勇者と魔王〜嗚呼、魔王も辛いよ…〜




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第3部 神魔大戦編

セリア編 『女王の一時』






『勇魔暦3402年 1月2日 時刻10:13 トートス村 シャムの工房』


シャム 「――やぁやぁ待たせたね、セリア王女……や、そういえばもう女王だったっけ?」

セリア 「なんでもかまいませんよ、シャムさん」

シャム 「ま、いいや。何はともあれ新年明けましておめでとうさね」

セリア 「ええ、おめでとうございます」

新年明けた次の日、私は首都サーディアスから少し離れた地、トートス村を訪れた。
トートス村は目立った産業も無く、未だ旧時代の生活を残したままとなっている。
サーディアス王国内でもこれほど生活力に格差があるという状況は女王としてやはり見逃せない。
だけど、今回は視察を目的に来たわけではない。

シャム 「さて、まぁアンタのことだ、物見遊山でこんな辺鄙な村に来たわけじゃないだろう?」

セリア 「ええ、その通りです。例の物は?」

シャム 「まだ60%ってところかねぇ? 使ってみる?」

セリア 「そうさせてもらいますわ」

シャムさんはそう言うと部屋の奥から例の物を持ってくる。
そのサイズ手のひらより少し小さいほどの円盤であり、円盤の中央に青白いスフィアが埋め込まれている。

セリア 「前はディスク状でしたが、スフィア状に変わったのですか?」

シャム 「円盤系は回転させることでエネルギーを抽出できるけどエネルギーの変換効率にムラが出たんでね」
シャム 「スフィア状だと、エネルギーを三次元に拡散してあらゆるベクトルからダイレクトにエネルギーを発生できる」
シャム 「ただし、調整が面倒でね……予定期間より遅くなりそうだね」

セリア 「いえ、かまいません。それだけ確かなものが造られそうですしね」

シャム 「それとね、人工神器。造れるかもしれないよ?」

セリア 「! 本当ですか?」

シャム 「これまで神器の複製は不可能とされてきたけど、劣化コピーでいいのなら可能と思うね」

シャムさんはあてずっぽうに物を言う人じゃない。
本人が可能と言うのなら可能なのでしょうね。

シャム 「どうする? 研究続けようか?」

セリア 「……超魔力変換装置を優先して並行開発お願いします」

私は少し悩んだが、量より質をとることにする。

シャム 「了解、それじゃ外に出ようか? 中で実験されたらかなわんよ」

セリア 「はい」

私はシャムさんと一緒に席を立ち、家の外に出る。
シャムさんに頼んで作ってもらった超魔力変換装置。
私の中に眠る白の巫女が持つ超大な魔力、超魔力をアルティマという選択肢以外に利用するために私が考案したシステム。
アルティマはその威力は桁違いであり、非常に使い勝手は悪い。

セリア 「現状ではどの程度のことができるのでしょうか?」

シャム 「アンタがぶっ壊した試作品にはバリア状にエネルギーを展開するしかできなかったけど、今回はアンタ魔力の練り方でいろんな形ができるよ」

セリア 「……ふむ」

私は試しに魔力を込めてみると、円盤の中央のスフィアが中心から青白く輝いてきた。
変換速度は若干遅くなってる?
気のせいかもしれないけど、多少は心の隅においておくべきでしょうね。
私は続いてさまざまな形をイメージしながら魔力を練る。

セリア (球体……三角……四角……五角……六角……ピラミッド……ブロック)

正確な形を作るにはかなりの精神集中がいるけれどたしかに色々な形のバリアが展開できる。
前の試作品では試作機の抽出力を100%バリアに回さないといけなかった。
だけどこれなら余った分の抽出エネルギーを別に回せそう。

シャム 「魔力を込めると同時に、エネルギーをシャットダウンしてみな」
シャム 「わかりにくかったらイメージはぁ……そうさな、グアアアアッ! ってエネルギーの渦が起きている中、いきなりそのエネルギー全てが引っ込むイメージ」

セリア 「……余計わかりづらくなりましたが、やってみましょう」

私はシャムさんに言われたとおり、スフィアのエネルギー変換効率をフルスロットルで回す。
ものすごい輝き方をするスフィアにある種恐怖感を感じるが、言われたとおり限界まで引き出す。

セリア (凄いエネルギーが凝縮されていく……大丈夫なの!?)

