閃光のALICE




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第23話 『The fate begins to move』







智樹 「どもっ、どうですか調子は?」

俺は所長の日記を持ってイェスのサルベージを行うアルシャードさんの下に向った。
俺はイェスが蘇ることに期待と不安の両方を持っていた。

アルシャード 「……もう少しかかるな、手記は見つかったか?」

智樹 「ええ、これっすね」

俺はアルシャードさんに所長の日記を渡した。
アルシャードさんはそれをぱらぱらとページを開いていき軽く目を通した。

智樹 「で……イェスは……うっ!?」

俺はイェスを見て即刻後ろを向く。
サルベージのされているイェスは既に体を形成し終えており、培養液の中で裸のまま浮かんでいた。
目の保養になる……ていう冗談は置いておいてさすがに直視できない。

アルシャード 「なにを照れている? これからDOLLのマスターになるんだ、これくらいで照れてどうする?」

智樹 「そ、そうは言ってもですね……」

ヴィーダ 「うわぁ、お兄たま顔真っ赤なの〜」

ティアル 「何想像しているのよ、変態」

アリス 「裸を見るのが恥ずかしいのか?」

智樹 「お前らうるせぇ……普通の高校生が女性の裸体をマジマジと見れるわけないだろうが」

蛍 「裸体って言い方にエロスを感じるよぉ〜……」

智樹 「……」

俺は何も言えずただ赤面した。
その後1時間ほど、アルシャードさんにイェスに対する対処法のレクチャーを受けるのだった。
そして……。



イェス 「……」

智樹 「えと……イェス?」

アルシャードさんが予め持ってきていた服を着てイェスが以前と変わりない姿で俺たちの前に姿を現す。
そう、姿は……何も変わらない。

アルシャード 「イェス君、彼が君のマスター、ご主人様だ」

智樹 「えと……『初めまして』、唐沢智樹です」

自分の言動に違和感を感じずにはいられない。
俺は今、初めましてと言ったのだ……何度も話したのに、共に戦い、笑った中なのにだ。
それがたまらなく嫌だった。
だが、そんな俺の気がわからないイェスは。

イェス 「唐沢智樹……マスター……ご主人様」

イェスは聞いたことの無い言葉を頭に浮かべてかボヤボヤと呟く。

イェス 「ご主人様! 智樹さまっ♪」

イェスは突然ニッコリと笑って抱きついてくる。

智樹 「おわっ!? イェ、イェス!?」

あまりの突飛な行動に俺はあからさまに慌ててしまう。
明らかに今までイェスとは行動ルーチンが違う。

ティアル 「離れなさいイェス……はぁ、ヴィーダが二人に増えた気がするわ」

ティアルは憂鬱そうにイェスの首根っこを捕らえてイェスを引き剥がす。

イェス 「ご主人様、コレ何?」

イェスは不思議そうにティアルを指差す。
それにティアルがプチ切れる。

ティアル 「私を物扱いするなぁ!」

智樹 「それはティアル、仲良くしてくれよ?」

ティアル 「あんたもあんたでぇ……」

蛍 「えと、私は霧島蛍だよ」

アリス 「アリスだ」

ヴィーダ 「ヴィーダなの〜」

全員やはり違和感を感じながらも自己紹介をする。
イェスは初めて見るものばかりにキョロキョロとみんなの顔を見て口をほころばせていた。

イェス 「ティアル! 蛍、アリス、ヴィーダ!」

イェスが一人一人指差してそう言う。
昔のイェスを思い浮かべると今のイェスはあまりに違いすぎる。
いくら体は大人といってもイェスの心は子供そのものなんだ。
違いは当然だ……だけど、それがやっぱり残酷だ。

