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POCKET MONSTER The Another Story




『探求 〜広大なる大地に咲く、一輪の花〜』




また、お会いしましたね皆さん…Fantasic Company、管理者のYukiです。

6回目となるお話は、とある広大な大地のお話です。

そこは多くの草タイプやノーマルタイプが住む『南の大地 アレクセラ』
ジャングルとサバンナが広がるこの世界に、ひとりの少女が元気に住んでいます。
今回は、その一輪の綺麗な花のお話です。





………………………。





ギィ! ギィ! シャシャシャシャ!!

ザッザッザッ!!

ジャングル独特の音が飛び交う毎日。
そこは、常に熱帯の気候でやや湿度の高いジャングル。
あまりにも広大なその大地は、全ての大陸の中でも随一と言われ、数え切れないほどの人口が住んでいる。
ただ、基本的に自給自足、弱肉強食の感が強く、過酷な生活を繰り返しているものも多い。
唯一、ここ『アレクセラ』では平和な草タイプのポケモンたちが楽しく暮らしています。
そして、これは…私がこれから体験するお話の始まりです。



? 「クレアー! クレアー!! どこにいるんだいー!?」

長老様の声が聞こえる。
もうそんな時間なのかな?
空を見るけど、日は高い…お昼には少し早い位かな?
私は大きな籠にたくさん詰めた果実を頭上に背負い、長老様の声が聞こえる方向に向かって走った。

長老 「クレアー! 返事をしておくれーー!!」

クレア 「クレアはここにいますよ、長老様♪」

私は笑顔で長老に答える。
長老様はもう120歳になるフシギバナ種の長老様。
広大な『アレクセラ』で、草ポケモンを収める偉大な長老様だ。
2メートル以上の身長に、300kgの体重と、かなり太っている。
世間では食べすぎとのことだけど、ここまで太るのも凄い気がする。
服に関してはもう着ることすら難儀していて、作るのも大変だそうだ。
背中に咲いた花も随分と萎れてしまっている…昔は凄く元気な花だったらしいけど。

長老 「おお、クレアや…そんな所におったのか。ワシも随分歳じゃな…こんなに近くにいるのに見えなかったよ」

クレア 「あははっ、それは長老様が大きすぎて私が見えなかったんですよ♪」
クレア 「長老様、肉ヒダが多すぎて下が見えないから」

長老 「ほっほっほ、それはそうじゃの…下を見ようとすると顎が下がらんよ」

長老様は大らかに笑う。
私はそんな長老様の隣で歩き出す。
ジャングルの足場は凄く悪い…らしい。
私は生まれてずっとこのジャングルで過ごしているからそれがわからない。
外の世界はどうなっているんだろう?
私は、それがずっと気になっていた。
私が知っているのは、ジャングルとサバンナの中だけ。
長老様はまだ少しだけ早いと言って外には出させてくれなかった。

クレア 「…ねぇ長老様、どうして私は外に出てはいけないの?」

長老 「ほっほっほ、クレアは外に興味があるようじゃが、そんなに楽しい所ではないのだぞ?」

クレア 「え〜? そうなの? でも、それは人によって違うものでしょ?」
クレア 「私には、楽しいかもしれないじゃないですか!」

長老 「ふ〜む、しかしのぉ…まだクレアは幼い」
長老 「外に出ていきなり襲われたりしたら大変じゃろう」

クレア 「その時は逃げますよ〜♪ これでも逃げ足には自信があります!」

長老 「それで逃げられば良いがな、ほっほっほ!」

結局長老は折れてくれなかった。
いつもこんな調子ではぐらかされてしまう。
外の世界って、どんなのなのかなぁ?



………。
……。
…。



そして、昼食が終わり私はサバンナの方に遊びに出る。
そこはとても広い大地で、たくさんの人が走り回ったりしている。
私は普段足は遅いけど、こうやって太陽の下に出れば凄く速くなる。
こうやってお日様の下にいるのが、今は一番楽しかった。

? 「お〜クレアちゃん、今日も元気だねぇ!」

クレア 「あっ、ボゥさん! 相変わらず足が速いですね!!」

ボゥさんは、ケンタロス種の人だ。
とても足が速く、このサバンナでも一番だと言われている。
いつも激しく走り回っている人で、狩りをするのも凄く上手い。
ボゥさんの特徴はその立派な角と、傍から見たら凄く怖い顔だった。
顔の怖さは生まれつきらしく、威嚇の意味もあるそうだ。
実際には凄く優しくて気のいいおじさんだ。
私にも走り方を教えてくれるし、たまに肩車をして走ってくれるいい人だ。
ちなみに、いつも上半身裸で病気になったこともない、健康な人だ。

ボゥ 「おっと、これから狩りの時間だ! またね、クレアちゃん!」

ドドドドドドドドッ!!!

そんな足音と共にボゥさんは走り去ってしまった。
もうあんな遠くに、さすがに速いなぁ。

? 「おー! クレアちゃん、元気そうだね!!」
? 「うんうん、いいことだ〜」
? 「健康が一番!」

クレア 「あ、ドリーさん!」

ドリーさんは、ドードリオ種の凄い人だ。
何が凄いって、頭が3つもある!
しかも、それぞれ別のことを考えられるらしく、たまに喧嘩もするらしい。
首は細長く、体も大柄と言うほどではないけれど、やっぱり足が速い。
鳥なのに、翼がないけれど、ジャンプ力は凄い。
多分、これから狩りに向かうんだろう。

ドリーA 「それじゃ、またねー!」
ドリーB 「レッツゴー!!」
ドリーC 「バハハーイ!!」

相変わらずせっかちな人だ、もうあんなに遠くまで行ってしまった。
そうか、今は狩りの時間だから忙しそうだな〜。
私はそう思うと、しばらくはサバンナで遊んで、すぐにジャングルへと戻った。



………。
……。
…。



クレア 「ただいま〜」

長老 「おお、クレアおかえり…随分早かったんじゃな」

家に入ると、長老が迎えてくれる。
家は草と木だけでできており、かなり自然的…だそうだ。
私はここで生まれ育ったのだからよくわからない…。
中は長老様が動けるようにちょっと大きく改装している。
私には広い位だけど、長老様には少し狭いようだった。

