勇者と魔王〜嗚呼、魔王も辛いよ…〜




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第15話 『たとえモンスターでも…』





『4年前 バシュラウクの森』


シーザー 「はぁ…はぁ…!」

私はひたすら走っていた。
目指すはディミトリ殿の館。
早く…早く…急がなくければ!

シーザー 「はぁ、はぁ、ついたか…」

私は何とか時間までに間に合う。

シーザー (ディミトリ殿とは雌雄を決さなければならない)
シーザー (はたして私にあの方を倒せるだろうか?)

ディミトリ殿は曲がりなりにも魔界貴族と呼ばれるほどのお方。
実力だけを測っても十分強い。
加えて、あの狡猾な性格…正面から戦いを挑むなどまず不可能だろう。
まして、あの非常で強欲な性格、私を配下に加えるためなら手段は選ばないだろう。

シーザー 「主よ…私はどうすればいいのでしょうか?」

私はディミトリ殿の軍門に降らなければいけないのだろうか?

シーザー 「今は進むしかあるまい…」

私にはここでどうこうできるわけではない。
ただ、進むしかあるまい…。



…………。



シーザー 「…無人?」

中に入るとそこはまるで人の気配がしなかった。
屋敷の中には静かにクラシックが流れ、無数に立った蝋燭(ろうそく)の炎が揺らめいている。
ディミトリ殿はおろか、人質も配下のモンスターの気配さえもしない。

シーザー 「ただで軍門に降る気はない…というのは承知の上か」

明らかに罠だろう。
しかし、ここで止まる気もない。
罠だろうと何だろうと私は進まなければならない。

ドス…ドス…。

私の足音が妙に大きく聞こえる。
中は蝋燭が照らされているとはいえ薄暗い。
闇討ちには絶好といえよう。

ドス…ドス…。

シーザー 「…ふん!」

ドガシャァッ!!

私は細い通路の傍に立っていた甲冑を叩き潰す。

ディミトリ 「さすがだな、シーザーよ、たった一つのリビングアーマーに一瞬で気づくとは」

シーザー 「冗談はこれくらいにしてもらいたい」

私は正面に現れたディミトリ殿を睨みつけて言う。

ディミトリ 「ふほほ、なに、少し試しただけよ」

ディミトリ 「だが、安心したぞ、一撃で頑強なリビングアーマーを破壊する攻撃力」
ディミトリ 「そして、一瞬で状況を理解する判断力」
ディミトリ 「そなたの力は一流だ、野放しにするには実にもったいない」

シーザー 「…お褒めの言葉、自分にはもったいないあまりです」 シーザー 「しかし、私はそんなことを聞かされるためにここへ参ったのではありません」

ディミトリ 「おお、そうであったな」
ディミトリ 「それで返答はいかがなものか?」

シーザー 「条件が二つあります」

ディミトリ 「ほう、申してみよ」

シーザー 「ひとつは今晩のディナーを生きたまま貰いたい」
シーザー 「もうひとつは私と…戦ってもらいたい!」

ディミトリ 「ほう、私を試すのか?」

シーザー 「ディミトリ殿は私に力を示せばいい」
シーザー 「私が仕える価値があるか見せてもらいたいのです」

これは賭けだ。
私はお世辞に知略に長けた男ではない。
私にはここでディミトリ殿を倒し、人質を助けるしか思いつかない。

ディミトリ 「ふほほ、よかろう、ついてきたまえ」

シーザー (…かかった!)

ディミトリ殿はそう言って私に背中を向けて歩き出した。
私はそれについていく。
ディミトリ殿はこちらの賭けに乗ってきてくれた。
あとは、倒すしかない!



…………。



シーザー 「…ここは?」

私はディミトリ殿についていくと、ある広い部屋に着いた。
そこは石造りの部屋で、どことなく血の臭いがしていた。

ディミトリ 「私はくだらない娯楽が好きでね」
ディミトリ 「この部屋は決闘場。捕まえた人間やモンスターを戦わせあうのよ」

シーザー 「……」

私は何も言えなかった。
ただ、怒りが奥底で静かに燃えていた。
殺しを娯楽にするなど…!

ディミトリ 「ふほほ、さぁ戦おう」

シーザー 「……」

私は静かに左手のカムシーン(円月刀)を握り締めた。
血がたぎる。
すでに私の体は臨戦状態だ。

ディミトリ 「ふほほ、このマンイーターも疼いておるわ」

シーザー (『人喰い剣』マンイーターか!)

