閃光のALICE




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第22話 『追憶』







『1991年 7月 DOLL開発研究施設』


槲 「やりましたね、アルシャードさん! 生成可能ですよ!」

アルシャード 「ああ…だが生まれるまでどう早くても半年、気を抜けんな」

フォルテ 「……」

アルシャード 「もしかしたらこの娘たちはお前の妹たちになるかもしれない、立派なお姉さんになるんだぞ、フォルテ?」

フォルテ 「イェス、マスター」

吉倉 「アルシャード君、おめでとう」

アルシャード 「! あ…所長」

私はアルシャード君が自らの主導でDOLLの生成に成功したと聞いて、祝いに駆けつけた。
アルシャード君はギリシャの富豪の下に生まれたが、様々な理由もありこの日本に来たそうだ。
我がA&Pの総務部で働いていたが、有能な男であったため、私がDOLL開発研究施設へと引き込んだ。

吉倉 「アルシャード君、君に第2研究部の主任に任命したい、受けてもらえないか?」

アルシャード 「!? わ、私がですか?」

吉倉 「君は優秀だ、人を惹きつける魅力も持つ」

アルシャード 「ありがとうございます…白人の私にここまで良くしてもらって…私は……」
アルシャード 「主任の件…喜んでお受けします!」

吉倉 「ふふ、とりあえずこの部屋とこの部屋に設置されているカプセル3つを君に預ける」
吉倉 「君主導で、DOLLの開発、育成を進めてくれ」

アルシャード 「はい!」

DOLL開発研究施設内も大分整ってきたこの年、DOLL開発研究施設はみっつの研究部へと別れた。
これまで全て私主導だったところから、私は第1研究部のみを受け持ち、第2研究施設はアルシャード君に任せた。
依然としてDOLLの生成確率は極めて低いが、ちょっとずつ、そのDOLLの数を増やしていた。

ヨハン 「ま、待ってくださいお姉さま〜っ!」

コッペリア 「はいはい、…あ、お父様?」

吉倉 「コッペリア?」

突然、ドタドタと足音がしたかと思うと、コッペリアとヨハンがいた。
かけっこでもしていたのか、ヨハンは少し息を切らしている。

吉倉 「かけっこかい?」

コッペリア 「えと……その…はい」

吉倉 「中では静かにな? 遊ぶなら庭でしなさい」

コッペリア 「あ…はい…ごめんなさい」

吉倉 「ふふ…ヨハン」

ヨハン 「? な、なんですか?」

吉倉 「コッペリアは好きか?」

ヨハン 「は、はい! 大好きです!」

吉倉 「…そうか、コッペリア、いい姉さんみたいだな?」

コッペリア 「よ、ヨハン……ほら、お庭に行こ?」

ヨハン 「はいっ!」

コッペリアはヨハンを連れて庭へと歩いていく。
その姿はなんだかほほえましかった。

アルシャード 「…まるで愛娘ですね」

吉倉 「娘か…そうだな……まるで娘だ」

だが、DOLLは後々市場へと出して、売りに出す商品だ。
商品に特別な感情を持つなど…馬鹿げているな。

吉倉 「私は事業家としては失格かな?」

アルシャード 「いえ、DOLLと言えども、大切な娘です」
アルシャード 「娘が嫁にでる…そう考えましょう」

吉倉 「……そうだな」

アルシャード 「ところで…マリオンとアルド君は?」

吉倉 「特に問題はない。記憶の消去は完璧だ」

とはいえ、不思議とマリオンとアルドは一緒にいることが多いように感じた。
記憶は失っても姉妹の絆は消えないということだろうか?



…………。



『1989年 2月 DOLL開発研究施設』


槲 「第2研、DOLL生成成功ー! しかも今回は3体まとめて!」

コッペリア 「…! 槲さんの声?」
コッペリア 「――あ、君は……」

アルド 「あ……」

コッペリア 「君、たしかアルド君だったよね、どうしたの?」

アルド 「……」

コッペリア 「ふふ、どうしたの?」

アルド 「…なに、してるの?」

コッペリア 「ああ…これ? 綾取りだって、この前教わったの」

アルド 「アヤトリ?」

コッペリア 「一緒に遊ぶ?」

アルド 「う……うん」

吉倉 「…コッペリア、とアルド君?」

コッペリア 「あ、お父様」

アルド 「……あ」

施設内の庭に出ると、その一角に珍しい組み合わせを発見した。
コッペリアはどこで覚えたのか赤い毛糸で綾取りをしており、それを興味深そうにアルド君が見ていたのだ。

吉倉 「綾取りか、アルド君、興味があるのか?」

アルド 「…う、うん」

吉倉 「ふふ、そうか…じゃあおじさんが教えてあげようか?」

アルド 「…やだ、コッペリアおねえちゃんに教えてもらう……」

コッペリア 「! あ、あら? アルド君?」

吉倉 「はっはっは、そうか…おじさんじゃコッペリアには勝てないか」

コッペリア 「あ、いえ…これは…!」

吉倉 「気にするなコッペリア、むしろ誇っていい」
吉倉 「お前は施設内でも一番の人気者だ」

コッペリアは人間DOLL問わず、皆に好かれている。
人当たりがよく、優しい性格だからな。

吉倉 (だが、DOLLがクリアしないといけない項目はあまりに多い)

