勇者と魔王〜嗚呼、魔王も辛いよ…〜




Menu

Next Back





第33話 『アルティマ』





アンダイン 「…魔王の様子は?」

ティナ 「……」(フルフル)

アンダイン 「そう…」

ペティ 「サタン様ぁ…どうして…」

ルーヴィス 「まさか、この局面でセリアがいなくなるとはな…」

ヴァルキリー (サタンちゃん…)

セリアちゃんがいなくなった翌日、私たちはサタンちゃんの部屋に集まっていた。
サタンちゃんはセリアちゃんがいなくなったショックで、部屋に閉じこもってしまった。
あんまりにも心配だったからティナちゃんに励ましに行ってもらったけど、全く意味はなかった。

アンダイン 「はぁ…どうするのよ? こんな状態で勇者がきたら私たち勝ち目がないわよ?」

シーザー 「ですが、我々にはどうしようもありません…」

ヴァルキリー 「そうね…セリアちゃんがどこへ行ったのか…それがわからないことには…」

ルーヴィス 「…どちらにせよ、今がまさに魔王軍最大のピンチだな…」
ルーヴィス 「今、ここに何かあったらこれだけ士気の下がった魔王軍では…ひとたまりもない」

ルーヴィスのその言葉に、我々は言葉を失う。
ルーヴィスの言葉は冷たくも、まさに的を射ていた。
たしかにこんな状況じゃ、まともに戦えないわ。

アンダイン 「これじゃおしまいかしら?」

ヴァルキリー 「大丈夫よ…この城は私が守ってあげる」

シーザー 「! ヴァルキリー様?」

ヴァルキリー 「この城には縁もあるし、もはや乗りかかった船だしね…それよりも! みんな、今はなんとしてもセリアちゃんを見つけること!」
ヴァルキリー 「そして、サタンちゃんをいつもの調子に戻してあげること! いいわね!?」

私は、どうしていいか戸惑っているみんなに一喝する。
柄じゃない上、どう考えても越権行為だけど、もう黙ってられない。

ヴァルキリー (私は神である以前に、サタンちゃんのお姉さん、サタンちゃんは私が命に代えても守るわ…!)



…………。



『同日 同時刻 ?????』


パランス 「……」

ムーン 「どうだ? 適合したか?」

セリア 「……」

僕はムーンが攫ってきたセリア王女を視てみる。
その結果僕の出した結論は。

パランス 「間違いないよ、白の巫女だ! ははは! これで遂に僕たちは白の『アルティマ』を手に入れたわけだ!」

ムーン 「『アルティマ』…ねぇ、伝説の上では聞いたことはあるけどよぉ…本当に実在するのか?」

パランス 「ふふふ…それはこれから試していくことですよ?」

僕も白の巫女の現物は初めて見た。
ただ、白の巫女は究極魔法『アルティマ』を使用できる存在。
10周期に一度、不特定多数の中からたった2人だけが選ばれる。
10周期だ…ながい…長い年月の中、忘れそうになりながらも、それはたしかに存在する。
そして、僕たちはついに手に入れた。

ムーン 「…けけけ、で、試し撃ちはどこでするんだ?」
ムーン 「魔王城か? サーディアス王国か?」

パランス 「我々が生む混沌に、そこまでの大きさは必要ありませんよ…そうですね…」
パランス 「ここなんてどうです? 城塞都市フェルミア」

ムーン 「けっけけ…いいねぇ…いかにも人が集まっていそうだ!」
ムーン 「おい、白の化物、行くぞ」

セリア 「…はい」

ムーンはそう言って白の巫女を連れて、早速出て行く。

パランス (化物か…酷い言い草だ、だけど言い得て妙だねぇ)

白の巫女はムーンの幻術で自我を失い、今はムーンの操り人形と化している。
あれが、ムーンの本来の能力、普段は水の魔法でその能力は隠しているけど、本来はこういった仕事をこなす役割だ。

