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Rozen Maiden 〜eine neue seele〜



第10話 『望み 〜Wunsch〜』




『某日 時刻6:00 桜田宅』


オウ 「………」

翠星石 「……ZZZ」
金糸雀 「…玉子焼き……かしら〜…ZZZ」

真紅 「……もう、行くの?」

水銀燈 「……ええ」

結局、昨日は食事をして、皆すぐにその場で眠ってしまった。
翠星石も金糸雀も、薔薇水晶の事でオウが落ち込まないよう、無理してはしゃいでいる様にも感じたわ。
そして、水銀燈も…少なからず気を使ってくれた気がした。

真紅 「…水銀燈、あなたはこれからどうするの?」

水銀燈 「…別に、いつも通りよ」
水銀燈 「本当の『7体目』が現れない以上、アリスゲームは終わらない」
水銀燈 「それは、あなたも分かっているはずでしょ?」

水銀燈はわざとらしく微笑んで言う。
私がどう答えるかも、彼女には分かっているはず…だからこそ、笑みを浮かべるのね。
だから、私は彼女の予想通りの答えを放つことにする。

真紅 「例え、あなたが戦いを望むのだとしても、私は…もう、戦いは望まないわ」
真紅 「…姉妹同士で戦うことなんて、もう」

水銀燈 「だから、あなたは甘いのよぉ」

バサッ!!

真紅 「!?」

水銀燈は両翼をはためかせ、羽を散ばらせる。
まるで私を威嚇するかの様に、彼女は攻撃態勢に近い姿を見せ付けた。
だけど、私は少し驚いただけで、後は微動だにしなかった。
わかっている…彼女に攻撃する気がないのは。
いえ…違うわね。

真紅 (信じているから……彼女を)

私は自分の中にある信頼を強く持つ。
そして、私がこれ以上反応しないと思った彼女は、すぐに攻撃態勢を解いた。

水銀燈 「……つまらなぁい、らしくないんじゃないの?」

真紅 「…時間で、心は変わるものよ」
真紅 「あなたも、そうでしょう?」

私が優しく微笑んで言うと、彼女は少しバツが悪そうにして背を向ける。
そして、数秒止まった後、彼女は背中越しに口を開いた。

水銀燈 「…私は、まだ許したつもりは無いわよ」

真紅 「!! …それも、わかっているつもりよ」
真紅 「…今更謝っても、償えないと言うことも」

私は、思い出してしまう。
彼女と…初めて会った時のことを。
父を愛し、父を求め、未完成のまま動き出した水銀燈。
私は、その彼女のプライドを粉々にした…
今思えば、許されることではなかった…
彼女の純粋な愛を、私は自分の勝手な考えで踏みにじってしまったのだから。

水銀燈 「…ひとつ、言い忘れていたことがあったわね」

真紅 「…? 何?」

水銀燈は、背中を向けたまま俯く。
そして、とても言いにくそうに、彼女はこう告げる。

水銀燈 「……ブローチ、悪かったわね」

真紅 「!? …水銀燈、あなた」

一瞬、私は涙を流しそうになる。
水銀燈が、唐突に放った謝罪。
その言葉の重さを…私は骨身に感じた。
そして、私は確信もする…彼女を信じて良かった、と…

水銀燈 「…勘違いしないでよ? これで貸しは無し」
水銀燈 「あなたが先に謝ったからよ…」

ヒュンッ!

真紅 「あ…」

私が言葉を放つ前に、水銀燈はnのフィールドに消えてしまった。
私は、あの時のことを思い出す。
お父様からいただいたブローチ…私への怒りで、それを砕いた水銀燈。
当時の私は、そのショックに耐え切れず、怒りを露に水銀燈を罵った。
…元を辿れば、私が彼女を怒らせてしまったから。

真紅 (でも…彼女は謝ってくれた)

その言葉でようやく、私の心にのしかかっていた枷が、軽くなった気がした。
今までで、一番嬉しかったかもしれない。
そして私は、本当の意味で姉妹の絆の強さを感じた気がした…



………。
……。
…。



『時刻8:00 桜田宅・リビング』


ジャーーーーーーー!!

