Menu





…かつて、神々は自ら生み出した全てをリセットしようとしました…。

しかし、創られた者たちはそれに反発しました。

やがて、神々と創られた者たちの間で長く、そして大きな戦争が起きました。

人族、魔族、精霊、モンスター、あらゆる種族が結託し、神々と戦ったその戦争は神魔大戦と呼ばれました。

結果、その戦争は魔側が勝利し、神側は自らの楽園へとその多くが引き返しました。


…やがて、時は流れ、何千年も…今度は人族と魔族の戦争…勇魔大戦が始まりました。

長きに渡る勇者と魔王の戦い…しかし、それはいずれも苦難の末、勇者の勝利に終わりました。

そして…、また、勇魔大戦は始まり、終わろうとしています…。


時に、勇魔歴2999年…神魔大戦から20000年余り…勇魔大戦の始まりから丁度3000年ほど…。
まだ、レオンやサタンの生まれる、400年ほど昔のお話…。

それは、たしかに存在した…しかし、それは時の本流に飲み込まれ、唯一『未完』として、終了された戦い…。




勇者と魔王外伝 〜失われた勇魔大戦〜





勇者 「はぁ…はぁ…!」

カツッカツッカツッカツ!

私は急ぎ足で、魔王城の螺旋階段を上っていた。
息が切れる、もともと体格が小さいから仕方がない。
その上、私は両手でガンブレードと呼ばれる簡易アーティファクトを持っていた。
私の身長より大きい上、制作者曰く相当軽量化したと言っていたが、それでもこの武器は重量30キロ近くある。
私の体重より重い…。

勇者 「はぁ…はぁ…あと、もうちょっとで魔王が…!」

私はとりあえず、階段を登り終えると、息を整える。
正直、辛い…本当に魔王に勝てるんだろうか?
私は若すぎる…自分で自覚するほど私は若かった。
触れられると癪なのでとりあえず具体的なことはほとんど伏せとくけど。
しかし、まぁ、魔王が現われてしまった以上、光の啓示を受けてしまった私は勇者として旅立たないといけなくなった。
ぶっちゃけ…あと4年は登場するの待って欲しかったよ…魔王…。

勇者 「行くしかないわよね…たのもー!!」

私は大きな声でそう言って、勢いよく扉を開いた。
そして、ガンブレードを引きずって中へと入る。
中には、若い魔王が一人、黒いロープを着て立っていた。
左手に持たれた黒い刀身の刀が妙に怖かった。

魔王 「よく来たな勇者…て、ええっ!? こ、子供ー!?」

勇者 「うるさい! お前が早く来すぎた性でくる羽目になったんだ!」

私はそう言って、ガンブレードの砲身を魔王に向けた。
魔王は驚いているのか呆れているのか微動だにしない。

魔王 「身長130センチ未満…年齢10歳位の女の子か…?」

勇者 「黙れ黙れ黙れ! もとはといえばお前の登場が早すぎたからこっちは来る羽目になったんだぞ!」

魔王 「あ〜…その、悪い」

勇者 「謝ってすむか! 素直に討たれろ! つーか、撃たれろ!」

魔王 「あ〜…子供がそんな重火器使うもんじゃねぇぞ?」

勇者 「さっきから子供子供って、大体お前だってまだ子供だろうが!!」

魔王 「子供でも百歳だ!」

勇者 「自慢してんのかぁー!?」

魔王は、当然魔族なので人間とは成長の速度が違う。
向こうは百歳以上でも、その見た目はまだ大人とは完全には言い切れるものでは無いようだった。
人間に表せば…まだ18〜19位か?
だが、殺される理由に年齢は関係なし!

勇者 「チビだからって…子供だからって…女だからって…なめるなーっ!!!」

私はガンブレードの砲身を魔王の頭に向けて、トリガーを引く。

ズドォン!!

魔王 「あぶなっ!!」

勇者 「ち! 手ぶれしたかっ!」

魔王は僅かに体を横に動かしただけで、回避してしまう。
くそ…射撃攻撃はぶれる…。
とはいえ、向こうはあまりに禍々しい刀を有している…まともに切りあって勝てるとも思えない。

魔王 「たくよ…本気でぶっ放してくるとはな…」

勇者 「?」

魔王はすぐさま、柱の影に隠れてしまう。
こちらの攻撃を警戒した…と、思いたいが…。

魔王 「おい、嬢ちゃん! 嬢ちゃんはなんで戦うんだ!?」

勇者 「勇者だからだっ!」

魔王 「若すぎるな! まだ、死というものを理解していない!」

勇者 「だまれっ! 出てこい卑怯者!」

魔王 「卑怯者と英雄は紙一重だぜ!?」

魔王は明らかに挑発するように、柱の影から影へと移動する。
私は点で周るだけでいいとはいえ、危険を感じる。

魔王 「皮肉だな…君のような子供が勇者とは…しかし、歴史は紡がれる…」
魔王 「それに殉じるのは悪くない…だが、一太刀抵抗だけしようかっ!」

勇者 「くるっ!? 上っ!? きゃあっ!?」

魔王は飛び上がり、真上から刀を振り下ろしてくる。
私は咄嗟に頭を庇うようにガンブレードを持ち上げたが、重すぎて間に合わない。
まずい…やられる!?
しかし、その時…!

キィィィ…!!

