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POCKET MONSTER RUBY



第30話 『Start Line』




ハルカ 「……」

センリ 「……」


『AM・11:00 トウカジム・バトルフィールド』


チトセ 「あなた…そろそろ」

センリ 「む…」

母さんが父さんに歩み寄ると、時刻を知らせる。
だが、まだフィールドには審判が来ていない。
まさか、母さんがやるとは思えないのだけれど…。

センリ 「さて、ではそろそろ始めるか、ハルカ!」

ハルカ 「ちょ、ちょっと審判は? まさか母さんがやるんじゃないでしょ?」

私は慌てたように言ってしまったが、気にした風も無く、父さんはこう言う。

センリ 「私たち以上の審判が必要か? お互いのことはそれなりに知っているし、バトルのルールもわかっているだろう」

ハルカ 「…いや、でもやっぱりちゃんと不正を判断できる人がいないと」

私はそう言うが、父さんは俯き加減に首を左右にゆっくりと振る。

センリ 「…言っただろう、私たち以上の審判が必要か? それとも私が不正を働くとでも思うか?」

ハルカ 「…OK、そこまで言うなら」

私は肩をすくめて承諾する。
これも親子ということかしらね…大雑把に見えるけど。
これじゃあ草バトルと変わらないわね…でもまぁ。

ハルカ (その方が、返って気楽でいいわね)

私は改めて父さんを睨む。
すると、父さんは不敵に笑って見せた。
さすがに余裕ね、百戦錬磨のポケモントレーナーだもんね。
風格も十分にある。
あの人は、確実な強い者が持つオーラを身に纏っていた。
高揚感が徐々に増す。
この人に勝てれば、私は前に進める。
だけど負ければ、堕ちて怪我…などではすまない。
確実に再起不能だろう。

ハルカ (私は弱かった…強くなりたいと思った)
ハルカ (今…その答えが出る気がする)

センリ 「さぁ、ジム戦を始めるぞ! チトセ、退がっていなさい!!」

チトセ 「…ええ」

父さんが強く指示すると、母さんはバトルフィールドから出て行き、一番近くのベンチに座った。
他の観客はひとりもいない。
父さんの要望でここは家族のみとなった。
その理由はわからないけど、父さん自身も本気になったから…と、そんな感じがした。

センリ 「とりあえず、ジム戦のルール確認だけはしておく! 使用ポケモンは3体! 交換は自由だ」
センリ 「持ち物の使用は不可、図鑑の使用は閲覧のみ可だ!!」
センリ 「以上! さて、ではこちらから行くぞ!! 行けっ、『ケッキング』!!」

ボンッ!

ケッキング 「ケーック!!」

ハルカ 「…!! あれが、父さんのポケモン?」

私はまず図鑑を参照する。
見たことは無いポケモンだった。


ポケモン図鑑 『ケッキング:ものぐさポケモン』
ポケモン図鑑 『高さ:2.0m 重さ:130.5Kg タイプ:ノーマル』
ポケモン図鑑 『1日中、寝そべったまま暮らすポケモン。手の届く場所に生えている草を食べ、草が無くなると渋々場所を変える』


ハルカ (…なんつー物臭なポケモン)

まさにダメ親父ね。
いやいや、父さんがダメなわけではなくて。
どんな攻撃をしてくるのかわからない…普通に出てきて、当たり前のように寝そべったし。

センリ 「どうした? ハルカのポケモンを出しなさい」

ハルカ 「言われなくても…行けっ、『マッスグマ』!!」

ボンッ!