オウ 「ふぁ〜あ…」

翠星石 「こらヤンキー! フライパンに火を当てながら欠伸はよすですぅ!!」

金糸雀 「全くかしら! 卵が吹っ飛んだら大変かしら!!」

オウ 「あ〜! 朝からやかましい! 俺がそんなヘマするかっての!!」
オウ 「ほれっ、一丁あがり!」

俺はフライパンで簡単にスクランブルエッグを作る。
まとめて作るのが楽だから、多人数相手にはこれが楽でいい。
幸い、細かい材料もあるから、味に工夫はできるしな!

金糸雀 「はぁ〜ん♪ いい匂いかしら〜…」

翠星石 「たかだかスクランブルエッグで、何を言ってるですか…」

真紅 「あら、スクランブルエッグを馬鹿にしてはいけないわ…これほどお手軽に食べられる料理、とても優秀と言えるわ」

そう言って真紅は優雅にナイフとフォークを使い分けでスクランブルエッグを食べる。
…フォークはともかく、ナイフ使う必要あるのか?

金糸雀 「〜! 美味しいかしら〜♪ 牛乳のクリーミーさが最高かしら!」

キンちゃんは大絶賛…キンちゃんは卵料理がよっぽど好きなのか?
翠星石も口は悪いが、味に文句は無い様だな。

のり 「でも、本当に美味しいわ〜♪ 高峰君って料理上手よね〜♪」

ジュン 「…確かに、ちょっと見た目からは想像つかないもんな」

オウ 「言いたい放題だな…まぁ、別にいいけどよ」

キュッ! …ジャァァァァァァッ!!

俺は全員に料理が回った所で手を洗う。
ま〜だ眠気があるな…朝はそんなに弱くねぇんだが。

オウ 「………」

薔薇水晶 「……」

俺は、ソファーに寝かされたままのバラスイを見る。
あれから、バラスイはうなされる様に俺の名を呼んだ。
今は少し落ち着いたのか、バラスイは目を瞑って死んだように眠っていた。

真紅 「オウ、あなたも早く食べなさい…折角の料理が冷めてしまうわよ?」

オウ 「ん? …おう」

俺は一旦視線をテーブルに戻す。
開いた席に俺は腰掛け、すでに並んでいる皿を前に俺は手を合わせ。

オウ 「いただきます!」

…と、一礼して食事を始める。
久し振りにスクランブルエッグも作ったが、味は悪くなかった…



………。
……。
…。



『時刻9:00 人形店 Enju』


ジュン 「…ここです」

オウ 「…あ〜、そういや何度か通りかかったことはあんな」

俺たちは、早い時間から例の人形店にたどり着いていた。
外観は普通の人形店…とは違うようにも感じる。
入り口には『CLOSED』のプレートがかけられており、店は閉まっているようだった。
いや、時間的にはまだ開店じゃないのか?

ジュン 「…やっぱり、閉まってるよな」

真紅 「ジュン、扉が開くか試してみなさい」

ジュン 「はぁ!? そんなの無理に…」

真紅はジュンが手に持っている鞄の中から指示を出し、ジュンは明らかに嫌そうな反応をした。
ちなみに、俺の手にも鞄があり、そこにはバラスイが入っている。
翠とキンちゃんは今回留守番だ。

ガチャッ!

オウ 「開いたぞ」

ジュン 「うぇ!?」

俺は扉を普通に開け、中への進入経路を確保した。
鍵は…かかってなかったのか。
俺はとりあえずそのまま中に入る。

オウ 「すんませ〜ん! 誰かいますか〜!?」

俺は堂々と中に入り、店内でそう叫ぶ。
電気は点いていないので、中は薄暗い。
ジュンも渋々中に入ってきて、鞄を開け真紅を外に出した。

真紅 「…誰もいないのかしら?」

ジュン 「マズイんじゃないのか? これって不法侵入じゃ…」

オウ 「…ここに飾られてるのが、槐って奴の人形か?」

俺は誰も出てこないので店内の人形を見渡してみた。
どれも、バラスイとは似ても似つかない人形ばかりだ……いわゆる、普通の人形。
これはこれでいい作品たちなのかもしれないが、バラスイに比べると生きた感じはしない。
同じ人間が作った人形…と言うには差がある気がするな。