人間社会で生きるためには、様々なことを覚えないといけない。
人間とて20年とかけて、大人へと成長する。
DOLLとて見た目こそ初めから完成しているが、その中身は赤子からスタートするようなもの。
まぁ、実際のところカプセルの中からある程度知識を吸収しているらしく、多少の倫理観や知識を持って誕生する。
とはいえ、子供程度の知識だ、生まれてから人間社会で生きていくだけの知識を備え付けられる。



…………。



『1992年 1月 DOLL開発研究施設』


アルシャード 「3人とも自己紹介だ」

デウス 「デウスです」
エクス 「エクスでーす♪」
マキナ 「マキナ…です……」

吉倉 「これまた、個性的なメンバーだな」

私は第2研で生まれた3体のDOLLの紹介を受けていた。
それぞれ赤のデウス、黄色のエクス、緑のマキナだ。
この場にはいないが、青のフォルテというDOLLもいる。

平成にはいり、DOLLの数はようやく2桁に突入した。
これまでに生まれたDOLLは全部で6タイプ。
それぞれ1体ずつしか存在しない白と黒、そして赤青緑黄の全6タイプ。
アリスが青だというのに、なぜ他の派生が生まれるのか?
また、なぜここまで個々個性が違うのか?
判明している事象ではないが、ここまでで判明したこともある。

たとえば、赤は筋力が異常に高い。
緑は自然治癒力が高かったり、とにかく生命力が高いようだ。
青は奇妙なことに空を飛べる…その上その飛行速度は時速2400キロにも到達する。
そして黄色は青のように飛べはしないが、その速度は青を越える。
推定速度で時速3000キロとされているが、実際のところ何キロかは分からない。
少なくともライフル銃の弾より早いことは分かっているのだが……。

白と黒は青と同様飛べるが4タイプの特徴をバランスよく整えたような感じだ。

もうひとつ分かったこともあるのだが、これはDOLLのイノセントに関することだ。
イノセントはDOLLの体内にいる期間が長いほど、その感染力を強める。
そしてこの感染度が高いDOLLほど、能力が高いのだ。
つまり、長く生きたDOLLほど人間離れした力を発揮するということだ。

吉倉 「第2研もこれで4体か。忙しくなるぞ?」

アルシャード 「はい、心得ています」

槲 「大丈夫ですよ、フォルテはいい娘ですしきっとなんとかなりますよ!」

吉倉 「はっはっは! いい人材がいるな!」

DOLLは生まれたばかりの時は本当に手が焼ける。
なにせ何にも知らない子供なもんだから興味心の塊だ。
体が大きい分、子供より厄介と言えば厄介だからな。
まぁ、生まれたばかりの頃はまだいいが暫くすると急に活動が活発になる。
ワロゥやマインダは活発盛りだ。
DOLLにも個性というものはあるらしくコッペリアやトゥアは大人しいのだが。

吉倉 「まぁ頑張ってくれ」

私はそう言うと後のことをアルシャード君たちに任せて第一研に戻るのだった。



…………。



『現代 茨城県 DOLL開発研究施設』


智樹 「ふぅ……少し休憩」

俺たちは全体の4分の3を読み終えたところで一旦手記を閉じて休憩に入る。

蛍 「デウス先生って92年生まれだったんだね……ていうことは」

智樹 「14歳だな、俺らよりひとつ年下か……」(平成18年時)

ちょっと意外な事実。
どう考えてももっと年上って雰囲気を出しているが……。
いや、エクスやマキナを考えると俺らと同年代でも別に不思議は無いか。
ていうか、コッペリアって推測するに20位?