マッスグマ 「グマ…」

センリ 「ほう…よく育てられているようだな、ハルカもノーマルタイプを使っているとは少し嬉しいぞ」

ハルカ 「そりゃどうも…でも、甘く見ない方がいいわよ?」

至ってマイペースな父さんの会話。
私があえてそう言っても、全く気にしない。

センリ 「ふ…私はな、これでもノーマルタイプのポケモンは全て把握しているつもりだ」
センリ 「ハルカの育て方がどうだったかはわからないが、少なくともマッスグマの使用できる技、行動パターン、特性…そう言ったことはほぼ全て頭に入っている」

ハルカ 「……」

つまり、父さん相手にノーマルタイプを出すということは、純粋にトレーナーとしての技量や知識が試されるということ。
私は…知識は全くダメね、絶対勝てない。
でも、技量であれば…マシなはず!!
強気に思ってみるが、全く自信は無い。
でも、私はひとつだけなら絶対に勝てる!と思っていることがある。

ハルカ (それは…ポケモンとの信頼関係)

マッスグマは、私が自分だけの力で始めてゲットしたポケモン。
今となってはバシャーモ同様、古株の1体。
今まで、どれだけこの娘に助けられたか…私は忘れてない。
その想いだけは絶対に負けてない。
私はそう信じた。

センリ 「…さぁ、かかって来いハルカ!! 挑戦者であれば、自分から攻めて来い!!」

ハルカ 「よーし! 行くわよマッスグマ!! 『10まんボルト』!!」

マッスグマ 「グマ!」

バリバリバリ!!

ケッキング 「!? ケック!」

ケッキングは全く回避もせずに寝そべったまま直撃を食らう。
あのポケモン、やる気あるの?

センリ 「ほう、『10まんボルト』を覚えさせたのか…だが、マッスグマは種族的にそこまで特殊攻撃力は高くはない」
センリ 「レベル差が大きいならばともかく、このケッキングを倒すには威力不足だな」

ハルカ 「!?」

ケッキング 「ケック」

何と、ケッキングはケロっとしていた。
まさか、ほとんど効いてないの!?

センリ 「さぁ、反撃だケッキング! 『あくび』!!」

ケッキング 「ケ〜ック」

ハルカ 「やばい、マッスグマかわして!!」

ケッキングの口から『あくび』が放たれる。
イマイチ効果範囲がわからない。
正直、効いているのかどうかが判断し難いのだ。
特に、私のマッスグマは性格のせいか、あまり表情に出そうとしない。
いつ眠るかわからないわね…こういう時は。

ハルカ 「戻ってマッスグマ!!」

マッスグマ 「!!」

シュボンッ!

私はマッスグマをボールに戻す。
こうすることで、『あくび』は無効化できる。
でも、これで私は隙を見せることになってしまった。
次に出すポケモンには、強制的に相手の攻撃を喰らうことになる。

センリ 「…ふふ、判断としては悪くない。が、どう出るかな?」

父さんは至って余裕の笑みを見せる。
あの自信は、ケッキングから来ているのかしら?
それとも、後に控えているポケモンはもっと凄いのだろうか?
でも、考えている暇はない。
私は次のポケモンを繰り出す。

ハルカ 「頼むわよ、『ライボルト』!!」

ボンッ!

ライボルト 「ラーイ♪」

ライボルトは待ってましたとばかりに出て来てすぐ嬉しそうに鳴き声をあげた。
相変わらず能天気ねぇ…こんな時だって言うのに。

センリ 「ライボルト…電気タイプのポケモンか」

特に気にした風もない父さん。
その場で腕を組んでこちらを観察しているようだった。

ハルカ 「…? 動かないの?」

センリ 「……」

ケッキング 「……」

父さんもケッキングも動く様子はない。
何故だろう? 隙はあるのに…攻撃を仕掛けてこないなんて。
それとも、これも余裕なの?

ハルカ 「いくらなんでも、なめ過ぎじゃないの!? ライボルト『スパーク』!!」

ライボルト 「ラーーーイッ!!」

ライボルトは放電して一気にケッキングへと突っ込む。
多少は無謀かもしれないが、こうでもしないと崩せない気がした。
今は、まず相手を知るのが先決。
常に寝そべっているあのポケモンには何か秘密があるはず…。

センリ 「よし…ケッキング『ひっかく』!!」

ケッキング 「ケーック!!」

ハルカ 「動いた!? でも、遅い! そのまま体勢を屈めて突っ込め!!」

ライボルト 「ラーーーイッ!!」

ドォンッ!! バチバチィ!!

