勇者と魔王〜嗚呼、魔王も辛いよ…〜




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第7話 『Undine』





『魔王城:サタンの寝室』


サタン 「アンダインが来ただと!?」

メビウス 「は、はい! こ、ここに来て我々に手を貸すと言って参りました!」

アンダイン…水の精霊族で代々我々魔王軍にはむかい続けてきた。
この女アンダインは水の精霊族の中でも最も強いといわれている精霊だ。
これまでもこの女の性でわが軍の侵攻は大きくずれることになった。
この俺が最も欲しい首のひとつ…。
それがここに来て、何故急に!?

メビウス 「ど、どうしましょうか…!?」

サタン 「通せ…その顔見てみたい…」

興味がなくはない…。
なぜ今日までわが魔王軍に楯突いておきながら寝返るのか?
俺を油断させて、私の首を奪うつもりか?

サタン (いや、奴もこの世界の秩序は知っているはず…)

メビウス 「すぐにお通しします!!」

メビウスはそう言って、外に出て行く。

サタン 「アンダイン…噂ではかなり気性が荒いと聞く」

気をつけねばなるまい。
だが、俺は下手に出るつもりは無い。
場合によってはここで死んでもらう。



…………。



メビウス 「お連れしました」

サタン 「下がっていい」

メビウス 「はい…」

俺はメビウスを下がらせるとその後ろからアンダインが入ってくる。

アンダイン 「あんたがサタンね、どうやら今お怪我中っていうのは本当だったようね」

アンダインは鋭い目つきで俺を見る。
見た目はかなり美人だが、成る程な。
ちなみにこのアンダイン、すらっとした青い髪を肩くらいまで伸ばして、やや釣り目のアクアマリンの瞳を持っていた。
服装はボーイッシュに短パンと夏用のカッターシャツだった。
白っぽい肌をしており、腕や足は細かった。
相当の美人だが、それは関係ないか…。

サタン 「暗殺にでもきたのか?」

アンダイン 「さすがに疑りぶかいものね、まぁ、当然ね」
アンダイン 「それにしても、衛兵一人配置しないとわね」

サタン 「必要ない、どういった状況でも俺はお前に負けることなど無い」

アンダイン 「随分ね、まぁ、いいわ話は聞いてるでしょ?」

サタン 「何故だ? 貴様は今まで我々に楯突き、人間の側についていたはず」
サタン 「何故我々に降る?」

これは俺の最大の疑問だった。
一体なぜだ?

アンダイン 「私はね、誰かと比べられるのが大っ嫌いなのよ」

サタン 「……」

アンダイン 「あんた勇者の命が欲しいんでしょ?」
アンダイン 「私は勇者に味方するつもりだった…だってそれが私達精霊族の仕事だもの…」
アンダイン 「でもね、もう一度言うけど、私は比べらるのが大っ嫌いなの」
アンダイン 「『あいつ』が勇者に着くなら、私は魔王に着くわ!」

サタン 「話が見えん…あいつとは?」

アンダイン 「『ウンディーネ』!」
アンダイン 「私にとっての最大の邪魔者よ!」

サタン 「…ウンディーネ」

聞いたことがある…たしかアンダインと同じ水の精霊。
確かに何かとこの二人の比べは聞いたことがある。
そして、仲の悪さも…。

サタン 「ウンディーネは同じ水の精霊だろう? 何故そこまで毛嫌う?」

アンダイン 「アンタが知る必要なんて無いわよ」

サタン 「貴様はたしか、ウンディーネの…」

アンダイン 「それ以上言ったら切り殺すわよ!」

サタン 「……」

アンダイン 「……」

しばらく沈黙が走る。
この女の怨恨は余程根強いようだ…。

サタン 「よかろう、貴様を同胞として迎えよう」
サタン 「だが、それにより何を望む?」

アンダイン 「望み? そうね勇者討伐かしら?」

サタン 「ウンディーネの間違いではないのか?」

アンダイン 「さぁてね」

サタン 「いいだろう…。魔方陣を使え、メビウスが案内するだろう…」

アンダイン 「感謝するわ」

アンダインはそう言って外に出ようとする。
しかし、何故か止まる。

アンダイン 「何かしら? 人間のお嬢ちゃん?」

セリア 「……」

サタン 「セリアか!?」

横になっているとよくわからないが、アンダインの前にいるのはセリアのようだった。
体を起こすと、何やらセリアは今までに無い位の険しい顔をしていた。

セリア 「憎しみは何も生まない…」

アンダイン 「何…?」

セリア 「あなたは最低よ! 比べられるのがいやとか個人的な理由で魔王軍に着いた裏切り者!」
セリア 「それはいい! 私は誰がどこにつこうが自由だと思っている!」
セリア 「でも、あなたのように身勝手な行いは許せませんわ!」

