五

 十五人もの、抜き身を持った男たちだった。私兵なのだろう。家の門の周りを、囲むように展開している。他には、誰もいない。恐らく、彼らの物々しい雰囲気に恐怖を感じ、騒ぎに巻き込まれないように、畑仕事に勤しんでいた者たちや、往来で立ち話をしていた年寄りたちも自分の家に引っ込んだのだろうと、アルカスは思った。
 男たちの中に、色鮮やかに着飾った女がひとり、真ん中に立っていた。イリアの弟は、その二十代前半に見える女の隣りに立っている男が押さえている。男は、イリアの弟の咽喉に、ドスを突きつけているのだった。人質にするつもりか。すると狙いは、アルカスということになる。人質を取らなければ勝てない相手、となると、イリアであるはずがない。
「何か言ったら? 子どもを離せとか、お前らは誰だとかさ。まさか、怖じ気付いたわけじゃあないんだろう?」
 いつまでも黙っているアルカスを見て、女が、嘲るような笑みを浮かべて言った。それでも、アルカスは、身動きひとつしなかった。ただぼんやりと、突っ立っているようにも見える。
 イリアが、家の中から飛び出してきた。
「オウガ!」
「お姉ちゃんっ」
 オウガと呼ばれた少年が、泣き出した。イリアは、何をしていいかわからず、アルカスの顔を必死の面持ちで見上げた。
「あいつらのこと、知っているのか?」
 相変わらず感情の起伏のない声で、アルカスが訊いた。
「は、はい。地主の、とこの……」
 震える声で、イリアが答えた。地主。三人の意趣返しか。アルカスは、もう一度女を見た。髪をアップにしていて、吊り目。気が強いのだろう。目つきは鋭かった。
「ちょっと前になるんだけどさあ」
 女が、苛立たしそうに言った。
「うちで雇ってる兵隊が三人殺されたんだ。すぐに手配したにも関わらずさ、未だに犯人が捕まらないし、ひょっとしたら村に潜んでるかもしれないとは思ってたんさ。まさか、匿われてるとはねえ」
 やはり、傭兵だったのか。イリアが言ったとおりだ。すると、イリアが供物のおにぎりを盗んだというのも、本当のことかもしれない。
「あんただろう。三人を殺したのは。なぜ、三人を殺したんだい? そして、どうしてその家に匿われることになったんだい」
「そんなことより、早く殺させてくださいよ。新しく貰ったこの剣の切れ味、早く確かめたいんですよ」
 男のひとりが言った。
「うるさいね、今はあたしが喋ってんだよ。楽しみは後に取っとく方が、おいしくなるだろう?」
「ちげえねえ」
 誘うような女の言い方に、男はニヤリ笑った。
「さあ、どうなんだい。あんたが三人を殺したんだろう? 白状しないと、この子の命はないよ」
「アルカスさん……」
 イリアが、縋るような目を向ける。このままでは、弟の命がない。だが、白状すれば、アルカスは十五人もの男たちを相手にしなければならない。
「好きなように、すればいい」
 アルカスの言葉に、女は意表を衝かれた顔をした。アルカスは、怖いほど無表情だった。
「確かに、三人は俺が殺した。イリアを助けるためだった。だが、イリアは神社のおにぎりを盗んだから、三人に追われていたらしい。どうやら、悪いのはイリアのようだ」
 盗んだおにぎりを、貰う約束で助けた。とんだトラブルに巻き込まれてしまった。しかし、これも巡り合わせだ。アルカスは、女たちに背を向けた。
「アルカスさん?」
 イリアの顔が、青白くなった。イリアが悪いと、はっきり言われたのである。弟を、見殺しにするつもりだと、確信したのだった。
「アルカスさん。オウガを、弟を助けてくださいっ、このままじゃ……」
 歩き出そうとするアルカスの腕を掴み、イリアが叫んだ。女や、男たちは唖然としている。一体、何がどうなっているのやらと、状況がわからず、困惑しているのだった。
「俺がいるから、お前の弟は人質になり得るんだ。俺が戦わなければ、彼は解放される。人質を取る意味が、なくなるからな」
「おいっ、こっちを向け。それから、剣を捨てろ」
 オウガにドスを突きつけている男が、アルカスの背中に叫んだ。
「こっちには、人質がいるんだからね。言うとおりにした方がいいよ」
 女が言った。状況はわからないが、少しでも有利に事を運ぼうとしているのはわかった。仕方なく、アルカスは振り返った。
「俺も、被害者なんだがな」
 呟いた言葉は、隣りに立っているイリアにも聞こえなかった。
「剣を捨てろっ」
