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第27話 「ありがとう」




デルタ 「…?」

チュンチュン…チチチ。

鳥の鳴き声が聞こえ、私はゆっくりと目を覚ます。
そして、最初に見えたは木で造られた天井だった。
天井からぶら下がっているランプが正面に見える。
そして、私は次に自分の手を見る。
白い手、汚れもない手。
私は実感する。

デルタ 「私は…生きてるんだ」

最初はそんな感情、くだらないと思っていた。
でも、何故か今は安心する。
生きていると言うことが、自分を支えている。

デルタ 「……」

私は少し思い出す。
ここは確かアベラムとかいう村の宿の一室だ。
確か、部屋に空きがなく、全員が同じ場所で眠っていたはずだけど。

デルタ 「……」

周りを見渡すが、誰もいない。
布団も綺麗に片付けられ、整理された荷物だけが綺麗に並べられていた。
皆起きているのだろう。
私はゆっくりと体を起こして立ち上がる。

デルタ (私にはもう…帰るところはない)

ふとそんなことを考えた。
目的もなく、生きていても仕方がない…。
ウンディーネさんは、何故、私を助けたんだろう?
そんなことを疑問に思ったが、それは私が生きていることに意味があるからだと思いたかった。

デルタ (私は、生きていていいの?)

それでも疑問が残る。
私はつい2ヶ月前に生み出され、ただ、戦うことしか教えられなかった。
だから負ければ死ぬと思っていたし、戦うことでしか自分は生きる意味がないと思っていた。
でも…。

デルタ 「死ぬのは、嫌…」

何故かそう思えた。
今まで考えもしなかったのに…。
初めて…そう思えた。
その時、私は初めて…生きたいと思った。



………。
……。
…。



デルタ 「……」

やることは特になく、勝手に部屋を出るのも躊躇われたので、しばらくじっとしていた。
何を考えるわけでもなく、窓から外の景色を眺める。

子供A 「わーい!」

子供B 「待ってよ〜!」

子供の遊ぶ姿見える。
子供と言っても、私よりも年上だ。
私たち邪獣は生まれてすぐに成人と同じ体を持っている。
だから、あんな無邪気な顔をして遊ぶと言う光景がどうにも理解しがたかった。
そのまま、ぼ〜っとしていると、部屋の外の廊下から足音が響き渡り、私の部屋の前で止まる。
誰かが来たようだ。
私は何も言わずにドアの方を見ていると、ドアが2〜3回ノックされ、数秒後、勝手にドアが開く。
中から現れたはシャール王子だった。
ガストレイスの王子でポセイドンの使い手。
シャール王子は、私を見てにっこりと微笑む。

シャール 「起きてたようだな」

デルタ 「……」

私はコクリと小さく頷く、それを見てシャール王子は私をジロジロと見つめる。

シャール 「…やっぱ、パジャマ姿もそそるねぇ」

デルタ 「…何が?」

突然、わけのわからないことを言われる。
私は、言葉遣いとかそう言った学習は一切受けていないから、今の意味がよくわからない。
シャール王子は、特にわからない言葉をよく言うので、ちょっと困っている。
ウンディーネさんは、無視すればいいと言っていたが、本当にそれでいいのだろうか?
シャール王子は私の返答を受け、少々困った顔をする。

