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Rozen Maiden 〜eine neue seele〜



第9話 『傷 〜Wunde〜』




『某日 時刻17:00 高峰宅』


オウ 「う〜っし、てでぇま〜」

ドサッ!

俺は、病院帰りに買い物をして帰ってくる。
買い物袋を玄関の側に置き、俺は靴を脱いだ。
ちょっとばかし時間をかけすぎたか…柱にかけてある時計では、もう夕方だな。
部屋の窓からは夕日が差し込んできてる…冬だとすぐに暗くなるからな。

オウ 「バラスイ〜、まだ寝てるのか?」

俺は部屋を見渡しながらバラスイを呼ぶが、例によって返事は無い。
…ここしばらく、話も出来てねぇからな。

オウ 「…銀ちゃんの手前もある、ここはガツンと俺から行かねぇとな」

俺はそう思い、バラスイの鞄の側に座り込む。
少し躊躇いつつも、俺はバラスイの鞄を勢いよく開けた。

ガチャッ!

オウ 「…あら?」

開けてみると、バラスイの姿はない。
どうやら、起きるだけ起きてどっか行っちまったか?

オウ 「……はぁ」

やり場のない思いが残される。
俺は鞄をゆっくり閉め、立ち上がって炊事場に入った。

テーブルには、一応食事の後がある。
ちゃんと、レンジの使い方はわかっているようで安心した。
皿とラップの後はそのままだが…

オウ 「ったく、今度は食事の後片付けを教えてやらにゃな…」
オウ 「……?」

俺は、机を拭く途中で、違和感に気づく。
よく見ると、机に何かが書いてある…
かなり読み辛いが、鉛筆で無理やり書いてやがる…

オウ 「……」

俺は、拭く前にその字を解読する事にした。
恐らく、見た目は5文字。
軽く拭いちまったせいか、滲んだようになっちまった。
俺は無い頭をフル動因させ、ひとつづつ読もうとする。

オウ 「…ち? よ……つ…な……? ら…?」

ちよつなら?
読んでて意味わからんが…多分そんな感じに見える。
だが、これでは明らかに日本語になっていない。
俺は、更に無い頭を回転させ、記憶から色々探ってみる。

オウ (書いたとしたら、バラスイ……バラスイに教えた書き方で、5文字……しかもこれから推測すると?)



………。



俺は、考え付いた所で血の気が冷める。
考えたくなかった…その言葉の意味は。
ただ、俺はその場から離れ、ガラス窓の側に向かう。

オウ 「……バラスイ!」

俺は強くバラスイを念じる。
だが、今回はガラスから、何たらのフィールドへは行けない様だった。
ウンともスンともしない…

オウ 「チクショウ!! こんなの納得できるか!! クリス!! いないのかクリス!!」

ポェ〜…

クリスタニア 「……」

クリスはどこにいたのかわからないが、俺が呼ぶ事でやってくる。
こいつがここにいたのが、せめてもの救いか…!

オウ 「クリス、頼む! こことバラスイの居場所を繋げてくれ!!」

クリスタニア 「……」

ポ〜…

クリスは俺の周りをビュンビュン飛び回る。
だが、ガラスは何も反応しない。
くそ…クリスでも無理なのか?

オウ (それとも…バラスイは鏡の中にはいないのか?)

クリスタニア 「………」

ポ〜…

クリスは困ったように俺の側を飛び続ける。
まるで、迷子の子供の様な感じだ。
そうだ…クリスもきっと探してるんだ。
大切な…パートナーを!!





………………………。





『同日 某時刻 ???????』


虹孔雀 「……」
虹孔雀 「…私を呼んだ理由は何だ?」
虹孔雀 「……薔薇水晶」

薔薇水晶 「……」

私は、自分の世界に虹孔雀を呼び込んだ。
……私にはそうする理由があった気がした。
虹孔雀は、やや不思議そうにこちらを見ていた。
巨大な剣を携え、こちらを睨む。
どこか、その表情からは哀れみのような感情が見て取れた。

虹孔雀 「…水晶のフィールドか、ここがお前のフィールド…というわけか?」

薔薇水晶 「……虹孔雀、ローゼンメイデン、第0ドール」
薔薇水晶 「…あなたは、ここで壊れる」

キィンッ!

私は右手に剣を取り出し、ゆらりと構える。
だけど、虹孔雀はまるで構えようとはしない…剣を地面に着けたまま、見下げるような眼でこちらを見ていた。

虹孔雀 「…どういうつもりだ? オウとか言うミーディアムはどうした?」
虹孔雀 「お前ひとりで、私と戦う気か?」

薔薇水晶 「…私に、ミーディアムはいない……必要も、ない」

バッ!!

