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第9話 「シーナの想い」




悠さんと姉さんがヴェルダンドに向かうことになり、私とナルさんはキャンプ場で留守番をすることになっていた。
幸い、雪はちらほらと降る程度で、吹雪く危険は感じられなかった。
ただ、それでもあまりの静寂さがかえって不気味さを感じさせる。

シーナ 「……」

ナル 「静かね。何か不気味だわ…」

シーナ 「…そうですね」

ナルさんも何かを感じ取っているようだ。
精霊族はこう言う状況だと、頼りになる。
でも…ナルさんからは何故か炎のパルスが全く感じられない。
どうして…?
私は、そんな疑問が浮かんだが、深い事情がある気がして聞くことを止めた。

シーナ 「……」

私は烈が言っていたことを思い出す。
あれが本当なら、クルスは絶対ここに来る。
それだけは確信が持てた。

シーナ (クルスは、それしかないから)
シーナ (それしか…できないから)

ナル 「こういう時に限って、何か起こりそうな…」

声 「ハーッハッハッハーーーッ!!」

突如上から笑い声。
男の人だ…でもこのおかしなパルスを持った人は、確か。

ナル 「予感が…」

シーナ 「しましたか?」

私はあえて聞いてみる。
すると、ナルさんは頭を抑えて。

ナル 「…頭痛いわ」

声 「ふっ…やっと追いついたぞ、今日こそ貴様の最後だ!!」

ミシッ…ドッ!

何かがきしむ音。
と言ってもここは森の中だから、多分木のきしむ音。
同時に積もっている雪が落ちた音もした。

シーナ 「あ…」

バキィ!

木の折れる音。
直後、大きな音と共に何かが落ちる。

声 「ぬわああぁぁっ!!」

ドサッ! ドサッ!

ナル 「…あんた、ワンパターンね」

神次 「やかましい! たまたま計算が狂っただけだ! そもそもな…」

シーナ 「あ…?」

ゴスッ!

突如鈍い音。
落ちてから間髪いれずに、神次さんの頭に石がぶつけられたのだ。
それも結構大きい、直径20cmはある…死んだん、じゃ?
神次さんは当然ながらその場に倒れる。

降 「し、神次さん!?」

未知 「だ、大丈夫ですか…?」

ナル 「何? 誰かいるの!?」

神次さんの頭上の木を見ると、ひとりの少女が枝に立っていた。

少女 「自然は大切にしてください!」

ナル 「こ、子供…?」

その子は腰の下まで伸びる長髪で、背中には弓矢を背負っており、緑色で厚手のコートを身にまとっていた。
その子は軽い身のこなしで木の枝から地上に降り立った。

ナル 「あなたは…精霊?」

ナルさんはその少女を見てそう言う。

少女 「えっ…? はい…そうですけど」

シーナ 「わかるんですか? ナルさん」

ナル 「同じ精霊だからね」

そっか…同じ精霊族は何か引き寄せるようなパルスでも持っているのかもしれない。

神次 「き…貴様〜、よくも!!」

何と神次さんが起き上がる。
かなり致命傷に思えたのに…後遺障害とかないのかな?

声 「ひぃっ!! ごめんなさい!!」

少女は神次さんの怒声に驚き、後の木に隠れてしまう。
かなり臆病だ、逃げ足も速い。
木の陰から顔を半分だけ出して覗き見している。
凄く涙目だ。

ナル 「ちょっと! 何、こんないたいけな少女を脅してるのよ!」

神次 「な、何を言うか! どこがいたいけだ! いきなり私を亡き者にしようとしただろうが!!」

まぁ…言い得て妙、かな?
間違ってはいなかった気が…私だったら死んでたと思うし。

少女 「だ、だって…」

少女は泣きじゃくりながら言い訳をしようとする。

神次 「いきなり言い訳かっ! 見苦しい!!」

あなたは鬼ですか…?
さすがに、止めようかと思うと、ナルさんが渾身の拳骨を見舞う。

ドガァッ!!

神次 「ぐばぁっ!?」

ズシャアッ!!