イェス 「ご主人様?」

智樹 「へ? て……うわぁ!?」

突然イェスの顔面が俺の目の前にあった。
少し顔を前に傾けたら即刻キスしてしまいそうなほど近い距離に俺は驚いて後ろに転んでしまう。

アリス 「大丈夫か智樹?」

智樹 「あ……ああ、ど、どうしたんだよイェス?」

イェス 「ご主人様、不安そう……」

智樹 「!? ああ……それよりさ、イェスご主人様っていうのはやめてくれないか? 聞いてて恥ずかしい」

イェス 「? ご主人様?」

イェスは突然おどおどと困ってしまう。
正直、俺も困る。

アルシャード 「ふふ、智樹君、優しく先導してあげたまえ?」

アルシャードさんは二人しておろおろする俺たちが面白いのか笑いながらアドバイスをくれる。
そうだったな……まだイェスは子供なんだもんな。

智樹 「えと、智樹さんって言ってみ?」

イェス 「智樹さん?」

イェスが言ってみるがどうもイントネーションが違う。
まるで別人に言われているみたいで妙に嫌だった。

イェス 「なんだか変……」

智樹 「ああ、確かに変だな……もういい、好きに呼んでくれ」

イェス 「はい、ご主人様♪」

イェスは嬉しそうにそう言う。
よっぽどイェスの中ではご主人様という言葉がはまったらしいな。
聞いている分には恥ずかしくて仕方が無いが、これは慣れるしかないな。

アルシャード 「……アリス君、ちょっといいかな?」

アリス 「ん? 一体なんだ?」

突然アルシャードさんが真剣な表情でアリスに詰め寄る。
アリスは特に動じる様子も無い。

智樹 「一体、どうしたんです?」

アルシャード 「アリス君に返す物がある……そして恐らく今のアルド君に唯一対抗できる物だ」

アリス 「アルドに?」

アルシャード 「アルド君は君のIFの力を奪ったと聞く、だとするとアルド君は運命力を操れるということになる」
アルシャード 「元々持っていたアリス君でさえIFの力を完全に扱いきるには時間を要した、アルド君が完全に操れるようになるには時間がかかるだろう」

ティアル 「もし操れるようになったら?」

アルシャード 「彼に勝てるのは……神以外には存在しえなくなるだろう」
アルシャード 「だが、アルド君自体が一体何を考えて行動しているのかがわからない」
アルシャード 「ただ単に吉倉社長への復讐だけならばIFの力を奪う理由もつかない」

智樹 「もっと大きなことをしている?」

ティアル 「神様にでもなるつもり?」

神様か……そりゃIFの力が操れるイコール未来を自由に選択できるってことだ。
IFの力ってのは少しの未来は些細なことしか変えられないが、未来になればなるほどその影響力は大きくなるらしい。
あくまで『もしも』を操る力だから、未来に対してのみ有効だ。
何が起こるにしてもアルドを止めるには早い方がいい。

アリス 「……アルドの目的はわからない……だが、わからないのは巫もそうだな……」

蛍 「そういえば……あの人一体なんなの?」

アルドのパトロンのような存在、黒DOLLの巫。
巫が何者で、何の目的でアルドに協力するのかはこれもまた全くわからない。
A&Pにおいても巫の存在には謎をもっていた、蛍と巫……この出生の不明の両DOLLは一体どこから来たのか?

アリス (IFの力を使えば千年王にも神にもなれる……アルドはIFの力が必要な何かを成し遂げようとしているのか?)
アリス (そして巫はなぜそんなアルドを援助する?)

智樹 「まぁ考えるだけ無駄か……アルドのことも巫のことも分らなくてしかたがないさ……それより行こうかアリス」

アリス 「……ん」

俺たちはアルシャードさんについて行ってとある部屋に向うのだった。
そこは地下にあり、倉庫のようだった。
乱雑した倉庫内は物が埃を被っており大変狭い。
そしてアルシャードさんはその一番奥へと俺たちを案内した。
奥には大きな木の箱があり、蓋を取ると中には埃を被っていない紫色の布に覆われた何かがあった。

アルシャード 「……アリス君、これを君に返そう」

アルシャードさんは紫色の布を外すと一本の剣をアリスへと丁重に渡した。

ティアル 「それは?」

アルシャード 「アリス君が発見された時一緒に収まっていた剣だ」

アリスはそれを受け取ると不思議そうに手にとって剣の腹を眺めていた。

アリス 「……不思議だ、初めて見るのに手に馴染む……」

アリスは目を瞑ってそれをゆっくりと地面に降ろした。

アリス 「……これは私の魂命か?」

アルシャード 「そうだ、それが君の魂命。名は『時果(ときはて)』……時間の終わりにたどり着いたとされる剣」
アルシャード 「そして君が一度マリオンを殺した時に使った剣」

智樹 「!? この剣で……?」

アルシャード 「そうだ、偶然かそれとも知っていたのかアリス君はその剣を選び、そしてマリオン抹殺に使った」
アルシャード 「実際の所それが本当にアリス君の魂命かは不明だが、少なくとも君が持ち主というのは確かだ」

アリス 「……ありがとうアルシャード、私には分る……これは私の魂命だ」

アリスはそう言うとアルシャードさんに深々と頭を下げる。

ティアル 「あら珍しい、アリスが頭を下げたわ」

ティアルがそう言って目を見開く。
確かにアリスが頭を下げるのは本当に珍しい。
アリスは言葉では礼を言うこともあるが、それに動作をつけることはほとんど無い。
アリスは悪く言えば無作法な女の子だ。
そんなアリスが動作をつけたということはそれだけアルシャードさんに感謝しているということだろう。

