閃光のALICE




Menu

Back Next





第7話 『もうひとつの戦い』





イェス 「はい、皆さん晩御飯はカレーにしてみました♪」

智樹 「神様仏様イェス様ーっ! これでまともな料理が食べられるーっ!!」

ティアル 「苦節…ついにまともな料理が…」

アリス 「ん…」

前回(第6話)より数時間、我が唐沢家にはカレーが置いてあった。
一日でよく出来たものだといいたいところだが今は狂気乱舞しておこう。

ティアル 「それにしてもよくカレーが出てきたわね」

イェス 「お昼から作ってみました、お口に合うかどうかわかりませんが…」

智樹 「うまいっす! もうサイコーっす!」

アリス 「ん」

ティアル 「うまいはうまい」

智樹 「なんだ、不満があるなら食うな! 俺が全部食う!」

ティアル 「誰もまずいとは言って無いでしょうが! 馬鹿智樹!」

アリス 「ん、おかわり」

イェス 「あ、待ってくださいね」

ティアル 「て、おかわり早! いつのまに!?」

智樹 「あ〜、どっか使えない駄目人形と違ってイェスはいい奴だな〜」

イェス 「そんな、わ、私は居候として当然の働きをしているまでですよ」

ティアル 「ちなみに駄目人形とは誰のことかしら?」

智樹 「さ〜て、どっかの薔○乙女じゃないか?」

アリス 「ここの管理人がこの作品をそれと同じ扱いしてたな」

智樹 「そういう本作とは関係ないこと言うなよアリス」

アリス 「ん」

さて、いきなり食卓事情が変わった我が家。
こんな微笑ましい事もあり、その夕食は終わってしまう。
そして、その後…。


智樹 「さ〜て、で!」

俺はとりあえずリビングに全員集める。
イェスにはカレーの片付けは後回しにしてもらった。

智樹 「イェス、ちょっとは敵の情報を教えてもらおうか?」

現在、俺たちを狙う敵のことはさっぱり謎の状態だった。
何せ、アリスは何も知らないし、下っ端のティアルは何も教えられていない始末だ。
つくづく使えない奴らだな。
しかし、このイェス、そんな出来損ないとは風格が違う!
イェスなら知っているはず!

イェス 「わかりました…私の知っていること、全て教えます…」

俺たちはイェスから敵のことを知る…。
イェスは敵についてかなり詳しいことを知っていた。
まず、それは敵の組織…。

智樹 「A&P社!? あの大企業がっ?」

A&P社…正式名称ALL&POSSIBLE(全て可能)社。
A&P社はここに20年近くで急成長した会社で、その活動範囲はあまりに広い。
ナノサイズな世界から、宇宙空間まで手を出す幅広い企業活動。
さらに家庭雑貨から、軍需産業まで手を伸ばす幅広いシェア。
今や世界一…それもぶっちぎりの企業と化している。

アリス 「そこが…私たちの生まれた場所…」

イェス 「正確にはA&P社の大部分は私たちとは関係ありません」
イェス 「しかし、このA&P社の社長吉倉俊雄(よしくらとしお)の独自に作った研究施設DOLL開発施設が私たちを作ったところです」

DOLLは作られし者。
A&P社は命を作っているのか…?
まさに、イェスの口から語られたのは信じられないという言葉が似合う物だった。

ティアル 「わかっていることとはいえ、改めて聞くとショックよね…」

さすがにティアルもそう言ってうなだれる。
ティアルもイェスもアリスもDOLLは商品なんだ。
DOLLはA&P社の商品だった。
ただ、まだ未完成と呼べるものでその存在は極秘だった。
何のためにDOLLを作ったのかはしらない。
ただ、これが出れば今はやりのロボット工学なんて何の意味も成さない画期的な商品となるだろう。
ただ、それが社会に流出することは非常にまずい、そのため、A&P社はそれを奪回したり暗殺したりするようだ。
イェスの話だと奪回するのはアリスのみ、他は俺含めて抹殺らしかった。

ティアル 「私の時はまだアリスだけだったから奪回と聞かされたけど、なんでアリスだけなわけ?」

イェス 「わかりません、アリスさんは特別なのかもしれません」

アリス 「?」

智樹 「特別か…そうかもな」

たしかに、アリスにはなにかと不思議なところがある。
もともとアリスが来たことが発端だったよな。
そう考えると、アリスには何か特殊なものが?