直後、爆発と共に電撃が飛び散る。
ライボルトは見事にケッキングの攻撃を掻い潜って攻撃を浴びせたのだ。
いくらなんでもあれをまともに喰らえば…。

ケッキング 「ケ、ケ〜ック!」

ハルカ 「嘘でしょ…!? 打たれ強いにも程があるわよ!!」

何と、ケッキングは仁王立ちで立っていた。
倒れさえしないなんて…。

センリ 「……」

父さんは至って冷静に場を見ていた。
この時点で不可解に思うことがある。

ハルカ (何故、すぐに指示を出さないの? まるでわざと私の行動を待っているみたい)

何かの作戦なのだろうか?
少なくとも、ケッキングの体力は間違いなく残り少ない。
いくら耐え切ったといっても、これでは次の攻撃で確実に倒せるだろう。
逆に相手が反撃をすれば、こちらにダメージを与えられる…それなのに与えないって言うのは。

ハルカ (…あの父さんの目、明らかにこちらを観察している)
ハルカ (まさか…こちらのポケモンを判断しているの? そのために捨石としてケッキングを…?)

とある、有名な格闘家が言っていた言葉がある…相手のスピードと攻撃力、そして呼吸、リズム、性格を覚えてからでも、倒すのは遅くない…と。
父さんは…まさか本当に?

センリ 「……」

ハルカ 「…く、でも今更退けないわ! ライボルト『スパーク』よ!!」

ライボルト 「ラ、ライッ!!」

ドガァッ!! バチバチバチィ!!

ケッキング 「ケ…ック!!」

ズッシィィィンッ!!

大きな音をたて、130kgの巨体が地面に倒れる。
今度こそ、ダウンよ。

センリ 「…よくやったケッキング、お前のダウンは無駄にしない」

ハルカ 「……」

今度は私が逆に観察してみる。
父さんの表情からは焦りは見えない。
だけど、余裕も見えなくなった。
確実に、追い詰めている…はず。
ここで迷いは禁物、私は私の信じる道を貫くしかない。
中途半端な覚悟では父さんには絶対勝てない。

センリ 「さて、では次のポケモンだ、行け『ヤルキモノ』!!」

ボンッ!

ヤルキモノ 「ヤルーキ!!」

ハルカ 「…また知らないポケモンか」

私はまた図鑑を参照する。
まだまだ知らないポケモンは多いわね…。


ポケモン図鑑 『ヤルキモノ:あばれザルポケモン』
ポケモン図鑑 『高さ:1.4m 重さ:46.5Kg タイプ:ノーマル』
ポケモン図鑑 『いつも暴れたくてウズウズしている。1分でも座っていることが耐えられない。動いていないとストレスが溜まってしまう』


ハルカ 「……」

私はよくポケモンを見る。
さっきのケッキングとは打って変わって、せわしいポケモン。
その場で動き回って、立ち止まろうとしない。
スピードもかなり速そうだ、一体どんな戦い方をしてくるのか…。

センリ 「さぁ、反撃開始と行くか! ヤルキモノ『きりさく』!!」

ハルカ 「…来るわよ! ライボルト『でんこうせっか』!! 要領はさっきのと同じよ!!」

ライボルト 「ラーイッ!!」

ヤルキモノ 「ルッキーー!!」

ヤルキモノはかなりのスピードで飛び掛ってくる。
好戦的なポケモンね…。

ライボルト 「ライッ!!」

ドガァッ!

ヤルキモノ 「ルキ!!」

飛び掛ってくる、ヤルキモノに向かってライボルトは腹部に『でんこうせっか』で体当たりする。
空中で当たったため、ヤルキモノは後ろに吹っ飛ぶ。
しかし、空中で体勢を立て直し、着地してすぐに突っ込んでくる。

ヤルキモノ 「ヤッキーーー!!」

ハルカ 「く、あまり効いてないのか…!」

センリ 「…よし、ヤルキモノ! 『アンコール』だ!!」

ハルカ 「はぁ!? 何それ!?」

知らない技が出てきた。
アンコール…ってあのアンコールよね?

ヤルキモノ 「ヤッキーヤッキー!!」

ライボルト 「ラ、ライ? ラ〜イ♪」

何だかわからないけど、ヤルキモノが両手を頭の上で合わせて拍手する。
それを見て、ライボルトは照れたような仕草をする。
な、何がどうなるのよ!?

