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第6話 「傭兵王・朱雀」




ユシル 「…ここが帝国」

俺はかつて風の王国と呼ばれた国を遠くに見据えていた。
噂に聞いていた光景はもう影も残っていない。
雪さえ降ることはなく、まるで死んだように周りに見える森は茶色く色を失っていた。

セイラ 「………」

セイラも声がないようだった。
義母の産まれた王国。
俺は特に興味はないが、義従兄弟のためにこの国に来た。
果たして、生きているのだろうか…?
すでに王国が滅んで、数年。
まだ生きていると思うのは愚かなのか?
俺は、そんな自分を否定しながら歩みを進めた。



………。
……。
…。



ザシ…ッ……ザシ…ッ……

静かな森をただ歩く。
歩くごとに足元の枯れ葉を踏み抜く音だけが聞こえ、風の音や動物の声すら聞こえなかった。

ティナ 「…何だか、気味が悪いね」

緊張に耐えかねたのか、ティナがそう呟く。
俺は歩みを止めることなく、山を登るように坂を登っていく。

ルミナ 「…これがヴェルダンドと呼ばれた地だとは思えない」

セイラ 「…初めて」

セイラが小さくぼやく。
歩みを止めずに、俺たちはセイラの言葉に耳を傾ける。

セイラ 「初めて、ここに来た…。お母さんから聞いていたヴェルダンドはとても神秘的で、世界で一番優しい風が吹く場所だって…聞かされた」

ユシル 「………」

俺もその話は聞いたことがある。
幼い頃、まだ父さんが生きていた頃聞いた話だ。

セイラ 「それが…こんな場所だなんて」

セイラは歩きながら俯く。
どれだけ歩いても代り映えのしない静かな森は、確かに死んでいるようにしか見えない。
低精霊さえも、ここにはほとんどいないように思えた。


………。
……。
…。


やがて、俺たちは何の苦労もなく帝国の門を潜ろうとしていた。

ユシル 「…罠だろうな」

ルミナ 「そう考えるのが普通ですね…」

俺たちは門の前で足を止めた。
ここまで敵はおろか動物すら見ていない。
静か過ぎるこの雰囲気。
門の奥からも人の気配はしなかった。

ティナ 「でも、罠だったとしてもどうするの?」

ルミナ 「突入経路はこの門のみ…相手がもし飛翼族なら門の上からは突入は不可能」

ルミナは門の高さを見てそう言う。
門の高さはおよそ10メートル以上。
はっきり言って高すぎる。
元、風の王国だけあって、門以外からの進入は不可能に感じた。

セイラ 「…今は大丈夫。少なくとも敵のパルスは感じない」

セイラがそう言う。
義母譲りの感知能力はこう言う時力を発揮する。
俺は決断する。

ユシル 「…よしっ、正面突破だ! セイラを信じるぞ」

俺はそう言うと、全員一致で頷き合う。
そして、俺たちは警戒しながらも門を駆け抜けた。



………。



俺たちは一気に帝国の城へと向かった。
人の気配は全くなく、ただ一直線に城までたどり着くことができた。

ユシル 「…簡単過ぎだ」

城は外壁と同じように高い城壁で囲まれ、門以外からの進入は考えられなかった。

ティナ 「…入ったら罠だらけとか?」

俺はその言葉を受けてセイラを見る。
セイラは数秒瞑想するように目を閉じて集中する。
そして、目を開けると、首を小さく横に振る。

セイラ 「…何も感じない、敵のパルスも魔力のかけらも感じない」

ルミナ 「…俺が先頭を切ります、罠があれば合図します」

そう言って、ルミナは扉に手をかける。
全員が注目するが、簡単に扉は開く。

ギィィィィィ……ッ!

