Menu
BackNext




Rozen Maiden 〜eine neue seele〜



第7話 『記憶 〜Gedachtnis〜』




『某日 時刻10:00 高峰宅』


オウ 「ふぁ〜あ…ったく〜、よく寝たぜ」

今日は休日で、俺は長めに寝た。
昨日は、虹孔雀のせいで、散々だったからな…やれやれ。

コキッ! コキキッ!

俺は首を左右に傾けて鳴らす。
最近、妙に体が凝るな…って、この指輪を着けてからだな絶対。
俺は指輪を改めて見てみる。
時折、妙な輝きを放つこの指輪。
契約の指輪だそうだが、この指輪を介してバラスイに力が送られるらしい。
ただ、厄介なことにこちらから制限できるものではないようで、バラスイが望めばこっちの意思に関係なく力を持っていかれる…とのことだ。
考えるとゾッ…とする。

オウ 「ちっ…こんなにダルい朝は久し振りだぜ」

俺は布団から出て、まずは朝食の準備をする。
で、当然のようにここで固まる。

オウ 「…アホか、食材買ってねぇじゃん」

俺は冷蔵庫開けて、自分にツッコム。
昨日は結局、給料もらっただけで、買出ししてなかったなぁ…
帰ったらいきなりフィールド突入! 戦闘! 終わってバタンQ〜!!
で、今に至ると…やれやれ。
そう言えば、桜田に謝るのもまだだ…まぁ、どうせ勉強しに行くからその時でいいか。

オウ 「おうバラスイ! 起きてるか!?」

俺は叫んでみるも、答えが返ってこない。
もしかしたら、またひとりで出かけているのか?と、思うがまずは鞄を調べてみることに…

オウ 「おう…寝てるのか?」

コンコン…と、俺は鞄を叩く。
だが、何も反応は返ってこない。
バラスイは元々俺より早起きで、こうやって起こすことはまずない。
なので、こう言う初めてのパターンはちょっと戸惑う。
こう言う場合、開けた方がいいのだろうか?
普通、女が寝ているところにいきなり顔出すのはマズイ気がする…

オウ 「……あ〜、どうすっかな」

とはいえ、このまま…と言うのも気が引ける。
まぁ、昨日の戦いの後だしな…寝ていたい、ってのはあるか。

オウ 「しゃあねぇ! そっとしとくか…まずは飯だ」

俺はそう考え、着替えて買出しに行くことにした。





………………………。





『時刻12:00 高峰宅』


オウ 「お〜い、飯だぞ〜!?」

俺は昼飯に炒飯を作ってみた。
久し振りの白い米だが、あえて炒める…これも通だよな。
とはいえ、肝心のバラスイが起きてこない…折角いい出来なんだがなぁ。

オウ 「バ・ラ・ス・イ〜? いい加減起きろ〜!」

ゴンゴン!

俺は強めに鞄を叩いてみる。
だが、一向にバラスイは起きてこない。
…ってか、本当に中に入っているのだろうか?
もし、ここでバラスイがいきなり現れて…

薔薇水晶 「……?」

…何て、奇異の視線(?)を向けられるのは御免だ。
俺は意を決し、中を確かめることにした。
まぁ、人形相手にやましいことはないだろ。

カチャ…

思いの他、簡単に鞄は開く。
そして、そこには…初めて出会った時と同じように、バラスイが眠っていた。

オウ 「……」
オウ 「ヤベッ! 見惚れてた!!」

我ながら、ヤバイと思う…人形に惚れるなよ俺。
しかし、鞄を開けられても眠りこけているのはちょっと驚きだ。

キィィ…

オウ 「おうクリス、おはようさん」

クリスタニア 「………」

キィィ〜

クリスは喜んでいるのかどうなのか、俺の周りを一周する。
意外と軽快で、機嫌は良さそうだ。

オウ 「おめぇも、結構不思議だよな…俺の指輪からいきなり出てきて」

クリスタニア 「……」

キィィ…

クリスは?…と思っているのか、微妙な軌道で動く。
こいつも…ちゃんと考えてんだよな。
人工精霊…とか言ってたっけ。

オウ 「っと…それより、バラスイだ! おい、バラスイ起きろ〜!!」

ゆさゆっさ…

俺は多少強めに揺するが、バラスイはピクともしなかった。
一瞬、俺は血の気が引く。
まさか…死んじまったんじゃ?と、言う縁起でもないことを思ってしまう。

オウ 「おい、冗談止めて起きてくれ! バラスイ!!」

ゆさゆさ!!

