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ポケットモンスター 水の街外伝



第11話 『自警団(桜児)と公安(斑藻)』




『某日:午前11時38分 アクアレイク中央部中央大通り』


ユフィ 「ん〜! 今日も良い天気よね」

桜児 「そうだな…ちょっと寒く感じるが」

すでに時期は11月、冬だ。
実際にはアクアレイクではまだ秋くらいの寒さなのだが時折冬の訪れを予感させる寒波がアクアレイクを襲う。
そういう時は普通の11月のように寒いのだ。
しかし、天気が良いのは確かだな。
今日は雲も少なく太陽が寒い空気を切り裂くように地面に光を送っている。
アクアレイクはやっぱりこの太陽があってこそだよな。

ユフィ 「桜児にはやっぱり辛い?」

桜児 「元々温暖な空気が性に合っている種族だからな」

そう、俺達サクラビスは元々は温暖な地域を好む種族だ。
ゆえに冬はどうも苦手だ。
この寒い時期に海はかなりきつい。
やはり夏が好きだ。
しかし、ユフィはというと…。

ユフィ 「私は冬も好きだけね」
ユフィ 「アクアレイクに降る雪って神秘的で凄く綺麗だし…」

桜児 「そうか?」

俺には違いがわからない。
どこの雪も同じだと思うんだが?

ユフィ 「そうよ、ていうかマッチするのよねこの街並みに」

ユフィはそう言って手を広げる。
ここら辺は木造の建物も多い。
白い塗り壁の建物がほとんどではあるが赤いレンガの屋根も特徴だ。

桜児 「南部は寒いだけで情緒もないぞ?」

ユフィ 「もう! どうしてそういうこと言うかな…?」
ユフィ 「でも…雪の降る浜辺を二人で歩くっていうのも情緒があって良いわね…」

ユフィはさらりととんでもないことを言う。
南部は海側だからモロに寒い風が吹き抜けるというのにそこを歩くってか?
自殺行為だぞ…。

ユフィ 「ま、桜児のことだから寒いから嫌だって言うんでしょうけどね」

桜児 「当然だ、何が悲しくてただでさえ寒いのに極寒の南部を歩かないといけないんだ!」

ユフィ 「はぁ…本当に桜児って甲斐性無しよね…」

ユフィはそう言って呆れる。
…去年も似たようなことあったな…。

ユフィ 「で、どうする?」

桜児 「…何をだ?」

ユフィ 「どっかで昼飯でも食べる?」
ユフィ 「それともさっさと面倒事が起きる前に帰る?」

桜児 「…そうだな」

面倒事…そう、面倒事だ。
果てしなく『面倒事』だ、それは。

桜児 「うむ、面倒事は勘弁だ」
桜児 「そろそろ、自警団署に戻るか」

ユフィ 「さて、それじゃさっさと署へと…て、桜児!?」

桜児 「…」

俺は丁度Uターンしようとした時、ある光景が目に入ってきた。

お婆ちゃん 「あいたた…」

道端で腰を痛めているお婆ちゃんがいた。
杖を持ってはいるようだがその場で痛そうにしている。

ユフィ 「はぁ、まあ仕事だものね」

ユフィはそれを見て、いつもどおり特に口出しすることはない。
もはや、慣れか。

桜児 「先に帰っててくれ、俺は急に入った仕事だ」

ユフィ 「別にいいわよ、それが第3部隊の仕事だし」
ユフィ 「まぁ、私も腐っても自警団員だし見届けるくらいはしてあげるわ」

桜児 (手伝う気はなしか…)