私はそう言い放ち、一直線に飛び掛る。
剣を後ろに引き、距離を詰めて一気に横薙ぎに切りかかる。

キィンッ!!

薔薇水晶 「!?」

虹孔雀 「……笑わせるな」

虹孔雀はその場から動く事もせず、剣を持っていない左手で私の剣を止めて見せる。
左手からはぼんやりと…力の発生が見える。
これが…虹孔雀の能力?

パァンッ!!

薔薇水晶 「!!」

軽い破裂音のような乾いた音が鳴り、私の剣は後ろに弾かれてしまう。
虹孔雀は左手を軽くかざし、言葉を放つ。

虹孔雀 「…今のお前など、この左手一本で十分だ」

薔薇水晶 「…確かに、強い」
薔薇水晶 「でも……勝つのは、私…」

バッ!

私は再び剣を振るうために近づく。
虹孔雀は同じように左手でこちらの攻撃を止めようと構える。

ババッ!!

虹孔雀 「……」

薔薇水晶 「………」

私は虹孔雀の左手から回りこみ、背後に回る。
今度は左手の届かない位置から私は上から剣を振り下ろす。

ブォンッ!! ギィィン!!

薔薇水晶 「…!?」

虹孔雀 「……つまらん」

虹孔雀はその場から軽く反転し、左手を横薙ぎに払い、私の剣を弾いた。
虹孔雀は目を瞑りながら、顔をしかめる。

虹孔雀 「……帰るがいい、今のお前など取るに足らん」
虹孔雀 「ミーディアムを連れて、出直して来い」
虹孔雀 「こんな相手を剣で切り伏せる気も起きん」

薔薇水晶 「…!!」

私は遠距離から左手を前にかざし、水晶の弾幕を放つ。
無数の弾幕が虹孔雀を襲った、これだけ放てば…

虹孔雀 「奢るな! 薔薇水晶!!」

ビュオゥンッ!! バァァァァァァンッ!!!

薔薇水晶 「!? っぅ!!!」

虹孔雀は右手の剣を片手で横に薙ぎ払い、そこから強烈な衝撃波を生む。
その衝撃に水晶の弾幕は全て吹き飛び、前方にいる私でさえも吹き飛ばしてしまった。
私は宙を舞うが、すぐに空中で体勢を立て直した。

虹孔雀 「…あくまで、こちらの言葉は聞けぬか」
虹孔雀 「私とて、暇ではない…まだ向かってくる…と言うなら」

ビュンッ! ガシィィィンッ!!!

虹孔雀は大剣を両手で持ち直し、地面に向けて一直線に振り下ろす。
衝撃で虹孔雀の周りにあった水晶のオブジェクトは粉微塵に砕け散った。
それだけでも、恐るべき威力は予想できる。
そして、虹孔雀はこちらをひと睨みし、言葉を放った。

虹孔雀 「…もはや、容赦はせん!!」

薔薇水晶 「…お父様のため、ローゼンメイデンは…全て、倒す!」

虹孔雀 「…是非もあらん」

ギュンッ!!

私は一直線に虹孔雀へ攻める。
虹孔雀の足元から水晶が飛び出し、虹孔雀を襲わせる。
だけど、虹孔雀はそれにまるで意を解さず、攻めて来る私の眼だけを見ていた。

薔薇水晶 「!!」

虹孔雀 「おおおおおっ!!!」

バキィィンッ!!!

虹孔雀は地面に着けていた剣を真上に振り上げる。
地面からの攻撃はその一撃で砕かれる。
そして、正面から攻める私は一瞬早く切り込んだ。

虹孔雀 「!!」

ドギャァァッ!!!

薔薇水晶 「!? あ……ぅっ!?」

先に切り込んだはずだった…
だけど、虹孔雀の剣はあっさりと私のスピードを越えて振り下ろされる。
私は大剣に真上から切り込まれ、眼帯が飛ぶ。
服が縦に切り裂かれ、私は衝撃で地面に勢いよく叩きつけられる。

ガシャァァッ!!

薔薇水晶 「…ッ!!」

私は自ら生み出した水晶の上に叩きつけられる。
前のめりに私は倒れ、力が失われていくのを感じた。
負け…る?
お…父、様……?

ザッ…ザッ…ザッ…

虹孔雀 「…哀れな、記憶を取り戻す事で、こんな結果になろうとは…!」

薔薇水晶 「…お、父様……」

私は涙が頬を伝うのを理解する。
自然と涙が出る。
私は……負けるのを実感する。
ローゼンメイデンには……勝てない?

虹孔雀 「…せめてもの情けだ、すぐに…遠い場所へ送ってやる」

チャキッ!!

