閃光のALICE




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第25話 『葛藤』







智樹 「ふんふんふ〜ん♪」

ジュウウウウウゥ……!

夏休みの昼間、学校も無く目的も無い俺は家で昼飯を作るためフライパンで炒め物をしていた。
アリスとティアルがバイトに行っているので家にいるのは実質3人なので作っているのは三人前だが。

智樹 「ヴィーダは辛いのが好きだったな、イェスは……甘めか……どうするか?」

現在作っているのは焼きそば、これからソースを絡めていくのだが甘口と辛口一緒に作ることはできん。
とりあえず甘めで作って、ヴィーダの分はイェスの分と分けて作るか。

智樹 「ふんふ〜ん♪」

イェス 「……」

智樹 「ふんふ〜……ん?」

ふと、気がつくと部屋の隅からイェスがこちらを見ている。
いつも通り……不安そうな顔で……だ。

智樹 (今のイェスになってもう1週間か……笑った顔より不安そうな顔の方が多いよな)

智樹 「もうすぐ昼ごはんだからな、席に座って待ってろよ」

イェス 「……」

イェスはコクリと小さくうなづいていつものテーブルにチョコンと座った。
イェスの大きな体には小さすぎる記憶と魂……か。

ヴィーダ 「う〜、いい臭いなの〜」

イェスが席につくとヴィーダが目を細め鼻をクンクンさせて登場してくる。
最近夜更かし気味なようで、日に日に起きる時間が遅くなっている。

智樹 「ヴィーダ、もうすぐ昼飯だから席で待っていろ」

ヴィーダ 「はーい、なの〜♪」

ヴィーダは嬉々として返事をし、席につく。
俺はササッと麺を炒めて皿に盛っていく。

智樹 「ほーい、お待たせ〜♪」

ヴィーダ 「わーい♪ 焼きソバ〜♪ お兄たまの数少ない得意料理〜♪」

智樹 「ぐ……そういうこといわない」

俺は味付けの違う焼きソバを二皿盛って両者の前に並べるのだった。

ヴィーダ 「お兄たまの分は?」

智樹 「今から作るよ」

俺はそう言って再びキッチンに戻り、中華ソバの袋を一袋開けてもう一度焼きそばを作り始めた。

イェス 「……ごちそうさま」

智樹 「……? 早い……て、イェス食わないのか?」

突然のご馳走様にイェスの皿を見るとどうも一口も口をつけた様子がなかった。
俺はさすがに心配になって声をかける。

智樹 「どうしたんだ? なにか体になにかあったか?」

イェス 「お腹空いてない……」

イェスはそれだけ言うと元気なくキッチンを出て行った。

ヴィーダ 「……イェス、最近元気ないね」

そう言ってヴィーダも心配そうにイェスの消えた虚空を眺めていた。

ヴィーダ 「イェス……なにかに怯えているみたい」

智樹 「何かって?」

ヴィーダ 「……うーん、わからない」

イェスがこの家にいるのが当たり前になってきたここ最近からだった。
まるで何かに怯えるように笑顔が段々減っていき、皆に馴染むどころか逆に皆を遠ざけるようになった。
特にティアルとの仲なんかは最悪だ、言い争いになることも珍しくない。
思わずティアルがカッとなるようなことを言うイェスもアレだが、そういう時に限って必要以上に怯えた顔をする。
時々顔を出す蛍なんかには目をあわそうとすらしない。

智樹 「ヴィーダは二日目からは馴れ合いMAXだったよな?」

ヴィーダ 「うん」

智樹 「人見知りにしたって、馴染むどころか遠ざかるってなんてツンデレ?」

ヴィーダ 「それは違う気がするよ〜」

最初の頃の方がむしろこの家に馴染んでいた。
本人にとっては何もかもが真新しく、まるで赤ん坊のように全てに興味を示していたからな。
アルシャードさんの話では今のイェスは知識のない5歳児程度らしい。
感情的には人間同様非常に豊かな時期であり、同時問題なども起こしやすいらしい。
この年で子守をしようっていう俺も俺なんだが……むずかしいよなぁ。