拳骨は後頭部を見事に直撃し、神次さんはまたしても顔面から地面(雪)にめり込む。
うわぁ…痛そ。

ナル 「あんたの方が見苦しいわよ!」

私はとりあえず、泣きじゃくっている少女に優しく語り掛ける。

シーナ 「ねえ…あなたの名前は?」

少女 「えっと…ドリアード・エメラルドって言います」

少女は怯えた表情を少し和らげ、そう答える。
嫌われてはいないようだ。

シーナ 「そう、私はシーナ。シーナ…ヴェルダンドよ」

私は少しためらったけど、本名を口にした。
この娘になら、隠すこともないと思ったから。

ドリアード 「ヴェルダンドって…シーナさんはまさか?」

さすがに気付かれる。
まぁ、覚悟はしていたけど。

シーナ 「……」

ドリアード 「あっ、ごめんなさい。軽率でした…」

ドリアードはしまったと言う表情で謝る。

シーナ 「ううん…いいの、気にしないで」

私はできる限り笑顔でそう答える。
お姉さんなんだから、大らかに生きなきゃね♪ ← それはそれで違うと思うが…。

降 「シーナちゃん…君もそんなに気にしないほうがいい」

降さんが私の後ろからそう言う。

降 「過ぎてしまったことは仕方がないから…今を頑張らなきゃ」

未知 「そうです。一番悪いのは、シーナさんを騙して利用した、邪神たちですから」

シーナ 「……」

私は無言で頷く。
確かに考えていても仕方がない。
今は、今のことを考えよう。

ドリアード 「邪神…?」

シーナ 「うん…邪神ドグラティスが、目覚めようとしているらしいの」

私はそれを聞かされていなかった。
知らずに、姉さんを恨んだ。
そして、戦った。

ドリアード 「…そ、そうなんですか!?」





………。
……。
…。





バル 「…復讐がしたいのか?」

シーナ 「…はい」

バル 「覚悟は出来ているんだな?」

シーナ 「……はい」





シーナ 「……」

私はある日、城での生活が嫌になって城を抜け出した。
理由は簡単、親から受ける教育が我慢できなかった。
愛のない、教育。
私は姉さんの代用品としてしか、見られていないと思ったから。
だから、私は逃げ出した。
そして、逃げた先で出会った、バルバロイさんに拾われた。
私は姉さんが憎かった。
私が親に愛されないのは姉さんがいなくなったからだと思った。
姉さんが、逃げたから…。

シーナ 「……!? この…パルスは…」

私はついに来るべきときが来たのを実感する。
そして、布を巻いて隠していた槍を手に取る。

未知 「風が…来る……」

降 「えっ…?」

ゴオオオオォォォッ!!

直後、風が吹く。
まるで、全てを吹き飛ばしてしまうかと思うほどに。
周りの雪すら巻き上げ、その少年は私たちの前に立っていた。
森の中、私よりも南の位置、つまり坂の下の方にクルスはいた。

シーナ 「クルス…!!」

クルス 「………」

ナル 「ダメ! シーナ離れて!!」

私はナルさんの言葉を無視して前に出る。
覚悟は出来てる。

シーナ 「皆さんは手を出さないでください!」

私はそう叫んで、クルスに向かう。

ナル 「何を言っているの!」

クルス 「………」

クルスは無言のまま、剣を抜き、私に向かってくる。
私は槍を構え、迎え撃つ。

ガキィ!

シーナ (スピードでは到底勝ち目はない。だけどパワーなら私に分がある!)

私はそのまま接近戦に持ち込み、クルスを力押しで前に押す。

クルス 「…!!」

クルスはこちらの戦法を読んだのか、間合いを離すために空中に飛ぶ。
逃げるのも早すぎる、こちらが押し込む前に逃げられてしまう。

シーナ 「くっ…」

ナル 「…ダメよ、シーナ退きなさい!」

私はナルさんの制止する声を無視し、クルスに向かって突っ込んだ。
翼をはためかせ、魔力を放出する。
すぐに私とクルスの距離は縮まる。

シーナ 「…クルスッ!」

クルス 「……」

クルスは何も答えず、右手を空に掲げて魔力を集中する。

ヒューッ!