魔王 「なんだ!? この光!? うわっ…!?」

勇者 「きゃあっ!!?」

突然、魔王城が光に包まれたかと思った。
魔王の太刀は私に届くことはなく、光が私を飲み込んでいた。
なにが起こったのか全くわからない。
だけど、私が次に見たものは…。



…………。



ザザァ…ススゥ…。

勇者 「うん…?」

波の音がする、海だ、すごく寒い…おかしいな、今はまだ夏だったはずなのに…。

勇者 「…? ここは?」

私はゆっくり立ち上がる。
そして、私の眼下に見えたのは、寒い、冬空の海だった。

魔王 「てて…な、何が起きたんだ?」

勇者 「!? 魔王っ!? くっ…痛!?」

魔王 「!? 勇者!? て、おい大丈夫か!?」

勇者 「うう…足首が…」

私は足首をグネっていた。
痛い…捻挫…かな?

魔王 「…小屋があるな、一旦あそこに行くか」

この海岸には木造の小屋が一軒だけあった。
魔王は私はひょいっと背負うとそのまま小屋へと歩き出す。

勇者 「て、おい! なにをする!?」

魔王 「状況がわからない…わからないうちは今は休戦だ、ましてや嬢ちゃんは怪我」

勇者 「く…」

魔王 「そういや、まだ名前も名乗ってなかったな…俺は…」

勇者 「魔王『イズモ』…イズモという名前だろう? 有名だ」

イズモ 「まぁ…さすがに知っていたか、で嬢ちゃんは?」

勇者 「…フレア、『フレア・オービット』だ」

イズモ 「フレアか、いい名前だ」

フレア 「……」

私は何も言えなかった。
ただ、イズモの背中はどこか懐かしかった。
昔…私の兄に背負われたことを思い出すようだった。



…………。



イズモ 「小屋は…開くな」

フレア 「なんだ? 物置か?」

イズモ 「見たことも無いものばかりだがな…」

私は適当に中を見渡した。
埃っぽく、物が詰められている。
なぜ、こんなところに小屋があるのだろうか?

フレア (? 壁になにか絵のようなものが飾られているな…しかし、鮮明だ)

本当に絵か?
そう、思えるほどの絵が壁に飾られているようだった。
まるで、実際の絵の生き写しか。

フレア (右下になにか…? S62年8月12日?)

読めない…見たことの無い文字だ。
なんだろうか?
本当にここはどこだ?

イズモ 「まるで異世界だな…おい、フレア、ちょっと様子を見てくる…ここで待っていろよ?」

フレア 「一人でか? 信用できるか!」

イズモ 「…そうだな、じゃあこれをお前に貸しておく」

イズモはそう言うと自分の刀を私に差し出した。

フレア 「おい! これは…」

イズモ 「俺の命、神刀草薙だ、大切にしろよ?」

フレア 「草薙の剣…これが…て、あ!」

イズモ 「じゃ、行ってくる!」

イズモはそう言って小屋を出て行った。
命とまで言われて渡された刀…くそぅ、これでは動けないじゃないか。

フレア 「一体、ここはどこなんだろうか?」

少なくとも、空気が違うことがわかる。

フレア 「ルクス、起きて」

私は腰につけた巾着袋を開けて、その中にいるものを呼ぶ。

ルクス 「ZZZ…ZZZ…」

フレア 「…眠ってるの? さっきまで戦闘だったのに…」

ルクス…これは私が契約する光の精霊で、この精霊のおかげで私たち人族は精霊魔法を扱うことができる。
もっとも、光の精霊だけに、使わせてくれるのは光だけだけど。
ちなみに、この手の精霊は本来低級精霊で、目には見えず感じる程度。
ところが、このルクスは体長10センチ程ある。
これは私の武器、ガンブレードを作った錬金術師が創った精霊用の器。
低精霊とのコンタクトを試みるため創られたアーティファクトだった。
ルクスの器は液体金属というよくわからない物で出来ている。
そのため具体的な形を持っていない、ただルクスは普段は鳥のような姿をすることが多い。
ただ、寝ている時は液体状態で溜まっている。
とはいえ、光の精霊のせいか常に光っている。
理屈はよくわからない、液体金属の中になにか難しい機械が入っているみたいだけどよくわからない。

フレア 「一体どうしたんだろう…これじゃ、偵察に行ってもらえないし」

体は怪我するし、魔王には助けられるし、ルクスは眠ってるし…なんだかふんだりけったりだ。
それに…ここはどこなんだろう?
まるで、ここは不思議な世界だ。



…………。
………。
……。



イズモ 「おい…おい、起きろ」

フレア 「…んん?」

目を覚ますと、目の前に魔王の姿が見える。
いつの間にか眠っていた?
今、何時?

イズモ 「悪いな…時間かかった、その代わり食い物だ」

フレア 「? なにこれ…?」

イズモは食い物と言ったある物を差し出してきた。
なにか透明の袋の中にドーム型のなにかが入っていた。
黄金色で網目の様になっている。
…どうやったらこんな密封状態で包装できるのだろうか?
少なくとも縫い口は見当たらない。

フレア 「これは…?」

イズモ 「メロンパンと言うそうだ、食い方はこうやって…」

イズモは自分のをとりだし、目の前で実演してみせた。
袋は簡単に破れるらしかった。
私は袋を破って中の物にかぶりつく。

フレア 「! 甘い…それに表面はクッキーみたいだ…これが本当にパン?」

イズモ 「メロンって果物に似ているからメロンパンなんだってさ」

フレア 「メロンって?」

イズモ 「そんなもの知らない、この世界の食い物だろ?」

フレア (! この世界…イズモは何か掴んだ?)