智樹 「イェスー! 焼きソバ残しておくからおなか空いたら言うんだぞーっ!」

俺は部屋に引き篭もっているであろうイェスに大声で聞こえるようにそう言っておく。
俺は自分の分を作り終えると火を止めて、一旦イェスの焼きソバを皿ごとサランラップで包んでその場において置く。
後はヴィーダと一緒に焼きそばを食べるのだった。



…………。



ティアル 「――ふーん、イェスがねぇ?」

そしてその日の午後、アリスとティアルが帰ってきて、俺はふたりに今日のイェスのことを話した。
二人とも話しは真剣に聞いてくれて、俺は二人に原因を考えてもらった。

アリス 「イェスはイェスって呼ばれるたびに嫌な顔をしていた……」

ティアル 「え? そう? 私は別にそんな感じはしないけど」

アリス 「気のせいかもしれない」

智樹 「……」

イェスが名を嫌っている?
俺にも残念ながらそんな感じは受けなかったがアリスの言葉無視できない気がした。
だが、だとするとイェスはどうして名が気に入らないんだ?

ティアル 「まぁ、だったら直接本人に聞いてみたら?」

智樹 「ん? おいティアルまさか?」

俺が止めるのも束の間、ティアルはいそいそと2階に上がり、アリスの部屋に入った。
その後は……おおよその予想通りだった。

イェス 「痛い痛い離してーっ! TRの馬鹿ーーっ!」

ティアル 「誰がTRじゃい! 誰が! ほれぇ! みんなの前に!」

智樹 「ああ〜、ティアルそんな乱暴な」

ティアル 「ええい! 智樹も黙れ! いつまでもこいつを割れ物みたいに扱っていたらこいつのためにならん!」

ティアルはそう言ってイェスを俺たちの前に放り投げる。
イェスは痛そうに尻餅をつき、俺たちはそんなイェスが心配で駆け寄った。

ヴィーダ 「全くこれだからTRは、品性のかけらもないの〜」

ティアル 「やかましい、どうせ私は暴力女よ」

すっかり公式悪口と化したTR、さすがにそろそろ慣れたのか諦めたのかは知らないが昔ほど怒らなくはなった。
とはいえ、やはり悪口に違いはない、これ読んでいる皆も愛称のつもりかもしれないが、嫌がっている名前で呼ぶのはやめてあげような?
中国とか地味な人とか……さすがに可哀想だから、そのうち名前忘れられるし。

ティアル 「イェス! アンタなんか私たちに不満でもあるわけ?」

イェス 「……」

ズイッとイェスの前に腕を組んで立つティアル、イェスは俯いて黙っていた。
さすがにティアルの言うようにいつまでも割れ物扱いはまずいとは思い、俺も優しめに聞いてみた。

智樹 「イェス、なにが問題なんだ? どうしていつも不安そうにするんだ?」

俺がそう言うと少しだけ顔を上げて俺の顔を見る。
すぐに顔を落とすがようやく口を開き始めた。

イェス 「私はご主人様たちのなんですか?」

智樹 「! な、なにって?」

イェス 「何故私をイェスと呼ぶのですか!? 私はイェスの代用品ですか!?」

智樹 「!?」

不意に何かがダブった。
二人のイェスが俺の目に映る。
虚空のイェスと現実のイェスが視界に重なり、俺を混乱させる。

ティアル 「あ、アンタぁ!」

智樹 「! よせティアル!」

俺はティアルが右手を上げると、俺はその手を取ってティアルがやろうとしたことを阻止する。

ティアル 「くっ! 離せ馬鹿智樹! この大馬鹿にはいい加減頭にきてた! ここで引導渡さなきゃ気がすまん!」

イェス 「TRのくせに! TRの癖になんで私を見てくれないのよ!? どうして私じゃダメなの!?」

ティアル 「!?」

イェス 「あなたたちの『イェス』ってなに!? 私は『イェス』じゃないのに!」

アリス 「! イェス!?」

イェスは泣き叫ぶようにそう言うと走って部屋を出て行ってしまう。
慌てて追うが、なんとイェスは玄関から家の外に出てしまうのだった。

智樹 「くっ! イェスーーッ!!」

ティアル 「……あの馬鹿もまるきり馬鹿じゃなかったわけか」

智樹 「……ティアル?」

ティアル 「少なくとも私はイェスに幻影を見てはいなかったつもりよ、見てたのは……特にアンタでしょうね智樹」

智樹 「幻影だと……?」

ティアル 「アンタがイェスって呼ぶたびにアンタが昔のイェスを見ていたのが見てわかったわ」
ティアル 「……タダ、五歳児程度の感性しかないはずのイェスがこうも早く、過去の自分を見ていることに気づくとは思わなかったけどね」