智樹 (トゥアと同い年らしいがコッペリアってどう考えても実際に人間と同じ年齢で考えると中〜高生くらいだよな)

俺はふと中学生くらいのコッペリアを想像してしまう。

(コッペリア 「どうしたんです、唐沢先輩?」)

智樹 「……」(赤面)

駄目だ、学生服のコッペリアを想像しただけで赤面してしまう。
呼ばれてみたいが……破壊力高すぎて純情な俺には無理だ。

ヴィーダ 「お兄たま、顔真っ赤なの〜」

ティアル 「一体何想像したわけ?」

智樹 「……いや、なんでも……」

俺はそう言って誤魔化す。
本当に俺ってウブだなぁ……やれやれだぜ。

アリス 「コッペリアのことか?」

智樹 「!? ば……ば……ば……ん、んなわけねぇだろがっ!」

アリスの勘の良さには本当に驚かされる。
時折確信突いてくるから本当に恐ろしい。

智樹 (考えてみたらこいつ何歳なんだろな……少なくとも有史以前から生きてそうだが……)

俺はふとアリスの年齢を考える。
どう考えても16〜8の若さを持った絶世の美少女だが。
ていうかそんなこと考えたら……。

智樹 「……」

ティアル 「? な、なによ……」

アリス 「智樹?」

蛍 「智樹君どうしたの?」

ヴィーダ 「お兄たま変なの〜……」

ハタから見れば俺の周りは美人ばかりだな……。
こいつが学園ラブコメでなくて本当に良かった……もしそうだったら確実に殺されていただろう。

智樹 (美少女アクションだけに……結局死にかけちゃいるが)

どっちもどっちか……そう結論付ける俺だった。

智樹 「続き読むぞ、お前ら?」

アリス 「ん」



…………。



『1998年 2月 茨城県 DOLL開発研究施設』


私がこの日記を書くようになって実に14年も経とうとしている。
元々私はあまり日記のような物を書くのは苦手だがこの分厚いノートをよく使った物だと思う。
しかし、最近はめっきり書かなくなってしまった。
だが、最近どうも様子がおかしいことがあった。
マリオンの様子がおかしいのだ……。



トゥア 「マスター、危ない!」

吉倉 「!?」

ヒュン! ガキィン!!

突然、小刀が飛んできたのをトゥアが魂命を振って打ち落とす。

トゥア 「お怪我はございませんか!? マスター!?」

咄嗟のことにトゥアもあまりに驚いて気が動転しているのか、いつも以上に慌てて私の身を心配していた。

吉倉 「……私は大丈夫だ、それより」

私は小刀が飛んできた方を見た。

マリオン 「あら、マスターごめんあそばせ」

トゥア 「マリオン姉様! これはなんの冗談ですかっ!?」

マリオン 「ふふふ、とんがらないでトゥア。ちょっと手が滑ったのよ♪」

小刀を投げたのはマリオンだった。
マリオンは両手を組んで嫌らしく笑っていた。
彼女が来て10年経つが、最近になって急にマリオンの性格がよそよそしくなっていた。
時折、マリオンが恐ろしく思えることもあった。

マリオン 「お怪我はございませんか、マスター?」

マリオンはそう言いながら地面に落ちた自分の魂命を回収した。
極めて笑顔ではあるが、その裏には何かがあるように感じた。



――それからだった。
マリオンは実に不可解な行動を良くとるようになっていた。
かつてDOLLたちの長女として慕われ、DOLL皆に愛された彼女は変化した。
まるで性格が変わった……といった様子だった。
マリオンは多少活発的でお転婆な所はあったが、それでも明るく誰にでも優しい皆の人気者だった。
だがある日を境にマリオンは、他のDOLLたちとの関係をほとんど遮断してしまった。
そしてその優しさはどこかへと消えうせた。

そして、次の事件が起きたのはすぐ2週間後のことだった。


「キャアアアアアアアアッ!!!」

ヨハン 「ですからここは……!?」

吉倉 「悲鳴だと!?」

所長室でヨハンの希望ということで経済学について教えている所突然悲鳴が沸き起こる。
私たちは慌てて悲鳴の元に向った。

悲鳴の先、そこはDOLL開発研究施設の裏庭だった。

ヨハン 「一体なにご……ひっ!?」

吉倉 「!?」

裏庭は血で朱色に染まっていた。
思わず目を背けたくなる光景にヨハンは悲鳴を上げた。
私は動揺しつつも、返り血を浴びて裏庭に立っている人物に目を移す。

マリオン 「……あぁらマスター?」

吉倉 「……一体、これはどういうことだ!?」

地面に血を流して転がっているのは最近生まれたばかりの青DOLLだった。
返り血を浴びたマリオンの手に持たれ魂命からは血が滴り落ちている。

マリオン 「手違いでしたのよ」

吉倉 「DOLLの体に根の深くまで刺しておいてか?」

これは青DOLLの方を診てみないことにはわからないが、俺はマリオンが浴びている血の量、そして魂命から落ちる血を見てそう言った。
しかし、それを聞くとマリオンはいやらしく笑い。