パランス 「ふふふ…2つそろえば、世界を消滅させることも可能な力…その力、ふたつは要らないんですよ…ひとつあればいい」

僕はムーンには言わなかったけど、フェルミアにはタイミング的に勇者一行も訪れる。
勇者一行と、黒の巫女は、白の巫女の力で消滅してもらおうか…。

パランス 「ふ…ふふふ…ふははははははっ!」



…………。



レオン 「…えと、ここが城塞都市フェルミア?」

俺達はダイナマイツさんとカリミアの村で別れて、ひたすら魔王城を目指していた。
その道中で立ち寄ったのがこの城塞都市フェルミアだ。

アルル 「ひょえええ…これが街? 街の外壁10メートル以上の高さの塀で囲まれているよ?」

エド 「それに…家々は頑丈なレンガ造りだな…おまけに大砲まで所々見えやがる」

俺達のやってきた街、城塞都市フェルミアは予想以上にすごい街だった。
非常に防衛力の高そうな街で、家々も頑丈で大砲が打ち込まれも大丈夫そうな作りだった。

ワイワイザワザワ!

リリス 「それにしても…なんだか騒がしいね?」

レオン 「たしかに…一体どういうことだ?」

街は活気があるというよりは、妙にざわついていた。
俺達はざわめきの方へと向かうと。

シーラ 「! これは…?」

私たちは街の広場に出ると、異様な光景を目のあたりにした。

エド 「なんか…ごつそうな兄ちゃんたちが沢山いるな…」

広場には何故か、武装した色とりどりの戦士たちがいた。
どれもこれも、殺伐としており、ただの集会とは思えなかった。

シーラ 「! 向こうの壇上に、人が上りましたよ!?」

シーラさんが言う方を見ると、確かにひとりの戦士風の男が、壇上へと上がっていた。

戦士 「諸君! よく集まってくれた!」
戦士 「我々は今まで、長く南側の大陸…サーディアス王国に虐げられてきた!」
戦士 「だが、かつての魔王城遠征の際に、サーディアス王国の国力も著しく低下を見せた!」
戦士 「今こそ! 我らが立たねばならん時! 今こそ悪逆サーディアス王国へと宣戦布告をし、正義の鉄槌を下す時だ!!」

ウォォォォォォォォッ!!

エド 「う…うげ…なんつー集まりだ?」

アルル 「ま…まずいよまずいよ〜? このままじゃこの人たち南側に戦火を持ち込む気だよ!?」

リリス 「ん〜…だけど、止めるにも…ねぇ?」

少なくともここには屈強な戦士たちが1000人近く集まっていた。
正直、これだけの数を相手にするのは不可能だろう?

レオン 「どうするたって…ん?」

リリス 「? どうしたんですか? 勇者様?」

レオン 「どこからか…曖昧な敵意が感じるんだ…」

俺はなんだか、この場から突然、違和感の感じる敵意を感じた。
敵意は俺達に向けられているんだけど、明確には俺達に向かっていない…そんな感じだった。

エド 「…こんだけ、反サーディアス派がいるんだ、敵意だってぷんぷんしそうなもんだぜ?」

レオン 「いや…違う…これは…?」

エド 「ん〜? ラー! この辺りの情報は?」

ラー 『これが、この街のマップだ…広場は人間を現す緑で埋め尽くされているぞ?』

エド 「だよな…とりわけ変なのなんて…」

ラー 『む…いや待て! 広場の中央だ…なにか違和感を感じる…これは上か!?』

エド 「上…?」

レオン 「! あれは…!?」

俺は上空に何やら、人が二人浮いていることに気付く。

戦士A 「? なんだあいつは?」

戦士B 「…? 浮いている…?」

アルル 「ちょ…あれって…?」

俺達が、上空に目をやると、アビスの者の格好をし奴と、なんと…。

レオン 「嘘だろ…? セリア王女!?」

間違いなくセリア王女だった。
だが、馬鹿な、セリア王女は魔王軍に囚われているはず!
なぜ、ここに…しかもアビスと一緒に!?