シャール 「…ま、まぁ、君が可愛いって事さ!」

デルタ 「可愛い…」

可愛いとは、確か自分よりも弱い存在をなだめるために言う言葉だ。
褒め言葉とも取れるらしいけど、よくわからない…。
そんな風に俯いて考えていると、シャール王子は。

シャール 「おいおい、そう暗い顔するなよ…誉めたんだからさ、こう…ニッコリとっ」

そう言って、シャールは笑ってみせる。
いかにもな作り笑いだった。
だけど、私にはそれすらできない。

デルタ 「……」

烈 「おい、何やってんだよ…ウンディーネさん、待ってんだぞ?」

そこへ、シャール王子の後ろから、もうひとりの男がやって来た。
火山 烈だ…昨日私を負かした男。

シャール 「ああ、わりぃ…。デルタ、朝食が出来ているから降りて来いよ?」

烈 「回りくどい挨拶なんかしないで、初めからそう言えよ…」

シャール 「うるさいな…俺のポリシーだ」

烈 「お前だと、早朝から女の部屋に入ったらそのまま襲いかねん」

シャール 「俺は獣かぁ!?」

烈 「似たようなもんだろうが!!」

なんだか、ふたりで言い争っている。
私が原因なのだろうか?
考えても答えは出ないので私は、そのまま部屋を出ることにした。
部屋を出て、ふたりの後ろを徒歩で追う。
すると、人が10人ほど集まる、食堂のような場所に着いた。
どうやら、ここで食事を摂るようだ。
シャール王子と烈がひとつの丸テーブルに座った。
私は、同じように余った椅子に座る。
そこでしばらく待っていると、ウンディーネさんが食事の乗ったトレーを両手に抱えて現れ、テーブルにそれを置く。
そして、やや遅めの朝食が始まった。

デルタ 「……」

ウンディーネ 「ん? どないしたんや、食べへんと冷めてまうで?」

デルタ 「…こんな、食事は摂ったことないから」

ウンディーネさんが動かない私にそう言ってくれる。
ウンディーネさんは私のよく世話を焼いてくれた。
あれからたった1週間だけど、私は次第に『仲間』としての自覚を持つようになってきていた。

ウンディーネ 「気にせんでええって! 仰山食べやっ!」

ウンディーネさんは笑ってそう促してくれる。
私は、綺麗に並びつけられた野菜に手をつける。

デルタ 「…美味しい」

口に含み、噛むごとに味が染み込んでくる。
今まで、食事で美味しいと思ったことはなかった。
食事とは、あくまで体調を維持するための行為だと思ってきたから。

ウンディーネ 「あははっ、誉めてくれるのはありがたいけど、食べる時はちゃんと箸を使いやっ?」


デルタ 「…箸?」

言われて私は皆を見てみると、確かに木の棒を2本右手に持っていた。
私の所にも、手前の皿の上に置いてあった。
どうやら、これで物を挟んで口に運ぶらしい。

烈 「箸、使ったことないのか?」

デルタ 「……」 こくり

ウンディーネ 「なら、ちゃんと教えたらなな…。えっと、まずはな…」

ウンディーネさんは私の横に並んで、ひとつづつ丁寧に教えてくれた。
その甲斐あって、私は何とか箸で物を掴むことが出来るようになった。



………。



食事が終わった後、私はウンディーネさんと一緒に食事の後片付けをすることになった。
台所で私はウンディーネさんの左隣に並び、食器を洗う。

ゴシゴシ…バシャバシャ……

デルタ 「……」

ウンディーネ 「デルタ、油物は洗剤で落とすんやで?」

そう言ってウンディーネさんは洗剤のボトルを渡してくれる。

デルタ 「…? ??」

私はボトルから何とか洗剤を出し、油で汚れた皿にかける。
そして水洗いをする。
すると、ウンディーネさんが複雑な表情をしていた。

ウンディーネ 「あ、いや…そうするんやのうて、ええか、まず洗剤をスポンジに染み込ませてな…」

ウンディーネさんが丁寧に教えてくれる。
私は教えられたように何とか洗うことができたようだ。
洗い物が終わると、私はウンディーネさんと一緒に部屋に戻った。
部屋には他に誰もおらず、ウンディーネさんは部屋に座り込んだ。

ウンディーネ 「デルタも少し休み、朝から働いて疲れたやろ?」

デルタ 「…大丈夫、疲れてはいないから」

私は座ってそう言う。
他にやることはないので、どうすればいいか少し考えた。

ウンディーネ 「とりあえず、こっちウチらがやることは終わってもうたからなぁ〜、結構暇なもんや」

デルタ 「…普段はどんなことをしているの?」

ふとした疑問をぶつけてみた。
人は普段どういうことをしているのだろうか、興味があった。

ウンディーネ 「う〜ん、そやなぁ…ウチは普通〜なんかな?」
ウンディーネ 「朝起きて、朝食作って…洗濯をやって、昼食を用意して、掃除して…買い物に行って、夕食の用意をして、風呂の準備して…」

ウンディーネさんはとりあえず片っ端から行っているようだった。
それが普通の生活なのだろうか?