智樹 「にしても、A&P社、都内本社あるよな? それってかなり危険なんじゃ?」

イェス 「それは大丈夫だと思います、A&P社も迂闊にはDOLLを使えませんし、相手は私たちだけではありませんから」

ティアル 「え? そうなの…」

智樹 「お前が知らないのはどうかと思うが、それはどういうことだ?」

イェス 「私たちはアリスより以前にある一人のDOLLを逃してしまいました」
イェス 「そのDOLLの名は『マリオン』、マリオンは一人のイノセンス実装型のDOLLを強奪し、今も姿をくらましています…」

智樹 「マリオン…ね…」

俺はそのDOLLのことを考える。
そのDOLLは今、どこで何をしているんだろうな?



…………。
………。
……。



『同日:某時刻 同都内』


そこは智樹たちの住む、都内の隣町。
そこにある住宅街のアパートの二階に、ある二人に女の子がいた。

カツカツカツ…。

外にかろうじてトタン屋根があり、夜になると嫌な音を立てる階段、そこをゆっくりと歩く女性がいる。
女性はセーラー服を着ており、手に中身の詰まったスーパーの袋を持ってある部屋に向かっていた。
女性の名は白姫雪野(しらひめゆきの)、その名の通り真っ白な美しい髪と瞳、そして姫のような気品を持った女性だった。

ガチャ。

女性はある部屋に止まると、扉の鍵を開け、中へと入った。

少女 「あ、お帰りお姉たま〜♪」

雪野 「ただいま、ヴィーダ…」

雪野の帰りを迎えたのはヴィーダと呼ばれる小さな女の子だった。
ヴィーダは幼稚園くらいの小さな女の子で青い色の可愛らしいワンピースを着ていた。
髪の毛も目も黄色、そして黄色いショートヘアーの美しい髪の後ろに大きな白いリボンがついていた。
手にも黄色いリストバンドがしてあり、その姿はまさに『DOLL』だった。



雪野 「ごめんね、ヴィーダ、帰りが遅くなって」

ヴィーダ 「うう〜、ヴィーダお腹空いたの〜…」

雪野 「ごめんなさい、バイトが遅くまで続いちゃって」

ヴィーダ 「うう〜、うう〜」

ヴィーダは明らかに不満顔だった。
仕方がないわよね、いつも一人で待たせてしまっているから…。

雪野 「待っててね、昨日作ったカレーを温めなおすから」

ヴィーダ 「カレー♪」

ヴィーダは本当にカレーが大好きだった。
私は急いで台所に向かった。
そして、カレーの入った鍋にガスコンロの火をつけて暖める。
私はカレーが暖まっている間服を着替えることにした。

ヴィーダ 「片付いちゃったね〜、お姉たま〜」

雪野 「そうね、もうすぐこの家ともお別れだものね」

私は自分の小さなアパートの部屋を見渡す。
アパートの中にはダンボールが5つ程あり、布団が二つと、窓にカーテンがあるだけだった。

雪野 「あ、アレどうしようかしら…?」

私は部屋の片隅に置かれているとてつもなく巨大な『物』を見る。
あれは…ダンボールにも入らないし。

ヴィーダ 「あれ、ヴィーダのだし…ヴィーダが持ってちゃ駄目なの?」

そう、確かにヴィーダのなのだけど、それは3メートル大の超巨大な斧だった。
あれではダンボールにはいられない。
だからといって引越し屋さんに普通に渡すわけにもいかない。

雪野 「引越しって大変よね」

そう、私たちは明日にはこの家を出て隣町に引っ越すのだった。
だから私の家にはダンボールがいくつもあり、引越しの準備をしていたのだ。

雪野 「もうすぐここもかぎつけられる…いえ、かぎつけられたかもしれない」
雪野 「あの子達は執念深く私たちを狙っているから…」

私の本当の名前はマリオン…私はヴィーダと同じくDOLLだった。
私は白色のDOLLマリオン。
訳あってDOLL開発研究施設から逃げ出し、人間生活の中で隠れ住んでいる。
この子、ヴィーダはそんな研究施設で作られた少し特殊なDOLLだった。