ハルカ 「この…ライボルト『スパーク』!!」

ライボルト 「ラ〜イ♪」

ギュンッ!

ハルカ 「って、それ違う技!! 何やってるのよ!!」

センリ 「来たぞ、ヤルキモノ『みだれひっかき』だ!!」

ヤルキモノ 「ヤッキー!! ルッキーー!!」

ズバッ! バスッ! ギシャッ! ザシュザシュ!!

ライボルト 「ラ〜イ…」

見事5HIT繋がる…今度は逆にカウンターで貰ってしまった。
完全にKOね…私はライボルトをボールに戻す。

シュボンッ!

センリ 「ふふ…どうやら、まだまだトレーナーとしては駆け出し同然かな?」
センリ 「ある程度の知識は持ってから挑むべきだぞ」

ハルカ 「耳が痛いわ…でも、生憎気にしない性質なんでね! 知識なんて物は後から付いてくる物よ!! 行け『マッスグマ』!!」

ボンッ!

マッスグマ 「グマ…」

マッスグマが2度目の登場。
今度は相手がヤルキモノ。
見た所、スピードならこちらに分がある気がする。
あのヤルキモノは、直線的に見えていきなり変則的な技もこなしてくれる。
あの『アンコール』って技、意味はそのままで、相手に同じ技を出させる技みたいね。
相手が何をしてくるのかわかれば、対処の方法はいくらでもあるもの…厄介な技だわ。

センリ 「さて、次は何をしてくるか…行けヤルキモノ『きりさく』!!」

ハルカ 「こうなったら、真っ向勝負! マッスグマ『ずつき』よ!!」

マッスグマ 「グマ!」

マッスグマは飛び掛ってくるヤルキモノに向かって頭から突っ込む。
スピードはやはりこちらの方が上!

ヤルキモノ 「ヤッキー!」

マッスグマ 「グマッ!」

ドゴォッ!!

ヤルキモノ 「ヤ、ヤッキーーー!!」

見事ヤルキモノの急所(人間で言う鳩尾辺り)に当たる。
そのままヤルキモノは地面に背中から落ちた。

センリ 「……」

シュボンッ!

父さんは何も言わずにヤルキモノをボールに戻す。
表情からは何も読み取れない。
ただ、妙な自信を感じた。
最後のポケモンが何なのかは気になるけど、最後のポケモンはかなり危険なポケモンだということが警戒できる。

センリ 「さぁ、これでこちらは最後だ! 頼むぞ『ケッキング』!!」

ボンッ!

ケッキング 「ケーックッ!!」

ハルカ 「お、同じポケモン!?」

まさか、ここでまたケッキングとは。
アスナさんもマグマッグを2体使ってたけど…。
と言うことは、間違いなく今度のケッキングは父さんの切り札。
厄介そうね…。
とは言っても、ケッキングは同じように寝そべっている。
あのやる気のなさが、逆に腹立つわね。

ハルカ 「考えるよりも動く…! マッスグマ『ずつき』よ!!」

センリ 「ふふ…焦ったなハルカ! ケッキング『あくび』!!」

しまった! またあの技か!!
今度はマッスグマは思いっきり突っ込んでいる。
どうにもならない。

ドガァッ!!

ケッキング 「…グ」

マッスグマ 「グ、グマ…?」

ハルカ 「ビ、ビクともしない…! マッスグマの技でも一番攻撃力が高いのに!」

ケッキングは寝そべったまま、『あくび』をする。
当然ながら、マッスグマにかわす術はなかった。
だけど、あの攻撃は遅効性…まだチャンスはある!
ケッキングは技の後で一瞬の隙がある。

ハルカ 「マッスグマ『みだれひっかき』!!」

マッスグマ 「グマ…!」

ズバズバァッ!!