ウンディーネ 「…後は寝るだけ〜って、普通過ぎやな…主婦として」

デルタ 「…主婦?」

ウンディーネ 「う〜ん、まぁ要するに一般的な『お母さん』の生活っちゅうもんかな」

デルタ 「お母さん…私にはいないのよね」

親など存在しない、創られてすぐに戦闘に刈り出されたのだから。

ウンディーネ 「そうなん? せやったら、誰が産んでくれたん?」

デルタ 「…産まれたんじゃなくて、創られたの」
デルタ 「邪神の細胞の一部に魔力を与え、それをある方法で活性化させて自我を作り出し、形を生み出す…」

ウンディーネ 「ごめん、ようわからへん…ウチ頭悪いから」

デルタ 「……」

難しいことなのだろうか?
自分にとっては当たり前の知識だから何とも言えなかった。
とりあえず、ウンディーネさんは気を取り直したように。

ウンディーネ 「まぁ、それでも大丈夫やて! ウチかて親はおらんもん」
ウンディーネ 「おらん…というよりは知らんのやけどな」

デルタ 「…そうなの?」

私が意外そうに聞くと、ウンディーネさんは思い出すように。

ウンディーネ 「ウチ、ホンマはこっち側の人間やないんや…裏の人間やったから」

デルタ 「…???」

わからない。
裏の世界とはどういうことだろう。

ウンディーネ 「まぁ、遠い国が故郷ってことや」
ウンディーネ 「ウチは、そこで気が付いたら親に捨てられとった」
ウンディーネ 「ウチは元々腕っ節も強かったし、生活するには色々悪いことやったわ…」

デルタ 「…人を殺したりとかも?」

私がそう聞くと、ウンディーネさんは首を横に振る。

ウンディーネ 「まさか! さすがに殺しはやったことないで!! せいぜい半殺しや!」

デルタ 「……」

それはいいことなのかどうなのか…。
ウンディーネさんはぐで〜っとうつ伏せになって話を続ける。

ウンディーネ 「でも、そうやって悪いことばっかしてたら、掴まってもうてん」
ウンディーネ 「んで、裏の世界を追放されたんや…」
ウンディーネ 「それから、この大陸に着いて、ゾルフ先生に拾われたんや…」

デルタ 「ゾルフ先生…?」

私が疑問を持つと、ウンディーネさんは優しく微笑み。

ウンディーネ 「ウチの『お父さん』みたいなもんやな…正確にはお爺ちゃんやけど」
ウンディーネ (まぁ、そう言うたら母親はシェイドになってまうけど…)

デルタ 「?」

ウンディーネさんは何かを呟いたようだったが、聞こえなかった。
とりあえず、そんな話をいくつか聞きながら、他の仲間のことも知った。
そして昼食になり、またウンディーネさんが厨房に向かった。
今度は私も着いていく。
他にやることもないので、とにかく何でもやってみたかった。



………。
……。
…。



ウンディーネ 「えっとな〜、そやなぁ…まず何から教えよか」

デルタ 「…何でも」

私はとりあえずそう言う。
何でもやってみることが重要だと思った。

ウンディーネ 「せやな、まずは米を洗おか…この釜に米を、う〜ん二合でいけるやろ」

デルタ 「二合…ってどの位?」

私は米袋を持ってそう聞く。

ウンディーネ 「おっと…知ってるわけあらへんわな。ええか、2合ってのは…」



………説明中………



デルタ 「…この位?」

ウンディーネ 「そうそう、その位や。それで次はそれを水で洗うんや」

デルタ 「水で…? 器に入れるの?」

ウンディーネ 「入れすぎたらあかんで、目安は…この位や」

そう言って、ウンディーネさんは指でどのくらいまで入れるのか示してくれる。
私はその通りに水を入れた。
次に私はスポンジを手に取る。
瞬間、ウンディーネさんが止める。

ウンディーネ 「待った! 洗う言うても、せやのうて…」



………説明中………



デルタ 「成る程、わかった」

ウンディーネ 「…任せたで? まずは米くらい炊けるようにならへんとな」

私は丹念に米を洗う。
ウンディーネさんがいいと言うまで、洗った。



………。



ウンディーネ 「よしっ、次は炊くで! 釜をここに置き」

デルタ 「……」

私は言われた位置に釜を置く。
どうやら、この暖炉のような物で炊くらしい。
ウンディーネさんが、それに火をつける。
しばらくして、米が炊きあがり、私は釜を取り出した。