剣を構え直す音。
私には、もう何も見えていない……
ただ、空しい敗北感だけが残っていた……

薔薇水晶 「…お父様……お父……様…」

虹孔雀 「…さらばだ、薔薇水晶」

バァキイィィィィィィンッ!!!!

水晶が砕かれる音が耳に響く。
私は、砕かれたのだろうか?
もう…意識も遠い……
お父様……私は、やっぱり……壊れた人形…なのです、か?

虹孔雀 「……驚いたぞ、まさかお前が来るとはな」

薔薇水晶 「……?」

遠ざかる意識の中、私は宙に浮いている事に気づく。
誰かが私を持ち上げている?
見えるのは、黒い羽…だった。

水銀燈 「虹孔雀…とか言ったかしらぁ? 久し振りねぇ」

虹孔雀 「…薔薇水晶を助けるとは、どう言う風の吹き回しだ?」
虹孔雀 「おおよそ、お前の取る行動とは思えんのだがな」

水銀燈…?
どうやら、私は助かったらしい。
遠のく意識を少しでもしっかりとさせ、私はふたりの会話に耳を傾けた。

ヒュゥ…スタッ! ドシャッ!

薔薇水晶 「……!」

水銀燈らしき者が地面にゆっくりと着陸する。
と、同時に私は地面へ落とされた。
私は、ロクに体を動かす事も出来ず、ただ地面を見ていた。

水銀燈 「…自分でも驚いてるわぁ」
水銀燈 「何で、この娘を助けたのか…ね」

水銀燈はこちらを軽く見て言っている様だった。
その言葉は、どこか不思議そうに聞こえる…でも、何故か例えようの無い安心感が、私には感じられた。

虹孔雀 「…お前にとっては、許しがたい敵ではないのか?」
虹孔雀 「プライドの高い、お前の行動とはおおよそ思えぬ」

水銀燈 「…許さないわよ、もちろん…ね」
水銀燈 「でも、だからと言って、別のドールに壊されるのには、我慢できないわぁ」
水銀燈 「どうせ、ジャンクにするのなら…私の手でやらないとねぇ?」

水銀燈は、楽しそうに言う。
本当に楽しんでいるのかはわからない。
ただ、下から水銀燈の顔を見上げると、妙な笑みを浮かべているようだった。

虹孔雀 「…そうか」

バッ!!

水銀燈 「!? 逃げる気ぃ? 私が怖くなったのぉ〜?」

水銀燈は、明らかな挑発で虹孔雀を止めようとする。
だけど、虹孔雀は軽く鼻で笑い、僅かにこちらを見て…

虹孔雀 「…笑わせるな、戦って負けるとは思わん」
虹孔雀 「だが、私の目的は薔薇水晶だけ…ローゼンメイデンと事を構える気は無い」
虹孔雀 「薔薇水晶を、オウの元に返してやれ…」
虹孔雀 「……薔薇水晶には、必要な男だ」

バサッ!

虹孔雀は、どこか悲しそうな声でそう言い、飛び去っていく。
水銀燈は、その姿を見て止めようとは思わなかったようだ。
しばらく、虹孔雀の飛び去った後を眺めた後、倒れたままの私を見下ろす。

水銀燈 「…いい眺めねぇ? 少しは、壊される気持ちでも理解できたかしらぁ?」

薔薇水晶 「………」

私は、何も答えなかった。
壊される……壊される、気持ち?
私は……壊れているのに?

水銀燈 「…つまらないわねぇ、少し位言い返したらどうなの?」

薔薇水晶 「……」

水銀燈の言葉は、あまり聞き取れていなかった。
ただ、何故か…こんな状況なのに、私は……オウのことが頭に浮かんだ。

薔薇水晶 「……オウ……」

涙が流れる。
理由がわからない。
お父様のことを考えるよりも、もっと苦しい…
胸が張り裂けそうになる……オウに、会いたい…

水銀燈 「……」
水銀燈 「…良かったわねぇ、主人想いの下僕がいて」

薔薇水晶 「…オ、ウ……」



………。



オウ 「バラスイーーーーーーーーー!! チクショウ! どこだーーー!!」

キィィッ!

クリスタニア 「……」

俺は水晶がやたらと地面から生えているフィールドを走り回る。
銀ちゃん、どこへ行っちまったんだ!?
俺らをここへ案内してくれたのはいいが、まるで意味不明な世界だ!
くっそ〜、クリスは全然役に立ってくれねぇし…躾って、そう言うことなのか!?

オウ 「おいクリス! 何とか見つけられねぇのか!?」

クリスタニア 「……!」

キィィンッ!!

クリスが一層輝きを増し、一気に飛び立つ。
おっ!? もしかして見つけたのか!?



………。



オウ 「!? あれは…! バラスイ!!」

キィィッ!