雪野 (天崎君のお陰で何とかしてきたけど、これ以上彼に迷惑はかけられないし)

天崎君…正確には天崎竜一(あまさきりゅういち)
私が通う高校の同級生で同じ3年生。
唯一私たちのことを知っており、そして唯一の私たちの協力者。
彼は人間だけど、私たちを助けてくる。
そのお陰で今まで危険な場面も何度か助けられた。
でも、それももうおしまい。

A&P社の力はこの地球の全域を覆っているどこへ逃げても逃げ仰せはしないだろう。
でも、それでもここにいれば天崎君に迷惑をかけてしまう。
そのためには私たちはこの町から去らないといけない。
でも、引越し先は隣町。
灯台下暗しともいうし、どこへ逃げても無駄というなら隣町が安くて済む。

ただ、引っ越すと考えると引越し先が特定されては意味がない。
私がおとりになるのならおとりとなってしばらくこの町にはいなければならないことになる。
とにかく…明日の話ね。

ヴィーダ 「お姉たま〜、カレ〜…」

雪野 「あ! ごめんなさい!」

私は急いで台所に向かう。
カレーが焦げちゃう!



…………。
………。
……。



次の日…とある高校。


ワイワイガヤガヤ!

竜一 「…白姫」

雪野 「あら、天崎君」

お昼休み、天崎君はお弁当を用意する私の席の前に来た。

天崎君は、人間なだけに普通の黒髪で目も黒い。
美形というのだろう、普通の女子は格好いいと言う。
私にはいまいちわからないけど。

竜一 「白姫、その、弁当、一緒に食べないか?」

雪野 「ええ、いいですよ」

天崎君は弁当箱を持ってそう言った。
私には断る理由もないので承諾する。

竜一 「中庭、で、いいか?」

雪野 「いいけど…どうしたの?」

さっきからとても気になっていることがある。
なぜ、片言?

竜一 「……」

雪野 「まぁ、いいわ、行きましょう天崎君」

ここは私がエスコートしておく。
今日の天崎君は変だ。
一応『年上』だし、お姉さんとしてエスコートする。

雪野 (中庭だったわね)



…………。



中庭はあまり人がいなかった。
5月とはいえ外で食べる者はこの学校には少ない。
もうすぐ6月ということもあって日差しは暖かいのに。

竜一 「白姫…今日引っ越すんだよな?」

雪野 「ええ…」

天崎君はお弁当を突っつきながらそう言った。
私は正直に答える。

竜一 「俺に何か出来ることはないのか?」

雪野 「頼めないわよ、天崎君には十分すぎるくらいお世話になったわ」
雪野 「DOLLである私がこうしていられるのは半分は天崎君のお陰よ?」

竜一 「…俺は別に」

雪野 「その気持ちだけ受け取ります、ありがとう天崎君」

竜一 「……」

天崎君は人が良いから、こんな私を助けようとしている。
でも、もう迷惑はかけないと決めたから。
これ以上は天崎君も危険になる。
天崎君に関わらせるわけにはいかない。

雪野 (だから、彼は無関係よ…!)

私は学校の屋根を睨む。
そこには『今は』何もない。

竜一 「どうした、白姫?」

雪野 「いえ、ちょっと覗き見している悪い子がいたようなので…」

私はそう言って、目線を弁当に戻す。
ヨハン…全く人が悪い。
すでに私を見つけていながら観察する気ですか?

竜一 「…ヴィーダちゃんはどうするんだ?」

雪野 「ヴィーダは先に引越し先に行かせるわ」

竜一 「大丈夫なのか?」

雪野 「大丈夫よ、相手は私という大物を捕らえることで頭が一杯のはずだから」

私はできるだけ目立たないといけない。
目立って、ヴィーダを安全に隣町まで送らないといけない。
正直相手が相手なだけに守りながら逃げるのは大変だ。
だから私は、自分をおとりにする。

キーンコーンカーンコーン…。

雪野 「いけない、もうチャイムが…」

竜一 「急ごう、白姫」

雪野 「ええ」

私は弁当箱を急いでしまうと、天崎君と一緒に教室へと急ぐのだった。



……………。



『同時刻 白姫の家』


ヴィーダ 「引越し屋さん…行っちゃった」

ヴィーダはまだ、空っぽになった家にいた。
空っぽになった家にはヴィーダとヴィーダの『魂命』(武器のことらしいけどヴィーダ子供だからわからなーい)の斧があるだけだった。
お姉たまが夜になってからって言ってたからヴィーダ待ってる。

ヴィーダ 「うう〜、お姉たまお腹空いたよ〜」

とにかくお腹が空いた。
しょうがないから、用意されてあったカレーおにぎりを食べることにする。
外はカレーピラフ、中はカレーでヴィーダにお勧めの一品!