アリス 「……自分を見ていないことに気づいたから、それが窮屈になってふさぎこんだというのか?」
アリス 「私にはわからないな」

ティアル 「アンタはポジティブすぎんのよ、割とネガティブな私にはわかるわ……」

智樹 「……ショックだったな……イェスは自分を代用品だと思ったって訳か……」

ヴィーダ 「……お兄たまぁ……」

智樹 「そんなわけ……そんなわけねぇだろばっきゃろうーーっ!!!」

俺はそう叫ばずにはいられなかった。
たしかに何度か昔のイェスとダブって見えたのは事実だ。
だが過去のイェスとは決別して今のイェスを受け入れたつもりだ。
俺がいけないのか……俺がいけないってのか!?

智樹 「とにかく追うぞ! イェスを!」

アリス 「……ん」

ティアル 「危ないおじさんに捕まってもらっても困るからね」

ヴィーダ 「ヴィーダも探すのーっ!」

俺たちはすでに日が暮れ始めている時間を考慮して急いでイェスを探し始めるのだった。



…………。



ヨハン 「――ふぅ……本日も疲れましたね」

毎日休日もなく会社勤め。
勤務時間が終わっても残務が残り、新参社長の辛さを存分と味わっている今現在。
お父様の辛さを存分に味わいながら、決して音を上げるわけにいかない自分に渇を入れて毎日頑張っている。
とはいえ、仕事が終わるとつい泣き言に近いことも言ってしまう。

ヨハン 「――? そこにいるのは?」

私は電柱の下で体育座りをしたまま俯く女性を確認する。
よく見るとその人は……。

ヨハン 「あなたは……?」

イェス 「……」




ワロゥ 「――……で、家出娘を拾ってきたと?」

ヨハン 「きっと事情があるのでしょう、まるで捨て犬のようだったのでね」

私はアレから有無言わずイェスの手を引っ張って近くの家に入れるのだった。
さすがに皆不思議そうだったが、それほど気を悪くはしていなかった。

マインダ 「2週間で家出かぁ〜やるねぇ、アタシ等でも施設を脱走したのは2ヶ月目だったのに」

ヨハン 「黙りなさい問題児、ほらイェス殿もかしこまらず」

イェス 「……」

私はそう言ってイェス殿を座らせた。

マインダ 「ほれ、晩飯を食いな。腹へっているだろ?」

ヨハン 「マインダもワロゥも和食が好きですねぇ、洋食を見たことがない」

マインダたちは手際よく料理をテーブルに並べていくといつものように和食な料理たちが軒を連ねた。

ワロゥ 「和食が作れる奥さんの方が結婚しやすいみたいだからね」

マインダ 「まっ! DOLLのアタシらにいい男が見つかるかは甚だ疑問だけどねぇーっ!」

真か冗談かは定かではないがそう言ってマインダたちはカンラカンラと笑っていた。
イェスは最初は遠慮がちだったが、よっぽど腹を空かしていたのかしまいにはグゥと腹の音を鳴らして我慢が出来ずにか箸をとって食べ始めた。

マインダ 「あら、お上手……あなたカシスより食べるの綺麗じゃない?」

ヨハン 「本当ですね、イェス殿は箸の使い方が綺麗ですね」

イェス 「そ、そう?」

イェスはそう言うと少し俯いて照れる。
しかし見たところ礼儀作法もあるようですし、どうして家出なんてしたのでしょうか?