クリスタニア 「…!!」

クリスが向かった先には、バラスイが倒れていた。
他には誰の姿も見えない…銀ちゃんは、いないのか?
俺はバラスイの側まで駆け寄る、そして…今のバラスイの姿に俺は驚愕する。

薔薇水晶 「…オ……ウ………」

オウ 「バラスイ…嘘だろ!?」

俺が抱きかかえたバラスイは、瀕死とも思える姿だった。
上半身の服を縦に切り裂かれ、体に深めの傷が着いていた。
まさか…虹孔雀の仕業か?
眼帯も足元に落ちており、バラスイの無残な姿が際立つ。
俺は、バラスイを優しく抱きしめてやる……

オウ 「…バッカヤロウ! 何で、ひとりで……!!」

薔薇水晶 「……オ、ウ……」

バラスイは片言に俺の名を呼ぶ。
眼が見えていないのだろうか?
クリスも心配そうにバラスイの側で飛んでいた。

オウ 「くそっ! とにかくここから脱出だ!!」

クリスタニア 「!!」

キィィンッ!!

クリスは俺の言葉を聞くと、勢いよく飛ぶ。
どうやら、出口がわかるみたいだな! 今度は頼むぜクリスちゃんよぉ!





………………………。





『同日 時刻18:00 桜田宅』


真紅 「……薔薇水晶」

翠星石 「こんな、姿になっちまいやがって……」

金糸雀 「ごめんね…カナが、あの時側にいてあげたら」

オウ 「…キンちゃんのせいじゃねぇ、全部俺のせいだ」
オウ 「俺が…無理にでも、バラスイと話すべきだったんだ…」
オウ 「少しでもバラスイのことをないがしろにした…俺の、責任だ」

俺は、クリスの案内で世界を出た。
出た先は桜田の家の鏡で、出て早々キンちゃんが俺たちを発見してくれたんだ。
今は、リビングのソファーにバラスイを寝かせてある。

真紅 「……そう、水銀燈が」

翠星石 「あの野郎…意外にいいとこあるですぅ」

オウ 「ああ…銀ちゃんが手伝ってくれなかったら、バラスイは今頃どうなってたか…」

薔薇水晶 「………」

バラスイは眼を開いたまま、天井を見上げる。
言葉は放たず、放心状態。
たまに口を開いたかと思うと、俺の名前を口走る…
そんな、状態が…続いていた。

金糸雀 「…薔薇薔薇、かわいそうかしら…こんな、深い傷をつけられて」
金糸雀 「うう…何だか物凄く悲しくなるかしら〜!!!」

いきなり、キンちゃんが泣き出してしまう。
気持ちは嬉しいが…今はうるさいと思ってしまった。

翠星石 「あー!! 黙りやがれですぅ!! 金糸雀、オメェはとっとと帰るですよ!!」

金糸雀 「だから、今日は泊めてもらうって言ったかしらぁ!!」

真紅 「ちょっと、ふたりとも静かにしなさい…」

結局、翠まで参戦して余計にうるさくなる…ふたりとも気遣ってくれるのは嬉しいんだが…
とりあえず、真紅のおかげで場は静まった。

真紅 「……」

翠星石 「…どうにかして、治してやれねぇですかね…」

真紅 「ローゼンメイデンでないとはいえ、薔薇水晶は仮にも、お父様の弟子である槐のドールよ」
真紅 「…治せるとしたら、お父様か槐でなければ…」

薔薇水晶 「……お、父…様……?」

オウ 「!? バラスイ……言葉は、聞こえてるのか?」

バラスイは、確かに反応した。
真紅の言葉から、『お父様』と言う単語を理解したようだった。

真紅 「……翠星石、ジュンを呼んで来て」

翠星石 「え? あ、わかったです!」

タタタッ!