いつものことだがユフィは高みの見物を決め込んでいる。
俺は無視して腰を痛めているお婆ちゃんの元に駆け寄る。

桜児 「大丈夫ですか、お婆ちゃん?」
? 「大丈夫、お婆ちゃん?」

同時、そう同時…。
まさしく同時に声をかけるものあり。

ユフィ 「あちゃ〜、いわんこっちゃない」
ユフィ 「だから嫌なのよね…面倒事…」

桜児 「斑藻(はんも)…」

斑藻 「う…桜児…」

俺と同じ目的で声をかけたのはハンテール種の少女、斑藻だった。
これが、俺が危険視していた問題事だ。

斑藻 「な、何よ…」

桜児 「…お前こそなんだ?」

何が何なのかはさっぱりわからないのだが、とりあえず喧嘩売られているらしい。
まぁ、こうなったらいつものことなんだが…。

斑藻 「桜児! あなたまた呑気に昼間から街中をほっつき歩いてるのっ!?」

桜児 「そういうお前はどうなんだ?」

斑藻 「わ、私は…」

ユフィ 「はいはい…とりあえず足の引っ張り合いは止めなさいな」

斑藻 「ユ、ユフィ!? あ、あなたまた性懲りもなく!」

ユフィ 「何? 私が桜児と一緒にいちゃいけないって言うの?」

斑藻 「あなたの仕事場は署内でしょうが! なんで外を歩いているのよ!?」

ユフィ 「休憩よ、労働基準法上、休憩を取るのは普通でしょ?」
ユフィ 「それよりお婆ちゃん大丈夫?」

お婆ちゃん 「ええ、少し休んだら大丈夫ですわい」

ユフィ 「そう? でも、誰かに助けてもらうことは重要よ、とりあえず助けてあげるね」

斑藻 「て、無視しないでよ!!」

桜児 「…仕事中は邪魔するな」

斑藻 「私だって仕事中よ!!」

ユフィ 「仕事が終わったらいくらでも構ってあげるから嬢ちゃんはおうちに帰りなさい」

斑藻 「同じ年齢でしょうが!!」

桜児 「よっと、お婆ちゃん大丈夫? つらくない?」

お婆ちゃん 「ええ、大丈夫ですよ」

斑藻 「て、桜児も無視して事進めるな!!」

桜児 「…斑藻、少し黙れ。仕事に私情を挟むな」

斑藻 「なによ! なによ!! なんなのよ!!!」

ユフィ 「うっるさいわね〜、自粛しなさいよ三段式高笑い」

八○庵…?
それ依然、あれは笑いではないと思うが…。

ユフィ 「どうとったら高笑いになれるのよ!!?」

桜児 「だから黙れ…」

ユフィ 「う…」

俺はとりあえずお婆ちゃんを背負う。

桜児 「お婆ちゃん、どこへ行けばいい?」

お婆ちゃん 「ええ、あそこまでお願いしますね…」

桜児 「うん、ちょっと我慢してくれよな」

斑藻 「……」

とりあえずそれからは静かにことが進んでくれた。
そしてそれからは何事もなくお婆ちゃんを目的の場所まで送ることに成功する。
当然ながら報酬はない。

桜児 「それじゃ、気をつけてね」

お婆ちゃん 「ええ、ありがとうございます」

ユフィ 「じゃ、お元気でー!」

俺はお婆ちゃんを見送ると一緒にいたユフィに目を向ける。
ユフィはだんまりするのだった。
そして、斑藻は…。

斑藻 「な、なによ…」

斑藻は怒ったような顔のままやや上目遣いに睨んでくる。
相変わらず誤解を招くような顔をする。
しかし、いつも自分から何を言えばいいのかわからないからあんな顔をする…。
そんなこともわかっている、だから俺は特に気にしない。

桜児 「……」

斑藻 「…?」

ユフィ 「…? どうしたの桜児?」

桜児 「…」

斑藻 「…桜児?」

桜児 「何を言えばいいわからない…」

そんな言葉が口から出てくる。
どうにも自分が口下手なのは知っているがいざだんまりが始まると中々切り出す言葉が思いつかないのだ。
しかし、世の中言わなくてもいいことと言う物がある。
そして、今のがそれだ。
それを聞いた二人は。

斑藻 「! あなたねぇ…意味深な沈黙をしておきながら」

ユフィ 「アホか…」

明らかに軽蔑した目で見られる。
しまった…というのは遅すぎるか。

桜児 「すまない、なんて言えばいいかわからなかったから…」

斑藻 「……」

ユフィ 「馬鹿正直…もういいわ、口下手なあなたじゃ永遠に話が進まないわ」
ユフィ 「私が話しつけるから」

桜児 「いや、ユフィは…」

ユフィ 「いいのいいの! 私に任せときなさい!」

ユフィは遮るように言う。

桜児 (お前が話すと状況が悪化するからやめてほしいんだが…)

しかし、口下手な俺には3人以上になると途端に発言権がなくなる。
しかも最悪なことにユフィと斑藻は犬猿の仲。
問題発生確率は99、9999999999999%(オールナイン)といったところか。