ヨハン 「……今はそのままお食べください、ですが後で家出した理由をお聞かせ願いますよ?」

イェス 「……」

イェスの箸が止まる。
後ろめたい理由があるから家出したのでしょう。
ですが私たちも理由を聞かないわけにはいかない。
きっと唐沢殿も心配しているのだから。

イェス 「……ごちそうさま」

ワロゥ 「ん? 本当にいいのかい? まだ半分も食べてないようだけど?」

イェス 「いいです……ありがとうございました」

ワロゥ 「ああ、お粗末様」

ヨハン 「マインダ、彼女をお風呂にお連れしてください」

マインダ 「それはいいけど服どうするの?」

ヨハン 「緑ドール用のMスーツがあるでしょう? それで構わないのでは?」

マインダ 「Mであうかね? 微妙にLに届きそうな気もするけど……まぁいいや」

マインダはそう言うとイェスを風呂場へと連れて行く。
私はその間に急いで晩御飯を食べるのだった。

ヨハン 「ご馳走様です」

ワロゥ 「お粗末様、じゃお皿片付けるよ」

ヨハン 「ええ、お願いします」

私が食べ終えるとワロゥはすぐさま皿を運んでいく。
私はその間お茶を一杯飲んで、一服する。


マインダ 「ほーい、上がらせたよ」

イェス 「うぅ」

私が一息ついているとお風呂上りのイェスが出てくる。
白地の布に肩から胸元を通って真っ直ぐ下に伸びる緑のラインの服。
スパッツは恥ずかしかったのか下半身をもじもじと隠していた。

マインダ 「こいつの服どうする?」

ヨハン 「洗濯お願いします」

マインダ 「あいよ」

私はマインダに頼んでイェスの服を洗濯台に運んでもらう。
私はイェスと二人きりになるとゆっくりとイェスに聞く。

ヨハン 「さて、なぜあなたはこんな夜遅くにあんな場所にいたのですか?」

イェス 「……」

イェスは蹲ったまま答えようとはしない。

ヨハン 「……イェス、別に責めているわけではありません、ただ唐沢殿も心配しているでしょう?」

イェス 「怖い……」

ヨハン 「? 怖い?」

イェス 「……『イェス』って何ですか? 私は誰なんですか?」

ヨハン 「? どういう……?」

イェスの言っていることがまだ理解できない。
だが、すぐにイェスの言いたいことを理解した。

イェス 「私は存在しない、存在するのは『イェス』だけ」

ヨハン (!?)

イェスの言葉がひどく痛かった。
イェスの瞳には自分が写らない。

イェス 「私は……『誰』なんですか?」

ヨハン 「……」

イェス 「私は……くっ!」

イェスは耐えられなくなりマンションを飛び出てしまう。
私はそれに何も声をかけることが出来なかった。

ワロゥ 「? イェス? おいヨハン!?」

ヨハン 「……私は誰ですか……か」

マインダ 「……アンタ自分と重ねちまったのかい?」

ヨハン 「答えられるわけないじゃないですか……自分の正体さえも知らないというのに……」

ワロゥ 「だからってねぇ……今何時だと思っているんだい、マインダ!」

マインダ 「しょうがない」

マインダたちはイェスを心配して慌てて追いかけていく。
私は追いかけられなかった。



…………。



フォルテ 「……これが、今の日本か」

私はゆっくりと暗闇の空を飛んでいた。
私が死んでから随分な時間が経つ。
その間に世界は変わったようだ。

フォルテ 「明るいな……もう夜だというのに」

スト……と足音さえ立てずに私は煙突の上に立ち、周囲を見渡した。
もう随分夜だというのにまだ色んな店が開いているし、その道を歩く人たちも多い。
私が知らない間、でも時代は当たり前のように私の時代を過去へと追いやった。
今の時代に私たちDOLLを縛るものはなにもない。

A&PのDOLL開発研究施設もすでになく、あのヨハンがA&Pを率いていた。
巫というDOLLに連れられて私はアルドの元に渡ったが、奴に従うのは正しいのだろうか?