ムーン 「けけけ…いるいる…うじゃうじゃいる…はっはっは! さぁ全て消し去れ! 嘆きを呼べ!! 白の化物!!」

せリア 「…はい…アル…ティマ…」



ラー 『まずい!! 急いで絶対防御を張れ!! 物凄いの来るぞ!!』

エド 「何だと!? 皆! 固まれ! やばい!!」

レオン 「!?」
アルル 「なんなのなんなの!?」
シーラ 「リリスさん!」
リリス 「きゃあっ!?」

俺達はエドの言葉に咄嗟にエドの周りに集まる。

エド 「護れ! ラー!」

ピキィィン…!!

一瞬だった、俺達は絶対防御の中へと入る。
その瞬間…。

カッ!! ドッカァァァァァァァァァァァン!!!!!

アルル 「きゃあああああっ!?」

耳が破壊されるかと思うほどの爆音、アルルの劈(つんざ)くような悲鳴さえもかき消される。
そして、目の前が真っ白になった。
その数秒後…。

エド 「…? あれ…!? あ…足場が!?」

アルル 「ええっ!? いやぁぁっ!?」

俺達は光に包まれたかと思うと、足場がないことに気付く。
俺達は地面へと落下するのだ、地面は10メートルほど下にあり、俺達は背中から落ちた。

レオン 「痛た…こ、ここは?」

俺達はかなりきつい岩肌の斜面におり、いきなりのことに訳が分からなくなる。

エド 「あれ? おかしいな…俺達は城塞都市にいたはずだよな?」

アルル 「アルルたち…またテレポートしたの?」

レオン 「…にしても、馬鹿でかいクレーターだな…なんでこんなところに?」

俺達はとんでもなく馬鹿でかいクレーターの斜面にいた。
クレーターがどれくらいでかいかというと、半径4キロ、深さ500メートルはありそうな馬鹿でかいクレーターだった。
こんなクレーター、どうやったら出来るんだ?
街一つ位なら軽く収まるぞ?

エド 「ラー、ここはどこだ?」

ラー 『…エド、信じられないかも知れないが…』

エド 「? どうしたんだよ?」

ラー 『ここは…城塞都市フェルミアだ』

エド 「はっ!? ちょ…それどういうことだよ!?」

エドはラーと会話しているようだが、突然驚く。
俺達にはラーが何を言っているのかさっぱりわからないんだが?

アルル 「ど、どうしたのエド?」

エド 「ラーはここは、城塞都市フェルミアだと…空間転移なんかしてないってさ…」

シーラ 「!? そんな馬鹿な! では、フェルミアはどこへ行ったというのですか!?」

レオン 「まさか、魔法で削り取った?」

アルル 「ちょ、ちょっと待ってよ! このクレーターのサイズ見て言ってる!?」
アルル 「アルルのメキドでもせいぜい200メートルのクレーターが限界! だけどこれは半径4キロはあるよ!?」
アルル 「しかも、地面が抉られて、クレーターが出来るほどの魔法!? そんなのあるわけ…!」

リリス 「ひとつだけ…あるよ」

誰もが、今の現状を理解できず、混乱している中、一人だけ冷静な者がいた。
リリスちゃんだ。
リリスちゃんは、ひとつだけあると言う。

リリス 「私はあの女性が誰なのかは知らない…だけど、こんなことが可能な魔法は知っている」

レオン 「その魔法は…?」

リリス 「零と無限…白と黒…『アルティマ』」

アルル 「アル…ティマ?」

エド 「なんだ…その魔法? 聞いたこともないぞ?」

リリス 「アルティマは10周期に一度、不特定多数の中からたった2人だけが使用できる究極の魔法」
リリス 「その威力は大地を切り裂き、全てを無へと変える…」

シーラ 「そんな魔法が…?」

レオン 「だけど…リリスちゃん、どうしてそんな魔法を知っているんだ?」

仮に、リリスちゃんの言うアルティマという魔法が本当にあるとする。
だけど、10周期…通常年数に表すと10000年だ…そんな中に一度だけ出現する魔法…それをどうして知っているのか?