 やはり、男たちはアルカスを見逃すつもりがないらしい。イリアが、本当は悪いのだ。悪戯ばかりするから、物を盗んだから、人が殺される事件にまで発展してしまった。
 腹がへったくらいで、自制心を失い、剣を振るった自分も悪い。そんなことには、慣れていた。突き飛ばされて、頭に血が昇ったのだった。
 理由など、どうでもいい。実際、三人も殺したのは現実なのだ。
 その上、これから十五人も相手にしなければならないのか。つまらないことに、関わってしまった。街道を、人ごみを避けてわき道に入った。人を避けたつもりが、人の面倒に巻き込まれることになった。
 仕方がなかった。自分に関係のない、他人のために、さらに他人の血が流れる。世の中とは、どうもそういう風にできているらしい。
「剣を……っ」
 男の怒鳴り声は、最後まで続かなかった。飛んでくるものに、男は一瞬顔を引きつらせた。その引きつった顔も、すぐに消えた。飛んできた剣が咽喉に吸い込まれるように刺さり、飛び上がるように地面に倒れこんだ。オウガに、ドスを突きつけていた男だった。
 一瞬、誰もが倒れた男を見た。イリアも、女を含めた十五人の男たちも。彼らは、視線をアルカスに戻した。今まで彼が立っていた場所には、誰もいなかった。イリアが、オウガの方を見ている。
「ぎゃっ」
「ぐわっ」
 続けざまに、ふたりが叫び声を上げて、地面に崩れた。女が目を向けると、アルカスは既に倒れた男の咽喉から剣を抜き取り、その左右にいた男をふたり斬り捨てたところだった。いつ、抜刀したのかもわからない。それを投げつけたところも、気付かなかった。その上、アルカスは誰にも気付かれない内に間合いに飛び込み、剣を抜き取っていたのであった。
「運命だったと、諦めるしかない。だから、俺を殺してくれていい」
 無表情で、アルカスは言った。俺を殺せるならば。
 剣を振りかざして正面から飛び込んできた男をやり過ごし、首筋を剣で薙ぎ、返す剣で右から飛び込んできた男の腹を抉った。頚動脈が切れ、血を噴出しながらひとりは倒れ、もうひとりは蹲るように地面に沈んだ。
 五人、片付いた。だが、まだ十人残っている。囲まれる前に、アルカスは駆け出していた。目の端に、オウガを抱き締めるイリアの姿が映った。
「追えっ、逃がすんじゃないよ!」
 女のヒステリックな叫びが背中で聞こえ、足音が追ってきた。二百メートルほど走り、振り返る。足の速さが、歴然となる距離。追いついた男は、ひとりしかいなかった。振り下ろされた剣を受け流し、柄で男の顔面を殴る。仰け反って剥き出しになった咽喉に、アルカスは突きを入れた。声もなく、男は地面に崩れる。突いた瞬間、アルカスは剣を引き抜いていた。目にも留まらぬ速さで真っ直ぐ突き、同じ軌道で引き抜くのは、まさに至難の業だった。
 三人が、追いついてきた。倒した男の剣を投げつけ、それが右にいた男の腹に吸い込まれるのと、別のひとりの右腕が切り落とされたのがほとんど同時だった。剣を投げつけた瞬間、アルカスもそちらへダッシュしたのだった。そして、剣を握った男の右腕を落としたのである。
 ダッシュした勢いが殺せず、アルカスは腕を切り落とした反動でくるりと半回転して、残ったひとりに背中から体当たりをした。ふたりは、もみくちゃになりながら地面を転がる。先に起き上がったのはアルカスだった。起き上がろうとする男の顔面を蹴っぱぐり、仰向けになったところを、倒れこむように、逆手に持ち替えた剣を男の心臓に突き立てた。右腕をなくした男が、地面を転がり回っている。膝を突きたい衝動に駆られるが、剣を引き抜いたアルカスは、転げ回る男の心臓を、背中から止めを刺した。
 ここで、四人を倒した。ようやく追いついた残りの六人が、アルカスの周りを円形に取り囲む。走り出してから、ざっと数十秒。だが、病み上がりに、チャンバラは重労働だった。アルカスは、予想以上に疲れていた。
 六人は、さすがに慎重になっていた。アルカスの強さを、目の当たりにしたのだ。不用意に飛び込むのは、自殺行為に等しいと感じているに違いない。
 じりじりと、間合いが詰められる。少しだけ、呼吸を整えることができた。すぐに息が切れるだろうが、気にするわけにもいかなかった。


    to be continued
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