マリオン 「ちょっと訓練をつけてあげようかと思いましたらあまりに反応が悪く、こちらも止まれなくて」

吉倉 「……君たちDOLLは戦闘用ではない、なぜそのようなことをした?」

マリオン 「あら? 私たちは生まれた時から武器を持ってますわ、戦いに使わず何に使いますもの?」

マリオンはまるで悪びれる様子がなかった。
一体何がマリオンをこうまで変えたというのだ?
私たちが戸惑っている間にやがて回りにアルシャード君たちもやって来た。

アルシャード 「これは一体……!? マリオン!?」

アルド 「一体なんなんだよこれは……!?」

マリオン 「あらあら、皆さん来たのですね」

アルシャード 「吉倉様、これは一体!?」

吉倉 「マリオン……後でゆっくり話がある、わかっているな?」

マリオン 「イエス、マイマスター、ふふ」



この頃からだったマリオンが危険だと、研究所内でも揶揄されるようになったのは。
一部では記憶の消去やマリオンの消去も言われた。
だが、私は彼女を庇ってしまった。
かつて一人の人間の死後さえ利用したこの私が、今その罪に苦しんでいるのだろうか?
だが、それが悲劇への引き金になったのかもしれない……あの事件が起きて1ヶ月たった今、この日記を書いてそう思う。

そう、あの事件は6月のときだった。



マリオン 「そう、ありがとうね」

?「復讐なんてナンセンスだけどねぇ……」

マリオン 「何を言っているの、人間は負の感情の塊よ? それよりあなたこそなんで私に協力するの?」

? 「好きだからだよ、そう言う人間が……さ」

マリオン 「ふふ、あなたには感謝するわよ巫?」

巫 「あなたの行動に幸あれ、ふふふ」





吉倉 「本日を持ってコッペリアに外出許可を下す」
吉倉 「DOLL開発研究所第一号コッペリア、全200のカリキュラムをこなしここに所長吉倉俊夫が認める」

コッペリア 「……ありがとうございます」

吉倉 「8年……長い歳月だったがそれを長いと感じたことはなかったよ」

コッペリア 「マリオン姉さんやトゥアを差し置いて私が第一号だなんて」

吉倉 「コッペリアはどこに出しても恥ずかしくないいい娘だ」
吉倉 「それにな……マリオンには素行に疑わしい部分がある……それはわかっているだろう」

コッペリア 「……はい」

順当に行くならば、先に外の世界へと足を伸ばすのはマリオンが先だったろう。
だがマリオンは明らかにその行動に不信感を抱く行為を繰り返していた。

吉倉 「まぁ、外出許可はもう出ている……さぁ、行ってくるといい。なんならアルド君も一緒に連れて行きたまえ」

私がそう言うとコッペリアは顔を赤くしてあからさまに照れる。
この二人は本当に相思相愛だ。
アルド君の想いは強く、またコッペリアも私以上にアルド君のことを想っていた。
所内でも有名なお似合いカップルだからな。

コッペリア 「それでは行って参ります。マスター」

コッペリアは頭を丁寧に下げ、そう言って所長室を出て行った。

吉倉 「さて……私も私の仕事をこなすか」

私はそう思いすぐに第1研に向おうとする。
だが、私は所長室の窓から外を見た時、足を止めてしまった。

吉倉 「マリオン……?」





フォルテ 「……どこへ行く、マリオン?」

マリオン 「あら、フォルテ一体なんの用かしら?」

フォルテ 「貴様の最近の行為目に余る……目的はなんだ?」

マリオン 「さぁ、一体なんのことか私には……」

フォルテ 「とぼけるなっ!! 貴様は明らかに変わった! あの優しかったお前はどこへ行った!?」

マリオン 「……ガタガタうるさいわね」

フォルテ 「……ッ!?」

マリオン 「お望みとあらば、この場で消してあげるわよ?」

フォルテ 「!?」

マリオンが服のすそから魂命を取り出す。
驚異的なほど強く発せられるマリオンの殺気は確実にフォルテの動きを止めた。

マリオン 「……ふ」

フォルテ 「……ッ!? が……はっ……!?」

一閃。
フォルテに動く間さえ与えずマリオンはフォルテの首を切り裂いた。

フォルテ 「ヒュ……ヒュ……」

マリオン 「あはははは……あははははははっ! 無様ねフォルテ! 気道がパックリ開いて喋ることも出来ないの!? あはははははっ!!」

フォルテは首から血をドクドク流し、ヒューヒューと空気が空回りする音が聞こえる。
マリオンはそれを見て、狂ったかのようにあざ笑う。
だが、これはまだこの惨劇の序の口だった。
惨劇は……まだ始まったばかりだった。

