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Rozen Maiden 〜eine neue seele〜



第1話 『出会い 〜Begegnung〜』




『某日 某時刻 ???????』


ゴゴゴゴゴゴゴ……

…音が聞こえる。
これは…何の音?
空気が擦れる音。
私は…どこにいるの?

? 「あなたは…だぁれ?」

今度は声が聞こえる。
どこかで聞いたことのあるような声だ。
でも、よくわからない…

? 「私は…だぁれ?」

声は尋ねる。
その声は、私に向かって言っているのだろうか?
私には…何も見えない。
ああ…そうか。
目を…閉じているから、見えないんだ。

私 「……?」

私は、目を開く。
すると、両の眼に白いドレスを着た少女の姿が見えた。
少女の右目には、白薔薇のアクセサリーが着いており、そのアクセサリーに隠れて、右目は全く見えない。
いや…もしかしたら、右目自体が無いのかもしれない。
何故か、私はこの少女を知っている気がする。
いや…ただの少女じゃない。
この少女は…

少女 「ふふ…目覚めたのね」
少女 「おはよう…もうひとりの私」

少女はそう言って私に微笑む。
少女の言葉は、どこかおっとりとしており、静かな声だった。

私 「………」

少女 「私の…体」
少女 「あなたの体…私に、頂戴」

私 「!?」

少女はそう言うと、歯を見せてニヤリと笑う。
瞬間、私の背中に戦慄が走った。
動かなければマズイ…本能的にそう思った。
でも…私の体は、全く動かなかった。

私 「…?」

私は自分の体を見る。
すると、私の体には幾重もの茨でぐるぐるに巻かれていた。
私の体は大の字に縛られていたのだ。
身動きは…取れそうに無い。

少女 「つ〜かま〜えた♪」

そう言って、まるで蜘蛛の様な体勢で、私の足元から這い上がってくる。
私は抵抗ひとつできず、それを見守ることしかできなかった。
だけど、疑問が浮かぶ。

私 (…重さが、無い?)

少女はゆっくり…と、ゆっくり……と、私の体をよじ登ってくる。
だけど、不思議と重さを感じなかった。
まるで、空気のようだ…この娘の体重が、まるで感じられない。

少女 「いい娘ね…私の体」
少女 「うふふ…私の、か〜らだ♪」

やがて、少女は私の顔の前に自分の顔を迫らせる。
少女の瞳には、どこか色が無かった。
いや、無いと感じた。
まるで、虫や動物のように…何かを貪りに来たような…そんな瞳?

私 (私…私……は)

私は、必死に何かを思い出そうとする。
だけど、何も出てこなかった。
自分の名前…自分の生まれ…自分の事。

少女 「ふふふ…うふふふふ……」

少女は私の頬に自分の頬を摺り寄せる。
感触を楽しむかのように、私に纏わり着いた。
だけど、やっぱりこの娘からは重さを感じられない。
触られている…そんな感覚はあるけれど、微々たる物だった。

私 「…私、は…誰?」

少女 「あなたは…誰?」

問い返される。
私は、誰?

私 「あな…たは?」

少女 「…私は…だぁれ?」

繰り返し。
何も答えなど返っては来なかった。
ただ、私はもうすぐ消えてしまう。
そんな予感だけが…あった。

キィィィィィィンッ!!

少女 「!?」

バッ!

突然、私を縛っている茨の中から、光が溢れる。
その光に驚いたのか、少女は私の体から素早く離れた。

私 「…?」

パァァァァァ…ッ! ヒュンッ!!

少女 「………」
少女 「……」
少女 「…消えちゃった」
少女 「私の、からだ…また、探さないと」





………………………。





『某日 時刻9:00 高峰宅』


ピンポーーンッ!!

? 「………」

ピンポーーーンッ!!

? 「あーー!! 何だってんだ!!」

俺は、朝っぱらからうるさく鳴るインターホンに起こされる。
渋々体を動かし、俺は半袖と短パンの姿で玄関まで出る。
髪が滅茶苦茶になっている気がしたが、無視した。

配達員 「高峰さーん! お荷物を届けに…」

高峰 「あー! はいはい!!」

俺は勢い良く玄関のドアを開け、配達員を出迎える。
一体、こんな朝から、何の荷物が…って!?