ヴィーダ 「いっただーき…?」

ヴィーダはおにぎりを包むラップを剥がして食べようとしたとき窓の外に誰かがいることに気づく。

ヴィーダ 「だれ?」

窓の外には赤い屋根の上に立った綺麗なおねーちゃんがいた。
白い髪の毛が風に靡いて、馬の尻尾(ようするにポニーテール)がゆらゆらしていた。
あんなところで何してるんだろ?
もしかしてあのおねーちゃんもお腹空いてるのかな?

ヴィーダ 「おねーちゃんそこでなにしてるの?」

ヴィーダはカレーおにぎりをその場に置くと、窓から体を乗り出しておねーちゃんに話しかけた。

コッペリア 「!」

ヴィーダ 「あ、行っちゃったよ…」

おねーちゃんはヴィーダが体を乗り出すと慌てて飛び去っちゃった。
最近のおねーちゃんって質実剛健だね〜。
ヴィーダも早くお外にでたいな〜。



…………。
………。
……。



深い々い闇が走る…。
町を沈める…。
光を失う…。
暗い々い時間…。
そんな時間に、時は動き出す。

雪野 「…月が出ているのね、道理で明るいと思ったわ」

私は空っぽになった家の中から窓の外の空を見上げた。
窓という枠組みの中にはあまりに大きな月も、今は控えめに小さく私を照らしている。

雪野 「さて、私も動き出さないと」

私は、研究施設から逃げるとき着ていた服を着込み、両腕のすそに私の魂命(こんめい)を隠す。
魂命とは私たちのもうひとつの命である、武器のこと。
私の魂命は短剣。
二つの短剣で一つ。

雪野 「ヴィーダ、大丈夫よね?」

私はヴィーダをこの時間に引越し先に向かわせた。
一応向こうの家の合鍵も持たしてある。
後は私が時間を稼いで逃げればいい。

私は長く使った自分の部屋に一瞥すると部屋を出る。
時間も時間のせいか少し肌寒い風が吹く。
しかし、私の服は厚手のコートのためあまり寒くはなかった。
真っ白なストールの意味も持つコートと、真っ白なベレー帽。
まさに白のDOLLたる私にはふさわしい格好かもしれない。

私は二階に備え付けてある安全策を飛び越えて街路地に飛び出す。
アスファルトの地面は強く私を弾くが、私はものともしない。
そのまま、私は道の中央にたたずむ、一人の『人間』を睨む。

雪野 「782日と4時間38分ぶりだったかしら? アルド?」

アルド 「そんな細かいこと覚えてねぇな〜?」

私の目の前、10メートルほど先に佇む男性の名はアルド。
真っ白な髪をざんばらに特に手入れもせず、短く伸ばしている、耳は見えており、肌はやや日本人のそれとは違った。
白人、というやつね。
私と同じように白いコートを着ている。
思えば、色々私とアルドは似ているところがある。
彼の目は青く、私の目も青い。
通常白DOLLの目は白いのだけど、なぜか私の目だけは青かった。
私も彼ほどではないけれどつり目だし。

アルド 「かわんねぇな…やっぱりてめぇは」

雪野 「あなたも変わらないわ、体以外はね」

アルド 「ひゃははっ! 俺はお前と違って人間だからな〜」

雪野 「くだらない会話はこれくらいで良いんじゃないかしら?」

アルド 「そうだな…俺もそろそろお前を壊したくなってきたよ」

雪野 「うそおっしゃい、あなたは常に私を壊したく思ったはず、あなたはそういう男よ」

アルド 「ひゃはは! それはお前も同じじゃないのかマリオン!?」
アルド 「てめぇも俺が相手でうずいているんだろ!?」

ヨハン 「それ位にしてもらえませんか、アルド殿、マリオン姉さま?」

雪野 「ヨハン…」

ヨハンはいつの間にやら私の後ろ側に立っていた。
挟み撃ちというわけね…。

雪野 「いいわ、おしゃべりはここまで、二人まとめてかかっていらっしゃい」

私は二刀の短剣をコートのすそから取り出す。
すでにいつでも戦える状態。

雪野 (ヨハンにアルド…強敵ね)