イズモは何気なくこの世界のと言った。
世界…という言葉を使ったということはやはり異世界なんだろうか?

フレア 「この世界はなんなの…やっぱり異世界なの?」

イズモ 「…隠す必要も無いな、異世界と言ってほぼ間違いないだろう」

フレア 「ほぼ?」

イズモ 「言葉が通じるんだよ…、全く知らない世界、文化、歴史があるってのに…なぜか言葉が通じる…」

フレア 「時渡りでもしたかのようだな…」

イズモ 「…たしかにな、だが時代を超えたというわけでもないみたいだ」
イズモ 「少なくともこの世界は俺たちの知っている時代でもなく、そして俺たちの知っている時代をこの世界は知らない」

フレア 「なのに言葉が通じるのか?」

イズモ 「ああ」

ますます不可解だ…。
とにかく一旦この目で確認したいところだな。

フレア 「明日は私を案内しろ、実際にどうなのか知りたい」

イズモ 「つっても、お前足怪我しているじゃねぇか」
イズモ 「それにこの世界じゃ俺の剣もお前の銃も所持すること自体が犯罪らしい」

フレア 「なんだと!? そんな馬鹿なことが!?」

イズモ 「だから、文化が違うんだよ、武器を所持しちゃいけないらしい」

フレア 「むぅ…」

しかし、それでは言葉が通じないモンスターなどに襲われたらどうすればいいのだ?
武器を持てないということは、持たなくてもすむなにかがあるということだろうが…。

イズモ 「とりあえず、俺は明日も偵察兼食料調達だ」

フレア 「また、これを持ってきてくれるのか?」

イズモ 「さてな…気に入ったのか?」

フレア 「少なくとも、甘いパンを食べたのは初めてだ…」

気に入ったのは確かだ。
こんなパンは食べたことがない。

イズモ 「はは、まぁ貰えるならもらってきてやるよ!」

イズモはそう言ってパンにかぶりつく。
悪い奴には見えない…一瞬、私はこの魔王と戦うことに疑問を抱いてしまう。

フレア (馬鹿な…魔王は人族の、人間界の敵だ! 何を血迷ったことを…)

イズモ 「どうした?」

フレア 「なんでもない!」

私は一瞬でも魔王に気を許してしまった自分が嫌になった。
倒すべき敵を倒せなくてどうする…。
あくまで今は元の世界に帰るためやつを利用するだけだ。
終われば、奴を殺して私の勇魔大戦は終わる…。
殺す…そう、私はあいつを…イズモを必ず殺さなければならない。
それが、勇者としての命を授かった私の宿命だ!

フレア (苦しむことない…戸惑うことなどない…! やつも死ぬこと受け入れているはずだ!)

魔王は死ぬことがその宿命…イズモも…それはわかっているはず。

フレア (なぜだ…なぜ疑問に思ってしまう…! 私は…勇者だ! こいつ…殺さないと!)

だけど、何かが違う気がする。
そもそも、魔王はなぜ人間界に降りてきた。
この勇魔大戦の意味はなんだ?

フレア (く…!? 考えるのを止めろ…疑問など抱くな…!)

私は意識を無我に近づけ、なんとか落ち着く。
そして、私は食いかけのメロンパンを地面に落とし、自分の意識を自ら落とす。



…………。



フレア 「…ん?」

私はふとしたことから目を覚ます。
状況は…?

フレア 「変わらず、小屋の中か」

イズモの姿はない。
恐らく以前言っていた通り、偵察にでたのだろう。

フレア 「ということはもう朝か…そうだな、昨日はあのまま眠ってしまったからな」

すると、私は昨日地面に落としたメロンパンのことを思い出す。
しかし、メロンパンは自分の足元にはない。
だが、すぐ近くの箱の上に、黒い布に包まれた何かを確認する。
私はその黒い布の中身を見ると、それは食いかけのメロンパンだった。
埃も払われている…イズモか?

フレア 「この世界に…勇魔大戦は存在しないか…」

ふと、そんなことを考えてしまう。
だけど、そう思うと、イズモを悪い奴と見る必要がないと感じてしまう。
恐らく、イズモもそう考えているのではないだろうか?
この世界では私は勇者ではなくフレア、そしてイズモは魔王ではなくイズモか。

フレア 「そう考えると、なんだかとてもちっぽけだな…私は」

でも、今は使命感も勇気も必要ない。
ただ…、もしこの世界を去ることがあり、再び勇魔大戦に見舞われたら…。

フレア (私は使命の元、勇者の宿命であいつを討たなければならない…)

なんとも、残酷なことだ。
だが、だからこそその事態を想定しなければならないため私はあいつに心を許さない。
常に私はあいつを敵対視しなければならない。
とても辛いことだが、終わってみればきっとこれでよかったんだと思えるはずだ。
そうでなくては…勇者は残酷すぎる。

フレア (しかし、事態が違うのも事実…)