リリス 「それは…私も使えるからです」

レオン 「!?」
シーラ 「!?」
エド 「!?」
アルル 「!?」

全員に戦慄が走る。
リリスちゃんが…そんな魔法を?

リリス 「私は黒の巫女、『黒のアルティマ』を扱う者…」
リリス 「そしてさっきのあの少女は白の巫女、『白のアルティマ』を扱う者…」

アルル 「そうだ…思い出した、神魔大戦の伝説の中に存在する2人の巫女、究極魔法アルティマを持って我々魔側に勝利をもたらした二人の巫女が…いた」
アルル 「それぞれ…『白』と『黒』」

リリス 「そう…私は、私たちは古の神魔大戦の秘術を継承してしまった者…」
リリス 「それゆえ、その危険性から私は神族のメドゥーサ様に保護され」
リリス 「そして、現状最強戦力であり、機動力のある勇者一行が護衛に任されたんです…」

シーラ 「なるほど…どうしてもただの名も聞かないような魔族の少女がこれ程のVIP扱いを受けている理由性わかりましたよ…」
シーラ 「まさか…これほどの究極魔法を取り扱う人物…危険すぎますね」

リリス 「黙っていて、ごめんなさい…でも話すことによって危険性も増えるから…ずっと黙っていたの」

レオン 「…謝ることじゃないよ」

エド 「だな…それより、これからどうするかだぜ?」

シーラ 「そうですね…あの状況を見る限り、どういうわけかセリア王女はアビスに囚われていたようです」

アルル 「うぅ〜? でも、セリア王女って魔王軍にとって人質だよ? なんでアビスがそれを持っているの?」

シーラ 「わかりません…恐らく魔王城を襲って攫った者かと…」

レオン 「そんなこと可能なのか? シーザーさんみたいな強い連中が蠢いているはずだろう? 第一魔王がいる」

シーラ 「…謎ですね」

俺達はイマイチう〜んと頭をかしげる。
魔王までいる魔王城がそう簡単に攻め落とせるわけがない。
でも、セリア王女はあそこにいた。
それじゃ、なにか…あれはセリア王女に似ているけど実は赤の他人とか?

