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第29話 「獣王の子として…」




国王が暗殺され、私たちが火の祠に向かってすでに3日目の夜。
途中に町だか村だかがあるはずなのだが…未だに着かない。

ジン 「…迷ってないよな?」

ナル 「同じネタはいいわよ…精霊族が迷う方がおかしいのに」

ジンの気持ちがわからないことはないが、精霊族が精霊に騙されてどうするのよ…。
大体、そこらを漂っているような低位の精霊は、感情や意識がなく、こちらの応答に答える位が限界。
『騙す』なんてことを考える時点で低位の精霊ではない…それならば肉眼でも見えるはずよ。

サラマ 「まぁ、噂をすれば何とやら…だ」

兄さんが前を指差すと、何やら小さな灯りが見えた。
もしかしなくても村だろう。

ジン 「やっとかよ…」

ナル 「でも、宿屋なんてないわよね…」

見た所、集落か何かだろうか?
少なくとも原住民が住んでいる…程度の感じだった。

サラマ 「とりあえず、行って聞いてみればわかるだろう」

私たちはその村を目指す。
距離はそれほどなく、数分でたどり着くことが出来た。



………。



ナル 「…静かね。と言っても、もう暗くなりそうだからか」

すでに空は赤みがかかっている。
情報を集めるにしても、手早くした方がいいだろう。

ジン 「結局、宿はどうするんだ?」

サラマ 「待っていろ、ちょっと聞いてくる」

兄さんがそう言うと、ちょうど外を歩いていた村人に尋ねた。
見た目は人族のようにも見えたが、獣人族なのだろうか?

サラマ 「すまない…宿を探しているんだが」

村人 「ああ、それなら…」

村人は何やら事細かに説明してくれている。
しばらく兄さんと言葉を交わしていると、兄さんが戻って来た。

サラマ 「…どうやら、まずは長老に会わなければならないらしい」

ジン 「何だぁ…? 許可か何かがいるのかよ?」

ナル 「とにかく行きましょう」

不満そうにするジンを無視して、私はそう言った。
兄さんが先導し、長老の家に向かう。



………。
……。
…。



あれから10分ほどで目的の場所に到着する。
今目の前にあるのが長老の家らしいが、テントが3つ並んだような外観をしている。
それもかなり大きなもので、通常のテントと比べるのなら5倍位の広さがあった。
ちなみに、中央に大きなテント、その両脇に中型のテントが並んでいるような形だ。
ふと、私たちは周りを見渡してみる。
まだ夜はふけてもいないと言うのに、人は誰もいなかった。

ナル 「……」

少々訪ねるのがはばかられた。
もしかしたら、早く寝てしまう一族なのかもしれない。
だとしたら、日を改めた方がいいのだろうか?

ジン 「…とりあえず、中に明かりがついてるからいいんじゃねぇの?」

ジンはそう言うが、単に面倒臭がっているだけに見える…。
さてどうしようかしら…?
などと思っていると…。

声 「おいっ! 誰だ!?」

私たちが立ち尽くしていると、後ろから怒鳴られる。

ナル 「!?」

ジン 「あん…?」

サラマ 「…?」

全員が声に振り向くと、何やら長髪の少年が。
釣り目に八重歯が特徴で、身長150cm位。
服装はかなりアバウトで、布の服を重ねて作ったような適当な服。
しかしながら、最も注目しているのは右肩に背負っている荷物。
ゆうに自分の体の5倍はありそうな荷物を片手で持ち上げているのだ。
中に何が入っているのかは知らないが、少なくとも綿を持ち上げているとは思えない。