私を中心に風が集まる。

シーナ 「!!」

私は咄嗟に風魔法のシールドを張る。

ズバッ! バスッ!

シーナ 「ああっ!」

クルスの魔法は私のシールドを切り裂いた。
右腕と左足をやられる。

シーナ (やっぱり、私じゃ姉さんのような魔力は…)

ザシュ! ザンッ!

なおも風の刃は私を傷つける。

シーナ 「……っ!」

ズタズタに全身を切り裂かれ、全身から血が滴り落ちる。
それでも私は空中で体を支えた。

ナル 「シーナ!」

未知 「シーナさん!」

降 「退くんだ!」

シーナ 「…クルス」

風の刃が消え、私はなおもクルスから目を離さなかった。
クルスは私の目を見ようとしていない。
怖いから…だよね。
自分が今まで信じていた物が崩れ去る…私もわかるよ。

クルス 「これで…終わりにしてやる」

クルスは、最後とばかりに高位魔法の集中を始める。
これが最後のチャンス。
ごめんなさいクルス…。

シーナ 「…クルス。あなたは…どうして……」

クルス 「……!?」

私は、最後の力を振り絞って。
全ての魔力を槍に込める。

クルス 「……!!」

ドシュゥッ!!

私の槍はクルスの右脇腹から、左肩にかけて切り裂く。
血を噴き出し、空中にいたクルスは地上に落下する。

ドシャアァッ!

クルス 「…くっ」

シーナ 「クルス…!」

私も身体を支えきれず、地上に落下する。
そして、私は倒れているクルスの方に歩み寄る。

ナル 「シーナ! 危険よ!!」

私は聞かなかった。
クルスを救わないと…。
致命はわざと外しているわ、だから死にはしない。

シーナ 「クルス…」

クルス 「シーナ…?」

こうでもしないと、近づいて話が出来ないから。

未知 「いけません! シーナさん!!」

トスッ…

シーナ 「…!」

ナル 「シーナ!!」

降 「シーナちゃん!!」

神次 「……!?」

ドリアード 「ひっ…!!」

クルスの剣が私の腹を貫いていた。
直後、私は血を吐いてクルスの身体に持たれかかる。
クルスの頭から体にかけて、私の血が大量に降りかかる。
それでも、クルスは表情一つ変えなかった。

シーナ 「……」

ドシャアッ!!

私の身体は白い雪のカーペットに倒れる。
そして、私の全身から流れる血が、カーペットを紅く染めていった。

クルス 「…排除完了」

不思議と、痛みは感じなかった。
私は…クルスを救わなきゃ。
気持ちだけが走っている。
もう、体が動くわけないのに…。
意識が…無くなっていく。
私…死ぬの?
そっか…死ぬんだ……。



………。



ナル 「……」

静かだった。
風ひとつ吹いていなかった。
ただ、シーナがクルスの側で倒れていた。
クルスは…。

クルス 「………」
クルス 「……何だ? …これは?」

クルスは涙を流していた。
シーナの血を浴びて、表情1つ変えなかった少年の瞳から、涙が溢れる。
クルスの涙は、シーナの血と混ざり、日光の光を受けて妙に輝く。
まるで、光の祝福で受けているかのように。

クルス 「…シーナ? 何だ? 俺は一体…?」

クルスは錯乱していた。
自分の中で起こっていることが理解できていない。

ナル 「クルス…っ!!」

私はクルスに近づいて、思いっきり殴った。
クルスは尻餅を着き、虚空を見上げる。

クルス 「……!?」

それが何になるかはわからなかった。
でも、そうすることでクルスに何かをぶつけたかった。
それが、少しでも伝わってくれたら…。
私と降、未知がシーナちゃんの元にたどり着く。

ナル 「…シーナ!! …まだ、生きてる!?」

シーナ 「……」

私はシーナを抱きかかえてみるが、完全に体の力がなくなっていた。
かなりまずい状態だわ!