アルル 「う〜ん、でもセリア王女って…割にはピンクの洋服に、赤いスカートって割と平民みたいな格好だったよね…?」

シーラ 「以前会ったときには白いドレスを着用していました…」

エド 「じゃ、やっぱり赤の他人か?」

リリス 「あの…正直、私はセリア王女って人のこと全然知らないから、どうでもいいんだけど、それよりこれからのことどうするの?」

レオン 「あ…」

リリスちゃんの冷静な一言に我を思い出す。
ううむ、すっかりあれが本物か偽者かに話がすり変わったが、本来はこれからどうするかということを考えるべきだったな。

レオン 「とりあえず、俺達は勇者一行だ! アビスより魔王! 目指すは魔王城に変わりはないわけで」

シーラ 「そうですね。我々は勇魔大戦を完遂することが目的ですからね」

アルル 「でもさぁ、今までのアビスの行動思い出してみなよ?」

俺達はこれまでのことを思い出してみる。

アルル 「ちりじりになった所をアビスに襲われたよね?」

北側の大陸に入ったときのことだ、4人別行動をとった時に限って、アビスに襲われた。
幸い魔王軍に助けられたけど。

シーラ 「ファントというアルケミストサモナーにもいわれなく殺されかけましたね?」

バシュラウクの森の出口でのことだな、幸いキエンさんがいたことで事なきを得たが。

エド 「皆が石化している間に勇者の山に登ったらチャリッツに襲われたぜ?」

そんなこともあったらしいな…俺は石化していたわけで、さっぱりだが。

リリス 「トドメに今回だね」

有無言わさず、アルティマぶっ放されたな…。
俺達の有無なんか気にしていなかったところ、街を破壊したかっただけのようだが。

レオン 「十中八九、アビスは俺達を狙うよな?」

それが、結論だった。
それを聞いてみんなは…。

アルル 「う〜ん…まぁ、くるよねぇ…」

シーラ 「だと、するとどうやってあのアルティマを防ぎましょうか?」

エド 「一応、ラーの絶対防御で防げることは分かったけどな…」

レオン 「でも、その度にクレーターが出来て、俺達10メートル近く下の地面まで落とされたら、敵わないぞ?」

アルル 「おまけにそれじゃ、人間界がデコボコになっちゃうよ〜…」

全員 「う〜ん…」

非常に困った。
今回はスケールがでかすぎる。
回避が出来る破壊規模ではないし、防いだとしても足元がない。
よって反撃ができない。
つまり、守り一方。
黒羽ちゃんじゃないが、攻めなきゃ勝てない。

リリス 「…試したこともないけど」

アルル 「ん? 何か妙案あるの!?」

リリスちゃんが不意に話をかけてきた。
俺達は期待の眼差しでリリスちゃんを見る。

リリス 「え…えと、相手がアルティマを放つなら、こっちもアルティマを放って威力を相殺すれば攻撃にも移れると思うんだけど?」

アルル 「あっ! なっるほど! その手があったか!」

エド 「けどよぉ、そんなに上手く行くのか?」

シーラ 「失敗したら、消滅するだけですね…」

レオン 「うげ…」

リリス 「あ…ご、ごめんなさい! 勝算もないのに戦闘の素人が口を挟んで!」

レオン 「…いや、リリスちゃんの言った作戦は危険性もあるけど、一番勝率が高いと思うよ」

リリス 「あ…勇者様…」

レオン 「もし、力が負けていれば、こちらは消滅、勝っていれば逆に向こうが消滅…」

エド 「もし、あれが本物のセリア王女だったとするのならば、絶対に攻撃してはいけないしな…」

俺達は一応、王女セリアの救出をサーディアス国王の勅命として受けている。
それが、殺しちゃってしかも、消し炭さえ残らなかった、じゃ洒落にならない。
第一、万が一殺してしまったら目覚め悪いしな。

レオン 「とりあえず…リーダーとしての意見を言わせて貰う」

シーラ 「……」
エド 「……」
アルル 「……」
リリス 「……」

レオン 「俺はリリスちゃんの考えてくれた作戦でいこうと思う」
レオン 「反論もあると思う、だが、現状勝算が一番高いのはこれだ」
レオン 「もちろん危険性も高い、ここから先は、俺と一緒に旅するかは各自で決めてくれ」

アルル 「ちょ…そんな言い方されると…」

エド 「俺達チームだぜ?」

シーラ 「リーダーがその気なら、私たちはそれに従います」

レオン 「…皆、ありがとう!」
レオン 「リリスちゃん、とても難しいことだけど、よろしく頼むよ?」

リリス 「は、はい! 勇者様のお役に立てるなんて光栄です!」

アルル 「それじゃ、そういうことで当面の問題」

レオン 「?」

アルル 「今、クレーターの中腹にいるわけだけど、このまま降って登って真っ直ぐ行くルートと、一旦登って、平坦な道をクレーターの外縁に添って進み、次の町を目指すルート」
アルル 「どっちがいいと思う?」

レオン 「……」
シーラ 「……」
リリス 「……」
エド 「…むぅ」

地味に悩む問題だ。
結構急斜面で降るのも大変だが、そんな急斜面を登るのも問題だ。
だかといって、半径4キロもある超巨大クレーター、その外縁部を歩くのも途方もない距離になる。
これまた、微妙に悩む問題だな…。