ヨハンは緑DOLL、実力は緑DOLLの中ではトップ。
彼女の持つステッキの中には鞭が仕込まれており、注意しなければならない。
そして、アルド…彼は正真正銘の人間だ。
しかし、彼の恐ろしさは人間離れした身体能力とコッペリアとの『融合』だ。
私には人間を殺傷できないなんていうくだらないプロテクトはかかっていないけど、それなしでもまともに相手をするのは辛い。
まぁ、今回は逃げるだけ、何とかなるでしょう。

アルド 「ひゃはははっ! いくぜ、マリオン!!?」

正面にいたアルドは待ちきれなかったように猛然と私に襲い掛かってくる。
彼の得手は長剣、模擬刀ではなく真剣だ。
切られたらさすがにDOLLでも出血で死ぬ。

ガキィン!

私は右の短剣でそれを受け止める。
しかし、両手で切りかかる力を止めることは不可能。
私はそのまま流れに逆らわず、力を流す。
当然アルドの体はずれる。

雪野 「はぁ!」

私は返し刀、左の短剣でアルドに切りかかる。

ヒュゥッ!

雪野 「!」

ヨハン 「甘いですよ!」

ヨハンの鞭が私の左腕に絡みつく。
私はすぐに鞭を右の短剣で切り離そうとする。
しかし、その鞭は撒き戻すようにヨハンのステッキに戻り、私の左手は自由になった。
変わりに右が動いて今度は私の体がずれる。
そして、それをアルドは見逃しはしない。

アルド 「つぇあっ!」

雪野 「くっ!」

私の前髪をアルドの横なぎの一撃が掠める。
目先3センチだった、間一髪ね。

雪野 「!!」

私は咄嗟にその場を離れた。
囲まれたまま二人を相手にするのは不可能だ。

ヨハン 「逃げるのですか? マリオン姉さま?」

雪野 「ええ、そうするわ、だってこのままじゃジリ貧だもの」

アルド 「ひゃはは! 逃がすわけないだろうが!」

好戦的なアルドと冷静なヨハン…どうするかしらね?

雪野 (とにかく、今は逃げさせてもらおうかしら?)

私は街頭の照らす路地を走りだす。
後ろをアルドとヨハンが追いかけてくる。

雪野 (? アルド…飛ばない?)

アルド…正確にはコッペリアは空を飛ぶことが出来る。
アルド…もしかしてコッペリアと『融合』していないの?

ザッ!

アルド 「あん? 追いかけっこはもうおしまいか?」

ヨハン 「……」

雪野 「アルド…コッペリアはどうしたの?」

私は不思議に思った。
コッペリアはアルドに依存している…そしてコッペリアは常にアルドと共にいるというのに、こうも長い時間一緒にいないなんて。
コッペリアはどこに?

アルド 「コッペリア〜? ああ、今日はずっとあの小さな人形を監視させてるんだよ」

雪野 「! ヴィーダを!?」

ヨハン 「コッペリア姉さまは、保険に使わせてもらったのでございます」
ヨハン 「最低でもヴィーダ嬢は返してもらいますよ?」

雪野 「成る程…策士のあなたが素直に私の前に姿を現すわけね」

迂闊だったわ、常にヨハンは私を監視していた、もちろんそれはとてもわかりにくいように。
もしかしたらヨハンはわざとわかるように私を監視していたのかしら?

