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POCKET MONSTER The Another Story




『希望 〜子供を訪ねて三千里〜』




もう8度目になったのですね…。
また、無事にお会いすることができたようです…今回も案内役を勤めさせていただきます。
…Fantasic Company、管理者Yukiです。

ついに8人目の主人公が登場となるのですが、今回はとある母親エーフィのお話です。

10年前、我が子と離れ離れになり、ずっと旅をしながら探し続ける母親のエーフィ。
もう、子供はすでに死んでいるのかもしれない…しかし、少しでも『希望』があるのなら、信じて探し続ける。
今回は…小さな体に大きな心を持った、悲しき母親のお話です…。






………………………。





女性 「……」

やや中世風な街並みを歩く、ひとりの女性。
見た目は、小さな子供の風貌を持ったエーフィが今回の主人公です。
髪は肩まで伸びるセミロング。
エーフィ特有の薄紫色の髪の毛は風に靡き、とても綺麗に見えます。
服は白のコートで、やや大きめのサイズです。
顎が閉じた襟で少し埋もれ、下半身部分は膝の下位まで覆っています。
手は指先しか袖から出ておらず、袖口もかなり大きいようです。
下には絹の白ズボンを履いている様で、こちらはサイズがピッタリ。
靴は茶色の皮シューズ…サイズは18cm程度。
身長は128cm、体重も25kgと言った所。
ほっそりとしたその体系は、むしろ痩せ型と言える。
しかしながら、綺麗な肌は健康もちゃんと考えられており、バランスが非常に取れている。
彼女は小さな体に大きめのリュックを背負って、今日も街を徘徊しています…。


主人公 「……」

今いる街は『フォーシール』…。
もう、いくつかもわからないほどの街を、私は歩いてきました。
でも…未だに我が子に会うことは出来ない。

主人公 「ここにいると…いいんだけど」

『希望』は捨てませんでした。
例え、どんな絶望に身を焦がされようとも、『希望』だけは一度も捨ててません。
私は、必ず子供が生きていると信じています。



………。



『某日 時刻17:00 フォーシール・中央商店街』


夕方、日も落ちようとし始める時刻。
4月の中頃だと言うのに、この地方の気温は10℃未満。
私の様に、コートを着ている人も多数見れます。
ただ、中には薄着で元気に動き回っている人もおり、そう言った人は、大抵冷気に強い種族のようでした。

ワイワイガヤガヤ!!

商店街の店も、そろそろ閉店の時間になるはずなのに、この街の商店街は大きな賑わいを見せています。
その理由は…。

魚屋 「はいよーー!! 今から今日のタイムサービス!!」

主婦 「これくださいな!」

魚屋 「ほい毎度ありーーー!!」

予想通り…この街では閉店前にタイムサービスをやるようですね。
折角なので、私も食事を買っていくことにしましょう。
そう思い、私は八百屋を目指す。



………。



八百屋 「いらっしゃいませーーー!! 今なら野菜が安いよーーー!!」

主人公 「すみません…」

八百屋 「おっ、お嬢ちゃんいらっしゃい!! お使いかい? 偉いね〜」

バリヤード種の店主はそう言って私の頭を撫でる。
よくあることです…私は別に気にもしません。
この容姿のせいで、いつもこうやって子供に間違えられるのですから。

主人公 「…人参を一束、キャベツを半玉、後、キュウリも一本いただけますか?」

八百屋 「あいよ! ……んじゃあ、代金はここな! …はい、毎度あり!!」

私は店主に代金を渡し、商品の入った袋を受け取る。
そして、私は軽くお辞儀をし、店を去る。



………。



主人公 (…さて、どこで食べましょうか)

