない…。





第6話 「Nature Light」 完


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