フォルテ (ふ……くだらんな、DOLLが自己意思を持つなぞ下らん)

私はすぐに自分の意思を切り捨てる。
DOLLとはそう言う存在だ、多少価値観は昔に比べると変わったようだが私は今更変えるつもりもない。

フォルテ 「……今更お父様の下に帰れないのも事実か」

私は右手の魂命を外気にさらす。
体から出すたびに痛みが生じるが耐えられないものではない。
新しい体だそうだが、不思議と体に馴染んでいる。
なんでも、私の魂に最もフィットする体らしい。
容姿はどう見てもかつての私とは似ても似つかんのだが、そんなことあるものだな。

フォルテ 「だが、どうもこの魂命は使いにくいな」

それに内蔵されているせいか右腕だけがどうも重い。
慣れてくればどうということはないが、それでも前の体と同じように動かしてしまえばあらぬミスもありえる。

フォルテ 「もう少し飛行演舞を行うか」

私は極力体を馴染ませるため毎日夜から明け方にかけて雲の裏で演舞を行っていた。
青DOLLは空が飛べる、故に三次元的な訓練が必要になるからな。
とはいえ、万が一でも見つかるわけにはいかないからな。

フォルテ 「ん?」

私はスッと宙に浮かぶ時、ふと下を見ると酷く懐かしい服が目に映った。

フォルテ 「緑DOLLの制服か」

かつては私も似たような制服を着ていたことを思うと酷く懐かしい。
巫からは他DOLLとは接触するなと言われているが、なに気にすることもないか。
第一あいつに命令されるいわれはない。

フォルテ 「……おい」

イェス 「え?」

私は話しかけた後、彼女の目の前に降り立つ。
目の前のDOLLは不思議そうにキョトンとしていた。

フォルテ 「緑DOLL、普通に街中を歩くなんて時代は変わったわね」

イェス 「あなたは誰?」

フォルテ 「私か? 私はフォルテだ。お前は?」

イェス 「……知らない」

フォルテ 「知らないだと?」

イェス 「私は、名前の無いDOLL……だから私は私を知らない」
イェス 「お姉ちゃんにはわかる? 私は誰なの?」

フォルテ 「……お前には自分の存在意義を見出せないのか」

空っぽのDOLL……それが第一印象だった。
だが、そのDOLLからは匂いがある。
そう、他者と幾重にも交わってきた縁の匂いが。
だけど、彼女はそれを自ら消そうとしている……そう感じた。

フォルテ 「ちょっと掴まれ」

イェス 「え?」

私は少女の体を抱き抱えると一気に上空まで飛び上がる。
急に飛び上がったから目を閉じて怯える少女。
私はある程度の高度までくると、ゆっくりと少女に話しかける。

フォルテ 「目を開けろ」

イェス 「……ん」

フォルテ 「下を見てみろ」

イェス 「? わっ!?」

彼女は突然雲より上に来たことでビックリして私にしがみついてきた。
私は優しく抱き寄せて安心させる。

フォルテ 「心配するな、大丈夫だ……それより見ろ」

イェス 「……綺麗」

フォルテ 「……そうだな、綺麗だ」

上空から見る町並みは全てが光の点になる。
まるでそれは綺麗な星空のようにさえ見えた。
人が作り出した幻想郷、私たちは今のその姿をうっすらと眺めているのかもしれない。

フォルテ 「お前、目はいい方か?」

イェス 「え? わからない……」

フォルテ 「そうか、私はこれでもいいほうだぞ、とはいってもさすがに地表が見えるほどよくはないがな」
フォルテ 「この光たちはそこに生きる人たちの営みだ」
フォルテ 「その中ではそれぞれ一人一人は大した意味を成さない……お前同様にな」

イェス 「……」

フォルテ 「私はお前を知らない、だがお前に意味を与えることくらいは出来る」

イェス 「え?」

フォルテ 「綺麗だな、人の営みは……『メモリアル』……お前にこの名前をくれてやる、使うかどうかはお前次第だがな」

イェス 「……メモリアル」

記憶……彼女には彼女としての記憶がある反面、彼女の記憶にはなにも残っていない。
私はそれを込めてその名を彼女にあげた。
お節介かもしれないが、彼女は不安で仕方が無い。
だから……。