バラスイは反応ひとつしない。
うなされる反応さえない…まるで、ただの人形だ。

オウ 「…って、冗談じゃねぇぞ!! おい、バラスイ!!」
オウ 「…バラスイーーーーーーーーーーーーー!!!!」





………………………。





『時刻12:30 高峰宅』


真紅 「…薔薇水晶」

翠星石 「動かないですね…」

結局、俺はあれから家を駆け出して、桜田の家に向かった。
柄にも無く必死で走り…俺は桜田に謝るのも忘れて、真紅に助けを求めた。

オウ 「すまねぇ…呼び出しちまって」

俺は、バラスイの鞄の傍に座り、ふたりに謝る。
事もあろうに、俺は取り乱しちまった。
人形相手に、何やってんだ?…と、普通なら笑われるだろう。
だが、ふたりは断ることなく、駆けつけてくれた。
…実際、いい奴らだよな、こいつらは。

真紅 「…気にしないで、『私たち』にとってもこの娘は気にかかるもの」
真紅 「そうよね、翠星石?」

翠星石 「べ、別に翠星石はどうとも思ってないですよ! って、何で翠星石に振るです!?」

翠は明らかに慌てる様子で真紅にそう返した。
真紅は、その反応を微笑する…なるほど、そういうことね。

真紅 「…ネジは巻いた?」

オウ 「ああ…それでも動かない」

クリスタニア 「……」

キィ…

クリスは主であるバラスイの周りを悲しそうに飛ぶ。
どうすればいいか、まるでわからないようだ。

真紅 「クリスタニアにもわからない…と、なると」

翠星石 「なると…?」

オウ 「……」

真紅は少し考え、翠星石を見る。
翠は、嫌な予感がしたのか、表情を曇らせる。

真紅 「…あなたの出番かしらね?」

翠星石 「う…や、やっぱりそうなるですかぁ〜?」
翠星石 「でも…夢が関係しているとは」

何だか、ふたりだけで会話が成立している。
いくつか気になる単語はあるが、何の意味かまるでわからん。

真紅 「…薔薇水晶はローゼンメイデンではないわ」
真紅 「何かしら、別の原因があるのかもしれないし…」
真紅 「それに、眠ったまま…ということなら、夢で何かが起こっていると、まず考えられるわ」
真紅 「それなら、あなたの分野でしょう?」

真紅はそう説明する。
よくわからんが、翠の奴なら、何とかできるってことか…?

翠星石 「…真紅も着いて来てくれるですよね?」

翠はやや怯えた顔で真紅に聞く。
だが、真紅はあっさりと…

真紅 「ダメよ…私はここで見張らないと」
真紅 「…もし虹孔雀が来てしまったら、どうするの?」

翠星石 「う…た、確かに」

オウ 「な、何か、話がよくわからねぇんだが?」

俺はいい加減、聞いてみることに。
すると、ふたりは少し考え…

真紅 「…とにかく、行けばわかるでしょう」

翠星石 「はぁ…最悪ですぅ〜…真紅、ヤンキーを頼むですぅ」
翠星石 「…スィドリ〜ム」

カァァッ…

オウ 「?」

翠はいきなり緑の光…って、あれがスィドリームとか言うのか。
って、それを出して如雨露を出した。
う〜む、あれはあれで便利そうだな。

真紅 「ふっ!」

ドガァッ!!

オウ 「ぐふっ!?」

俺は突然、後頭部を強打される。
硬さから言って、おそらく棒…?
予想外の打撃に俺はあっさりと気を失い、前のめりに倒れこんだ…

ドサッ!