ケッキング 「グ…」

少しは効いてる…塵も積もれば!
このまま攻撃を追加して…少しでも。

マッスグマ 「ZZZ…」

ハルカ 「って、そこで眠るのーーーー!?」

センリ 「ふふ、明らかにお前の作戦ミスだな…」

ハルカ 「ぐ…言い返せない」

マッスグマは完全に眠っている。
こうなってしまったら、もう交換しても治らない。
起きるのを祈るばかりだ。

センリ 「……」

ケッキング 「……」

ハルカ (? また動かない…どうなっているのよ?)

以前もそうだった。
父さんは指示を出さない。
ケッキングもやる気のなさそうに寝そべっていた。
あの行動に何か意味があるの?
いくら、眠っているからって…まだ観察しているとしているというのはどう考えてもおかしい。
もう、最後のポケモンなのに…。

ハルカ (ん…最後のポケモン?)

そう、そうよ…あれは父さんの最後のポケモン。
だったら、観察する意味はほぼ皆無。
倒せる時に倒さないのはどう考えてもおかしい。
私は発想を逆転させてみる。
もし、動かざるを得ないのであれば?

ハルカ (わかったわ! あのケッキングは!!)

センリ (さすがに気付かれたか…これ以上はごまかせないようだな)
センリ 「ケッキング『きあいパンチ』!!」

ハルカ 「ま、また知らない技を…!」

ケッキング 「…ケーーーック!!」

ケッキングはバッっと起き上がり、その場で何やら構え始める。
まるで空手の正拳突きのようなポーズだ。
って、もしかしなくても格闘技!?

ハルカ 「まずっ! マッスグマ起きて!!」

センリ 「もう遅い! 行けケッキング!!」

ドグシャアアァァァッ!!!

凄まじい音がする。
眠っていたマッスグマはものの見事に吹っ飛ぶ。
凄まじい威力だった。
父さんのケッキングはフィールドのほとんど端にいたというのに、マッスグマは反対側の壁まで吹き飛ばされていた。
私は慌ててマッスグマをボールに戻す。
間違いなく、致命傷だ。

センリ 「これで…タイだな」

ハルカ 「…結局、頼ることになっちゃったわね。お願い…私の一番信頼できるポケモン!!」

ボンッ!

バシャーモ 「……シャモ」

センリ 「…! 最後に格闘タイプを隠していたとはな」
センリ 「それが、お前の最後のポケモンか」

ケッキング 「ケック…」

ケッキングは場の空気をお構い無しに寝そべってしまう。
やっぱり…これで間違いない。
あのポケモンは、一度動くとしばらく命令を聞かなくなるんだわ。
それがわかっているから、父さんは指示を出そうともしなかった…出しても聞かないからなのよ。
だったら、これはチャンスもチャンス…大チャンスだわ!

ハルカ 「バシャーモ、『ビルドアップ』!!」

バシャーモ 「シャモ! シャ〜モ!!」

バシャーモは体を動かして、肉体を一時的に強化する。
これで、攻撃力と防御力は上がった。
そして、相手はそれを見ているしかない。
最後の最後で、運がなかったといえるわね父さん。

センリ 「…よし、ケッキ…」
ハルカ 「『にどげり』!!」

バシャーモ 「シャモ!」

ドガァッ! バキィッ!!

ケッキング 「ケ、ケック!!」

ハルカ 「く、一撃じゃさすがに無理か…!」

センリ 「むぅ…さすがに反応が速かったな」

恐らく、あのケッキングにも『アンコール』がある…。
そんな気がした。
もしそうなってしまったら、もう私には止める術がない。
それならば、一か八か攻撃に出るべきと判断した。

センリ 「ケッキング『なまける』!!」

ケッキング 「ケ〜ック…」

ハルカ 「な、何その技!?」

見ると、ケッキングは更にだらけたように力を抜く。
『なまける』って…一体?

ハルカ 「って、考えている場合じゃない! バシャーモ『ビルドアップ』よ!!」

バシャーモ 「シャモ!!」

私はもう一度『ビルドアップ』する。
この後にこちらには無条件で攻撃タイミングがある、何をしたか知らないけど攻撃は追加させてもらうわ!

ハルカ 「バシャーモ『ほのおのパンチ』!!」

今度は炎を纏わせたナックルよ! と言っても、断じて○ーンナックルではない!