蛍 「そういえば、今まで使っていたアリスさんの剣は一体なんだったんですか?」

ヴィーダ 「そう言えばそうだね〜」

そういえばアリスはAliceと彫られた魂命を持っている。
俺たちはてっきりあれがアリスの魂命と思っていたんだが……。

アルシャード 「あれは人工的に作った魂命の一つだ」
アルシャード 「全部で5本、それぞれ『Alice』『Coppelia』『marionette』『Pinocchio』『scarecrow』」
アルシャード 「名前から分るように最初のAliceはアリス君のための剣、そしてその後に続く二つはそれぞれコッペリアとマリオン用だった」
アルシャード 「この5本は我々DOLLではない一般人でも扱える人工魂命なんだ」
アルシャード 「単なる研究用ではあるが、その性能の高さはこれまでアリス君が使っていたことで分っているだろう?」

智樹 「たしかに」

アリス 「……その一本、くれないか?」

蛍 「アリスさん?」

アルシャード 「……私の権限では決められないが……まぁ問題ないだろう。このままここにおいていても誰かに利用される可能性もある」

アルシャードさんはそう言うと倉庫の奥からまた箱を持って来た。

アルシャード 「どの剣が欲しいんだ?」

アリス 「どれでも構わない」

アルシャード 「……ふむ、ではこれでいいか?」

そう言うとアルシャードさんは箱を開けて中から白い刃を持った基本白を貴重とした儀式刀のような剣だった。

アルシャード 「名をmarionette……今はもういないマリオンのための剣だった」

智樹 「……」

先輩はコッペリアに殺されたらしい。
先輩はあのアルドの姉だった、だが紛争に巻き込まれて死亡したまま死体が日本に運ばれDOLL化した。
復讐の念を抱いた先輩はA&Pに復讐を行ったがアリスに逆に殺された。
その際、アルドを殺そうとしてあいつに深い憎悪の念を持たせる結果となったようだ。
何故実の姉を殺そうとしたのかはわからないが……先輩はもういないんだ。
先輩には悪いが……アルドは許せない。

アルシャード 「これをどうする気だ?」

アリス 「持っていてくれ」

アルシャード 「?」

アリスは剣をアルシャードさんに渡すと不思議そうにアルシャードさんは剣を掲げた。

アリス 「!!」

アルシャード 「!? なっ!?」

パキィン!!!

突然、アリスは神速を思わせる素早い振りでアルシャードさんが持っていた剣を砕き折った。

アリス 「……よし、ようやく100%の力が出せるな」

アリスは地面に剣を向けて二回ほど振ってそう呟いた。
俺たちはあまりの光景に口を開けたまま呆然と立っていた。

蛍 「ひょ、ひょえぇぇぇ……あんなに強固な魂命をまるで紙みたいに切っちゃった……」

アルシャード 「言っておくが人工魂命とはいえ、その強度はダイアモンドをも超える強度だぞ?」

ティアル 「馬鹿力……てわけでもないわよね」

イェス 「??? ?????」

智樹 「今までのアリスは何だったんだ?」

アリス 「IFが無いせいか身体が軽い……どうやらあの力は私の力を押さえ込んでいたらしいな……加えて私の魂命だ。今に比べたらIFがあった頃は40%程度の力しか出せなかった」

智樹 「にしても試し切りにつかうこたぁねぇだろ……」

アリス 「魂命より硬い物は地球上には存在しないのだろう? 試したかった」
アリス 「実戦ではこう上手くはいかないと思うが、これなら巫にもアルドにも負けない」

アルシャード 「たしかに今の君に勝てる者はいないだろう……DOLLは長い年月を生きているほど強い力を得るからな……アリス君は理論的にも最強だ」

アリス 「DOLL……か」

アリスは少し考え込むように呟いた。
アリスはDOLLたちの母と呼べる存在だ、ある種DOLLとも呼べるしそう呼べないとも言える。
それゆえに少し思うところあるのだろう。

ティアル 「ねぇ、そういえばサルベージしたイェスの力ってどうなの?」

イェス 「力??」

イェスは全く理解してないようでさっきからキョロキョロとしながら頭を捻っていた。

アルシャード 「サルベージされたDOLLは力もリセットされる。当然生きていていた頃に比べると遥かに弱い」

ティアル 「ふーん、まるでRPGね。死んじゃってレベル1に戻ったか」

アルシャード 「だがDOLLの強さはイノセントが全てじゃない、人間としての技能も重要だ」
アルシャード 「例えアリス君のようなDOLL最強の身体を持っていてもイェス君のように知識がなければ意味が無いようにな」