翠星石 「…やれやれ、ですぅ」

カァァ…

私は力を解放して光を放つと、寝ているヤンキーの真上に『夢の扉』を開く。
この扉を介して、私とヤンキーでバラスイの夢を調べるです。

翠星石 「じゃあ、行って来るですよ…真紅も、気をつけて」

真紅 「ええ、あなたも…」
真紅 「…翠星石」

翠星石 「…? 何です?」

私が扉を潜ろうとすると、真紅は神妙な顔つきで何かを言おうとする。
だけど、言いにくいのか真紅は口ごもってしまった。
そして、小さく呟く。

真紅 「…薔薇水晶を、お願い」

翠星石 「……」

それは、小さな訴えに聞こえた。
今回の件、薔薇水晶の変化と取ってもいいかもしれないです。
真紅は、危惧している…そして私にそれを託そうとしている。
翠星石が、あいつのことをどう思っているか…知っているでしょうに。

翠星石 「…善処はしてやるですぅ」
翠星石 「後でヤンキーに恨まれても面倒ですから」

今回だけは…そう言っておく。
ただし、あくまで『何もなければ』ですぅ…

真紅 「…ええ、十分よ」

真紅は普段通りの表情で答える。
私はそれを見て、何も言わずに扉を潜った。

バッ! ギュゥンッ!



………。
……。
…。



『某時刻 夢内部』


オウ 「チ、チックショウ! 何なんだここはよ!?」

俺は、いきなりトンデモ世界で目覚める。
どうやら、馬鹿でかい樹の枝に立っているようで、下に落ちたらもれなくミンチだろう。
かと言って、下に降りようにも掴まる部分が無い…
下手に動けばそのままズドンだ!

オウ 「…くっそ、何でこんなことに?」

考えても何も浮かばない。
ただわかるのは、ここはトンデモ空間ってことだけだ。

ギュンッ! ドカッ!!

オウ 「ぐほぅっ!?」

翠星石 「キャッ!? って、あら…?」

ヒュゥゥゥゥゥ…

突然、背後から緑のドロップキックが後頭部に炸裂。
俺は再び気を失いそうになるも、意識を保って落下…

オウ 「って! 気絶した方がいいわぁーーーーー!!!」

翠星石 「こらっ、しっかりしやがれですぅ!! ここは『夢』の中ですぅ!!」
翠星石 「意思を強く持てば、空位飛べるですよ!!」

オウ 「テ、テメェは!? って、んなこといきなり言われて、できるかぁ〜〜〜〜!!」

俺は恐るべき体感速度で下に落下していく。
スカイダイブの経験なんぞ無い、俺は覚悟を決めて迫り来る地面を見た。
そして…

ズダァァァァァァァンッ…!!

翠星石 「うっわ…着地しやがったですぅ〜…」

オウ 「ぐっはぁぁぁぁぁぁ〜…」

俺は空を飛ぶよりも、着地のことを考えて事なきを得た。
夢の中と言うのは本当らしく、『思ったより』痛くは無い。
って、いきなり何だってんだ!?
見ると、後からふわりと降りてきる緑のナマモノがこう言い放つ。

翠星石 「オメェ、相当頭悪いですね…普通着地しようとかと考えないですよ」

オウ 「やかましい! 人間に対して飛べと言う方が無茶だろが!!!」
オウ 「それより、ここは何だ!? 何か意味不明な世界だぞ!?」

俺は周りを見渡しながらそう言う。
翠にもよくわかっていないのか、この妙な世界にやや戸惑っているようだ。
簡単に例えるなら、光と闇の世界。
俺たちの眼前に、大きな暗闇がある。
その奥に、いくつか光があった。
そして、その光の中に…何かが映っている。