翠は、真紅に言われ、弟君を呼びに言った。
何だ? 一体、何かあるのか…?
約1分後、翠は弟君を連れて、下に降りて来た。

ジュン 「真紅…僕に用って…?」

真紅 「…ジュン、槐のことは、覚えてる?」

ジュン 「? あ、ああ…薔薇水晶を、作った奴、だよな…」

弟君は、やや思い出すように答える。
そうか、弟君も…槐って野郎を知っていたのか。

真紅 「…ジュン、槐のやっていたお店は、まだあるのかしら?」

翠星石 「!? 真紅…まさか、直接行く気ですかぁ!?」

真紅 「…可能なら、それが一番いいかもしれないわ」
真紅 「このまま、姿では…あまりにも……」

真紅は無残な薔薇水晶の姿を憂いているようだった。
だが、翠の反応からすると、あまり合わせるのは良くなさそうだ。

ジュン 「…場所は、知ってるけど。でも、あれからずっと…閉まっているはずだぞ?」

真紅 「……」
真紅 「…翠星石、あなた…前の夢で槐の夢に繋がった…と言っていたわね?」

翠星石 「そうですけど、でもまだ近くにいるとは…」
翠星石 「それに、前の戦いのままなら、肉体ごと世界を漂っているのかも…」

真紅は悩んでいるようだった。
何かを結論付けたかのような表情にも感じるが…踏み切れない、そんな感じだな。

金糸雀 「…私は、会わない方がいい気がするかしら〜」

翠星石 「金糸雀と同じ意見なのはシャクですけど…翠星石も同じですぅ」
翠星石 「あの野郎が薔薇水晶を治したら、また私たちを襲わせるに違いないですぅ!」
翠星石 「…こんな姿のままは、かわいそうですけど、それでも…こいつはヤンキーの側にいさせた方が、絶対幸せですぅ…」

翠はやや涙ぐみながらもそう言う。
し、幸せか……う〜む、ハタから言われると、かなりハズいな…
って言うか、本当に本心なのか?と疑いをかけてしまいそうになるのが、怖い…
許せ、翠……

真紅 「……私は、それでも治してあげたいわ」
真紅 「…私たちドールにとって、体を傷つけられる事は、何よりも辛いわ…」
真紅 「確かに、また薔薇水晶は敵になってしまうかもしれないけれど…」

オウ 「……」

翠星石 「……」
金糸雀 「……」

真紅 「けれど、今度は私たちがきっと…助けてあげられるわ」

金糸雀 「…うぅ、根拠あるのかしら?」

キンちゃんは疑うが、真紅は優しく笑う。
そして、自身があるように言葉を繋げた。

真紅 「大丈夫…オウが、いるのだもの…」
真紅 「必要としてくれる人がいるのであれば…もう薔薇水晶はきっと迷わない」
真紅 「槐が薔薇水晶を再びけしかけても…薔薇水晶はきっと帰ってこれる」
真紅 「……きっと」

まるで、自分のことのように真紅は話し続ける。
真紅…過去に似たようなことでもあったのか?

ジュン 「…とにかく、今日はもう遅いし、また明日にでも」

真紅 「…そうね」
真紅 「オウ、明日は学校は休みのはずね? 今日はここで泊まって行きなさい」

オウ 「あ? ここでか?」

俺は突然の真紅の提案に、一瞬戸惑う。
だが、バラスイのこの状況を見て、その方がいいかもしれないと、結論付ける。

オウ 「…わかった、じゃあ一旦家に戻って、鞄とか持ってくるわ」

ジュン 「それじゃ、僕が姉ちゃんに伝えておきます」

オウ 「おう! じゃあ、少しの間バラスイを、頼む…」

俺がそう頼むと、真紅たちは頷いてくれる。
チクショウ…嬉しいじゃねぇか! バラスイ、果報者だぞ…
俺は、玄関から出て行き急いで家に戻った。



………。



薔薇水晶 「……オ、ウ………オ…ウ…?」

真紅 「大丈夫よ薔薇水晶……オウは、すぐに戻ってくるわ」

私は優しく薔薇水晶に語りかけてあげる。
まるで、子供のように不安がっている。
身も心も…打ち砕かれてしまったのね。

真紅 「…虹孔雀」

私は薔薇水晶をこんなにしたであろう相手を思う。
同じローゼンメイデンであるならば、こんなことは許せない。
だけど、虹孔雀の目的は薔薇水晶を倒す事…とはいえ、その本当の理由は?
今の状態では、腑に落ちない事が多すぎるわ。

翠星石 「虹孔雀は、薔薇水晶を倒すのが目的…でもローゼンメイデンと戦うつもりは無い」
翠星石 「…何で、薔薇水晶を目の仇にしやがるですかね?」

真紅 「…わからないわ」
真紅 「ただ…薔薇水晶にとっては、確実に敵だと言う事…」
真紅 「話してわかる相手…とは思えないものね」

金糸雀 「…うぅ、何か怖いかしら〜」
金糸雀 「そもそも、薔薇薔薇だってかなり強いはずなのに…こんな風にされるんだから…」

金糸雀は怯えたように薔薇水晶を見る。
確かに、薔薇水晶は…強い。
それは、実際に戦った私たちが良く知っている。

翠星石 「…虹孔雀の目的、気になるですね」

真紅 「本当にお父様が作ったドールであるなら、何故今まで姿を現さなかったのか…」
真紅 「正確には…ローゼンメイデンではない、とも言っていたわね」
真紅 「ローザミスティカを持たないローゼンメイデン……どう考えてもありえないわ」

金糸雀 「ローザミスティカはローゼンメイデンの命とも言える結晶…いわば、魂の欠片」
金糸雀 「…それを奪われば、ローゼンメイデンはただの動かない人形…」
金糸雀 「うう…カナにもまるでわからないかしら〜!!」