未知 「ナルさん、私の力で治療します」

そこへ、未知が自分から言い出す。

ナル 「できるの?」

未知 「わかりません…でも、やらなければ…!」

私には回復の術はない…他に考えがない以上、頼るしかなかった。

ナル 「そうね、頼むわ!」

未知は両手をシーナの傷に宛て、力を集める。
しかし、ここまで深い傷が治るような効果はなかった。

未知 「…お願い! 治って!」

未知は力を込めて叫ぶ。
だが、光は不規則に輝くだけで、シーナを救ってはくれない。

ナル 「…くっ、ただ攻して見ていることしか出来ないなんて!」

自分の無力さが歯がゆかった。
こんな時、師匠や兄さんなら…。

クルス 「………」

降 「クルス君…」

クルスは微動だにしなかった。
まるで、人形のようにだらりとその場に座り込み、虚空を見つめていた。

未知 「…ごめんなさいお父様。目を…開けます!」

降 「えっ!?」

神次 「何だと?」

ナル 「!?」

未知は何と目を開いた。
今まで何があっても絶対に開かれることのなかった未知の両眼が、開かれていた。

未知 「……!!」

未知が力をこめると、途端にシーナは凄まじい光で包まれ、傷はみるみる内に癒えていった。

ナル 「凄い…!」

降 「これが…神力」

神次 「……」

ドリアード 「まるで…神様みたい……」

未知 「……くっ」

降 「もうこれ以上は危険だよ! 未知ちゃん!」

未知 「…うっ」

未知は再び目を閉じた。
どうやら、暴走だけはなかったようだ。
だが、シーナの傷はほぼ完璧に完治している。
問題は…失った体力と血液。
呼吸も正常とは言いがたかった。

未知 「はぁ…はぁ…」

未知は力を失ったようにがくりと降に抱きかかえられる。

シーナ 「……」

ナル 「シーナ…本当によかった」

当面の問題は去ったはず。
とりあえず生命の危機はないと信じよう。

ナル 「…後は」

クルス 「………」

あれからクルスは死体のように動いていない。
無気力に木にもたれかかっている。
もしかして、このまま一生動かないとか…。

ナル 「クルス…」

クルス 「………」

ナル 「…こう見たら、ただの子供なのよね…」

そう、至ってどこにでもいそうな子供。
だけど、ちょっと道が外れたために、こうなってしまった。

降 「…どうして、こんな事をするんでしょうか?」

未知 「子供を、人殺しの道具のように使うなんて…」

神次 「……」

ドリアード 「ひ、酷いです…っ」

ドリアードは悲しい現実に涙していた。
無理もない、どう見てもドリアードはノームと同じかそれより下位の歳だ。
こんな状況を耐えろと言う方が酷だわ。

クルス 「………」

ナル 「…仕方ないわね」

私は自分で動けないクルスを抱きかかえ、休憩場所に戻った。



………。
……。
…。



ナル 「どう?」

未知 「…すみません」

未知はふるふると首を振り、謝る。

ナル 「謝る事はないわ、無理を承知で聞いたことだから」

未知 「…多分、精神的な物だと思うのですが」

ナル 「そう…」

クルスは眠っていた。
このまま目覚めないと言うことも十分考えられるかもしれない。

ナル (…少なくとも、命に別状は無いわ。問題はこのままじゃ生きてもいないと言うこと)