マリオン 「アデュー♪ フォルテ♪」

マリオンはフォルテの解体に入る。
フォルテの首を落とし、腕を切り取り、まるで人形をバラバラにするように、あるいは下手な職人が切り落とすマグロの解体のようにバラバラ死体を作り上げていく。
フォルテの死体を小さくまとめるとマリオンはそれを黒いゴミ袋に詰め、それは1階にある会議室へと持ち運ばれた。

マリオン 「まってなさい……吉倉俊夫……これはまだ『復讐』の始まりよ」





吉倉 「ッ!? ぐ……」

私は見てはいけないものを見てしまったのか。
マリオンの狂気に狂った顔。
窓の外からはそこで起こった何かの全容はわからなかった。
ただ、わかることは確信犯的にマリオンが何かをやったということだけだ。

吉倉 「く……急いで全職員に……っ!?」

私は電話を取った時に異変に気づく。
電話線が切られている。
内線さえ使えない。

吉倉 「マリオンの仕業なのか? だとするとこれは計画的犯行か!?」

私は電話を諦める。
マリオンの狙いがわからない今、私にできることは非常事態を職員全員に伝えるだけだ。

吉倉 「職員全員に告ぐ! 緊急事態だ! 至急会議室に避難しろ!!」

私は所長室を出て、渡り廊下からそう叫んだ。
だが、その時気づくべきだったのかもしれない。
すでに時遅しの可能性を。

ヒュッ!

突然、一階から白い何かが渡り廊下に飛び込んできた。
私はそれを見た時血の気が退いた。

マリオン 「私、面倒なのは嫌いなの」

それはマリオンだった。
マリオンのストールには血のシミひとつない綺麗な姿。
まるで惨劇を起こすことなど考えられないその姿だが……そこにいるマリオンはもうかつてのマリオンではない。

マリオン 「ふふふ……予定と少し違うけど、気づかれたなら仕方ないわ」

吉倉 「マリオン……何が目的だ!?」

マリオン 「よくもまぁ堂々とそんなこと聞けるわね、復讐よ。私たち兄弟のね」

吉倉 「!? マリオン……まさか記憶が、人の時代の記憶が戻ったと!?」

マリオン 「消しきれなかったみたいね、これは復讐よ……私を利用するだけでなくアルドまで巻き込んだ罪深いあなたを……私が裁きます」

マリオンの殺気に私は動けなかった。
マリオンの記憶が戻った……誤算ではあったが、それがこの事態を招くとは思っていなかった。
いや、心の奥底ではいつかこうなるのではという予感はあっただろう。
だが、あまりに非現実的すぎてそれを予想する頭は正常に動作しなかった。
マリオンの両手に持たれた小刀の魂命が唸りを上げ、私に襲い掛かった。

マインダ 「うおおおおっ!!」

マリオン 「ッ!?」

ドッカァァァァ!!!

突然、マインダが飛び込んできてマリオンにサッカーボールキックを浴びせる。
喰らったマリオンはトラックにはねられたように宙を舞い、渡り廊下の天井に激突した。

マリオン 「ぐ……痛いじゃないマインダ」

マインダ 「マリオン……テメェただじゃおかねえぞ!!」

吉倉 「マインダ!?」

カシス 「マスター! ここはき、危険です! 避難しますから捕まって!」

吉倉 「カシス!?」

カシスも乱入してくる、どうやら無事だったようだ。
カシスは私の体をその小さく細い腕で掴むと一階へと飛び降りる。

吉倉 「くっ! マインダッ!!」

マインダ 「マスター! 逃げて! ここは私が足止めする!」

マインダがマリオンを睨みつけてそう叫ぶ。
私はカシスと共に一階に降り立つとカシスに先導されてその場から非難するのだった。

ブツン……!

吉倉 「停電!?」

私たちは施設の外を走っていたが、突然施設内の電気が落ちる。
ブレーカーが落ちたのか?

吉倉 (マリオンか? いや……マリオンはマインダが相手をしている……だとするとまさか複数犯!?)