本来、勇者と魔王は他人だ。
他人に特別な感情を抱くことなどない。
だが、これが他人ではなくなったらどうなるのだろう?
近しい友人が殺し合いを始めろと言われたら迷わず友人を殺せるか?
決して、できるはずがない。
だから私は、他人でなくてはならない。
殺せといわれて、殺せる軍の犬のような存在であるには、私は他人でないといけない。
私は生まれた頃から軍で育てられ、思想や感情をそういう風に育てられた。
私にとって魔王を殺すことはできて当たり前でないといけない。
そのための精神操作も行われているし、非常時の対処法も学んでいる。
昨日、無理矢理自分の意識を落としたあれもそのひとつだ。

フレア 「イズモは魔王…イズモは他人…イズモは…」

イズモ 「おう、フレア! 移動だ!」

フレア 「きゃあっ!?」

突然、イズモが帰ってくる。
私はとてつもなく驚いてしまった。

イズモ 「て、どうした、着替え中か…て、着替えがあるわけないか」

フレア 「い、一体どうしたんだ、移動って?」

イズモ 「俺たちがこの世界の拠点にする場所を変えるんだよ! さぁ、行くぞ!」

フレア 「きゃっ!? こら、触るな!」

イズモは無理矢理私を背負いだす。
私は当然、イズモの背中で暴れる。
しかし、イズモは私を下ろさない。

フレア 「くぅ…おい! あれはどうする?」

私は自分のガンブレードやこいつの草薙の剣を指した。
たしか、この世界じゃ持つこと自体が犯罪なのだろう?

イズモ 「今はここに置いていく、頃合を見て、回収だ」

フレア 「むぅ…」

私は半ばそれを納得する。

イズモ 「じゃ…行くぞ」

私はイズモに背負われたまま小屋を出て、海岸にでる。
空はすでに夕方で、私がそれほど長く寝ていたのだと理解できた。
そして、イズモは内陸部の方へと歩き出した。



……………。



ワイワイガヤガヤ!

私は、街に来ていた。
人族がいっぱいで、街は賑やかだ。
イズモいわく商店街というところで色々な見たことのないものが多かった。
なにより、看板なのだろうが、それに描いてある言葉が全然意味不明だった。
そして、イズモの言う拠点も。

フレア 「イズモ、ここは?」

イズモ 「ベーカリーショップナイツだそうだ、まぁ、パン屋だ」

フレア 「この世界のパン屋はこんなにパンを並べるのか?」

イズモの言う宿泊先はなんと商店街の中に構える小さなパン屋だった。
だが、小さくても中はとても立派でパンが所狭しと並べられている。
これらが全て売られるのか?
少なくとも私の知っているパン屋はみんなの必要分しか作らない。
一体、どうなっているのか?

女性 「あら、イズモちゃん、よく来たね! ああ、その後ろのが例の!」

フレア 「店長?」

イズモ 「おっす! 前原さん、よろしくっす!」

突然、エプロン姿の初老の女性が現れる。
この店の店長だろうか?

女性 「私は前原菊子、お嬢ちゃんがフレアちゃん?」

フレア 「あ、フレア・オービットです」

前原 「よろしくね、フレアちゃん! まぁ小さい家だけど自分の家だと思ってくつろいでくれよ!」

イズモ 「前原さんは見ての通りいい人だ、粗相のないようにな?」

フレア 「お前と一緒にするな、前原様、ご迷惑をおかけします」

前原 「あっはっは! そんなに畏まらなくていいよ! さぁ中にお入り! 足怪我しているんだろ? シップをはっとかないとね!」

フレア 「シップ?」

イズモ 「ほら、中行くぞ〜」

イズモはそう言って、店の奥へと向かう。



フレア 「…痛ぅ」

前原 「あっはっは! 大丈夫大丈夫、軽い捻挫だよ! しばらく安静にしていたらすぐに歩けだせるよ!」

フレア 「すいません…」

私は足にシップなるものを張った、張った瞬間ひんやりした気がしたが…一体どうなっているのか?
しかし、ひとつ気になることがあったのだが…?

フレア 「つかぬ事お聞きしますが、この家には前原さんお一人なのですか?」

前原 「ああ、夫とは離婚してね、今はパン屋を営みながらこうやって独り暮らしだよ」

フレア 「そうだったのですか…」

前原 「はっはっは、気にすることはないよ! こっちの問題さ!」

前原さんは本当にいい人だとわかる。
とても笑顔が似合い、きっと辛いだろうにその辛さを微塵にも感じさせない。
本当に強い人なのだとわかった。

イズモ 「前原さん、閉店時間ですけど、店閉めていいっすかね?」

フレア 「!? お、お前…その格好…!?」

突然、私を店の奥へと連れて行って再び店のほうへと向かったイズモが姿を現す。
驚いたことに、イズモがエプロンをつけているではないか!

前原 「ああ、シャッターのかけ方わかるかい?」

イズモ 「大丈夫っすよ!」

イズモはそう言いながら再び店の方へと戻る。

前原 「いい子だねぇ、イズモちゃんは、よくできた子だよ」

フレア 「あれがですか?」

前原 「ああ、何も言わずこの店の手伝いを始めて給料は要らないから、パンを少し分けてくれって昨日言ったんだ」
前原 「仕事も真面目でね、そして人付き合いがいい! 是非うちに来て欲しいよ」

フレア (そうか…あのメロンパンはこの店のものだったのか、それにしても…そうか、イズモは信頼されているのだな)

少し羨ましく感じる。
全く違う世界だというのにそれを苦とも感じず、こうまで馴染めるなんて羨ましい。
そして、やはり自分とは全く違う人種なのだなと痛感してしまう。

前原 「さーて、今日は三人分だ! 忙しくなるねぇ!」

前原さんはそう言うと家の奥へと忙しく入っていく。
私は丸テーブルのあるまるでシンの国の今のような場所に独りになってしまった。
下はいわゆる畳で6畳ほど、部屋の端になる黒い微妙な形の箱が異様に気になった。
箱にしては変な形をしているし…妙に無骨だ。
なにやら前面がガラスのようになっているようにも見える。

イズモ 「ああ、それはテレビだよ」

フレア 「テレビ?」

突然、エプロンを外したイズモがそう言った。
私が不思議そうにあの箱を見ていたので答えのだろう。
それにしてもテレビとは?