ジュン 「…前に来た時と、ほとんど内装は変わってない」

真紅 「…でも時間が経っているにしては、埃を被っていないわね」

ジュン 「…? 本当だ…ってことは」

真紅が目ざとく状況を見て、ジュンが考える。
俺にはよくわからんが、何か重要な事だったらしい。

ジュン 「…誰かが、掃除をしていた?」

真紅 「前に来た時は、ラプラスの魔が店員をやっていたそうね」

ジュン 「あ、ああ…今考えても、理由はわからないけど」

真紅 「…考える必要は無いわ。あんなイカレウサギのことなんて」

オウ 「…ルナティックヘアー?」

真紅 「あら、意外な言葉を知っているわね」

オウ 「…ゲームで見たことがある、イカレウサギだってさ」

ジュン (何のゲームなんだか…)

俺たちは少々話が脱線したことを感じる。
少し無言の時間が過ぎ、ジュンが話を戻す。

ジュン 「と、とりあえず…一度改めた方が」

オウ 「面倒だろ、奥に進むぞ…何かあったら鏡にでも飛び込みゃいい」
オウ 「警察が追って来れるわきゃねぇしな」

俺はそう言って、奥に続く通路を進んでいく。
どうやら、先は工房のようだな。

真紅 「行くわよジュン? 遅れないよう着いて来なさい」

ジュン 「あぁもう! わかったよ!!」



………。



オウ 「……」

真紅 「…どうかしたの?」

オウ 「!? あ、いや…ちょっと、な」

俺は工房らしき場所で立ち尽くしていた。
見ていたのは、人形のパーツだ。
目玉も髪も着いていない頭、球体間接がむき出しの手足。
服も着せられていない胴体。
改めて見て、俺はこれが人形だと再認識する。

オウ (そうだ…これが『人形』なんだ。バラスイや真紅がむしろ普通じゃない)
オウ (いや、バラスイだってパーツをバラせば、こうなるんだよな…)

考えたらゾッとしてしまう…
普段、あれほど不自然に動く人形が元はこんなんだと思うと…
下手に物を擬人化するなという、いい例だ。

ジュン 「…やっぱり、誰もいないのか?」

真紅 「そうね…電気も点いていないし、誰もいないのかもしれない」

オウ 「……」

ガチャ…

薔薇水晶 「……」

真紅 「…? オウ?」

ジュン 「薔薇水晶を出して、何を…?」

俺はふたりの不思議そうな視線を尻目に、バラスイを机の上に寝かせる。
バラスイにはタオルを一枚巻きつけているだけで、それを外すとバラスイの傷ついた胴体が露になった。
それを見て、俺は改めてバラスイの痛みを痛感する。

オウ 「…バラスイ」

薔薇水晶 「……オ、ウ…」

バラスイは俺の名を呟く。
俺の声が聞こえているのかはわからない。
俺は…ただ、バラスイを助けてやりたい。
深く、傷の入ったバラスイの胴体。
首の辺りから下腹部の辺りまでを斜めに切り裂かれ、中の空洞が半分以上見えていた。
真紅曰く、この状態で魂を繋ぎ止めているのは不思議な程らしい。
つまり…それほどバラスイは『生きたい』と、思っているはずだ。

オウ 「…誰もいねぇなら、俺が治すまでだ」

ジュン 「えぇっ!? でも、そんな簡単には…!」

真紅 「そうよ! 下手に触って悪化させでもしたら!」

ふたりは当然の様に止める。
こんなもん、素人にできるはずがねぇのはわかってる。
だが、俺はこのまま引き下がるのは嫌だった。
こう言うのは気持ちの問題だ!

オウ 「やると言ったらやる!! バラスイは、俺が助ける!!」

カァァァッ!!

オウ 「!?」

ジュン 「こ、これって…!?」

真紅 「ま、まさか…!?」

俺が強く、バラスイを『助ける』と思った瞬間、俺の指輪が光を放った。
そして、指輪の光はバラスイの身体を包み込み、見る見る内ににバラスイの傷を修復していった。
まるで肉体が高速で自己修復するかの様に、傷はどんどん塞がり、数分もしない内にバラスイは無傷の状態に戻ってしまった。

真紅 (私の時と、同じ? まさか…オウも『神業級の職人(マエストロ)』と同等の…?)