少年 「お前ら、長老の家に何か用かよ!?」

サラマ 「いや、俺たちは…」

兄さんがそう言うよりもいち早くジンが突っかかる。

ジン 「あのなぁ…こちとら長旅でイライラしてんだ。もう少し口の利き方に気をつけろよ?」

ナル 「ちょっと、ジン!」

私が止めようとするが、ジンはずかずかと前に歩いていく。
相当イライラしてるわね、頭に血が上っているわ。
最も、相手も同じようだけど…。

少年 「何だと…? 喧嘩売ってんのかよ!?」

ジン 「はっ! お前みたいなガキ相手に本気になるほど、こっちはガキじゃねぇよ」

ジンがそう挑発すると、少年は持っていた荷物を投げ捨てる。
ドズゥンッ…! と大きな音をたてて荷物は地面に落ちる。
かなり重かったようね。

少年 「ざけやがって! ぶっとばす!!」

ジン 「上等だ!!」

ジンも受けてたつ。
このふたり…どこか似ているような。
短気な所とか…間違いないわね。

サラマ 「……」

兄さんは呆れていた。
まぁ、わからなくもないけど。
とりあえず止めた方がいいわよね…。

ナル 「止めなさい! ジン!」

ジン 「うっせぇ! ここまで来て退けるか!! 来いクソガキ!!」

もはや、ジンの耳には届いていなかった。
私は頭を抱えて唸る。
力づくで止めるのも面倒だったので放っておくことにした。

少年 「うおおおっ!」

少年は拳を振るうが、ジンには当たらない。
ジンは必要最小限の動きでかわし、まるで嘲笑うように動く。

少年 「このやろぉ! ちょこまかと!!」

ジン 「へっ、ガキの喧嘩だな!」

少年 「くそっ!!」

サラマ 「……」

ナル 「…はぁ」

ため息しか出なかった。
とりあえず考えていることを言いたかったが、その隙もないらしい。
終わるまで、待つしかないか…。

ジン 「そらそら、どうした?」

あれから5分程度、未だジンは余裕を持って、少年の攻撃を全てかわす。
対して、少年は攻撃の手を一向に休めない。

サラマ (相手を動かすだけ動かして、スタミナを奪う作戦か…適当に流して諦めさせる気だな)

少年 「やろぉ!!」

ナル 「にしても、タフね…まだあれだけ動けるの?」

かれこれ10分は動き続けている。
普通ならとっくにスタミナ切れのはずなのに。
ちなみに、荷物の方を調べてみたら、全て薪だった。
量は半端ではなく、考えたくもない。
推定重量では2〜3トンはあると思う。
それだけの重量をリフトアップできるんだから…。

ジン (しつっこいやろうだな…こっちが疲れてきたぜ)

心なしか、ジンの動きが遅くなってきた。
スタミナ負けしてるわね。
あれだと、ジンじゃなくても疲れるわ。

少年 「でああああっ!!」

ジン 「いい加減に…!」

さすがに疲れてきたのか、ジンが攻勢に出る。
だが、少年はそれを待っていた。

ガスッ!

ジンの右回し蹴りが、少年の顔面をモロに捉える。
が…少年はびくともしない。

ジン 「何っ!?」

少年 「ようやく捕まえたぜ!」

少年はジンの蹴りをくらいながら、右手でジンの右足を掴んだ。

少年 「うおおおっ!!」

ジン 「う、うおっ!?」

何と、少年は右手一本でジンの右足だけを掴み、地面に叩きつけた。

ドガアァッ!!

ジン 「がはっ!」

少年 「まだまだぁ!!」

少年はさらに、もう一度反対の方向に振り回す。
馬鹿力…それが顕著に出るとこうなのだろう。
あの力は間違いなく人族のそれではない。
私の勘は確信に変わった。

ジン 「このぉ…っ!!」

少年 「なっ!?」

突然少年の体が宙に浮く。
ジンが風で宙に浮いたのだ。
手を振り解くことが出来ないなら、少年の体ごと自分を持ち上げればいい。
簡単な理屈だけど、ここでは正解ね。

ジン 「手加減してやりゃあ調子に乗りやがって!!」

ジンは少年に掴まれたまま、宙を舞って一回転。
その勢いを利用して少年を背中から地面に叩きつけた。
少年も全く手を離そうとしなかったのが裏目に出たわね。

ズドォォンッ!!

少年 「ぐ…」

かなりの勢いで、少年は地面に叩きつけられたため、砂煙と草葉が舞い上がり、少々煙たい。
少年は、ほんの少し抉れた地面に仰向けで倒れていた…本気だったわね、ジン。
少年はさすがに効いたのか、すぐには起き上がれないようだ。
そして、突然私たちの背後から声があがる。

声 「何事じゃ!!」

ナル 「!?」

後ろを見ると、やや老いた人物がこちらを見据えていた。
見た所、普通の人に見えるが…この人も獣人なのだろうか?
私が驚いていると、少年は立ち上がった。

少年 「…くっそっ」

ジン 「おっ、まだやるのか?」

長老 「やはり、そうか…そこまでになされよ若!!」

少年 「長老! 止めるな!!」

どうやら長老らしい。
そりゃ長老の家から出て来たんだからそうよね。
納得していると、やや怒った様子で、長老は叫ぶ。

長老 「聞き分けなさい若!!」

少年 「う…」

ジン 「……」

少年は、その声に収まる。
それでも、かなり悔しそうな顔をしていた。
ジンの方は意外に冷静だった。
予想外…その言葉が似合いそうな表情だったけど。
とりあえず…こうして、どうにか場が落ち着いた。