金糸雀は頭を抱え、唸る。
金糸雀で無くとも、まるでわからない。
ただ、この時点でわかっているパーツを組み合わせて行くと…


1.お父様が作った人形
2.ローザミスティカを持たない
3.水銀燈よりも前に作られた人形
4.薔薇水晶を敵対視している
5.人口精霊を従え、高過ぎる戦闘能力

真紅 (特に目に付くのは、『5』ね…あの戦闘能力、とてもアリスを目指すために作られた人形とは思えない)
真紅 (まるで…戦うために作られた人形に思えるわ)

私は実際に戦った経験から、そう推測する。
虹孔雀の戦闘能力は、ローゼンメイデンとしては突出しすぎている。
おおよそ、アリスを目指すために作られたとは思えない、いわば『戦闘用』のドールを思わせる…

真紅 (お父様が、水銀燈を作ろうとする前…何かがあったと言う事なのかしら?)
真紅 (あれほどの戦闘能力を有した人形を作らざるを得なかった…何かが)

翠星石 「真紅、何を考えているですか?」

真紅 「…虹孔雀のことよ。でも、謎は深まるばかりね」

私がそう言うと、翠星石は俯く。
彼女も実際に会っているのだから、疑問に思うことはあるはず。
でも、答えは何も出てこない……わかっているパーツを繋ぎ合わせても、謎しか残らない。

金糸雀 「とりあえず、わからないことを考えても仕方ないかしら! 今は、薔薇薔薇を何とかしてあげないと…」

そう言って、金糸雀は薔薇水晶を悲しそうに見る。
薔薇水晶は両目を開いたまま、天井をずっと見続けている。
少し落ち着いたのか…静かにしている。

翠星石 「…薔薇水晶、本当に槐に頼むつもりですか?」

真紅 「…薔薇水晶は今、体だけでなく、心にも傷を負ってしまっているようだわ…」
真紅 「体だけならともかく、心まで傷ついてしまったら…それこそ、普通の人形師では治す事は出来ない」
真紅 「下手に手を加えれば、薔薇水晶の魂その物が、飛び立ってしまうかもしれない…」
真紅 「最悪の事態だけは…考えたくないもの」

私は過去に右腕を失った事を思い出す。
あの時、私は全てを失ったと思った。
ローゼンメイデンで無くなり、壊れた人形と嘆いた。
壊れた人形など、誰も必要としない…そう思った。

真紅 (でも、それは違った…必要としてくれるかどうかは、別の誰かが決めてくれる)

ジュンが私を必要としてくれたように…薔薇水晶にはオウがいる。
例え、傷は深くとも…オウは薔薇水晶を必要としてくれるでしょうね…
でも、今の薔薇水晶はそんな浅い傷ではない。
恐らく今は、薔薇水晶は自分が信じられなくなっている…
自分が壊れていることを自覚してしまっている…そして、それは同時に自身の存在意義を見失ってしまう。
この状態が続けば、薔薇水晶は近い内に、魂が旅立ってしまうかもしれない。

真紅 「薔薇水晶の魂を繋ぎ止めるには、オウとはまだ繋がりが浅すぎる」
真紅 「薔薇水晶が負った傷と共に、魂の繋がりを修復しなければ…」

翠星石 「でも、ヤンキーはバカですよ。バカだから…そんなことしなくても、薔薇水晶を繋ぎ止められる…翠星石は、そう思うです」

金糸雀 「カナもそう思うかしら…オウは、薔薇薔薇にぞっこんかしら♪」

ふたりは自身があるようにそう言う。
確かに…そうかもしれない。

真紅 「今の想いが、強ければ強いほど…繋がりを失った時の反動も大きい」
真紅 「必要としてくれる誰かがいるのであれば、それを『繋げる』必要もあると思うの」
真紅 「そして、それを繋げることが出来るのは…人形師だけ」
真紅 「それも、お父様に匹敵するほどの『神業級の職人』(マエストロ)でなければ…」
真紅 「このままでは…薔薇水晶は、そこに『いるだけ』になってしまう…ただそこに『いるだけ』の人形に、もう繋がりは存在しない」

翠星石 「…薔薇水晶、オメェ…何でヤンキーを信じてやらなかったですか……?」

薔薇水晶 「………」

翠星石は薔薇水晶に語りかける。
だけど、薔薇水晶は答えない。
翠星石は、薔薇水晶の側で静かに話しかけ始めた。

翠星石 「…バカですよ、オメェは」
翠星石 「記憶が戻らなかったら…今頃はヤンキーと一緒に飯でも食ってたはずですのに」
翠星石 「何で…記憶が戻っちまったですか……」