…………。



ムーン 「ひゃっははは! やっぱりお前ぇは化物だよ! やっちまいやがった街ひとつ消滅! こりゃ1ヶ月あれば人類死滅できるんじゃね? ひゃはははは!!」

セリア 「……」

パランス 「素晴らしかったよ、さすが白の巫女、我々がイメージしていたものを更に上を行きましたね」

ムーン 「ちげぇねぇ! こりゃ世界を消滅させたなんて、あながち嘘じゃなさそうだぜ!?」

パランス 「そうですね、もし黒の巫女の力も合わされば…この世界は存在できませんね」
パランス 「ですが、そんな力は我々には必要ありません」

ムーン 「あん? てーことは?」

パランス 「ムーン、黒の巫女はあなたが始末してください、白の巫女もいるんですからやれますよね?」

ムーン 「ひゃっははは! 任せとけ! 嬉しいね、嘆きが世界にこだまつる! こんなに嬉しいことはない!」

ムーンはそう言ってまたひゃははと笑い出す。
よほど、白の巫女の力に惚れこんだようですね。

パランス (…ですが、黒の巫女は死んでいない…さすがにラーの絶対防御は突破不可能ですか…)
パランス (ですが、現状では防げても、攻勢にでる手段がない…どうしようもないと思いますが…)



…………。



コンコン。

サタン 「……」

俺は部屋に閉じこもっていた。
俺はベットの上で三角座りのまま、手の中にぎゅっと握るあの日買った物を見ていた。
俺が…俺が浮かれていたばかりに、セリアが行方不明に。
全て…全て俺の性だ。
俺が…。

コンコン。

再び、扉を叩く音。
俺は無視をする、正直誰とも会いたくない。

ヴァルキリー 「…入るよ?」

勝手に扉を開けて入ってきたのはヴァルキリー様だった。
俺は体勢を変えずそのままでいる。

ヴァルキリー 「ねぇ…少しお話しない?」

サタン 「……」

俺は何も答えない。
正直、ヴァルキリー様の顔でさえ、見たくはないと思えた。

ヴァルキリー 「嫌? そう…じゃ、独り言ね?」

ヴァルキリー様はそう言って、扉の縁に背中を当て、喋り始めた。
俺は聞かない振りをした。
本当は聞きたくなかった…だけど、聞こえてくるのだからしかたがない。

ヴァルキリー 「昔ね…昔々…まだ、神様がいっぱいこの世界にいて、ある日神魔大戦が起きちゃった時」
ヴァルキリー 「私は当時はね、神側の軍勢にいたの、まぁ一応神様だしね?」
ヴァルキリー 「ずっとずっと、戦ってきたけど魔側は決して諦めなかった、やがて戦争は膠着状態に入り、次第に戦争は神側の劣勢へと変わった」
ヴァルキリー 「私はね、本当は私の主人であった、オーディン様のために死ぬつもりだった…だけど、オーディン様は私を残してひとり死んでしまったわ」
ヴァルキリー 「心から信じていた…心から愛していた…だけど、オーディン様は死に、私に残ったのは神槍グングニルと神馬スレイプニルだけ」
ヴァルキリー 「正直…その時私の戦争は終わったわ…私は生きることに無気力になって死のうと思った」
ヴァルキリー 「でもね、そのたびに仲間の神が言うのよ、死んでなんになるの? 死んだらあの方は帰ってくるのって…」
ヴァルキリー 「そうやって、私を励まし、なだめ…私に生き恥をかかせたわ…戦士としての誇りを失ってまで私は生き残ってしまった…」

ヴァルキリー様の声は酷くよどみ、物悲しさを語っている。
俺も歴史で習ったことのある神魔大戦のこと。
ヴァルキリー様が語っているのはそれだ。

ヴァルキリー 「だけどね、後悔はしていない、もうあの時のトラウマの性で戦うことは出来ないけど…私はあなたに会えたから」

ヴァルキリー様がどんな表情をしているかはわからない。
だけど、ヴァルキリー様の声に生気がもどった気がした。

ヴァルキリー 「あなたは健気に生きて、そして負けず嫌いで、努力家で、そして優しかった」
ヴァルキリー 「覚えている? あなたたちの両親が死んだ時、ちっちゃなティナちゃんと一緒に私と一緒に暮らしていたよね?」
ヴァルキリー 「なんだか、不思議な気分だった…だけど、ちょっと大人になった気がした…」
ヴァルキリー 「闘争が日常だったあの頃にはなかった穏やかな日々」
ヴァルキリー 「やんちゃで暴れん坊だったけど、優しく思いやりのあるサタンちゃん、まだちっちゃくて赤ん坊だったティナちゃん…とっても可愛かった」
ヴァルキリー 「まるで…子供が二人できちゃったみたい…そう、生命を育んでいるように思えたの」