オウ 「…おい、あれって」

翠星石 「!? あ…!!」

とある、光の中に見えた映像…それを見て翠は明らかに表情を変える。
そこには、横たわる青い人形と、側に寄り添う翠の姿が映っていた。

オウ 「あれ、お前…だよな?」

翠星石 「…うっさいですぅ、喋るな…ですぅ」

翠は俯いてそう言う。
俺は、それを聞いて何も言わなかった。
本当は見たくも見られたくもなかったのかもしれない。
俺はそれ以上は何も言わないことにした。

オウ 「…所々、妙な男が映っているな」

翠星石 「…槐ですぅ、薔薇水晶を作った男ですよ」

オウ 「!? …あれが、か」

俺は翠に言われて驚く。
あの金髪の、無愛想な男が…ねぇ。
って、無愛想は俺もか。

翠星石 「もう帰るですぅ…ここには何もないですよ」

明らかに翠は適当なことを言っていた。
何もない闇の空間を見つめ、足元をだけを見ている。
夢の中…とか言ってたが、ここは誰かの夢ってわけか。

オウ 「そもそも…ここは何なんだ? 夢の中とか言ったが、誰の夢だ?」

翠星石 「…ここは境界線ですぅ」
翠星石 「あっちはヤンキーの夢…あの暗闇の向こうは、多分薔薇水晶の夢ですぅ」

オウ 「!? ってぇことは、あっちに行けば、夢の中の薔薇水晶に会えるってわけか」

俺は確信めいてそう言う。
あながち間違っていないのか、翠は反論しなかった。
ちっ、翠の奴…結構参ってるみてぇだな。

オウ 「おう、翠! さっさと行くぞ!? 着いて来いよ!」
オウ 「俺はバラスイを助けるまで、帰らんからな!」

俺はそう言って暗闇の中に入ろうとする。
だが、翠の奴が慌てて俺を止めようとする。

翠星石 「ま、待つですぅ! 助けるも何も…原因だってわからないでしょうが!」
翠星石 「もしかしたら、自分からそうなったかもしれませんのに…」

俺は、翠の言葉を聞きながら、思い出す。
こいつには…仲のいい双子の妹がいたらしい。
さっき見た青いのが多分そうだ。
そして、それをやっつけちまったのが…バラスイだったのだろう。(あくまで仮定)

オウ (…そうか、そりゃ嫌だよな)

誰だって、肉親の仇を助けるなんて嫌だ。
実際には翠の奴、ハラワタ煮えくり返ってるだろう。
だけど、こいつは今ここにいる。
何か…バラスイに、してやりたかったんじゃないのか?

オウ 「おう…お前、バラスイ嫌いか?」

翠星石 「!? い、いきなり何を言うですぅ…」

俺は唐突に聞く。
あまりに突然の質問に、翠は驚いた顔をする。
俺は、気にせずに言葉を続ける。

オウ 「…俺は、お前のことは嫌いじゃない」
オウ 「多分…バラスイも」

翠星石 「!! …そ、それが何です?」

オウ 「わからん…ただ、言っておきたかっただけだ」

俺は何も映らない闇を見上げてそう呟く。
隔たりは大きい…頭でわかっていても、割り切れるはずはない。
真紅だって、そのはずだ…プライドの高そうなあいつが、自分を殺した(?)相手を許せるわけがない。
でも、あいつはバラスイのために駆けつけてくれた。
許せなくても…終わったことを恨み続けるよりずっといい…
多分…そんなこと考えてるんじゃないか?と、俺は思ってる。

翠星石 「……」

翠は俯き続ける。
光を見るのが怖いのか、それとも怒りを抑えきれないのか、軽く震えているようだった。

オウ 「…!」

俺は、ある光に注目する。
それは…槐とか言う男が、何やら苦しんでいる映像だった。

その傍らに、バラスイの姿が映る。
今までの光で、バラスイの姿が映ったものはひとつとしてなかった。
つまり、あのバラスイは…!

オウ 「バラスイ!!」

薔薇水晶 「……!? オウ……?」

翠星石 (…? 夢の中の薔薇水晶が反応した?)

俺が叫ぶと、バラスイはこっちを見る。
俺はそれを確認すると、光に向かって一気に走る。
だが、全く進まなかった。
俺は強く思う…バラスイを助ける!と…だが、それでも届かない。
バラスイは俺を悲しそうな顔で見た。
そして、俺からそっと目を背け…光は、閉じてしまった。

オウ 「くっそ!! バラスイ、何故だーーーー!!!」

俺は力の限り咆哮する。
俺の声は闇に吸い込まれ、響くことさえなかった。
何もない暗い地面に両膝を着き、俺は地面を叩く。

ズダンッ!!