私は、食事を採る場所を考えていました。
さすがに、道の真ん中で食べるのも問題でしょうし。
そんなことを考えながら歩いていると。

少年 「あー! あの娘エーフィだ〜可愛い〜」

母親 「こら…指差しちゃダメでしょ」

そう言って、母親が子供を叱る。
叩くことはしませんでしたが、それだけでも子供は素直に言うことを聞いているようですね。
ふたりはブーピッグとバネブー。
特徴的な黒い肌が印象深い。
やや肥満体系に見えるのも特徴ですね。
ブーピッグやバネブーは、『厚い脂肪』と言う特性を持っているため、この地方のような寒さでも厚着をする必要が無いと言うのも特徴ですね。

母親 「でも、珍しいわね…エーフィだなんて」
母親 「この街でも滅多に見かけないのに、他所の国から来たのかしらね」

主人公 「……」

私は、無言であの親子に近づく。
そして、コートのポケットから一枚の写真を取り出し。

主人公 「…この写真の子供に見覚えはありませんか?」

母親 「…え?」

少年 「あ、この子が一緒に写ってる〜」

ふたりはその写真に写っている子供を見る。
ですが、首を傾げて不思議がるだけでした。

母親 「この写真、随分古いみたいだけど…いつの?」

主人公 「…12年前です。私の腕に抱かれているのは、息子です」

母親 「!? じゅ、12年前!? そ、それに息子って…! あなたいくつ?」

いつもの反応ですね。
私は特に気にした風もなく答える。

主人公 「今年で26です…14の時に息子を産みました」

母親 「26!? 私よりも年上…」

少年 「すご〜い、お母さんよりもお姉ちゃんだ〜」

私は写真を仕舞い、ふぅ…小さく息を吐く。
まぁ、これでいきなり見つかるとは思っていませんでしたが。
やっぱり、情報がもっと集まる所に行った方がいいかもしれませんね。
この街は全国でも大きな街に入る。
何かしらの情報があると思っているのですけれど…。

主人公 「どうも、失礼いたしました…」

私はそう言って、お辞儀をする。
そして、その場を静かに離れようとすると…。

? 「姫様ーーーー!! どこにおられるんですかーーーー!?」

そんな叫び声が聞こえてくる。
どうやら、進行方向からひとりの女性が駆けて来るようですね。

母親 「あら、あれは…チェルシーさん?」

子供 「メイドさんだ〜」

主人公 「………」

チェルシーさんと言われるその女性は、段々とこっちに近づいてくる。
周りをキョロキョロしながら走ってくる様はどこか可笑しい。

チェルシー 「はぅ…あの! 姫様を見かけませんでしたか!?」

私たちの近くまで来ると、チェルシーさんはそう尋ねる。
ロングヘアーの青い髪。
メイドさんと少年は言っていましたが、服はメイド服に見えませんね。
むしろ、露出度高めの水色のドレスと言った所です。
首、肩回りは肌を見せ、胸も上部が丸見え。
袖はなく、腕も素肌が露出している。
下半身部分も前と後ろにヒラヒラが着いているだけ。
わかりやすく言うとチャイナドレスのアレですね。
足も素肌が露出してはいますが、ちゃんと白い靴下が膝の下まで覆っています。
靴は何故かシューズで、どう見てもドレスとはアンバランス。
しかも、その靴はかなり汚れており、大分履き潰された感が見られました。
そして、それらの容姿を見て私は気づく。

主人公 (この人、チリーン種ですね)

頭に特有の吸盤が着いているのですから、ほぼ間違いないでしょう。
あの吸盤を使ってチリーン種やリーシャン種は、家の屋根等に張り付いたまま眠ると言われています。
この人はどう見ても薄着のようですが、寒くはないのでしょうか?