ヴァルキリー様の言葉が俺の頭で反響する。
そして、走馬灯の様に小さな頃の記憶が俺の頭を駆け巡った。
両親が死んで、俺は赤ん坊のティナをひとりで面倒見ていた。
その際、預けられたのは、他の誰でもない、神族のヴァルキリー様の家だった。

ヴァルキリー 「ねぇ…サタンちゃん、サタンちゃんが悔やんでも、自分を責めても何にもならないよ?」

サタン 「…!!」

不意に、セリアの顔が思い浮かぶ。
誘拐した日の事。
一緒にインスタントラーメンを食べた日の事。
勝手に部屋を抜け出して、闊歩するセリアを追いかけた日の事。
アンダインのことにムキになって怪我したセリアの事。
セリアの悪ふざけで困らされた時のこと。
セリアの笑っている姿。
セリアの怒っている姿。
セリアの泣いている姿。
セリアが噴水広場の前で…ずっと俺を待っている姿。

ヴァルキリー 「辛いことがあるなら言って? お姉ちゃんはサタンちゃんの味方だよ?」

サタン 「!! 勝手なこと言わないでくれ! 他人の癖に!」

ヴァルキリー 「!!? ごめん…ごめんね…サタンちゃん」

サタン 「出て行ってくれ! もう、出て行ってくれよ!!」

ヴァルキリー 「……」

ヴァルキリー様は黙って扉の外に出る。
そして扉を閉め…。

ヴァルキリー 「ねぇ…サタンちゃん、私は…サタンちゃんのこと、好きだよ?」

サタン 「……!!」

ズダンッ!!

俺は手元にあった枕を扉に投げつけた。
枕は扉にぶつかり、ずるずると地面に転げ落ちた。

サタン 「くそ…くそ…! なんだってんだよ…」

セリア…俺はどうすればいいんだ?
正直…今はこの魔王という称号が疎ましくてしかたがない。
セリア…お前は生きているのか?
ヴァルキリー様は言うが…生きていても俺にはいいことなんかあるのか?

サタン 「俺は魔王だぞ…勇者と戦い…死ぬために生まれたんだ!」

死ぬことが魔王の仕事、死んで何が悪い!?
俺達魔王はそういう風に定められたんじゃないか!
俺はいつだって死ぬ覚悟は出来ているんだよ!
死ぬなとか、諦めるなとか勝手なことばっかりみんな抜かしやがって!

ガチャ…。

サタン 「! 出て行け言ったろ!!」

ペティ 「あ…」

アンダイン 「とりあえず、やつあたりするのはいい加減にしたら?」

入ってきたのはヴァルキリー様ではなく、ペティとアンダインだった。

アンダイン 「正直ねぇ、私は元々神霊族、神霊族は代々魔王軍と戦った勇者の味方…正直あんたがどうなろうと知ったこっちゃないわ」
アンダイン 「そんなに死にたいんなら死ねば? だけどね…あんた、そう簡単に死ねるほど軽い立場にはいないんだよ…」
アンダイン 「私はともかくね…ここにはアンタのためなら命を投げ出せるってやつばっかりだよ?」
アンダイン 「そんなに、あんたのことを皆慕い、心配しているのにアンタはやつあたりするだけなの?」

サタン 「うるさい…」

アンダイン 「アンタ、一体何様なわけ?」

サタン 「うるさい…うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

アンダイン 「アンタはそんな中途半端な気持ちで魔王になったわけ!? 部下に心配かけるのが魔王!? 笑わせんじゃないわよ!!」

サタン 「お前に何が分かるんだよ!?」

アンダイン 「何にも分からないわよ! ただね! これだけはわかるわよ…今のアンタは最低だ」
アンダイン 「アンタがこのままだったら…勇魔大戦はただの徒労に終わりそうだねぇ…あ〜ヤダヤダ、じゃ、それだけだから」