ウンディーネ 「どれどれ……」

ウンディーネさんは釜の蓋を開け、『しゃもじ』と言う物で解した。

ウンディーネ 「ええやろ、上出来やで♪」

OKらしい。
釜を一旦台所のテーブルに置き、今度は食器の用意をする。

ウンディーネ 「まずはご飯を盛るで! この茶碗に適当に盛ったり」

そう言って4つの茶碗を出す。
私は大体の感覚でしゃもじから米をすくい、茶碗に移す。

ウンディーネ 「上出来や、次はおかずやな」

今度は皿におかずを盛っていく。
ウンディーネさんから聞いたところ、焼きそばと言うものらしい。
とりあえずお手軽にできる物と言うことだ。

デルタ 「…よいしょ」

4人分の皿に麺を盛り終わると、ウンディーネさんが何かを振りかけていく。

ウンディーネ 「青海苔に揚玉も入れたるねん…これで一応完成や♪」

とりあえず、これで昼食は出来上がった。
後はトレーに茶碗と皿を並べて持って行くだけだ。
私とウンディーネさんとで二枚づつトレーを持つ。
後はそれを落とさないように歩いていく。



………。



ウンディーネ 「ほい、おっ待た〜♪」

烈 「いよっ! 待ってました!!」

シャール 「騒ぐな騒ぐな…」

ウンディーネさんが皿をテーブルに置き、私も同じように置く。
後は、椅子に座り、これでようやく昼食が始まる。

ウンディーネ 「ほなっ、いっただっきま〜す!」

烈 「いただきます!!」

シャール 「いただきま〜す」

デルタ 「…いただきます」

やや周りから注目浴びる。
理由はわからなかったが、どうにも目立っているらしい。

烈 「美味い! さすがウンディーネさんの焼き蕎麦!! まさに揚玉○ンバー!!っすね」

ウンディーネ 「それは○ンスタントやろ…」

シャール 「このご飯、いい匂いしますね〜」

シャール王子は私の炊いたご飯の香りを嗅ぐ。
それを見たウンディーネさんが。

ウンディーネ 「ああ、それはデルタが炊いたんやで」

シャール 「へぇ…たいしたもんだ」

デルタ 「……」

少々妙な気分になる…。
でも悪い気分じゃなかった…何だかむず痒い。

烈 「まぁ、まだまだウンディーネさんには敵わないがな…」

ウンディーネ 「当たり前や! 今日が初めてやねんから!!」

ドゴッ!と鈍い音をたてて烈の頭が落ちる。
後頭部を抑えて烈はやや震える。
ウンディーネさんが烈の後頭部を殴打したのだ。

シャール 「ば〜か…お前は無神経なんだよ」

シャール王子がそう言って、黙々と食べる。
私も気にせずに食べることにした。

ウンディーネ 「ホンマに…喜んだらええのか悲しんだらええのか」

デルタ 「……」

こんな感じで食事はやがて終了する。
昼食の片付けはウンディーネさんがひとりでやるらしい。
その間私はやることがないわけで…。

シャール 「デルタ、今からちょっと俺に付き合わないか?」

デルタ 「…?」

私はよくわからずにシャール王子に着いていく。
このまま私は、シャール王子に連れられて外に出ることになった。
特にやることもないから、別に断らなかった。

デルタ 「……」

ザワザワ…

街を歩くと、人々の喧騒が聞こえる。
まだ朝なのに、村は賑わっている。
皆楽しそうに笑っていて、何だか自分とは全く違うと思える。
しばらく歩くと、私の前を歩いていたシャール王子が立ち止まり、振り向いて私を見た。

シャール 「さて、どこか行きたい所はあるか?」

デルタ 「ないわ…」

私はそう言う。
どういうもの興味を持てばいいのかもわからないし。
シャール王子はやや複雑な表情をして。

シャール 「…じゃ、じゃあ、とりあえず買い物にでも行こうか?」

デルタ 「わかった」

私は頷き、先導して歩いていくシャール王子に着いていき、途中で何かの店に入る。
店内はさほど広くはなく、色んな服が飾られていた。
服屋か…私の服はウンディーネさんに借りている物なので、いつまでも着続けていいのかな?

シャール 「何か気に入ったのがあれば言ってくれよ?」

デルタ 「…どうして?」

私はそう聞く。
買い物に行くと言ったのはシャール王子だ。
王子の買い物じゃなかったのかな?