………。



長老 「そうでしたか…そのようなことが」

私たちは、今長老の家にお邪魔している。
そして、宿のことなどを聞いたところ、ここを使ってよいとのことだ。
元々この村には宿がなく、長老の家が一番大きいので、来客は泊まる事があるそうだ。

ナル 「申し訳ありません。す・べ・て! こちらの不始末です」

サラマ 「ジンっ!」

ジン 「…申し訳ありません」

ジンはやや面倒臭そうな声でそう頭を下げる。
かなり失礼だが、それでも長老は気にした風ではなかった。
例によって大らかね…。

長老 「いえ、こちらにも非はあります…頭を上げられよ」

ナル 「寛大なお言葉、ありがたく受け取ります」

かなりこっちに非がある気がしてならないのだが、それでもジンはふてくされていた。
相当ご不満らしい。
対する、『若』と言われていた少年…。
私の勘は確信に変わっているが、多分この少年は…。

長老 「失礼ですが、一体どちらまで…?」

ナル 「…火の祠まで、行こうと思っています」

私は静かにそう答える。
それを聞くと、長老はかなり驚いたように私を見る。

長老 「何と…あのような危険な場所に」

ナル 「訳あって、行かなければなりません。世界の命運がかかっています」

長老 「…やはり、良くないことが起きようとしているのですね?」

ナル 「はい…」

私は、話しておくべきだと思い、邪神のこと…王国のことを事細かに説明した。

長老 「なんと…獣王が亡くなられた?」

ナル 「はい…」

サラマ 「……」
ジン 「……」

兄さんとジンは無言で気にした風はなかった。
私が説明すると言うのも予測済みだったようだ。

長老 「…そうですか、そのようなことになっていたとは」

ナル 「あの…先ほどの少年について聞きたい事が」

長老 「…恐らくは、あなたの察していることと同じでしょう」

先手を打たれる、それは予想してなかった。
しかし、いちいち戸惑うのも馬鹿馬鹿しいので、さっさと話を進めることにした。

ナル 「やはり…ディオ王子ですね?」

長老 「はい…そうでございます」

サラマ 「やはり…」

ジン 「マジで…?」

兄さんはわかっていたのか、頷く。
ジンは本当にわかっていなかったのか、呆れた顔をする。

長老 「ちょうど、今から1ヶ月ほど前ですな…若が国を出られてここに来たのは」

ナル 「そうですか…」

長老 「…時が来たのですな。若は、やはり国に帰られるべきなのです」

ディオ 「…!」

ナル 「…あ」

長老の言葉を聞いてか、王子は逃げるようにその場を出て行った。

サラマ 「…元々国が嫌で家出したんだからな、すぐには帰らないだろう」

ジン 「……」

ナル 「…そうね」

長老 「それでも、いずれはその日が来ることを若は気付いていたはず…」
長老 「…今夜はもう遅い、ここで休んでいってください」

そう言って、長老は立ち上がり、家を出て行く。
王子の所に向かったのだろう。
私たちはそれ以上考えるのをやめて、とりあえず休ませて貰うことにした。
今いる場所は家の中央で、その奥に長老の部屋、客室は東側の部屋にある。
ここには長老とディオ王子以外住んでいないらしく、他の人の気配はなかった。

ナル 「…とりあえず休みましょう」
ナル 「正直、私疲れたわ…」

サラマ 「お前は色々気にしすぎだからな…思う所はあるのだろうが、今は休め」
サラマ 「火の祠では、試練があるのだからな」

ジン 「俺はちょっと体洗ってくる…どっかのクソガキのせいで砂まみれだからな」

そう言ってジンは一旦外に出た。
それを見送り、私は兄さんと客室に向かった。



………。
……。
…。



ディオ 「俺は戻らねぇ! 絶対にだ!!」

ディオの大きな声が夜の森に響く。
音に驚いて、鳥や獣たちがその場から離れていく。
その姿を優しくなだめるような声で、長老は語る。

長老 「…獣王様が亡くなられたと言うのにですか?」

ディオ 「だからと言って、突然俺に振るのかよ!? 俺には親父のような力は何もない!!」
ディオ 「俺は、親父のようにはなれない!!」

長老は苦い顔をして困る。
予想はしていたのだろう、静かに俯いて首を横に振る。
そして、諦めたように首を上げ、王子を見据えてこう言う。

長老 「…それでも、あなたは戻らなければならない」
長老 「私にはあなたを説得することは出来ません」
長老 「ですが、必ず…あの旅の方たちは説得しようとするでしょう」