母親 「また、あのお姫様を探してるんですか? こっちには来てないみたいですよ…」

チェルシー 「そ、そうですか…はぁ」

主人公 「……」

チェルシーさんはため息をついて肩を落とす。
余程、脱走常習犯のようですね、そのお姫様は。
チェルシーさんの疲れ具合を見ても、長い間探しているのだと言うことが予想できます。
額から頬へと流れる汗が、彼女の辛さを物語っていますね。
成る程、これなら厚着では熱くて仕方ないでしょう。

チェルシー 「わかりました…それでは別の場所を探してみます」

そう言って、チェルシーさんは来た方を走って戻って行く。
慌しいですね…でも、それだけ重要ということでしょう。
私は気を取り直し、場所を移動することにしました。



………。
……。
…。



『同日 時刻18:00 空き地』


主人公 「……」

私は町の南外れにある、空き地に来ていました。
幸い、この辺りは人通りも少ないようで、休むには適しているようです。
私は、ゆっくりとした足取りで、空き地を歩く。

主人公 「………」

空き地の広さは、せいぜい50m四方。
地面から生えている草はまだ短く、人の手から離れてそれほど時間は経ってないのかもしれない。
そんなまっさらな土地に、一本。全長20m以上はあろうかという、大きな樹がそびえていた。
その樹はまるで、この土地を守っているかの様に、安らかな風に葉を靡かせる。
私は、そんな巨木の側まで歩み寄り、そっ…と右手を樹の体に添える。

主人公 「…そう、あなたは優しいのですね」

私は目を瞑り、樹の『心を読む』。
それによると、この樹はもう50年もこの地に立っているようです。
枯れることなく、人の手を離れても、この樹だけはこの地に立ち続けていたのですね。

主人公 「…ごめんなさい。少しの間、ここにいさせてください」

私はそう呟き、樹を背に振り向く。
そして、背負っていたリュックを背中から下ろし、リュックの中から、今日の食材を取り出す。

主人公 「……」

まず手に取ったのは人参。
私は人参を『念力』で宙に浮かせる。
そして、リュックから携帯用の小さな包丁を取り出す。
それを使い、人参の茎を取る。
後は皮を薄く切り、一口サイズの適当な大きさに切る。
人参はこれでひとまず終了です。後は『念力』で空中に留めておき、次はキャベツに取り掛かります。
まず、半玉のキャベツを更に半分に切る。
次に茎を取り、これもまた一口サイズの食べやすい大きさにぶつ切りしていきます。
キャベツも人参と同じように、『念力』で宙に浮かせておけば、これで大体の準備は終了です。
こんな風に『念力』を使えば、まな板や食器を使わなくても、その場で調理ができます。
包丁以外の洗い物を考えなくてもいい、と言うのは楽と言えば楽ですね。
『念力』の力(PPとも言う)を消費することを除けば…ですが。

主人公 「……」

私は、次にリュックから水の入ったペットボトルを取り出す。
ペットボトルの容量は1Lなので、そんなに無駄遣いはできません。
なので、私は栓を開けて水に『念力』を使う。
すると、水が空中に浮くので、私はそれをペットボトルから、必要量を排出する。
それを使って、切った野菜を簡単に洗います。
水は宙に浮いているため、まるで粘土を固めるかのような作業に感じますが、慣れればどうということはありません。
全て洗い終えると、私は浮いている水をゆっくりと地面に下ろす。
これで、全ての準備は完了ですね。
私は、まだ水の滴る人参を生でかじる。

主人公 「……」

ぼりぼり…もぐもぐ…ごっくん

私は、よく噛んでから飲み込む。
一口が小さいので、私の食事はいつも小一時間ほどの時間がかかります。
しかも、肉や魚がほとんど食べられないので、主食は野菜。
それも大抵生野菜で、火を通すことさえあまりありません。
それでも、病気になったことは…一度しかないので、多分大丈夫なのでしょう。
私は、そんな調子で食事をゆっくりと採りました。

ぱりぱり…ぼりっ

? 「…なぁ、それでだけで満足なのか?」

主人公 「……」

食事中、頭上から突然声が聞こえる。
その声はやや低めの声で、女性の声ですね。
私は振り向くことなく、キャベツをかじる。
私が答えないと、更に声は続けられました。

女性 「…ちぇっ、何だか無愛想なガキだな」

主人公 「……」

ぼり…

一瞬、手が止まる。
いつものことですが、子供扱いされるのはどうにも慣れたくないものですね。
私は、このまま無視をすることにし、キャベツをかじり続けました。

ぱりぽり…しゃくしゃく

女性 「…なぁ、お前この国のポケモンじゃないだろ?」

主人公 「……」

ごくん

私は口の中の物を飲み込み、水の入っているペットボトルを手に取る。
その蓋を開け、水を2口ほど飲んで喉を潤す。
これで私の食事は終了です。
ペットボトルの蓋を閉め、それをリュックの中に戻すと、私は立ち上がる。