未知 「一度、戻ってユミリア先生に診ていただいては?」

ナル 「そうね…その方がいいかもしれない」

降 「あっ…ナルさん! 悠君が帰ってきました!」

ナル 「悠君が?」

どうやら、いいタイミングのようね。
私はすぐに出迎えに向かった。



悠 「…ナルさん、どうかしたんですか?」

俺は多少慌て気味のナルさんを見てそう言う。

ナル 「悠君! どうしたの?」

だが、ナルさんは俺の姿を見てそう言う。
俺は自分の身体を見て、ああ…と思う。

悠 「…ちょっと、やりあったんで」

ナル 「…一体誰と? 少なくともそんなに血だらけになるまで戦っていたなんて」

悠 「まぁ、後で話しますよ、それより、そっちはどうかしたんですか?」

降 「実は…」



………。



悠 「そうか…シーナちゃんと、クルスが」

ナル 「…私たちにできることはもう無いわ、できればすぐにでもメルビスに戻りましょう」

レイナ 「その必要はないと思います」

ナル 「どういうこと?」

悠 「ユミリアさんがノウスに来ているそうです…」

ナル 「それは、本当に!?」

さすがに驚く。
無理もない、俺たちだって驚いた。

悠 「はい…バルから、そう聞きました」

ナル 「バルバロイが…!?」

俺はバルバロイと出会ったことなどを話した。

ナル 「そう…バルバロイが」

悠 「ええ、どうも…昔に戻ったって言うか、何か敵意があって来た訳じゃなかった」

ナル 「でも、信用できるの?」

悠 「俺は親友を信じます」

ナル 「…なるほど」

俺がそう言うと、ナルさんは思いの他、納得したようだ。

ドリアード 「あ、あの…」

悠 「ん? この娘は…」

ナル 「ああ、その娘は地の精霊で、ドリアード・エメラルドって言うのよ」

悠 「地の精霊…ということはノームと同じかぁ」

俺はふとあのふたりを思い出す。
今ごろどうしているのかな?
もうデリトールに着いていそうだけど。

ドリアード 「ノームを知ってるんですか!?」

突然ドリアードはそう叫んで俺に掴みよってくる。
ちょっと驚いた。
って言うか、その場にいた全員が驚いていた。

悠 「え…? あ、ああ…」

ドリアード 「あ、あの…ノームは今どこにっ?」

悠 「確か…孤児院に帰るとか」

ドリアード 「孤児院に…?」

ドリアードは何だか全身の力が抜けたように項垂れる。

ドリアード 「はうう…やっぱり約束を守っておとなしくしていれば良かった」

よよよ…と涙目にそう言ってしゃがみこんでしまった。

悠 「何だ、知り合いなのか?」

ドリアード 「えっ…? あっ、はい。…『友達』です」

何だか『友達』を強調される…直後、俺内部の『嘘発見器』に引っかかる。
まぁ…いいけどね。
ふ〜ん、ノームの奴も隅に置けねぇな…こんな可愛い娘に好かれるなんて。
今度会ったらコブラツイストの刑だ。 ← それはやりすぎ。

ナル 「悪いけど、ノウスまで急いだ方がいいわ! 話は後よ!」

悠 「そ、そっすね! ドリアードちゃん、ノームに会いたいんだったら、一緒に来るといい」

ドリアード 「は、はいっ!」

俺たちはクルスとシーナちゃんをユミリアさんに診てもらうため、ノウスに向かった。
これでいなかったら本気で笑えるな…。



………。
……。
…。



天候にも恵まれ、特に邪魔も入らず、俺たちは次の日の夜に町に着くことができた。
俺はすぐに宿屋を探す。
とりあえず休む場所を確保しないと。
先生の捜索もあるし。

悠 「あれかっ!」

ナル 「急ぎましょう! 今は一刻を争うわ!」

俺たちは宿屋に駆け込む。
至って普通の宿屋で、石造りと言うのがミソだ。
中は比較的広めで、客も結構いるようだった。
俺はすぐ入り口左のカウンターで聞く。

悠 「あの…すみません! この宿に、ユミリア・デミールという方は来ていませんか!?」

店員 「あ、はい…そこにおられる方ですよね?」

俺たちの全員カウンター右方向にある大き目の丸テーブルを指す。

ユミリア 「やっほ〜、悠君」

ユミリア先生は軽い口調でそう言った。
テーブルに置かれているカクテルが非常に不安だったが…。
微妙に顔が紅い、色っぽ…じゃなくて!!

悠 「ユ、ユミリア先生! 急患です!!」

ユミリア 「何よ、いきなりね…折角の再会なんだから、もっとドラマチックにしたいわ…」
ユミリア 「まぁ、ここじゃなんだから、わたしの部屋まで連れてきて。そこに一式揃えてあるから」

悠 「…は、はい」

俺は何か不安な物を感じながらも、ふたりをユミリア先生の部屋まで送る。

ユミリア 「…この子、因子を」

クルスを診て、ユミリアさんは唐突にそう言う。

悠 「因子?」

ユミリア 「ああ、そういえば言っていなかったわね…」
ユミリア 「邪獣兵は大抵、邪神の体の一部から生み出されるものなんだけど…」
ユミリア 「たまにいるのよね…ただの人族とかに邪神の因子を植え込んで、簡易的に創るやつ」

何だか難しい話だ、要するにインスタントか?