ディオ 「何を言われても俺は戻らねぇよ! あんな国…俺は戻らない!!」

少年は怒気と憂いを込め、そう叫ぶ。
同時に木々がざわめく。
風だろう…少年の小さな体を優しく撫でるように風が吹いていた。

長老 「…夜の森は冷えます。私は先に戻りますので、若もお早めにお休みください」

そう言って長老は去っていく。
その場には、ただひとり残されたディオが佇んでいた。



ジン 「…ち、聞いちまったもんは仕方ねぇか」

俺は1部始終聞いてしまったので、しぶしぶディオの近くに向かう。
俺の足音に気付いたディオは、バッと俺の方を向いて驚く。

ディオ 「…あ!」

ジン 「よお…奇遇だな」

俺が右手を上げてそう挨拶すると、ディオは俯いてそっぽを向く。
どうやら、かなり堪えてるみたいだな。
俺は左手で後頭部を掻く。

ジン 「…お前、王族なんだってな」

俺はわざとそう言う。
するとディオは予想通りの反応を返す。

ディオ 「うるせぇ!! 俺はそんなの関係ねぇ!」

ディオが前に踏み出し、そう叫ぶ。
俺は右耳をほじりながら。

ジン 「うるせぇのはお前だ…今何時だと思ってんだ?」

俺がそう言うとディオは、あっ…と呟き、俯いて黙ってしまう。
何だかなぁ…。

ジン 「…ちょっと話でもしないか? 夜は暇でな」

俺はそう言うと、ディオは不思議そうな顔で俺を見た。
俺は近くの木に背を預け、俯いて言葉を放つ。

ジン 「お前、何で国を抜け出したんだ?」

兵士から理由は聞いていたが、本当かどうかを知りたかった。
どうも、あの理由が本当とは思えなかったからだ。

ディオ 「…嫌だったからだよ」

ジン 「国の生活がか? それとも教育か?」

ディオ 「全部…何もかもが嫌なんだよ」
ディオ 「皆、俺を王様にしようとするんだ」
ディオ 「親父のようになれって…お前は親父のようになれって…」

まぁ、そりゃ子供にはちょっと辛いだろうな。
王族産まれってもんは、得てしてそう言う環境に疑問は持たないもんだと思ってたが。
どうやら俺の偏見だったらしい。

ジン 「ふ〜ん、じゃあ何でこんな所にいるんだ?」

ディオ 「…え?」

俺がそう聞くと、ディオはおかしな顔をする。
質問の意味が理解できていないのだろうか?

ジン 「え?じゃねぇよ…国が嫌なら、何でこんな国の近くにいるんだよ? 大陸を離れりゃいいじゃねぇか」

この疑問は最初に俺が思った疑問だ。
国が嫌なら普通もっと離れるもんだ。
こんな探せばすぐ見つかるような村に隠れていてもしょうがないだろうに…。

ディオ 「別に…ここで見つからなかったから」

ジン 「……」

それは普通ないだろう…。
家出して長いはずなのに、探さなかったとは思えない。
そこまで獣人は馬鹿じゃないだろうに。
だが、そこで俺はある結論に達した。

ジン (わかってて家出させたのか…?)

あの王様を思い出すと、不思議としっくり来る。
可愛い子には旅をさせろ…ってどっかで聞いたことがあるけど、それだったのかもな。

ディオ 「…何だよ?」

ジン 「うん? いや…面白いなって」

ディオ 「はぁ…? 何で…?」

そう聞かれるのも当然だろう。
俺もよくわからないからな。
ただ、面白いと思った。

ジン 「…お前は親父さんがいたんだからな」

ディオ 「…は?」

俺は少し考える。
そして、しょうがないので、ちょっと語ることにした。

ジン 「…俺は親なんて知らないからな、お前が少し羨ましい」

ディオ 「…え?」

ジン 「俺は生まれてすぐに風の精霊王様に預けられて育った」
ジン 「両親なんて知らなかったし、その人が俺にとっては親だった」
ジン 「でも、本当の親を俺は知らない」
ジン 「お前は違うだろ…?」

ディオ 「そ、そりゃあ…そうだけど」

ディオは不思議そうな顔をする。
俺の言いたいことが伝わっていないんだろうか?
それとも、ただの馬鹿なんだろうか?

