第二章:夏
    一

 夏休みに入った直後、まだ七月中、俺たちは午前十時に駅前に集合した。
 午前とはいえ、もう既に太陽は真夏日の威力を発揮している。今日集まったメンバーは、俺と綾子、望月に聡子ちゃん、それに穴山さんの五人である。当初の予定通りであった。
 しかし、俺は男ひとりじゃ体力がもたん、と思ったので、もうひとり呼ぶことにした。綾子が一緒ということで、誘うとほとんどの男は乗ってくるだろうが、俺が名前も知らないようなわけのわからない男を呼ぶわけがない。
 それで、結局気心が知れているということで、吉田光を呼んでやった。
 あの、ロックンロールかぶれで、動物園に行くのに革ジャンにブーツという恥ずかしいかっこうをしてきた、あの野郎である。
 あのバカは、俺が電話してやると受話器の向こうで吠えやがった。嬉しさのあまりだろうな。
 まあ、あいつの話ばかりしてもおもしろくないので話を進めるが、俺たちは駅で集合した後、熱海へ向かった。そうそう、保護者ということで、聡子ちゃんの母親に来てもらった。今思えば、おばさんには何かとお世話になっているので、温泉にでも入ってゆっくりしてもらおう、という気持ちがあったのだ。
 え? お父さん連中はどうしたかって?
 働いてもらうに決まってんじゃん。俺たち子どもは遊んでいいのよ。今のうちだけだべ、遊べるのは。だから、その間思いっきり遊ぶのだ。お父さん連中には、定年後いくらでも来てもらえばいいのである(子どもの理屈)。
 「いやあ、わりいわりい。待ったあ?」
 吉田のバカがひとり、遅刻してきた。案の定、やたらとアクセサリーをチャラチャラさせて。
 しかしファッションは夏バージョンらしく、アロハシャツを着ていた。これがまた恥ずかしい。
 「てめえ遅刻しといて何笑ってんだよ。今日の昼飯全員に奢れよ」
 「何〜! そんなの聞いてねえぞー!」
 すると、横で聞いていた綾子が身を乗り出してこう言った。
 「三十分も遅刻してんからそれくらい奢りやー」
 吉田はたじろぎ、ふらっとよろめいたかと思うと、
 「わかりましたよ。俺が悪かったんだよ。ちくしょう」
 と言った。どうして俺が言ったら反抗して、綾子が言ったら素直に頷くんだろうか?
 「やった!」
 と、綾子と穴山さん、そして聡子ちゃんは手放しで歓声を上げた。何を食べようかなと、今からわいわい相談している。
 「そ、その代わり駅弁で、ひとり五百円程度にしてくれよ」
 そんな女性陣の姿に恐れをなしたのか、吉田はぼそっと先手を打ったが、
 「駅弁で五百円って、そんな安いんたぶんないで」
 という冷静な綾子の一言で、吉田はがっくりと肩を落とした……。
 急行に乗り、出発する。ここからなら、新幹線に乗らずとも、最悪各駅停車でもいい。乗り換えは、小田原で一度あるが、この方が安く済むのである。
 「やったー、私が一番ー」
 望月が手持ちの札を捨てて万歳した。トランプのババ抜きである。
 「おのれちょこざいな」
 望月に言いながら、俺は穴山さんのカードから一枚抜き取る。二番を目指すしかない。
 「ぐはっ」
 ジョーカーだった。
 「え〜うそや〜っ、カオちゃんジョーカー引いたやろ〜」
 バレバレである。
 「真田くんの場合顔に出るよね」
 手元にジョーカーがいなくなったので、穴山さんは軽口をたたく。
 「ほれ綾子、早く取れ」
 手札を隠し、シャッフルした後、俺は綾子にカードを差し出した。
 綾子は、むむむと、テスト勉強のときにも見せなかったような真剣な顔で悩んだあと、
 「これやっ」
 と言って勢い良く引いた。
 「へっへ〜、あったり〜」
 綾子はそれと手札から一枚抜き取り場に捨てた。
 「ちっ」
 ジョーカーが手元に残り、俺は舌打ちをする。