バシャーモ 「シャモー!!」

ドガァッ!!

某○ワーダンクのようなモーションで上から右ストレートを顔面に打ち下ろすバシャーモ。
ケッキングはなすがままにそれを喰らう。
これでいくらなんでも…。

ケッキング 「ケ…ケック!!」

まだ耐えた…一体どうなってるの!?

センリ (ハルカは気づいていないようだが、ケッキングの体力は回復している)
センリ (しかも、どうやら運はこちらに向いたかもしれんな)

ケッキング 「…!!」

ハルカ 「!! 『やけど』した!」

これは本気で運が向いてきた。
もうこれでこっちの勝ちは決まったようなものだろう。
私は最後の指示を出す。

ハルカ 「バシャ…」
センリ 「ケッキング『からげんき』!!」

ケッキング 「ケーーーーーック!!」

ケッキングは、ここで凄まじいまでの雄叫びをあげてバシャーモを殴る。
まさにワイルドスイング…断じて○ャックではない。

ドッゴォッ!!

バシャーモ 「シャモー!!」

ズザンッ! ズシャアッ!! ズザザザザァァァァッ!!!

ハルカ 「…!? バシャーモ!!」

一撃。
『ビルドアップ』を行っていたはずのバシャーモはいともたやすく吹っ飛ぶ。
今までにないことだった。
少なくとも、あの状態のバシャーモを吹き飛ばすなんてどんなポケモンでも不可能だと思っていた。
おごりがあったのは認める…でも、あれは予想を遥かに超えた破壊力だ。
ピクリとも動かないバシャーモを呆然と私は見ていることしか出来なかった。

センリ 「…終わったな、いかに防御力を上げているとはいえ、ケッキングの『からげんき』を喰らって起き上がれるものなど…なっ!?」

ハルカ 「!? バ、バシャーモ…」

バシャーモ 「シャ…シャ、モ……!!」

何とバシャーモは立ち上がって見せた。
私は声さえかけていない…それはつまり、バシャーモが自分の意思で立ち上がったことになる。
あの臆病で戦うことが嫌いなバシャーモが…私のために…ただそれだけのために立ち上がって……。

センリ 「…ハルカ、どうする?」

ハルカ 「!?」

私は背中から父さんに声をかけられ、ビクッとして振り向く。
それは、厳しい父の顔だった。

センリ 「続行か否かは、常にトレーナーには付きまとう感情だ。お前も格闘技を習っていたのなら、わかるはずだ」
センリ 「あのバシャーモはどう見ても立ち上がったのがやっとだ、動けるとは思えん」
センリ 「だが、決めるのはお前だ、ハルカ…続行か、棄権か…選ぶがいい」

ハルカ 「……」

私は恐る恐るバシャーモを見る。

バシャーモ 「…シャ、モ……シャ、モ」

ハルカ 「バシャーモ…あなた」

『大丈夫…絶対に勝つから』

そんなことを言っているように思えた。
その優しい瞳からは、闘志が消えていなかった。
この娘は、こんなになってでも、私のことを想ってくれている。
私は、決断する。

ハルカ 「これで最後よ、バシャーモ気合入れて!!」

バシャーモ 「シャ、シャモ!!」

バシャーモはよろめく体を動かして私の前に立つ。
時間が経ちすぎた…ケッキングはもう動ける体勢に入ってしまっている。
でも、退けない! 退いたら、私はもう立ち上がれない。
ごめんねバシャーモ、もしもの時は私が一生かかっても付き添ってあげるから。

センリ 「…それが、お前の選んだ道か。ならば、父としてできることは…いや、トレーナーとしてできることはひとつだ!!」
センリ 「ケッキング最後の攻撃だ『からげんき』!!」

ケッキング 「ケーーーック!!」

今度はケッキングから仕掛けてくる。
真正面から突っ込んできた…まるで無警戒に。
確かに、この状態のバシャーモじゃ攻撃できてもケッキングを倒せるとは思えない。
だけど、まだこの娘には最後に残された武器がある!!