軋むように嫌な音を立てて扉が開く。
城の庭も静まり返っていた。
ここまで何もなし、敵がセイラの感知を超えて潜んでいるとは思いがたいが…。
ルミナは周りに気を使いながら、歩く。
要所要所で地面を摩ったり、壁を触ったりしているが、特に何もないようだ。

ユシル (どういうことだよ…? まるで入って来いって言わんばかりだが…)

かえって怪しい。
こう言う場合、罠だと思うのが普通だが、あまりにも明け透けだ。
ここまで何もないということ自体がおかしい。
俺たちは、まるで何の妨害もなく、城に潜入した。


………。
……。
…。


ルミナ 「どうですか、セイラさん?」

ルミナがそう言ってセイラを見る。
相変わらずセイラは首を振るばかり。
正直、俺は苛立ちを感じていた。

ユシル (どういうことだよ…もう1時間は経っているはずだ)

そう、俺たちはすでに1時間は城の中を歩いている。
迷ったというわけではない、明らかに城が広く感じる。
この時点で、気づくべきだった。
俺たちは、ここから更に1時間経ったところで気づいた。



ルミナ 「間違いなく…罠ですね」

ティナ 「でも、何にも反応がなかったんだよ?」

ユシル 「…同じ所を歩いているようにも見えない。手の込んだ罠だ」

セイラ 「…この手の類なら、感知できるはずなのに」

ユシル 「…もしかしたら、この中にスパイがいたりな」

俺はそう投げかけることで、全員に緊張を走らせる。
正直、冗談じゃない。
俺は本気で疑っていた。
先頭を歩いていたルミナがもしルミナじゃなかったら…?
魔力を探知するセイラが、もしセイラじゃなかったら…?
俺は全員の顔色を見る。

ルミナ 「い、いきなり何を…?」

ティナ 「冗談…だよね?」

セイラ 「………」

全員が蒼い顔をしながら俺を見る。
俺はいたって冷静に対応する。
予想はできていた。
怪しいのはもちろん…。

ユシル 「………」

セイラ 「……? どうしたの?」

セイラだ…。
迷路のようで迷ったように城の中で迷う。
機械的なことで可能だとは思いがたい。
ある程度、精神的な原因も存在しているはずだ。
だとしたら、やはりセイラが怪しい。
魔力を探知せずに俺たちを罠にはめる…。
特に一番後ろにいたということが、俺にとって裏を取らせることになった。
城に突入した順は、ルミナ、ティナ、俺、セイラ。
前にいるルミナやティナに異変があるのであれば、その時点で気づく。
俺たちは後ろを一切見ていない。
セイラが門を潜る前に何かとすり替わった…そうも考えられるはずだ。
相手は忍…気配を察知されずに近づくことも考えられる。
特に、ここにはボスがいるはずだしな…。

ルミナ 「まさか…セイラさんを疑っているんですか?」

ティナ 「それはないでしょ!?」

比較的驚きの少ないルミナと明らかに批判の声をあげたティナが視線を俺に投げかける。
だが、俺は全く動じない。

ユシル 「生憎…それしか原因が浮かばなかった」

セイラ 「…何を言って」

俺はセイラ(?)を睨む。
セイラもどきは本物と見間違うばかりによくできていた。
だが、偽者だと俺は思う。
もし違ったらそれは俺が偽者だと思われる材料になる。
俺は、壁に背中を預けて、もたれかかる。
そして、セイラもどきを睨んでこう言う。

ユシル 「自分が本物のセイラだと言うのなら、当然証拠はあるんだろう?」
ユシル 「絶対に本物だという証拠をな…」

俺はそう言う。
ありがちなやり方だが、これが一番手っ取り早い。
本人だと絶対にわかる証拠品を残念ながら俺以外全員が持っている。

セイラ 「証拠…」

俺はセイラもどきの腰に刺さっている一振りの剣を指差す。

ユシル 「バルムンクだ…そいつはおまえ本人にしか扱えない、抜くことはできても偽者なら持っている事さえ辛いはずだ」

セイラ 「…抜けばいいのね、わかったわよ」

セイラもどきはいともたやすく剣を抜く。
次の瞬間、衝撃音が鳴り響く。

バキイイイィィンッ!!!

左下から右上に振り抜かれた俺の剣によって、偽者の刃は一瞬にして粉々になる。
俺は右上に振り抜いた剣を、返す刀でもどきの頭に向かって全力で振り下ろす。

ブオンッ!!