ディミトリ殿の右手でマンイーターは生き物のように蠢いていた。
マンイーターはその名の通り人を食らう魔剣だ。
生きてはいるがあれは神器でとは違う。
時に所持者さえも捕食してしまう呪われた魔剣なのだ。
その攻撃力は絶大で、鋼鉄の分厚いアーマーでさえも引き裂いてしまう。
ただし、マンイーターは常に血を欲している。
使用者は常に生贄を与える必要があるのだ。

ディミトリ 「ふほほ、私から行くぞシーザーよ!」

シーザー 「…!」

ディミトリ殿は正面から小細工なしに突っ込んでくる。
私はそれを見て、ディミトリ殿の攻撃をカムシーンで受け止める。

マンイーター 「ガキガキガキ…!」

シーザー 「…!?」

マンイーターは私の剣に噛み付くと噛み砕こうとしていた。
私は咄嗟にディミトリ殿から離れた。
マンイーター相手では鍔迫り合いもできんか。

シーザー (ならば!)

私は距離を離したところでヒートブレスを放つ。

ディミトリ 「ふほほ、やるではないかシーザーよ!」

ディミトリ殿は私の放った炎の中で笑っていた。
効いていない…?

シーザー (いや、これは!?)

ディミトリ 「だが!」

シーザー 「くっ!」

突然、ディミトリ殿は後ろから斬りかかってくる。
炎の中にいるのは『イリュージョン(分身)』か!

ディミトリ 「もらった!」

シーザー 「!」

ディミトリ殿のマンイーターは私の背中を襲う。
私は咄嗟に『尻尾』を犠牲にすることにした。

ディミトリ 「ぬっ!?」

マンイーターは当然のごとく私の尻尾に噛み付いた。
そのままマンイーターは簡単に私の尻尾を噛み切る。
しかし、その時ディミトリ殿に大きな隙ができる。

シーザー 「てぇあっ!」

ガキィィン!

私はすぐに反転し、ディミトリ殿のマンイーターを跳ね上げた。

ガキィ!

マンイーターは宙をクルクルと舞い、地面に突き刺さる。

ディミトリ 「ふ、尻尾があるのを忘れていたわ」

シーザー 「…尻尾はまた生えてきます…この程度なら犠牲にもなりません」

私は仮にもリザードマン(トカゲ人間)だ。
当然尻尾も、またしばらくしたら生えてくる。
これは種族的な特徴だ。

ディミトリ 「ふ、トカゲの尻尾か」

シーザー 「私はこのままディミトリ殿を殺めることもできます」
シーザー 「しかし、人質を解放し、金輪際私に関わらないというのなら見逃してもいいと思っています」

私は刃をディミトリ殿に向けたまま言った。

ディミトリ 「ふ、私と取引しようと?」

シーザー 「そういうことです」

穏便に終わるならそれに越したことはない。
私はそう思っている。

ディミトリ 「ふ、ふほほ! よかろう、そなたが勝ったのだ」
ディミトリ 「その取引、受けてやろう」

ディミトリ殿はそう言うと高らかに笑う。
よかった…これで無事終わる。

ディミトリ 「いでよ! 小さき少年よ!」

ゴォォォウッ!

ディミトリ殿がそう言うと突然私の目の前に大きな火柱が上がる。
そして、その火柱はすぐに消え、中から人族の少年が現れた。
間違いない、ヘルハウンドから救った少年だ。

少年 「あ…」

シーザー 「安心しなさい、もう大丈夫です」

少年は不安そうに私を見ていた。
やはりモンスターである私が怖いのだろう。
しかし、少年は。

少年 「う、うん…」

少年はややためらいながらも頷いた。

シーザー 「君の住んでいるところまで送ろう」

少年 「うん…ありがとう…」

少年はそう言うと私に近づいてきた。

シーザー 「もう大丈夫です」

私は少年を受け入れると優しく微笑む。
少年にはそうは見えなかったかもしれないが微笑んだつもりだ。
しかし、少年は。

少年 「ありがとう、でも…甘いなシーザー!」

シーザー 「なっ!?」

突然少年は豹変し、私に襲い掛かってきた。
私は反応しきれず、どこからか取り出されたナイフで私の右肩を突き刺した。

シーザー 「ディミトリ殿!? これは!?」

ディミトリ 「ふほほ! 甘いなシーザー!」

ディミトリ殿は大きく笑う。
私の肩からは赤い血が滴り落ちていた。

シーザー 「謀りましたな! ディミトリ殿!?」

ディミトリ 「ふほほ! 騙される方が悪いのよ!」
ディミトリ 「貴様は甘すぎる! これは死合いだよ! 生きるか死ぬかそれだけよ!」

少年 「死ねぇ!!」

シーザー 「くぅ!」

少年は私にトドメをさしにくる。
不覚だった。
ディミトリ殿は初めから約束を守る気なんてない。
そして、ディミトリ殿は私を始末する気だ。
そのためなら何でも利用する…罪のない少年も!

そして、私はついにいままでそんなことにも気づかないとは…。
無念とはこのことか!