 トランプに興じているのは、俺と穴山さんと、綾子と望月、それと聡子ちゃんの五人である。吉田と聡子ちゃんのお母さんは、後ろの座席にいる。と言ってもふたりでしゃべっているわけではない。吉田はシートを斜めに倒し、ヘッドフォンを耳に嵌めて持参した音楽を聴いている。聡子ちゃんのお母さんは、窓外を楽しそうに眺めている。
 電車は、いくつかのトンネルを越え、都会のビルが立ち並ぶ景色を過ぎ、何時の間にか山間の、自然の道を辿っていた。
 電車に乗っている時間は、たかだか一時間足らず。本当にあっと言う間である。ババ抜きをしている間に着くが、駅弁だけはみんなしっかりと食べた。これは昼食というより朝食に近いが、どうやら吉田の奢りだと思えばいくらでも入ってしまうらしい。これが若いということだろうか。
 駅を出た俺たちは、早速予約したホテルへ向かって歩き出した。
 海辺に沿って歩いて十五分ほどのところにあるらしい。先導は、綾子だった。予約を含め、すべて綾子がひとりでやってくれた。頼りになる女の子だと、俺は改めて思った。
 「それにしても、暑いねえ」
 望月がぼそっと洩らした。
 「ふみちゃん何言うてんの」
 先を行く綾子が望月に振り向いて身振り手振りを交えて言う。
 「この雲ひとつない青い空。そして輝く海。今は暑いけどな、もうすぐあの中に飛び込めんねんで」
 そうやって海の方を指差す綾子に倣って、望月もその方向に視線を移す。
 「うわあっ、何か元気出て来たっ」
 望月には珍しいくらい、大きな声を出した。綾子は、
 「やろ〜っ」
 と、まるでこの海が自分のものであるかのように頷いた。
 海には、もうすでに数十人という単位の観光客がいた。彼らはサーフィンをしている者もいれば、砂浜に立てたパラソルの下で寝転んでいる者もいる。
 ホテルに着き、予約した洋室の部屋に落ち着く。部屋割りは、俺と吉田で一部屋。女性陣は、聡子ちゃんのお母さん以外は全員でまとまって一部屋にしたらしい。例によって、おばさんは若い子にはついていけないから、と言って辞退したらしいのだ。
 部屋で水着に着替えた俺は、ホテルのロビーに降りた。部屋に上がる前に、着替えたらみんなで泳ぎに行こうと、ここで待ち合わせの約束をしたのだった。
 吉田とふたりロビーに降りてきたが、まだ誰も来ていないようだった。
 「だから言ったじゃん? 女の子は支度に時間がかかるんだって」
 したり顔で吉田が言った。
 たって、着替えるだけじゃん。何でこんなに差ができるんだ?
 「お待たせしましたー」
 水着の上にTシャツを着た聡子ちゃんが、浮き輪を担いでやってきた。腰に可愛い柄の入ったタオルを巻いている。
 「遅い」
 と俺が文句を言ってやると、我らがおしとやかな女性陣は、
 「何言うてんの。カオちゃんらが早いだけ」
 「それに時間決めてなかったしね。やっぱり真田くんたちが早過ぎたんだよ」
 「女の子は支度に時間がかかるもんだよ、薫くん」
 全員がそんな風にして俺に攻撃をかけてくる。全員が、水着の上にシャツなどを着ていて、腰にタオルを巻いているのも同じだった。おかげで、だれがどんな水着を着ているのかわからない。
 「お兄ちゃんは浮き輪いらないんですか?」
 聡子ちゃんだけは全然関係のないことを言ってくれた。しかし、浮き輪がいらないのって……。
 「聡子ちゃん、薫くんは私たちの中じゃ泳ぎが一番上手だったでしょ」
 望月が横からたしなめる。
 その通り。俺は泳ぎが得意なのだ。
 「あ、そうか。お兄ちゃん、小学生の頃から大人用のプール行って、私やお姉ちゃんのことさんざん子ども扱いしてましたよね」
 「そんなことまで思い出さなくていいよ……」
 「へえ。カオちゃんて子どもみたいなことして喜んでるんやなあ」
 「子どもの頃の話だ!」
 まったく……。
 「今も子どもやん」
 と言って綾子は俺の頭を撫でようとする。
 「やめいっ、お前だって子どもだろうが」
 「真田くん、泳ぐの得意なんだ?」
 穴山さんが声をかけてきた。笑顔である。
 「ああ。そうだけど、なんで?」
 泳ぎを教えてもらいたいのかな?