ユフィ 「用件があるなら手短にどうぞ、なんなら自警団本署で聞きますが?」

斑藻 「む…!」

ユフィは事を荒立てたくないからか、そんな良くも悪くもない事務的な態度で斑藻の応対をした。
俺ならば特に気にすることもないだろうがなまじユフィのことが嫌いな斑藻は明らかに嫌そうな顔をした。
こんなユフィが気に入らないのだろう。

斑藻 「別に〜、ただこんな昼間から散歩しているような自警団は大丈夫なのかな〜てね」

斑藻も少しは大人になればいいのに誰でもわかるくらいに挑発的態度を取る。

ユフィ 「まぁ、無能な公安よりマシですね」

斑藻 「なんですって!?」

よりにもよって公安の役員の前で言いますか?
ユフィの奴、澄ました顔でそう言うとは…。

ユフィ 「ほら、短気な所とかエリート集団にしては無能の証拠よね?」

斑藻 「なによ!? あなたが喧嘩売っているんでしょ!?」

ユフィ 「その原因を作ったのは自分だと言うこともわからないくらい無能なの?」

桜児 「おい…いいかげんに…」

斑藻 「桜児は黙ってて!」

ユフィ 「悪いけど黙ってて桜児…」

桜児 「……」

問答無用らしい。
今更ながらどうして俺はこの二人と出会ってしまったのだろう?
しかも幼馴染…もう1万回以上こんな光景を見たような気がする。

ユフィ 「大体ねぇ、私や桜児の悪口なら別に気にしないけど誇りもって仕事している自警団の悪口を言うってのはどうなの?」
ユフィ 「少しは配慮っても物も持っているでしょうに、そんなことさえ考えられないほどあなたの頭は悪いの?」

ユフィは普段は温厚とは言わなくとも恐ろしく怒ると言う言葉を知らない温和な女だ。
しかも、一旦怒ると怖い…。
なまじ、普段怒らないから怒ると無言の圧力と突き刺すような冷たい視線、そして毒舌と言ってもいいほどの容赦のない言葉。
Atomic・Age社発行週刊『水の街ベスト10より』怒らせると怖い人ランキングベスト10(9月号)でベスト3に入っているほどだ。

ちなみにランキング1位は町長宅のメイドさん妹、沙耶さん(ラブカス)。
2位はキサラ一番隊隊長の息子ロア君。(サメハダー)だ。
まぁ、今は関係ないが。

斑藻 「な、なによ〜…私は本当の事を…大体そこまで悪くは…」

ユフィ 「あなたね…意見があるならはっきり言いなさい!」
ユフィ 「言っておくけど、自分の意見もはっきり言えないようじゃこれから先苦労するわよ?」
ユフィ 「それにいつまで経ってもあなたは子供だし…」

桜児 「……」

ユフィの説教にも似た話は永遠続く。
誰も止められない…俺にも止められない。(元々無理だが…)
そして、時間だけが過ぎていく。



……………………。



桜児 「はぁ…」

ユフィ 「嫌そうね…」

桜児 「嫌だ」

結局その日の夕暮れ、俺たちは自警団署で始末書を書かされていた。
『無断外出』のまま今の今まで帰って来れなかったからな。
当然ながら俺たちは責任をとらされているというわけだ。

桜児 「大体、こうなることがわかっていながらどうしてあんな挑発した?」

ユフィ 「ごめんなさいね〜、どーもあの娘と会うと感情的になっちゃうのよね」

あの娘…というのは当然ながら斑藻。
元々そんなに冷静な性格でもないくせにさもそのように装うユフィだが、元々は全然冷静ではない。

女の子 「ユフィ隊長いますか〜?」

ユフィ 「あ、ミッチ〜、どうしたの?」

桜児 (ミッチ〜?)

部屋に入ってきたのはタッツー種の少女だった。
年齢15歳、第5部隊諜報課所属神子乃(みこの)だったと思うが…?

神子乃 「あはは〜、隊長み〜っけ♪」

神子乃はユフィを見つけると嬉しそうにユフィに駆け寄った。

ユフィ 「お〜よしよし、でどうしたの?」

神子乃 「えと、もうすぐ定例会議がありますから早く来てくださいね」

ユフィ 「え? もうそんな時間? 第3会議室でいいわよね?」

神子乃 「はい♪ あたし出席できませんけど待ってまーす♪」

神子乃ちゃんは終始満円の笑みのまま部屋を出て行く。
第5部隊の会議か…そういえば第3部隊で会議って開いたことないな…。
隊長会議は3ヶ月に1度だし。

ユフィ 「しょうがないわね、ちょっと行きますか…」

桜児 「始末書どうするんだ?」

ユフィ 「桜児、頼むわよ…」

桜児 「え…?」

ユフィ 「な〜んてね、もう終わっているわよ…」

桜児 「……」

俺のテンポが遅すぎるのとユフィのテンポが速すぎるのが原因で微妙に会話が成り立っていない気がする。
ていうか、いつの間に書き終えたんだ?
もしかして俺が遅すぎるだけ?