シーザー 「く!」

私は少年を攻撃することなどできるはずがない。
しかし、少年は容赦なく襲い掛かってくる。
どうすれば!

ヒュ! ザシュゥッ!

少年 「!?」

シーザー 「なっ…!?」

ディミトリ 「なんだと!?」

突然、一陣の風の刃が少年を襲った。
あまりに突然のことに少年は為す術もなく、その体を切り裂かれてしまう。

ルーヴィス 「甘いな…」

シーザー 「ルーヴィス殿!?」

突然現れたのはなんとルーヴィス殿だった。
まさか、ここまで来ていたとは。
しかし、年端もいかないあの少年をためらいなく切り裂くとは…。

シーザー 「貴殿、なぜ少年を殺した?」

たしかに、やらなければやられていたのはこっちだったろう。
しかし、殺す必要はなかったはず。

ルーヴィス 「あれが、少年か?」

ルーヴィス殿がそう言った時、少年は。

少年 「いてぇな…」

シーザー 「なっ…!?」

少年はおもむろに立ち上がった。
あれで死んでいないと!? いや、それ以前血を流していない…?

ルーヴィス 「なるほど、マリオネットか…」

シーザー 「マリオネット!?」

マリオネットとは平たく言うと人形のことで、ここではいわゆる戦闘用の人形のことだ。
なるほど、少年を模した人形だったのか…。

ディミトリ 「くっ! まさか、こんな侵入者が入ってくるとは!」

ルーヴィス 「誤算というわけか…」
ルーヴィス 「しかし、貴様の誤算はまだ終わりじゃない」

ディミトリ 「なに!?」

ルーヴィス 「はぁっ!」

マリオネット 「ぎぃっ!?」

ルーヴィス殿はその場でディミトリ殿に見せ付けるようにマリオネットを破壊した。

ルーヴィス 「貴様もこうなってもらう」

そして、ルーヴィス殿はディミトリ殿を威圧する。
つまり、ルーヴィス殿は容赦なくディミトリ殿を殺すということ。

ディミトリ 「くぅ! この人族風情がっ!!」

ディミトリ殿は冷静さを失ってか、素手でルーヴィス殿に襲い掛かった。
しかし、その瞬間に勝負は決まっていた。

ルーヴィス 「!」

ザシュウッ!!

ディミトリ 「ぐぅっ!? ば、馬鹿な…」

ディミトリ殿に勝ち目はなかった。
ディミトリ殿がルーヴィス殿を強襲した刹那、ルーヴィス殿は冷静にディミトリ殿の体を切り裂いた。

ルーヴィス 「終わりだ」

ディミトリ 「く、ふほほ…たしかに私は終わりだ」
ディミトリ 「しかし、私一人で地獄へ行くのはさびしいな…」
ディミトリ 「冥土の土産に…連れでも持っていこうか…」

ルーヴィス 「なに?」

…嫌な予感がした。
今、まさにディミトリ殿は死のうとしているにもかかわらずディミトリ殿は笑っていた。

ディミトリ 「今夜のディナーは、黄泉路へのいきつけ駄賃とさせてもらおうか…」

シーザー 「なんですと!?」

ディミトリ 「ふ、ふほほ…さらばだ…ふほほ…」

ディミトリ殿はそれを最後に死に絶えた。

ルーヴィス 「ち、そういうことか」

シーザー 「ルーヴィス殿?」

ルーヴィス 「マンイーターがない…」

シーザー 「なっ!?」

たしかに、周りを見渡しても地面に刺さったはずのマンイーターの姿はなかった。
ここに姿がない…まさか!?

ルーヴィス 「どうやら獲物を求めてここを離れたようだな」

シーザー 「なればマンイーターが向かう場所は!? 急がなくては!」

マンイーターが向かったのは間違いなく人質の少年の下だろう。
急がなくては、せっかく助けにきたのにそれが無駄になる。
それでは本末転倒だ!
私たちは急いでマンイーターを、少年を探すのだった。



…………。



マンイーター 「ガキガキガキ…」

少年 「あ、あわわ…」

マンイーター 「ギシィィッ!!」

少年 「うわあっ!!」

ガキィン!

マンイーターは少年を食べようと少年に飛びかかった。
しかし、間一髪私のカムシーンがそれを防ぐ。

シーザー 「大丈夫か、少年?」

少年 「う、うわわ…ト、トカゲのモンスター…」

シーザー 「!」

少年のその瞳は決して穏やかではなかった。
所詮は我も彼もモンスターだということか。

マンイーター 「ギシィィッ!」

マンイーターは私が庇っている後ろの少年をどうしても襲いたいらしかった。

シーザー (所詮は私もモンスター…その業から逃れようとは思わない)
シーザー (しかし! 私は外道に堕ちるつもりはない!!)