 「じゃああたしと勝負しない? あたしも泳ぎ得意なんだよ」
 と、自分を指差してにっこり笑った。
 勝負? 海だから、競争ってことか?
 「わあっ、がんばってくださいっ、お兄ちゃん!」
 聡子ちゃんは、すでに俺が勝負をすると決めているかのように言った。他人事だからだろうな……。
 「カオちゃんじゃ愛美に勝てれへんやろけどな〜」
 綾子が人を小ばかにしたような口調で言った。俺じゃ勝てないって?
 「上等じゃねえか。俺が本物の競泳というものを見せてやる」
 乗せられたような形になったが、とにかく俺は穴山さんと遠泳の勝負をすることに決まった。
 「いちについてっ、よ〜いっ」
 聡子ちゃんの掛け声で俺と穴山さんは構える。
 「どんっ!」
 同時に出発。ふたりとも、クロール。速度だけを見た競泳の場合、クロールが一番速い。
 ストローク。キック。なんて完璧なフォームなんだ。俺は、自分で誉めた。
 望月が、旗を持って浮かんでいる場所まで、競争だ。判定は、望月と、浜辺で観戦している綾子と聡子ちゃんがしてくれる。
 海の水は、プールと違い、押し寄せる力がある。前に行こうとする俺たちを、横から殴る。それに負けず、望月の旗まで泳ぐ。
 完璧なフォームの俺は、その百メートルほどの距離を速く泳ぎ切る。タイムは計ったことがないのだが、クラスでも上位に位置する俺に、吹奏楽部の穴山さんが勝てるはずがない。
 「愛美の勝ちーっ」
 遠くから、綾子の声が飛んできた。
 え? まだ泳いでいる俺には、信じられなかった。
 心理戦か? 卑怯なっ!
 「着いたあーっ!」
 望月から旗を貰おうと、手を伸ばす。が、
 「遅かったねえ、真田くん」
 既に、旗は穴山さんの手に握られていた。
 俺は、唖然と穴山さんを見た。まさか、俺が負けた……?
 「穴山さんの勝ち……」
 遠慮がちに、望月が言った。
 「いえーいっ」
 穴山さんには珍しく、万歳して旗を振り回し、喜び全身で表現する。
 「俺が……負けた……」
 かなり、ショックだった。俺は、泳ぎには水泳部の部員よりも自信があったのだ。それが、文化部の穴山さんに負けるとは……。
 「ま、カオちゃんもなかなか速かったけどな、愛美の敵じゃあないわな」
 浜に戻った時、綾子がまるで自分のことのように言って喜んだ。
 くっ……悔しい……。
 握り締めた拳が震えた。

 遠くで、綾子と穴山さん、そして聡子ちゃんが遊んでいる。
 海の中。三人は一緒に泳いでいる。聡子ちゃんは、浮き輪にしがみ付いているが、穴山さんに泳ぎを教えてもらい、綾子には浮き輪を突付かれたりして邪魔をされていた。
 俺は、浜辺で膝を抱えていた。三人の、本当に楽しそうな姿を眺めながら。たまに、嬌声がここまで飛んできた。
 聡子ちゃんのお母さんは、部屋でのんびりしているか、温泉に浸かっているだろう。吉田は、例によって例の如く、どこかに行って戻っていない。
 白のワンピース型の水着を着た望月が、俺の隣りに腰掛けた。カチューシャは、外している。
 「惜しかったね」
 慰めているつもりなのだろうか?