だが、剣は空を切る。
俺は間合いを見る、相手はすでに俺から遠ざかっていた。

もどき 「ククク…随分荒っぽいやり方だな、お兄ちゃん?」

セイラの声をそっくり真似てそう言う。
俺は剣を構える。

ユシル 「テメェ…何もんだ!?」

見ると、空間が歪むようにもどきの体が変化していく。
そして、数秒の歪みが終わると、そこには一人の男の姿があった。
額にバンダナを巻き、鋭い細目で俺を見る。
黒装束だが、通常の雑魚とは違い、特殊な作りに見えた。
前に戦った玄武の物ともちょっと違うようだった。
というよりも…前に見覚えがある服だ。

男 「成る程、確かにいい勘をしている…あながち玄武の想像も外れてはおらんか」

ユシル 「…何者だと聞いているんだがな!?」

俺は怒気を込めてそう言う。
体の温度が2〜3℃上がった気がした。
こんなに怒るのも久しぶりだ。
もっとも、俺の予想が外れていないなら一度会っているが…。

男 「ふっ、冷静な時は冷静過ぎる位だが、怒る時は、怒り過ぎる位か…」
男 「あまり指揮官向きな性格ではないな」

ユシル 「……」

俺は一歩づつ間合いを詰める。
強気ではあるが、正直怖くもある。
こいつは本気で…強い!
前にガイアで見た時、ミリアの剣をいともたやすく捌いたのだ…そりゃ強いだろう。

男 「俺の名は朱雀…カオスサイド出身の傭兵だ」

ルミナ 「聞いたことがある…カオスサイドに凄腕の忍ばかりを集めた傭兵の国があると…!」
ルミナ 「ムゥの傭兵王…それが朱雀!」

朱雀 「ほう…若いのに物知りなものだな」

朱雀は腕を組み、余裕を持った笑みを見せる。
そして、俺は一足飛びで間合いに近づき、剣を振り下ろす。

ドガァッ!

俺の剣はまたしても空を切り、地面に突き刺さる。
動きが見えなかった…!?
まるで木の葉が風に舞うように朱雀は回避したのだ。

ユシル (動きにまるで無駄がない…これが上忍の実力か!)

朱雀 「ふっ…まだまだだな、この程度では俺の足元にも及ばん」
朱雀 「あの時の邪眼の女はどうした…? 一緒じゃないようだが…」

やはり…あの時の忍か。
俺は更に深く踏み込む。

ユシル 「ちぃ!」

俺は連続で剣を振るう。
が、一発も当たることはなかった。

ルミナ (ダメだ…! 朱雀は実力の桁が違う!! このままじゃ…!)

ティナ 「このぉ…! セイラさんをどうしたのよぉ!!」

ティナが朱雀に向かっていく。
ティナはそのしなやかな足から唸る、鋭い蹴りを放つ。

ドガッ!

朱雀 「ほう…! 俺に当てるとはな」

朱雀は剣の鞘でティナの蹴りを止める。
鞘はひびが入り、割れる。
ティナはすぐに次の蹴りを放つ。

朱雀 「むん!」

ティナ 「きゃあっ!!」

ズダアンッ!!

朱雀はティナの蹴りを受け流してティナを投げ飛ばす。

朱雀 「…生憎だが俺はお前たちと遊ぶつもりはない」

ユシル 「何っ!?」

その瞬間、一瞬視界が閃光に包まれる。
俺たちは目がくらみ、次の瞬間には朱雀はいなかった。

ユシル 「ち…逃げられた?」

周りを見ると、まるで違う風景が広がっていた。
どうやら、幻惑の術だったようだな…セイラがいないというのがこれからを不安にさせる。

ユシル 「…どうやら、歓迎されてるようだな!?」

ルミナ 「…敵が集まってきてる!?」

ティナ 「これも…罠?」


数分後には、俺たちは100人近くもの忍者と戦っていた。

ユシル 「畜生…次から次へと!!」

俺は剣でばっさばっさとなぎ倒していく。
切っても切っても切りがねぇ…。

ルミナ 「くそっ…!」

ルミナは苦手な接近戦を避けるために、魔法で応戦する。
俺はルミナをサポートしながら、叫ぶ。

ユシル 「どうしたルミナ!! ヘパイストスを使え!」

ルミナ 「わかってる! だけど…!!」

使えないのか…!? こんな時に…!!

ルミナ 「うわっ!!」

ルミナが一人の忍者に捕まる。
だが、俺よりも早く、ティナがそいつを殴り飛ばす。

ドガァ!!

忍者 「ぐふっ!」

男は吹き飛び、壁に激突する。
血を噴出して動かなくなった、死んだかもな。
俺は別の敵を見据えて切る。


ルミナ 「ティナ…」

ティナ 「ルミナはボクが守る! だから、力を貸してヴァルキリー!!」

ヴァルキリー (いいだろう…汝の心は受け取った!!)