高峰 「な、なんじゃこりゃ?」

俺の目の前には、それなりに大きなダンボールがあった。
直径にして…1メートルはあろうかと言う正立方体だ。
俺は、サインをしてその荷物をとりあえず受け取ることにした。
着払いでも、代引きでもねぇな…送り主は、聞いたことも無い場所だ。
もしかして、これが噂に聞くマルチ商法!?(違います)

高峰 「ちっ…しゃあねぇな」

俺はそのダンボールを家に入れる。
大きさはともかく、そんなに重いもんじゃなかった。
俺はそのままダンボールを持って、中に入っていく。
ちなみに、俺の家は4畳半のアパートだ。
こんなでかい荷物が入った時点で、狭いっつーの。

高峰 「ったく…何なんだこれ?」

ビリビリビリッ!!

俺は包装を破って、ダンボールを力強く開ける。
中にはぎっしりと緩衝材が敷き詰められており、俺はがさがさと中に手を入れていった。
すると、ヒラリと一枚の封筒が足元の畳に落ちた。

高峰 「…納品書か?」

俺はそう思って封筒を見るが、何も書かれていなかった。
無地の封筒だ。
俺はその封筒を破り開け、中の紙を取り出す。
三つ折に畳まれていた、A4の白い紙が現れ、俺はそれを開いて内容を読む。

高峰 「…何じゃこりゃあ?」

見ると、印刷で書かれている日本語の文字の羅列が眼に入る。
俺は鬱陶しくも、その文字を読んだ。

高峰 「高峰 オウ様…おめでとうございます、あなたはとても幸運な方です」
高峰 「幸運に恵まれているあなたへ、この品物をお届けします…以下の質問にお答えいただき、本紙を外に投げ捨ててください」
高峰 「…怪しい」

かなり怪しい。
ちなみに、高峰 オウとは俺の名だ。
年は16歳で高校1年。
身長は170あるが、スポーツは何もやってない。
高校っつっても、頭は悪く、そんなにいい学校じゃない。
一応共学だが、まぁぼちぼちって感じだ。
俺はむしろ俗に言う不良という奴で、そっちでは結構名の知れたワルだ。

オウ 「ちっ、一体何が入ってんだ?」

ガササッ!

俺はかなり疑いながら、ダンボールの中を確認する。
すると、何も入っていなかった。

オウ 「何じゃこりゃ…品物って、何も入ってねぇぞ?」
オウ 「どうなってんだよ…」

俺はもう一度紙を確認する。
すると、見忘れていたが、一番下の方に、何やら選択肢が書かれていた。

『まきますか まきませんか』

オウ 「…はぁ?」

俺は絶句する。
そりゃそうだ…何だこの選択肢は!?
まきますか、まきませんかって…何のことを言ってんだ?

オウ 「怪しいな…全く荷物に心当たりはねぇし、嫌がらせか?」
オウ 「オカルトの類かもしれねぇ…しかし」

俺は、妙な期待感を抱いてしまう。
何故かはわからない…ただ、気持ちが高まっていた。
今まで、俺はつまらないことばかりだった。
高校に入ったはいいが、校内の奴らとはウマが合わず、いつもケンカばかりだ。
そんな微妙な俺の生活に…いきなりこんな展開か?
仮に嫌がらせだったとしても、特に気にしなくてもいいかもしれねぇ。

オウ 「…質問の意味がわからねぇのも気持ち悪ぃしな」
オウ 「うしっ、『まきますか』っとぉ!!」

俺は畳みの上にたまたま転がっていた赤ペンで大きく○で、『まきますか』を囲んだ。
んで、これを外に投げ捨てろって言ってたな。

オウ 「どうせなら、紙飛行機にでもして…」

俺は小学生時代に培った、紙飛行機テクを生かして紙を畳んでいく。
1分もしない内、俺の力作が完成する…う〜む、我ながら先鋭的だ♪


オウ 「んじゃ、アバヨっと!」

俺は紙飛行機を窓から飛ばす。
ここは2階で、窓の向こうは川が流れてる。
俺は飛ばした飛行機を見送りもせず、ただひとつ残った問題と立ち向かう。

オウ 「…このダンボール、どうしてくれよう?」

たった一枚の紙切れに大層な包装をしやがって!

オウ 「ま、まさか…それ自体が嫌がらせ!?」

そりゃあ、鬱陶しいことこの上ない。
何でまた、こんな捨て辛いもんを…

オウ 「はぁ…放っとくか」

俺はそう思いながらも、ダンボールのフタを閉めようとする。
と、その前に散らかした緩衝材を再び中に詰めようとした、その時。

コツッ!