ナル 「つまり…人為的に、人を邪獣に?」

ユミリア 「ええ…邪神の一部とも言える、邪神因子を普通の生物に植え込むの…」
ユミリア 「そうすることで、邪獣並の力が出せるようになるわ。ただし、使いこなせるかどうかは訓練しだいだけど…」
ユミリア 「この子は恐らく産まれてからすぐに戦闘訓練などを受けていたんでしょうね…傷が目立つわ」
ユミリア 「要するにエリート育成って奴かしら? ある程度訓練させてから因子を植え込むの」

悠 「…難しい話だけど、要するにとんでもなく悪いことってのはわかるぜ」

レイナ 「…うん」

俺は何となく怒りを募らせる。

ユミリア 「…でも、クルスは産まれてすぐに植え付けられたようね」
ユミリア 「赤子の頃から植え付けるのも、実験の内って所ね…まぁこの子は成功作品と言った所かしら」
ユミリア 「でも、十騎士をわざわざ簡易的に創るなんて…妙ね」

ナル 「どういうことですか?」

ユミリア 「前にも言ったけど、邪獣を操るにはある程度邪神の魔力を操れないといけないのよ」
ユミリア 「だから、簡易的な邪獣だとそれが不安定になるの」

ナル 「コントロールがままならない、と?」

ユミリア 「そう、しかも射程距離が減る事は明白」

ナル 「…十騎士はそれらを操る立場だから」

ユミリア 「そう、簡易邪獣を十騎士にしたてるのは、お勧めできないってこと」

悠 「…ダメだ、俺…自分の部屋で休むわ」

ついにこの状況に耐えられず、俺は根を上げる。

ユミリア 「そうしなさい、後は、私とナルでやるから。残りは今の内に休みなさい」

悠 「は〜い…」

俺は部屋を出て、一旦外に出た。
夜の闇に、雪がちらつく。
旅行で来たんだったら、綺麗に見えるんだろうけどなぁ。
今は少しうっとうしい。

悠 「はぁ…寒いよなぁ」
悠 (バルの奴…今頃どうしてんだろう)

あの時の戦い、ああは言ってたが、あいつ絶対手を抜いてやがった。
完全に俺の負けだな…あいつが本気だったら俺は今ごろアジの開き状態だ。
だが、あいつはあえて引き分けにした。
まるで、俺を試すようなことしやがって。
実際、そうなのかもしれない、俺は今のままじゃ到底奴らに勝てない。
バルもそれがわかっているから…。

レイナ 「…悠?」

悠 「あ…レイナ」

突然、俺の背後にレイナが現れる。
宿の明かりに照らされて、少し眩しかった。

レイナ 「バルバロイは…やっぱり操られていたのかな?」

悠 「……」

何となく思っていたことではあった。
だが、エレル山で出会った時と、前に会った時だけは明らかに違うことがわかった。
操られていた…か。

悠 「俺にはわかりかねるな…レイナの方がわかるんじゃないか?」

俺はそう言ってレイナに振ってやる。

レイナ 「…うん、少なくとも…バルバロイからは邪悪なパルスを感じなかった」
レイナ 「でも、エレル山で出会った時もそうだったし、この前も…」

レイナもそこまでの確信はないようだった。
ただ、俺は確信できることがあった。

悠 「バルは、俺の親友だ」

レイナ 「…うん、わかってる」
レイナ 「悠は、バルバロイのことを…信じているものね」

悠 「…本人の前では絶対言うなよ?」
悠 「聞いたらあいつ絶っ対、鼻で笑うから」

レイナ 「うふふ…そうね」

レイナは自然に笑った。
そう言えば、レイナのこんな表情は始めて見た気がする。

レイナ 「…? どうしたの?」

悠 「…いや、何でもない」

俺はそう言って、少し前に歩く。
すると、海が見える。
宿の前はすぐに港があるので、ちょっと高い位置に建てられている。
俺が立っている所の下に港の通路がある。
俺の前には人が落ちないように、腰の高さくらいの塀がある。
俺は、その塀の側まで歩き、海を見た。