 「でも、穴山さん、ほんとに速かったよ。薫くんが速いの、私知ってるもん。それでも勝てなかったんだから、しょうがないよ」
 「俺は、今日の出来は完璧だったんだ。それでも、穴山さんの方が速かった。脱帽だな」
 俺は、望月の顔を見て微笑った。
 しかし、頭の中では、別のことを考えていた。何で、穴山さんは水泳部に入らなかったんだろうか? 吹奏楽の方が面白かったのかもしれない。
 ビーチパラソルの下、俺と望月は並んで膝を抱えて座っていた。望月は、肩にタオルを羽織っている。
 「お前は、泳がないのか?」
 背中を丸め、膝を抱え込んでいる望月に言った。
 「うん……私、あまり泳ぐの得意じゃないし」
 「穴山さんに教えてもらったらいいじゃねえか」
 「うん……でも、日に焼けちゃうから」
 「お前、何しに海に来たんだ?」
 俺は突っ込んでやった。
 「え? 私は、温泉に入りたかったから……」
 なるほど。確かに、テスト勉強中、そんなことを言っていた。俺が、視線を海に戻し頷いていると、
 「薫くんは、泳がないの?」
 と、望月が、俺の顔を覗き込むようにして訊いた。
 「ああ。俺も、あまり日に焼けたくない」
 「うん。薫くん、肌白いもんね」
 望月は俺の腕や胸を見下ろす。
 「お前もな」
 ふたりは笑い合った。
 なぜか、心地好い空気が俺たちを包んでいるように思えた。相変わらず、夏の日差しはギラギラ突き刺す。潮風も、あまり涼しいとも言えなかった。
 しかし、俺は、なぜか望月といることで、気持ちが落ち着いていた。この暑さが、苦に感じなかった。
 不意に、海にいる聡子ちゃんと、俺と目が合った。
 「おにいちゃ〜んっ!!」
 大きく手を振って、聡子ちゃんは伸び上がるように叫んだ。
 俺も、笑顔で手を振り返す。どちらかと言えば、苦笑いだった。
 しばらくすると、聡子ちゃんたち三人が、俺たちの許に上がってきた。
 綾子は赤のビキニ。穴山さんもビキニ。色は水色だった。ふたりとも、いいスタイルをしている。綾子は知っていたが、穴山さんも、なかなか腰がくびれてるし、足もすらっとしているし、胸も……。
 おっと。これじゃまるで変質者じゃないか。これ以上は止めておこう。
 聡子ちゃんは、あれ? スクール水着か……。似合ってるからいいけど(失礼)。
 「ああ楽しかった。飲み物、買ってこようか?」
 頭をタオルで拭きながら、穴山さんが言った。ひどく嬉しそうだった。
 「あ、お願い」
 綾子も、頭を拭きながら言った。
 「じゃ、適当に買ってくるよ」
 片手を上げて、穴山さんが売店に向かって歩き出した。腰に、何て言うのだろうか? 水着と同色のスカーフのようなものを結んでいた。
 「あ、私も行きます」
 言って、聡子ちゃんが、穴山さんに着いて行った。
 「いやあ、楽しかった!」
 綾子が、俺の横に座った。望月とは反対側である。なぜか、俺に身を寄せるように、体をくっつけてきた。
 「お、おい、くっつくなよ」
 俺が身を引きながら言うと、
 「しゃあないやん、パラソル小さいねんもん。焼けてまうやん」
 言うと綾子はわざとらしく腕を絡ませようとする。
 「やめろっておい」
 「照れることないやぁん」
 「お前、何舞い上がってんだ? 悪乗りし過ぎるなよ」
 言うと、綾子は口を尖らせ、
 「パラソルが小さいんはほんまやん」
 「だからって腕に絡みつくことないだろーが」
 「じゃあふみちゃんならええわけ?」
 「は?」
 綾子の指差す方を見ると、望月が俺の左腕の、肘の辺りに右手を添えていた。
 「……何してんだ?」
 「あっ、ご、ごめん……」
 俺の視線ではじめて気付いたのか、望月は慌てて手を離す。
 「何照れてんの〜? 怪しいな〜。さっきふたりで何話してた〜ん」
 まるで絡み酒のおばさんだ。綾子は望月に抱き着いて言った。