オウ 「…あれ?」

突然、ダンボールの中に手を入れた指先に手応えを感じる。
何か硬い物に当たった感じだ。
俺は、ガサゴソと緩衝材を掻き分け、中を再確認する。

オウ 「…ん? こりゃあ、鞄…か?」

俺は何も入ってなかったはずのダンボールの中身に鞄らしき物を見つけた。
おかしいな…確かに何も入ってなかったはずなんだが。

ガササササッ!!

俺は右腕一本で鞄を引き抜き、畳に置く。
緩衝材が再び散らばったので、もう一度ダンボールに直しておいた。

オウ 「…開くのか? って言うか、もしかしてこれが商品?」

俺は期待と不安を胸に抱きながらも、鞄を開ける。
茶色っつーか、何つーか、そんな感じの色だな。

ガチャ…キィィ……

オウ 「うっ!?」

バタンッ!!

俺は中身を見て声をあげる。
何と、中に入っていたのは…予想だにしない物だった。

オウ 「…冗談きついぜ、オイ」

俺はしばし熟考し、もう一度鞄を開ける。

ガチャ…キィィ……

オウ 「……」

そして、徐に俺は中に入っていた、『人形』を取り出す。
大きさは1/2スケール位か? かなりでかいな、MGの○ンプラ以上だぜ。
人形は薄紫の色で、ロングヘアーにワンピース(?)
徹底的に紫だな。
左目に薔薇のアクセサリが着いてる…脱着可能か!?
もしかして、ビームライフルとかも着いているのだろうか?と期待に胸を膨らませるが、残念ながら入っていなかった。
BB弾の同根も無い…ギミックは!?

オウ 「畜生…何なんだこの人形?」

俺は、鞄を見ると、何やらネジがあることに気づいた。
ゼンマイ…か?

オウ 「ま、まさか…○OIDOの様に動くのか!?」

良く見ると、人形の背中には穴があり、どう考えてもこのネジを差し込むと思われた。
俺は再び期待に胸を膨らませる。
これでも小学生低学年位のころは、プラモや模型に憧れたもんだ!

オウ (まぁ、貧乏だったから何も買えなかったがな)

俺には、小さい頃から両親がいなかった。
しばらくの間は孤児院で預かられ、育てられた。
とはいえ、いつまでも厄介になり続けるのは俺のプライドが許さなかった。
俺は高校に入ると同時、アルバイトをしながらひとりで生活をすることにした。
幸い、学校からも容認されており、俺は特別にアルバイトを許されている。
まぁ、そんな給料のいいバイトじゃないが、何とか学費と生活費は払っているのが現状だ。
それだけに、あんまりいい物も食えないが。

オウ 「い〜と〜まきまき〜い〜と〜まきまき〜」

俺はそんなことを口ずさみながら、ゼンマイをセットして巻く。
すると、キリキリと音をたてながら、人形に命が吹き込まれていく…って、詩人じゃあるまいし、命はねぇか。

オウ 「悪い子はいねがぁ〜って!?」

カタカタカタ!!

ゼンマイを巻き切ると、人形はカタカタと震え始める。
そして、二本の足で何と歩き始めたのだ。

オウ 「す、すげぇ!! ○ーミーネーターみてぇ!!」

俺は驚愕し、そんな中、人形は閉じていた眼を開いた。
まるで、生きているかのようなその動きに、やがて震えは収まり…人形から淡い光が放たれた。

オウ 「!?」

パァァァァ…

数秒後、光は失われ、俺は人形と眼を合わせてしまう。
無感情なその表情に、俺はしばし呆気に取られた。

人形 「……」

オウ 「……」

人形 「…あなたは、誰?」

オウ 「……」

俺は言葉に詰まる。
い、今…何か聞こえたか?

人形 「……」

オウ 「…?」

俺は窓から外を見るが、別に誰もいない。
空耳…か?

人形 「……」

オウ 「あれ?」

俺は人形の方を振り向くが、人形がいなかった。
俺はキョロキョロと見渡すも、全く見当たらない。
鞄はあるが、中に入ってもいない。

オウ 「ど、どこに…!」

人形 「…?」

見ると、足元にいた。
近すぎて気づかなかったぜ…。
しかし…

オウ 「どうなってんだこりゃ…最近のプラモはすげぇな」

俺は人形を持ち上げてみる。
重さは…プラモじゃねぇな、かと言って超合金でもない。
まさに人形…か、フィギュアってこんなのか?