ティアル 「そういう意味じゃ私たちの実戦経験って結構貴重よねぇ」

ヴィーダ 「何度も修羅場潜ってるの〜ね〜」

智樹 「……まぁ、おかげで生き残れているわけで」

俺たちは度重なる刺客を退けてきた。
その結果得た実戦経験は色んな意味で役立つ。
相手より実戦経験が多ければそれだけ戦いでは有利に働くことも多い。
日常生活ではあまりに無意味だが、これからもアルドと戦うことを考えるとこの経験値は大事だ。

アリス 「智樹」

智樹 「ん? なんだ?」

アリス 「私はアルドが許せない。私はアルドと戦う」

智樹 「……ふ、言わなくても分っているよアリス……俺たちも戦う! アルドが相手なら……俺は迷わない!」

殺すことはどんなに繕ってもいい事ではない。
でも、あのアルドと巫は殺すことも厭わないつもりだ。
あの二人が振りまくのは不幸だ。
あの二人に殺された者、そしてこれから幸せを奪われる者の為にもあの二人は止めないといけない。
IFの力を奪ったほどだ……かならず何かしでかすはずだ。

アルシャード 「……それでは一旦帰ろうか」

アリス 「ん」

俺たちは当面の目的を終えると再び東京へと帰るのだった。




…………。



『同日 同時刻 横浜某所』


ナイツ 「……もうすぐよ」

アーティス 「……そう」

私達は横浜の港でとある船を待っていた。
私が所属するとある組織『ディジーズ』の迎えの船がもうすぐ来る予定になっている。
ディジーズの任務は難航を極めたが、その甲斐あってアーティスという思わぬ大収穫を得て組織への凱旋となった。
後もうちょっと……後もうちょっとで私の任務が終了する。

アーティス 「……」

潮風が私たちの身体を撫でる。
アーティスは鬱陶しそうに前に靡いた髪を後ろに戻していた。
やがて一隻の小型船が目の前に近づいてきた。

ナイツ 「あれね……」

アーティス 「……?」

突然アーティスが身体を抱えて不思議そうに俯いた。
私は気になってアーティス顔面に顔を近づける。

ナイツ 「どうしたの?」

アーティス 「ちょっと……悪寒が」

アーティスはそう言って震え始めた。
私はアーティスの身体を優しく抱きかかえ安心させる。

ナイツ 「もう少し我慢してね?」

アーティスは「うん」と小さく頷いた。
私は視線をこちらに近づける船に向けた時だった。

ズガァァァァァン!!!

ナイツ 「なっ……!?」

突然だった、私た近づいていた船は爆発してしまう。
あまりに突然だったので私は次の瞬間後ろに立つ存在にすぐには気づけなかった。

巫 「……久しぶりだね」

ナイツ 「!? お前は……!?」

突然後ろには黒ずくめの格好をした一人の女性が居た。
以前私たちを襲った巫だった。

巫 「そのDOLLを渡してもらうよ」

ナイツ 「! そう言われてただで渡すと思うのか?」

私は巫をサングラス越しから睨みつけて強気に振舞ってみせる。
今この状況でDOLLと相対するのは分が悪いがここで気圧されるわけにはいかない。
しかし、巫は何故かクスクスと微笑を浮かべ始めた。

巫 「アンタには何もできないよ……答えはもう出てる」

ナイツ 「なに……ん?」

突然アーティスの震えが無くなった。
私はアーティスに視線を移すと、前髪で目線が隠れた状態のまま……。

アーティス 「……!」

ドン!!

ナイツ 「きゃっ!?」

突然アーティスが私を引き剥がす。
私は尻餅を着いてアーティスを見た。

アーティス 「……ここは……どこだ?」

巫 「お帰りなさい『フォルテ』」

ナイツ 「アーティス……あなた?」

アーティス 「……DOLL? 私の名前を知っているということは?」

巫 「黒DOLLの巫よ、黄泉から帰ってきた気分はどう?」

アーティス 「……黄泉からだと?」

巫 「フォルテ、あなたは死んだのよ? だけどあなたの力を惜しんだ人が居た……だからあなたの精神体が保存された」
巫 「そう……6年も前にね。死んだ時のこと覚えている?」

