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POCKET MONSTER The Another Story




『慈愛 〜旅する医師〜』




皆さんお久しぶりです…Fantasic Company:管理者のYukiです。

前回では、深い絆を持った兄妹のお話でした…。

そして今回は、過去に深い傷を持ったひとりの医師の物語です…。





パチパチパチ…ドガァッ!!

家の骨が燃える音。
私はその場から動けない…。
熱によって視界が蜃気楼のように揺れる…。

私は、本当は死ぬはずだった…。

でも…。


………。
……。
…。



私は…生き残ってしまった。




ハピナス 「………」

目が覚めると天井があった。
私はその場から上体を起こし、周りを見る。

木造の建物…と言ってもただのロッジ。
誰かが住んでいるわけでもなく、いわゆる空き部屋。
旅の途中、たまたま寝床に使わせてもらったというだけだった。
荷物は自分の物だけで、何も設置されていない。
布団を敷くこともなく、ただ板のような床で眠ったのだ。

ハピナス 「…どうして、今ごろあんな夢を」

子供の頃に鮮明に刻まれた記憶。
私は左手で頭を抱えて首を左右に振る。
少しだけ…気だるかった。
だけど、医者の不養生なんて冗談にもならない。
私は、薬箱から一粒の栄養剤を取り出し、それを飲んだ。

ハピナス 「…こんな所で寝たからね」

私は体に着いた埃を手で払い落とす。
服を一旦脱いで、下着だけの状態になる。
しばらく洗濯もしていない…町までもう少しだからもうちょっとはいいか、と割りきる。
私は服を何回か振り回し、再び着直す。
そして、荷物一式を抱えてロッジを出た。


………。


ハピナス 「…今日もいい天気ね」

今は夏真っ盛り、日差しも強く、紫外線が特に気になる。
この夏場だというのに、私は白衣に身を包んでいる。
汗が出て、かなり気持ち悪いが、町までの辛抱だ。
私は右肩にかけている医療器具(20kg)をかけ直す。
そして、長い下り坂の先に町を目視すると、私は歩き始めた…。


ハピナス 「……」

町まで辿り着くと、途端に喧騒に包まれる。
小さい町だが活気があり、人々の顔には生気があった。
医者にとって、こういう状況は嬉しいことだ。
私はそんな光景に微笑しながら宿を探す。
木造主体の町並みで、目立つような建物は無い。
自然的な物も残っており、小鳥の泣き声や虫の姿も見れた。


………。


そして、小一時間程歩いた所でようやく宿を見つける。
町の中心に位置したその宿は入り口の上の看板に、小さく『母』と書かれていた。

ハピナス 「……母、か」

今更引っかかる言葉でもないが、何故か入るのが一瞬ためらわれた。
私は幼少の頃から天蓋孤独を味わった。
孤児院に引き取られ、寂しい幼少生活を送ったものだ。



………。
……。
…。



誰とも話そうとはせず、ただひとりで佇む。
生きているのか死んでいるのかわからない…。
どうして自分が生きているのか理由がわからない…。
それでも、自分が生きていることは意味があるのだと、思うしかなかった。

思わなければ…潰れてしまうから。



ハピナス 「………」

私は看板から目を逸らし、ドアを開けて中に入る。

ギィ…

木造独特の軋みが聞こえ、私は一歩足を踏み入れる。

ギシ…

もう長い間経営してきたのだろうか?
時間の経った建物から聞こえる音は情緒がある。
それに比べて気になることは、まず入り口左手に見える小さなカウンター。

店員 「……」

カウンター越しから見えるその姿はいたって普通の女性だった。
意外に若く、20代前半位だろうか?と思え、種族はラッキー種のようだ。
中に入った客にも気づかず、椅子に座って本に読み耽っていた。
私は普通にカウンターの前まで歩き、話し掛ける。

店員 「は、はいっ!?」

この瞬間まで私に気づかなかったのだろう、そんなわかりやすいリアクションをしてくれた。
私は対して冷静に済ませる。

ハピナス 「部屋を借りたい…1泊よ」

私はそう言って、1泊分の金額をカウンターに置き、店員の手前まで差し出した。

店員 「あ、えっと…はい」

店員はさして接客の経験がないのか、いまいち反応が悪く、おどおどしたようすでカウンターの奥に向かっていった。
だが、別に私は気にすることもなく部屋の割り当てを待った。
1分程待つと、奥から鍵を持って店員が戻ってくる。

店員 「…どうぞ」

そう言って鍵を渡される。

『204号室』

それが部屋の番号だった。
私は階段を見つけるとすぐに部屋に向かった。
部屋の場所は階段のすぐ側で容易に見つけることができた。

ガチャ…キィ……

年季のこもった軋みが響き、私はドアを開ける。
あまり使われていないのか、中から部屋の独特の匂いが立ち込める。
少々埃っぽかった。
中はさして広くなく、ベッド3台分程度の広さだった。
布団だけはしっかりとメイキングされており、汚れはなかった。
それ以外の設備はなく、部屋の奥にハンガーが3個ほどぶら下がっているだけだった。
私は部屋正面のカーテンを開け、窓を開放する。

カシャアッ! …ガララッ!

まだ、日は高く時刻は14時を過ぎたところだ。
私は空腹を感じ、鞄を漁って食料を確かめる。

ハピナス 「…しまったわね」

私は手を手を止めて考える。
食料がなかったのだ。
この宿でも食事を採る事はできるだろうが、問題は金銭的なことだった。

ハピナス (残金37円か…絶望ね)

食事は昨日食べた分でどうやら終わりのようだった。
その割に鞄がやたら重いと思ったら、中には大量の薬品が入っているだけだった。
思えば、ここ長い間『仕事』をしていなかった。
したくなかったわけではない…世の中が平和すぎたのだ。

ハピナス (はぁ…いいことなのだけど、ね)

私は仕方なく、重い荷物を置いて部屋を出た。
軽い救急セットのみを肩に担いで部屋の鍵を閉める。
まずは仕事をすることにした。


………。
……。
…。


ハピナス 「……」

町の中心に出ると、より一層人の賑わいが増す。
中にはバザーのような物も開かれており、そこから漂う食事の匂いに少々空腹感が増した。

ハピナス 「…さてと」

私は救急セットから、めぼしい物を取り出して、床にシートを敷く。
そして、各種の薬を並べ、値段表を提示した。

ハピナス 「…傷薬に毒消し、麻痺治し、眠気覚まし、やけど治し…後は凍り治しね」

各種揃っている事を確認すると、私は小さな折り畳み式の椅子をセットして腰掛ける。
そして客が来るのを待った。
本来ならば自分から積極的に客寄せをする物だが、私にはどうにもそういう仕事が似合わない。
愛想を振り撒くことがすこぶる苦手なのだ。
大体、無駄に愛想のいい医者というのも返って気味が悪い。
普通が一番だが、私にはその普通も苦手な要因だった。
そんなことを考えていると、客がひとり現れる。
見ると少年のようで、見るからにやんちゃそうなザングースだった。
この辺りはノーマルタイプが主流の方面で、町人のほとんどはノーマルタイプだ。
宿の店員も、私と近い種族のラッキーだった。
私は思考を客に向け、客の状態を見る。

ハピナス 「…擦り傷ね、右膝に怪我をしてるわ」

私は消毒液と傷薬を取り出し、その子の患部を治療する。
簡単な物なので、20秒ほどの作業だった。

少年 「あ、ありがとうお姉ちゃん…でもお金が」

ハピナス 「いいのよ、それよりも怪我には気をつけて」

私がそう言うと、少年は笑顔を見せて頭を下げた。
走っていった少年の後姿を見ながら私は再び腰を下ろした。

ハピナス (って…こんな状況が続くからお金が溜まらないのよね)

つくづく私は商売人としての才能がないようだった。
そんなこんなで時刻は18時を差し、次第に人数は減っていった。
その間に薬は大体売り切れ、戦果は上々と言った所だった。
私は荷物をまとめ、宿に戻ることにした。


………。


ハピナス 「売上は7000円…もっと用意しておいてもよかったかな?」

完全に売り切れ、軽くなった鞄を見ながら私は宿に戻った。
いつのまにか夜も更け始め、辺りは薄暗くなっている。
人の賑わいも次第になくなり、静寂が伝わってきた。

ギィ…

店員 「あ、お帰りなさいませ」

店員がそう言って頭を下げる。
私は右手で軽く会釈して鍵を受け取った。

ハピナス 「………」

もう夜だと言うのに、宿の中は静かな物だった。
余程客がいないのか、静寂が漂っている。
私は自分の足音を聞きながら部屋に戻った。

ハピナス 「…ふぅ」

私は荷物を置くと、すぐさまベッドに仰向けに倒れこんだ。
明かりのついていない真っ暗な部屋の中で、ただ窓から差し込む月光がやけに明るく感じた。

ハピナス 「……」

このままでは眠ってしまいそうな感覚を覚え、私は上体を起こして財布を確認する。
頭の中で何を食べるか?ということを考えながら立ち上がる。
そして、ドアに手をかけようとしたその時…。

女性 「すみません! お客様!!」

ドンドンドンッ!!!