私の膨大な魔力は扱い方を誤ると暴走する。
一瞬、脳裏に暴走が浮かんで冷や汗が出たが、もう遅かった。
エネルギーの抽出がとまらない、スフィアに引きずり込まれている気分だ。

セリア 「くぅ……ままよですっ!!」

私はシャムさんに言われたとおり、このまま抽出を強制切断する。

一瞬、体が浮遊した感じを受ける。
行き場を失いスフィアから放出される光は渦を巻いて私の周囲を吹き抜ける。

シャム 「ややっ……っとっと!」

予めわかっていたのか10メートルほど離れていたシャムさんも光の奔流に吹き飛ばされそうになっていた。

セリア 「……今のは?」

一瞬暴走に冷や汗を流したけど、終わってみれば凄いエネルギーが私の周囲を飛び交った。
その結果私は全くの無傷。

シャム 「……フラッシュストリーム、質量をもった光だから一瞬浮遊感を感じたろ? まぁある種の緊急回避と思っとくれ」
シャム 「ただし、それまで蓄積した抽出魔力は全部使っちまうから後先考えてね」

セリア 「……なるほど」

質量を持った光、だから一瞬体が浮いたように感じたのか。
光が私を押し上げたのね。

シャム 「今のところできるのはこれだけ、まだ攻撃の転化とはできないねぇ」

セリア 「これだけ自由に魔力の形を変化させられるのなら攻撃にも使えそうなのですが?」
シャム 「攻撃へのベクトルに対してエネルギーの調整ができないんだよ、攻撃に使うと言うことはある一定距離以上に射出することになる」
シャム 「そういった行動の際、自分のエネルギーすっからかんになるまで魔力を使っちまうんだよ」

セリア 「ふむ、一度外に放つとそのまま引っ張られてしまう感じですかね?」

シャム 「どっちかっつうと水門開いたダムかね? もう駄々漏れ」

なんとなくイメージできる。
スフィア内に蓄積した量を全部使ってしまうようでは実践向きとはとてもいえませんわね。

セリア 「コントロールもまだ難しいです、コントロール性はこれから向上するのでしょうか?」

シャム 「可能な限りは調整していみるさよ、ただし扱うエネルギーはどんどん膨大になっていく……事実上扱いが簡単になるには修練をこなすしかないねぇ」

セリア 「そうですか……」

私はそれを聞いてスフィアを空に掲げてみる。
スフィアを通して太陽の光が軟く姿をのぞかせる。

セリア (あれからもう2ヶ月か……サタンとももう2ヶ月も会ってないのね……)

普段あれほど私を気にかけていたサタンが11月テロ以来全く姿を見せない。
これは安心と見るべきなのか?
それとも危惧なのか?

私は私の想いで今の時代を走っている。
勇魔大戦も終わり、ゾディ・アックの目論見も潰えた。
クリスさんたち、異世界の魔王軍の侵略は想定外だったけれど私たちは凌いでこれた。
最後に残ったのは……。

セリア (……アビス)

勇魔大戦以来、冬眠したかのごとく動きを無くした彼ら。
だけれど勇魔大戦の結果さえ変えるほどの事をしながらこの静けさはなんなのか?
サタンも奴らはただ今は黙っているだけと言っているし、いつでも対抗できるようできるだけ急がないといけない。
アビスは侮ってはいけない。

シャム 「さってと……そろそろ昼飯にするかねえ?」

セリア 「お昼ごはんですか? まだ、早いようですが?」

シャム 「いいのいいの、今くらいがウチの定時だから」

そう言うとシャムさんは笑いながら家の中に入っていく。
私も試作品を返すため家に入るのだった。

シャム 「アンタも食べてくかい? 言っとくけどロクな料理は出ないよ?」

セリア 「折角ですからいただきますわ」

シャム 「それじゃま、二人分持ってきますかね」

シャムさんはそう言って奥へと進んでいく。
私はその場にあった椅子に腰掛け、しばしの間シャムさんを待つのだった。

レミィ 「こちら粗茶になりますがどうぞ」

セリア 「あら、ありがと……え?」

突然私の前に紅茶のカップを持ってレミィさんがやってくる。

セリア 「ひとつ伺いますがこれはレミィさんが入れたのですか?」

レミィ 「はい」

セリア 「い、いただきますわ」

私は多少不安を感じながらその紅茶をいただくことにする。
正直マキナの入れる紅茶なんて飲んだことが無い。
というか、味覚のない彼女らに紅茶なんて入れられるのかしら?