シャール 「君の服を買いに来たからだよ…」

デルタ 「私の…服?」

シャール 「そっ、烈の馬鹿が焼いちまったからな…。ウンディーネさんのを借り続けるのもなんだし、どうせなら新調した方がいいだろ?」

デルタ 「でも…」

シャール 「女の子なら、少しぐらいファッション気にしたほうがいいぜ?」

シャール王子はウインクをし、私に服を選ぶことを薦める。
私は仕方なく、店内を見回す。



………。



デルタ 「……」

しばらく見ていると、私はひとつの服に目をつけた。
青色の服で、上半身部分とスカートの部分が繋がっていた。
装飾も少なく、動きやすそうな服ではあった。
半袖なので、暑苦しくはなさそうだ。

シャール 「ん、何かあったか?」

シャールが覗きに来る。
私たちはふたりでその服を見た。
すると、店員も近くに来ていた。

店員 「お決まりになりましたか?」

シャール 「…青のワンピースか、いいんじゃないか」

デルタ 「…じゃあ、これ」

店員 「かしこまりました…試着はなされますか?」

店員が賞品を外し、そう聞いてくる。
すると、シャール王子が。

シャール 「そうだな、そのまま着させてもらうよ」

店員 「はい、それではこちらへ…」

私は店員に連れられ、試着室に案内される。
そこで、私は服を渡されると、今の服を脱ぎ、新しい服を着る。
サイズは問題なかった。
中に白のシャツを着込むようで、セットになっていた。
とりあえず、着替えを終え、私は部屋を出る。



………。



デルタ 「……」

シャール 「おお…」

店員 「よくお似合いですよ、お嬢様」

デルタ 「…お嬢様?」

店員 「ふふ…王子も年頃の男性ですものね」

店員は口に手を当てて微笑みながらシャール王子を見る。
王子は頭をポリポリと掻き。

シャール 「あ、いや…。ゴホンッ! 代金はこれで」

店員 「はい、またのお越しを…」

店員は笑顔でぺこりと頭を下げ、私たちは店を出る。
心なしか、視線を感じるようになった。

シャール 「ははは…まいったな」

シャールは照れながら頭を掻く。

デルタ 「何が?」

シャール 「…俺の恋人だと思われてるんだよ」

デルタ 「恋人…?」

またよくわからない言葉が出てきた。
聞いたことのない言葉、それはどんな意味があるのだろうか?

シャール 「…わからないのか?」

デルタ 「うん…」

シャール 「…教えてほしいか?」

シャールは何かためらいがちにそう言った。

デルタ 「…知らなければならないの?」

私は一番の疑問を投げかけてみた。
今までなら、多分知らなくてもよかった。
ただ、戦っていればそれだけでよかった。
でも今は…。
シャール王子は、少し真面目な顔をする。

シャール 「それは、自分で決めることだ」
シャール 「何かを知りたい…そう思うのは悪いことじゃあない」
シャール 「だから、自分で決めればいい…知りたいと思うのならな」

デルタ 「…それは、欲しいと思えば手に入る物なの?」

私はためらいがちにそう聞く。
シャール王子は微笑して。

シャール 「それも自分次第さ…。本当に心から望まなければ絶対に手に入らない」

デルタ 「……」

シャール 「そもそも恋人って言うのはな…」

それから帰り道、歩きながらシャール王子に恋人という言葉を説明された。
自分が愛している人。
大切な人。
一生を共にする人。
難しい言葉ばかりでよくはわからなかった。

シャール 「…感情問題だからな」

デルタ 「感情?」

シャール 「怒りや悲しみとかと同じ。意味は違うがな…恋っていう感情だ」

デルタ 「恋…」

それは…渡しにもある感情なのだろうか?
誰でも感情と言う者を持っている。
でも、私にはまだそれを知ることができない。

シャール 「まぁ、こればかりは長い間で培われるもんだからな…すぐにはわからないだろうさ」

デルタ 「わからなければならないの?」

シャール 「それも、人それぞれだ」

デルタ 「……」

つまり、わからないままでもいいって言うこと…。
私はどうしたらいいのだろう?