人形 「……あ」

オウ 「……」

俺は人形の顔の側に自分の顔を近づける、すると…人形の眼と口がわずかに動く。
後…何か喋った。

オウ 「…オ、オッス」

人形 「…おっ、す?」

復唱する。
人形は確実に唇を動かして喋った。
ちなみにCGではない!

オウ 「………」

トス…

俺は畳みの上に人形を優しく置く。
すると、人形はトコトコと俺の足元に近づいてきた。

人形 「……私は、誰?」

オウ 「…いや、そんなこと聞かれても」

俺は答えようの無い質問に戸惑う。
この人形には名前が必要なのだろうか?
しかし、普通商品名とか記載されてそうなものだが…見当たらんな。
俺が戸惑っていると、人形は勝手に動き始めた。

人形 「………」

オウ 「あ、おい! そっちは危な…!」

ピョンッ!

人形は、何を考えたのか、窓の枠にジャンプし、俺が開けっ放しにしていた窓から飛び降りる。
ここは2階で、下はドブ川だ!
落ちたら、洒落に…って!?

人形 「………」

ピョンピョン!!

何と、人形は器用にドブ川に浮かんでいるゴミの上を飛び跳ねていく。
忍者かあいつは!?
しかし、これはマズイのでは?
俺は嫌な予感を抱きつつも、追いかける決心をした。



………。
……。
…。



人形 「…私は、誰?」
人形 「私を知っているのは誰?」

私は、何も覚えていなかった。
一体、何がどうなっているのかもわからない。
私は何? 私は誰? ここは…どこ?

何もわからない…けど、何かがあそこにいる。
私はそんな期待と共に、ひとつの家に辿り着いた。

私 「………」

ブゥゥ…ン…

私 「…!?」

私は一瞬、何かのヴィジョンを捕らえる。
何故…? 私は…ここを、知っている?

私 「………」

私は家の門に書かれている、ネームプレートを見た。
そこに書かれている名前は…『桜田』

私 「………」

スタスタスタ…

私は黙って門をくぐる。
そして、ドアの前に立つも、開ける事は不可能と気づく。
私は横の庭に出てみた。



………。



私 「………」

少年 「こらーーーーー!! お前なーー!!」

いきなり、そんな声が聞こえてくる。
少年の叫び声だ…何故か、聞き覚えがある。
私は、庭の窓から見える、不思議な光景に、立ち尽くしていた。

少女 「いちいちうるさいですぅ! チビ人間!!」
少女 「そもそも、悪いのはチビ人間の方ですぅ! 翠星石が折角心優しくしてやろうというですのに!」

『翠星石』…少女はそう名乗った。
いや、ただの少女じゃない…私と同じ様な大きさの『人形』だ。
緑色のドレスに身を包んでいる、両目の内、片目だけが違う色をしている。

私 (人形…私と同じ……夢で見た、白い人形と同じ)

私は『夢』で見た光景を思い出す。
唯一、それだけが覚えていることだった。

? 「少し静かにしなさい…ティータイムの邪魔をしないで」

翠星石 「そうですぅ! チビ人間は静かにするです!」

少年 「く〜!! お前ら…本当に!! …ぅっ!?」

私 「………」

突然、私と少年とで眼が合う。
少年は私を見ると、顔を蒼くし、驚いた表情をした。
そして、近くに立っていた翠星石と言う人形もこちらを見る。
更に、椅子に座ってティーカップを優雅に持っている、赤い服の人形もこちらを見た。

翠星石 「ば、薔薇…し、真紅!!」

翠星石は椅子に座っている人形に叫ぶ。
真紅…真紅?
私は…その名前に何かを感じる。
真……紅…

真紅 「…ば、『薔薇水晶』?」

少年 「そ、そんな…確か、あの時バラバラに…」

バラバラ…?
私は驚いている皆の表情を見渡し、考える。

ブブッ!!

私 「!?」

私は頭を抱える。
何か、嫌なヴィジョンが見えた。
何故? あの光景、は…?

私 「…真、紅……翠、星…石?」

翠星石 「ま、まさか…生きているとは思わなかったですぅ!」
翠星石 「でも、今度こそ復活できないようにバラバラにしてやるですぅ!!」
翠星石 「『スィドリーム』!!」

パァァァッ!!