ティナ 「ハアアアアアアァァァァッッ!!!」

ティナの咆哮と共に辺り一面が炎の渦に包まれる。
俺、ルミナ、ティナを中心に周りが爆発的な炎に包まれた。

ドゴオオオオオオオオオオオオォォォッ!!!!

敵A 「う、うわああああああっ!!」
敵B 「ぐあああああああっ!!」
敵C 「あ、熱いーーーーー!!!」

そして、炎がおさまると、周りに敵はいなくなっていた。

ユシル (すげぇな…これが伝説の武具の力か)

辺りが焼け落ちてしまいそうな程焦げていたが、気にしている暇はなかった。

ユシル 「行くぞ! セイラが心配だ!!」

俺たちは、上を目指した。



………。



ベドン 「どういうことだ! 侵入者が生きているではないか!!」

帝国を治めるベドンが汚らわしい顔を引きつらせてそう叫ぶ。
朱雀はそんなベドンをなだめるように。

朱雀 「…心配するな、あの程度であれば問題ない、すぐにカタがつく」

白虎 「この娘はどうするのだ?」

セイラ 「……」

私を捕まえた男(白虎と言うらしい、髪は短く体は朱雀よりも大きく玄武よりも小さい)が私を指差してそう言う。
私は腕を縄で後ろに縛られて動きが取れなかった。

玄武 「………」

玄武は至って冷静に無言だった。

ベドン 「ふん、嫌な顔をしている…即刻殺してしまえ!!」

ベドンは私の顔を見るなりそう言い放つ。

セイラ 「…あなたがシーナ伯母さんを!」

私は睨みつけるが、ベドンは目を細めて嫌な顔をする。

ベドン 「その目だ…忌々しい王家の目」

敵兵 「さぁ来い! 処刑だ!!」

セイラ 「くっ…!」

敵の兵士(忍ではなく飛翼族の兵士)がふたりで私の両肩を掴んで無理やり別の部屋に連れて行く。

ベドン 「いいか! くれぐれもしくじるな!! 必ず全て処刑しろ!!!」

部屋を出る最後にベドンの叫び声が聞こえた。


白虎 「……ケッ」

玄武 「(いいのか朱雀?)」

玄武が俺の耳元でベドンに聞こえないように呟く。

朱雀 「(気にするな…傭兵は金さえもらえば何でもする)」

俺はそう言って、しばし壁に背を預けた。



………。



セイラ 「………」

私は2階のテラスで外の塀に体を固定され、数メートル離れた場所で、兵士たちが10人程配置されていた。
その内の正面のひとりが私を狙って弓を構えた。
数秒後には死ぬのか…あっけないものね。
不思議と、死ぬことに恐怖は感じなかった。
まるで、それが当たり前だとわかっているように、私は冷静でいられた。
できれば、私も素敵な人と恋をしたかったなぁ…。
それだけが心残りだった。

兵士 「最後に言い残すことはあるか!?」

兵士が矢を引いてそう叫ぶ。

セイラ 「顔は止めてよ? せめて胸にして…」

私は最後にそう言うと、目を閉じる。
後は、なるようにしかならない…。


………。


ドガァッ!!

凄い音がして地面が揺れたように感じる。
でも痛みは全くなかった。
死ぬ時ってこんなに楽なの?
不思議と、体が動くようだったので、私は目を開けて見る。
すると…。



敵兵 「な、何だ!? どこから槍が!!」

見ると、弓矢を構えた兵が槍に体を貫かれて絶命していた。
血が飛び散り、テラスの一部が血みどろになっている。
気がつくと、私は自由になっていた。
縄が切られている…そして、後ろに誰かいることに気づいた。

セイラ 「……?」

私の後ろは足場がない、当然空中な訳で…。

少女 「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」

その娘は紛れもなく空を飛んでいた。
白い翼を羽ばたかせながら空中で待機している。
短めの髪で、竜皮の服に身を包んだ少女は心配そうに私を気遣った。
そして、どこか私に似たその顔を見て私は確信する。

セイラ 「ヴィオラちゃん…?」

そう、紛れもなくシーナ伯母さんとの生き写し。
私がそう言うと、ヴィオラちゃんは優しく微笑み。

ヴィオラ 「もしかして…セイラお姉様ですか!?」

そう言って私の横に着地する。
翼をたたみ、私の手を取ってブンブンと振る。

セイラ 「あ、あはは…元気みたいね、お兄ちゃんも喜ぶわ…」

ヴィオラ 「ええっ! ユシルお兄様もいるんですか!?」
ヴィオラ 「やだ、どうしよう!? 私全然おめかししてないのに!!」

ヴィオラちゃんはそう言うと、慌てふためく。
こんな少女があんな巨大な槍を投げたのかと思うのがどうにも噛み合わなかった。
というよりも…。

セイラ (何で、あんな馬鹿お兄ちゃんがこんなにももてるのかなぁ…?)