長老 「クレアや…よければ少しお使いを頼めるかな? フリルさんの所から果物を貰ってきてくれ」

クレア 「あれ? 今朝私が取って来たのは?」

長老 「もう、なくなってしもうた…まだ足りなくての、腹が減っているよ」

クレア 「あははっ、少しはダイエットした方がいいですよ! でも、私も少し食べたいから貰ってきますね♪」

長老 「すまんのぉ…いつもより少し多めに頼むよ」

クレア 「はーい!」

私はそう言って家を出る。
そして、そこから西に向かって川の方に出る。
この川はかなり長く、ジャングルの外にまで広がっているらしい。
私はその川から上流に向かって上って行く。
そして、やや見晴らしのいい場所に出ると、東に向かって再びジャングルに。
後は真っ直ぐ進んだら、フリルさんの果樹園だ。



………。



クレア 「フリルさ〜ん!」

フリル 「あら、クレアちゃん…また果物?」

クレア 「はい、長老様がお腹空いたって…」

私がそう言うと、フリルさんは笑って奥に入っていく。
きっと長老様の姿を想像してしまったのだろう。
この果樹園は、自然の樹を栽培して育てているフリルさんの果樹園だ。
フリルさんは、トロピウス種の女性でとても大きい。
2メートル位の身長で、長老と同じ位の大きさだ。
でも長老とは違ってちゃんと痩せている。
大きな女性で、とても優しい人だから回りからも人気のある女性だ。
フリルさんはとても果物好きで、自分の首にもフルーツが実ってしまったらしい。
そのせいか、自分で果物を育てて果樹園を作ってしまった人だ。
この大きな果樹園は、皆が利用している。
ちなみに数少ない『お金』を使う場所だ。
基本的にジャングルでは自分で果物を取りに行くのでお金は必要ない。
でも、街の中にはちゃんとお店もあるし、お金もあるのだ。
使う場所は限られるけど、外では必要になるからとちゃんと使い方も教わっている。

フリル 「どの位いるかしら?」

クレア 「う〜ん、多めにって言ってたよ」

フリル 「そう…じゃあ、クレアちゃん持てる?」

クレア 「3つ位は大丈夫ですよ♪」

フリル 「そう? じゃあ、この籠に3つに入れておくけど、重いわよ?」

クレア 「大丈夫ですよ、いつも長老様の食べ物取りに行く時はこれ位ですから♪」

フリル 「そう、長老様ももう少し自分で動かれたらいいのに…」

クレア 「う〜ん、そろそろ動くのが辛いって言ってましたから、やっぱりお爺ちゃんですから」

フリル 「それはそうだけど、私にはただ太って動けないだけだと思うんだけどねぇ」

クレア 「あははっ、それもそうですね! それじゃあ、お金はこれで足りますよね? それじゃ!!」

フリル 「はい、それじゃあまたね!」

私は手にそれぞれひとつづつ、残りを背中に背負って走り出す。
ちゃんと果物が落ちないように気をつける。
私はもと来た道をそのまま戻っていく、この方が安全だ。
そして、私はひとつも果物を落とさずにちゃんと家までたどり着いた。

クレア 「長老様! 戻りましたー!!」

長老 「…おお、クレア。待っておったよ…もうお腹が空いて動けんわい」

クレア 「あははっ、フリルさんがそれは太り過ぎのせいだって、笑ってましたよ?」

長老 「ほっほっほ…なるほどなぁ、しかし腹が減っては動けんのも事実じゃよ」
長老 「さて、ではいただくとしようか、クレアもお食べ」

クレア 「はーい、いただきます♪」

私はそう言ってオレンジを食べる。
基本的には皮ごと食べるのが習慣だ。
別の種族の人は皮を食べないのもいるらしい。
私たちにはよくわからないけど…。

クレア 「…おいし〜い、やっぱりフリルさんの果物は甘くて美味しいですよね♪」

長老 「そうじゃな、ワシもそう思うよ…」

そう言いながら、長老は一口で一個を食べてしまう。
アレだけ食べてこんなに太って、長老様はほんとに大丈夫なのかな?
皆も笑っているだけだけど、最近めっきり動けなくなってきた長老を見ていると、少し不安になる。

長老 「ん? どうかしたのかい?」

クレア 「あ、いいえ! ただ…長老様、そんなに食べ続けて病気にならないんですか?」

私がそう聞くと、長老様は少し困ったような顔をする。

長老 「ふむ、確かに最近食べすぎではあるが…体は至って健康じゃよ」
長老 「幾ら食べても、足りない気分なのはチト困っておるがな、ほっほっほ」

クレア 「あははっ、やっぱりダイエットした方がいいと思いますよ?」

長老 「そうじゃな、考えておこう」

そうは言っているけど、本当に考えているかどうかは怪しい。
でも、健康だったらいいかな?



………。



クレア 「……」

それから夜になり、私は布団で眠っていた。
布団は草を幾重にも縫い合わせただけの物。
元々、夜になってもそんなに寒くないので気にはならない。
明日は、何をしようかな?
何てことを考えていると、すぐに眠たくなってくる。
私はすぐに眠りに身を委ねる。



………。



長老 「…クレア、よくお聞き」

クレア 「長老様? どうしたの? どこか痛いの?」

長老 「クレア、お前の両親は…遠い所に行ってしまったんじゃ」
長老 「もう、クレアの所へ帰ってくることはできない…じゃが、クレアは強くなりなさい」

クレア 「パパもママも帰ってこないの? どうして?」

長老 「クレア、それは…クレアが大きくなればわかることじゃ」

クレア 「そうなの? それはいつ? クレア、後どれだけ大きくなればいいの?」

長老 「クレア…それは、クレアが外の世界に出られる位大きくなった時だよ」



………。
……。
…。



クレア 「……?」

何だか、凄く懐かしい夢を見た気がする。
その時、何故かパパとママのことを思い出した。
私には、いない…パパとママ。
気がついた時にはいつの間にかいなかったパパとママ。
もう帰ってこないと、言われたパパとママ。
私にはまだわからない。
ただ、長老様は、私が大きくなればわかると言っていた。
だけど、その時は、まだ来ない。

長老 「…おお、クレアや、起きたのかい?」

クレア 「長老様…」

長老様は外から中に入ってきた。
外に出ていたのだろうか?
でも、何のために…?