イズモ 「百聞は一見にしかずだ、どれ」

イズモは黒い延べ棒のようなもの(表面に四角い突起が大量についているが)をとると、大きな突起を押し込んだ。
すると…。

ブツン…!

テレビ 「…午後のニュースです、本日未明…」

フレア 「な、なんだ!? と、突然箱が…いや、箱の中に小さい人間がいるぞ!?」

突然、箱の中にチビ人間が喋りだす。
ど、どうなっているんだ!?

イズモ 「えーとだな…、これは世界中の情報がこの箱から知ることのできるこの世界では…つーかこの国では普及率ほぼ100%のもので…」

私はイズモにテレビという物を教わる。
ついでに最初に手に取ったあの延べ棒はリモコンというテレビを遠隔操作するものだそうだ。

フレア 「素晴らしい…こんな夢のようなものがこの世界にはあるのか…」

前原 「はっはっは! 不思議なこという子だねぇ、今時テレビなんて珍しくもないだろうに」

そこへ、突然前原さんが鍋を持ってきていた。

イズモ 「お、鍋料理っすか!」

前原 「折角だから、今日はちょっと豪勢にすき焼きだよ!」

イズモ 「おお! いいっすね! すき焼き!」

イズモは嬉しそうにそう言う。
前原さんが持ってきた鍋からはとてもいい匂いがした。
しかし、すき焼きとはなんだ?
イズモは知っているんだろうか、いや、多分知らないだろうな、知らないくせに多分喜んでいる。
馬鹿っぽいが、羨ましい性格だ。

フレア (なんでも楽しめる性格なんだろうな…)

私はその後、すき焼きなるものを頂かせてもらい、その後夜には2階にあがり、布団に横になった。



…………。



…次の日の朝。


イズモ 「おーっし! さぁ、いらっしゃーい、焼きたてパンだよー!」

フレア 「ベーカリーショップナイツです、お願いしまーす!」

女性A 「あら、可愛いわね、お嬢ちゃん、お店のお手伝い?」

フレア 「はい、ここでお世話になっていますのでそのお礼にと」

女性A 「まぁ、偉いのね、じゃあなにか買わせてもらいましょうか」

フレア 「ありがとうございます」

朝、私もイズモと一緒に店の手伝いをさせてもらっていた。
私たちにパンを焼く技術はないのでフロントで販売を行っていた。
中では前原さんが忙しくパンを焼いている。
店は今、とてもいい匂いに包まれていて、色んなお客が着ていた。

男 「このカツサンド、頂戴!」

イズモ 「ああ、それ280円!」

男 「はい、これ!」

イズモ 「たしかに! 学校頑張れよー!」

フレア (…順応力高すぎだ)

イズモを見て感じたことだ。
イズモは人当たりがとてもよく、仕事への順応も極めてよい。
気がついたら、賞品の値段も記憶しているし、なにより相手を見て、かける言葉が上手い。
私はイマイチその人がどういう人物なのか把握しきれていない。

私は戸惑いながら、イズモははつらつとしながらも私たちは店の手伝いをするのだった。
もの珍しくか、店は思いのほか大繁盛だった。
だが、やはり品物全て売るというのは不可能だった。



…………。



そしてその夜。


フレア 「…お前はこの世界に随分馴染んでいるな」

イズモ 「ああ、この世界は居心地がいい…帰化したいくらいだ」

フレア 「馬鹿な…故国が恋しくないのか?」

イズモ 「だが、この世界には争いがない…勇魔大戦がない…」

フレア 「…! それは…そうだが…」

イズモ 「もちろん、故郷が恋しくないわけじゃない、やっぱり故郷には帰りたい…」
イズモ 「だが、この世界が居心地が良すぎるのは事実だ…」

フレア 「…それは、私も思うよ」

この世界ならイズモは気の許せる友人で済む。
同じ店で働き、同じ家に住み、同じ時間にご飯を食べる。
だが、元の世界に帰れば私たちは敵対だ。
こんな状況が嘘のようになる。

イズモ 「…悪い、ちょいっと出かけてくる」

フレア 「? こんな時間にか?」

私たちは店も閉め、夕ご飯も食べ、お風呂にも入り、今寝ようとしている時間だ。
イズモは突然着替え始め、出かける準備をする。

イズモ 「朝までには帰るさ、元の世界に帰るためなんでな」

フレア 「……」

私は何も言わなかった。
気をつけて…とさえも。
イズモは着替え終えるとそのまま外へと出て行った。

ルクス 「…フ、フワワ〜?」

フレア 「! ルクス?」

突然、袋に入れていたルクスが目覚める。
今回は丸っこい動物のような二足歩行の生き物の姿をして。

ルクス 「フワ? プルプル?」

フレア 「やっと目覚めたのね、ルクス…」

ルクス 「フワ〜♪」

この世界に来てずっとルクスは眠っていた。
ところがやっと今になってルクスが目覚めたのだ。
しかし、今になって目覚められても意味がない。

ルクス 「ZZZ…ZZZ…」

フレア 「て、いきなり眠るの?」

ルクスは動物のように体を丸めて眠る…ふりをしている。
そう、ルクスは光の精霊を視覚できるように特別な液体金属とかいうのに収めてある。
ゆえに体は液体だから、眠っていたら丸っこい水玉のようになるのだ。
動物の姿を模したまま眠るのは寝た振り…ばれてしまう。