アンダイン 「あんた…死にたいようね…」

まずい! セリアは完全にアンダインを怒らせた!

サタン 「よせ! セリア!」

セリア 「いいえ! 言わせて貰います! アンダイン! あなたはお姉さんの気持ちを何もわかっていない!!」

アンダイン 「!? あいつを姉と呼ぶな!!」

ドカァ!!

サタン 「セリアー!!」

セリアはアンダインによって壁に叩きつけられてしまう。

アンダイン 「あいつのことを二度と姉と呼ぶな! 次呼べば貴様の命を貰う!」

アンダインはそう言うとその場を去ってしまう。

セリア 「不幸な女ね…アンダイン」

セリアはそう言ってゆっくり立ち上がる。

サタン 「大丈夫か、セリア!?」

俺は大急ぎでセリアに駆け寄る。
セリアは顔を叩かれ口から血を流していた。

サタン 「何故わざと挑発した!?」
サタン 「貴様は奴のことを知っている! ならばこうなることは貴様ならわかっていたはずだ!」

セリア 「私は、許せないだけです!」
セリア 「あんなくだらない逆恨みで実の姉であるウンディーネ様を殺そうとするあの女が許せないだけです!」

サタン 「セ、セリア…」

セリアは知っている…。
アンダインとウンディーネのことを。
知っているからこそ止めたいんだ。
全力で…。

俺はこの時初めてセリアの本当の顔を見た気がした。
セリアはどうしようもない位優しい心を持った少女だ。
それは何の差別も無く区分も無く、誰にでも…。
なぜ、セリアはどんな魔物にも恐怖を抱かず、優しく接しれるのか。
何故、俺や皆がまるで何十年の付き合いの親友のように親しく接することができるのか。

サタン (セリアは…俺も、勇者も、アンダインやウンディーネの姉妹も全てを護ろうとしている…)

セリア 「サーちゃん! あなたは怪我人なんだからこんな所で立っていないで寝ていなさい!」

サタン 「ああ、て、お前こそ早く顔の手当てを!」

セリア 「こんなの怪我のうちに入りませんわ!」
セリア 「さぁ! 私が運んで差し上げますから!」

サタン 「あ、おい!」

セリアは強引の俺を肩で担ぐようにして動き始めた。

サタン (セリアのやつ…こんなに小さい体で…)