私 「!?」

突然、翠星石は何かを叫び、いきなり緑の光を右手に集める。
そして、そこから現れた如雨露(じょうろ)を私に向かって振るった。

ガシャァァァンッ!!

少年 「こ、こらっ!! ガラスごと割るな!!」

翠星石 「うっさいですぅ! 先手必勝ですぅ!!」

ドガガガガガッ!!

私 「!?」

翠星石の如雨露から水が噴出し、私の足元に散らばる。
そして、数秒もしない内に足元から巨大な木の根が生え、私の体を縛った。

私 「……?」

翠星石 「どうだですぅ!! このまま翠星石が引導を渡してやるですぅ!!」

真紅 「待つのよ翠星石!! 様子がおかしいわ…」

猛る翠星石を真紅が制する。
私は、その光景を見ることしかできなかった。
体は動かない…あの夢と、同じ?

『あなたの体…私に、頂戴』

私 「!?」

あの時の言葉が頭の中で鳴り響く。
私は瞬間、体の内から『力』を開放する。

バァァァンッ!! ガガガガガガッ!!!

翠星石 「きゃああっ!!」

少年 「うわぁっ!!」

真紅 「翠星石! ジュン!!」

私 「……?」

気がつくと、私は紫水晶の上に立っていた。
木の根は無残に引き裂かれ、地面に散らばっている。
私は、ゆっくりと地面に降り立った。

ヒュゥ…ストッ

翠星石 「くぅっ…! よくもやりやがったですねぇ!!」

私 「…私は、誰?」

少年 「…え?」

真紅 「薔薇水晶?」

真紅は私に向かって、そんな言葉を投げかける。
薔薇…水晶?

私 「…薔薇……水、晶?」

翠星石 「何言ってやがるです! おちょくるのも大概にするですぅ!! お前は、槐(エンジュ)が作ったバッタモンの人形ですぅ!!」
翠星石 「これ以上、手を出すなら、本当に容赦せんですぅ!!」

そう言って、再び翠星石は如雨露を構える。
私は、ただその動きを見ていた。

少年 「お、おい待てよ翠星石!」

翠星石 「チビ人間は邪魔だから引っ込んでるですぅ!! チビ人間は弱っちぃんだから、後ろで引きこもって翠星石に力を与えるですぅ!!」

そう言って、翠星石は大声で怒鳴る。
すると、今度は真紅が。

真紅 「待ちなさいと言ったでしょう、翠星石! 薔薇水晶は直接私たちには攻撃していないわ!!」

そう言って真紅が大声で翠星石を止める。
すると、翠星石は何やら唸りながら、反論する。

翠星石 「ぅぅ…! 何言ってやがるですか真紅! 以前コイツにやられたことを忘れたですか!?」
翠星石 「翠星石は忘れないです! こいつのせいで…蒼星石は!!」

真紅 「忘れてなどいないわ…勿論」
真紅 「でも、だからこそ! 今は待ちなさい!!」

少年 「…真紅」

私 「………」

私は、その光景を黙って見ていた。
そして、真紅はおもむろに右手を掲げ、声を発する。

真紅 「ホーリエ!」

ヒュンッ!

私 「…?」

真紅の手から紅い光が私の周りを飛び回る。
私はそれを目で追うも、かなりのスピードに追いきれなかった。

ヒュンッ!

真紅 「…もういいわ、戻りなさい」

パァァ…

紅い光は真紅の手に戻り、消える。
翠星石は未だにこちらを警戒しているようだった。
少年…ジュン、と呼ばれていた?
その少年は、何故だか私を哀れむかのような眼で見つめていた。