雪野 「予定変更ね、本当はすんなり無傷で逃げ切る予定だったけどそうもいかなくなったわ」

ヨハン 「そうでしょうね、マリオン姉さまはヴィーダ嬢をご大切にしておられたようでございますからな」

アルド 「それが奪われた時、てめぇはどんな顔するのかな〜? ヒャハハハッ!」

雪野 「…悪いけど、覚悟しなさいよ…」



…………。
………。
……。



ヴィーダ 「ヴァンヴァンヴァヴァヴァンヴァ♪ タリラリラリ♪」

ヴィーダはヴィーダの魂命を担いで夜の街を歩いていた。
うう…ヴィーダの魂命大きすぎて運びにくいよ〜…。
今は人の目を避けるためっていうお姉たまの教えを守って夜の公園を横断していた。

コッペリア 「大変そうですね…」

ヴィーダ 「ほえ?」

コッペリア 「手伝ってあげましょうか? ただし…行き先は違いますが」

ヴィーダ 「おねーちゃん、あのときの…」

公園の街灯にお昼時に現れた馬の尻尾のおねーちゃんが器用に立っていた。
右手には釘のような魂命(よーするにレイピア)が握られており、その魂命の切っ先はヴィーダに向いていた。

ヴィーダ 「おねーちゃんがお姉たまの言っていたヴィーダの敵?」

コッペリア 「一応…そういうことになります」

おねーちゃんはそう言うと控えめストッとヴィーダの目の前に舞い降りる。
ふわっとして天使みたい…いいな〜。

コッペリア 「私の名前はコッペリア、ヴィーダちゃんを迎えに来たの」

ヴィーダ 「お迎え? ヴィーダの?」

コッペリア 「そうよ、お姉ちゃんと一緒に行きましょ」

うーん、コッペリアおねーちゃんは天使みたいな顔でそう言ってるけど…。

ヴィーダ 「ごめんね、おねーちゃん!」

ヴォン!!

ヴィーダは思いっきり大斧を振るう。
コッペリアおねーちゃんには届いてないけど風圧でコッペリアおねーちゃんの顔がゆがんだ。

ヴィーダ 「ヴィーダは知らない人についていったり、物もらったりしない!」

それにお姉たまと約束しているもん!
ヴィーダは、誰にもついていかないよ!

コッペリア 「そうですか…残念です」

ヴィーダ 「ヴィーダをおこちゃまと思って侮ると怪我じゃ済まないんだよ!?」

コッペリア 「では、ためして見ましょうか…」



…………。



雪野 「はぁ…はぁ…はぁ…」

アルド 「だいぶ、息が上がってきたようだな…ヒャハハッ!」

大誤算だった…。
私はもっと楽に切り抜けられると思っていた。
なぜならヴィーダには決して飛び火しないと思ったからだ。
だけど、そんなうまい話はない。
コッペリアが向かったとなるとヴィーダもそんなに長くは持たない。
急いでいかないといけないのに…。

ヨハン 「追い詰めましたな…」

私は二人に押されて徐々に後退し、気がついたら全く知らないどこかの裏路地に来ていた。
上には路線があり、左右後ろは3メートル以上の高い塀。
絶体絶命ね…。

雪野 (アルドとヨハン…この二人を相手にするのは一人では無理なのかもしれない…)

この二人は二人でいると戦い方がかみ合って非常に厄介だった。
冷静なヨハンが私の動きを封じ、好戦的なアルドが容赦なく私を攻撃する。
どこにも怪我がないのが奇跡だった。

アルド 「ヒャハハ、いわゆるホールドアップってやつか?」

雪野 「降伏したところで生かしてもらえるとは思わないけどね」

ヨハン 「……」

アルド 「ヒャハハ! 安心しな! 苦しまず殺してやるよ!」

そう言ってアルドが一歩前進する。
私は一歩後退を…したいところだけど、壁があって出来ない。

アルド 「終わりだ! マリオン!!」

雪野 「くっ!」

アルドの情け容赦のない一撃が私に振るわれる。
私にはかわす体力ももう残ってなさそうだった。
しかし、その刹那。

ヨハン 「アルド殿!」

アルド 「!?」

突然、アルドが後退する。
どうしたの…?

竜一 「どうやら、無茶したみたいだな、白姫」

雪野 「天崎君…?」

突然、目の前に天崎君が落ちてくる。
一瞬何が起こったかわからなかったがすぐに上を見て気づく。

雪野 (橋の下になっていて、私の上はわずかに隙間があるのね…)

それでも、どうしてそんなところから現れたのか謎だった。
ていうより、どうしてここがわかったのかしら?