長老 「さぁ、今日はワシが果物を取ってきた…好きなだけ食べなさい」

クレア 「長老が? 珍しいね、どうしたの?」

私がそう言うと、長老はいつものように笑う。

長老 「ほっほっほ、たまにはの…クレアには、いつも苦労ばかりをかけておるからの」

クレア 「あははっ、私はいいんですよ? 好きでやってることだし」

長老 「ほっほっほ…そうか、じゃがワシもたまにはクレアを休ませてやろうと思ってな」

クレア 「何だか長老様今日は変ですねっ、いつもなら私に任せっ切りなのに♪」

私はそう言って果物を貰う。
甘くて美味しい、これはフリルさんの果物?
昨日食べた味に似ていた。
でも長老がひとりであそこまで?

クレア 「長老、食べないんですか?」

長老 「いやいや、ワシはもう食べたんじゃよ。気にしないで食べなさい」

クレア 「は〜い」

そんな調子で私は朝食を摂る。
長老様はそれからしばらく家を出てしまった。
別に留守番をする必要はないので、私は外に出る。

クレア 「あれ? 今日は誰もいない」

いつもなら家の前でも誰が動き回ってたりするのに、今日はその姿さえなかった。
長老は外に出たっきりだし、何かあるのかな?
だけど、逆にこれはチャンスだと思えた。
今なら、外の世界に出られるかもしれない。
長老様には禁止されているけど、ばれなければ大丈夫。
すぐに戻れば平気だし、きっと大丈夫だよね?
私は誰もいないことをいいことに外の世界へと続く門を探した。



………。



クレア 「あった…これだ」

サバンナを更に西へと進んだ先、その門はあった。
大きな鉄の門で、普通に開くことはできないようだ。
周りは高い鉄の壁で仕切られており、上を越えるのは難しい。
だけど、門が開くわけもなく、私はその場で立ち往生してしまう。

? 「どうかしたのかい? お嬢ちゃん?」

クレア 「きゃっ! ど、どこから!?」

? 「上だよお嬢ちゃん」

クレア 「…え? あ…」

見ると、そこにはネイティオ種のオジさんが門の上に立っていた。

クレア 「あ、えっと…初めまして、クレアと言います」

? 「初めまして、私はディーズ」

クレア 「ディーズさん? えっと…どうして門の上に?」

ディーズ 「それは、私が門番だからだよ」

そう言って、ディーズさんは私を真っ直ぐに見る。
何だか、深い眼差しで、ちょっと怖い。

クレア 「あ、あの…何か?」

ディーズ 「それはこちらの台詞でもある。君はここに何をしに来たのだね?」

クレア 「あ、そのえっと…な、何でもないです!」

私はそう言って一目散に逃げ出す。
危なかった…さすがに門番さんはいるんだね〜。
やっぱり勝手に外に出るのは難しいな…。
結局、その日はただ単にお祭りの会議で皆がいないだけのようだった。



………。



クレア 「はぁ…ねぇ長老様〜私も外に出たいよ〜」

長老 「ほっほっほ、もうちょっと大きくなったらな」

クレア 「うう、私ももうすぐ14歳なのに…」

長老 「そうじゃな、もうすぐじゃな…」

長老はどこか悲しそうな目をしてそう言う。
どうか、したのかな?

クレア 「長老…?」

その日は長老とは余り言葉を交わせなかった。
私が何を言っても、長老はうんうんと頷くだけだったのだ。





………………………。





長老 「…時は、近づいておられる」

フシギバナA 「しかし、長老…まだクレアには早いのでは?」

フシギバナB 「いや、14歳ともなれば、十分であろう!」

長老 「ワシの意見を言おう…クレアの心次第じゃ」

フシギバナC 「長老…そのような曖昧なことでは!」

フシギバナD 「くれぐれも、正しい決断をお願いしますぞ!?」



………。



長老 「…ふぅ、このようなことを続けても何にもならんというのに」
長老 「まさか、このような形であの娘を送り出さなければならないとは…」
長老 「14歳となる明日、クレアは旅立つのか…」



………。
……。
…。



長老 「クレア、起きなさい」

クレア 「…? 長老様? もう朝?」

私は瞼を擦って目を開ける。
長老様がもう起きている時間…朝なのかな?

長老 「外に出なさい…」

クレア 「長老様…?」

何だかわからないけど、いつもの長老様とは違う感じがした。
私はまだ眠い瞼を開けて外に出る。

長老 「こっちじゃ、早くしなさい」

クレア 「あ、はい…」

長老様は、いつもよりもかなり動きが速かった。
むしろ、今までこんなに動けたの?と思うほどだった。
長老に着いて行くと、川が見えた。
長老はそこで止まる。

クレア 「長老様?」

長老 「ふむ、クレアよ…この川を渡りなさい」

クレア 「え? 川を?」

長老 「そうじゃ、そしてこれを持ちなさい」

クレア 「これは…?」

見ると、それは笛のようだった。
見たこともない小さな笛。
だけど、何だかとても不思議な力を感じた。

長老 「川を越え、あそこに見える山をひとりで越えなさい」

クレア 「ええ!? あの山を…?」

見るが、そこまで大きくはない。
でも、一日かけても登れるかどうか。

長老 「その山の先には、ひとつの清らかな森がある」
長老 「そこに行き、この笛を吹きなさい」
長老 「後は、時渡りの神がクレアを導いてくれるじゃろう…」

クレア 「時渡りの神…?」

聞いたことがなかった。
ただ、どうして私がそんなことを?

長老 「クレアよ、そなたは今日14歳となった。これは老人会の決定でもある」
長老 「クレアよ、時渡りの神に会い、外の世界へと旅立つがいい」

クレア 「外の世界へ!?」

私が聞くと、長老は頷く。
その表情は、真剣そのものだった。
もしかして結構危なかったりするのだろうか?
少し不安にもなる。
でも、これで私は外に出ることができる…?
私は笛を握り締め、川を渡る。
流れは結構きつい。
私の小さな体だと流されてしまいそうになる。
でも、弱音は吐かない。
外の世界を見るために、私は絶対あの山を越えてみせる!!