オウ 「畜生!! 何でだよ!?」

翠星石 「…ヤンキー、そんなにあいつが大事ですか?」

翠は俺の情けない姿を見て、そう聞く。
まるで、信じられない…そんな顔だった。

オウ 「当たり前だろ!? あいつは俺の相棒だぞ!? 俺はあいつに来いと言ったんだ!!」
オウ 「あいつは答えた! 頷いた!! 微笑んだんだ!!!」

俺は昨日の出来事を走馬灯のように思い出す。
あいつは喜んでた…自分を必要としてくれる相手がいたことに。
だけど…バラスイは俺から目を背けてしまった。
何で…だよ。

翠星石 「…わかったですぅ。今回だけ…今回だけ力を貸してやるですぅ」

オウ 「!?」

俺は翠の言葉に反応する。
すると、翠は滅茶苦茶嫌そうな顔で。

翠星石 「さっきの光…あれは多分槐の野郎の夢ですぅ」
翠星石 「暗くてよく見えないですが、多分あの辺りから境目になっているですよ」
翠星石 「オメェが、届かなかったのはバラスイが拒否ったからじゃねぇです、槐が遠ざけたんですよ」

オウ 「…何だそりゃ? 何で…」

俺は話を聞いててチンプンカンプンになる。
翠は、はぁ〜…と長いため息を吐く。

翠星石 「オメェに理解させるほど、時間はないです…ただでさえ、制限時間一杯ですから」
翠星石 「道は作るです! 後は、オメェが何とかするですぅ!!」

パァァァァァァッ!!

オウ 「おおっ!?」

翠が如雨露で水を巻くと、闇の中に木の道が出来た。
どうやら、これを渡って行けばいいらしいな!

オウ 「感謝するぜ! うっしゃぁ! 待ってろバラスイ!!」

ダダダダッ!!

翠星石 「あ! 待つですヤンキー!! 翠星石をひとりにするなですぅ!!」



………。
……。
…。



『槐の夢内部』


オウ 「…ここが、野郎の夢か?」

翠星石 「気をつけるですよ…何されるかわかったもんじゃないですぅ」
翠星石 「ここは他人の夢…下手するととんでもない妨害食らうかもしれないです」

翠がそう言って周りに気を配る。
俺も同じように気を配る…が。

オウ 「…何なんだ、この妙にファンタジーな世界は?」

翠星石 (庭園…あの時、薔薇水晶と戦った場所と似ているです)
翠星石 「妙なことは気にするなですぅ…とにかく、あそこに行くですよ」

そう言って翠は何やら洋風の屋敷に向かった。
あの中にいるのか?



………。



オウ 「…こ、これは?」

翠星石 「…あの時のまま?」

翠が呟く。
俺はそれを見て、ただ事ではない…と予感する。
何せ、今俺たちの目の前には、所々穴の開いた壁やら、床に落ちた無数の羽やら花びらやら水晶やらがあるのだ。
どう考えても、戦った後…みたいな感じだな。

翠星石 (槐…まさか、あの日以来この世界で停止しているですか?)
翠星石 (薔薇水晶が目覚めたですが…槐は?)

オウ 「とにかく先だ!!」

翠星石 「あ、待つですぅ!!」

俺は考え込む翠を無視して先へ進んだ。
そして、いくつかの部屋を越えると、俺たちは目的の部屋へたどり着いたようだ。

オウ 「バラスイ!」
翠星石 「薔薇水晶!」

薔薇水晶 「…オウ? 翠星石…」

オウ 「!?」
翠星石 「!?」

俺たちは絶句した。
それは…異様な光景だった。
部屋の中心…槐と思われる金髪の男がバラスイを抱きしめている。
だが、そのバラスイは、俺たちの声に反応し……崩れ去った。

ガララッ! ザザァッ!!

オウ 「あ…あぁ!!」

翠星石 「気をしっかり持つですヤンキー!! これは夢ですぅ!! 槐の夢ですよ!!」

オウ 「!? っ! そ、そうか!! すまねぇ…」

一瞬、気が狂いそうになった。
目の前でバラスイが崩れ去ってしまったのだ…精神的にきつい。
いつかは…現実にああなるのだろうか?と思うと、気が気じゃなくなる。
気を取り直して見ると、槐の野郎とバラスイ(?)は光に包まれて消えてしまった。

オウ 「だが、声には反応したよな? バラスイは?」

翠星石 「夢の中だから、形を常に変えているのかもしれないですぅ…槐がバラスイを夢で引き込んだのかも」

かなり難しそうな話だ。
だが、俺は単純に解釈しておく。

オウ 「要は、槐の野郎がバラスイを捕まえてんだな!?」

翠星石 「…全然違うですよ、でもまぁ…ヤンキーの頭じゃそれでもいいかもしれないですね」

翠はかなり呆れた顔でそう言う。
チクショウ…思いっきりバカにされたな。

オウ 「とはいえ…一体どこに…って!?」

翠星石 「!! お、お父様…?」

いきなり、光を放った男が現れる。
翠はお父様…と言った。
てぇことは…?