ハルカ 「行けバシャーモ! あなたの全力を見せるのよ!!」

バシャーモ 「シャモ!!」

ケッキング 「ケーーーック!!」

ケッキングの拳が迫る。
バシャーモは正面から受けて立つ。
だけど、バシャーモの体は限界に近すぎた。

バシャーモ 「!?」

ズシャッ!

バシャーモは足をふらつかせてしまい、地面に片膝をつく。
ケッキングの拳はバシャーモの頭上を掠める。
これも…運と言うのね。

ハルカ 「バシャーモ『オーバーヒート』!!」

センリ 「なっ…!?」

ドォンッ!! ゴアアアアアアァァッ!!!

爆音と共にバシャーモは炎に包まれる。
千歳一隅のチャンス。
これで決まらなかったらもう何も残らない!!
行けバシャーモ! 私は信じてる!!

バシャーモ 「シャ…モーーーーーーーー!!!」

ケッキング 「!?」

カッ! ズッドオオオオオオオォォォォンッ!!!

一瞬の閃光。
そして爆発音。
凄まじいまでの爆発がフィールドの中心から巻き起こる。
爆煙で状況がわからない。
だけど、間違いなく攻撃は決まった…後は。

ケッキング 「……」

ハルカ 「!? そ、そんな…!!」

ケッキングは立っていた。
まさに仁王立ち。
バシャーモは…?

バシャーモ 「……」

まだ力尽きてない!
立ち上がって、ファイティングポーズを取る。
まだ、まだ戦おうと言うのね…!

センリ 「…ケ、ケッキング?」

ケッキング 「……グ」

それは、まるでスローモーションのようだった。
ケッキングは構えるバシャーモの横をすり抜けて前のめりに倒れる。

ズッシャアアアアッ!!!

2m、130kgの巨体は地面に伏せる。
そして、そこから動くことはなかった。
一瞬、時が止まったような感じだった。
そして、沈黙を破ったのは…。

チトセ 「ケッキング、戦闘不能! よって勝者、チャレンジャ−(挑戦者)ハルカ!!」
チトセ 「…そうよね?」

センリ 「…ああ」

父さんは気を緩めたように息を吐き出してケッキングをボールに戻す。

ハルカ 「…勝った? 勝ったの…私たち」

バシャーモ 「…シャ、モ」

ハルカ 「あわわ! バシャーモ!!」

私は後ろに倒れそうになるバシャーモに走り寄って、ギリギリで支える。
そして、私は背中からバシャーモを抱きしめた。

ハルカ 「ありがとう…! バシャーモ!!」

私の目から涙が出る。
あなたがいなかったら…絶対に勝てなかった。
この勝利は、私にとって…ようやくスタートラインに立てたことを証明する。
ポケモントレーナー・ハルカは…ここからようやく始まるんだ。

バシャーモ 「シャ…モ♪」

バシャーモは笑っていた。
私は涙が止まらず、顔を上げることが出来なかった。
私は心の中で言い切れないほどのたくさんのお礼を言ってバシャーモをボールに戻す。
そして、母さんとが近づいてくる。

チトセ 「よくやったわ、ハルカ」

ハルカ 「か、母さん…私…私っ!!」

思わず母さんに泣き付いてしまった。
それ位私は嬉しかった。
今まで、大好きだったポケモン。
好きだったから、護ってあげたかったポケモン。
私は、ようやく…ポケモンに認めてもらえるようになったのかな?

チトセ 「頑張ったわね、ハルカ…あなたは、私にとって宝よ」
チトセ 「やっと…やっと、ここまで来たのね」

ハルカ 「うん…!」

私は泣きながら頷く。
そして、照れ臭そうに父さんが近づいてくる。

センリ 「…何と言うか、こんな時に言うのもあれだが」
センリ 「複雑な気分だよ…娘に追い越されて嬉しいような、悔しいような…」

チトセ 「ふふ、それでいいのよ…男なんだから、負けて悔しいと思わなきゃ!」
チトセ 「そして、父親として、娘の成長を喜ばないと!」

センリ 「ははっ、全くだ…我が娘ながら、とんでもないトレーナーに育ったものだな…先が楽しみだ」

ハルカ 「父さん…」

センリ 「ハルカ…抱きしめさせてくれ、もう何年もお前を抱きしめていなかった」

ハルカ 「父さん!!」

センリ 「…ハルカ、よく頑張った」

ハルカ 「うう…!」

私はもう何年振りかわからない父親の抱擁を受ける。
それは、私が尊敬して止まなかったポケモントレーナーの両腕だった。
今まで多くのポケモンと触れ合った、優しくも大きな手は、ようやく私を抱きしめてくれた…。