………。



長老 「許してくれクレア…まだ幼きそなたにこの試練を与えることを」
長老 「そして、許してくれフーラ、カレン…そなたたちの娘に、苦行の道を歩ませることを」



………。



クレア 「…えっと」

私は、川を渡り真っ直ぐ歩いていた。
でも、先には道などなく、ただ密林が続いているだけだった。
この先には山が聳えている、それは目視できる。
空は蒼く、天気はいい。
だけど、何故か不安があった。

クレア 「…こんなに森がざわめいているなんて」

サワサワサワ…

木々が何かを囁いている様に震えている。
風がそんなに強いわけじゃないのに、まるで木々自身が自分の意思で震えているようにすら感じた。
うっすらと背中に気味の悪い風が通り抜けた。

クレア 「!? な、何…」

後ろを見るけど何も見えない。
誰かがいるわけではない。
気配を感じなかった。
だけど、見られているような錯覚を受けた。

クレア 「…誰か、いるのかな?」

自分で言っておかしいと思う。
何も気配を感じないのに誰かがいるだなんて。

クレア 「…行こう」

私は再び進行方向に振り向く。
そしてもう一度山の場所を確認しようとした時。

クレア 「え…そんな!」

山がない。
今まで見えていたはずの山が全く見えなくなっているのだ。
視界が悪くなったわけではない。
山その物が、その場になくなってしまっていた。

クレア 「う、嘘…そんなことって」

山を見失った私は、その場で立ち尽くしていた。
方角なんてわからない。
風の方向や、光の角度で何となく読むことはできるけど、それさえも遮られようとしていた。

クレア 「空が…途端に曇って」

ポツ…ポツ…ザアアアアアアアァァァァァ!!

突然雨が降って来る。
結構大降りだ、急にこれほど天気が変わるなんて…。
普通なら、雨が降るときには予兆のようなものを感じるから、事前に感じ取れるのに。
今回はそれが全くできなかった。

クレア 「…ど、どうしよう」

私は別に雨に弱いわけじゃないけど、このままただ立っているだけなんてそれこそ意味がない気がした。
私は、決心を固めて前に進む。
自分の信じた方向に進む。
きっと、そこにあるはずなんだから…。



………。
……。
…。



クレア 「……」

あれから一時間、私は密林を歩き続けた。
道などない、その獣道のような木々を掻き分けて進んでいく。
それでも、森が終わるような気配はない。
それ所か、まるで進んでいないようにも感じた。

クレア 「……」

ヒュゥゥゥ…

冷たい風が吹き抜けていく。
気がつくと雨は止み、今度は霧が出てきた。
それもかなり濃い物で、次第に視界は遮られていく。
私はこの時点で、すでに道を誤っていることを感じてきた。

クレア 「…こんな場所、信じられない」

今まで住んでいた森とは全く違う生態系とも思えるこの密林。
そう言えば、今まで川を越えてこの森に立ち寄った者は見たことがない。
特別な場所なのかもしれない。
私は笛を見る。

クレア 「この笛を、山を越えた森で…吹くんだよね」

だけど、私に上手く吹けるのだろうか?
私は、試しに吹いてみようかと思った。
笛は縦笛のようなので、そのまま口に咥えて吹いてみる。

ポエ〜〜〜〜♪

クレア 「……」

何とも微妙な音色だった。
うう、絶対上手く吹けてない。
ただ吹くだけじゃ駄目なのかもしれない。
私は笛を腰の袋に仕舞って、再び歩き出す。
もう、方角なんてどうでもいい。
私は、ただ諦めたくなかった…。



………。
……。
…。



クレア 「…はぁ…はぁ」

あれから更に一時間、まだ森の状況は変わらない。
霧があまりにも濃く、一寸先さえもわからなかった。
そして、私は徐々に体力がなくなっていくのを感じる。
足が重い、瞼が重くなってくる。
体全体に、何かが圧し掛かっているような圧迫感を覚えた。

クレア 「…このままじゃ、何もできない」
クレア 「何とかしないと、前に進めないんだ」

そう思った。
私は、自然と体を動かす。
何故か、勝手に足が動いているようにも感じた。
私は考えたこともないようなステップを刻み始める。

クレア 「…! …!!」

何故だろう…初めて踊ったはずなのに、このステップと、リズム…全部体が覚えている。
私は、次第にその場から力を感じるようになる。
木々の力、草の力、大地の力、空の力…。
私は霧に包まれたその場で空に向かって祈りを捧げる。

クレア 「……日よ、どうかその姿をお見せください!」

その時、私の真上に日の光を感じる。
太陽の光だ…私はその光に打たれ力を取り戻す。

クレア 「力が…漲ってくる、体力が戻る!」

? 『それがあなたの力です』

クレア 「!? だ、誰!?」

私は周りを見回すが誰もいない。
ただ、声だけが頭に響いたのだ。

? 『あなたは、『日照りの舞』を行ったのです』

クレア 「…ひ、日照り?」

そう言えば、聞いたことがある。
『日本晴れ』と言うポケモンの技のひとつ。
通常は、儀式のような形式で行うはずだけど、私は舞を踊ることによってそれを行ったということなのかな?

? 『先ほどの光で、あなたの失われた体力もほとんど元に戻ったでしょう』

クレア 「あ…」

私は確かに自分に力を感じる。
さっきまで動くことすら難儀していたのに。
『光合成』は、光を吸収することによって自分の力に変える技だから…。

? 『太陽の光が強ければ、あなたの力も大きくなる』
? 『さぁ、先に進みなさい…私は、あなたが来るのを待っています』

クレア 「あ、待ってください! あなたは一体!?」

私は叫ぶが、もう何も聞こえなかった。
だけど、予想はできた。
さっきの声の人が、時渡りの神。
私を待っているって…。

クレア 「…あ、森が終わってる」

既に霧も晴れ、空には青空が広がっていた。
そして、森を抜けた所に、私はようやく目的地のひとつの山を見上げることができた。

クレア 「…ようやく、ここまで来れた」

まだ時刻は昼を回った所、今からこの山を登れば一日で辿り着けるだろうか?
私はそんな不安を思いながら、先に進んでいく。



………。
……。
…。



クレア 「…ふぅ、ふぅ」

私は呼吸を整えながら少しづつ山を登っていく。
この山は、見た目よりもかなり大きく、そして険しい山だった。
真っ直ぐ登れる道はなく、まるで螺旋を描いているように山を登っていかなくてはならないのだ。
これでは、1日どころか1週間はかかるかもしれない。
私は、『光合成』で体力を維持しながら進むけど、それも次第にできなくなってくることを実感した。

クレア (光合成をするにも、力が必要になる…)

体力は戻っても、精神的な疲労は戻らない。
疲れよりも、気力が重要になるのだ。
特にこの山を登ることは相当な気力が必要になると思う。
私に、登りきれるのだろうか?