セリア 「……う」

私は一口飲んだだけで、その紅茶の状態に気づく。

セリア 「紅茶の温度が低すぎますわ、葉も開ききっていない……」

レミィ 「そうですか、マスターは最近8時間しか眠りませんので、その時飲むと力が回復すると言っていたのですが」

セリア 「8時間? あの人普段何時間寝ているのですか?」

シャム 「ちょ、ちょっとレミィ! その紅茶出しちまったのかい!?」

レミィ 「はい」

そこへサンドイッチを持ってきたシャムさんが慌ててやってくる。
レミィさんが紅茶を出したことに気づいた時シャムさんはすまないという目線をこちらに向けていた。

シャム 「悪かったねぇ、まずかったろ? 最近睡眠時間削ってたから眠気覚ましにその不味いのがよかったんだよねぇ」

セリア 「そもそも味覚の無いマキナに作らせるのはいかがかと?」

シャム 「味覚? ああ、面白半分でレミィには付いているよ?」
シャム 「いやぁ、マキナが味覚を持つとどうなるかって思ってつけてみたんだよねぇ、それでもレミィにはその紅茶美味しいらしいよ?」

レミィ 「はい、美味しいです」

セリア 「……呆れましたわ。あなたの天才っぷりにも、その才能の無駄遣いっぷりにも」

つくづくこの人の感性はわからない。
いや、わからないからこそ天才なのかもしれない。
どちらにせよ、文字通り一杯食わされましたわ。

セリア 「大体マキナが食べ物を食べる理由はなんですの?」

シャム 「ん? 面白いから?」

セリア (この人は……)

この人は面白ければやる人だ。
もうだんだんマキナというより人間に近くなってきている気がする。
そのうち人間になっちゃうんじゃないだろうか……。

私は一緒に食事を頂きながらシャムさんとレミィさんの普段具合を見させていただく。
レミィさんが食べるのがなんだか不思議なようで、だけどどこか自然にも感じる。

セリア 「ちなみに食べた物はどこにいきますか?」

シャム 「おっ、ついにその質問きたねぇ、心配しなさんなちゃんとエネルギーは消化されるよ」

シャムさんは待っていましたとばかりに説明を開始する。
なんでも、レミィさんが食物から得たエネルギーは素粒子変換という訳のわからない理論展開が行われ、必要な物質を抽出するとのこと。
あまったエネルギーも生体蛋白質には結構なエネルギーになるとかで意味はあるらしい。
ちなみにレミィさんはすでに永久機関のため、そもそもエネルギーを摂る意味はほとんど無いらしいが。
ここら辺が結局シャムさんの言う面白いから、という所にいきつくようだ。

シャム 「さて、女王様はすぐにでも帰るのかい?」

セリア 「ええ、そう致しますわ」

シャム 「女王になってからというもの大変だねぇ、ろくに休めないんじゃないのかい?」

セリア 「それは致し方ありませんわ、特にまだ国の再編は完了していませんし」

11月テロで失われた物は大きく、また急遽私の女王就任となりやらなければならないことが多すぎた。
こちらとしては悪い意味で異世界の魔王軍の乗っ取りは成功したとも言える。
サーディアスは国交もあまりよくないだけに、これからのは大変革にはある意味綺麗に整理されたとも取れるけど、それでもやはり損失が大きすぎましたわね。

セリア 「……それではもう」

私はそう言って席を立ち上がる。

シャム 「もう行くかい? そういや護衛が見えないようだけど……」

シャムさんはそう言って不思議そうな顔をしていた。
それは当然でしょうね、仮にも一国の主となった私に誰も護衛がついていないのはおかしい。

セリア 「護衛の方は是非、レオンさんの妹君に会ってみたいと、麓の村に居ますわ」

シャム 「ほう? レオンの妹ちゃんのことを知っているやつねぇ?」

セリア 「そういえば私も気になったのですが、どうしてレオンさんや黒羽さんはいないのでしょうか?」

少なくとも黒羽さんはゾディ・アック紛争以降ずっとシャムさんの家でお世話になっていたと聞いている。
レオンさんはこの村に住んでいるんですし、当然ですが二人とも居ないというのは?