翠星石は、涙をこらえるように言葉を搾り出す。
まるで、運命を呪うように、翠星石は薔薇水晶の力ない手を取ってあげる。

翠星石 「オメェ…このまま再起不能にでもなったら、絶対承知しねぇですからね…!」

金糸雀 「翠星石! 不吉な事言わないでかしら!! 薔薇薔薇は…きっと華麗に復活するかしら!!」

真紅 「…でも、このままではダメよ、本当の意味で薔薇水晶を蘇らせるには…」

翠星石 「……」
金糸雀 「う……」

ふたりは口ごもる…だけど、理解はしているようだった。





………………………。





『同日 時刻18;30 高峰宅』


オウ 「ええと…とりあえず鞄と、着替えはいいか」

俺は必要な物を集め、リュックに詰め込む。
バラスイの鞄は手に持って、薇も入れてある!
一応、携帯ゲームでも持っていくか? まぁ使うかはわからんが…
俺は一通り必要そうな物を揃えると、机に残されたままの文字を見て鬱になる。

オウ 「……あのバカが」

俺は、机に書かれている文字を消しておく。
机に書かれていた文字は『さようなら』の5文字。
下手糞な覚えたての日本語で、鉛筆書きしてやがった…机には書き辛いだろうに。

オウ (…バカだあいつは、俺は納得してねぇぞ)

あいつが、どんな想いで別れを告げたのかはわからない。
でも、あいつがずっと悩んで、ひとり悩み続けていたのはわかる。
俺は…待つと言って、結局何もしなかっただけだ…
あいつが、別れを告げるほど…追い詰められていたなんて。

オウ 「…バラスイ、ごめんな」

? 「そう言うセリフは、本人の前で言ったらぁ?」

俺は誰もいないと思っていた所で呟いた。
だが、いきなりの来訪者に不覚にも聞かれてしまったようだ。

オウ 「チ、チックショウ! 立ち聞きは卑怯だろ!?」

水銀燈 「あら、立ってないわ、飛んでるわよ?」

そう言って、銀ちゃんはパタパタと翼をはためかし、その場で浮く。
チックショウ…おちょくってやがるな?

オウ 「ったく…礼を言う前にいなくなるから、気にするだろうが!」
オウ 「……ありがとな、銀ちゃん♪」

俺がそう言ってやると、銀ちゃんはわずかに照れる仕草を『一瞬』見せる。
だが、すぐに表情を変え、こう返してくる。

水銀燈 「…れ、礼を言われる必要はないわ! ただの…気紛れよ」

オウ 「おう…その気紛れに感謝だぜ!」

俺は親指を立て、ニカッと笑う。
すると、居心地が悪そうに銀ちゃんは、目を背けてしまった。
なんでぇ、照れてるのか。

オウ 「…で、何か用があったんじゃないのか?」

水銀燈 「…別に、薔薇水晶が死んでないか見に来ただけよ」

オウ 「…それは激しく趣味が悪いと言っておく」
オウ 「ちなみに、バラスイなら今頃は真紅たちの家だ」
オウ 「今日はそっちで世話になる予定だから、気になるなら一緒に行くか?」

俺がそう言ってやると、銀ちゃんは特に考える事もなく。

水銀燈 「遠慮しておくわぁ…馴れ合いなんてたくさん」
水銀燈 「特に、真紅のいる家になんて、あまり行きたくはないもの…」

オウ 「…? 銀ちゃん、真紅苦手なのか?」

俺はちょっと気になったので、聞いてみることにした。
すると、銀ちゃんは思い出すのも嫌と言わんばかりの嫌そうな表情をする。

水銀燈 「当たり前じゃない! 真紅は私の敵よ?」
水銀燈 「そりゃ…あれから、あまり会うことも無かったけど、私は真紅を許してはいないわ」

オウ 「…? 許す……って、何かあったのか?」

水銀燈 「!! …忘れなさい、話す気もないわ」

銀ちゃんはそう言って、そっぽを向く。
何か…よっぽどの事があったっぽいな。
真紅は、銀ちゃんのこと結構平気っぽいけど…銀ちゃんはそうでもないのか?
でも、前に食事した時は割と普通そうだったよな…?