私はそこで、敵兵士がまだいるということを思い出す。

セイラ 「!!」

私はそこで気づく…バルムンクがない。

セイラ (しまった〜! 取られたままだー!!)

しかし、何故だか敵兵は動かなかった。
ヴィオラの登場により、まるで神でも見るような目に変わっていた。
そして、兵士たちが全員膝まづき。

兵士 「ヴィオラ様!! まさか生きておいでとは…」

ヴィオラは困ったような表情をする。
そして、兵士たちの前まで歩き。

ヴィオラ 「…私は帰ってきました、この国を救うために」
ヴィオラ 「母の故郷であるこの国を守るために…」

セイラ 「…ヴィオラちゃん」

子供ながらに国のことを考えている。
普通なら友達と遊んだりしている年頃なのにね。
私は、ヴィオラちゃんの後ろに立ち。

ヴィオラ 「セイラお姉様、行きましょう! この国を救うために力を貸してください!!」

セイラ 「もちろんよ! お兄ちゃんも戦っているはず、早く行かないと!」

ヴィオラ 「はい!」

私たちは兵士たちに見送られ、駆けた。



………。



ユシル 「……」

俺は敵と対峙していた。
朱雀ほどではないが、強敵だ。
以前戦った時よりも数段強く感じる。
あの時は手加減でもしてたらしい…。
戦いはすでに10分程が経ち、長引いていた。

ユシル (あの体で身軽なもんだ…)

玄武は背中に甲羅をを背負い、ダガーと同等の長さを持った短刀を装備していた。

玄武 「ふ…そんなに妹が心配か?」

玄武は楽しそうな表情をしながら俺を見る。
心なしか、こいつから殺気を感じない気がした。
ただ、戦いを楽しんでやがる。

ユシル 「……ち」

俺は剣を中段に構えて、踏み込む。
その姿を見てか、玄武は突然背中の甲羅を左手に持ち、前に構えた。

ユシル (何だ…? 盾…か)

一瞬踏み込むのがためらわれた。
だが、俺は時間を無駄にするつもりは無い。
意を決して前に出る。

ユシル 「…つぁっ!!」

俺は左から横薙ぎに切る。

キィンッ!

玄武はそれをいともたやすく甲羅の丸みで受け流す。

ユシル (亀甲の盾…!! そう使うのかよ!?)

俺の体は右に流れる。
当然ながら俺は同時に無防備になる。

玄武 「ふっ!」

ザシュッ!!

玄武の持っていた短刀で俺の左足を切られる。
おおよそ玄武のシナリオ通りだろう。
だが、俺はその上を行く。
足を切られ、俺は痛みを無視してそのまま攻撃に移る。
俺はその場で角度を変えて切りこむ。

玄武 「無駄なことを!」

玄武は予想通り盾で受け流しにかかる。

ユシル 「どうかな…?」

ガキィッ!

俺はインパクトと同時に風魔法を唱える。

ビュゴオオオオオオオッ!!!

玄武 「むぅ!?」

一瞬のみ、突風ともいえる強風で俺は盾ごと玄武の動きを止める。
玄武の大柄な体が強風に怯み、盾を持っていた左手が後方に退がる。
そして、盾を退けた俺はそのまま一気に切り込む。

ザシュウッ!!