ユフィ 「じゃ、悪いけど先に帰っててね〜♪」

ユフィはそう言って会議に向かう。
…はぁ。



……………。
………。
……。



桜児 「…寒、マジデ寒い…」

午後8時。すでに空は暗く、冷たい風が吹く。
俺は自分の家は持っておらず北西部にある自警団寮に住んでいる。
寮には40人程住んでおり、それなりに環境の良い寮だ。
唯一の欠点は寮から本署までの距離が遠く、徒歩1時間近くかかることか。
本署に寝泊りした方がマシかもな…。
寒くなると特にそう思う。
しかし、そんなことユフィの前で言おうものなら。

『じゃ、しょうがないから料理くらい作ってあげるわ』

というに違いない。
しかもこれは過去にあった事例だし。
奴は自分ではわかっていないが天性の料理下手だ。
奴は自警団寮の宿長を務めているわけだが、かつて団員達の料理を作ったことがあった。
結果寮に住む40人(ユフィと俺除く)全員が原因不明の食中毒に陥ったことで伝説となった。
俺はユフィと幼馴染と言うこともあり運良く食わずにすんだが、もし食っていたら三ヶ月は入院生活だったろう。
しかも、問題なのは奴が味覚音痴ということ。
自覚症状がないから止めようが無い。
しかもやつは料理を作るのが好きだ。
まさに最悪の組み合わせ。

桜児 「人魚亭に行くか」

晩飯を食うのなら呑気屋に行く方がいいのだが呑気屋はこの時間混んでいるし、ちょっと帰り道から逸れる。
人魚亭と言うのは酒場だが、ちゃんとした料理も食べられる。
やはり混むが呑気屋より遥かにマシだ。

桜児 「ふぅ…もう冬か」

つくづく嫌な季節が近づいてきているのがわかる。
冬の寒さは俺には堪える。
12月から1月までの短い冬だがこの間は極寒だ。
エアリアルの方から吹く寒波が短い間の厳寒を作り出す。
記録では最低気温−35℃を観測した年もあったらしい。
俺がこの街に生まれる前の話だがそれ位寒さが訪れる季節なのだ。



…………。



ワイワイガヤガヤ!

桜児 「ふぅ…」

歩いて45分、ようやく人魚亭に着く。
中はほぼ満席。
柔らかなバックサウンドが流れているが喧騒に微妙にかき消されていた。
呑気屋とは違う慌しさがここにはある。
あそこはいつでも大忙しのてんてこ舞いだがここは余裕がある。
料理と酒を頼んだまま長居する客が多いから、一旦満員になると意外にゆったりとできるのだ。

シエラ 「いらっしゃいませ」

桜児 「…席空いてます?」

店に入るとたまたまかシエラさんに迎えられる。
シエラさんはジュゴン種でナマズン種のビッグスさんと一緒にこの店を経営する女主人だ。
時々見せる優しい笑みはいかに鈍感な俺でもさすがに顔を赤くしてしまう。
それ位美人だ。
さすがに人妻なので口説こうなどとは全く思わないが…。
ちなみに俺は人魚亭の結構常連でよくここに晩飯を食べに来るのだ。

シエラ 「えっとね…あそこ空いているから座って待ってて」

桜児 「……」

店の片隅のカウンターの端に空いている席があった。
日当たりも悪く、あまり客に人気のない場所だな。
しかし、俺は特に気にしない。
俺は迷わずそこに向かうのだった。



シエラ 「はい、これでいいわよね?」

桜児 「あ、ありがとうございます」

ピア 「あ〜あ〜♪」

シエラさんの腕の中でシエラさんの娘さんのピアちゃんが笑っていた。
ピアちゃんはパウアウ種でたしか今年で2歳になったはずだ。

シエラ 「よしよし、おなかすいたの?」

ピア 「♪〜」

美人になるな…。
迷わず直感がそう言っている。
さて、注文もしていないのにシエラさんが運んできたのは甘口のカレーライスだった。
まぁ、いつも頼むのはこれだから問題ない。
そして、頼まなくても持ってきてくれるくらい俺はここの常連なのだ。
ちなみに甘口というのはメニューにはなく俺専用の特注品だ。
自慢にもならないが俺は辛いのは苦手だ。
ゆえに甘口なのだ。