アーティス 「……そうか、ああ……覚えているぞ」

ナイツ 「何……? 一体何が起こっているの……?」

突然まるで性格が変わったかのようにアーティスが巫と喋り始める。
さっきからおかしな言動が飛び交いあう。
フォルテ……黄泉、精神体、6年前。
私の目の前にいるのはアーティスの身体をした、全くの別人だった。

アーティス 「? なんだこいつは?」

巫 「気にすることは無いさ、ちっぽけな人間さ……私たちDOLLの存在を知っちまった殺しな」

アーティス 「……断る。我々DOLLは人間様へと奉仕するために創られた存在だ、決して人間に危害を加えてはならない」

巫 (ち……記憶がそのままじゃないとその能力も活かせないとはいえ、DOLLの基本概念を備えた奴なんて役に立つのかねぇ)

アーティスは両腕を組むと、どっしりと構えていた。
これまでのアーティスとは全く雰囲気の違う女性がそこにいる。

アーティス 「何故私が蘇った?」

巫 「詳しいことは後で教えてやるよ、着いてきな」

アーティス 「……了解だ」

二人はまるで無警戒に私に背を向ける。

ナイツ 「……アーティス」

アーティス 「? 私に言っているのか? 生憎だが私はアーティスという名前ではない」
アーティス 「私は……フォルテだ」

巫 「何をしている、行くぞ」

アーティス 「ああ」

フォルテと名乗るDOLLは私に一瞥くれるとそのまま巫と一緒に飛び去ってしまった。
フォルテとは一体……。

アーティス 「く……一体何が起こっているというの?」




…………。




『同日 同時刻 テラーの領域』


アルド 「……めろ」

テラー 「……?」

突然、男の声が聞こえる。
私は瞼が存在することを認知すると、それが肉体を再構築されたことだと理解した。
私はゆっくり目を開くと、真っ白な世界が目の前にあった。
倒れている私はゆっくりと上半身を起こし、世界を眺めた。
真っ白な世界……地面という概念はなくただ存在しているだけ。

アルド 「目覚めたか」

テラー 「……貴様は?」

倒れている私を眺めている西洋人の身なりの男が私が目覚めるとニヤっと笑って見せた。
以前に見たことがある、IFの力を狙い私さえも打ち倒した男。
だが、以前とは違う何かをその男に感じた……。

テラー (この感じ……まさか?)

アルド 「ほう、その顔気づいたようだな」

テラー 「貴様……まさかIFの力を?」

アルド 「そうだ、今や俺がIFの力の所持者だ」

確かにこの男からはIFの力の波動が感じ取れた。
以前はウェルネスが持っていたはずだが……。

アルド 「テラー貴様はIFの力を守護するとかぬかしてたよなぁ?」

テラー 「……その通りだ」

私はIFの力を守護するための存在。
オリジナルは潰え、今の私はその模倣品に過ぎないがその使命は変わらない。

アルド 「IFの力は俺が持っている、お前は俺を守護しなければならない。そうだろう?」

テラー 「……ああ、その通りだ。IFの力の所持者が変わったのなら私はお前の守護者となる」

私はそう言ってアルドに跪く。
私が護らないといけないのはIFの力であり、それを行使する器は関係ない。
たとえそれが人間であろうが神であろうが……な。

テラー 「アルド……私は守護者として汝に尽くすことを誓おう」

アルド 「ふふふ……ははは……あーはっはっはっは!」
アルド 「くくく……待ってろよ……こんな下らない世界この俺がぶっ潰してやる! あっははははははははっ!!」




…………。




『時刻17:55 東京都 アルシャード邸』


エクス 「みっはは〜♪ もうすぐマスター帰ってくるかなぁ〜♪」

カシス 「あ、あの……このお鍋はどうすれば?」

エクス 「ああ、それはそこの棚に仕舞っておいて♪」

カシス 「は、はいぃ〜!」

デウス 「……ふう。今日は大人数だから食事の用意も大変ね」

私達は家にいる分、そしてこれから帰ってくるマスターたちの分も含めて夕食の準備を進めていた。
普段は4人分しか作らないのだが、ヨハンたちもいることからいつもより多めに作り厨房が忙しくなっている。

エクス 「みはは♪ でも皆でお食事作るの楽しいですよ♪」

エクスはそう言って手際よくスープを作る。
黄色DOLLは生来陽気ないしは明るい性格の者が多いという研究結果があるらしい。
エクスもその例外になく明るい性格をしている。
これはエクス特有なのだろうがマイナスに考えないその性格は少し羨ましくも思えた。