アンダインはそう言うと部屋を出て行く。
部屋は再び静かになったが明かりが外から差し込んでいる。
アンダインの奴、ドアを閉めていかなかったのか…。

ペティ 「あ…あの…」

サタン 「…!」

ペティ…まだ、いたのか…。
くそ…なんなんだよ…。

ペティ 「あ…あうぅ…えと…その…」

サタン (なんなんだよ…一体…)

ペティ 「は…はううぅ…え、えと…サ、サタン様…そのぉ…」

サタン 「……」

ペティはなんだか困った顔をしている。
困った顔はいつものことか、だが会話が続かないようだ。

ペティ 「あのぉ…がん…ばって…」

サタン 「…何をだよ…?」

ペティ 「は…はうぅ…わかりませ〜ん…」
ペティ 「で…でも…でもその…」

サタン 「……」

ペティ 「サタン様は…その…きっと大丈夫です…はうぅ!? ち…違った…その…」
ペティ 「あの…セ…セリアさま…その…きっと大丈夫です…よ…」

サタン 「……」

ペティ 「は…はうぅ…そんな顔…し、しないで…ください…その…に、似合わないです…から…」
ペティ 「きっと…セリア…さま…ダイジョブ…じゃなくて…大丈夫…ダカラ…サタン様…頑張って…ください…」

ペティは満足に喋ることもほとんど出来ないくせに、言葉を間違えながらも頑張って俺を励ましていることが分かった。
セリアは大丈夫…だから元気だせ…か。

サタン 「…ごめんな、ペティ」

ペティ 「は…はうぅ…?」

俺は立ち上がりペティに歩み寄ると。

サタン 「ペティにまで…心配かけちまったな…ごめんな、ペティ」

俺はそう言ってペティの頭を優しく撫でた。

ペティ 「は…はうぅぅぅ…」

ペティは恥ずかしそうに赤らんでいた。

サタン 「もう少し…時間をくれ…俺にはまだ…清算し切れないんだ…まだ、俺はガキだから…」

ペティ 「は…はい…」

俺はそう言ってペティを扉の外に出して、扉を閉めた。

サタン 「セリア…俺はどうしたらいいんだ…? せめて顔だけでもお前の顔を見たい…セリア…」

俺は泣いた。
泣かずにはいられなかった。
理由なく消え、生きているか死んでいるかもわからない。
どうしようもなく不安だ。
こんなに不安になるなんて俺はどうかしちまったのだろうか?
まるで、自分が自分じゃないみたいだった。



…………。



ルーヴィス 「…チェックメイト」

シーザー 「…むぅ」

俺は談話室でシーザーと将棋をやっていた。
これでシーザーとの戦績は7勝4敗。

ルーヴィス 「…セリア王女はどうなったんだろうな」

シーザー 「聞き込み調査の結果でも、そんな人物知らない、見たことがないの一点張りでしたな」

ルーヴィス 「そんなわけあるか…現にサタンと一緒に買い物に出かけたのだぞ? だれも見たことがないはずがない」

シーザー 「神隠し…ですな」

ルーヴィス 「神隠し?」

シーザー 「原因不明の行方不明のことを、神が誘拐したことを神隠しというのですよ…」

ルーヴィス 「神がか…あながち間違いでもないのかもな…」

シーザー 「メビウス殿はまだ調査を続けているようです…」

ルーヴィス 「せめて、姿だけでも目撃されれば…」

シーザー 「ええ…」

俺達はもう一番、将棋を始めながらそう言いあった。
もしかした、アビスが関わっているのか?
だとしたら、どこからでボロがでるような気もする。
きっとセリア王女は大丈夫だ、気休めだがそう信じるしかない。








To be continued



Next Back

Menu


inserted by FC2 system