けたたましい声と共に、勢い良く三回、ドアを強くノックされる。
やけに慌てた店員の声に、私はただ事ではないと思い、すぐにドアを開ける。

ガチャッ!

ハピナス 「どうしたの…?」

私がそう言うと、蒼い顔をした店員が私をすがるような目で見ていた。
そして、呂律が回らないのか、上手く話せないようだった。
私は彼女を落ち着けて、状況を話させる。

店員 「す、すみません…! あ、あの…! お客様はお医者様ですよね!?」

店員がどうにかそう言うと、私は冷静に答える。

ハピナス 「そうよ、もしかして急患かしら?」

私がそう言うと、店員は嬉しそうに。

店員 「よかった! あの、お願いします!!」

特に説明もないまま、私の手を引っ張りながら一階のとある部屋まで連れて行かれた。
途中他の客に出会わなかったところを見ると、本当にこの宿は客がいないのか?とさえ思えた。


………。


『105号室』

部屋のドアにはそう書かれていた。
店員はすぐにドアを開ける。

ガチャ!

私の視界に部屋の中が映し出される。
私の部屋と全く変わらない配置と広さ。
多少埃っぽいのも同じだった…。
そして、ベッドに横たわるちいさな女の子と、それを見守る若い母親が目に入った。
私は慌てる店員を押しのけて前に出る。

ハピナス 「これは…まずいわね、猛毒にかかってるじゃないの!」

私は子供…ピィと言う種族の子供の顔色と呼吸を見てそう言う。
体が全体的に蒼くなっており、時間も相当経っている…子供の小さな体にこの毒は危険だわ!
私はすぐに少女の服を脱がして患部を見つける。

ハピナス (あったわ…やっぱりね)

背中…というよりも後ろ腰の辺りに傷があった。
それも…明らかに毒タイプの。

ハピナス (アーボの類ね…綺麗な牙の跡がついているわ)
ハピナス (まだ小さい傷だということは、そんなに大きなアーボじゃなかったわけね)

恐らく喧嘩でもしたのだろう…。
だが子供の喧嘩で毒を使うなんて…毒タイプにとっては当たり前ってことかしら。
この辺りに毒タイプのポケモンがいるというのも、珍しいと言うだけで疑問点があるわけじゃないわね。
私はすぐに手持ちの麻酔を彼女の患部に注射する。

ピィ 「うっ…!」

ハピナス 「大丈夫よ、安心して…すぐに治るから」

私はそう言って少女をリラックスさせる。
効き始めた麻酔を確認すると、私はメスを取り出し、すぐに患部を消毒して小さく切開する。
そして、そこから直接毒消しを注入し、後は切開した患部を縫合する。
女の子の体なので傷を作らないように縫合した。

ハピナス 「…こんな所ね、結構毒が回っているから、すぐにでもこの薬を飲ませて」

私は飲料の毒消しを母親(ピクシー)に渡し、立ち上がる。

ハピナス 「…うん、大分マシになったようね。後はお母さんが薬で治してくれるわ」

私はピィの頭をそっと撫で、その場を後にしようとする。
すると母親に呼び止められる。

ピクシー 「あ、あの…ありがとうございます!! お代金は必ず…!」

ハピナス 「別にいいわ…オペと言うには簡単すぎる物だし、そうね…薬代さえ払ってくれればそれでいいわ」
ハピナス 「私は204号室に一泊しているから、明日の昼にでも持ってきて」

私が背中を向けながらそう言って部屋を出る。

パタン…

静かにドアを閉めると、私は前を見る。
すると…。

ハピナス 「……?」

店員(ラッキー) 「す、凄いですお客様〜! いや、先生って言った方がいいですよね!?」

やけに尊敬する眼差しで私をみる店員。
私は無視して、歩き始める。

店員 「ああっ、待ってくださいよ〜! あの、その…」

店員がそう言うと、私は一度だけ足を止めることにする。

ハピナス 「悪いけど…長々と話をするつもりはないの」

私がそう言うと、落ち込んだように店員は俯く。

店員 「すみません…でも、凄くって」
店員 「先生ってハピナスですよね? 私の進化系ですから凄く憧れなんです…」
店員 「私はいつまで経っても進化できなくて…だから先生が凄く羨ましくって」

ハピナス 「進化は条件が揃った時に唐突に訪れる物よ…私は産まれてすぐにそうなっただけ」
ハピナス 「じゃあね、私は早く食事がしたいのよ…」

私は空腹を我慢しながらそう言った。
すると店員は嬉しそうに。

店員 「そうですか、じゃあすぐにお作りしますから♪」

ハピナス 「えっ…?」


………。
……。
…。


それから食堂へ…。
私は目を見張る料理を見た。

単純な庶民料理だが、食欲が酷くそそられる。
白いご飯に味噌汁…鯖の味噌煮。
私はすぐに用意されていた箸をとる。

ハピナス 「……」

私は一口食べてみる。
…懐かしい味ね。
私は心の中で彼女のポイントをアップさせる。
後は一気に残りを平らげた。
量はそんなに食べてないが、十分。
私は食後のお茶を一杯もらって一息ついた。

店員 「どうでしたか〜?」

店員は笑顔で感想を聞いてくる。

ハピナス 「そうね…90点をつけてあげるわ」

私がそう言うと、店員は喜ぶ。

店員 「よかったぁ…私、こんな簡単な料理しかできないですけど、喜んでもらえてよかったです」

私はようやくこの店に何故客がいないのかが理解できた。
彼女はどこかズレている…おっとりした口調に慌てふためく行動。
恐らく彼女が経営している店ではないのね。
私はひとりでそう結論付けると、その場を後にする。

ハピナス 「ごちそうさま…代金は置いておくわ」

店員 「って、先生〜?」

不思議そうな店員の声を残して私は部屋に戻った。
後は軽くシャワーだけを浴びてすぐに就寝した。
明日は…どうしようかな?
そんなことを考えながら私は眠りの底に落ちていった…。



………。
……。
…。



チュンチュン…

小鳥の鳴き声で目を覚まし、私は徐々に意識が覚醒する。
多少ぼ〜っとしながらも今の状況を考える。

ハピナス (宿の部屋だ…当然ながら)

私は時計を見て時刻を確認する。

『6:02』

自分で言うのもなんだが、早起きなものだ。
私は布団を剥いで自分の姿を見てふと思う。

ハピナス 「………」

完全に下着の姿で寝ていた。
変えの服がないので、白衣はハンガーにさげてある。
寝巻き位は買っておくべきだった。

ハピナス (まぁ、これだけ客のいない宿ならそんなに気にしなくても…)

ガチャ!

そう考えた瞬間、いとも簡単にドアを開けられる。
そして、その先には昨日散々見た姿があった。
エプロン姿のラッキーの店員だ。

ラッキー 「せんせ〜い! おはようございます〜ってあれ? 着替え中だったんですか?」

店員はいともあっけらかんとそう言う。
私は呆れた顔をし。

ハピナス 「…ノックくらいしろ、一瞬張り倒すところだった」

私はそう言って、すぐにカッターシャツを着込む。
そしてズボンを穿いていつもの白衣に袖を通す。

ラッキー 「あはは…ごめんなさい、つい」

ハピナス 「よくそれで店員が勤まるな…」

私がわざとそう言うも、店員は全く気にせず。

ラッキー 「いいんですよ! 今日はマスターが帰ってきましたから!」

ハピナス 「…マスター? ああ、やはり」

やはりちゃんとした店長がいるのだな。
こんなでたらめな店員で経営できるわけがないからな。

ラッキー 「もうご飯できてますよ、早く降りましょう先生!」

店員は私の手を引っぱって行く。

ハピナス 「こ、こらっ! 引っ張るな! 白衣が伸びる!!」

私は自分でも珍しくうろたえる。
こんな風に他人と接したのは初めてかもしれない…。
私はそんなことを考えながら白衣のポケットをまさぐり、財布があることを確認する。


………。


ワイワイ…ガヤガヤ!