主人公 「………」

女性 「おい、聞いてるか? もしも〜し?」

私は女性の方を振り向く。
すると、女性は木の枝に座りながら私に話しかけていました。
口元に両手をかざした状態で、彼女は固まる。

主人公 「……」

女性 「…お」

女性は、どうやらまだ幼い感じの残る少女と言った感じでした。
見たところ、種族はサーナイト。
男口調な所からは想像しにくい種族ですね。
元々、サーナイト、キルリア、ラルトスの種族は、イメージ的に女性と感じる者が多い。
実際には男性、女性の比率はほとんど同じなので、一般的に偏見を持たれているという事です。
ゆえに、彼女のような男勝りのサーナイトは、一般的な見解から見ると、異質に感じると言うことです。

主人公 「……」

私は少女の姿を観察する。
鼻の先までかかる前髪が印象的で、後ろは短めに揃えたショートヘアー。
頭から顎の下までかかっている、緑の葉っぱのようなアクセサリ(?)が顔の半分を隠している。
服は、どう見ても普通の服装ではないですね。
明らかに純白で厚手のドレスを身に纏い、普通の身分の者とは一線を画しているようです。
となると、私の頭にはひとりの女性の言葉が浮かび上がる。
そして、私は彼女にこう言葉を投げかけました。

主人公 「…私に何か用ですか? 姫様」

少女 「い!? もしかして城の関係者!? って、うわっ!!」

主人公 「!?」

キィィッ!

少女 「わわっ! って、あ…」

ポスッ…

案の定、少女はうろたえる。
あまりにも意外だったのか、反動で枝から落ちてしまいました。
それを見た私は、咄嗟に『念力』を使い、少女を助ける。
相当なおてんばのようですね、でも、これで疑問は確信に変わりました。

少女 「…あ、ありがと」

主人公 「…いえ」

今度は、私も答える。
ですが、私の能面にコメントが浮かばないのか、少女は次の言葉をためらっていました。

主人公 「…ちなみに、私は旅の者です。この国には、今日来たばかりです」

少女 「…そ、そうなのか」
少女 「にしても、すげぇな…まだ小さいのに一瞬であれだけの『念力』が使えるなんて」

主人公 「…どうも」

私は小さくお辞儀をする。
そんな反応を返すと、少女は笑う。

少女 「あははっ、もしかしてお前恥ずかしがり屋とか?」
少女 「そんなんじゃ、友達少ないだろ?」

主人公 「………」

私は何も答えませんでした。
完全に年下と思われていますね。
本当のことを言ってもいいのですけど、この手のタイプは信じない可能性が高いでしょう。
今はそれよりも、やるべきことができそうです。

少女 「もしかして、図星だったか? あははっ、そんなに気にするなよ!」
少女 「今日から、俺が友達になってやるからさ!」

何だか、勝手に話が進んでいるようですね。
友達がいないのは否定しませんが、勝手に心配されるのはいいお節介です。
ですが、そんな私の心を知るはずもなく、彼女は話を進めていく。