ヨハン 「まさか人間が紛れ込んでくるとは…」

アルド 「予想外ってか? ヒャハハハッ! 面白いじゃないか!」

竜一 「一人で二人か…全く無茶をする…」

雪野 「ごめんなさい…でも、どうしてもやらないといけなかったのよ」

竜一 「まぁいい…ここからは俺が相手だ」

ヨハン 「人間…」

アルド 「まさか、人様に武器を向けるのが怖いのか?」

ヨハン 「まさか、小生が恐れるのは不確定要素の追加への懸念ですよ」

アルド 「ハッ! 相変わらず用心深いこって!」

ヨハンの勢いがやや落ちた。
警戒しているともいえるけど、やや弱気だ。
天崎君込みなら何とかなるかも…。

竜一 「ヴィーダちゃんが危ない…急げよ」

雪野 「天崎君は?」

竜一 「適当にやったら撒く」

私たちは体を寄せ合ってそう言う。
ヴィーダ…もうちょっと待っててね!

アルド 「ヒャハハッ! 行くぜお前ら!」

アルドは真っ先に私たちに切りかかる。

雪野 「くっ…!」

アルドの攻撃は私が受ける。
今、天崎君が持っているのは木刀、さすがにそれで真剣を受け止めることは出来ないだろ。

ヨハン (ここは疲れているマリオン姉さまから対処するべきでしょう…!)

ヨハンは私に狙いを定めたのか鞭が私を強襲する。

竜一 「はっ!」

しかし、天崎君の投げた投擲用のナイフが鞭を弾く。
そしてそのまま天崎君はヨハンに仕掛ける。

竜一 「悪いな! あんたの相手は俺だ!」

ヨハン 「ちっ! 小賢しいですね! 人間がっ!」

天崎君がヨハンをひきつけてくる。
これなら…なんとか!

雪野 「はぁっ!」

アルド 「ぬっ!?」

私は強引にアルドの剣を跳ね上げる。
短剣で行うから残り体力の少ない私には辛かったが何とかなった。

雪野 (今だ!)

私はアルドを倒すよりも先にヴィーダの元へ向かうことを先決とした。

竜一 「行けっ! 白姫!」

私は天崎君の激励を背に走り出す。
ヴィーダ…待ってて!



…………。



アルド 「追わねぇのか、ヨハン?」

ヨハン 「この男が先です…」

竜一 「……」

白姫は後ろを振り返らず、行ってくれた。
そして、敵は二人ともこの場に残ってくれている。
とくに緑チビ(ヨハンのこと)はやや冷静さを失っている…というか性格が豹変している。
どうやら、俺しか目に入っていないようだ。
ここはあの男の方が危険か…。

竜一 「……」

俺は後ろの腰のポケットから投擲用ナイフを取り出す。
戦って勝つ可能性も薄そうだし、隙を見てさっさと逃げ出そう。
人中では戦えないだろう、都心に向かえば深夜でも人はいる。

アルド 「まぁ、いいか…今日はこの男と遊んでやるか」

ヨハン 「……」

どうやら二人ともやる気満々らしい。
まともにかかられたらさすがひとたまりもないな。
なら、さっさと…。

俺は腰から4本ナイフを二人に投げつける。

ヨハン 「ふん」

アルド 「へっ」

二人は当然のようにそれを弾く。
まぁそれはいい、その隙に俺は壁際に走る。

ヨハン 「そっちへ行っても逃げ場はありませんよ?」

竜一 「逃げ場は…作るものさ!」

逃げ場がないことくらいわかっている。
だから、作るまでだ!

竜一 「ふん!」

俺は塀に木刀を突き刺す。
コンクリートの塀だったが程よく老朽化しており、突き刺さる溝があった。

アルド 「ほお、やるじゃねぇか」

ヨハン 「感心している場合ですか」

俺は木刀を突き刺すと、それを足場にして身の丈の倍以上の塀を飛び越える。
ちゃんと木刀にはワイヤーで指と結んであるので飛び越えた後は引っ張られて木刀は俺の手元に戻る寸法だ。
投擲ナイフ6本を現場に残してしまったが、それは後で回収しよう。



…………。



ヴィーダ 「ていやー! ヴィーダスマッシューッ!」

ヴォン! ヴォン!