そこは私の知らない世界だった。
昨日の状況とは打って変わり、この賑わい様…。

ハピナス 「どういうことだ?」

ラッキー 「あはは〜、マスターがいる時はいつもこんな物ですよ〜」

店員はそう言って空いている席(明らかに特等席)に私を座らせる。
そして、その瞬間大歓声。

ハピナス 「な、何なんだ…?」

客A 「おお、あんたが噂の先生か!」
客B 「ミーラさんとこの娘さんを治してくれたんだってな!」

ミーラさん…昨日のピクシーの女性の名前か。

客C 「もう有名人だぜあんた!?」

ハピナス 「………」

私はしばらく放心していた。
何故…?

ラッキー 「さすが先生ですよね〜、本当に尊敬しちゃいます♪」

ハピナス 「………」

私はじっ…と店員の顔を見る。

ラッキー 「え? えっと…何ですか?」

ハピナス 「……」

どうにも笑顔。
どうにもしっくりこない…。
ほんとうに同一人物なのだろうか?とさえ思う。
私がそんなことを考えていると…突然。

男 「このばっきゃろう!! いつまで遊んでやがんでい!? さっさと注文取りやがれ!!」

突然、そんな怒声が響き渡る。
すると、私の目の前にいた少女は飛び上がって驚き。

ラッキー 「は、はい〜っ! 先生何食べます!?」

慌ててメモを取る準備をする。
私は簡潔に。

ハピナス 「…サラダと牛乳」

それだけを言った。
すると、店員は駆け足に厨房に向かっていった。

ハピナス 「……」

私はぐるっと周りを見渡す。
昨日がらんとしていた食堂が満員なのだ。
ざっ…と見渡しても50人位いるだろう。
しかも…。

ハピナス (ほぼ全員中年の男だな)

服は工業服のようで、泥やら汚れやらが酷かった。
だが、男たちの顔からは確かな笑顔があり、活気がみなぎっていた。
そんなことを考えていると、腰の辺りを誰かに引っ張られる。

ハピナス 「…?」

私は振り向くとその方向には誰もいない。
私は視線を下に向ける…。

少女 「……」

ピィだ…恐らく昨日診た。
表情からは昨日の症状はなく、動けるようにはなっているようだ。
私は軽く笑って少女を見る。

ハピナス 「もう、大丈夫?」

私がそう言うと、少女は大きく首を縦に振った。
すると、少女の後ろからひとりのピクシーが姿を見せる。
私は何の違和感もなしにこう言う。

ハピナス 「ミーラさんですね?」

ミーラ 「あ、はい…昨夜は本当にお世話になりました」

ミーラさんはぺこりと丁寧にお辞儀をする。
その際長い髪がさらりと揺れたのが印象的だった。
昨日は気にしてなかったのだが、よく見ればこのご婦人はかなりの美人だ。
私がそんな風に見ていると、ミーラさんは話し出す。

ミーラ 「あの…お金の件ですが」
ハピナス 「300円でいいわ」

私はミーラさんが言い終わる前にそう言う。
ミーラさんは呆気に取られた顔をする。

ミーラ 「え、でも…」

ハピナス 「いいから…そんなに気にしないで」
ハピナス 「そんなに気にするなら無料でもいいわ…私は別にお金にそれほど執着はないから」

ミーラ 「でも…」

ピィ 「せんせぇ…これ」

ハピナス 「うん…?」

私は少女が差し出した封筒を受け取る。
手触りな感じ、結構分厚い。
何かの手紙だろうか? それにしても分厚い。

ミーラ 「…娘が助かった感謝の気持ちです、どうか受け取ってください」
ピィ 「せんせい…さようなら」

そう言って、ふたりの親子は行ってしまった…。
私はそこで気づき、恐る恐る中身を確認する。

ハピナス 「……」

私は無言で封筒を閉じる。
感謝しすぎでしょ! こんな大金法外よ!!

私は口に出せない程の大金をポケットにしまい、心の中でミーラさんに大感謝をする。
正直、これからの旅には心強い。
しかしながら、これでこの町に在住する必要がなくなったのも事実だった。
この町へは旅費を稼ぐために寄ったのだから。

ハピナス 「…早いけど町を出るか」

私がそんなことを考えていると、突然明かりが暗くなる。
私は何事かと思い、上を見ると…。

ハピナス 「……あ」

コック姿で手に食事の乗った皿を持っているカビゴンがいた。

ハピナス 「………」

私が一瞬戸惑っていると、コックは微笑み。

マスター 「お待ちどう! ゆっくり食べてくんな!」

そう言って、皿に乗った大盛りのサラダと1リットルの牛乳を置いてくれる。

ハピナス (って…こんなにはいらないんだけど)

私が言おうかと思うと、すでにコックはその場から消えていた。
もう厨房に戻ったのだろう、早いものだ…。
私は仕方なく、食事を採り始めた。


………。
……。
…。


ハピナス 「……」

私は腹八分目を確認すると、スプーンを置く。
皿にはまだ大量のサラダが残っているが、私は気にしない。
最後に私は牛乳を200ml程飲み、財布を確認する。
すると、店員のラッキーが私に駆け寄ってくる。

ラッキー 「先生、もういいんですか?」

店員がそう聞いてくると、私は特に感情も込めず。

ハピナス 「ええ、十分よ…勘定はいくらかしら?」

私がそう聞くと、店員は名残惜しそうに。

ラッキー 「そうですか、あ…えっと食事代は宿泊費に入ってますから気にしないでください」

ハピナス 「そう」

私はそれだけ言ってその場を離れる。

ラッキー 「あ、先生〜?」

私はその声を無視して、部屋に戻る。


………。


ハピナス 「……」

私は荷物の確認をする、旅立ちの準備だ。
金は手に入ったし、長居するわけにはいかない。
本来やるべき『仕事』がある。
到着の予定は3日後、ぐずぐずしていると予定が遅れてしまう。
予定を遅らせるのは、患者の命に関わる。
私は忘れ物がないと確認すると、カウンターに向かった。

ハピナス 「………」

私は呆れる。
カウンターに人はいなかった。
他に店員はいないのか!?
私はしぶしぶ、食堂に向かう。



ハピナス 「…いた」

私は未だ人で賑わう食堂の中に入り、人ごみを分けて店員の所に向かう。
楽しそうに話をしているが、私は急いでいるのだ。
私は店員の前まで行くと。

ハピナス 「チェックアウトする、早く対応してくれ!」

私が強めにそう言うと、店員は多少驚く。

ラッキー 「は、はいっ…」


………。


ラッキー 「もう…行かれるんですか?」

ハピナス 「ああ、長居する時間はないからな」

ラッキー 「…そうですか」

やたら寂しそうにそう言う、私は特に気にもせず。

ハピナス 「それじゃあ」

と言って、鍵を置く。
すると、袖が掴まれる。

ハピナス 「…何のつもりだ?」

ラッキー 「あう…その…えっと……」

ハピナス 「………」

私は無言で睨む。
店員はおたおたしながら、言葉を放たない。
私はイラつく気持ちを抑えながら、言葉を放とうとすると、怒声が響き渡る。

マスター 「ったく!! いい加減にしろってんだ!!」

食堂からマスターのカビゴンが現れ、店員の頭を殴りつける。

ドガッ!