 「わっ。ちょ、ちょっと綾子ちゃんっ……」
 背中から絡み付く綾子に、望月は慌てて身をよじらせる。
 「ただいまー。――何してるの?」
 両手にジュースを持った穴山さんが、目を丸くして言った。
 「おーうっ! 由利さんってそういう趣味があったのか〜っ?」
 どこから現れたのか、吉田光が何時の間にか戻ってきていた。ふたりの様子を見て、飛び上がって喜んでいる。
 手にジュースを持っているところを見ると、店で穴山さんたちと出くわしたのだろう。
 綾子と望月のもつれ合いは、もうしばらく続くのだった……。

 夜。俺たちは、聡子ちゃんのお母さんも含めて、海岸で花火をした。ちゃんと、バケツを用意してである。
 「風が涼しいねえっ」
 望月がはしゃぐように言った。俺は、頷いた。
 真っ暗な海。聞こえるのは、潮騒と、風の音。それ以外は何もない、静寂。灯かりも、海岸にはない。月明かりだけが頼りの、自然の中だった。
 「おーいカオちゃあんっ、花火するでーっ!」
 綾子が、少し離れたところから大声を出した。
 「花火は人に向けちゃ駄目だからね」
 聡子ちゃんのお母さんが、嗜めるように言ったが、そんなことは男同士ならいざ知らず、今日のこのメンバーでするわけがないのだった。
 バシッ、シュワァアアッ
 綾子が持った赤く噴き出る火花が、闇を照らし、綾子の顔を赤く浮かび上がらせる。煙も、相当のものだった。
 バケツを囲み、みんなが、それぞれ花火を持っていた。
 聡子ちゃんと望月は、まだ始まったばかりだというのに、しゃがみ込んで線香花火をしていた。
 穴山さんは、赤や青に噴き出る花火を、闇にくるくると振り回した。軌跡が残り、それは猫の歩く姿が浮かび上がった。
 「へえっ、うまいもんだな、穴山さん」
 俺は感心した。途端。
 シュルルルルルルッ!
 地面で何かが這い回り、俺と穴山さんは逃げた。
 パァンッ!
 ネズミ花火だ。笑い声の方を見ると、吉田が腹を抱えて笑っている。
 「これでもくらえーっ!」
 瓶に入れたロケット花火を、俺は吉田に向けて発射した。……吉田には、向けてもいい。
 「ばかっ! それは反則だろぉっ!」
 安定していなかったので、吉田は難なく避けることができた。頭を抱えてしゃがんだ吉田の上を、俺が発射したロケットが通り過ぎ、地面に当たって破裂した。
 「あっぶねえ〜……」
 「落ち着いたところに追い討ち!」
 シュルルルルルルッ!
 俺はネズミ花火を吉田の足元に放り投げた。
 しかし、どこを走るかわからないそれは、俺の方にやってきた。
 「こっちくんなぁあっ!」
 「きゃあっ」
 俺に近付いてきていた望月も、一緒になって逃げる。
 パァンッ!
 破裂したとき、望月は俺に抱き着いていた。無意識だったのだろう。しがみ付ける何かに、寄りかかっただけなのだ。俺も、そうだった。自然、近くにいた望月の肩に、両腕を回していた。
 「おおおおおっ!」
 「カオちゃんやるうっ」
 吉田と綾子が囃し立てた。慌てて離れる俺と望月。俺は、必死に手を振り、これは事故だと主張した。  しかし、ひとしきり冷やかされ、騒ぎはなかなか治まらなかった。
 あの時、俺は無意識に抱いていた。あれは、望月だから抱いたのだろうか? 違う人でも、同じように抱いたのだろうか。無意識だったから、きっと、別の女性でも抱いてしまったに違いない。
 線香花火を終え、しみじみした気分を一掃するかのように打ち上げ花火を一発上げた時、俺はそんなことを思った。
 綺麗な花が夜空に咲いた時、皆は歓声を上げた。
 夏の、締め括りの花火ではない。俺たちの夏の、始まりの狼煙なのだと、俺は心で頷いた。


    to be continued
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