俺の剣は玄武の左肩から右腹まで切り裂く。
玄武は倒れることなくその場で踏みとどまる。

ユシル 「……」

ルミナ 「馬鹿な…!」

ティナ 「効いてないの!?」

効いてないと言うわけではないだろう…。
だが、致命傷にはなっていない。

玄武 「…ふ、情けをかけるとはな」

玄武は笑って俺を見下ろす。
俺は剣を鞘に収める。
勝負はついた。

ユシル 「あんたはそれほど悪い人間じゃなさそうだ、殺すのは惜しい…ただそれだけさ」

それを聞くと、玄武は高らかに笑い。

玄武 「ふ…っはっはっは!! 強い…勝てぬわけだ」
玄武 「行くがいい…もっとも、朱雀には勝てぬであろうがな」

玄武はその場であぐらをかいて座り込む。
俺たちはそんな玄武を尻目に走り抜けた。



玄武 「…ふ、あのような目をした人間がまだいたとはな。まだまだこの世も捨てた物ではないか」

強く…真っ直ぐな目をした若者だ。
だが、朱雀には勝てぬ…真っ直ぐなだけでは、な。





………。
……。
…。





セイラ 「!? 敵!」

ヴィオラ 「はいっ」

私たちは同時に通路で止まる。
通路はそれほど狭くは無く、横幅だけでも5メートルほどある。
私は丸腰、ヴィオラは立派な槍を一振り持っていた。

セイラ 「…このパルス、白虎ね」

ヴィオラ 「……」

私がそう言うと、突然風が吹く。
城の回廊に何故か木の葉が舞い、雪が吹雪いた。
私たちは目を細め、その先を見る。

白虎 「…たいした勘だ、気配は消していたんだがな」

セイラ 「こっちは嫌でも気づいちゃうからね…どうせタダで通してくれないんでしょ?」

私はワザと微笑みかけてそう言う。
白虎はそんな素振りに表情すら変えず、背中に背負っている鞘から一振りの刀を構える。

ヴィオラ 「……!」

その姿を見て、ヴィオラちゃんが左手で私を制し、一歩前に出る。

セイラ 「ヴィオラちゃん…?」

ヴィオラ 「私がやります、セイラお姉様は退がっていてください」

そう言って、ヴィオラちゃんは槍を構える。
途端に空気が固体化したような感覚が襲う。
ふたりの気が膨れ上がっていくのが感じられた。

セイラ (…本気になってる。相手は間違いなく強いわ、ヴィオラちゃん…勝算はあるの?)

白虎 「……」

ガキィッ!!

ヴィオラ 「!?」

ほんの一瞬、まさに瞬きの間。
白虎の刀がヴィオラちゃんを襲う。
ヴィオラちゃんはどうにか槍を盾にして防ぐが、大きく体勢を崩してしまう。

ヴィオラ 「く…っ!」

白虎 「……」

キィンッ!!

ヴィオラちゃんは強引に槍を振り回し、白虎を退げる。

ヴィオラ 「えやああぁっ!!」

ヴィオラちゃんはすかさずに体制を立て直して咆哮と共に踏み込んで槍を振り下ろす。

ドガァッ!!

白虎 「!?」

白虎はすかさず距離を取る。
ヴィオラちゃんの槍が床をいともたやすく砕いてしまう。
意外に馬鹿力ね…。

白虎 「ふ…それが伝説に伝わるグングニルか、大した『破壊力だ』」

あえて白虎は破壊力を強調する。
だが、その通りヴィオラちゃんは力任せに槍を振っている。
ましてや、伝説の武具であるグングニル…当たれば誰でも砕け散るわ。

ヴィオラ 「……」

ヴィオラちゃんは再び槍を構える。
やや上段に構え、打ち下ろす型。
一撃に力が入るが、スピードのある相手を捉えられるのだろうか?

白虎 「…当たるかな? この俺に」

ヴィオラ 「……」

ヴィオラちゃんは微動だにせず、相手を見据える。
表情からその気迫が伝わってくる。
対して白虎の落ち着きよう。
まるで当たるわけがないと言った風にも取れ、表情から余裕すら感じた。

白虎 「…ふ、動かぬのか?」

白虎はやや離れた距離でそう言う。
ヴィオラちゃんは動じない。

白虎 「……」

ヴィオラ 「…下手な小細工は通用しませんよ?」

ヴィオラちゃんが突然、白虎に向かってそう言う。
私は意味がわからなかった。

白虎 「…ほう、これは驚いた」

ヴィオラ 「生憎ですけど…私は『負けません』から」

ヴィオラちゃんはそう言って、槍により気を込める。
間違いなく狙ってる…白虎はどうでるのか。

ジリ…

ヴィオラちゃんの足が一歩前に出る。
やる気だ…ヴィオラちゃんは。

白虎 「……」

白虎の顔に一滴の汗が浮かぶ。
少なからず、ヴィオラちゃんの気迫を感じ取っているのだろう。
こうして後ろから見ているだけでも重圧がかかるのに、対峙している相手はかなりの重圧を受けているはず。
そして、そこから動きを見せるのに、1秒の時間も必要がなかった。

ブォンッ!!