シャム 「俺より強い奴に会いに行く……てやつだよ」

セリア 「……は?」

一体どういうことでしょうか……?

シャム 「まぁ、そのウチ帰ってくるよ」

セリア 「はぁ……レオンさんたちはこれからの起こるであろう戦いにおいて中核を担っていただくべき存在だけに、出来れば連絡が取れる状況でいたいのですが」

私は仕方なくもしレオンさんたちが帰ってきたら一度城に顔を出すように伝えるとシャムさんの工房を出るのだった。



エド 「――お、陛下、お戻りですか」

セリア 「ええ、道中の護衛お願いしますね」

エド 「うぃっす、由恵(ゆえ)ーっ! 帰るぞー!」

由恵 「あ、は、はい! だ、団長殿ッ!」

エドさんが呼ぶと、農村の一部でヤギたちと戯れる少女を呼び戻す。
少女は鞘に入った剣を腰に刺すといそいそと戻ってきた。

セリア 「由恵さん、女性の身で騎士団に勤めるのは大変でしょうが、頑張ってくださいね」

由恵 「は、はいぃっ! じょ、女王陛下っ!」

この娘、名前は如月由恵(きさらぎゆえ)と言い、名前からもわかるようにシン国からやってきた少女。
なんでもシン国ではそこそこ名のある武家の娘だとかで、11月テロの頃、たまたま武者修行でサーディアス王国にやってきてそのまま成り行きで巻き込まれたらしい。
その時見たエドさんたちの戦いぶりに感激し、昨年末聖騎士団募集に応募して聖騎士となった。
今だに洋服にはなれないようで、自分で裁縫したらしく下だけは袴だった。
エクスかリバーレプリカも両刃ということに違和感だらけだったようだが、そこにはなんとか慣れてもらっている。

セリア 「エドさん、聖騎士団の再編の方はどうですか?」

エド 「まずまずっすね、とりあえずそろそろ聖騎士団恒例百人組み手はやろうかと思っているっすけど」

由恵 「ひゃ、百人組み手ですか……?」

私の隣から反対側のエドさんを不安そうに眺める由恵さん。
聖騎士団恒例の百人組み手……これは元々第七代聖騎士団団長が始めた新人恒例の荒行事であり、聖騎士団がつぶれるまでずっと続いていた。
そう言えば、エドさんも参加していましたね。

セリア 「恒例ならまた白光騎士団とですか?」

エド 「ええ、近いうち行くって報告してますからね」

由恵 「あの……白光騎士団というのは?」

エド 「お前、そろそろ覚えとけよ? 白光騎士団は……」

セリア 「我がサーディアス王国が誇る最強部隊であり、八将軍がひとり、白光将軍グレイブ率いるのべ215名の屈強なる白銀の騎士団ですわ」

由恵 「へ、へぇ……215名ってことはウチの約4倍の人数……」

聖騎士団は現在の所属人数48名、これは現サーディアス王国の正規軍団では最小人数ですわね。
実力も全体で言えば、八師団中最弱といったところ。
個人部門ではエドワードさんがぶっ飛んで八師団中最強ですが、なんともムラがありますね。

セリア 「聖騎士団の団長は代々、サーディアス王国では最強の騎士が勤めます、その勤めしっかり果たしてくださいねエドさん?」

エド 「うぅ……自信ないなぁ、個人技ならもう国一番自負するけど、まだグレイブの爺さんや赤石の旦那には及ばない気がするし……」

グレイブさんは先ほど説明した白光騎士団の団長にして八将軍のひとり白光将軍、齢60になりますがその武力は国外にも響き渡る豪傑ですわね。
赤石の旦那とは八師団のひとつ、赤石槍士団の若きエースサチュアさんのこと。

我がサーディアス王国が誇る八つの師団それぞれ白光、赤石、黒闇、蒼炎、翠水、黄嵐、紫苑、透聖の8つ。
それぞれ正式名称は白光騎士団、赤石槍術士団、黒闇弓術士団、蒼炎斧術士団、翠水海兵士団、黄嵐工作奇兵士団、紫苑魔術士団、そして聖騎士団。
一般的に知られるのは前者の7つ、聖騎士団はかつてこそその栄光から透明の聖などと言われ、勇猛をはせましたが今はすっかり落ちぶれてしまいました。
とはいえ、通例通り、サーディアス王国が所有する人器硝子の剣はエドさんが所有することとなっている。
まぁ、これから聖騎士団がかつての勇名を取り返せるかはエドさん次第ですね。