オウ 「親父? あれが、翠たちを作った?」

翠星石 「こんな物まで見せやがってですぅ…! 槐の奴…ただじゃおかんですぅ!!」

翠は怒りに震えている。
それほど、あの男は翠たちの親父に似ているのだろうか?
光が強すぎて姿形がはっきりしない…ただわかるのは。

オウ (あの野郎…笑ってる?)

パァァッ!!

翠星石 「うっ!?」

オウ 「眩しっ!!」

男は眩しいばかりの光を放ち、俺たちは目を瞑った。
そして、光が消える頃…俺たちは目を開くとそこはまるで別世界だった。

薔薇水晶 「…オウ、翠星石」

オウ 「!? バラスイ! 無事か!?」

翠星石 「……」

俺はまるで場所が変わった妙な世界を無視し、今度こそバラスイの元に駆け寄った。
だが、バラスイは何故か俯いて俺の顔を見ようとしなかった。

オウ 「ど、どうした?」

薔薇水晶 「…私は、お父様に会いました」

翠星石 「!? お前…まさか記憶が…」

オウ 「!?」

俺はその言葉に過剰反応する。
体が硬直した。
バラスイの記憶…それが戻った?

薔薇水晶 「お父様は…嘆いておられます」
薔薇水晶 「何故…何故アリスが作れないのか?と…」

それは、まるで別人のようなバラスイだった。
悲しそうに、そして機械的に、そう呟く。
そこにいるのは紛れもない薔薇水晶だ…だが、そこにいるのは俺の知っているバラスイじゃなかった。

翠星石 「…是非もないですか」

パアァッ!!

オウ 「す、翠!?」

翠星石 「オメェの記憶が戻ったのなら仕方ないですぅ!! ここで今度こそ引導渡してやるですぅ!!」

薔薇水晶 「…翠星石」

バラスイは、無表情に翠を見る。
翠は明らかに攻撃態勢に入っている。
だが、バラスイは構えもしなかった。
表情一つ変えず、翠の動きをただ見ていた。

バシャァッ! ズドドドドドォォォッ!!!

オウ「うおおぉっ!!」

薔薇水晶 「…! オ…ゥ…」

オウ 「!? バラスイ!?」

翠星石はバラスイに向かって如雨露の水を浴びせる。
その瞬間、バラスイの浴びた水から植物が生え、バラスイを縛り付ける。
薔薇水晶は、翠の攻撃で動きを封じられ、やや苦しそうな顔をするが、すぐに無表情の顔で翠を見た。

翠星石 「…悪く思うなです! 翠星石は…オメェだけは…オメェだけは……オメェだけは! 許せねぇですぅ!!!」

ゴゴゴゴゴッ!! ギリギリギリ!!

薔薇水晶 「!!」

翠星石が光を放つ。
それと同時に、バラスイを締め上げている植物が激しく揺らぐ。
バラスイはかなり強い力で締め付けられているようで、苦しそうな顔をした。
だが、それでも…バラスイは抵抗をしなかった。

オウ 「バラ…スイ……」

薔薇水晶 「…オ……ウ………わ…た、し…は……」

翠星石 (…薔薇水晶、そんな状態になっても、ヤンキーのことを…)

バラスイは俺をしっかり見ていた。
苦しいだろうに…痛いだろうに…それでも、あいつは自分の罪を許せないんだ。
思い出したからこそ…悔やむことがある。
犯した罪は…記憶喪失なんかじゃ償えない。
だからこそ…あいつは……翠の手にかかって。

オウ (バラスイ……俺は、助けねぇぞ)
オウ (それは…お前が自分で乗り越える道だ!!)

薔薇水晶 (オウ…私は……本当は一緒にいたい)
薔薇水晶 (一緒に……歩きたい)

バァァンッ!!!