一振りの音、そしてそれは一閃。
互いに槍と刀を振りぬいた動作だけが残った。
そして、数秒の沈黙の後。

ブシャアアァッ!!

大きな音を当て、白虎の体が切り裂かれる。
ヴィオラちゃんには傷ひとつなかった。

ドサァッ!

白虎の倒れる音が廊下に響き渡る。
あっけない最後だった。

セイラ 「……」

ヴィオラ 「…行きましょう、時間が惜しいです」

ヴィオラちゃんは何ら臆することなくそう言う。
私は、物言わぬ肉隗となった白虎の死体を一瞥してヴィオラちゃんの後を追った。





………。





ユシル 「……ここか」

ルミナ 「の、ようです」

ティナ 「セイラさん…無事かな?」

俺たちは敵の大将が居るであろう最後の扉の前にいた。
恐らく、謁見の間だろうが、中から殺気がぷんぷんと出ている。
朱雀は中に居るのか? 少なくとも気配を感じはしなかった。

ユシル 「行くぞ…小細工はなしだ」

ルミナ 「…了解です」

ティナ 「よ〜しっ」

俺たちは意を決し、扉を勢いよく開ける。

バァンッ!!

ユシル 「ふんっ」

俺はすぐに居合の要領で剣を上に振り上げる。

ドガァッ!!

手応えと共に、ひとりの兵士が吹っ飛び、地面に落ちる。
人を切った手ごたえにしては重い…鎧か?

兵士 「ぐぶっ…!」

兵士は血を吐いてのた打ち回りながらも生きているようだった。

朱雀 「ほう…勘はいいようだな」

俺の視界に朱雀の姿が入る。
玉座のすぐ左、柱に背中を預けて腕を組んでこちらを見ていた。
そして、玉座に座る男に俺は目が行く。

ベドン 「な、何故ここまで…!? おい、朱雀!!」

明らかにうっとおしい感じの男が慌てて朱雀を見る。
俺たちがここに来たのが余程信じられないらしい。

朱雀 「…ふん、玄武を退けたか。多少できるようだな」

朱雀はこちらを見据え、近づいてくる。

ユシル 「…おい、セイラはどうした? ここに居ないのか?」

朱雀 「だそうだ…ベドン、答えてやれ」

朱雀はうっとおしそうにベドンと言う男に振る。

ベドン 「ふ、ふんっ! あの女のことか…もう死んだはずだ!!」

ユシル 「………」

ルミナ 「なっ!?」

ティナ 「…嘘」

朱雀 「だそうだ…運が悪かったな」

ユシル 「…そうか」

ルミナ 「…!? ユシル…さん?」

ティナ 「ルミナ!! 退がって!!」

ルミナ 「え…!? うわっ!」

ティナが場の空気を読んでか、無理やりルミナを後ろに退げた。
逆に俺は剣を握り、朱雀の前に出る。

朱雀 「ふふ…大した気迫だ、だが怒りに我を忘れては俺には勝てんぞ?」

ユシル 「…生憎、俺は見た目よりも冷静でね」

ブンッ!

俺は剣を下から振り上げるが、朱雀はそれを見切って首だけを捻って避ける。

朱雀 「どうした? その程度か…」

朱雀は俺を挑発するが、俺はまるで聞く気がなかった。
体の中に何かが呼ぶ声がする。
それはもっと前に感じた声だ。

ユシル (力だ…何かがある、俺を呼ぶ者…一体何かはわからない)

朱雀 「……?」

俺の中に何かが住んでいる…それが目覚めようとしている。
俺が一声かければ、すぐにでも牙を剥く。

ユシル 「……」


………。


ドオンッ!!!

一瞬の出来事だった。
俺の振り下ろした剣が地面を切り裂く。
数メートルに渡って床を切り裂いた、それは今までの俺とは明らかに違った。

朱雀 「!? これは」

多少ながら朱雀が驚いた顔をする。
それもそのはずだ、今あいつの前に居るのは人間じゃない。
化け物だ。

ユシル 「フンッ!!」

ドガァッ!!