桜児 「ビッグスさんはどうしたんですか?」

シエラ 「寡黙なあの人はあそこ」

シエラさんは笑いながら指差す。
ビッグスさんはカウンターの端でコップを磨いていた。
ちなみにビッグスさんはほとんど喋る事がない。
しかし、仕事は真面目だし堅実な人だ。
無精ひげを生やしお世辞になりは良くないがとてもいい人だ。
きっとシエラさんはビッグスさんの心が好きになったんだろうな…。
俺はビッグスさんのような心を持った人になれるだろうか?
一般的に俺たちサクラビス種は容姿がいい種族だが俺は誰が見てもわかるくらい容姿を気にしていない。
大抵の人が見れば俺の手入れもしていないのに艶のある桜色の髪を見れば綺麗と言う。
しかし、特徴的な癖毛があれだが。
もてたことはないがもてようと思ったことも無い。

桜児 (昔は斑藻も近くにいたせいかな?)

今でこそ斑藻とは仲が悪いが昔は本当に仲が良かった。
一重に『あの日』までは…。

シエラ 「さぁて、じゃ仕事に戻らないと」

シエラさんはそう言って一旦裏の方に戻る。
俺はとりあえず俺好みの味の甘口カレーを食べるのだった。



……………。



『夜10時 自警団寮』


今日は特に冷えている…。
恐らく11月もっとも寒い日になるのではないだろうか?
俺は毛布を深く被る。
今日の寒さはあの日に似ている。
明日は暖かいといいんだが…。








えーんえんえん。
えーんえんえん。

どこからか泣き声が聞こえる。
空は青く、半袖でもいい位の暖かい陽気。
アクアレイクの春は暖かい。
それなのに…どこからか泣き声が聞こえる。
南東区に広がる巨大な自然公園。
体の小さい俺にはまだ、全てを知りえない巨大な自然の要塞…。
少女と思われる小さな泣き声は森の奥から聞こえていた。
俺の足は何も考えずともその泣き声の方に向かっていた。


えーんえんえん。
えーんえんえん。

声は大きな木の裏から聞こえた。
周りは誰もいない。
この泣き声がなければそこは静寂に包まれる深い森の中とも思えるだろう。
しかし、実際には全く深くもなく、大人の体から見れば単なる公園のはずれだ。
しかし子供にとってそこはまさに未開の樹海。
何が待っているかわからず。
不安と期待の混じる不思議で魅力的な空間。
そして、今回は泣き声がこだまする。
それはなんなのだろうか?
嘘泣きで興味をそそられる子供を誘う悪い妖怪だろうか?
それとも、悪戯好きの森の妖精だろうか?
そんな馬鹿げたことも子供の頭ならさも当たり前のように思いつく。
俺に不安はない。
迷わずそれがなんなのかを確認するため木の裏に出る。

少女 「えーんえんえん…」

子供 「どうしたの?」

木の裏にいたのは妖精でもなければ妖怪でもなく、ハンテール種の女の子だった。
子供心残念な思いもある。

少女 「…え?」

少女を俺に気付くと不思議な顔をして俺を見上げる。
顔を手で覆い隠していたからよくわからなかったが、少女の顔には気味悪くも見える種族的な斑点があった。
顔は幼く恐らく俺と同じ位の年。
どちらかと言うと可愛いと思う…。