マンイーター 「キィイイイイイッ!!」

マンイーターはその体から無数の鋭利な触手を伸ばした。
もはやその姿は剣と呼べるものではなく、ただの異形な怪物だった。
そして、その触手は私の後ろの少年を襲った。

少年 「うわぁっ!?」

シーザー 「あぶない!」

ドスッ!

私は咄嗟にわが身を犠牲にして、少年を守った。
マンイーターの鋭利な触手は私の硬い体の皮膚を貫いたが、少年に被害が及ぶことはなかった。

シーザー 「だい…じょうぶ…か…?」

少年 「あ…」

少年にダメージはない。
それだけが私には幸いだった。
あとは…こいつを倒さなければ!

マンイーター 「ギ!? ギギィ!!」

マンイーターは明らかに私を嫌がり、触手を私の体から抜いた。
当然だろう、今の私の体内の温度は100度をゆうに超えているのだから。

シーザー 「はぁ!」

私は一気にケリをつけにいく。
やつを即効で倒すためには生半可な攻撃ではいけない!
わが奥義で倒す!

シーザー 「受けよ! 火竜蒼炎斬!!」

私は『右手』に青い炎の剣を作り出し、マンイーターの体を横に薙ぐ。

マンイーター 「ギ?」

しかし、マンイーターはなんともなく、不思議そうな顔をした。
しかし、次の刹那には。

ヒュ! スパン!

私は『左手』のカムシーンをさっき炎で切った部分をなぞるように斬る。
するとマンイーターはまるで紙のようにスパッと真っ二つになるのだった。
斬った時の抵抗はまるでない。
まるで紙を切るようなものだった。

ルーヴィス 「超高温で一瞬で『焼き入れ』を行い、そこにピンポイントに刃を入れたか」
ルーヴィス 「たとえ、どんなに硬い金属でも熱せば柔らかくなるということか」

シーザー 「…また、傍観ですか」

ルーヴィス殿はやはり、あの時と同じように今回も助けることはなかった。

ルーヴィス 「貴様が助けなければ意味はない」

シーザー 「意味?」

私にはわからなかった。
私が助ける意味…?

しかし、次の瞬間、私はその意味を理解した。

少年 「あの…ありがとうトカゲのおじさん…」

シーザー 「!? 気にしなくていい…当然のことをしたまでだ」

少年 「うん…」

少年は照れたように少し微笑み、俯いた。
私は、そんな少年の頭をやさしく撫でるのだった。
そうか…ルーヴィス殿はこのために。

シーザー (ああ…いいものだな、感謝されるというのも)

今まで魔族に感謝されることはあっても人族に感謝されることはなかった。
それがこの少年は私に笑顔を向けてくれている。
それはまるで深い傷を負った私の体を癒すかのようだった。
ああ…温かいな。



…………。



『明くる日…バシュラウクの森』


シーザー 「では、ここでさらばです」

ルーヴィス 「……」

明くる日、私はルーヴィス殿と別れた。
私の傷はルーヴィス殿の精霊魔法で癒され、今は全快していた。

シーザー 「あなたには感謝の言葉もありません…」

ルーヴィス 「別に、やりたいようやっただけだ」

ルーヴィス殿は無表情にそう言った。
その様子はやはり不敵といえば不敵、無愛想といえば無愛想。
しかし、決して冷淡ではない。
どこか、『人間』らしさを持った不器用な人だった。

シーザー 「ルーヴィス殿はこれからどこにむかうのですか?」

ルーヴィス 「宛てはない、ただ北を目指すさ」

シーザー 「…また、会えますかな?」

ルーヴィス 「…さぁな」

そうして、ルーヴィス殿はどこともなく歩き出す。
私は、ただその後姿を見送った。



…………。
………。
……。



『現代:夕刻 魔王城』


シーザー 「…古い話です」

アンダイン 「そんな人間がね」

気がつくと日は傾いていた。
どうやら、ちと昔話が長くなってしまったようだ。

シーザー 「さて、ではそろそろ訓練を再開しましょう」

私はそう言って立ち上がった。
しかし、アンダイン殿は座ったまま首を振った。

アンダイン 「やめておきましょ、今日はそういう気分じゃないわ」

シーザー 「アンダイン殿…?」

アンダイン 「あ〜あ、今日はなんだか疲れたわ」

アンダイン殿はそう言って訓練室を出て行った。
訓練室をでたら、この部屋は私一人になった。
私は吹き抜けになったテラスの外を見た。
外には夕日があり、その夕日は訓練室を赤く照らしていた。

シーザー 「ふ…あの頃見た夕日に似ているな」

私はこの部屋を出るのだった。
今はただ…その夕日に照らされながら。






To be continued



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