デウス 「そうね、がんばって美味しいご飯を作りましょ」

エクス 「はいな♪」

エクスはせっかちな所はあるが、食事を作る時は意外にそつ無くこなしこの私より料理は上手だ。
特にエクスは料理が楽しいらしく昔から料理を作るのは好きなところがある。
いつもより豪勢な料理が必要な今は本当に楽しいのだろう。

デウス 「エクス、ちょっと調理場を離れるけれど後頼むわよ?」

エクス 「みっははー! おっまかせーっ!」

私はそう言うとエプロンを脱いで調理場を離れる。
そのまま2階に上がると、とある部屋の前で立ち止まった。

デウス 「……はいるわよ?」

私はドアを2階叩くとそう言う。
暫く反応を見て見たが中から反応が帰ってこないので私は扉を開いて中に入った。

ガチャ……。

ヨハン 「……」

中にはヨハンがベットに入っていた。
上半身を持ち上げ俯いたままこちらに振り向うさえしない。
水色の生地に白い水玉模様のパジャマを着て、ハタから見たらあどけない少女にも見える。
だが、ここにいるのはあのA&Pで社長秘書を勤め上げ、更にはDOLL開発研究施設でDOLL管理責任者をするエリート。
そんなヨハンが……今は生きる気力すら失ったかのように目からは輝きさえ失っていた。

デウス 「……ヨハン」

ヨハン 「……私のことは放っておいて……」

デウス 「……」

ヨハンはぼっそりそう言う。
普段あれほどまで気丈に振舞っていた少女はこれほど脆く、そして弱弱しく成り果ててしまった。
まるで生きることに疲れたみたいに。

デウス 「あなたのマスターである吉倉社長を失ったのは辛いことだとは思うわ」
デウス 「でも、それはワロウやマインダ、カシスだって一緒でしょ? でも彼女たちは頑張っているわ」
デウス 「ヨハン、あなたも頑張って……頑張れるはずよ? 私の知っているあなた頼れる強い人だったはずよ?」

ヨハン 「……」

ヨハンは聞いているのか聞いていないのかはわからなかった。
だけど私は構わず喋り続ける。

デウス 「私たちDOLLって確かに人間より色んな意味で優れているわ、でも一人一人はやっぱりちっぽけな存在なの」
デウス 「一人じゃ不安だし、何も出来ない……だから私たちDOLLも人間同様手を取り合って頑張るんでしょ?」
デウス 「皆辛いの我慢して頑張っているの……一人じゃどうしようもない不安も皆で分け合えるからこそ皆頑張れるの」
デウス 「マスターの違う私がこんなこと言うの筋違いかもしれないけど、あなたにも頑張れるはずよ? 仲間の数だけ頑張れるはず」

ヨハン 「……」

デウス 「……それじゃ晩御飯の用意しないといけないから」

私はそう言うと部屋を出る。
皆頑張ってヨハンを励ましたけど誰もヨハンの心に届いた者はいなかった。
彼女はこれからの全DOLLに必要な存在なのに、そんな彼女は何も出来ない状態だ。
いや、正確には誰も彼女の不安な心に触れられないのかもしれない。
ヨハンは頑張った分だけその反動大きく無気力になってしまった。
もう、どうしようもないのかもしれない。

デウス (それでも私達は頑張るしかない……ヨハンは厳しい娘だったけど皆そんなヨハンが大好きだったから)



…………。



智樹 「……」

アルシャードさんが運転する帰りの車の中。
俺は窓から夕日の刺す街並みを眺めていた。

イェス 「ご主人様〜♪」

智樹 「!? イェ、イェス!?」

突然イェスが俺の膝にダイブしてくる。
俺は後部席の左窓側に座っており真ん中に座るイェスは時折何をしてくるか分らなかった。
暫く大人しくてしていたかと思ったら今のような奇襲だ。
今までのイェスがイェスだっただけにこのギャップはかなり厳しい。