子供 「泣いていたの?」

少女 「……」

少女はずっと泣いていたようで涙の後がみっともなくあった。
それともあれも斑点なのか?
いや、絶対違うと思う…。

少女 「誰…?」

子供 「君こそ誰?」

先に聞かれながらそんなこと言う俺。
ちょっと失礼だと思う。
しかし、特に気にする様子もない俺。

少女 「斑藻…」

子供 「はんも…?」

斑藻 「斑点の斑に海草の藻って書いて斑藻…」

子供 「随分難しい字なんだな」

斑藻 「あなたは…?」

子供 「桜児…桜の子供で桜児」

斑藻 「桜児…君?」

桜児 「桜児でいいよ、それよりどうして泣いていたの?」

斑藻 「……」

少女、斑藻は押し黙っている。
俺はただただ待っているだけだった。
やがて、少女は口を開く。

斑藻 「気味悪いの…」

桜児 「何が…?」

いきなり気味が悪いと言われてもわからない。
恐らく『今』言われてもそう思うだろう。

斑藻 「私の斑点…」

桜児 「斑点?」

恐らくあのハンテール種独特の斑点のことを言っているのだろう。
始めてみた時俺も思っちゃったな。

斑藻 「みんな気味悪いって言うの…みんな…」

桜児 「そうかな? 可愛さあまってって思うけど?」

たしかにちょっと怖いが、それ以上に女の子は可愛いと思う。
そんな俺は変だろうか?

斑藻 「……」

少女は信じられないといった顔で俺を見上げていた。
俺としてはどう反応すればいいかわからない。
ただ、だからか次の台詞こんなだった。

桜児 「立ちなよ、立って一緒に遊ぼ」

斑藻 「…うん」

俺は手を差し伸べてそう言っていた。
そして少女は俺の手を取ってくれる。
よかった、とってくれなかったらどうしようかといった感じだったから。




……………………………。




桜児 「…寒い」

今日はもの凄く寒い。
11月だというのにそれはまるで真冬のようだった。
正直寒くて凍え死にそうだった。

少女 「ほっと、とうちゃーく」

ザシャ。

どこからか白い翼を背中に生やした少女が俺の後ろに降り立った。
小さな眼鏡をかけたキャモメ種の少女だった。
年齢は俺と同じくらい…たぶん8歳くらい。

少女 「ねぇ、ちょっと」

桜児 「?」

少女はすぐに俺に気付き、まるでこの世に悪い人なんていないというような屈託のない無邪気な顔で近づいてくる。
一体なんだろう?
こっちは凄く寒いのに…。

少女 「アクアチア通り3丁目ってどこか知らない?」
少女 「あたし、今日この街に来たからどこがどこだかよくわからないのよね?」

少女は話し好きなのか必要以上に言葉を交わす。

桜児 「ここはレイクリア2番通り、アクアチア通りはあっち、北側」

少女 「そう、ありがとう! あたしはユフィ、あなたは?」

桜児 「…桜児」

ユフィという少女はそう言うと手をぶんぶんと振り回してやや小走りでアクアチア通りを目指す。
俺は無視してこれからどうしようかと思った頃、突然少女は振り返り。

ユフィ 「もし、次会ったらあたしの恋人にしてあげる♪」

桜児 「……」

ユフィ 「じゃねー♪」

俺はしばらく固まっていた。
赤いストールがサンタみたいで可愛い娘だったけど…まぁ、いいか…。

桜児 「寒い…」

ただ、今切実に感じているのはそれだけだった。




……………。




斑藻 「で、でね…」

桜児 「……」

今日も寒い…。
俺も斑藻も今日は厚着だった。
ちょっと遠出だけど南東区のリブルレイク自然公園に来ていた。
雪が降っても不思議じゃないくらい今日は昼間なのに寒かった。
もう冬は目の前まで来ているということがよくわかる。

斑藻 「どうしたの…? 桜児君?」

斑藻はおとなしい娘だ。
今は心配そうな顔で俺を見ていた。

桜児 「寒いと思っただけ」

斑藻 「もしかして、あたしといるとつまらないの…?」

桜児 「そんなことはない」

体を動かした方が楽しいのは確かだけど別に斑藻と一緒にいてつまらないなんてことは無い。
ただ、斑藻自身もそんなに面白い話をするわけじゃないしやっぱり退屈はするのかも…。

ああ、そりゃ一緒に走り回れるような友達がいたらと思うけど…。

ユフィ 「ああっ! 君!」

斑藻 「え…?」

桜児 「あ…」

突然目の前に昨日と同じ姿をしたキャモメ種の少女がいた。
たしかユフィ…昨日、そう名乗っていた。

ユフィ 「桜児〜♪ 本当に会えるなんて…」

桜児 「ユフィ…だったよな?」

ユフィ 「名前、覚えてくれたんだ、ありがとうね♪」

ユフィは俺を見つけると俺の腰掛けるベンチに走って駆け寄った。
奇遇も奇遇…まるで運命を感じるな…。

斑藻 「桜児君…誰?」

斑藻は臆病な顔でそう聞いてきた。
俺は素直に。

桜児 「昨日会った…」
ユフィ 「あたしはユフィ、桜児の恋人♪」

俺が言い切る前にユフィが言う。
しかも語弊のありそうな言葉つきで。

斑藻 「え…?」

しかし、斑藻は予想以上に驚いた顔をしていた。
俺も驚いてはいるが斑藻ほどではない。
昨日が一方的ではあるがもう一度あったら恋人という約束があったからな。
まさか有言実行するとは思ってもいなかったが…。