ラッキー 「いった〜い…酷いですぅ」

マスター 「ドアホゥ! ちゃんと話さないと先生が困るだろうが!?」

話が読めない…。
私が圧倒されていると、マスターがこちらを向き、土下座する。

マスター 「本当に、申し訳ない…恥を忍んでお頼みがあります!」

ハピナス 「ちょ、ちょっと…?」

マスターは土下座のまま、顔だけをこちらに向け。

マスター 「どうか、この馬鹿を一緒に連れて行って欲しいんです!!」

ラッキー 「それって…ただの厄介払いにしか聞こえませんけど」

店員は疑惑の目でそう言う。
私は呆れながら。

ハピナス 「冗談はやめて、私の旅はそんなに生ぬるくないわ」
ハピナス 「足手まといを連れて行く余裕はないの」

ラッキー 「ぐさ…」

項垂れる店員を無視し、私はこう言う。

ハピナス 「旅の医者と言う存在は一分一秒を争うの…こんなどんくさい娘を連れては行けないわ」

ラッキー 「どんくさい…?」

だんだん涙目になっていく店員を横目に、マスターは再び頭を下げ。

マスター 「こいつは、確かにこんなですが…夢に向かって歩く姿は誰にも負けません!!」
マスター 「こいつは、先生に憧れてます…親も知らず、友達も居ず、俺のとこで慣れない接客業をするよりも、きっとこいつのためになります」

私は少し考えた。
親も知らず…友達も居ず…か。
微妙に私と同じ環境だと言うのが気にかかった。

ラッキー 「あ、あの先生…?」

ハピナス 「うん?」

私が考えている隙に店員が話し掛ける。
私は言葉を待った。

ラッキー 「私、今まで誰かの役に立ったことがなくて…」

それは確かに行動を見ていればわかる気がする。

ラッキー 「それでも、自分では一所懸命に頑張っているつもりで」
ラッキー 「その…私看護婦になりたいんです!!」

突然強い口調でそう言う。
私は、しばし考える。

ハピナス 「…本気で言ってるの?」

私は確認の意味をこめてそう言う。
すると、強い口調で。

ラッキー 「はい! 先生みたいな医者には無理ですけど、看護婦になって手伝うことぐらいはできるようになりたいです!!」

私はその目を見る。
真っ直ぐに…私だけを見ている。
私はこの娘が自分とは違う人種だと言うのがわかった。
同じような境遇なのに、この娘は真っ直ぐに夢を見ていた。
なのに私は、逃げている…。
そんな私が、この娘を突き放すのは、また逃げることなのかもしれない。
私は決断する…これ以上逃げることは許されない。

ハピナス 「いいわ、着いて来なさい…ただし、ある場所までね」

ラッキー 「やったぁ! 本当ですか!? 嬉しいです〜……え? ある場所…?」

面白いリアクションをしながら、彼女は不思議な顔をする。
私は冷静に言葉を続ける。

ハピナス 「…私はこれからある病院まで仕事に行くわ」
ハピナス 「その病院はこの辺りの地方でも一番LVの高い所よ」
ハピナス 「そこで…あなたは看護婦になりなさい」

ラッキー 「え、ええ〜!? いきなりそんな凄い所にですかぁ!?」

案の定慌てる、私は気にせず。

ハピナス 「大丈夫よ、そこの教授とは知り合いだから、紹介してあげるわ」
ハピナス 「だから…そこでまず看護婦になりなさい」

ラッキー 「…先生は?」

ハピナス 「私は、旅を続けるわ…でも」

ラッキー 「でも…?」

ハピナス 「あなたが、夢を諦めずに、ちゃんとした看護婦になったら…迎えに来てあげるわ」

ラッキー 「ほ、本当ですか!?」

彼女はこれまでにない位の喜びを見せる。

ハピナス 「ええ、まぁこれから3日間だけだけど、その間に看護のいろは位は教えてあげるわ」

ラッキー 「はい! ありがとうございます!! 私…頑張ります!!」

マスター 「頑張れよ、メイリ…先生、どうかこの娘をお願いします」

ハピナス 「ええ、わかったわ…心配しないで、そんなに遠い病院じゃないから、会おうと思えばいつでも会えるわ」

マスター 「はい」

マスターは立ち上がり、手を振って私たちを見送る。



………。



メイリ 「あの…そういえば、ずっと気になってたんですけど」

町を出たところで、メイリが私にそう言う。

ハピナス 「何だ?」

メイリ 「先生の名前って…何なんですか?」

ハピナス 「私の名前か、名は…」
ハピナス 「私の名前は、アーチェ…と言っても、そんなに有名なわけじゃないわ」

私はそっけなくそう言って、歩みを進める。
メイリはトコトコと着いて来ながら、小さく笑顔を見せる。

メイリ 「アーチェ先生ですか〜…これからよろしくお願いします♪」

私は特に返事もせず、ただ歩いた。
メイリも気にせずに笑顔で着いて来る。


………。
……。
…。


そして、まず一日目が過ぎようとする。
その日の夜、私たちは野宿をすることになった。


パチパチ…!

薪の燃える音が静かな夜に響く。
そんな中で、メイリに看護授業を私は始める。

アーチェ 「…違う」

メイリ 「あうう…」

私は寝る前にメイリに止血、消毒、薬の使い方、包帯の巻き方を教えていた。
案の定、メイリはひとつひとつの課題にてこずる。
当然と言えば当然だが、不器用なものだ。
だが、私は冷静に教える。
メイリもくさらずに頑張っている。

メイリ 「えっと…こうして、こう」
アーチェ 「違うわよ」

メイリ 「あうう〜…またやってしまいました」

メイリは涙目に肩を落とす。
最後の包帯の巻き方がどうも上手くいかない。
これが出来ないことには今日の課題は終わらないので、私はもう一度細かく説明し、続けさせる。

アーチェ 「いい? こうよ…ここでこうして…こう」

メイリ 「ここでこうして…こう!」

アーチェ 「それじゃあもう一度最初からよ」

メイリ 「はいっ」


………。


そして、それから約1時間かけてメイリは包帯を巻いた。
彼女なりに成長している…私は少なからずそう思えたことで少々顔が綻んだのがわかった。

アーチェ 「………」

私はぐっすりと眠るメイリの顔を見て思う。
純粋で、真っ直ぐ…。
汚れを知らない、子供のような存在。
私には、そんな時はなかった…。
私は思わず思い出しそうになって首を振る。

アーチェ (やめよう…もう思い出すのは)

しかし、いつか前を向いてこの問題を見るときが来る…。
私はそう思った。
私は薪をそのままにした。
燃え移る物は何も無い場所だったし、すぐにでも消えそうな火だったからだ。
私は横になる。
すると、すぐに眠気が襲い、私を深い闇の底に静めていった…。


………。
……。
…。


パチパチ…バチィ!!
ゴゴゴゴゴゴォ!! ドガァッ!!

アーチェ 「あ…ああ……あ」

燃えたぎる炎の中に私はいる。
闇夜の中…私の家が燃えている。
床や壁、天井すらも焼け落ち、次第に私に向かって炎が押し寄せる。

アーチェ 「あああっ…!」

恐怖が頭の中を支配する。
死ぬことが怖いのではない。
私が………





ガバァッ!!

アーチェ 「!?」

私は飛び起きる。
嫌に体が蒸し暑く感じる。
私はすぐに薪を確認する。


………。


火は完全に消えており、辺りは完全に闇に支配されていた。
何処からか、風の音が聞こえる。
私は異様な体の汗を感じ、一度立ち上がって服を脱ぎ、体の汗をタオルで拭き取った。

何故…またあの夢を。
私は心の中でそう呟いて、頬を伝って落ちる冷や汗を拭う。

アーチェ 「……」

再び横になるが今度は眠れない。
私は何とか眠ろうと、そのまま目を瞑ってじっ…と静かに横になり続けた。



………。
……。
…。



ゆさゆさ。

アーチェ 「……?」

身体を揺すられて私は目を覚ます。
重たく感じる頭を上げて私は状況を確認する。

アーチェ (…気が付いたら朝か、眠った気がしないな)

メイリ 「先生〜、朝ですよ〜」

メイリが私の顔のすぐ側でそう言う。
余計に眠気が増したが、私はすぐに意識を覚醒させる。


………。


メイリ 「たっくさん食べてくださいね〜♪」

メイリが簡単に料理を作ってくれる。
無論厨房がないので、その場で作れる簡単な物だった。

アーチェ (焼き飯か…野宿でこれが食えるとはな)

自慢ではないが私は料理がからっきしである。
食えなくはないが、料理と呼べるものではない。
まぁ、食えれば自分は満足なので気にしたこともなかったのだが…。

アーチェ (これを食い続けたら、自分で作った飯が食えなくなりそうね…)