フレア 「寝たふりをするのならそれでいいわ、どうせ私もこれから眠るし」

ルクス 「?」

私はそう言うと布団に入り、眠りに着いた。



…………。



イズモ 「…本当に、これで元の世界に帰れるのか?」

俺は深夜とある黒服と会っていた。
相手はエクソシストとかいういかにもって感じのわけのわからない存在だ。
こっちとは概念が違うからだろうか…。
ちなみに、向こうは隠れているつもりだろうが、黒服の後ろに槍を持った青い髪の少年が見えた。
常人では発見できない、そんな少年だ、素人じゃない…どうやらこいつらは只者じゃないということだ。

黒服 「そうだ、それで小さいながら門を開くことができる…ただ本当に小さい」
黒服 「通れるのは独りだけ、どちらか片方は残らないといけない」

イズモ 「…そうか」

俺は魔方陣の描いてある、札を貰う。
何故、こいつらは俺に接触してきて、こんなものを渡してくるのか?
はなはだ疑問だ。
だが…これで帰ることはできる。
ただし…ひとりだけか。

イズモ 「なんで、協力してくれるんだ? しかも無償だなんて」

黒服 「この世界は別の世界の住民とか、見えないものは信じないのですよ、文明という檻のせいでね」
黒服 「だが、現実にあなたは存在する、そしてそれを認識する物が必要だ、それが私たち教団なのですよ」
黒服 「あなたたちをお帰しするのも私たちの役目、当然です」

イズモ (どこまでなのやら…)

俺はこいつらを信じてはいない。
こいつらの視線は俺を悪魔として認識している。
まぁ、実際俺は魔族だ、だが、こいつらは何か隠している…。
それがなんなのか…わかりかねるがな。

イズモ 「早速明日にでも、使わせてもらう」

俺はそれを受け取るとそのままパン屋へと帰った。
その間、姿は見えなかったが奴らの気配は消えなかった。



…………。



フレア 「いらっしゃいませー!」

イズモ 「どうぞー! 焼きたてパンですよ!」

男 「サンドイッチちょうだい!」

イズモ 「ああ、それは…」
フレア 「280円になります!」

男 「はい、お嬢ちゃん、落とさないようにね!」

フレア 「はい、お勤めご苦労様です!」

私はパンを買ったスーツ姿の男を見送る。
やった、昨日はなにもできなかったが売ることができた。
少し、成長したみたいだ。

イズモ 「やるねぇ…俺も負けてられないか!」

イズモは私に売られたのが悔しいのか気合を入れる。
昨日、イズモは気がついたら帰ってきていた。
恐らくあまり寝ていないだろうにイズモは元気だ。
私も負けてられないな!



…………。



前原 「はっはっは、今日もありがとうね、さぁ、晩御飯だ!」

フレア 「いただきます」
イズモ 「いったっだきまーす!」

私たちは今日も仕事を終え、晩御飯を食べる。
最初は苦労したが案外なれるものですぐに箸の使い方もマスターした。
今日は味噌汁に漬物、そして焼き魚だ。
この世界の魚もとても美味だな。

イズモ 「フレア…どうやら帰れそうだ」

フレア 「なに…?」

イズモ 「まぁ、詳しい話は飯の後な」

フレア 「……」

イズモは大変興味深い話題を振ってきた。
私は静かに晩御飯を食べ終えると、二階の寝室でイズモを待つ。



…………。



フレア 「で、どういうことだ?」

イズモ 「…この札で帰れる」

イズモはそう言うと魔方陣の描かれた札を取り出す。
世界を渡るマジックアイテムか?

イズモ 「装備を回収したら、今日中に帰れるぞ」

フレア 「そうか…もうか」

イズモ 「…未練があるか?」

フレア 「前原さんにはお世話になったからな」

イズモ 「そうだな、だが無用な混乱は避けるためだ、だまって行くぞ」

フレア 「……」

その日、私たちは深夜になると海辺に向かい、小屋からそれぞれの武器を回収するのだった。



……………。



フレア 「帰ったら、再び敵同士か…」

イズモ 「そうだな…」

フレア 「…正直、お前とは戦いたくない、お前を殺したくない」

イズモ 「! そうか…」

フレア 「お前だって死にたくないだろう? いくら魔王だからとはいえ」

イズモ 「ああ、死にたくないね…だが、フレアからそんな台詞が聞けるなんてな…」

フレア 「情が移ってしまったようだ…心のどこかでずっと帰り方がわからないまま死ねたらと思ってしまう」

イズモ 「それができるのなら…俺もだったよ」

イズモはそう言いながら、例の札を取り出した。
札は突然光ると小さなワームホールを作り出す。
この時間帯、海岸には誰もいない、丁度いいか。

フレア 「小さいな、大丈夫なのか?」

イズモ 「多分な…さぁ、入れ」

フレア 「…なぁ、イズモ、お前なにか隠していないか?」

イズモ 「! 何を突然…」

フレア 「この、門には…なにかあるんじゃないか?」

イズモ 「…勘かなにかしらないが…さすがだな」

イズモはそう言ってなにか認める。
やはり、これにはなにかあるのか!?