それも当然か…セリアはまだ16歳だ。
こんな年端も行かぬ子供が何故もこうも健気に…。

セリア 「さぁ、早く体を治しなさい!」
セリア 「お腹が減ったのなら何か持ってきますわよ?」

サタン 「いや、いい…」

セリア 「もう! サーちゃん歯切り悪いですわよ!?」

サタン 「悪いがそんな気分じゃない…お前こそ早く怪我を治せ…人質に怪我をされては困る」

セリア 「……」
セリア 「…サタンは本当は優しいですものね…」

サタン 「…なに?」

セリア 「なんでもありませんわ! サーちゃんも早く怪我を治して皆を安心させるように!」

セリアはそう言うと部屋を出て行く。
セリアは俺よりも器の大きい奴なのかもしれないな…。



…………。



『同日:同時刻:港町ウォンティーゴ付近の海岸』


マー 「…以上です」

エド 「……」

アルル 「それってつまり…」

俺達はアレからこの発端の話を聞いていた。

話の内容はこうだ。
元々人間とマーフォークは互いに協力しあって生きていた。
マーフォークは漁業で人間の手伝いをして、人間は見返りに人間達が作った生活に必要な様々なものを提供した。
そんな生活が何百年、何千年と続けられてきたらしい。
ところが半年前、町長が変わったときから、この関係が変わった。
町長はマーフォークに不当な取引を強いて、多額の富を得た。
町長は自分の利益のためにマーフォークを利用したのだ。
当然、マーフォークはそれに激怒した。
しかし、そこに種族の溝が現れた。
マーフォークは言いがかりをつけていると町長は宣伝し、自分の潔白を表そうとした。
結果、マーフォークは人間の悪者として追いやられ、人間との関係は断ち切られた。
しかし、それだけならばよかったかもしれないが、更に不幸なことに町長はマーフォークの生活の糧である。
魚や海草、貝といった海の産物全てを奪い取った。
それがキッカケだった。
そして、戦争は起きた。
魔王サタンが君臨し、人間に虐げられたマーフォークは当然魔王軍についたのだ。
そして、今に至る…。

ここで俺達がしなければならないことは以下のふたつだ。
町長の悪事を露呈し、裁くこと。
そして、再び人間とマーフォークの種族の越えた共存間を復活させる、仲介を行う。
これら、2つを成功させて初めてこの騒動は終わりだ。

シーラ 「町長の件はそんなに難しくないと思います…」

ウンディーネ 「でも、問題は仲介ですね…」

レオン 「亀裂は深そうだもんな…」

マー 「どうか、おねがいしますマー…俺は人間と争いたくはないマー」

シーラ 「安心してください! 人間も魔族も、モンスターだってこの世界で平等に生きる権利を持っています!」
シーラ 「絶対に暴いてみせます!」

エド 「それじゃ、早速、行こうか?」

アルル 「町長宅に殴り込みね!?」

シーラ 「いいえ、そこまで手荒な事はしませんわ…」
シーラ 「ですけど、私は罪人に容赦はしませんわよ…?」

エド 「…こわ」

シーラさんは本気怒っている。
この人は本気で神の前では皆平等を説く人だ。
罪人は魔王だろうが、勇者だろうが、町長だろうが裁くだろう…。

レオン 「じゃ、俺達はもう行きます」

ウンディーネ 「仲介の際はよろしくお願いしますね、マーさん」

マー 「ええ、お願いしますマー」

俺達はその場でマーさんと別れると、町へと戻った。



………。



シーラ 「とりあえず、私は町長宅に行ってみます」

ウンディーネ 「私も行くわ、今回の件放っておけないもの!」

アルル 「でも、もう真夜中だよ?」

エド 「とりあえず、俺とアルルは宿を探すよ」

レオン 「なら、俺も町長を調べるべきだな」

そう言うことで今後の行動は決まる。
とりあえず、俺とシーラさん、ウンディーネさんは町長宅へ。
エドとアルルは宿探しだな。



レオン 「あっと、あれだな…」

俺達はエドたちと別れると、すぐに町長宅を探すが、案外すぐに見つかった。
町長宅は大きく、何部屋かは電気がついていた。
まだ、起きているようだな。

シーラ 「…すいません」

コンコン!

シーラさんは軽く玄関のドアを叩く。
すると、すぐにドアが開く。

メイド 「どなたでしょうか?」

中から出てきたのはメイド服を着た人間の女性だった。

シーラ 「夜分遅く申し訳ありません…私王国首都より派遣された地形観測員であります」
シーラ 「もしよろしければ、町長にお会い願えますでしょうか?」

シーラさんは全くの嘘を言う。
この人…嘘に迷いが無い…。

メイド 「町長様でしたら、今は自室におられる筈です、どうぞお入りください」

どうやら、仲介無しで会えそうだ。
余程、人を疑わない性格なのだろうか?

メイド 「あら? あなた、さっき中に…?」

ウンディーネ 「え?」

メイドさんは突然ウンディーネさんを見て不思議そうな顔をした。

メイド 「ごめんなさい、きっと人違いだわ…」

ウンディーネ 「はぁ…」

どうやら人違いのようだ。
てか、ウンディーネさんと間違えるような人ってよっぽどの美人なんだろうな…。

メイド 「町長様は現在、あの部屋におられるはずです、お部屋に入る前に必ずノックをしてください…」

シーラ 「はい」

シーラさんは屈託ない笑顔で返事した。
これを疑う奴はいないか…。

シーラ 「……」

コンコン。

シーラさんは玄関の時と同じように軽くドアを叩く。
しかし、今度は返事が返ってこない。
寝ているのか?