だが、さすがにそれは考えられなかった。
マリオンが他の誰かと共謀するにしても、それは誰だ?
とても思いつくものではない、あるいは外部の誰か?
だが、複数犯だとするとこれはかなり危険な事態だと言えた。

トゥア 「マスター!」

吉倉 「トゥアか!」

私たちは施設の外側を走り、中庭にたどり着いた。
そこは四方が広々としており、周囲を警戒するにはうってつけと思えた。
そしてそこにトゥアがいた。

トゥア 「マスター、ご無事でしたか」

吉倉 「トゥア、一体どういう事態だ?」

トゥア 「私にも詳しいことは……ですが、マリオンは確実にマスターを狙っていると思います」
トゥア 「それと、先ほど怪しい影を見つけました」

吉倉 「怪しい影?」

トゥア 「黒い何かが青DOLL並の速度でどこかへと消え去ったのです……あれは恐らくDOLLですが……」

吉倉 「まさか、マリオンの共謀者か!?」

トゥア 「ありえません……このような反乱に手を貸すDOLLがここにいるはずがありません!」

吉倉 「私もそう思う……しかし現実に」

私とトゥアが論していると、突然3階の窓から何かが落ちてくる。

ガッシャァァァァァン!!!

デウス 「……!?」

トゥア 「あれは……デウス!?」

ドッシャァァァ!!

3階から血まみれになったデウスが落ちてきた。
地面に激突したデウスは動く様子が無い。
直後、次の人物が落ちてきた。

アルシャード 「く……うおおおおっ!!」

吉倉 「いかん! アルシャード君!」

トゥア 「くっ! 間に合わない!」

トゥアが急いでアルシャード君を助けようとするが、間に合わない。
何より窓からマリオンが姿を覗かせていた。
それがトゥアとカシスを迂闊に動かせなかったのだ。

ズシャァァァァ!!

吉倉 「アルシャード君ーーーっ!!!?」

3階から落ちたアルシャード君は致命傷だ。
動く様子は無く、私はワナワナと震えてマリオンをにらみつけた。

吉倉 「何故だ!? 何故他の者を狙う! 貴様の復讐の相手は私一人のはずだろう!? 何故だ!?」

マリオン 「ふ……その顔よ。私はあなたに最高の苦しみを味わってほしい! あはははは! どう!? 自分が築き上げていった物が脆く、儚く! こんなにも簡単に崩れていく様子は!?」

カシス 「マインダちゃんは!? マインダちゃんはどうしたの!?」

マインダ 「私は……ここさ、痛ってぇ……」

ワロゥ 「無理するなマインダ」

ヨハン 「カシス、落ち着きなさい」

カシスがマインダの心配をしていると、ヨハンとワロゥに担がれてマインダが安全な所から現れる。
カシスはそれをかくにんすると、ワロゥに抱きついて喜ぶ。
マリオンはそれを見ながらも、無視して窓から直接飛び降りてくる。
地面に横たわるアルシャード君とデウス君を無視して私たちを睨みつけるマリオン。

エクス 「え……うそ、お姉様、マスター……?」

マキナ 「あ……あ……あ……」

そしてどこへ行っていたのかエクスがマキナを連れて最悪の場所に現れてきた。

マリオン 「都合がいいわね、ここにこんなにも集まってくれるなんて……探す手間が省けるわ」

マリオンは品定めするように、自分を半円で囲むようにいる我々を見回した。
最初に標的となったのは……エクスとマキナだった。

マリオン 「!!」

マキナ 「!?」

エクス 「いやああああっ!?」

トゥア 「く! マリオーーーン!!!」

トゥアが一瞬遅れて追撃する。
スピードにおいてはトゥアが勝るのか怯えて縮こまる二人に刃が届く前にトゥアの蹴りが決まった。
横に吹き飛ばされるマリオン、しかしマリオンは態勢を整える……というか、トゥアの蹴りの反動で施設の壁を蹴り、トゥアの顔面にお返しと言わんばかりに蹴りを入れた。

トゥア 「くっ!?」

マリオン 「あら、私の蹴り、入らなかったか……いい反応ね」

どうやらトゥアはマリオンの蹴りを瞬時に見切り、蹴りの分だけ頭をねじったようだ。
対するマリオンもトゥアの一撃はほとんど効いていないのか、まるで平然としていた。

マリオン 「トゥア……あなたは強いわ。でも魂命もなしに何する気?」

その通りだった、トゥアは丸腰。
魂命を持つマリオンを相手にするにはあまりに無防備だった。

マリオン 「ま、仮に持っていたとしてもあなたが私に勝てるはずなんてないけどね」

マリオンはいやらしく笑いそう付け加える。
DOLLは長く生きれば生きるほど、その能力が上がる。
イノセントが強く感染すればするほど、その筋力、瞬発力、動体視力、生命力は上がる。
マリオンは最年長、つまり道理通り行けば最強なのだ。

だが、その時……何かに呼応したのか……それは姿を現した。

マリオン 「……? 上……?」

突然、マリオンに人影が被さる。
我々は一斉に施設の屋上を見上げた。

吉倉 「馬鹿な……あれは」

例えるなら空のように蒼い髪が、風に揺れて横にたなびく。
どんな少女も敵わない美貌を兼ね備えその右腕には不釣合いな剣が握られ、無機質にも思えた蒼い瞳が私たちを見下ろす。