エド 「まぁとりあえず、早速ノアとシュバルツ、後由恵には百人組み手に参加させてみるつもりっす」

由恵 「え、ええーっ!? 私もですか!?」

セリア 「たしか由恵さんの成績は13位でしたわね……悪くは無い成績ですが、2位と3位のノアさんたちはともかくなぜ由恵さんを?」

エド 「まぁノアとシュバルツは瞬歩も習得していますし、欠点はありますがまぁ合格点、その点たしかに由恵は瞬歩も使えないし、体術も魔術もそこそこ」

セリア 「ではなぜ?」

エド 「とりあえず欠点はない……てところですかね? 後は……うーんまぁ、才能はあると思います」

エドさんはそう言って由恵さんを評価する。
私は詳しく現場を見ているわけではないのでなんとも言えなかったですが、少なくともエドさんが由恵さんの力に期待しているのはわかった。

セリア (覇気は少ないし、尖ったところの無い万能型……お世辞に優秀でもないのに、エドさんが肩入れですか)

まだ聖騎士団が復活してから1ヶ月しか経っていませんが、毎週送られてくる経過報告からは着実に聖騎士団は力を着けてきていると報告を受けている。
人材発掘という意味で素人まで入団させたわけですが、とりあえず兵士としてはいっぱしの姿になりつつはある。
まぁどん底からスタートですから、上がるしかないのはわかりますがね。

セリア 「ちなみに百人組み手は何人目標で?」

エド 「ノアとシュバルツには50人、百人達成できたら隊長にしてやるって言い含めてます」

セリア 「まぁ、それはなんとも……」

エド 「まぁ当時すでに瞬歩を体得していた天才カミルの記録が50人抜きですから、それが目標ですね」

カミル……現在はアビスの中核を担っていると思われるチャリッツと呼ばれる存在。
生前は入団当初ですでに隊長クラスの実力者であり、次期団長と将来を嘱望されていた。
ですがあの事件をきっかけに死亡……のはずでしたが、どういうわけかチャリッツとして復活。
その強さは生前以上のようであり、これから最大の強敵として立ちはだかるであろう脅威中の脅威の人物。
こと体術剣術においては、すでに剣聖クラスと思われ、勇者レオンやサーちゃんでも勝てないでしょうね。

由恵 「カミルさん……チャリッツさんすごかったですね……あの模擬戦……」

エド 「悔しいがあの野郎まだ、本気出してなかったっぽかったもんなぁ……くそう、あの野郎限界がねぇのかよ」

と、言いつつも随分と嬉しそうなエドさん。
まるでエドさんとチャリッツさんは敵対しているとは思えない節がある。
互い切磋琢磨するように強くなっている節があり、報告では勇魔大戦時のチャリッツより明らかに強くなっている様子がある。
あまり強くなりすぎてもこちらとしては困るのですが、エドさんもまるでミックスアップするように強くなっており、あっという間にインフレ的に現在の位置までのし上がってきた。
多分チャリッツさんの位置まで追いつくため、まだ強くなるんでしょうねぇ……本当にこの人たちどこまで行くんだろう?


私はこんな感じでエドさんに聖騎士団の事情を聞きながら足早にサーディアス王国へと帰るのだった。



…………。
………。
……。



セリア 「……ふう」

国を動かすというのは本当に大変なことだと思い知らされる。
街の警邏に国を立て直す内政、更に対外政策の実施、国民への保証などやることは多い。
何かと仕事の連続であり、気がつけばずっと会っていないサタンへの寂しい想いさえ忘れてしまう。
私は息抜きがてら政務室を抜け出して、城の中庭を散歩する。