真紅 「まずは、この状況をどうにかしましょう…」

ジュン 「やれやれ…結局そうなるのか」

翠星石 「な、何を呑気に…敵が目の前にいるのですよ!?」

真紅 「少し落ち着きなさい…薔薇水晶は何もしてこないじゃないの」

そう言って、真紅は割れたガラスや、飛び散った水晶を『元』に戻し始める。
正確には、時間を戻しているようだ。
何故だか、それが私にはわかっていた。



………。



やがて…何事も無かったかのように、桜田家は元通りに戻った。
その後、私は家の中に招き入れられ、椅子に座らされた。



………。
……。
…。



私 「………」

ジュン 「…ほら」

私 「…?」

ジュンは私の前にカップを差し出す。
飲み物のようだ。

ジュン 「…紅茶だよ、インスタントだけど」

真紅 「全く…客が来た時位、もっといい物を出しなさい」

そう言って、真紅は紅茶を飲む。
私の正面には真紅が座っている。
左に翠星石、そして右にジュンが座った。
真紅は、ティーカップを置き、言葉を放つ。

真紅 「…薔薇水晶、この名前に覚えはある?」

翠星石 「真紅…一体、何言って…」

真紅 「……」

翠星石 「う…わかったですぅ」

翠星石は何かを言おうとしたが、真紅に一睨みされ、渋々黙る。
私は、真紅の問いに首を傾げた。

私 「…薔薇、水、晶?」

真紅 「…やっぱり、記憶が」

ジュン 「ど、どうなってるんだ?」

翠星石 「馬鹿馬鹿しいですぅ…ドールが記憶喪失だなんて、聞いたことも無いですよ」

真紅 「ええ、確かに無いわ…私たち『ローゼンメイデン』の姉妹では、ね」

ジュン 「…そうか、薔薇水晶は、ローゼンが作った人形じゃない、から」

翠星石 「はっ、とんだ欠陥品ですぅ! あの程度で記憶を無くすようじゃ手抜きもいいとこですぅ!」

翠星石はそう言って、両手の掌を上にし、首をゆっくり横に2〜3回振って、息を吐く。
馬鹿にしている…らしい。

ジュン 「…まぁ、とりあえず、敵じゃない…のか?」

真紅 「それはわからないわ…記憶が無い時はまだしも、もし戻ってしまったら…」

翠星石 「だから! 今の内にやっとくですぅ! これはチャンスですよ!!」

そう言って、翠星石は私を指差しながら真紅に叫ぶ。
私は…敵?
敵は…誰?
敵は…何?

ジュン 「…あんまり物騒なことは言うなよ」
ジュン 「戦わなくていいなら…それにこしたことなんて、ない」

そう言って、ジュンは俯く。
何かを思い出すかのように…そして、何かを噛み締めるかのように、ジュンは唇を噛んだ。

翠星石 「ジュン…それでも、翠星石は…」

真紅 「…気持ちはわかるわ、蒼星石を失ったあなたですもの…許せるわけが無い」
真紅 「…例え、この娘に記憶が無くても、私たちはあの戦いを覚えているのだから…」



………。



途端に、場が静まり返る。
空気が重い…と言えばいいのだろうか?
とにかく、そんな感じだった。
やがて、堰を切ったように翠星石がガタンッ!と椅子から飛び降りる。

翠星石 「もう、勝手にするです…今回だけは見逃してやるですぅ」
翠星石 「だから、さっさと消えやがれです…」

スタスタスタ…

そう言って、翠星石はこの場を去っていった。
ジュンは、はぁ…ため息を着き、真紅は紅茶を飲んでいた。

真紅 「…どうしたものかしら」
真紅 「もし、行き場が無いとなると…問題かもしれないわね」
真紅 「水銀鐙なんかに見つかりでもしたら、大事だわ」

ジュン 「確かに…でも、翠星石があれじゃ、ここに置くのもなぁ」
ジュン 「なぁ、真紅…そういえばずっと気になってたんだけど」

ジュンは私を見て、何かを真紅に尋ねる。
真紅はカップを置き、ジュンを見た。

真紅 「何かしら?」

ジュン 「いや、薔薇水晶の左手…薬指の所」

真紅 「…あ」

私 「?」

ふたりが私の左手に注目する。
見てみると、私の左手薬指には、『指輪』があった。
綺麗な薄紫の薔薇の模様。
ふたりはそれを見ていたのだ。

真紅 「…契約の指輪? 以前は着いてなかったはずの…」

ジュン 「だよな…ってことは、もしかして」

真紅 「…そう、そうなのね」

ふたりは、何故か納得したようだ。
そして、真紅は私に向かって。

真紅 「…もう、行きなさい」
真紅 「あなたの居場所は、ここじゃないわ…」
真紅 「あなたも、自分で居場所を探してみなさい」

ジュン 「…い、いいのか? ひとりで行かせて」

真紅 「かと言って、何かできる?」
真紅 「私は外に出たくないし、あなたも不用意に出歩きたくは無いでしょう?」

ジュン 「う…そりゃ、そうだけど」

ふたりは何かを相談し始める。
だけど、結論は変えられないようだった。
そして、真紅は私に向かって、最後にこう言った。

真紅 「…覚えておきなさい、あなたの名前は『薔薇水晶』」
真紅 「生まれた経緯はどうであれ、私たちとは親戚のような物よ」
真紅 「あなたが、もう戦わないと言うなら…きっと、その方がいいかもしれないわ」