レイナ 「……」

レイナが無言で俺の隣に来る。
俺は何も言わなかった。

レイナ 「…ひとつだけ、聞いていい?」

悠 「…ん? 何を…?」

俺は海を見ながらそう言う。

レイナ 「悠は…昔私を好きだったから、私を守ってくれるの?」
レイナ 「それとも…今でも、そうだから?」

中々確信狙いな質問だ…。
本人はわかってて言っていないんだろうけど。
それはつまり、好きかどうか答えろと言う質問だぞ?

悠 「う〜ん、さてね…俺は過去のことはもうこだわらないことに決めたから」
悠 「過去のことは過去のこと…今があるからいいじゃん」

レイナ 「でも、それじゃ質問の答えには…」

悠 「正直、ちょっと前までは好きだからだと思ってた」
悠 「でも…違うんだな、多分」

レイナ 「……」

レイナは特に答えなかった。
何ともいえない表情だ。

悠 「俺は単純にお人好しなんだよ…きっとね」
悠 「今はこんな状況だから、人を好きだとか何だとかは、あまり考えられない」
悠 「心に隙ができる気がするしな…まぁ、戦いが終わってからそう言うことは考えるさ」

レイナ 「そう…じゃあ、ただの同情なんだ」

レイナは、ちょっと残念そうにそう言った。
期待していたのだろうか?
まぁ、悪い気はしないが。

悠 「同情じゃないな…俺は同情心だけで命をかける事はしないよ」
悠 「自分の命が一番大切だからな、ありきたりだけど」

レイナ 「じゃあ、どうして?」

レイナはとにかく確信を求めてくる。
まぁ気持ちはわかるが、俺にも実際はどう説明したらいいのかわからん。

悠 「友達だからだろ…俺は友人相手なら命をかけられるさ」
悠 「大切だからな…俺にとって、友人って存在は」

レイナ 「友達…友人……」

レイナは微妙に納得していないような表情だ。

悠 「ところで、さっきからレイナはやたらと俺の気持ちを聞いてくるけど…もしかして俺に気があるとか?」

レイナ 「ううん、ただ気になっただけ…」

レイナは考える必要もなくそう答える。

悠 「あ…そう」

まぁ、いいけどね…。
俺は個人的に女運がないと思っているからな。 ← 本当かよ!?

レイナ 「皆…何も知らないのよね。邪神が復活しようとしてるのに…」

俺たちはここからぐるっ…と、町を見渡してそう言う。
そう、町の人々は何も知らない…。
だから、あんなに幸せそうな顔でいられる。
でも、もうすぐ戦争が起こる。
そうしたら…また、悲しむ人が増える。

悠 (でも、そうならないように俺たちが何とかするんだよな…)

レイナ 「……」

悠 「もう、部屋に戻ろう…。ここにいたら風邪ひくぜ?」

レイナ 「風の国の王女でも…風邪をひくのかな?」

悠 「いつのまに冗談が言えるようになったんだ? 笑えないぜ…」

俺はあっさりとそう言って宿に戻った。



レイナ 「…冗談じゃないのに」

私は少し、考えをまとめることにした。
記憶はまだ戻らない。
悠から、ある程度の事を聞いたけど、何も思い出せない。
私は、悠を好きだった…。
だから、記憶を取り戻したら、私は悠が好きだということも思い出すのだろうか?
私にはわからない…今は少なくとも、誰かを好きになるとか、そう言うことの意味がわからなかった。
私は、ゆっくりと宿に戻る。
そして、明日も静かな朝が待っていますように、と星に願いを込めた



…To be continued




次回予告

ウンディーネ:孤児院でシェイド、サラマンダーを仲間にしたウチらは、港からソルジネス大陸に移った…。
そして、そこで風の精霊ジンと出会う。
さらに、新たな敵。地の十騎士アイズがウチらを狙う…。

次回 Eternal Fantasia

第10話 「十騎士…大地のアイズ・ガルド」

ジン 「へっ! 上等だ!!」




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