? 「おーーいエドーーーッ! 今日も来たぞーーっ!!」

セリア 「?」

聖騎士団の修練場で元気のいい声が響き渡る。
何か面白い事があるのかと、私はこっそりと聖騎士団の修練場を覗き込んだ。


ノア 「……おいおい、また来たぜ赤石の」

エド 「今日も元気だなぁ、モア」

中を見ると修練場の中央に紅い鎧に身を包み、長槍を両肩で担ぐ少女がいた。
それをあるいは興味深そうに、またあるいは呆れた様子で聖騎士団員たちが見ていた。

モア 「うんっ♪ それよりエド、今日も道場破りだーっ!」

140センチそこそこの小さな体で振られる身の丈よりも大きな槍に体を持っていかれることなく体の一部のごとく扱う赤石の団員の少女。
エドさんはやれやれといった顔で中央に出てきて模擬刀を構えた。

エド 「モア、ウチは騎士団だから剣術道場じゃないぞ?」

シュバルツ 「ま、彼女には一緒でしょうがねぇ」

ノア 「相変わらず迷惑なガキだな」

モア 「むっ!? ノアーッ! ガキっていうなーー!!」

ブォン!!

ノア 「うおっ!? あぶねっ!?」

モアちゃんは槍を一振りノアの頭を掠めるように振ってみせる。
ノアさんはわずかに頭を後ろにずらしてそれを回避する。
モアちゃんはそれを見てフンッ! と鼻息荒くしてエドさんに向きなおす。

モア 「モア、赤石の皆じゃ役不足なのだ! というわけでエド、いっくぞーーっ!?」

エド 「毎日毎日ご苦労なこった、少しはこっちの迷惑考えろっつーの」

モア 「でやでやでやーーッ!!!」

神速。
まるでその小さな体から放たれた攻撃とは思えない神速の突きがエドさんを襲う。
しかしエドさんは瞬歩を使う様子もなく、少ない動作でそれを回避して見せた。

モア 「くっ! でーーいっ!!」

すかさず横に凪ぐモアちゃん。

キィン!!

ようやくエドさんを捕らえるが、しっかりと模擬刀でブロックされていた。

エド 「つぅ……相変わらずのパワーだな……」

割と苦い顔のエドさん。
どうやらモアちゃんの一撃は見た目以上に重いようだった。

モア 「えっへん! どうだーーっ!? この赤石の昇り竜(自称)の一撃はーーっ!?」

エド 「その恥ずかしい異名なんとかならんのか?」

モア 「駄目なのだ! モアは異名がないとちびっこって皆笑うのだ!」

なるほど、確かに言われてみればちびっこですわね。
というより140センチ台は我が騎士団全員を見ても彼女だけなのでは?
しかし身長なんて関係ないという勢いの一撃は確かな迫力があり、彼女の実力が良くわかる。

モア 「聖騎士のみんなは弱っちぃけど、エドは強いのだ♪ エドに勝てればもうモアには敵なしなのだ♪」

ノア 「んだとこらぁっ!? 喧嘩売ってんのかぁ!? ああん!? 買うぞ!? 赤石のガキぃっ!?」

由恵 「ノア君、お、おちついて……! は、はわわ〜っ!?」

モア 「ノアは強い方だけど、それでもモアより弱いから興味ないのだ」

ノア 「死なすっ! テメェ絶対死なす!!」

シュバルツ 「やれやれ、落ち着きなさい」

セリア (なんだか険悪ですわねぇ)

もしかして透聖と赤石は仲が悪いのでしょうか?
そう言った報告は受けてはいないのですが……。

エド 「おい、ノア」

ノア 「なんすか団長ッ!? 止めないでください! 今日こそこいつには引導を――!」

エド 「悔しいがモアが言っているのは事実だ、お前じゃモアには勝てんし、聖騎士団が弱いのもまた事実だ」

ノア 「ぐ……し、しかし! 百歩譲っても団の侮辱をしたそいつは!」

エド 「ノア! モアも悪気があって言ったわけじゃないよな?」

モア 「う……うん……ご、ごめんなのだ、ちょっと言い過ぎたのだ……」

モアちゃんはエドさんに咎められてショボンとする。
たしかに今のはモアちゃんに非がありますね。
自分の所属部隊を侮辱されたら誰だって怒るでしょう、そういう意味ではモアさんの行いは目に余りましたね。

エド 「それになぁノア、俺たちどん底からのスタートなうえ、『剣術? なにそれおいしいの?』 的な奴まで居るんだ……そりゃ弱くて仕方が無いだろ?」

なんだかエドさんの気も萎んでいく。

エド 「だけどよぉ、今は街の警邏とかモンスター退治とかしながら騎士団っぽくないことばっかしているけど、いつかは過去の栄光取り戻せるぜ?」
エド 「人は名を貰っただけで強くはなれない、実を結ぶのはまだ先だろ?」

ノア 「……はい」

エド 「じゃ……今度はこっちから行くぜ!?」

モア 「にゃっ!? わわっ!?」

ガキィン!!