ユフィ 「ねぇ、桜児! 一緒に遊ぼ!」

桜児 「え、ああ…」

ユフィはそう言うと俺の手を取って嬉しそうに走り出す。
俺は有無言わさずユフィにつれられてしまう。
元気な娘のようだ、そっちの方が楽しくていいが…。

斑藻 「あ、桜児…君…」

斑藻の弱々しい声が後ろから聞こえた…気がした。
ちょっとわからない。
気のせいかもしれない。
ただ、後ろを振り返ったとき、あまりに斑藻の顔が悲しそうでつい足を止めた。

ユフィ 「どうしたの、桜児? ほら、あっちで一緒に遊ぼうよ♪」

桜児 「え? あ、うん…」

ユフィは斑藻などまったく目に入っていないらしい。
構わず俺を引っ張る。
俺はこの時…ユフィの側にいた…。
斑藻の側には…いなかった…。


斑藻 「待ってよ…桜児君…」
斑藻 「いや…待ってよ桜児君…あたしを…ひとりにしないで…」
斑藻 「嫌だよ…桜児君…桜児…君…」

聞こえる筈のない斑藻の悲痛な乞いが聞こえる。
子供の時聞けなかった斑藻の心の声。
夢の中で…今になってやっと聞けている…。
俺はあの日から斑藻の側ではなくユフィの側にいた。
無意識のうちに俺は斑藻を意識しながらも俺はユフィと一緒にいたんだ。



チュンチュン…チチチ…。

桜児 「寝た気がしない」

気がついたらまるで眠気がないまま意識が覚醒していた。
酷く長く、そして懐かしい夢を見ていた気がする。
ただ、何も思い出せない。
最近そんなことが多い…もしかして痴呆?
いや、さすがにこの若さでそれはないだろう。
ただ、今日もこれから自警団としての仕事が始まるんだな…。

ユフィ 「あら? 起きていたの?」

桜児 「…ノック位してくれ」

部屋にはユフィが入ってきた。
ユフィはノックもせず間髪いれずに人の部屋にはいってきたのだ。
ユフィはこの自警団寮の宿長なので当然マスターキーを持っている。
そのためほぼ毎日こうやっては俺の部屋に勝手に上がりこんでくるのだ。
仮にも男の部屋だぞ?

ユフィ 「だって〜、普段桜児ったらネボスケだもの」
ユフィ 「いっつも私が起こしてあげているでしょうに…」

桜児 「……」

たしかに俺は昔から朝が弱い。
今日のような日はかなり珍しいのだ。
だが、それがノックをしないことと関係のないことは確かだ。

桜児 「…?」
桜児 「そういえば、そのストールは?」

よく見るとユフィは赤いストールを着ていた。
下は俺でなかったら鼻血ものの赤いミニスカートだった。
抜け目なく除けないようにはしているようだ。
傍から見るとサンタだな…。
クリスマスはまだ先だが…。

ユフィ 「えっへへ♪ 何となくね、どう? 可愛いでしょ?」

ああ、確かに可愛いと思う。
ユフィは進化前のせいか結構実際より幼く見えるからな。
ただ、童顔ではあるが身長は160もありやがる…。

桜児 「…あれ? 眼鏡は?」

ユフィ 「眼鏡? 私眼鏡ならとうの昔にコンタクトに変えてるけど?」

桜児 「…そうだっけか?」

ユフィ 「桜児ったらへんなの」

言われてみればたしかにユフィは眼鏡をつけていなかったはず。
だが、何故か記憶には眼鏡をつけた赤い服に身を包んだ少女、ユフィの姿があった。

桜児 (斑藻…?)

そして、何故か関係のない筈の昔の斑藻が思い浮かんだ…。
本当に何故なんなんだろうか?

ユフィ 「あっと、それより早く着替えて着替えて! さっさと仕事に行くわよ?」

桜児 「ああ…」

俺は慌しくユフィに急かされて服を着替えるのだった。
そして、今日も慌しくも暇な一日が始まるだろう…。










To be continued















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