ジン 「お前はさ、親父が死んだのに何とも思わないのか?」

ディオ 「…あ」

ディオはまた俯く。
こいつは…強気なようで全然強気じゃねぇな。

ジン 「別に俺はお前を国に戻そうとかは思わねぇよ、だけど親父のことをないがしろにするのはどうかと思うぜ?」
ジン 「お前は産まれてすぐに母親が死んだんだろ? だったら親父が育ててくれたんじゃねぇのか?」

ディオ 「うん…そうだけど」

ディオは控えめながらも頷く。
俺はそれを見て言葉を続ける。

ジン 「だったら、せめて一度位は帰って親父のために何かしてやれよ」
ジン 「もう二度と会えないから、せめて別れだけでもさ…」

俺がそう言うと、ディオは何かを我慢するように震える。
本当は、したかったんだろうな。
でも、実行するだけの勇気がこいつにはない。

ディオ 「…俺は」

ジン 「…お前なぁ、あんだけ喧嘩強いくせに何でそんな弱気なんだよ」
ジン 「国に帰るのなんざ、俺に喧嘩売ることよりも怖いことか?」

ディオ 「……」

ディオは無言で俺を見る。
キョトンとしていた。
考えたこともないんだろうな…こいつは。

ジン 「はぁ…お前、本当は腰抜けか? 何でそんなに迷うんだよ」
ジン 「いいか、人生の先輩として教えてやる! 子供の頃はな、怖いもの知らずな位が調度いいんだ!」
ジン 「何でも正面から突っ込め! お前は子供なんだから!」