エドさんはそう言って瞬歩を用いて一気にモアさんとの距離を詰め、斬撃を放つ。
モアさんはなんとか反応して槍で受け止めたが、衝撃で後ろに少し飛ぶ。

モア 「びっくりしたのだぁ〜……」

痛そうな顔だけど、まだ余裕そう。
大してエドさんもまだ余裕を残している顔。

エド 「相変わらず動体視力がいいなぁ……今の第二修練技だぜ?」

モア 「エドの攻撃は速いし重いし、大変なのだぁ……でも、止められなくは無いのだ!」

そう言って槍を持ち直すモアさん。

エド 「たしか剣で槍に勝つには相手の三倍の実力がいるんだっけ? たく……厄介だよ!」

モア 「にゃにゃっ!? そこ! えーーいっ!!」

再び瞬歩を使うエドさん、しかしその動きを見切るようにモアさんは槍を払った。
しかしその槍は何にも当たることは無く、
エドさんはモアさんの後ろに居た。
私には何も見えなかったが、モアさんには見えたのかすぐに後ろを向く。
だけどエドさんは振り向いた時にはすでにまたモアさんの後ろにおり、剣を首筋に持ってきていた。

モア 「にゃ……にゃあ……反応しきれないのだぁ」

モアさんはがっくりと槍を落として落胆する。
エドさんは国内屈指の実力者ですからね、勝てないのは当然でしょう。
しかしモアちゃん……あんな隠れた実力者が赤石にいたとは知りませんでした。
今度団長さんに聞いてみますか。

モア 「んー……けど! 明日はモアが勝つのだ!!」

ノア 「うははっ! 無駄だ無駄だっ! お前じゃ一生かかっても団長には勝てねえよ!」

モア 「むう! ノアはモアより弱いのに偉そうなのだ!」

ノア 「弱い弱い言うなーーっ!」

シュバルツ 「まぁ、槍と剣では相性が悪いですからねぇ」

エド 「つーか、モア。毎日来るくらいならもう聖騎士団に来たらどうだ?」

モア 「にゃあっ!? い、いいのか? モア……そっち行っても?」

エド 「ん? 本気にしたのか? うーん……まぁ手続きが通れば……」

セリア 「いいでしょう。許可しましょう」

私は面白い話になったと思い、すかさず修練場に入る。
突然の私の登場に場内騒然は言うまでも無く、エドさんも驚いていた。

エド 「こ、これは陛下……なぜ、ここに?」

エドさんは慌てて肩膝を着いて、礼を払う。
周囲の皆もまた地面にひれ伏していた。

セリア 「なに、偶然ですよ、それと皆さん。もう頭を上げていいですよ」

エド 「は、はぁ……ありがたき幸せ」

セリア 「それとモアちゃんの聖騎士団への編入手続き、私が許可しましょう」

モア 「ほ、本当なのか!? あ……でも、モア、剣も魔法もダメダメなのだぁ……」

セリア 「あら、それはご心配なく、その槍はそのまま使っていただいて結構ですよ」

モア 「ふえっ!? いいのか? 聖騎士なのに槍を使っても?」

セリア 「確かに慣わしとしてはエクスカリバーレプリカを使うのが基本ですが、特例ですわ♪」

モア 「にゃあ♪ ありがとうなのだ! 陛下っ♪」

セリア 「ふふ♪ どういたしまして♪」

エド 「うーむ、まさかの鶴の一声……」

ノア 「ありえん(笑)」

シュバルツ 「ふーむ、戦力充実は嬉しいですが猪が増えた気がしますねぇ……」

由恵 「あ、あはは〜……よろしく、モアちゃん」

モア 「おう! みんなよろしくなのだ!」

セリア 「ふふふ♪ それでは……」

? 「陛下ーーっ!? いずこへーーっ!?」

ノア 「ん? この声?」

セリア (……もう気づかれましたか)
セリア 「ほほほ♪ それでは、私はこれにて♪」

私はそう言ってそそくさと修練場を出て、執務室を目指すのだった。



To be continued






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