ジュン (僕の時もそうだった…突然指輪が光って、真紅の外れた腕を治したんだ)

オウ 「…バ、バラ…スイ?」

薔薇水晶 「……オ、ウ?」

オウ 「!!」
真紅 「!!」
ジュン 「!!」

俺たちは全員笑みを零す。
俺の呼びかけに、バラスイはしっかりと俺を見て答えたのだ。
バラスイは、どこか不安そうに俺の顔へ手を伸ばす。
まだ身体が辛いのか、バラスイは震える手をゆっくりと俺の頬へ…

薔薇水晶 「オ、ウ……」

オウ 「バラスイ…俺はここにいるぞ」

俺はバラスイの震える手を頬の側で握り、ぎゅっ…と握り締めた。
そうすると、バラスイは安心したように笑みを浮かべる。
そして、真紅がそっとバラスイの方にタオルをかける…そう言えば、裸のままだったな。

薔薇水晶 「…真、紅?」

真紅 「薔薇水晶…良かった、本当に」
真紅 「ジュン! あれを…」

ジュン 「あ…うん!」

真紅が何やらジュンに指示をする。
すると、ジュンは小さなショルダーバッグの中から一着の服を出した。
それは、薔薇水晶の服だった。

オウ 「え? それって…?」

真紅 「私の命令で家来に作らせたわ、ああ見えてジュンは立派な職人よ」

ジュン 「家来って言うな! ほら…靴と眼帯も」

薔薇水晶 「……あ、りが、と」

バラスイは棒読みの口調でそう言って服を受け取る。
俺はその場から退席する事にした、ジュンもそれを見て着いて来た。



………。



オウ 「…なぁ、これってどうなってんだ?」

ジュン 「…指輪ですか? 僕にもさっぱり」
ジュン 「僕が真紅の腕を治した時も…似た様な物でしたし」

ジュンはそう言って俯く。
そうか…真紅も腕を壊したことがあるのか。
で、ジュンがそれを治した、と…

俺は天井を見上げて口を開く。

オウ 「俺は、こう思うんだ……バラスイも真紅も…頼れる相棒が必要なんじゃないかって…」

ジュン 「…相棒?」

俺の言葉にジュンは反応して俺を見る。
俺は天井を見上げたまま、言葉を繋げる。

オウ 「互いに信じられる相棒だ…真紅は口では家来とか言ってるけど、きっとお前のことは誰よりも信頼してる気がする」
オウ 「俺はまだ…バラスイとは日が浅いし、お前らほどにはなれてない」
オウ 「でも、なれると俺は確信した…俺が、バラスイを治せたってことは、きっとそう言うことなんだろうって思う」

ジュン 「…そう、なのかな? 真紅の性格からだと、想像しにくいけど」

ジュンはそう言いつつも、満更でもない表情をする。
自分で理解はしているんだろう、だから笑えるんだ。
人形との信頼関係……ハタから見たら頭がイカレていると思われるかもしれない。
だが、俺はそれでもいいと思う…それだけ、俺はバラスイを信じてやれる…と思えた。



………。



真紅 「…待たせたわね」

薔薇水晶 「……」

数分後、ふたりが工房から姿を現す。
薔薇水晶は真紅に手を引かれ、ややおぼつかない足取りで歩いていた。

オウ 「…すまねぇな真紅、代わるぜ」

真紅 「ええ…さぁ、薔薇水晶」

薔薇水晶 「……オウ」

今度はしっかりした声で俺の名を呼ぶ。
俺は何も言わずに微笑んで薔薇水晶を抱き上げてやる。
屈んで左腕を出し、薔薇水晶は自然とそこに座る。
俺はそのまま立ち上がり、薔薇水晶はバランスを取るように、俺の胸に身体を寄せた。

真紅 「…あら、ジュンの時は大違いね。レディの扱い方をわかっているわ」

ジュン 「…悪かったな、知らなくて」

オウ 「…アニメでこう言う抱え方を見たことがあるだけだ」

真紅 「……」
ジュン (どんなアニメなんだ?)

ふたりはやや呆れているようだった。
何かマズイこと言ったか俺?





………………………。





『時刻12:00 桜田宅』


翠星石 「薔薇水晶…本当に復活したですかぁ!?」

金糸雀 「やっぱり思った通りかしら! 薔薇薔薇は華麗に復活したわ!!」

のり 「良かったわね〜薔薇水晶ちゃん♪ そうだ、今日はとびっきりの花丸ハンバーグを作らなきゃ!!」

桜田の家に戻ると、留守番をしていた3人が薔薇水晶の復活に驚く。
正直俺も驚いてるからな…こうもあっさり行くとは。
桜田は勢いのまま厨房に向かったが…やれやれ、気の早い奴だ。

ジュン 「ふぁ…何か、一気に眠気が…」

真紅 「ご苦労様、服を作るのに徹夜だったものね…ゆっくり休むといいわ」

ジュンは大きな欠伸をして眼鏡を外し、目を擦った。
そうか…バラスイの服のために徹夜までしてくれたのか…チクショウ、嬉しいことしてくれるぜ!