イズモ 「その門はひとり用だ、一人しか帰られない」
イズモ 「帰るのはお前だ、俺が残る…」

フレア 「!? どういうことだ!? 何故私だけが! お前だって帰りたいんじゃないのか!?」

イズモ 「帰ったら、それは勇魔大戦にもどることになる…だが、俺だって死にたくはない…だが、どの道…」

フレア 「どの道?」

イズモ 「やつらは俺の…!?」

ドスゥ!

フレア 「!? イ、イズモーッ!?」

少年 「……」

突然だった、イズモの言葉の途中…突然イズモの腹が後ろから槍で貫かれる。
わけがわからなかった。
何が起きているのか。
ただ、イズモの血が、私の頬を伝った。

黒服 「魔族なんていうおかしな存在はたとえ異界の者といえど生かすわけにはいかない…」
黒服 「我々はお前を認めない」

イズモ 「くそ…まさか、もう来るなんて…」

フレア 「イズモ! 喋るな! 血が…血が!」

イズモ 「へ…へへ…どの道俺は死ぬしかない…ただ、お前の前で…死にたくなんて…なかったなぁ…」

フレア 「イズモ…イズモーッ!!!」

イズモは力なく砂浜に倒れてしまう。
砂浜が血で赤く染まる。
なんで、どうして突然イズモは死なないといけない!?
どうしてだ、どうして!?

黒服 「はっはっは、さて、伝説の武具草薙の剣は我々が回収する…壇ノ浦で消えたといわれる神刀がまさか異世界に存在したとはな」

嫌な笑い声が響く…その瞬間、私の中で何かが弾けた!

フレア 「お前らがー!!」

私はガンブレードを片手に黒服の男に襲い掛かる。

少年 「!」

キィン!

しかし、青い髪の少年に私の攻撃は弾かれてしまう。
躊躇なくイズモの腹を貫いた少年…許さない!

黒服 「ふん! そのまま帰っておれば死なずにすんだものを、おい、殺してしまえ!」

少年 「了解…」

フレア 「!? キャアッ!?」

ガキィン!!

少年は槍で私に襲い掛かってくる。
体格差もあり、私はガンブレードを弾かれて、吹き飛ばされてしまう。

フレア 「う…うぅ…」

黒服 「さて…この剣は…」

黒服の男はそう言ってイズモの草薙の剣に手をかけようとする。

フレア 「だめ…それは…お前らなんかには…」

ルクス 「ルックー!!」

黒服 「!? な、なんだこれは!?」

突然、ルクスが黒服の顔に飛び掛る。
だめだ…草薙の剣は私が護る!

フレア 「くっ!」

私は急いで走り、草薙の剣を回収し、抱きかかえる。

黒服 「くっ! この!」

ルクス 「ルクーッ!?」

ルクスは引き剥がされ、私の足元にころばる。
気絶したようにしているが、姿は変わらない…気絶したふりだ。

フレア 「お前らなんかにこれは渡さない! これは…イズモの形見だ!」

黒服 「馬鹿が! それは神々が我々に与えてくれた神聖な武具! 貴様のような外連な者が持つ資格などない!」

フレア 「そんなことあるものか! お前らこそ…これを持つ資格なんてないんだ!」

黒服 「ふん! やってしまえ!」

少年 「!」

少年が襲い掛かってくる。
私は目を瞑ってしまう。
殺される…でも、死んでも離さない!
だってこれは、イズモなんだから!

イズモ (草薙を感じろ…力をお前に貸してくれる…!)

フレア 「イズモ!?」

突然、頭の中にイズモの声が響き渡る。
それと同時に少年の槍が…。
もう、一か八かだった。

フレア 「草薙! 私に力を!」

草薙 『汝の心、確かに受け取った! 我が闇の炎を受け取れ!』

ゴォォォ!!

黒服 「なっ!?」

少年 「!?」

キィン!

草薙は黒色の炎を上げ、それを刀の刀身に焼き付ける。
私は少年の槍を草薙で受け止める。
黒い刀身が美しい刀、草薙、炎の印が入り、その姿を現すのか。

黒服 「あれがヒイイロイイか…素晴らしい、なんとしても奪え!」

少年 「!」

フレア 「悪いが…お前を殺すことに躊躇いはない! そういう風に育てられたからな!」

少年は私に襲い掛かるが私は草薙で槍をいなし、相手の胴を斜めに切り落とす。
躊躇いはない…相手を殺すように育てられたからな。
今は私を殺人マシーンとして育ててくれた軍に感謝する。

黒服 「そんな!? こいつがあっさりと!?」

フレア 「次はお前だ」

黒服 「ひ、ひぃぃ!」

黒服の男か恐怖からか、みっともない声を上げて逃げだす。
しかし…。

パァン!

乾いた銃声…私ではない。
それと同時に。

黒服 「げばぁ…」

ドサァ!