クレア (駄目よ! 何が何でも登るの! そして、外の世界を見るんだから!)

私は自分にそう言い聞かせて、先へ進んでいく。
登れば登るほど、その険しさは増し、坂も急になってくる。
やがて道自体が壊れている場所もあり、崖を飛び越えなければならない場所も出てきた。
一歩間違えたら、もう二度と帰っては来れないかもしれない。
次第に、私は恐怖さえ感じるようになってきた。



………。
……。
…。



クレア 「…はぁ、はぁ…はぁ!」

息が荒くなってくる。
もう日は沈む。
これ以上『光合成』で体力を戻すことはできない。
もう、どの位登っただろうか?
まだ半分にすら到達していないだろう。
螺旋状の道なら、登れば登るほど外周が狭くなっていくんだから、その内楽になるかもしれない。

クレア 「…? そう言えば、長老様は山の向こう側に森があるって言ってたような」

私はふと周りを見渡す。
かすかに火の光が見える、あそこが私の村だ。
と言うことは、その反対側のあっちに森が…。

クレア 「……」

見渡す限り、全て森だった。
一体どこのことを言っているんだろう?
清らかな森…か。
だけど、私はそれ以前の問題に気がついた。

クレア 「え? この山は螺旋状に登っているのに、どうやって向こう側に降りるんだろう?」

私はその場でしばらく立ち止まっていた。
考えても仕方ないことだけど、体力はもうない。
これ以上無理をして進んでもきっと危ないだけだ。
私は今いる道の右側…つまり崖とは逆の方向に歩き、岩壁の側に寝転がる。
下が地面なせいか、ちょっと体が痛い。
でも、疲れがあるせいかすぐに眠りにつけそうだった。





………………………。





カレン 「…どうしても、行かなければなりません」

長老 「しかし、クレアを置いていくのか?」

フーラ 「それが、定めとあれば…仕方のないことでしょう」

クレア 「…すぅ…すぅ」

長老の腕の中で安らかに眠るクレア。
私とフーラは互いに頷き合い、そして長老の家を出る。

長老 「カレン、フーラ!」

カレン 「どうか、お許しを…私たちは『聖なる祠』に向かいます」

フーラ 「いつか訪れるであろう、脅威のために」

カレン 「クレアに、この宿命を背負わせるのは酷だと思っています」

フーラ 「ですが、いつかはやらなければならないことです」

カレン 「せめて、まだクレアがなにもわからない頃に終わらせておくべきだと私は思います」

長老 「…よいのじゃな? クレアにはお主たちのことを死んだと教えても?」

私たちは頷く。
きっと、私たちは二度と戻っては来れない。
それが定めなのだから。
でも、その結果でクレアが救えるのなら、私たちは何も恐れない。

カレン 「長老様、クレアのことを…お願いします」

フーラ 「クレアが成長すれば、この『時の笛』を渡してください」
フーラ 「そして、いつか…私たちが向かう『時の祠』へ」

長老 「…わかった、ワシの命に代えて、クレアは預かる」
長老 「達者でな…ふたりとも」





………………………。





クレア 「…? う、ん」

私は光を感じ、目を覚ます。
体がかなり冷えていることを感じる。
山を登っていくと、次第に気温が下がっているんだ。
私は、とても薄着だから寒さを感じやすい。
その分暑さには強いのに。
光はまだ出始めたばかり、早朝だ。
体力は大分戻っている、これなら歩き出せる。

ぐぅ〜

クレア 「うう…でも、お腹は空いたなぁ」

夜の間は光合成ができないからとてもお腹が空く。
そういえば、何も食べるものは持ってこなかった。
長老様も持たせてくれなかったし…それともわざと?

クレア 「…こんな所、には何もないし」

とても木の実や果実があるようには見えなかった。
この山自体、草木一本生えているような感じがしなかった。
そう、凄く荒廃した山なんだ。
あるのは岩だけ…でも生命力はとても強く感じる。
岩や地面の生命力を。

クレア 「『光合成』で少しでも空腹を和らげないと」

私は朝日を全身で受けて空腹を満たそうとする。
だけど、朝日はそんなに強くないから、あまり効果がない。
それでも、歩くには十分だった。

クレア 「早くこの山を登りきらないと」

すでに食料のことは考えてられない。
光合成だけでは限界がある、私たち草タイプには、『水』が必要なのだから。
すでに、半日以上は水を吸収していない。
このままじゃ、肌が次第に弱ってくるだろう、その内体全身が動かなくなる。
一般的に『枯れる』ということだ。
これは、私たち草タイプにとっては『餓死』と同じような状態と言える。
少なくとも、この山には水も食料もない。
光合成ができるのは太陽の光が差し込んでいる間。
でも、太陽の光を浴びれば水分はなくなっていく。
だから早く登らないと。



………。
……。
…。



それから半日、私は我武者羅に登り続けた。
そして、日が沈もうかという頃、ついに私は頂上へと足を踏み入れた。

クレア 「や、やった…登れた」

頂上は円状の広間になっており、それほど広いわけではない。
直径10メートル程度の広間だった。
だけど、私はこれからどうしたらいいのかがわからなかった。

クレア 「…何もない」

そこには、何もなかった。
草木一本生えてはいない。
ただ、岩の地面があるだけだった。
私は広間の中央に立つ、そして風を感じた。

クレア 「……」

微かに空気の流れを感じることができた。
私は自分の真下を調べる。
やはり…微かに空気が通り抜けている。
この下は、空洞だ!

クレア 「でも、どうやって下に降りるのかな?」

少なくとも私の体重や力では到底開きそうにない。

ダンッ! ダンッ!

私はその場でジャンプしてみるが、ビクともしない。
衝撃を与えた所でたかがしれているようだ。
折角、下に何かあるのがわかったのに…何もできないの?
私は、次第に渇きを覚えるようになった。
日が沈み、光合成もできなくなる。
体力もどんどんなくなっていく。
今日は、ここで眠るしかないのかな?

クレア 「…うう」

ドシャァ…!