俺がそう言うと、ディオは突然噴き出す。

ディオ 「あっはっはっは! 何だよそれ! おっかし〜!!」

ディオは腹を抱えて笑う。
正直ムカツク…人が真面目に言っているのに。

ディオ 「はははっ、何で俺の親父と同じこと言うんだよ! 本当…絶対変だって!!」

そう笑いつつも、ディオは涙目だった。
そういうことかよ…危うく自分が滑稽なピエロに見えたじゃねぇか。

ジン 「ったく…! こんな話するんじゃなかった」

ディオ 「あははっ、ごめんごめん! そんな怒んなよ!」

そう言って、ディオは俺の腕をばんばんと叩く。
馬鹿力で。

ジン 「痛ぇっての!」

俺はガツンッ!とディオの頭を拳骨でぶつ。
ディオは頭を抱えて唸っていた。

ディオ 「いって〜…久し振りの拳骨」

ジン 「親父の拳骨と思え! もうちょっと年上に対して礼儀を覚えるようにな!」

ディオはもう笑っている。
少しはマシになったか…俺はそれを確認しただけでも良しとした。
無言で俺は歩き始める。
そろそろ寝ないと明日が辛そうだ。

ディオ 「…あ、ちょっと!」

ジン 「あん? 俺はもう眠いから寝るぞ…」

そう言って俺はさっさと歩く。
それに着いて来るようにディオが後ろをつけてくる。

ディオ 「なぁ、何でわざわざ俺にあんなこと言ったんだ?」

ジン 「…知らん、ただの酔狂だ」

ディオ 「『すいきょう』?」

ジン 「…わからないなら気にするな! わかったなら、少しは国に帰ることも考えろ!」
ジン 「…お前のためと、両親のためにな」

俺は立ち止まって最後にそう言った。
そして、ディオの頭にぽんと右手を置いてやる。

ディオ 「……」

それでも、吹っ切れる様子はなかったようだ。
まぁ、すぐにはな…仕方ないだろう。
結局、それ以上話すことはなかった。



………。
……。
…。



ナル 「王子…」

ディオ 「…放っといてくれよ」

長老 「…ディオ様」

ジン 「……はぁ」

サラマ 「……」

朝っぱらからディオを説得しようとナル姉さんが奮闘した。
が、ディオはかなりご機嫌斜めのようで、全く話を聞こうとしなかった。

ナル 「王子! あなたの父上が死んだのですよ!?」

ディオ 「だから何だってんだよ? 俺に何をさせたいんだよ!?」
ディオ 「親父でも殺された!! 今の俺なんかに何ができる!?」

ナル 「あ、あなたねぇ…!」

ジン 「姉さん! その辺にしときな」

俺はナル姉さんの左肩を掴んで止める。
俺が止めると、ナル姉さんは頭を抱えて冷静になる。
普段冷静なのに、こんなことでカッとなるなんて珍しい。

ナル 「…ごめんなさい」

ジン 「今はそっとしといてやれよ…」

サラマ 「だが、それで状況が変わるか?」

ジン 「…いいから」

俺が少々強めにそう言うと、ふたりは何かを汲み取ってくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
俺は改めてディオを見る。
辛そうな顔だった。
帰りたいって言う気持ちはあるんだろう。
だが、どんな顔して戻ったらいいかわからないんだ。
気持ちは、わからなくもないな…。

ディオ 「……」

ジン 「ちょっと皆、表出てくれるか?」

ナル 「え…どうして?」

サラマ 「…ナル、行こう」

ナル 「え?」

サラマはナル姉さんを連れて外に出る。
さっすが…よくわかってらっしゃる。

ジン 「長老様も…すまねぇな」

長老 「いえ、若を…お願いいたします」

そう言って長老も表に出る。
今長老の家にいるのは俺とディオだけだ。

ジン 「…あまり気に病むなよ」
ジン 「仕方のないことなんだ」

ディオ 「仕方ないって…」

納得のいかないようだった。
それもそうだろう。
自分には親父のような力がないと今まで思ってきたんだ。
それで、親父が死んだ途端、いきなりお鉢が回ってきたら誰でもパニックになる。
こいつには、まだ時間が必要なんだ。

ジン 「…ひとつだけ言っておく」
ジン 「お前がどう思おうと、お前は獣王の息子で、その血を引いてる」
ジン 「そして、お前がどれだけ自分を信じられなかろうが、お前は伝説の戦士、バルザイル王家の力を持っている」
ジン 「お前にしかない力だ…お前はまだその力を引き出せねぇ」
ジン 「だから、強くなれ。胸張って親父の代わりが出来るくらいに」

ディオ 「でも、そんなの出来なかった!! 俺にはやっぱり…!!」

耐えられなくなったのか、そう叫んで、ディオはその場から走り去る。
俺はその背中を見送ることしかしなかった。
追っても…無駄だろうな。

ディオ 「うわあぁぁっ!!」

それからすぐ、悲鳴が聞こえる。
俺はすぐに外に出る。


ジン 「ディオ!?」

ディオ 「う…」

長老 「ドラゴン!? 何故この島に…」

見ると、ディオの目の前には巨大な赤いドラゴンがいた。
低く唸り、ドラゴンは完全に敵意を剥き出しにして、ディオを睨んでいた。

ジン 「どうなってる!? ナル姉さんとサラマは!?」

見ると、ドラゴンを中心に囲むように全員がいた。
ドラゴンの正面にディオと俺、左にナル姉さん。
右にサラマ、やや離れて後側に長老がいた。

ドガァッ!

ディオ 「うわっ!」

ドラゴンの右手がディオを薙ぎ払う。
爪で切り裂かれたのか、服と血が飛び散った。
そして、後に弾かれる。
俺はその体をどうにか受け止めた。

ナル 「このおっ!!」

ナル姉さんは右手に闘気込め、それを球体と化してドラゴンの顔面に投げつける。

ドオンッ!!

ドラゴン 「ギャアアアス!!」

爆発音と共に、ドラゴンは怯む。
効いてはいるようだが、それでもすぐに暴れだす。
余計に刺激しただけみたいだな…。

ドラゴン 「ガアアアッ!!」

ドラゴンは口から炎を吐き出す。
ナル姉さんは地面を転がってそれを何とかかわす。

ナル 「く…ファイアドラゴンが相手では、炎は通じないし…」

ファイアドラゴンか…ふたりの力じゃ確かに不利だな。
肉弾戦で勝てるならとっくにそうしている。

サラマ 「どうする!? とても素手で勝てる相手じゃないぞ!?」

ナル 「…素手でも勝てる者はいるわ」

サラマ 「…! だが、どうやって?」

ナル 「そこまで考えてないわよ!!」

ふたりは叫びあう。
俺にも聞こえたが、さすがに迷う。
俺の腕の中でディオは息を荒くしている。
間違いなく、ダメージを負った。
ディオだから死なずにすんだと言ってもいい。