オウ 「…まぁいいや」
オウ 「とりあえず、行こうぜ? 約束…したしな」

水銀燈 「だから、私は行かないって…! ……? 約束ぅ?」

銀ちゃんは約束の部分に?を浮かべ、不思議そうな顔をした。
俺は軽く笑って、約束の内容を告げてやる。

オウ 「…ヨーグルト、作ってやるって言ったろ? 材料はもう買ってあんだぜ?」
オウ 「乳酸菌もたっぷりだ…」

水銀燈 「………」
水銀燈 「…しょ、しょうがないわね」
水銀燈 「そこまで言うなら…行ってあげてもいいわよぉ?」

オウ 「うっし、なら材料持っていくか! っても、この時間じゃ今日作っても食うのは明日になりそうだが…」
オウ 「まぁ、晩飯は晩飯でリクエスト聞いてやるよ! 出来るもんなら好きに言ってくれ!!」

水銀燈 「そうねぇ…少しは期待してあげるわぁ〜」
水銀燈 「せいぜい、まともな物を出す事ねぇ…」

銀ちゃんはそう言って、微笑む。
へへっ、やっぱ銀ちゃんも何だかんだで皆のこと気にしてんだな…

オウ 「ははっ、未熟もんだがよろしくな! うしっ、じゃあ行くか!!」





………………………。





『時刻19:00 桜田宅』


オウ 「う〜っす、お邪魔するぜ〜!」

のり 「あっ、高峰君! 今日は泊まっていくんだって? 話は聞いてるよ♪」

オウ 「おう! 寝床はリビングでいいから気にすんなよ?」

のり 「え? でも…お客さんなんだし、それはちょっと…」

オウ 「アホッ! 約束忘れたか!?」

のり 「え? や、約束?」

こいつは完全に今日言ったことも覚えてないらしい…
仕方ないので、俺はもう一度言ってやる事にした。

オウ 「今日一日、絶対に気を使うな!!」

のり 「…あ!」

桜田は明らかに忘れていた…と言う顔で反応する。
まぁ…予想はしてたんだがな。

オウ 「つーわけで、晩飯は任せろ! 材料は持ってきた!!」
オウ 「後で厨房借りるぜ〜」

のり 「え、ええ!? ご飯なら私が…」

オウ 「気を使うな!!」

のり 「は、はいっ!」

俺は念を押しておく。
こいつは変な所でガンコだからなぁ…ここで釘を刺しておかないと、いらぬ気を使いやがる。
俺は荷物を抱えたまま、全員いると思われるリビングへまず向かった。



………。



オウ 「よ、全員いるのか…銀ちゃんは?」

真紅 「? 水銀燈のことかしら? ここへは来ていないわよ…?」

翠星石 「さすがに、あいつが来るわけねぇですぅ…偏屈の塊ですからねぇ〜」

水銀燈 「あらぁ…誰が偏屈なのかしらぁ?」

金糸雀 「ひいぃっ!? 思いっきりオウのリュックに引っ付いてるかしらぁ!?」

オウ 「……何だ、引っ付いてたのかよ。声ひとつかけてくんねぇもんなぁ〜」

俺は背中に背負っていたリュックを降ろす。
すると、銀ちゃんはサッとその場から床に着地した。

真紅 「あら水銀燈…珍しいわね」

水銀燈 「…本当は来るつもりはなかったけど、馬鹿な人間がどうしても来てくれとせがむから、仕方なく来てあげたわぁ〜」

マテイ…馬鹿な人間って俺か?
しかもせがむって…まぁ、いいけどな。

オウ 「とりあえず、今日は一緒に飯を食う仲だ!」
オウ 「作るのは俺だが、文句は言うなよ!?」

真紅 「あら…それは大変ね、水銀燈の口に合うかしら?」
真紅 「まぁ…前にも一度食べている事だし、そんなに気にする必要もないわね」

真紅は微妙に意識しているのか、やや挑発的に言う。
だが、銀ちゃんはあまり気にしていないようで、特に言葉を放たなかった。
むしろ気にしているのは…

薔薇水晶 「……オ、ウ」

水銀燈 「……」

オウ 「バラスイ…帰ったぞ」

薔薇水晶 「…オ……ウ」

バラスイは力ない声で俺の名を繰り返す。
こんな状態じゃ、飯も食えねぇだろうな。
ちなみに、今はソファーに布団を着せて寝ている状態だ。
服は…派手に切り飛ばされたからな…代えの服、どうすりゃいいか…

翠星石 「ヤンキー! 今はとりあえず飯を作るです! 皆腹減ってるですよ〜」

金糸雀 「その通りかしら〜…早く、甘〜い卵焼きを〜」

オウ 「へいへい、ちょっと待ってくんろ…って、キンちゃんまた卵焼きか?」

金糸雀 「朝はちょっと塩味だったから、今度は砂糖がいいかしら!!」

オウ 「了〜解、んじゃ、まとめてやっからなぁ!!」

俺は袖を捲くり、腕を振るう。
バラスイのことは、とりあえず明日だ…
今は、ゆっくり休ませてやらないとな。
俺はそう思い、厨房へと向かう。
材料と計算しながら、俺は献立を頭に浮かべる…いつも以上に、今日はいい物ができそうだ!



…To be continued




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