私はその場に倒れる。
もう、目を開けているのも辛かった。
折角希望が見えかけていたのに、どうにもならないなんて。
諦めたくないよ…。



………。
……。
…。



? 『水の声を聞きなさい、クレア』



………。



ポチャンッ!



クレア 「!?」

私は雫の音に気付いて飛び起きる。
だけど、その音は1回きりだった。
聞こえなくなったんじゃない…音が鳴っていないだけだ。
私は真下の地面を手探りで調べる。
微かに空気の流れを感じ、私はそこに耳を当てる。

ヒュゥゥ……サァァァァァ

クレア 「あ! この音…」

空気の流れる音と一緒に、水が流れるような音も私は捉える。
間違いなく、この下には水が流れている。
でも、どうやってこの下に行けばいいの?

クレア 「…そうだ、こういう時は、発想を逆転させて」

下に行く方法ではなく、何故下に水が流れているかを考えてみよう。
少なくとも、聞こえた音からすると、結構下は深い。
と言うことは、山水が流れている音…。
山水って…どこから流れてくるんだろう?
地下から吸い上げているのかな?
でも、自然にそんなことが起こるとは思い難かった。
だとしたら…。

クレア 「雨…?」

そう言えば密林を歩いていた時、雨が降った。
雨が降れば…もしかしたら。
私は立ち上がり、リズムを刻み始める。

タンッ! タタンッ!!

私はステップを踏み始める。
そして広場の周りを舞う。
リズムを崩さず、私は体が自然と動くのに任せて舞い続ける。
そして、私は心の中で祈った。

クレア (雨よ…どうか恵みを)

タンッ!

ポツ……ポツ……

クレア 「あ!!」

私は空を見て驚愕する。
何と、雨が降ってきたのだ。
雨雲がかなり近く見える。
そして次の瞬間。

ザアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!!

クレア 「ひゃあ! 降りすぎだよぉ!!」

まさに集中豪雨だった。
体にぶつかる雨が石のようだった。
更に次の瞬間。

ピカッ!! バピシャアアアンンッ!!!!

クレア 「キャアアッ!!!」

ドガァァンッ!!

突然爆発音のような音がすぐ近くで聞こえる。
私はその場で蹲ってしまった。
そしてそのまま…。

ゴゴゴゴゴゴ!! ガラガラガラ!!!

クレア 「う、うわあああああぁぁぁぁぁんっ!!」

足元が完全になくなり、私は落下して行く。
成す術がなかった…うう、やりすぎたぁ。
何もここまで降らなくても…。



ヒュゥゥゥゥゥゥ…バッシャアアアアァァァンッ!!!



………。



クレア 「!!!」

私は水の中でもがいた。
泳げないわけじゃないけど、どんどん沈んでいく。
このままじゃ溺れてしまう!
って言うか、萎れる!!

クレア 「!?」

よく見ると、下の方からどんどん引き込まれていることに気付く。
まるで…渦潮のように。

クレア (駄目! 私の力じゃ抗えない!!)

私はそのまま渦潮に飲まれていく。
そして、私は意識を失った。





………………………。





クレア 「……」

私は次第に意識を取り戻す。
そして、岩の感触を感じ取り、私は起き上がる。

クレア 「う、ここは?」

ドガァッ!!

突然、近くの岩が削れるような音がする。
すぐ近くだ。
私はその場で膝を着いてしまう。
一体何が?

? 「おほっ、久し振りの獲物だ!! よ〜く味あわせてもらうぜ!!」

クレア 「えっ!?」

私は声のした方を見ると、驚く。
何と今いる場所は地底湖のような場所で、そこに長い触手を8本振り回しているオクタンが見えた。
どうやら、私を餌だと思っているらしい。

オクタン 「ひゃはは! 最近は野菜食ってねえからな! いい味がしそうだぜ!!」

クレア 「わ、私は野菜じゃありません!!」

一応反論する。
この人、何か間違ってる!
私、このままじゃ食べられちゃうの!?
そんなのは絶対嫌です!!

クレア 「!!」

タンッ! タタンッ!! タタタンッ!!!!

オクタン 「おほっ! 何だその踊りは!?」

クレア 「私はあなたに食べられたりはしませんから!!」

オクタン 「ぎゃははっ!! 安心しなちゃんと生じゃなくて焼いてやるからよぉ!!」

クレア 「え?」

ゴオオオオォォォォッ!!!

クレア 「キャアアァッ!?」

突然、オクタンの口から火炎放射が放たれる。
嘘! 何で水タイプが炎を!?

オクタン 「おらおら! 逃げるんじゃねぇ! 生焼けになるだろうが!!」

クレア 「こ、このぉ…! 私だって、怒るんですからね!!」

私はその場から飛び降り、オクタンの近くまで回転ジャンプ(ムーンサルト)する。
そしてオクタンの背後に着地し。

オクタン 「ひょほっ!?」

クレア 「はぁっ!!」

ドガガガッ!! バシュウゥッ!!

オクタン 「ぎゃああああああ!!!」

バッシャアアアアンッ!!

私の『花弁の舞』でオクタンはあえなく湖に沈む。
あれ? って言うか湖?

クレア 「…オクタンって、海にいるポケモンじゃなかったかなぁ?」

私はその時、湖が流れていることを知る。
そして、その水の流れを見ると、空洞があることに気付いた。
先があるんだ…。

クレア 「って言うことは、もしかしてこの先に森が!?」

でも、どうやってこの場から動いたらいいんだろう?
少なくとも足場は浮き島のようで回りに船はなかった。
泳いでいくしかないのかな?
でも、さっきのオクタンが復活するかもしれない。
泳ぐのは危険だと思えた。

クレア 「…でも、待っていても仕方がない」

私は意を決して着水する。

バッシャアンッ!!