サラマ 「とにかく、俺が注意を引く! 何とか説得しろ!!」

ナル 「わかったわ!!」

考えが固まったのか、サラマは炎のシールドでブレスを防いでいる間、ナル姉さんがこっちに来る。

ディオ 「うう…」

ジン 「おい! しっかりしろ!!」

傷はそこまで深いわけじゃないが、血が結構出てる。
ディオはそれにびびってる。
俺は仕方ないので、苦手を承知で回復魔法を使う。

ジン 「ち…上手くいけよ! ウインド・リジェネレート!」

ディオ 「!?」

俺の魔法が発動すると、俺とディオを風が優しく包み、傷を癒す。
だが、血が止まる程度で、傷が完全には塞がらない。
初めての魔法だっただけにやはり大した力が出なかった。

ジン 「くそったれ…気休め程度かもしれねぇが、これでも立つ位は出来るだろ! 後はちゃんと自分で動け!!」

俺がそう言うと、ディオはよろめきながらも自分の力で立つ。
そして、ナル姉さんが強く言う。

ナル 「王子! あなたが戦うのよ!!」

ディオ 「…戦うって、どうやって!?」

ごもっともな意見だ。
だが、多分それしか手はないな…。

ナル 「…あなたの力なら倒せるはずよ」

ディオ 「…そんな」

ディオは例によって弱気になる。
時間が必要なのはわかってる、すぐに納得しろと言っても無理だ。
だが、今は緊急事態だ。
俺はナル姉さんの言葉を手で制して、強攻策に出る。

ジン 「いいかっ、よく聞けクソガキ!! ここであいつを倒さなきゃ、村は全滅だ!!」

ディオ 「……!!」

ディオはビクっと体を震わせ、俺の言葉を受け止める。
俺は後のことをは考えず、説得できるであろう言葉を選ぶ。

ジン 「お前はこのまま死んでもいいのか!?」
ジン 「あの世で両親を悲しませる気か!?」
ジン 「まだやりたいことも見つけちゃいないだろうが!!」

ディオ 「! そうだ」
ディオ 「俺は…まだやりたいことがある!」
ディオ 「俺だって死にたくない! 親父にまだ何も言ってない!!」

ディオは強く俺を見た。
だがホッとしている場合じゃない。
サラマもそろそろ限界だ、後は…こいつがどこまでやれるか!

ジン 「行くぞクソガキ! 俺の後に続け!!」

ディオ 「おう!!」

俺はそう言ってドラゴンに向かって飛翔する。
最大の速度でドラゴンの注意を上空に向ける。
そして俺は瞬時に魔力を両手に溜める。

ジン 「これでも喰らえぇっ!! ウインド・パニッシャー!!」

そう叫んで魔法をドラゴンに放つ。

ズバァアンッ!!

風の波動がドラゴンの顔面を直撃し、その周りの空気が弾ける。
だが、予想以上に硬い…怯んだだけかよ。
俺の魔法でもかなり強力な奴なんだがな。

ドラゴン 「ギャアアアアスッ!!」

ジン 「ちぃ…後は手前で何とかしろよ!?」

俺がそう叫ぶと、ドラゴンの懐に小さな影が近づく。
そして、その影が咆哮する。

ディオ 「うおおおおっ!!」

ドガアッ!!

ディオがドラゴンの懐に入ると、ディオは助走をつけたまま、全力で右拳をドラゴンの腹に振るった。
腕がめり込むほどの衝撃。
さすがのドラゴンも表情が歪む。
が…。

ドラゴン 「ガアアッ!!」

ドラゴンはうめき声をあげ、右爪で薙ぎ払う。
最初と同じパターンの攻撃だ。
だが、同じ結果にはならなかった。

ガシィ!

ディオ 「しゃあ! 取ったぜ!!」

ディオはドラゴンの右手を掴むと、それを後にぶん投げる。

ドッ!! ズウゥゥゥゥゥゥッン!!!!

凄まじい音を立て、ドラゴンの体が地面に落ちる。
そして、仰向けに倒れたドラゴンの顎に向かって、ディオは両拳を握りこんで振り上げる。

ディオ 「おおおっ!!」

ドッガァァァッ!!