私はそんなことを考えながら食事を平らげた。
時刻はまだ7時、十分に時間はある。
私たちは目的地に向かって歩き始めた。


………。
……。
…。


歩くこと5時間。
所々で休憩を挟みながら、メイリに看護授業を教えた。
メイリは実際吸収力が高く、真剣になって覚えようとする様は見ていて教え甲斐はあった。
一度覚えたことは絶対に忘れない。
昨日あれだけ苦労した課題も今では完璧にマスターしていた。

アーチェ 「…凄いわね」

メイリ 「え? 何がですかぁ〜?」

メイリは自分が誉められていることに気づかないのか、そう答える。
私は微笑して。

アーチェ 「期待してなかっただけに驚いているの、正直ね」

メイリ 「うう〜、何か複雑です〜…」

アーチェ 「誉めているのよ…私なりに」

私がそう言うと、メイリは微笑んで、少しはにかむ。
私はそれを見て少し羨ましかった。
ああ、こんな風に笑えるんだな…と。

アーチェ (私は…もう笑えないか)

心から笑える…そんな現実はもうないのだと、私は少なからず思った。
あの事件から、私は笑顔を失った。
作った笑いは出来る、でも本当の意味で笑うことは出来ない。
医者を志したその時から、私は孤独を選んだ。
ただ、ひとりで…人を救っていける。
助けることが出来る。
誰かを救えるのなら、私はひとりでいい…。

アーチェ (…ダメね、私は。この娘に負けてる)

私は俯いて、自分の弱さを嘆いた。
その姿を見たからか、メイリが心配そうに私を見る。

メイリ 「…先生?」

いつになく、不安そうな顔だった。
私も…か。
私は空を見上げる。
何故か涙が出そうだった。
もう枯れてしまった筈の涙が。
この蒼い空に吸い込まれてしまうように…。


………。
……。
…。


アーチェ 「……?」

メイリ 「………」

その日の夜のことだった。
メイリは終始顔を俯かせ、何かを言いたそうに時折私の顔を見たりと、変な行動を取り始めた。
食事の時もいつものように笑うこともなく、まるで今にも泣きそうな顔で黙々と時間が過ぎていった。

アーチェ 「いい、こう言う状況の場合は…」

メイリ 「……」

授業中は真面目に聞いていた。
むしろ真面目すぎる位…この娘らしくはなかった。
私は、さすがに気になって、寝る前に聞いておくことにした。

アーチェ 「…何か不満があるのか?」

私は唐突にそう言う、するとメイリは、顔を俯かせ。

メイリ 「…私じゃ役不足ですか?」

そう言う。
私は意味がわからずに聞き返す。

アーチェ 「…聞いているのは私だが?」

メイリ 「先生は、私に何も言ってくれません…自分の中で、ずっと溜め込んで」

私は心臓が止まりそうになった。
何故、メイリが私の心情を読み取ったのか。
だが、考えればすぐにでもわかることだった。
これまでの授業の成果で、メイリは人の心理を探ることを覚えた。
そして、その成果を私で試したのだ。
私が何も言えずにいると。

メイリ 「看護婦も、医者も…相手とわかりあえなきゃダメなんですよね?」
メイリ 「なのに、先生は自分のことを絶対に話さない」
メイリ 「辛いことなのに、それを押しのけて…それで、人が本当に救えるんですか?」
メイリ 「外面上は救えても…心を、救えるんですか?」

アーチェ 「…何が言いたい?」

私は激情を抑えて、そう言う。
メイリは優秀すぎる。
特に、洞察力、推察力。
恐らくは半分ヤマかけだろう。
そして、それがまさしく当たっている。

メイリ 「先生は凄く立派な医者ですよ…尊敬してます、でも…」
メイリ 「どうして、私に教えてくれないんですか? 本当の心を救う方法を…」

メイリは気づいている。
普段がああだから余計にそう感じるのかもしれない。
そして、次の言葉で、私は決断を余儀なくされた…。

メイリ 「私は…先生を救いたいです、誰よりも尊敬している先生を!」

アーチェ 「…メイリ、私は…」

私はメイリの目を見ることができなかった。
そうすることで自分の弱さを露呈する。
私はどこまでも愚かだと思えた。
胸が苦しい…。
どうして私は苦しいの?
次第に冷静さを失っていくのが解る。
冷や汗が頬をつたり、顎から膝に落ちる。
私は明らかに精神が異常をきたしていた。
私が何も言えずに身体を震わせていると、メイリは悲しそうに私を見る。

メイリ 「…苦しいんですね、先生は」
メイリ 「辛い過去…。でもそれから逃げてちゃダメだと思います」

メイリは真っ直ぐに私を見てそう言う。

ソレガデキルノナラワタシハクルシマナイ…。

『逃げる』

私の脳裏にその言葉がちらつく。
次第にあの『火』の事が明確に思い出されてくる。





………。

……。

…。





パチパチパチ…ドガァッ!!

家の骨が燃える音。
私はその場から動けない…。
熱によって視界が蜃気楼のように揺れる…。

パチパチ…バチィ!!
ゴゴゴゴゴゴォ!! ドガァッ!!

アーチェ 「あ…ああ……あ」

燃えたぎる炎の中に私はいる。
闇夜の中…私の家が燃えている。
床や壁、天井すらも焼け落ち、次第に私に向かって炎が押し寄せる。

アーチェ 「あああっ…!」

恐怖が頭の中を支配する。
死ぬことが怖いのではない。
私が………

アーチェ 「…いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」

私は力の限り叫ぶ。
だけどもはや誰も生きてはいない。

私が……コロシタノダカラ。

アーチェ 「イヤッ、イヤッ、イヤァアッ!!! 来ないでぇ!!」

私は必死に拒絶する。

? 『ナニヲキョゼツシテイルノ?』

もうひとりの『私』が問い掛ける。
私は泣き叫ぶ。
動くことすらできないその場で私は力の限り泣いた。
燃え盛る炎の中で、すでに涙さえ蒸発していた。

アーチェ 「誰か…誰か助けてぇ!! ここはいやぁぁぁぁぁぁ!!」

私は次第に狂気の中に引きずり込まれていった。
そして、気が付いた時には…何も残ってはいなかった。



………。



アーチェ 「………」


? 「…これが、結果か」

私はターゲットの少女を見て、そう呟く。
少女の目は虚ろで、虚空を見つめていた。
炎の中で服は全て焼き尽くされ、体中がすすだらけになっている。
しかし…。

? 「あの炎の中で、なお生き残るか」

素直に恐ろしいと思えた。
私の『鬼火』はそこまでぬるくはない…この1000年の間、骨すら残したことはない。

? 「…プライドを傷つけられる、だが…」

私は少女の目を見る。
何も見えていない。
ただ、私の放った光を見て魅了されただけの少女。
だが、その少女は私の想像を越えすぎていた。

? 「…この少女が相手だったのなら、それも止むを得まい」

私は素直に少女の『強さ』を認める。
今まで子供相手にそんなことを言ったのは一度もない…まさしく、初めてだ。
私は着ていたコートを少女に着せる。

アーチェ 「……?」

少女に反応があった。
私は驚くこともなく、少女の顔に自分の顔を近づけこう言う。

? 「…生き残るがいい、私が『唯一』しとめそこなった獲物よ」

アーチェ 「!?」

少女の目から涙が零れ落ちる。
これ以上の恐怖は少女を殺すだろう…。
私は一瞥し、微笑んでその場を後にした。



アーチェ 「……あ……あ……ぁ………ぁ………ぅ…………」

言葉が言葉にならない。
意識を取り戻して始めてみたのが、女の人。
綺麗な長い金髪に汚れ一つない洋服に身を包んでいた。
そして、何よりも印象に残ったのが…。

アーチェ (…九本の、尻尾)

そう…確かに9本。
最後に目を合わせた時、私はこれまでにない恐怖を感じた。
紅い瞳から見える、冷酷な感情。

私は上に被せられただけのコートを握り締める。
あの人の匂いが残っていた。
ほのかな安らぎのある香り。
まるで魅了されるようなその香りは、あの人にふさわしいと思えた。

アーチェ 「………」

私は周りを見渡す。
焼き落ちた家は凄惨さを物語る。
何故私は生き残ったのだろう。
私は明らかに炎に包まれていた。
体中に残るすすがその証拠だ。
服も焼け落ち、髪の毛すら残っていないようだった。