智樹 「ど、どうしたんだイェス?」

イェスが倒れこんできたことで膝枕のような状態になり、イェスの身体から直接体温が伝わってくる。

イェス 「これがご主人様……♪」

ティアル 「もう……なんでイェスはこう」

ワゴンのため後ろにも座席があり後ろからティアルがこの光景をみて愚痴る。

アリス 「イェスの奴、嬉しそうだ」

そして運転席の隣に座るアリスは後ろを振り向いてそう言った。

アルシャード 「今のイェス君にとっては何もかもが目新しいのだ。だからこそマスターに甘えてしまう」

智樹 「子供なんですね……」

イェス 「♪」

イェスは目を細めて本当に嬉しそうにしていた。
膝から伝わる温もりを嬉しそうに感じているのかもしれない。

ヴィーダ 「ぶぅ〜……イェス羨ましいのぅ」

ヴィーダが後ろからそう呟く。

蛍 「あ、はは……なんだか変な光景」

そしてイェスの隣に座る蛍は苦笑いを浮かべていた。
ハタから見たら俺が年上の女性を口説き落としているみたいな光景だな。

イェス 「……クゥ」

智樹 「……イェス? 寝たのか……」

突然イェスは俺の膝の上で寝息を立て始めた。
暴れるだけ暴れて、行動には突拍子も無く、そして突然眠る。
たしかにまるで子供だ。

智樹 「……これが今のイェス……か」

もう昔のイェスはどこにもいない。
ここにいるイェスはあくまで新しく生まれた別のイェスなんだ。
それが……どうしても辛い。
いっそ俺も記憶を失えたらどれほど楽だろう。
彼女を見るたびに俺は昔のイェスを重ねてしまう。

智樹 「く……!」

俺は必死に昔のイェスを消し去る。
俺が昔のイェスを思うたびに彼女を遠ざけそうな気がしたからだ。
俺はもう誰かを失うのはごめんだ……もう……嫌なんだ。

ティアル 「ねぇ……智樹」

智樹 「? ティアル?」

ティアル 「あなたアルドと戦う勇気はある?」

智樹 「? 当たり前だろ?」

ティアル 「馬鹿ね……弱い癖に。何にもできないただの子供の癖に」

智樹 「……そうさ、俺は弱い人間だ。戦うなんて考えてもいなかった普通の高校生だ」
智樹 「でもな……そんな俺でもお前らばっかりに戦わせるなんて出来るか」
智樹 「俺は例え弱くてもアルドが相手なら戦う。俺はあいつを許せない」

ティアル 「……本当に馬鹿ね」

蛍 「……」

ティアル 「……いいわ。だったら私がアンタを正義のヒーローにしてみせる」

智樹 「はぁ?」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

ティアル 「アルドが悪で私らが正義、アニメだって正義と悪に分けた方が簡単で面白いでしょ?」
ティアル 「私らは正義なの、それに間違いは無い。だからあんたも正義」

智樹 「なぁ、ティアルお前なに言っているんだ?」

ティアル 「ああもう! アンタを主人公にしてやるって言ってんのよ!」

ティアルが後ろで顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
瞬間ティアルの荒い息意外が止まったように思えた。
だがすぐに。

智樹 「……お前言ってて恥ずかしくないか?」

ティアル 「な!? オタクのアンタに分りやすいように言ってあげたんでしょうが!」

智樹 「俺はオタクじゃねぇ! マニアだ!」

アリス 「それってどう違うんだ?」

智樹 「……」

いきなり後ろからアリスに刺される。
俺はそれに止まってしまった。

蛍 「あ、あはは……」

蛍がひっそりと掠れた笑いをしていたのが妙に気になった。

アルシャード 「ふっ、正義か……時としてそれは何の効力も無くなる無意味な言葉だ」

アリス 「?」

アルシャード 「だが、今の君たちにはとても意味のある言葉だな……」

智樹 「……」

俺たちには意味ある正義……か。
たしかに正義なんていっても俺たちがやっていることはとんだ無茶なことだ。
それに正義なんて視点によっていくらでも変わるし、人によってその定義も様々だ。
俺たちの正義には形なんてないし、なんとも弱弱しいものだ。
でも、俺たちにとってはそんなものが意味になる。