? 「貴様らのようなゲスは必要ない」

突然、黒いスーツを着た、金髪の男が現る。
小型のいかにもな銃で黒服を撃ったのだ。
黒服は惨めなくらいあっけなく死んでしまう。

フレア 「お前は…?」

男 「私はディジーズという組織の男…とだけ言っておこうか、フレア・オービット」

フレア 「私を知っているのか?」

男 「ああ、調べさせてもらった、悪いがね」
男 「わかっているとは思うが、君は既にこの街では生きてはいけない」

フレア 「……」

男 「殺しをやってしまったからには、この国の国家機関は君を探す、それにあの黒服の組織も黙ってはいない」
男 「だから、私はやってきた」

フレア 「私を保護するという名目のうえで、私を管理するために?」

男 「隠すつもりもない、その通りだ、ディジーズに保護されたまえ、最低限君の年齢の権利は与えよう」
男 「ただし、君の世界に帰ることは…」

フレア 「もう必要ない…むしろ望むところだ、貴様らの駒になってやる」
フレア 「この世界は…イズモがいる…ここを離れるつもりはない」
フレア 「それに私は普通じゃない…ならば普通ではないところにいるのが一番だ」

男 「ふ、骨のある少女だ、私はコードネーム『ポール』、よろしく」

フレア 「よろしく…」

ポール 「君もこれからは偽名を使わないといけない、そのためのコードネームは…」

フレア 「ナイツだ…ナイツと呼べ」

ポール 「なんだ、自分で考えたのか、まぁいいだろうよろしくナイツ…」
ポール 「しかしなるほど…英語で夜か…丁度いまも夜だしな…」

フレア 「無駄口を叩く位ならさっさと連れて行け…」

ポール 「ああ、では行こうか、ナイツ」

私は結局、この世界に残ることにした。
これにより、たったひとつ未完の勇魔大戦が生まれてしまう。
だが、私にはそれより更に物語は続くだろう。



…………。



『それから8年後』


ポール 「ナイツ、これは君の初任務だ」
ポール 「18歳の君には難しいかもしれないが…」

フレア 「ポール、私を誰だと思っているの?」

ポール 「…そうだな、君に限って間違いはないだろう」
ポール 「さて今回の任務だが、資料でもわかるとおり、ルペイン家の跡取り、アルシャード・ルペインの調査だ」

フレア 「正確には、このデウス、エクス、マキナね?」

私は車の中にいた。
操縦席には年老いたポールが座り、後部座席で資料を眺めながら、ポールの話を聞いている。
あれから8年…私はディジーズのエージェントとして存在し、イギリスという国で生活をした。
学校にも通い、同学年の学生たちに囲まれていたが、やはり戦闘マシーンとして育てられた私では環境に馴染めない。
結局飛び級をして、アメリカという国のハーバード大学をついこの間卒業した。

ポール 「その通りだ、その3人は素性が全て偽装されている」

フレア 「一体、何者なのかしら?」

ポール 「加えて、つい先月、アルシャード自身が日本である大事故にあい、大怪我をしたはずだ」

フレア 「の割には元気ね…」

私はサングラス越しにギリシャの街道を歩くアルシャード・ルペインを眺める。
白いコートを着て、体を覆っているが、まるで先月大怪我した人物とは思えない。

ポール 「A&Pという会社があるが、そこには謎の部署があるらしいんだ、なんでもDOLL開発研究部」

フレア 「DOLL? お人形の開発?」

ポール 「実際には、人造人間だそうだ」

フレア 「! 物々しいわね…嘘か誠かソ連がやっていたっていうアレ?」

ポール 「詳しいことは我々ディジーズでさえ、何も掴んでいない」
ポール 「日本に送り込まれた精鋭13名のエージェントは全員茨城の山中で殺されていた」

フレア 「だめよ」

ポール 「は? なにがだ?」

フレア 「数字、縁起が悪いわ13なんて、だから全滅するのよ」

ポール 「…まぁそれは置いておいて、で、その部署に在籍していたのがあのアルシャード・ルペイン」

フレア 「ギリシャの大富豪がね…」

ポール 「これはチャンス、DOLLとはなんなのか、それを知るにはあの国の外にいるあの男から調べ上げるしかない」
ポール 「しかし、あの3人の娘たちがDOLLである可能性は高い、もしDOLLが危険な存在であるようなら…精鋭13名と同じ目に遭う可能性は高いだろう」

フレア 「あくまで調査ね?」

ポール 「ああ、だが向こうにとっても門外不出の物事だ」

フレア 「問題ないわ、命のやり取りは10歳の頃からやっていたもの…ルクス」

ルクス 「ルック〜?」

フレア 「お願いね」

ルクス 「ル〜♪」

ルクスは鳩に化けて、車内の窓から放たれる。
ルクスはこの世界には馴染めないらしく、3日に一度1日中眠ってしまう。
だが、偵察をしてもらうにはとても信頼できる。
人と違って掴まる危険もはるかに少ないしね。

ポール 「ルクスか…あれを見ると君が異世界の住民だったのだと再認識させられるよ」

フレア 「なにを今更、さて…じゃ、私も行くわ」

ポール 「ああ、気をつけてくれ、あと通信は無線で行う、周波数は…」

フレア 「115,10ね?」

ポール 「ああ、その通り、さすがだな」

私はサングラスをかけなおし、ネクタイを直して、街道を歩くアルシャードの後をつける。
115,10…良い事と日本語でそれを数字で表している。
安直だけど、私は好きだ。
11510(いいこと)…さて、どうなることやら…?
私の初任務は今、始まった。








next of alice…




Menu


inserted by FC2 system