マリオン 「まさか……眠り姫が目覚めた?」

そう、それは私にこのDOLLたちを生むきっかけを与えた少女。
悠久の時を生き、されど目覚めることのない眠りについた美しき姫君。
そう……アリスだった。

アリス 「……」

どこか虚ろげな瞳は何を見ているのか私にはわからなかった。
その少女からは何も感じることが出来ず、ダラリと剣を地面につけて私たちを見下ろした。
だが、その何も感じない様子からはまるで想像も出来ないほどのスピードで彼女は私たちの視界から消えた。
次の瞬間、金属音が鳴り響き、私たちの視界はそこにあつまる。

ガキィン!!

マリオン 「くぅ……ああっ!?」

アリスは容赦なくマリオンに切りかかった。
マリオンも瞬時に反応し、魂命でアリスの一撃を受け止めたが衝撃までは受けきれず吹き飛ばされた。
マリオンさえも圧倒するその実力……そうイノセントは感染期間が長ければ長いほどその恩恵を感染者に与える。
悠久の時を生きたアリスに……マリオンが敵うはずが無い。

だが、なぜアリスはマリオンに襲い掛かったのか?
いや、それ以前なぜ今まで眠っていたはずのアリスが目覚めたのか?

アリスの虚ろげな瞳はそれに対する回答は一切与えてくれない。
ただ、本当にアリスは目覚めているのだろうか?
私にはその時……アリスの瞳には魂は無く、まるで心だけが目覚めていない本物の人形のように見えた。

マリオン 「ぐぅ……!? そう、あなたも私の邪魔をするのねアリス」

アリス 「……」

アリスは何も答えない、というより日本語が通じるのかさえわからない。
ただ、アリスはまるで殺人機械を思い浮かべる鉄仮面の表情でマリオンに猛攻を仕掛ける。
素早く確実にマリオンを仕留めにかかるアリスの猛攻にマリオンは防戦一方に立たされた。
徐々に切り傷を増やしていき、後ろへと下がっていくマリオン。
私たちはそれを呆然と見ていることしかできなかった。

マリオン 「ッ!? グアアッ……!?」

アリスの強烈な一撃がマリオンを吹き飛ばした。
なんとか魂命で防いだが、その理性を感じない大きな振りは受けきれる物ではなく、体力の低下の激しいマリオンはなす術が無かったのだ。

だが、その吹き飛ばされた先には不幸しかなかったのか。

コッペリア 「皆さん、一体どこ……!?」

ズシャァァァァァァ!!!

マリオン 「がは……ッ!?」

突然出かけたはずのコッペリアがアルドを連れて戻ってくる。
私たちを探して中庭にやってきたコッペリアとアルドに待っていたのは突然降ってくる怪我だらけのマリオンだった。

アルド 「マ、マリオンねえちゃん!?」

マリオン 「く……アルド?」

コッペリア 「こ、これは一体どういうことなの!? マリオン姉さん一体なにが!?」

マリオン 「あ……あはははは、アルドォ……私のアルドォ……」

アルド君を見つけるとマリオンは血まみれのままゆっくりと立ち上がる。
アルド君はそのマリオンを見つめワナワナと恐怖に震えていた。

マリオン 「アルド、私の大切なアルド……他の誰かに渡すくらいなら……私がぁっ!!」

完全にマリオンはイカれたのかアルドに刃を向ける。
愛しいはずの者を傷つけるその姿はまさしく狂気そのものであり、そして今その刃がアルド君を突き刺そうしていた。
私の視界が反転する。
次の瞬間、マリオンの魂命がアルドに刺さることは無かった。
ただ、アリスの剣がマリオンの心臓を貫いていただけだ。

アリス 「……」

マリオン 「が……は…?」

アルド 「あ……ああああああ……」

コッペリア 「い……や……」

マリオンの口から大量の血があふれ出した。
マリオンの血がアルドとコッペリアを返り血で汚す。

マリオン 「アルド……アルドォ……」

ズブ……ズシャァァ!!