オウ 「…良かったなバラスイ」

薔薇水晶 「……?」

バラスイはよくわかっていないようだった。
俺はバラスイをゆっくりソファーに座らせてやり、微笑む。
そして…俺は床を見つめ、大きく息を吐く。

オウ 「ふぅ〜〜〜…これで、一件落着だな!!」

翠星石 「アホかですぅ! そもそもの原因がまだ解決してねぇですよ!!」

金糸雀 「全くかしら! 虹孔雀とか言うのがいつまた薔薇水晶を狙ってくるか…」

俺は言われてハッとなる。
そういや忘れてたな…虹孔雀のこと。
その事も聞いておいた方がいいだろうか? いや、もうどうでもいいか…

オウ 「来るなら来い! だな…今度は俺が相手してやらぁ!」

薔薇水晶 「………」

俺はそう言ってやるが、バラスイは不安そうだった。
そういや、バラスイ記憶が戻ったとかどうとか言ってたが…戻る前の記憶は混ざってんのかな?

オウ (…まぁ、後で聞いてみるか)

ジュン 「…ごめん、部屋で眠ることにする」

真紅 「ええ、そうしなさい…イザと言う時に動けないようでは困るわ」

ジュンは眠そうな顔でリビングから出て行った。
お疲れさんだな…弟君。

薔薇水晶 「……オウ」

オウ 「……ん? どうした?」

突然、バラスイが俺を呼ぶ。
数秒ほど、無言で俺たちは見詰め合い、バラスイは口を開く。

薔薇水晶 「…お腹、空いた」

オウ 「………」

薔薇水晶 「……」

オウ 「……」

薔薇水晶 「……?」

オウ 「…もう少し待ってろ、桜田がすぐに作ってくれる」

俺は、急に頭が重くなった気がし、それだけを答えた…





………………………。





『時刻13:30 桜田宅・リビング』


オウ 「んじゃ、世話になったな」

のり 「もう行くの? もっとゆっくりして行っても…」

オウ 「いや、十分だ…これ以上は世話になれねぇ」
オウ 「俺たちは、俺たちで考えることもある…」

俺がそう言うと、桜田は何も言わなかった。
少し不安そうな顔をしたが、すぐに気を取り直す。
俺はそれを見て微かに笑った。

真紅 「…薔薇水晶、もうオウと離れてはダメよ」

薔薇水晶 「………」

バラスイは真紅に言われ、俯く。
表情こそ変えはしてないが、何かを迷っている…そんな風にも取れた。

オウ (…バラスイ)

ス…

薔薇水晶 「…!? オウ?」

俺は俯いて動きそうにないバラスイの手を握る。
バラスイは驚いた表情をしたが、俺は笑って答える。

オウ 「けぇるぞ、俺らの家に?」

薔薇水晶 「…い、え? けぇ…る…」

バラスイは戸惑いながらも、いつものように復唱する。
暫く考えた後、バラスイは俺の顔を見直す。

オウ 「…どうするか、決めたか?」

薔薇水晶 「……」
薔薇水晶 「…帰り、たい」
薔薇水晶 「……オウの家、に」

それは、バラスイの精一杯の言葉だった。
記憶が戻ったって、俺にとってのバラスイは変わらない。
俺は、バラスイの相棒だ!



………。
……。
…。



こうして…俺たちは、ようやく家に戻った。
短い間の出来事だったが、とても長い間…俺はバラスイと離れていたように感じる。
だが、大切なのは…これからだ。
俺は、これからを大事にする。
バラスイが…もっと笑える様に。



………。



『時刻14:00 高峰宅』


オウ 「…ほれっ」

薔薇水晶 「…? これは、何?」

自宅に帰ると、俺はバラスイをテーブルの前に座らせ、ひとつのお菓子を出してやる。
バラスイは初めて見るようで、不思議がっていた。

オウ 「…グミって言うお菓子だ」
オウ 「ヨーグルトのついでにな、こいつも作ってみたんだよ」
オウ 「まぁ、食ってみろ」

薔薇水晶 「………」

色とりどりのグミが皿に並ぶ中、バラスイは少し迷いながら手を左右に動かす。
可愛い奴だな…ここまで迷うとは。

薔薇水晶 「……!」

バラスイはついに決めたのか、紫のグミを取る。
ベタなグレープ味だ、さてどんな反応するやら?