シーラ 「おかしいですわね?」

シーラさんはおかしく思い、ドアノブに手をかける。
しかし、その時。

ウンディーネ 「待って! 気配を感じる!」

ウンディーネさんはそう言ってドアを開けるのを制する。

レオン 「気配って、町長のじゃ…」

ウンディーネ 「違う…二人だけど…ひとり…これは!?」

ウンディーネさんは何を察したのか突然顔を青くする。

ウンディーネ 「シーラさん! 急いでドアを開けて!」

シーラ 「ですが…!」

ガチャガチャ!!

レオン 「鍵がかかってる!?」

ウンディーネ 「このぉ!!」

ドカァ!!

ウンディーネさんは強引にドアを蹴って鍵を開ける。
そして、中に入る。
そして、そこには…。

シーラ 「こ、これは…!?」

レオン 「そ、そんな…!?」

ウンディーネ 「う、そ…」

中に入ると、まず地面に血を大量に出して横たわっている中肥りの紳士服を着た白髪のおっさんが横たわっていた。
間違いなく町長のだろう、それも死体…。
しかし、俺が驚いたのはそれじゃない…。
恐らく2人もそうだろう。
そんな横たわる町長のすぐ近くにウンディーネさんそっくりの女性が立っていた。
ただ、その女性はウンディーネさんとは対照的につり目だった。

ウンディーネ 「あ、アン…?」

アンダイン 「久し振りねウンディーネ…」

シーラ 「お知り合いなのですか…!?」

ウンディーネ 「知っているなんてものじゃありません…彼女の名前はアンダイン…」
ウンディーネ 「私の…私の双子の妹です…」

レオン 「妹!?」

アンダイン 「言っておくけど、私はあなたを姉だとは思っていないわよ?」

レオン 「あんた! 町長に何をしたんだ!?」

アンダイン 「何って、面白い仕掛けをしてあげたのよ」
アンダイン 「ほら、あげる」

シーラ 「て、え!?」

ウンディーネさんの妹さんはそう言うと突然町長をウンディーネさんに投げつけてくる。
ウンディーネさんは当然咄嗟に町長を抱いた。

アンダイン 「じゃあね、ウンディーネ」

ウンディーネ 「アン!?」

妹さんは突然2階の窓から飛び出した。
それと同時に。

シーラ 「ウ、ウンディーネさん! 死体が…!?」

ウンディーネ 「こ、これは…!!」

ボォン!!

死体は突然膨れ上がるとボォンという音を立てて風船のように破裂する。
面白い仕掛けってこれか!?

メイド 「い、いい…」

シーラ 「え?」

レオン 「まさか、この展開…」

古典的だがこの展開、まさしく犯人は俺達。
都合悪くウンディーネさんは血まみれで、人間の形をしていない町長を抱いていた。
これはどこからどうみても俺達が犯人だろう…。

ウンディーネ 「ち、違います! わ、私は…!」

メイド 「イヤァァァァァ! 誰かー!!」

メイドさんはそう言ってその場から逃げ出す。

シーラ 「最悪の展開ですわ…間違いなくアンさんはこの状況を利用してくる」

レオン 「え? どういうことですか…?」

ウンディーネ 「まさか、アンは…」

シーラ 「どういうつもりかは知りませんが、アンさんはあなたをウンディーネさんを陥れるつもりです」

レオン 「最悪だ…あいつを捕まえない限り、俺達は犯人確定だ…」

シーラ 「止むを得ません! ここは逃げましょう!」

レオン 「逃げるったってどうやって!?」
レオン 「間違いなく玄関は取り押さえられますよ!?」

ウンディーネ 「こうなったら、犯人の逃走経路を使いましょう…」

レオン 「て、まさか窓から!?」

シーラ 「それしかありませんわ…」

楽に終わると思っていた町長の調査。
しかし、それは町長の暗殺という思わぬ展開で動き出した。
突然現れたウンディーネさんの妹アンダイン…。
彼女は何故こんなことを行ったのか。
これから俺達はどうなるのか…?
事件は今、最悪の展開を見せようとしていた…。



To be continued



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