コッペリア 「……」

ヴィーダは斧をぶん回していた。
ちゃんと狙っているんだけど、コッペリアおねーちゃんはちょこまか動いて全く当たらない。
一発振るたびに体が流れるから疲れるよ〜…。

ヴィーダ 「う〜…あたらない〜…」

コッペリア 「どれだけ強力な武器も当たらなければ竹光変わりませんよ…」

と、おねーちゃんは言う。
ところで、竹光ってなに?(竹刀のことです)

コッペリア 「疲れたでしょう…いくら自分の魂命でもその大きさで体格と釣り合いがなさすぎますから…」

かく言うコッペリアおねーちゃんはとってもコンパクトな釘剣(レイピアだっつーの)を使っている。
攻撃されていないからヴィーダ全く無傷だけど。
ん? そういやなんでコッペリアおねーちゃん攻撃してこないんだろ?

ヴィーダ 「…おねーちゃん全然こーげきしてこないね、なんで?」

コッペリア 「……」

それにコッペリアおねーちゃんはずっと悲しそうな顔している。
やっぱり悪い人には見えない、なんだか戦いにくいよ〜…。

コッペリア 「どうしてヴィーダちゃんはその魂命を振るうの?」

ヴィーダ 「ほぇ? ん〜…なんでだろ?」

ヴィーダ、よくわかんない。
気がついたら猪突猛進に魂命振るってたもんね。
全部空振りだけど。

雪野 「はぁ…はぁ…! ヴィーダ!」

ヴィーダ 「あ! お姉たま!」

コッペリア 「姉さん?」

突然、お姉たまが現れる。
ひどく疲れているみたいで、肩で息しているけど?

雪野 「コッペリア…退いてくれないかしら?」

コッペリア 「…姉さん、姉さんこそ帰ってきてくれないんですか?」

なんだか、真剣な面持ちでお姉たまとコッペリアおねーちゃんが話しだす。
う〜、ヴィーダの知らない大人の世界?

雪野 「私は私、今更施設に戻るつもりはないわ、あなたとは違うの」

コッペリア 「そうですね…昔から姉さんは浮いてました…」

雪野 「もう一度言うわ、昔の好(よしみ)で見逃してあげる、あなたの大切なアルドには逃げられたとでも報告しときなさいな」

コッペリア 「やはり、昔のあなたは完全にいないのですね…」

ヴィーダ 「?」

雪野 「当たり前よ、私は自由だもの」

コッペリアおねーちゃんはとても辛そうな顔をする。
なんだろう…つじつまが合わないというか…かみ合ってない気が?
二人の昔が合ってないというか、なんだかコッペリアおねーちゃんの昔はお姉たまの昔より更に昔に聞こえる。
何だろう…この違和感?

コッペリア 「わかりました、退かせてもらいます」
コッペリア 「ヴィーダちゃんは見失ったとでも報告します…」

雪野 「サヨウナラ、昔の妹」

コッペリア 「……」

コッペリアおねーちゃんは翼もないのに空を飛ぶ。
おねーちゃんはそのまま空を飛んでどこかへ飛び去っちゃった。
いいな〜、ヴィーダも飛びた〜い。

雪野 「ヴィーダ、ごめんなさい、危険な目に合わせてしまって」

ヴィーダ 「ううん、ヴィーダは平気だよ、コッペリアおねーちゃん何もしなかったし」

雪野 「なにも?」

ヴィーダ 「うん」

雪野 「…あの娘らしいわ」

お姉たまはそれを聞くと安心してかちょっと倒れ掛かる。
さすがに心配になって聞いてみた。

ヴィーダ 「お姉たま大丈夫?」

雪野 「大丈夫よ、さぁ、朝になる前に引越し先に行こうか?」

ヴィーダ 「うん♪ ヴィーダお腹空いたよ〜」

雪野 「がんばろっか? 帰ったらまたカレーを作ってあげる」

ヴィーダ 「うん♪ でも、お姉たまも少しは休んでね?」

雪野 「ありがと…ヴィーダ…」

ヴィーダはお姉たまと一緒にゆっくり隣町を目指す。
新しい街での新しい生活はもう目の前だった。
そして、新たなる出会いも待っているかな?

ヴィーダ 「俺にかれーを食わせろ〜♪」

とりあえず、歌うのだった。←カレー好き




第7話 「もうひとつの戦い」 完


Back Next

Menu

inserted by FC2 system