薔薇水晶 「……」

バラスイはグミをひとかじりする。
グミなので当然歯ごたえはソフト。
バラスイはその独特の食感にやや戸惑いながらも、ゆっくりと噛み続ける。
何度か噛み、手に持ったひとつをやがて全て食べ終えたバラスイはゆっくりと俺の顔を見て。

薔薇水晶 「……美味しい」

オウ 「そうか、そりゃ良かった♪」

俺はテーブルの上に左腕で頬杖をしながら笑う。
何だかな…俺、今まで特定の『誰か』に対して物を作ることってなかったからかな…
嬉しいんだ…美味しいって言われるのが。
バイトの仕事で言われたことは何度かあるけど、それとは全然違う。
バラスイのために作って、バラスイに美味しいって言われる。
それは……とても嬉しいことなんだ。
俺は、妙な幸福感を手に入れている気がした…

オウ 「…へへっ、気に入ったんならまた作ってやるよ」

薔薇水晶 「………」

俺が笑ってそう言うと、バラスイは食べる手を止め、俯いた。
まただ…バラスイはまた、何かを考えている。
俺は、今度こそ聞くことにした。

オウ 「バラスイ!」

薔薇水晶 「…!?」

俺が強めの口調で言ったせいか、バラスイは身体をビクッと震わせ、叱られた子供のような表情を一瞬する。
子供が持つ、不安感…それに似ているのかもしれない。
俺は、やや強めのままの口調で、バラスイに言葉を放つ。

オウ 「バラスイ、俺を頼れ!」

薔薇水晶 「!? ……?」

バラスイは意味が分かっていないようだ。
俺自身、間違えたか?と不安になる。
が、俺は面倒なので強引に話を通すことにした。

オウ 「お前が悩んでいる理由はわからねぇ、だがひとりで抱え込むな!」
オウ 「俺らは一蓮托生…お前がいるから俺がいる…俺がいるから、お前もいるんだ」
オウ 「…って、そんな難しく考えることはねぇ! 俺は、絶対にお前の味方だからな!!」

俺はそう言ってもう一度笑う。
バラスイはそれを見ても、不安は取れないようだった。
俺は、少し焦りながらも、バラスイの心中を察しようとする。
だが、元々人と関わるのが下手な俺が何を言えるだろうか?
う〜む…

オウ (あんまり下手なこと言っても逆効果だろうしなぁ…)

薔薇水晶 「……オウ、私は…どうすればいいの?」

その言葉ひとつで、俺はバラスイの心に近づけた気がした。
バラスイの疑問……そうだ、最初に会った時から、こいつはいつも何かに悩んでいる。
何をする時も、こいつは俺に選択肢を委ねる。
…自分で、何かをしよう…そう思ったことは無いんだろうか?
いや…あるはずだ、じゃなきゃ勝手にサヨウナラは無いだろう。
俺は、あえてそこに突っ込んでみることにした。

オウ 「バラスイ……お前、何で勝手に『さようなら』をしたんだ?」

薔薇水晶 「……?」

バラスイは自分でやったことがわかっていないのか?
俺は、少々いらだちを覚えながらも、出来るだけ冷静に問い詰める。

オウ 「…ここ! 今は消しちまったが、お前『さようなら』って書いたろ?」

俺は机のある部分を指でコンコンッ!と突付く。
バラスイは単に忘れていたのか、特に感情も込めずに答える。

薔薇水晶 「…別れの挨拶」
薔薇水晶 「字の書き方、オウが教えてくれた…」

オウ 「そう言うことじゃねぇ! 何で勝手にサヨナラすんだよ!!」
オウ 「俺は、お前と離れるつもりはねぇよ!! お前は違うのか!?」
オウ 「お前にとって、俺の存在ってその程度のもんか!?」

俺は、やや感情的になってしまう。
いつもの悪い癖だ…カッとなるとついやっちまう。
俺は急に気分が悪くなって左手で顔を塞ぐ。
暫くの沈黙…



………。



オウ (くっそ…何で何も言わねぇんだよ)