ドラゴン 「ギャアアアァァァッ!!」

物凄く鈍い音がした。
地面が間違いなく揺れただろう。
ナル姉さんとサラマも呆気に取られていた。

ディオ 「…どうだ?」

ドラゴン 「………」

ドラゴンが動く気配はなかった。
死んだのだろうか…? いや多分、気絶しただけだと思うんだが。

ナル 「想像以上ね…」

サラマ 「…はは」

ジン 「馬鹿力…」

俺はゆっくりと地上に降り立つ。
右手で頭を掻いてディオを見る。

ディオ 「やった…やったぞ! 勝ったんだーーー!!」

ディオは両手を上げて高らかに叫んだ。
初めての気分なんだろう。
自分で守りたいものを守った。
今まで自分には力がないと勘違いしていた。
でももう大丈夫だろう。

ジン 「…へ」

ふと見ると、ナル姉さんとサラマ、更には長老までがドラゴンを見ていた。
調べているんだろう、俺も近づいてみる。

サラマ 「どうだ?」

ナル 「…詳しくはわからないけど、何とも」

長老 「…このようなところにドラゴンがいるはずがありませぬ」

ナル 「では、何故…?」

サラマ 「召喚魔法か…?」

ナル 「…そんな魔法が使えるのは、少なくとも守護者クラスのレベルよ?」

サラマ 「…なら連れて来たとでも言うのか? 誰にもばれないように…」

ナル 「謎だらけね」

どうやら、ドラゴンが現れたの自体普通じゃなかったらしいな。
当然だろう、竜族が普通こんな所に顔を出すはずがないからな。
しかし、今はそれを考えても仕方ないように思えた。
俺は未だ喜びに打ち震えるディオの頭をポンと叩いてやる。

ジン 「ったく、大した奴だぜ…」

ディオ 「へへ…兄ちゃんのおかげだぜ」

ジン 「…俺は何もしてねぇよ、やったのは全部お前だ」

俺がそう言うと、ディオは笑って鼻の下を右人差し指で擦る。
どうやら余程ご満悦のようだ。
それからしばらくディオと俺は笑い続けていた。



………。
……。
…。



ジン 「…これで自信はついたろ? 後は自分の意思で国まで帰りな」

ディオ 「うん、やっぱ…行かなきゃダメか?」

ジン 「当たり前だ…せめて親父に最後の挨拶して来い」
ジン 「じゃないと、いつまで経ってもお前の親父さんは成仏できねぇぞ」

ディオ 「わかったよ…国には戻る。でもさ…」

ジン 「ん?」

ディオ 「もう一度、国に来てくれよ? そしたら俺も一緒に戦うからさ…!」

ジン 「…! お前」

俺が意外そうな顔をすると、ディオは少し寂しそうな顔で話す。

ディオ 「ジン兄ちゃん、神様を相手にしてんだろ? だったら俺も手伝いてぇよ」
ディオ 「世界がなくなったら、やりたいことも出来なくなる」
ディオ 「俺はバルザイル王家の戦士だから、きっと戦わなきゃならない」
ディオ 「でも、その時が来て無理矢理戦わされるのは嫌だから…だから」
ディオ 「俺は自分の意志で戦う! だから、きっと迎えに来てくれよ! 絶対力になるから!!」

最後は笑顔で強くそう言う。
俺は満足げに笑って。

ジン 「…わかった、約束する。ヴァルキリーが手に入ったら、必ず迎えに行く」
ジン 「だから、それまでには役に立つようになっとけよ?」

ディオ 「へへ…当然だって!」
ディオ 「よーしっ、じゃあ約束だ! 待ってるからな!!」

そう言って、ディオは俺たちに背を向ける。
そして、その先にいるドラゴンにまたがり、国に戻っていった。
ちなみに、ドラゴンは死んでおらず、目覚めるとむしろ大人しくなっており…そのままディオに懐いた。
ナル姉さん曰く、操られていたようだ。

ジン 「さて、俺たちもやることやりに行こうや!」

ナル 「ええ、そうね!」

サラマ 「ああ!!」

こうして、俺たちはシャロン村を後にし、火の祠に向かった。
およそ後3日で火の祠には到着する…。
その先にはどんな試練が待っているのか、俺たちは知らない。
何か予感めいたものはあったが、今は気にしなかった。



…To be continued




次回予告

ナル:ようやく火の祠に到着した私たち。
話通り、祠の中は炎に包まれ、私たちの行く手を阻む。
だが、そんな中、獣王様を殺した張本人、新十騎士のガンマが私たちに襲い掛かる。
強大なガンマの力の前に、私たちはかつてない危機に陥る。
そして…私たちは。

次回 Eternal Fantasia

第30話 「涙を越えて…」

ナル 「あなただけは…絶対に許さない!!」




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