私 「…薔薇、水晶」
私 「私の…名前」



………。
……。
…。



『時刻12:00 河川敷』


オウ 「畜生! 全然見つからねぇ!!」
オウ 「はぁ…腹減った〜」
オウ 「畜生、残金300円かよ…もう少しで給料日だけど、どうすっかなぁ」

俺は財布の中身を見て迷う。
バイトして生活している以上、切羽詰っているのは当然だ。
本来なら、日曜日である今日も働かなきゃならない。
今日に限っては、久しぶりの休みだと思えば、こんな事件だ。

オウ 「はぁ…あいつ、どこ行ったのかなぁ」

俺は、どこかへ去ってしまった紫の人形を思い出す。
結局、何がなんだかわからないままだった。
もう…帰ってこないんだろうな。

クイクイ…

オウ 「ん?」

俺は河川敷に座って黄昏ていると、突然背中のシャツを引っ張られる。
そのまま後ろを向くが、何もいなかった。

オウ 「あら? 気のせいか…」

と、思った時、背中に重みを感じた。
俺はもしやと思い、バッ!と立ち上がる。

人形 「!?」

ストッ!

予想通り、あの『人形』が背中を引っ張っていたのだった。
俺は頭を抱え、深いため息をついた。

オウ 「はぁ…今までどこ行ってたのか」
オウ 「結局、お前は何なんだ?」

俺は、若干の人目を気にしながら、その場で屈む。
要するにヤンキー座りという奴だ。

人形 「…私、は」
人形 「薔薇…水、晶」

オウ 「…ばらすいしょう?」

人形 「私の…名前」

オウ 「ばらすいしょう…バラスイショウ…薔薇、水晶?」

俺は頭の中で復唱するが、どうすればいいのか思いつかなかった。
とりあえず名前と言うことで、俺は納得する。

オウ 「バラスイショウねぇ…長い名前だな、あだ名でもつけっか!?」

バラスイショウ 「…あだ名?」

オウ 「おう! そだな…単純にバラスイ? う〜ん、変なところで略すのもアレか」
オウ 「うっし、とりあえず家帰るぞ! 腹減ったからな!!」
オウ 「…とりあえず、お前はポケットに入れ!」

バラスイ 「!?」

ガササッ!

俺はバラスイを上着の中にあるポケットにねじ込む。
さすがにこのサイズの人形は入るわけも無く、不用意に襟の辺りから飛び出ていた。

オウ 「む、無理か…」

バラスイ 「……??」

バラスイは、キョトンとした顔で俺の行動と表情を見ていた。
俺はこの際、ダッシュで帰ることにした。
とりあえず、こいつには手も足もある!
バラスイを俺の上着にしがみ付かせ、俺はエロ本を隠し持つかのような、いかにも怪しく恥ずかしい走法を試みる羽目になった。
畜生…



………。
……。
…。



『時刻12:30 高峰宅』


オウ 「…はぁ、着いたか」

バラスイ 「………」

ストッ

バラスイは、家に着くと軽快に俺の上着から着地する。
何つーか、こいつ本当に人形なんだろうか?
もしかして小人さんなのでは?

オウ 「まぁ、いいか…目の前が現実だ」

俺は部屋の鍵を開け、バラスイと一緒に中に入った。



………。



オウ 「おう、こっち来い!」

バラスイ 「…?」

バラスイは、相変わらずのキョトンとした顔で、俺の足元に寄ってくる。
俺の身長から差し引くと腰位の高さか…やっぱでかいな。

オウ 「…お前、人形なんだよな?」

バラスイ 「………」

バラスイはコクリと頷く。
やっぱそうか…って、違うだろ!