薔薇水晶 「………」
薔薇水晶 「…ごめん、なさい」

オウ 「…!?」

唐突な謝罪だった。
俺はバラスイの顔を見て、驚愕する。
バラスイの目からは…一筋の涙が流れていた。
若干、身体を震わせ、バラスイは一言だけ…謝った。
チクショウ…何でだよ。
別に、謝って欲しかったわけじゃない……
それなのに…

オウ 「……もういい!」

薔薇水晶 「!?」

オウ 「…お前が、泣くほど俺のことを想ってくれてるのはわかった…いや、わかってた」
オウ 「俺のことどうでもいいと思ってるなら、うわごとの様に俺を呼びやしねぇだろうしな」

俺は、机を見ながらそう言う。
バラスイは、涙を拭くこともせず、ただバツが悪そうにしていた。
俺は立ち上がり、ハンカチを取ってきてやる。

オウ 「これで顔拭け! ったく、人形の癖に涙は反則だろ…」

薔薇水晶 「………」

ゴシゴシ…とバラスイは顔を拭く。
眼帯外せよ…上から擦るのはおかしいだろ。

オウ 「ってか…眼帯は何の意味があるんだ? お前左目見えてねぇの?」

薔薇水晶 「…? …??」

俺はバラスイの眼帯を外して見てやるが、バラスイは?を浮かべるだけだった。
う〜む…製作者の意図が読めん、もしやバラスイはこれで片目の視力を鍛えて反応速度の向上を!?

オウ (…どこぞの格闘漫画かっての!!)

俺は考えながら馬鹿らしいと思う。
とはいえ、バラスイは眼帯無い方が個人的には可愛いと思うわけだ♪
このまま…ってのはどうだろうか?


コマンド

眼帯は無しの方がよい ←
眼帯はあった方がよい


オウ 「うむ、それで行こう!」

薔薇水晶 「…? オウ、返して…」

オウ 「……はい」

俺のよからぬ企みに気づいたのか、バラスイは眼帯を取り返す。
やれやれ…まぁいいか。

オウ 「……で、お前はこれからどうしたいんだ?」
オウ 「記憶…戻ったんだろ? お前、何か目的あったんじゃないのか?」

薔薇水晶 「……私の目的は、お父様の望みを叶える事」
薔薇水晶 「お父様の望みは、ローゼンメイデンを倒すこと」
薔薇水晶 「お父様の望みは…私の望み……」

オウ 「……」

バラスイは真剣な顔でそう言う。
それが…本心か?
それを俺が問うことは出来ない。
紛れも無い、それがバラスイの目的であり、望みなのだから。

オウ 「…わかった、なら覚悟はしておく」

薔薇水晶 「………」

オウ 「…お前が望むと言うなら、俺は着いて行く」
オウ 「だが、俺はお前を絶対に守ってみせる」
オウ 「誰が相手でも…絶対に、だ」

薔薇水晶 「……オ、ウ」

? 「その意気や良し…!」

パァァァッ!

オウ 「!? うっ…お前は!?」

突然、言葉を放ち窓から姿を現す人形が一体。
紛れも無い、その姿は見覚えがある…

薔薇水晶 「…虹、孔雀!」

虹孔雀 「…ふ、ようやくミーディアムと心を繋いだか」
虹孔雀 「そうでなくては、戦い甲斐がないからな…」

虹孔雀はまるで楽しんでいるかのように鼻で笑って軽く俯く。
コイツの目的が何なのかはわからねぇ…だが、バラスイの敵なのは確実のはずだ!

オウ 「…やる気かよ? だったら相手してやんよ!!」

俺は軽くメンチを切って虹孔雀を睨みつける。
だが、虹孔雀はそんな俺をあしらう様に、一笑に付す。
くっそ…何か、コイツ誰かを髣髴とさせるんだよな〜
誰かは絶対に言わないが。

虹孔雀 「そう急くな…今回は宣戦布告に来ただけだ」

オウ 「宣戦布告だぁ!?」

薔薇水晶 「……ローゼンメイデン。倒すことが、お父様の…望み」

虹孔雀 「…己が父の魂に縛られているのか? それが、本当にお前の望みなのか?」

薔薇水晶 「…?」

突然、虹孔雀は薔薇水晶に問う。
それは、俺が思っていたことでもあった。
バラスイは父の望みが自分の望みと言っている…父、それは槐とか言う奴のことだ。
いない奴の望みが、バラスイの望みだってのか? 馬鹿げてる…