フォルテ 「降りるぞ」

私はそう言ってゆっくりと地上に降りた。

イェス 「……あの」

フォルテ 「うん? 一体なんだ?」

イェス 「わ、私を連れて行ってください!」

フォルテ 「なんだと? お前、マスターは?」

イェス 「……」

フォルテ 「……ダメだ、マスターのいるDOLLを連れて行くわけにはいかない」

イェス 「帰れないんです……私には帰る場所がないんです!」

イェスの顔にはまだ帰る場所がある顔だった。
だがその上でこう言わしめる結果……一体なにがあったのかはわからない。
とはいえ、家出感覚で着いてこられても困る。

フォルテ 「私についてきたら最後、お前は全ての紡ぎを失う……それでも構わないのか?」

私はあえて無理難題を突きつける。
私は一度死んだ身、今はアルドに忠誠を誓っている。
たとえお父様たちがいようと、私はDOLLとしての生き様を貫く。
それが自分に課した枷、そして誓い……。

イェス 「か、構いません!」

フォルテ 「安易に答えるな! ふん……いいだろう、だったら私についてこい。ついてこれたら連れて行ってやる」

私はそう言って空を飛ぶ。

イェス 「あ……っ!」

フォルテ (悪く思うな、仮に私についてきてもお前は幸せにならん)

アルドの目的はロクでもない。
だがマスターの意向には絶対に背かない。
私はその目的に反対はしないが、あの女にまでそれを強いるわけには行かない。
だから、絶対につれてはいけない。



…………。



フォルテ 「ここまでくればもう追ってはこれまい」

私は10分ほど飛んでとある公園に降り立った。
何故か街灯がひとつ切り落とされたかのようにないが、妙に広く、それでいて人もいないので降り立ちやすい。

イェス 「……はぁ……はぁ……はぁ!」

フォルテ 「!? 嘘だろう?」

素直に驚いた。
確かに私はゆっくりと飛んでいたが空をとんでいたのだぞ?
追いつけるはずは無かったはずだ。

イェス 「も……もういいですよね……?」

緑DOLLだから体力があるのはわかる。
だがその緑DOLLが肩で息をして、まともに喋れないほど体力を失っている。
確実に走って追いかけてきたのは明白なのだ。

イェス 「わ……わたし……わたし……!」

フォルテ 「もういい……お前の根性は見た」

私は彼女に近づき、イェスに喋らせるのをやめさせる。

フォルテ 「どういうルートを通れば追いつけるのか不思議だが、お前の勝ちだ……好きにしろ」

イェス 「そ、それじゃ!」

フォルテ 「ついてこい……メモリアル」

イェス 「は、はい!」

私は彼女に敬意を払い、彼女に与えた名で呼ぶ。
彼女がここまで本気になるのなら私は誠意を見せないといけない。
だが、彼女に私とついてくることに耐えられるか?

フォルテ (ふ、こんなDOLL初めてだ、それゆえに……面白いな)





…………。





智樹 「……はい、はい……」

それは深夜に入ろうという時間だった。
夜分遅くであったがヨハンのところに済んでいるワロゥからの電話だった。
なんでもイェスはしばらくヨハンの家にいたそうだが突然逃げ出して行方がわからないという。
こちらへも帰ってくる様子はなく、現在イェスは行方不明だった。

智樹 「はい……ありがとうございます」

イェスは探そうにも本当にどこにいるかわからなくなった。
捜索願を出そうにも、イェスには戸籍が存在しない。

智樹 (くそう……イェス、無事でいてくれ……!)

俺には無事を祈ることしか出来ない。

アリス 「智樹……」

智樹 「アリス?」

普段早寝するアリスが珍しくこんな夜遅くに顔を出してくる。

アリス 「大丈夫、イェスはきっと無事だ」

智樹 「お前にそう言ってもらえると、少し安心するな……」

アリスにはなんの根拠もない言葉だったろう。
だけどそれがすごく今は嬉しかった。
だけど、問題は……。

智樹 (問題は俺の方か……)

イェスがぶちまけた本人の不満。
俺は知らず知らずのうちにイェスを苦しめていた。

智樹 (すまない……本当にすまない)

アリス (イェス……早く帰ってきて)





第25話 「葛藤」 完


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