マリオンは前のめりに倒れる。
その際剣が抜ける音が嫌に私の耳を貫いた。
アリスの無表情で虚ろな瞳がアルドを見下ろす。

アルド 「う……ウわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

その事件は、アルド君の悲鳴と共に終わりを告げた。


この惨劇はDOLL21体、研究員8名の死亡により幕を閉じた。
2週間後……この惨劇の追悼式は始まった。



…………。



吉倉 「我々はこの事件で多くの有望な人材を失った」
吉倉 「この事件は決して過去に押し流していいものではない」
吉倉 「決してこの事件を忘れることなく、そして二度とこのような惨劇を起こさないことを我々は誓う」
吉倉 「そして、安らかとはいえない死を遂げた皆々を私は生き残った者の代表としてここに告げる」
吉倉 「全員、今回の事件で失った彼女たちに黙祷!!」

デウス (……お姉様)

ヨハン (築き上げてきた物が全て崩れた……これから我々はどうなるのだろうか?)

トゥア (私に力が……もっと力があれば皆を……)

吉倉 (私はここで止まるわけにはいかない……せめて天国から我々を見守ってくれ)


追悼式はA&Pの敷地内で行われ、この事件を忘れないためモニュメントが設置された。
アリスはマリオンが死んだ後1時の方角をものの数分ほど眺めているとプツリと糸の切れた人形のように倒れた。
DOLLたちはせめてと思い、魂命を砕き、後を残さなかった。
たった一つフォルテ君の魂命は頑なにデウス君たちが反対したため、砕かなかったのはこれだけとなる。
そう、マリオンの魂命も……。

だが……私は凶行ともいうべきことを行おうとしていた。


ヨハン 「――私は反対です! マスター!」

槲 「第2研としても反対ですよ! マリオンを『蘇生』するなんて!」

吉倉 「皆の非難もわかる、だがこれは組織のためだ。マリオンのサルベージを敢行する!」

まだ私は組織のためという名目でマリオンのサルベージを敢行した。
まだサルベージにおいては実績がほとんど無く、成功した場合どのような影響があるかも未知数だった。
あの事件を起こしたマリオンをサルベージするということは当然のように非難の的であったが、私にはこれは謝罪のつもりだったのかもしれない。
後ろめたい自分の気持ちを懺悔するようにマリオンのサルベージは行われた。
私はマリオンに殺されてもいいと思ったのだろうか?

だが、サルベージされたマリオンは全てを忘れていた。
まるで赤子のようなマリオンは、私たちにあどけない微笑を見せた。
組織の中の皆が少しずつ変わっていく中、私一人だけがなんだか変われない気がした。
アルシャード君は研究所を去り、デウス君たちを連れてギリシャに帰った。
その後を継いだのはアルシャード君をずっと支えてきた槲君。
アルド君はあの事件以来塞ぎこみ、コッペリアは懸命にアルド君を励まし続けた。
トゥアは何か思うことがあったのか無心に仕事に励み、本人たって希望でドイツに長期留学をすることとなった。
ヨハンも今回の事件を重きに感じ、私の仕事の補佐を懸命にするようになりA&PDOLL開発研究室のDOLL管轄管理責任者、そしてA&Pの専務を任せてある。
ワロゥとマインダも今回のことが効いたのかかつてほどは子供のような行動を繰り返さなくなり、カシスもまた臆病ぷりに磨きがかかってしまった。

この日記は暫く書くのをやめようかと思う。
いつかもう一度書くこともあるかもしれないが私には今回の事件は正直堪えた。
私は暫く忘れるという意味も込めて、今回で一旦この日記を終了とする。



…………。



智樹 「信じられない……先輩が」

アリス 「……記憶に無い」

読み終えた後深刻そうな顔でアリスがそう言った。
日記終盤でこの日記にはアリスのことが詳しく書かれていた。
だが、アリスにはA&Pでの出来事は一切記憶に無いと言う。

アリス 「雪野と戦った記憶なんてない……」

ヴィーダ 「アリスおねーちゃん、あんまり思いつめないで」

アリス 「別に思いつめてはいない……ただ、引っかかるんだ。何故その時の記憶がないのか」

ティアル 「無いものは仕方が無いじゃないの、それよりさっさとアルシャードの旦那の所に行かない?」

智樹 「そうだな……行くぞ、みんな」

俺は日記を持って所長室を出る。

蛍 「……」

智樹 「どうした、蛍?」

蛍 「私には14年の成長記録がある……私はどこで生まれたのかなぁ?」

智樹 「……そう言えば」

日記には蛍は一切出ていなかった。
14年前と言えばデウス先生たちが生まれた頃だ。
その頃から蛍がいたのなら記録があってもいいはず。
だが、蛍の存在は影すらない……。
とすると、蛍はA&P外で生まれた?

智樹 (て……そんなのありえるのか?)

自分で考えて馬鹿馬鹿しく思う。
だが、巫のことを考えると……それもありえない話ではないのかもしれない。
俺はまだ釈然としない思いを持って、イェスのサルベージを行うアルシャードさんの元に向った。





第22話 「追憶」 完


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