シャール 「だけどな」

シャールは私の前を歩き、背中を向けたまま言葉を続ける。
昼の日差しが差し込み、私たちを照らしていた。

シャール 「わかったら、きっと幸せだぞ…」

気が付いたら、宿に到着していた。
シャールはそのまま宿に入っていった。
私はしばらくその場で考えていた。



………。



シャール (いやぁ…我ながら決まった! これはポイント高いだろう…)
シャール (いや待てよ…? でもデルタが相手だと意味がわかってないか…?)
シャール (いやいや、一応説明はしたんだから…)

烈 「何やってんだ?」

俺が宿のカウンターでコーヒーを飲みながら考えていると、烈が話しかけてくる。

シャール 「いや…今後のことをちょっとな」

烈 「ああ…ネプチューンも手に入ったことだし、さっさと戻らないとな」
烈 「他にもベヒーモスの件とか、結構やることは多いし」

シャール 「ん? ああ…そうだな」

俺はとりあえず相槌を打っておく。
…当初の目的を忘れていたな。
デルタを口説くことに集中していた。

烈 「…また女のことを考えていたな?」

シャール 「なっ、何のことだ?」

中々鋭い奴だ…。
まぁ、ばれるのも当たり前な気がしてきたが。

烈 「お前、女に軽いからな…そのままじゃ本命の女の子に見放されるぞ?」

シャール 「本命…?」

そういえば考えたことがなかった…。
今まで色んな女の子とデートやらなんやらしてきたが…。
本命か…意外に切実な問題だな。
俺がこのままだと…ねぇ。

烈 「まぁ、俺はウンディーネさん命だが…」

シャール 「…うむ、そうだな」

俺はすでに烈の言葉は耳に入っていなかった。
これは結構深刻な問題だ…。
王家相続問題にも関わる。
このままだと、わけのわからん女性を押し付けられて結婚ということも重々考えられる。
はっきり言ってそれは嫌だ。
この際、早い内に本命を…。

デルタ 「…シャール王子」

俺が悩んでいると、突然デルタが後ろから話しかける。
俺は椅子を回して振り向く。

シャール 「ん? デルタか…何だ?」

デルタ 「言い忘れたことがある…」

シャール 「何を?」

デルタ 「教えてもらったばかりで使い方が間違っているかもしれないけど…」

シャール 「?」

デルタは表情を変えず、少し俯き、気持ち分はにかんで。

デルタ 「…今日は、ありがとう」

デルタはそれだけを言って、自分の部屋に戻った。
デルタの背中が妙に美しく見える…。
これはもしや…。

烈 「…だまされてるな」

バキィ!

俺は無言で烈を殴り倒す。

烈 「ってぇ〜…何しやがる!?」

シャール 「…ありがとうか」

俺としたことが照れてしまった…。

烈 「おい?」

デルタか…。

烈 「もしも〜し?」

よしっ、決めたぞ!!

烈 「……」

シャール 「デルタを俺の妻にする!」

烈 「なぁにぃ!! お前…頭でも打ったのか!?」

シャール 「俺は本気だ!! 彼女をガストレイスの王妃として迎え入れる!!」

烈 (すげぇ…目がマジだ)

俺はそう決心すると、自分の部屋に戻った。
善は急げだ! 俺はやる!!

ウンディーネ 「…シャール、どないかしたんか?」

ウチは買出しを終えて戻ってくると、半分放心してる烈に尋ねる。

烈 「…漢になったか」

ウンディーネ 「はぁ?」

ウチはそんな声をあげるが、烈はそれ以上語らなかった。
何やねん…一体。
別にどうでもええ気がしたのでそれ以上は考えへんかったけど…。



………。
……。
…。



デルタ 「……」

よくわからないでいた。
どうして私はこんなに胸が熱いのだろう?と。
今日だけで、色んな体験をした。
それは、私にとって大切な記憶となる。
全てが新鮮で新しいことばかり、こうやって部屋の窓から外を眺めるだけでさえ、嬉しく思える。
邪獣がこんな考えをするのは、おかしいのだろうか?
だけど、私は…。

デルタ (おかしくても、いい)

そう思えた。
私は、今自分の意志で、自由に考えることを覚えた。
それは、私にとって、とても意味のあることだった。
でも、不安はある…私は、本当に。

ドンドンッ!!