破裂音。
まるで、生き物が爆発したかのような、そんな音が鳴り響く。
そして、次の瞬間…

ドサッ!!

薔薇水晶 「?? …?」

爆発したのは、バラスイを縛っていた植物だった。
バラスイは状況を見失ったのか、キョトンと地面に座り込んでいる。

オウ 「…す、翠…お前」

翠星石 「…むかつくですよ」

薔薇水晶 「…?」

翠は、俯きながら震える。
そして、カッ!と目を見開いてバラスイに怒鳴りかける。

翠星石 「むかつくですよ!! 何、自分勝手にやられようとしてるですかっ!?」

薔薇水晶 「…翠、星石」

バラスイは意味がわかっているのか、いないのか。
ただ、怒鳴りかけられている理由がわからない…といった風に、翠を見上げていた。

翠星石 「オメェ…翠星石に倒されれば、罪が無くなるとでも思ったですか!?」

薔薇水晶 「…!」

バラスイは珍しく表情を変える。
いつもの無表情な顔が、わずかに揺れる。
それは…悲しみを抱いているかのようにも思えた。

ガッ!!

薔薇水晶 「!!」

翠はバラスイの服を掴みあげる。
そして、今にも泣きそうな顔でバラスイに訴える。

翠星石 「…っ! オメェは…オメェは……生きるです」

薔薇水晶 「!? いき…る…?」

思わず、もらい泣きしそうになった。
翠は、バラスイに掴みかかったまま、小刻みに震え、泣いていた。
憎しみも、怒りも通り越し…翠星石は泣いてくれていた。
俺はその思いを、受け取ることにする。

オウ 「…行くぞ、バラスイ!」

薔薇水晶 「…オ、ウ」

バラスイはよくわかっていないようで、俺の差し出す手と俺の顔を交互に見ていた。
翠は、それを見てバラスイから手を離す。
そして、涙を袖で拭いて後ろを向いてしまった。

薔薇水晶 「翠…星、石」

翠星石 「うっせぇですぅ! 気安く呼ぶなですぅ!!」
翠星石 「……オメェには、昨日の借りがあったですよ」
翠星石 「その借りに免じて、今日の所は見逃してやるですぅ!!」
翠星石 「…だから、さっさとヤンキーの手を取るですぅ」

翠は、搾り出すようにそう言い放つ。
いつもの憎まれ口だが、今回ばかりは格好いいぜ!

オウ 「…だ、そうだ。ほれ!」

俺はもう一度バラスイの眼前で手を差し出す。
バラスイは今度こそ俺の手を握る。
冷たい…人形だから当たり前だ。
だが、こいつの魂は…きっと暖かい。
何故だか…そう思えた。

翠星石 (…蒼星石、これで…いいですよね?)





………………………。





『某日 時刻14:00 高峰宅』


オウ 「…ふあぁ〜あ…」

真紅 「あら、起きたのね…」

翠星石 「…今戻ったですよ」

気がつくと、俺の部屋だった。
長くは寝ていなかったようだが、微妙に体の節々が痛い。
俺は首をコキコキ鳴らしておく。

ゴキッ! コキキッ!!