………。



それから、10分後…私はようやく落ち着いて改めて父と向き合う。

センリ 「ハルカ…受け取るがいい、これがトウカジムに勝った証。バランスバッジだ!!」

ハルカ 「…これが父さんのバッジ」

私は改めて父さんに勝ったことを実感する。
そして、私は本当の意味でスタートラインに立ったことを実感した。
ただの女の子ハルカはようやく、ポケモントレーナーのいハルカとして新たなスタートを切ることになったのだ。

センリ 「ハルカ、ポケモンとは奥が深い! きっと我々の知らないようなポケモンはまだいくらでもいるだろう!」
センリ 「そして、その強さにも際限はない! トレーナーが強くなる限り、ポケモンもまた強くなるのだ!!」
センリ 「私は、今から更に強くなるためにトレーニングだ! お前は…どうする?」

ハルカ 「私は…ポケモンリーグを目指すわ、もうひとり…待たせている人がいるから」

センリ 「? まぁ、いいか…それならばキンセツシティから東の海を渡ってヒワマキシティに行くといいだろう」
センリ 「そこに次のジムがある、少し遠いがな」
センリ 「そして、これは私からの駄賃だ…受け取るがいい」

そう言って父さんが差し出したのは『わざマシン』のようだった。
私は不思議そうに父さんの顔を見ると。

センリ 「中身は『からげんき』! ノーマルタイプの技で、状態異常になっている時なら攻撃力が倍になる技だ!!」

ハルカ 「『からげんき』…あの技が」

そうか…あの時、ケッキングは『やけど』していたから…だから『からげんき』の威力が凄かったのか。
父さんが最後まで見せなかった理由は、それだったのか。
やっぱりまだまだ知らないことが多い…でも、知識は後から付いて来るもの…焦る必要は、ないわよね。
まだ、スタートラインに立ったばかりなんだから。

チトセ 「後、これは私からのプレゼント」

ハルカ 「? これは…小判?」

それはネックレスのような小判だった。
アクセサリーにしては、妙な感じね。

チトセ 「それは『おまもりこばん』…持っていると金運がアップするのよ♪」
チトセ 「それ位しか私はしてあげられないけど、お守りだと思って持っておいて」

ハルカ 「…母さん、ありがとう」

私はそれを胸ポケットに押し込んでおいた。
金運が上昇ね…元々お金には余り困ってないけど、損はないだろう。

チトセ 「さぁ、もうお昼過ぎだし! 折角だから今日一日、家族団欒でゆっくりしましょう!!」

センリ 「はは、そうだな…ハルカも、それでいいか?」

ハルカ 「うんっ、もちろん! 久し振りに母さんの料理食べたいし、ちょっとレパートリーも増やしたかったから!」

チトセ 「そう、だったら…まだ教えてないのを教えてあげるわ♪」

ハルカ 「うん、凄く楽しみ! 私の料理…父さんも食べさせてあげるから!」

センリ 「それは嬉しいな…ハルカの料理か私は久し振りだな」

ハルカ 「うん、今なら母さんにも負けてないかもよ?」

チトセ 「ふふ、言ったわね…じゃあ今夜はベトナム料理で勝負よ! 本場の味を教えてあげるわ!!」

ハルカ 「応! 望む所よ!!」

センリ 「ははは…お手柔らかにな」





………………………。





こうして…トウカジムのジム戦は終わりを告げた。
私は新たなスタートラインに立ち、改めてキヨミさんを追いかける決意を固めた。
もう今頃は遠くに行っているだろう…でも。

ハルカ 「辿り着く場所はひとつ…私がそこに行くことができるなら、絶対に出逢える」



…To be continued




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