クレア 「…!」

私は潜って初めてわかった。
この水は海水だ!!
浮力がとても淡水ではない。
このままだと、私の体は弱るかもしれない。
でも、これ以外に方法はない。
私の体が弱る前に泳ぎきらないと。
幸い、流れに任せて泳げばいいのだから、そこまで時間はかからないはず。



………。



クレア 「ぷはっ!!」

私は数分間泳ぎ切り、どうにか地上に辿り着く。
だけど体が重い、とてもじゃないけど、すぐには立ち上がれなかった。
肌に海水が染み込む…草タイプだけに、すぐに水を吸収してしまうんだ。

クレア 「うっ!」

途端に吐き気がする。
体に異物が入り込んだような感覚だ。
私は地面に倒れる。
うつぶせのまま私はしばらく苦しんだ。

クレア 「……う」

今度は段々と肌が乾いてくる。
肌がカサカサになっている。
塩の影響だ。
折角ここまで来たのに、一歩も動けないなんて。

クレア 「……そうだ、笛を…」

私はすでにここが例の森だということを感じた。
周りから清らかな風を感じる。
これは、この森の意思だ。
私は笛を口に含み、静かに息を吹き込む。

ぴょろろ〜〜〜…

クレア 「…ダメ、もう限界」

空気の抜けたような音しかしなかった。
でも、不思議と頭に響く音色だった。
まるで、森に反響しているかのように……。



………。
……。
…。



クレア 「……」

もう、意識が途切れてしまいそうだった。
このまま、動けなくなってしまうのかな…。



チリィィィン♪



クレア 「!? はっ!」

突然、何か鈴のような音が聞こえた。
瞬間、私は見知らぬ場所にいた。
背中越しに石のような感触を感じる。
私は振り向くと、そこには祠があった。
そして次に地面を見る。
ストーンサークルだろうか? 何だかそんな感じの地面だった。
周りには森が広がるのみ。
そして、私は不思議な気配を感じる。

クレア 「祠から…碧の光みたいな物が?」

私は祠からとても清らからなオーラを感じた。
この祠は…一体?

? 「私の、家みたいなものですよ」

クレア 「!? え?」

突然後ろから声をかけられる。
すると、何と私よりも小さな女の子がいた。
身長は120cm位、緑色の髪の毛でセミロング。
服は緑色のローブのような物で、靴は皮のブーツだった。
そして、一番気になったのはその青い瞳と額の辺りから見える触角?
後もうひとつ、宙に浮いていた。

クレア 「あ、あ、あの…」

? 「私はセシリー…セレビィのセシリー♪」

クレア 「…あ、えと私は…」

セシリー 「クレアちゃん…待ってたよ」

クレア 「…え?」

何だか、何もかもわかっているような顔だ。
私、何も言ってないのに、まるで心を読まれているような。

セシリー 「まずは、ごめんなさい…あなたをこの宿命に巻き込んでしまったことに」

クレア 「え? 宿命?」

突然、セシリーちゃんはそんなことを言う。
それよりも、一体このセシリーちゃんって…?

セシリー 「あなたは、これから起こるであろう黙示録のために、戦わなくてはなりません」
セシリー 「それは、とても辛く…そして悲しい出来事になると思います」

クレア 「…あ、あの私、そんなこと急に言われても!」

セシリー 「クレアちゃん…あなたには、これから最後の儀式を執り行います」

クレア 「え?」

最後の儀式?
一体何のことなのか…。

セシリー 「あなたの両親をも奪ってしまったこの宿命…私を恨んでくれても構いません」
セシリー 「ただ…あなたの両親は、あなたのためにこの宿命を選んだ。それは忘れないでください」

クレア 「え? え? 私の両親って…!? セシリーちゃん、何を知ってるの!?」

セシリー 「時渡りの神がここに命じます…この巫女に世界を渡る力を与えます!」

クレア 「!? 時渡りの…神!?」

私がそれに気付いた瞬間、私は緑色の光に包まれ、意識が遠のいた。





………………………。





クレア 「? こ、ここは…?」

突然私の知らない場所に目覚める。
見たこともない場所。
でも、不思議と懐かしい感じがする。
ただ、とても嫌な空気だった。
地面には枯れた木や、砂が舞っていた。
まるで…荒野だ。

クレア 「一体、ここは何なの?」

ドドドドドドドドドッ!!

突然、勢いの強い足音を感じる。
私はその方を向く、すると。

クレア 「!? きゃぁっ!!」

目の前から大群のケンタロスが押し寄せてくる。
それも、全員が武器や防具を身に纏っている。
凄い数…100以上はいる!
それが私に向かって走ってくるのだ、私はその場から逃げようとする、だけど。

ズドドドドドドドドドドッ!!!

クレア 「こ、こっちにも!?」

後ろからは、大群のガルーラが同じように武器と防具を纏って突っ込んでくる。
このままじゃ、死んでしまう!!

クレア 「ひっ!!」

私は思わずその場でしゃがみこんでしまう。
そして、両者の部隊がぶつかり合う。

ケンタロス 「うおおおおお!!」

ガルーラ 「でああああああっ!!!」

クレア 「…え?」

何と、私には何ともなかった。
私の体をすり抜けて、ケンタロスとガルーラが争いあっている。
その様は、正に戦争だった。
血が飛び散り、肉が飛ぶ。
私の体に向かってそれらが幾重にも連なる。
だけど、私には何もつかないし、匂いもない。
ただ、視覚と聴覚だけがある状態だった。

クレア 「ど、どうして!? これは一体何なの!?」

私がそう叫んだ時、今度は別の空間に出る。
今度は水中だった。
私は普通に呼吸をしている。
どうやら、今見ているのは幻覚なのだろうか?

ババババババババッ!!!

クレア 「こ、今度は何!?」

トドゼルガ 「ぐおおおおおおお!!」

ラプラス 「はあああああ!!」

水タイプや氷タイプのポケモンたちがさっきと同じように争っている。
よく見れば海底にはいくつもの死体があった。
海が血の色で染まっているのがわかった。
いや、正確には流れている…まるで血の海だ。

クレア 「ど、どうしてこんな光景が!!」

私はあまりのことに目を瞑る。
そして、音がしなくなったのを感じると、目を開ける。
そこは、また知らない場所だった。



………。



フシギバナ 「セシリー様…やはり世界は終わるのでしょうか?」

セシリー 「そうさせないために、歌い手がいるのでしょう?」

フシギバナ 「…は、はい。ですが…」

セシリー 「言いたいことはわかっています」
セシリー 「本来なら…私が犠牲になればいいのでしょうけど」

私が見たのは、フシギバナの老人とセシリーちゃんだった。
あの老人、長老様に似てる。
でも、何を話しているのかはよくわからなかった。

フシギバナ 「セシリー様、あなたがそのようなことを言ってはなりませぬ!」
フシギバナ 「あなた様は、この世界に必要な方…生きなければなりませぬ! 未来のために」

セシリー 「そのために、また森の巫女が死んでいくのですね」

フシギバナ 「仕方のないことです…第2の黙示録終わらせるためには、森の巫女の力が必要なのです!」

セシリー 「わかっています…ですが、2度もこんな悲劇起こるとは思いたくもありませんでした」
セシリー 「これから1000年後に、また同じことが起こるでしょう」

フシギバナ 「!? 第2の黙示録では終わらないと?」

セシリー 「『あれ』には終わりなどありません…だからこそ、代々伝えられる『滅びの歌い手』がいるのです」
セシリー 「この世界のための…生贄とも言えますね」

い、生贄って…何なの!?
何が何だかわからないよ!
黙示録って何!?
森の巫女って…!
滅びの歌い手って!
私…何もわからないよ!!