翠星石 「うわ…変な音鳴らすなですよヤンキー」

真紅 「…不便ね、人間の体は」

俺のその姿を見てか、ふたりは呆れる。
真紅に至っては、何か勘違いしていそうだ。

オウ 「そ、そうだ! バ、バラスイは!?」

真紅 「……」

翠星石 「……」

ふたりは何も言わずに、バラスイの鞄を見つめる。
鞄は開いたままだったのか、そのままの状態でバラスイがゆっくりと起き上がってきた。


薔薇水晶 「………」

オウ 「……」

良かった…とりあえず起きてくれた。
俺は内心ヒヤッとしながら、安堵の息を吐く。
そして、やや恥じらいながら…

オウ 「…よう、おはようさん」

薔薇水晶 「…おは、よう」

いつものように、そう返す。
そうだ…俺の知っているバラスイはこんな感じだ。

翠星石 「…薔薇水晶?」

薔薇水晶 「…?」

翠星石はバラスイを呼ぶ。
バラスイは?を浮かべ、翠を見る。
特に表情を変えることも無い。
だが、微かに…変化が見られた。

薔薇水晶 「………」

翠星石 「……」

薔薇水晶は、微かに床を見る。
俯いたと言っていい。
それは、何か悲しそうだった。

真紅 「…結局、原因は?」

翠星石 「…何でもなかったですよ、単に眠りこけてただけですぅ」
翠星石 「全く…人騒がせなドールですよ」

そう言って、悪態を着く。
こいつはこいつで気を使っているのだろう。
バラスイの記憶のことは、何も言わなかった。
やれやれ…貸しひとつだな。

オウ 「…ったく、折角気合入れて飯作ったのに、冷えちまったじゃねぇか」

薔薇水晶 「…メシ?」

真紅 「…そう言えば気になっていたわね」
真紅 「あなたが作ったの? その食事は」

オウ 「…そうだよ、って他に誰がいる」

俺はそう言ってやる、すると真紅も反論のしようが無いのか、納得したようだった。

翠星石 「…ふん、仕方がないです! 今回だけはレンジでチンでも我慢してやるですぅ…早く皿に盛りやがれですぅ!」

オウ 「…はぁ? 何でお前が言うんだよ」
オウ 「第一、二人分しか作ってねぇ…食ってくなら10分待て」
オウ 「幸いメシは多めに炊いてある…チャーハンでいいなら、すぐ作ってやらぁ」

俺はそう言って、電子ジャーを開ける。
まぁ、4人分くれぇ何とかなるだろ。
俺の分は冷えててもいいからな…

真紅 「…まぁ、ここまで付き合ったのだから、もう少し位待っても構わないわね」
真紅 「ところで紅茶はあるのかしら? もう時間を随分過ぎてしまったわ」

オウ 「あるのは麦茶位だ! 紅茶は今度にしろ!」

俺は背中越しにそう言う。
真紅はやれやれ…と、ため息を吐くが、それでも文句は言わずに待つようだった。

オウ 「バラスイ! ボーッとすんな!? ふたりは『一応』お客なんだ…」
オウ 「茶位は出してやれ…やり方は教えたろ?」

薔薇水晶 「……うん」

そう言って、バラスイはコップをふたつ用意し、冷蔵庫に入れていた麦茶を出す。
キンキンに冷えた茶をコップに注ぎ、バラスイはふたりの前に茶を出した。



………。



真紅 「ありがとう」

翠星石 「…もう冬だというのに、冷えた麦茶。滅茶苦茶不自然ですぅ…」

オウ 「やかましいっ! 溜め込んでた茶葉が残ってんだよ…」

翠星石 「せめてホットにしろですぅ…」

そりゃごもっともだ…だが、俺としてはホットの麦茶は邪道に感じるのだが、他の奴らはどうだろう?
まぁ、どうでもいいか…



………。
……。
…。



結局、その日桜田の家に向かったのは夕方だった。
勉強はほとんどできなかったが、とりあえず謝ることはできた。
バラスイは、あれから自分のことは何も言わなかったが、こいつはこいつで前進したのだと俺は信じる。
真紅と翠には手間取らせちまったし…今度は我侭も聞いてやらねぇとな。



………。



『時刻20:00 高峰宅』


オウ 「…なぁ、バラスイ」

薔薇水晶 「……?」

俺は夕飯の支度をしながら問いかける。
バラスイはいつものように座って首だけを俺に向けているようだった。

オウ 「…お前、記憶が戻ったんだろ?」

薔薇水晶 「………」

オウ 「……」

薔薇水晶は何も答えない。
だが、背中ごしに、何か言いたそうな雰囲気が伝わってくる。

オウ 「…言いたくないなら聞かねぇ」
オウ 「だが、俺らの間に隠し事は無しだ」
オウ 「今は言えなくても、いつか聞く」
オウ 「お前が言いたくなったら…な」

薔薇水晶 「……オウ、私は」

バラスイは何かを言いかけた。
呟くような言葉。
だが、そこから先に言葉が紡がれることは無かった。
俺は無言で夕飯を作り、無言のままバラスイと食事を採った。
その日は、互いに微かな気を使いながら、一日が終わった。
俺は信じる…バラスイは、絶対に間違った道は選ばない、と…



…To be continued




Menu
BackNext




inserted by FC2 system