デルタ 「?」

突然、ドアが勢いよくノックされる。
何かあったんだろうか?
私はやや急ぎ足にドアを開ける。

ガチャ

シャール 「…よ、ちょっといいか?」

そう言って、私の返事を聞かないまま慌てた様子でシャール王子が部屋の中に入る。
そして、深呼吸をし、息を整えて私を見る。

デルタ 「…どうしたの?」

シャール 「ああ、その…な」

シャール王子は何だか、顔を赤らめて口篭もる。
一体何だろう?
私はただ無言で王子の言葉を待つ。



………。



シャール 「……」

デルタ 「………」

シャール王子はやや俯き、何かを言おうとして口篭もる。
これを何度か続ける内、時間は刻一刻と過ぎていく。



………。



シャール 「……」

デルタ 「………」

やがて数分が経つ。
その間、外の喧騒がよく聞こえる。
やがて、シャール王子は意を決したように顔を上げ、私の目を一直線に見る。
そして、力強い眼で私を見つめながら。

シャール 「デルタ、俺の妻になってほしい!!」

デルタ 「……」

風がざわめく。
その瞬間、喧騒が止む。
まるで時が止まったかと思うほどだった。
でもしっかりと風の吹く音だけは聞こえた。
その音を繋げるように砂の舞い上がる音が聞こえてくる。

デルタ 「……」

私は何て答えればいいのかわからなかった。
私が困っていると、シャール王子ははっとした顔する。

シャール 「そ、そうか…意味がわからないのか!?」

デルタ 「……」

私は小さくコクリと頷く。
シャール王子は困った顔をする。
そして、しばらく考え。

シャール 「よしっ! なら零から拾まで俺がきっちり教えてやる!!」

デルタ 「……」

こうして、シャール王子の講義が始まった。
その間、部屋には誰も入らないようにしていた。





………………。





ウンディーネ 「…はぁ、一体何やってんのやろ?」

烈 「いきなり×××なことしてなきゃいいが…」

ウンディーネ 「…まぁ、滅多なことは言うもんやないで」

ウチは考えはすれども、まさかとは思う。
さすがにそこまで節操のない男やないやろ…。
デルタも無抵抗やあらへんやろし…。

烈 「ですけどね…」

それでも、不安は隠せへんかった。
まぁ、それでも信頼したるのが一応仲間やろ…。
そんなことを考えながらウチはテーブルに上半身を倒れこませた。



………。



シャール 「…というわけだ、理解したか!?」

デルタ 「…多分」

いきなりだったので、ちょっとよくわかってないかもしれない。
要は、シャール王子が私を欲しがっていると…。
私は自分で決めて、答えを出せばいい…。
でも、正直そんなこと急には決められない。
重要なことだ…私にとっては。

シャール 「ま、まぁすぐには決められないだろうな。さすがに…」

デルタ 「………」

私は、考えた。
シャールは私を必要としている。
私にとっては?
よくわからない…でも。

デルタ (答えを出せばわかるのかもしれない)

わからなくても、それは当たり前。
誰でも、悩む。
なら、答えを出せばいい。
私は、自分を必要としてくれる人がいるなら、それでいいと思った。
その人のために生きるのも、悪くはない。
何もやることがなかった私に、全てを与えてくれる。
私は、それでいいと自分で思った。
自分で決めたことだから、いい。

シャール 「…答えはいつでもいい、決めた時に言ってくれ」
シャール 「俺は、いつでも待ってるから」

デルタ 「…うん」

そう言って、シャール王子は部屋を出た。
部屋には私がひとり残される。
やはり、すぐには言えなかった。
迷いがあるから…。
どうしても、以前の私と決別できない。
でも、それは時間が直してくれると思った。
急がなくてもいい、時間をかけてゆっくり答えていこう。
私はそう思い、部屋の中で荷物をまとめる。
もうすぐこの街を出るはずだから…。

デルタ 「……」

そして、私は仲間として皆と一緒に戦うのだろう。
しっかりとした意思があった。
それだけでも、私は成長しているのだと、切に思えた。



…To be continued




次回予告

ナル:私たちは伝説の武具を継承する獣人族の王の下に向かった。
だが、突如王室に邪神軍の刺客が現れ、なんと国王が暗殺される。
絶望かと思った時、国王に一人息子がいることを教えられる…。

次回 Eternal Fantasia

第28話 「国王暗殺」

ナル 「まずいわね、これは…」




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