アーチェ 「……」

私は全てを記憶から掘り出した。
気持ち悪さが胸に残る。

メイリ 「…せ、先生?」

心配そうにメイリが私を見る。

アーチェ 「…ごめんなさい」
メイリ 「…え?」

ほぼ同時に声を出す。


………。


一瞬の沈黙。
そして、私が自分で静寂を破る。

アーチェ 「私には…まだ解決できない問題がある」

メイリ 「で、でも私は…!」

私はメイリの言葉を遮る。

アーチェ 「これは…私自身が解決せねばならない」

メイリ 「先生…」

メイリは涙ぐんでいた。
自分の力が足りないと思っているのだろう。
だが、それは違う。
メイリは私を救ってくれた。
あの『火』に…向き合う勇気を貰った。

アーチェ 「ありがとう…メイリに会えて、私は良かった」

メイリ 「せ、先生…」

メイリは頬を真っ赤にして恥ずかしがる。

アーチェ 「さぁ、もう寝よう…明日は予定では最終日だからな」

メイリ 「は、はいっ!」

こうして、長い一日が終わった気がする。
私はその夜…悪夢を見なかった。



………。
……。
…。



アーチェ 「……」

そして、最後の朝がやってきた。
と言っても、別に死ぬわけではない、勝手な想像はしないでよ?
メイリとの別れの日だからだ。
今日で、私たちはようやく目的地に着く。
そこで、私は『仕事』をしなければならない。
話によれば、どうも難病のようだ。

アーチェ (教授が私を呼ぶなんて、一体…)

疑問点はいくらでも浮かんだ。
だが、詳細は聞かされていないので、断定はできない。
行ってみるしかなかった。

メイリ 「先生、準備できました!」

メイリが片付けを終え、私たちは出発する。
今日もいい天気だった。



………。



メイリ 「そういえば、目的地のノーマニアって所はどんな所なんですか?」

途中、メイリがそう聞いてくる。
そう言えば詳しくは言ってなかった、気になるのも当然か…。
私は少し、歩みを速め、今歩いている丘の上を目指す。
メイリは黙って着いてくるが、私が頂上で歩みを止めると、自然と足を止める。
そして、私は眼前に広がる街並みを指差す。

アーチェ 「あれよ…」

メイリ 「あれ…って、ええっ!?」

そこに広がる空間にメイリは驚く。
丘の頂上から正面、約10km程の距離に、その街は存在していた。

アーチェ 「面積は約200平方km…人口は100万人程よ」

メイリ 「ひゃ…100万!?」

余りに予想できない数字にメイリは目を点にして立ち尽くす。
私はそんなメイリを尻目に歩き出した。

メイリ 「……って! 先生、待ってくださーい!」



………。



そして、それから1時間程で私たちはようやく目的地にたどり着いた。



メイリ 「はぇ〜…」

メイリは余程珍しいのか、きょろきょろと辺りを見渡す。
私はそれを無視して歩くが、メイリがたまにはぐれるので、次第にストレスが溜まっていく。

アーチェ 「…いいから、しっかり前見て歩きなさい!」

メイリ 「は、はいぃっ!!」

私は無理やりメイリの首を捻って前を向かせる。
メイリの首がややボキボキと音を鳴らしたが、この際気にしなかった。



………。



そして、それから更に1時間経ってようやく目的の『仕事場』に着いた。

メイリ 「………」

もはや言葉もないようだった。



『メディック総合病院』

ノーマニア内でも最高の位置にある大病院。
付属の大学もあり、そのレベルは世界的にも有名。
全世界でも最も最先端の医学を取り入れており、絶えず未知の病と戦っている。



アーチェ (久しぶりね…ここも)

私は呆けているメイリを無視して、中に入る。
自動ドアがスライドし、院内独特の匂いが鼻につく。
待合室は客で溢れ返っており、病人の多さを物語る。
私はその光景を一瞥し、受け付けに向かった。

アーチェ 「こんにちわ、教授はいるかしら?」

私が、気軽に受け付けの女性に話し掛ける。
私と同じハピナス種の受付嬢は、眼鏡をくいっと上げて私を見る。

受付 「はい…って、アーチェじゃない! 久しぶりー!」

彼女は仕事そっちのけで受付窓から両手を伸ばして私の手を取る。
私は苦笑しながらも。

アーチェ 「相変わらずね、リータ」

私が名前でそう言うと、リータは昔を懐かしむように腕を組んでうんうんと頷いていた。
このままでは埒があかないので、私はすぐにでも仕事の話を切り出す。

アーチェ 「リータ…悪いけど、教授はどこ? 一応仕事で来ているのよ」

少々荒っぽく言うと、リータは、はいはい…と微笑しながら一枚のカルテを私に渡す。

アーチェ 「…ん、これが……」

リータ 「教授ならいつもの所にいるわよ…まぁ、健闘をお祈りしています♪」

リータはややふざけ気味にそう言う。
私はカルテを見ながら、少々顔を渋めた。

アーチェ 「…ありがとう、でも気遣いは無用よ」

私は軽く笑みを返して、その場を後にした。

メイリ 「先生〜…」

アーチェ 「わっ…いたの?」

振り向くとすぐ側にメイリがいた。
…忘れてたわ、本当に。
つい仕事のことになると、周りのことを忘れてしまう。
今までがひとりでやってきたことも災いしているわね…。

メイリ 「あの、先生…ここで、私は勉強をするんですよね…」

メイリが、かなり不安そうにそう尋ねる。
私は歩きながら答える。

アーチェ 「ええ、そうよ…本来なら試験があるけれど、私が特別に教授に推薦しておくわ」

メイリ 「そ、それいいんですか…?」

メイリが顔に冷や汗を垂らしながらそう聞く。

アーチェ 「さぁ? 決めるのは教授だし…無理だったら、それはその時…別の方法を考えるわ」

というよりも、教授が断る姿と言うのも余り想像できない…。
別に教授が軽い性格と言うわけではなく、ここ3日のメイリを見て、そう考えている。
教授ほどの方がメイリの潜在能力を見抜けないとも思えない。

アーチェ (まぁ…一応切り札もあるしね)

使うかどうかはわからないが、それは患者次第ね。
私はエレベーターにたどり着くと、ボタンを押す。
しばらくすると、ドアが開き、私とメイリは中に入った。

メイリ 「私…初めて乗ります」

メイリが、はぇ〜…と感嘆の声をあげる。
私が屋上のボタンを押すと、エレベーターは音を立てて垂直に病院を上っていく。
そして、10秒ほどで屋上に到着し、ドアは開いた。

アーチェ 「………」

空は本当にいい天気で、少々暑い位だった。
屋上には洗濯物がいくつも干されており、後はひとりの人影がいるだけだった。
その人物は、屋上の端で落下防止の壁に持たれかかりながら、景色を眺めているようだった。
と言っても、せいぜい4階程度の高さなので、大した景色ではないと思う。
周りには高層ビル等が陳列している、つまり見えるのはせいぜいビルだけなのだ。
私は、そんな行動に一切疑問を抱かず、近づいて声をかける。

アーチェ 「…お久しぶりです、ホス教授」

私がそう言うと、教授はゆっくりと振り向く。
古びた白衣に身を包み、180cm程度とやや長身で、キリンリキ種。
すでに、60歳を過ぎた老人だが、その表情からはまだまだ生気が感じられる。
私の顔を見て、教授はにっこりと笑い、私の手を取る。

ホス 「おお…アーチェ。よく来てくれた…」

昔を懐かしむように、教授は私の右手を両手で包み、うんうんと頷いた。
手を離すと、教授はやや険しい顔をし。

ホス 「…随分、傷ついたようじゃな」

アーチェ 「……」

私は何も答えなかった。
その答えはまだ出ない…。
隣にいたメイリは私の無表情な顔と、教授の険しい顔を見比べていた。

ホス 「…いや、もうよいか…全てはお前さんが決めたことじゃからのぉ」

教授は少々悲しい顔をする。
そして、すぐに元の笑顔で次の話題を切り出す。

ホス 「そちらの、お嬢さんは? お前さんに、妹なんぞおったか?」

アーチェ 「…未来の助手ですよ、一応ね」

私が苦笑しながらそう言うと、教授は笑い出す。

ホス 「はっはっは…そうかそうか、ようやく…進む決意がついたか」

私は、このままでは始まりそうにないので、すぐに仕事の話を始める。

アーチェ 「…教授、カルテを見ました」

私がそう言うと、教授はまた険しい顔をする。

ホス 「そうか、ならば状況はわかっておろう…」

教授は低い声でそう言って、エレベーターまで歩き出す。
私とメイリもそれに続く。


………。


アーチェ 「教授…この症状は」

ホス 「うむ、お前さんが考えている通りじゃよ」

エレベーター内で私と教授は患者のことを話し合う。
そして、エレベーターが1階に着き、教授はやや早足で歩く。


………。


アーチェ (…特別病棟)