俺が剣を振る度に床や壁が崩れていく。
朱雀はそれをたやすくかわすが、余裕がなくなっているようにも感じた。

朱雀 (ちぃ…こいつ、どこにこれ程の力を? いや…そうか、そういうことか)

ユシル 「おおおっ!!!」

バキィッ!!

朱雀 「うおっ!!」

俺の剣が朱雀の刀を折って吹っ飛ばす。
だが、同時に俺の剣も折れた。

ドカァッ!

朱雀は壁に叩きつけられ、口から血を滲ませる。

朱雀 「くっ…おのれ!」

朱雀は両手で妙な印を取り、瞬間場に炎が巻き起こる。

ゴオオオッ!!!

ユシル 「!?」


ティナ 「な、何っ!?」

ルミナ 「術だ…火遁の術」

ティナ 「火遁…?」

私がそう聞くと、ルミナが説明してくれる。

ルミナ 「忍の技のひとつで、魔法に似たような物だよ」
ルミナ 「詳しいことは知らないけど、精霊との接し方が違うことで効果範囲がちょっと違うらしい」


ユシル 「ち…」

俺は瞬間、水魔法を発動させる。

ユシル 「アクア・ウェーブ!!」

俺が左手を掲げ、そこから水魔法が発動する。
周りに水飛沫が飛び散り、衝撃と共に炎を打ち消す。

朱雀 「…!」

水飛沫は朱雀を怯ませ、俺はその隙を見逃さない。

ユシル 「…これで終わりだ!!」

俺は怯んだ朱雀に向かって剣を構えて突っ込む。

朱雀 「…ふ」

瞬間、俺の体が重く感じる。
何が起こったのかわからなかった。
ただ、俺はその場で床に膝を着きそうになる。

ユシル 「…な、何が?」

今度は視界がブラックアウトしてくる。
体を支えるのも辛い。
一体何が起こっているんだ?

朱雀 「…やっと効いてきたか、さすがに冷っとしたぞ」


ルミナ 「な、何で?」

ティナ 「…わからない、でも」

私たちは危機を感じる。
確実に、ユシルさんが危険な状態だった。

朱雀 「驚いたぞ…さすがは皇帝の血を引く者だ。だが、甘かったな!」

ユシル 「!?」

俺はもう何も見えなかった。
ただ負けを確信できた。

ドオンッ!!

瞬間、轟音が聞こえる。
耳がき〜んと鳴り、しばらく耳が痛かった。


朱雀 「! ちぃ…仲間か!」

ティナ 「…ルミナ?」

ルミナ 「う、撃てた…」

俺は両手に握られているヘパイストスを見る。
それは確実に俺の力だった。

ヘパイストス (込めるがいい、己のありったけを! 仲間を救いたいのだろう!?)

ルミナ 「頼むぞ…ヘパイストス!!」

俺は意思を込め、引き金を引く。

ドオンッ!!

朱雀 「むっ!?」

弾は朱雀にかわされるが、壁に当たって朱雀の体ごと凍りつかせた。

朱雀 「こ、これはっ!?」

朱雀の胴体が壁と共に凍りつき、動きが止まる。
瞬間、ティナがユシルさんを救う。

ティナ 「ユ、ユシルさん!?」

ルミナ 「ティナ! 早くこっちへ!!」

ティナ 「うんっ!」

俺たちは、ユシルさんを助けて部屋から出る。

ルミナ 「早くこっちへ! とりあえずテラスに逃げよう!!」

ティナ 「うんっ、でもベドンが見当たらないよ…?」

ルミナ 「火遁の術の時に逃げたんだ。今はどうでもいいよ」

俺たちは全速力で走った。



………。



ヴィオラ 「? あれは…」

セイラ 「お兄ちゃん!?」

私たちはお兄ちゃんたちを見つけ、無事に合流することができた。
でも、ティナちゃんに背負われるお兄ちゃんの姿が、酷く私を不安にさせる。

…To be continued



次回予告

セイラ:どうにか合流できた私たち。
でも、朱雀に負けたお兄ちゃんはもはや虫の息となる。
絶望に沈むそんな中、ついに…私の力が目覚める。

次回 Eternal Fantasia 4th Destiny

第7話 「ヴェルダンド王国・復活」


セイラ 「お兄ちゃん…目を開けて!!」



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