智樹 「……おし」

俺は帰る前にある決意をする。
そしてあえて俺は『ソレ』を実行することにした。

智樹 「アルシャードさん、紙とペンあります?」

アルシャード 「アリス君、そこの取ってくれ」

アリス 「わかった」

アリスはアルシャードさんの指示に従って手帳とペンをとってそれを差し出してきた。

アルシャード 「どうする気なんだ?」

智樹 「……これからとあることをでっち上げます」
智樹 「ここにいる皆はこのでっち上げを黙っていてもらいたい」

蛍 「……でっち上げ?」

智樹 「正義とは程遠いかもしれない、でも俺ってばやっぱり卑怯者だからさ……悪い事だってするさ」
智樹 「それを、分って黙っていて欲しいんだ」

ティアル 「……アンタがそう言うんなら私は何も言わないわよ」

ヴィーダ 「ヴィーダも了解なの〜」

アリス 「智樹は卑怯者じゃない、智樹がそんなことを言うのは優しいからだ」

智樹 「……お前ら、サンキュ」

アルシャード 「……君は人として優しい。それは時として優しすぎるとも言える……だが、それは誇っていい」
アルシャード 「優しい嘘なら許されるさ」

智樹 「……ども」

俺は吉倉社長の手記を参考に、手帳にペンを走らせた。
やがて車は……アルシャード宅にたどり着いた。




エクス 「みはっ! おかえりなさいませー♪」

俺たちはアルシャードさんの薦めで晩御飯を馳走になることになった。
蛍の方も了承しており、アルシャード宅に着くとすぐさまエプロン姿のエクスちゃんが出迎えてくれた。

エクス 「晩御飯はもう少し待ってくださいね?」

アルシャード 「ああ、構わんよ」

蛍 「どうも、今日は晩御飯ご馳走になります」

エクス 「みはは♪ いいのいいの! 大勢で食べた方が美味しいんだよ♪」

智樹 「すいませんヨハンは?」

エクス 「みは? ヨハンなら部屋でヒッキーになってるよ?」

アリス 「ヒッキー?」

蛍 「ひきこもりのことだね……」

智樹 「……やっぱりか」

俺はそう思うと家に上がらせてもらい、2階のヨハンの部屋に向った。





智樹 「――おい、生きてるか?」

俺はヨハンの部屋のドアを叩いてそう言う。
今のヨハンには慰めの言葉でさえ彼女の心を貫く矢になるだろう。
だからあえて罵声のような言い方をした。

ヨハン 「……唐沢さん?」

智樹 「入るからな、ちなみに拒否権は無い」

俺はそう言って部屋に上がる。
中にはパジャマ姿のままのヨハンがいた。

智樹 「……元気でたか?」

ヨハン 「……」

ヨハンは俺の顔を見ると暗い顔をして俯いた。
たしかに今のヨハンじゃヒッキーって言い方がお似合いだな。
かつてあれほどまで俺たちを苦しめたあの女がこの様子だとどうもおかしいな。

智樹 「……ヨハン、吉倉俊夫……えとつまりA&Pの社長からお前に手紙だ」

ヨハン 「!? ど、どういうことですか!?」

智樹 「ま、まぁ正確には遺書かね……ほれ」

ヨハンは吉倉俊夫の名前を聞くと今までが嘘だったように生き生きとした。
俺が手紙を差し出すとヨハンはそれを奪い取って目を通した。

ヨハン 「! こ……これは……マ、マスタァ……」

ヨハンは手紙に目をやると突然大粒の涙をボロボロと流した。
手紙にはヨハンを慰めると同時に勇気付け、そしてヨハンを立ち上がらせるようなことを書いた。
そう、俺が書いたでっち上げだ。
なるべくあの男の字に似せて書いた。

智樹 「お前は死人まで心配させるつもりか?」
智樹 「あの世でお前のマスター泣いてるぜ?」

ヨハン 「……ふ、ふふふふ」

智樹 「? ヨハン?」

ヨハン 「……馬鹿にして、こんな拙い字で小生を騙せると思って!?」

智樹 「うおっ!? ヨハン!?」

ヨハン 「マスターの字はもっと綺麗! もっと丹精! そしてもっと優美!」
ヨハン 「マスターは……マスターはっ!!」

ヨハンは大粒の涙を流しながらマスターのことを連発した。
だが、その必死な様子は全く悲しさなんて見えない。

ヨハン 「死んだマスターがこんな的確に書ける訳無いじゃないですか」

智樹 「いや、わからんぞ? 実は幽霊が書いたのかも」

ヨハン 「そんな非現実的なことありえません!」

智樹 「じゃあ、実はタイムマシンで未来から過去にこんなことを書けって……」

ヨハン 「いい加減にしてください唐沢さん! これを書いたのは唐沢さんでしょ!?」

智樹 (ばれた……予想以上に早し)

ヨハン 「でも……ありがとうございます。唐沢さん」
ヨハン 「小生の……私のために、こんなことまでして……」

智樹 「……俺だってヨハンに元気になってもらいたいんだよ」

ヨハン 「くっ!」

突然、ヨハンが俺の胸に飛び込んでくる。

智樹 「っと! ヨハン?」

ヨハン 「ごめんなさい……ごめんなさい……」

ヨハンは俺の胸の中で泣いていた。
泣く姿を見られるのが恥ずかしいのか、顔を俯かせて隠れるように俺の胸に抱きついて泣いた。

智樹 「後5分だけだぞ?」

ヨハン 「……はい」

俺はそう言って今は無言でヨハンに胸を貸すのだった。
このまま、ヨハンが元気になってくれるのなら安い仕事だと思う。





第23話 「The fate begins to move」 完


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