着いた先はそこだった。
数多い患者の中でも、特に感染の疑いがある患者、伝染病の患者は主にここに移される。
だが、カルテを見る限りでは、この患者はそう言った類ではないと思う。

ホス 「…そのカルテには書かれておらんがな、その患者はかなり狂乱しておる」

アーチェ 「!?」

私はある程度の予測はついた。
診てみないことには詳細はわからない…。
そして、特別病棟の中でも、特別奥の病室にたどり着く。

『D−072号室』

その部屋名が危険を伝える。
私がその扉を開けようとすると、教授が一度止める。

ホス 「…アーチェよ、この患者は恐らくお前さんが抱えている問題と直視することになる」
ホス 「お前さんに、その覚悟はできたのか?」

教授はそう言って、私を睨むように見つめる。
私は一瞬、躊躇った。
だが、メイリの真剣な顔を見て、私は微笑してこう答えた。

アーチェ 「愚問ですね」

私は何の迷いもなく、扉のノブを握る。

メイリ 「……って、きゃっ!?」

ホス 「お前さんは止めておけ…」

教授がメイリの腕を掴んで、外にいるように指示する、だがそれを見て私は。

アーチェ 「いいのよ、教授、中に入れて頂戴。助手なんだから」

ホス 「い、いいのか?」

教授は本気か?という目をするが、私が許可すると、渋々メイリを掴んでいた手を放す。
そして、私はメイリと共に中に入った。
教授は外で待っているそうだ。


………。


中に入ると、日差しが目に入る。
高層ビルに囲まれた、この地帯でここまで日差しが入ってくるのは驚いた。

アーチェ (なるほど、少しでも気が和らげば…そういうことね)

私は患者を改めて見る。
12歳の少年…。
その顔はやつれ、生気が全く感じられない。
ベッドの上で、上体だけを起こして日差しの入る外を見る。
今は昼過ぎで、今から日は徐々に沈んでいく…まるでそれを見届けるように、少年の虚ろな瞳は真っ直ぐ正面を見ていた。

アーチェ (イーブイ種の少年。こんな子供がこの病にかかっている)

私はカルテをメイリに渡し、私は少年の側まで歩み寄る。
そして、できる限りの笑顔で私は話し掛ける。

アーチェ 「こんにちわ、アルス君」

私がそう話しかけるが、反応がない。
いや聞こえてはいると思う。
恐らくは無視されているのだろう。
私はもう一度話しかける。

アーチェ 「こんにちわ、アルス君」

アルス 「………」

やはり反応はない。
このまま、同じことを続けても良かったが、時間の無駄にも思えたので、私は勝手に自己紹介することにした。

アーチェ 「私はアーチェ…今日からあなたの専属医よ」
アーチェ 「あなたの症状は重いものだけど、私が絶対に…」

アルス 「うわあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

アーチェ 「っ!?」

突然、アルスが私の右手首に噛み付いてくる。
子供とは思えぬ力で、振りほどけなかった。

メイリ 「先生!!」

アーチェ 「来るなメイリ!!」

メイリが助けようとするが、私はそれを強く制する。
そして、痛みをこらえ、私はアルスを後ろから抱きしめる。

アーチェ 「……」

手首から、血が出る。
ちょっと、やばい位置ね。
私は自分の出血を無視して、アルスを優しく抱きしめた。
そして、左手で優しく頭を撫でる。

アーチェ 「……」

アルスの目は血走っていた。
まさに狂気に支配されているような…。
アルスは私の腕を噛み千切ろうと、力を込める。
私は、声をかけた。

アーチェ 「…怖かったのね、もう大丈夫だから…」

アルス 「ぐぐぐぐぐぐぁ!!」

アルスは私の腕に噛み付きながら唸り声を上げる。
メイリはその状況に涙すら流していた。

アーチェ 「大丈夫…私が絶対に守ってあげるから」
アーチェ 「助けてあげるから…ね? だから…力を抜いて」

私は、自分でも『らしくない』台詞を連発する。
でも、偽りじゃない、本心だ。

アルス 「……?」

すると、アルスの口からふっと、力が抜ける…。
それと同時に、私の右腕が解放される。
私の右腕はだらりと落ち、傷口からおびただしい出血をしていた。
普通なら治療が最優先だが、私はメイリを見て。

アーチェ 「メイリ! すぐに鎮静剤と麻酔を用意して!! それから、外の教授に患者に適合した輸血パックを3リットル用意させて!!」

メイリ 「は、はい!!」

メイリはすぐに鎮静剤と、麻酔の準備をする。
初めての実戦にしてはてきぱきした動きだ、ここまでは合格ね。

メイリ 「はい、先生!!」

用意を数分で終え、メイリはそれを私に差し出す。

アーチェ 「私にやらせる気?」

メイリ 「はい?」

メイリは意味不明にそう答える。
そして、私は血だらけの右腕を上げる。

アーチェ 「私、この腕なんだけど?」

本当は左手一本でも注射くらいは余裕だが、あえて、メイリに振ってみた。
これも修行よ。

メイリ 「ええーーーー!? 無理ですよぉ!!」

メイリは予想通り、慌てる。
だが、私は。

アーチェ 「いいから、やりなさい! 練習させたでしょう!? 患者の命がかかっているのよ!?」

実際、アルスは力を抜いてから、だらりと口から血と涎を垂らして私の左腕に持たれかかっていた。
衰弱している…血の匂いと、元々弱った体を無理に動かしたからだ。
恐らく、脳に相当負担がかかっている。
早くしないと、手遅れになる!

メイリ 「…わ、わかりました!!」

メイリは蒼い顔をしながら、注射器を持つ。
明らかに震えている。
私はそれを見て。

アーチェ 「ほら! もっとしっかりしなさい!! そんなんじゃ患者を殺すわよ!?」

一喝する。
すると、不思議な程、メイリはしっかりと震えを止める。
私はすぐにアルスをベッドに横にして寝かせる。
アルスは口から大量の血を浴びている。
仰向けにすると、血が固まって呼吸を妨げる恐れがあるからだ。
そして、私は1歩下がってメイリに任せる。

メイリ 「……」

メイリはしっかりとした手つきで鎮静剤を適量投与する。
そして、麻酔を持ちながら呆然とする。

アーチェ 「…どうした?」

メイリ 「こういう場合、どこに麻酔打つんですか〜!?」

そう言えば、そこまでは教えてなかった…。
私は、さすがに自分で代わる。

アーチェ 「いい、こういう場合、この首の所に…」

私は左手でさっと、麻酔を打ち終える。
その姿を見て、メイリがはぇ〜…と感心する。
そして、同時にはっとする。

メイリ 「…って、先生片手でも打てるじゃないですか!」

アーチェ 「……あ」

私とメイリは同時に固まる。
だが、すぐに部屋の扉が開かれ、正気に戻る。

ホス 「アーチェ! 輸血の用意は出来ている! すぐにでも手術室に…」

アーチェ 「ここでやるわ!! そんなに難しい物じゃありませんから! それよりもすぐに私の止血をしてください!!」

私はそう言って、右腕を差し出す。
それを見て、教授が驚く。

ホス 「お前さん…相変わらず無茶苦茶じゃな、このままじゃ失血死してもおかしくないぞ!?」

アーチェ 「早くして! 今でも気絶しそうなのよ!」

教授はすぐに用意してあった止血セットで私の右腕をさっと止血する。

ホス 「これでいいじゃろう、やれるか!?」

アーチェ 「もちろん! さすが教授」

私は痛む右腕を無理にでも動かして、すぐにオペを始める。

アーチェ 「まずは患者の血を入れ替えるわ! すぐに輸血を始めて!」

ホス 「入れ替えるのか? しかし、何でまた…」

アーチェ 「この症状は血が問題なんです、薬の影響で体内の血にある成分が混ざってしまっているんです」

ホス 「なるほど…副作用か!?」

さすがは教授、すぐにでも気付いたようだ。

メイリ 「…あの、どういうことなんですか?」

既に輸血が始まり、私は逆にアルスの血を抜き始める。
そして、作業をしながら私は説明する。

アーチェ 「アルスの症状は薬物の大量投与による副作用が主な原因なのよ」
アーチェ 「少量ならば、問題はないのだけど、あまりに度を越えた投与は、こうなるの」
アーチェ 「恐らくは、最近出回り始めた、筋肉増強剤の類でしょうね」
アーチェ 「あれは、血管から体中に直接成分が回るから…」
アーチェ 「これだけ大量だと、成分が消えずに延々と体を循環し続けるのよ」
アーチェ 「そして、それが脳に直接作用して、凶暴性を引き出すの…野生の本能とも言うわね」