クレア 「!?」

そしてまた景色が切り替わる。
私は頭がどうかしてしまいそうだった。
もう、やだよ…こんな怖い世界!
だけど、世界は終わってくれなかった。
まるで私に取り付いたかのように世界は回り続けた。
私は、それから何時間にも渡って、戦争の怖さを知った。
多くのポケモンが死に、争い、そして滅びていく。
まるで世界が死に向かうように、その姿は加速していく。
私は、その光景に頭が耐えられなくなった。

クレア 「もう…止めて……もう、こんなの見せないで!!」

セシリー 「目を開けて…クレアちゃん」
セシリー 「ごめんなさいクレアちゃん…でも、こうするしかなかったの」
セシリー 「黙示録を終わらせるために、あなたの力が必要なの」

クレア 「!? セシリーちゃん」

気がつくと、目の前でセシリーちゃんが泣いていた。
景色は元に戻っている。
私はすでに涙を流しつくして、座り込んでいた。

セシリー 「ごめんなさい…あなたに苦しい思いをさせて」

クレア 「セシリー…ちゃん」

セシリーちゃんは泣いていた。
時渡りの神…セレビィのセシリー。
本当は、セシリー様って呼ばなきゃダメだったんだね。

セシリー 「クレアちゃん…あなたが見た光景は」

クレア 「…1000年前の、世界、黙示録」

セシリー 「! 気付いていたの…?」

クレア 「何となく…そんな気がしました」
クレア 「あれは…現実に起こったことなんですね?」

私がそう聞くと、セシリーちゃんは頷く。
本当に子供のような仕草で。

セシリー 「あれは第2の黙示録。全世界のポケモンの6割が死滅した、恐怖の戦い」

クレア 「そして、私たちのご先祖様が死んでいった戦い…」

私がそう言うと、セシリーちゃんは頷く。
そして、セシリーちゃんは静かに語り始める。

セシリー 「もうすぐ第3の黙示録が起ころうとしている…そして、それを未然に止めることはもうできない」

クレア 「…だから、私がそれを止めるんですか?」

セシリー 「…いいえ、あなた自身の力でそれを止めることはできません」
セシリー 「あなたは、歌い手を助けるために戦うのです」

また聞いた言葉、それは『歌い手』…。
一体歌い手とは?

セシリー 「歌い手とは、『滅びの歌い手』」
セシリー 「代々、黙示録を終わらせることのできる、悲しき一族」

クレア 「…その人を助けるために、戦う」

セシリー 「詳しいことは言っても理解できないでしょう…実際にあなたが体験する方がきっと早い」
セシリー 「この森を南に抜け、そこに広がる荒野を抜けなさい」
セシリー 「その先に、『アクアレイク』と呼ばれる水の都があります」

クレア 「…それって、外の世界のことですよね!?」

セシリーちゃんは頷く。
そして悲しげな表情をし、私を強く見る。

セシリー 「そこに向かえば、これから起こるであろう事件の全てに関わることになります」
セシリー 「行けば、全てがわかります…いえ、わかるようになる」

クレア 「…荒野を抜けて、『アクアレイク』に」

私は、セシリーちゃんが黙って指差した方角を見つめる。
優しき森の中に緩やかな道が見える。
そして、私はその先に未来を見た…いつか起こるであろう絶望。
それを打破するための、9人の戦士。
私は一度振り返る…しかし。

クレア 「…!? セシリー…ちゃん?」

そこには、ただ祠だけがあった。
セシリーちゃんの姿はどこにも見えない。
だけど、それは幻覚だった訳ではない。
祠からかすかに感じる、セシリーちゃんの気が私に全てを語ってくれた。

クレア 「お父さん、お母さん…クレアは今から旅立ちます」
クレア 「どうか…セシリー様と一緒に、安らかに見守っていてください」

そう、この祠にはお父さんとお母さんが眠っている。
肉体はそこに無くとも、魂が眠っている。
お父さんとお母さんだけでなく、今まで礎となってきたご先祖様たちも一緒に…。
私もいつかは、ここに眠るのかもしれない…。
だけど、その前に私はやることがある。

クレア 「…行こう『アクアレイク』に!」

私は静かに歩き出す。
ふと、『時の笛』が鳴り響いた気がした。
私の右手に握られているその笛は、私を常に見守ってくれているのかもしれない…。





………………………。





セシリー 「…これから集うであろう9人の戦士たち」
セシリー 「その全てが、各々の宿命に殉じ、第3の黙示録へと向かっていく」
セシリー 「また、私は犠牲になることもできない…この世界に、本当に私は必要なのでしょうか?」
セシリー 「『滅びの歌い手』、『終末の巫女』よ…あなたは、この時代に何を見るのでしょうか?」

それらは、全て…虚像でしかないのかもしれない。
誰かが、苦しまなければならない。
不特定多数の誰かを救うために…ただひとり、犠牲になるための『歌い手』…それは、何と悲しいことなのでしょうか。
そして、それら全ての戦いを見届けるための『森の巫女』…。
あの娘は、これから起こるであろう戦いに耐えることができるのでしょうか?
ただ、未来に光差すその時が来ますよう…私には祈ることしか、できません。





………………………。





クレア 「…森が終わる」

そこに広がっていたのは、ただただ…広大な荒野だった。
何も無い…あるのは、吹き抜ける風と砂嵐。
私は、一歩…また一歩と足を踏み出していく。



『そして、私の本当の探求の旅が…始まりました』











See You Again…











作者あとがき




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