オウ 「いや、仮に人形だとしてもだ! 何で喋れるんだ!? 何で動ける!?」
オウ 「ゼンマイが普通切れるだろ!」

バラスイ 「…わからない」
バラスイ 「私は…人形…『薔薇水晶』…それだけしかわからない」

バラスイは、一瞬悲しそうな表情をした。
俺は、何だか悪いことをしたかのような錯覚を覚える。
畜生…まるで人間じゃねぇか。
しかも、よく見ると普通に可愛いし。

オウ 「あ〜! わかったもういい!!」
オウ 「とりあえず、どっか適当に休んどけ! って、人形に言うセリフじゃねぇのか?」
オウ 「俺は秘伝のカップ麺を食う!」

バラスイ 「…カップ、麺?」



………。



オウ 「いただきます!!」

バラスイ 「……?」

俺は、お湯を入れて3分の有名なカップ麺をいただく。
この味だけは、譲れんね!
他のカップは全部邪道だ!!

オウ 「ん〜!! うめぇ!!」
オウ 「はふはふっ! あっち!!」

俺は、そんなカップ麺と格闘する。
すると、バラスイがじっ…とこちらを見ていることに気づいた。

オウ 「…な、何だ?」

バラスイ 「………」

バラスイは無言で一直線に俺の手を見る。
いや、違う…持っている物を見てやがる!

オウ 「ま、まさかな…人形だし」
オウ 「おっと!!」

俺はわざとカップ麺をこぼす振りをする。
オーバーリアクションのために、かなり勢いよく動いて汁が飛び出た。
そして、それを凄い勢いで首ごと振って追いかけるバラスイ。
やはり!

オウ 「…お前、もしかして食事とかするわけ?」

バラスイ 「食事?」

わかっていないようだ。
だが、きっとあれは本能的に反応しているように感じた。
こいつは…獲物を狙っているんだ!!

オウ 「…しゃあねぇな、こいつは秘伝だからやれん!」
オウ 「だが、代わりの物を持ってきてやる! ただし! あくまで非常食だ!!」

そう言って、俺は冷蔵庫に保管していた、ある物を取り出し、それを皿に移して、レンジでチンした。
温めている間にラーメンは食い終える。
そして、レンジが鳴ると、俺はそれをバラスイの前に出してやった。

ホカホカ…

バラスイ 「???」

オウ 「美味いかどうかは、多分微妙だ! 何せ、普通冷やして温めなおそうとはあまり思わんからな!」
オウ 「さぁ、食えるもんなら食ってみろ!!」

俺は自分でも意味不明な言葉を放ち、得意げにバラスイへ促した。
一応、爪楊枝を刺してあるので、大丈夫の…はず。

バラスイ 「………」

お、動いた!
バラスイは右手をそ〜っと動かし、爪楊枝の先を掴む。
そして、バラスイはそれを引っ張り上げた。

オウ (食うのか? 食うのかぁ!?)

俺は期待に満ち溢れ、バラスイの動きを見守る。
するとバラスイは、自分の口サイズでは、とても一口では食べられない『たこ焼き』を確かに口にした。
バラスイは驚いたような顔をし、口元のソースを指で拭った。

バラスイ 「……」

オウ 「う、美味いか?」

バラスイ 「………」

バラスイは考えつつも、食べ続けた。
そして、バラスイは更に驚き、動きを止めた。

バラスイ 「……何か入ってる」

オウ 「ふっふふ…! それぞ、まさに神秘! 何せ『たこ焼き』だからな!!」

バラスイ 「…たこ焼き?」

バラスイは知らないようで、俺は得意げに語ることにした。
読者には必要ないので、その部分は省略する!
決して面倒だからではない!



………。



オウ 「…と言う、食べ物だ」

バラスイ 「……美味しい、と言うの?」

オウ 「いや…俺に聞かれても、ぶっちゃけ…出来立てに比べたら全然ダメだし」

バラスイ 「……」

バラスイは何かを考えたようだが、結局無言でたこ焼きを食べつくした。
12個皿に乗っていたが、全部食いきるとは…あの人形の腹はどうなってるんだ?
そもそも、消化できるのか?
とかく謎が多い…しかも、本人は自覚無いときてる…自分のことを何にも知らねぇなんてなぁ。

オウ (一体、誰が何の目的でこいつを作ったんだ? そもそも…何で俺の所に?)

考えれば考えるほど、疑問は飛び出す。
だが、その謎を解き明かせるほど、俺たちは情報を持っていなかった。
これが…俺と薔薇水晶との出会いだった。
これから先…俺と薔薇水晶は、とんでもない事件に巻き込まれていく。
それは、日常とは程遠い、俺にとっては夢のような日常へと…変化していくことになる。



…To be continued




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