私は血の入れ替えをしばらく見ながら、ふっと、その場で倒れそうになる。

メイリ 「先生!!」

メイリが抱きとめてくれる。
私は少々、気が遠くなる。

ホス 「どうした? まさか動けんのか?」

アーチェ 「そうね、ちょっと休みたいわ…とりあえず、血を入れ替えればオペは終了だから」

メイリ 「え! これで終わり!?」

ホス 「後は、麻薬と同じように少しづつ…か」

アーチェ 「そう言うことです、後はお任せしますよ」

私はそのまま、大量出血で気絶してしまった。





………。
……。
…。





アーチェ 「! はっ!?」

私は飛び起きる。
見ると、時間は朝の6時だった。
どうやら宿直室でぐっすりだったようだ…。

メイリ 「先生…」

メイリは私の側で眠っていた。
宿直室は畳を敷いた4畳半(教授が畳好きなためらしい)でそこには本棚と冷蔵庫、テレビ、押し入れがあるだけ。
後は布団を敷いて私はそこに寝ていた。
私はもう少し、眠ることにした。
メイリは予想以上に出来のいい娘だった。
初めての実戦で、よくあれだけ動けたものね…まだまだ素人のはずなのに。
私はそう思って、再び布団を被る。
後は、自分でも不思議なほど、自然と眠りに落ちた。



………。
……。
…。



『同日:12時…教授の部屋にて』


ホス 「…ごくろうじゃったな、アーチェ」

私は教授に呼ばれ、部屋にいた。
教授は自分の椅子に座りながら大らかに笑っていた。

アーチェ 「教授こそ、お手を煩わせたようで?」

私は自分の右腕が、完璧に治療されていることに対してそう言った。
朝まで眠っているなんておかしいとは思っていた。
どうやら、オペのために『眠らされていた』らしい。

ホス 「はっはっは! 元気そうで何よりだ! 何せ、傷口の肉がぐちゃぐちゃに噛み千切られて骨が見えとったからな」

私は瞬間ぞくりとする…。
そこまで我慢していた自分に乾杯ね…。

アーチェ 「…おかげさまで、お嫁に行けなくなりましたよ」

私がそう冗談を言うと、教授は大笑いする。

ホス 「わっはっはっは!! 心配するな、お前さんが望むならいくらでも貰ってくれる男はおるよ!」

アーチェ 「そうでしょうか?」

私も思わず笑ってしまう。
自分でもここまで笑ったのは初めてかもしれない。

ホス 「ああ、もちろんじゃよ…もっと自分に自信を持ちなさい」

アーチェ 「…はい」

私は冗談交じりに笑ってそう答えた。
そして、ひとしきり笑った後、教授が話し始める。

ホス 「で、メイリちゃんじゃが…」

アーチェ 「…はい」

ホス 「お前さんの側に置いてやるのが私は一番だと思うのじゃがな?」

教授は私の目を真っ直ぐ見てそう言う。
だが私は。

アーチェ 「いえ、それではあの娘を甘えさせるだけです。あの娘は私がいなくても、きっとできるはずですから」
アーチェ 「それに、約束ですから」

ホス 「いや、いいんじゃよ…お前さんがそう言うなら、メイリちゃんを私の所で預かろう」

アーチェ 「ありがとうございます、教授」

私は深く頭を下げ、部屋を出る。
そして、それとほぼ同時にメイリが私の前に立っていた。

メイリ 「…先生」

アーチェ 「メイリ…」

そして、メイリの後ろにちょこんと立っている少年の姿があった。
昨日のイーブイ、アルスだ。

アルス 「………」

アルスは可愛い目を見開いて、私をぼ〜っと見つめていた。
私は笑顔で、アルスの前に屈む。

アーチェ 「もう、大丈夫なの?」

私がそう言うと、アルスは頬をやや赤らめて大きく頷く。
私は優しくアルスの頭を撫でてあげた。

アルス 「…ありがとう、おばさん」

アーチェ 「ええ、気にしないで、それが仕事だから」
アーチェ 「もうちょっと頑張れば、きっと病院から出られるわ」
アーチェ 「それまで、頑張ってね」

アルスはうんっ、と大きく頷き、その場から早足で去った。
定期検診だろう…。
私は笑顔で見送った。
私は立ち上がり、メイリを見る。

メイリ 「先生、どうしてアルス君はあんなことに…?」

メイリが悲しそうにそう言う。
あんなこととは、原因のことだろう。
私は静かに語り始める。

アーチェ 「ポケモンと言う種族は、数多く存在する…」
アーチェ 「種類だけでも300種以上、そして全世界に存在するポケモン人口は10億以上と言われているわ」
アーチェ 「その中でも、特にポケモンは戦うことで働いている者もいるの」
アーチェ 「一般的にはポケモンバトルと言われ、それは今や全世界で知らない者はいないわ」
アーチェ 「でもね、その中にも不正を働く者もいるの…」
アーチェ 「今回の彼のような子供を、試合に勝つために、大金を手に入れるために、利用する」
アーチェ 「ただ、あの子の場合は、恐らくはモルモット…新薬の実験だったんでしょうね」

私がそう言うと、メイリは顔を蒼くして。

メイリ 「そんな…そんな酷いことって」

アーチェ 「あの子の場合は特別でしょうけどね…それでも、同じような症状に苦しんでいる子供も多くいる…これも現実なの」
アーチェ 「私たちは、そんな患者を救うのが仕事よ…だからメイリ」

私は懐からひとつのアクセサリーを取り出す。
腕につけるゴムバンドの鈴。
だが、それなりに価値のある物で、安い作りではない。

メイリ 「え…これは?」

アーチェ 「安らぎの鈴…というアイテムよ、私にはあまり必要のない物だから」

メイリ 「安らぎの鈴…」

アーチェ 「それを持っていれば、ラッキー種のような種族は進化が早まると思うわ…細かい効果はよく知らないの」
アーチェ 「いらなければ捨ててくれて構わないわ」

メイリ 「え、でも貴重なものなんじゃ…?」

メイリは鈴と私を見比べながら、そう言う。

アーチェ 「いいのよ、あなたが持っていた方が意味があるでしょう? 私はいらないから」
アーチェ 「それよりも、これから頑張りなさい…」

メイリ 「え…?」

アーチェ 「2年後に迎えに来るわ…ただし、落ちてたら…」

メイリ 「頑張ります! 絶対に…絶対に看護婦になってみせます!! だから…」

メイリが院内で大声を上げて、涙を流す。
私はそんなメイリの頭を撫でて。

アーチェ 「期待しているわ…その頃までに、私も『強く』なっておくから」

メイリ 「…はいっ」

私は荷物を持ち上げて歩き出す。
メイリはじっと私の背中を見つめていた…。





………。





ノーマニアを出た所で、私はふっと過去を思い出す。

アーチェ 「探すだけでも探してみようかしら…」

九尾の狐…。
噂では1000年もの時を生きる妖弧。
キュウコン種は数多くいるが、そこまで生きたと言う例は未だ1つしかない。
遥か過去、伝説となったポケモンとの関わりを持ち、暗殺によって糧を得てきた女…。

アーチェ (九怨…!)

私はその名を心の中で叫び、強気意思を持って歩き出す。
あいつが私の過去の真相。
会えばきっと何かがわかる。
いや、絶対にわかる…。
何故だか、その確信があった…。
そして、私は…今度こそ明確な目的を持って歩き始める………











…Fin…











作者あとがき




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