虹孔雀 「…なら、お前に聞こう、高峰 オウ…」
虹孔雀 「お前の望みは何だ!?」

薔薇水晶 「…? オウの…望み?」

虹孔雀が強い口調で俺を睨み、バラスイが不思議そうに俺を見る。
俺は、一瞬身体を震わせる。
俺の望み…か。

オウ 「…俺の望みは、バラスイと一緒にいることだ!」
オウ 「そして、バラスイに友達を作ってやることだ!!」

薔薇水晶 「……トモ、ダ、チ」

虹孔雀 「……だが、薔薇水晶はそれを望んでいない」
虹孔雀 「薔薇水晶の望みとお前の望みは違う…」

薔薇水晶 「!!」

虹孔雀はもっともな事を言う。
そうだ…これはあくまでの俺の望み。
バラスイの望みは関係ない。

オウ 「それがどうしたよ!? 俺は人に合わせんのは苦手だ!」
オウ 「バラスイだってそうだろうよ…こいつは、妙に俺と似ている所、あるぜ?」
オウ 「周りのこと考えねぇで自分勝手に行動するところはそっくりだ…」

薔薇水晶 「……オウ」

虹孔雀 「…ふ、ミーディアムはドールと波長の合う人間でなければならないからな」
虹孔雀 「どうする薔薇水晶? お前のミーディアムはお前と違うことを望んでいる」
虹孔雀 「それでも、お前は…父の望みを優先するのか?」

虹孔雀はまるで薔薇水晶の望みを否定するかのようにそう問い詰める。
こいつ…何を考えてんだ? そんなことして、何の得が…?

薔薇水晶 「…わ、たしは……望み…は」

オウ 「お前が決めろバラスイ!!」

薔薇水晶 「!?」

俯いて苦しそうに悩むバラスイを見た俺は叫ぶ。
迷わせやしねぇ…俺がいる限り、バラスイの道は絶対に迷わせたりしない!!

オウ 「親父とかは関係ねぇ!! お前がやりたいことを考えろ!!」
オウ 「決められねぇなら、俺と一緒に! 来い!!」

薔薇水晶 「…!! オウ…!」

俺の言葉で、バラスイの表情が変わる。
そして、バラスイは虹孔雀を真っ直ぐ見つめ、強い口調で答える。

薔薇水晶 「私は、オウと一緒にいたい!!」

虹孔雀 「……そうか、わかった」
虹孔雀 「それでこそ、私が倒すに値するドールだ」
虹孔雀 「邪魔をしたな…」

バッ!

虹孔雀は満足したのか、身を翻した。
その姿を俺たちは黙って見つめる、そして虹孔雀は最後に…

虹孔雀 「決戦は、明日nのフィールドだ」
虹孔雀 「待っているぞ…薔薇水晶」

虹孔雀は最後に嬉しそうな顔をして笑う。
そしてすぐにフィールドを通って消えてしまった。
後には、俺とバラスイだけが残る。
決戦は、明日…か。

オウ 「バラスイ…よく、決めてくれた」

薔薇水晶 「…オウ」

俺は屈んでバラスイの頭を撫でてやる。
バラスイは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
ようやく…バラスイのはっきりした気持ちが聞けたな。

オウ 「…戦う相手を間違えるなよバラスイ?」

薔薇水晶 「…?」

バラスイは不思議そうな顔をする。
俺は、窓の外を見ながら、静かに答えた。

オウ 「戦う相手は虹孔雀…同じローゼンメイデンでも、真紅や翠、キンちゃんに銀ちゃんは、友達だからな?」

薔薇水晶 「……とも、だち」

俺は『そうだ』と言って、バラスイの頭をまた撫でる。
そして俺は立ち上がって窓を開ける。

ガララッ!!

オウ 「…友達ってのは、大事にするもんだ」
オウ 「そりゃ、喧嘩することもあるだろうが…仲直りはできる」
オウ 「だから、間違えるな…」

薔薇水晶 「………」

バラスイは何も答えなかった。
だが、悩んでいる様子ではない。
あいつはあいつで、理解していることもあるんだろう…今は、それを信じてやることにした。
とにかく…まずは虹孔雀だ。
勝つことを考えなきゃならない…いや、バラスイに勝たせることを、だな。



…To be continued




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