少女 「俺の名はルティ! お前、名前は?」

少女は、自分の名を笑顔ではっきりと言い、私の名を尋ねる。
私は、表情を変えることなく、静かに答える。

主人公 「…エスピア、と言います」

ルティ 「エスピアって言うのか…ちなみに、俺に敬語はいらないぜ!」

姫様はやや強く言う。
余程、敬語が嫌いらしい。
でも、こればかりは私の性格でもあります、どうしようもありませんね。

エスピア 「…姫様。何故、城に戻らないのですか?」

ルティ 「う…いいんだよ! あんな所、いたくないし…」

そう言って、嫌そうに顔を背ける姫様。
その一瞬、姫様は悲しそうな顔をしました。
そこから読み取れる感情は、とても深く感じる。

エスピア 「…姫様、戻りましょう。私が送ります」

私は優しくそう言って、姫様に右手を差し出す。
ですが、姫様はその手を取ることなく、強い拒絶を見せました。

ルティ 「あ〜うるさい! 俺は戻らないの!!」

姫様はそう言って駄々をこねる。
やれやれ…困った物ですね。
どう言う育ち方をしたのかは知りませんが、このまま放っておくわけにはいきません。

エスピア 「止むを得ませんね…力づくでも連れて行きます」

ルティ 「!?」

私は右手を広げ、姫様に向けて力を放つ。
すると、姫様は体の自由を奪われ、宙に浮きます。
相手は特殊能力の高いサーナイト。
私も少々強めに『念力』を放ちました。

ルティ (…! だ、駄目だ! 全然動けねぇ!!)

エスピア 「無駄ですよ…姫様の力では到底、抜けられません」

ルティ 「!!」

姫様は何とかして抜けようと力を込めるが、全く効果は無い。
指一本動かすことはできないのですから、声さえ発することは出来ません。
私は、このまま姫様を『念力』で縛ったまま、城まで連れて行くことにしました。



………。
……。
…。



『時刻19:00 フォーシール城・城門』


門番A 「ん? あれは…」

門番B 「まさか、姫様!?」

ルティ 「……!」

エスピア 「………」

城の門番ふたりが私たちに気づき、駆け寄る。
兵はふたり共スリーパー種で、重そうな白い全身鎧に身を包んでいました。
体格も大きい、身長は両者共に180cmはありますね。
ガシャンガシャン!と、大きな音を立て、兵士が私の前に立つ。

エスピア 「…姫様をお連れしました」

ルティ 「…! う、うわっ!!」

ドスンッ!

私は、兵の前に姫様を落とす。
1m弱の高さから姫様は尻から落ちました。

門番A 「姫様! また、このようなお戯れを…」

門番B 「お譲ちゃん、よく捕まえられたね…ありがとう、助かったよ」

なでなで…

そう言って、頭を撫でられて褒められる。
もう、慣れました…このパターンも。
私は門番に一礼し、その場を去ろうとしました。

ルティ 「おい待てよ! どこ行くんだよ!!」

エスピア 「……?」

私は背中越しに聞こえてくる姫様の声を聞き、小さく振り向きました。
そして、そっけない返事で一言。

エスピア 「…空き地に戻ります」

そう言いました。
すると、姫様は。

ルティ 「何でわざわざあんな所に行くんだよ!? その…泊まってけよ! ここにさ…」

門番A 「姫様…知り合いなのですか? あの娘と」

ルティ 「そうだよ! だからあいつを城に招き入れろ! 俺の客人だ!!」

門番B 「…わかりました、姫様が言われるなら」
門番B 「では、客人…こちらに」

エスピア 「いえ、私は…」

ルティ 「俺が連れて行く! ほら、こっちだ!!」

エスピア 「あ…」

門番A 「あ、姫様!」

門番B 「やれやれ…」

結局、私は姫様に連れて行かれました。
服の袖を引っ張られ、振りほどくに振りほどけませんね。
私は流されるがままに、城の中に入りました。



………。



『時刻19:05 フォーシール城・謁見の間』


兵士 「陛下! 姫様がお戻りになられました!!」

陛下 「うむ…通せ」

ギィィィ…

謁見の間へと続く、大きな扉が内からゆっくりと開く。
次第に見えてくる謁見の間の内観。
正面、中央足元には、赤いラインを引いたような絨毯が真っ直ぐと玉座に向かって敷かれています。
姫様は、私の左袖を引っ張ったまま、そのラインを歩きました。

ルティ 「…ただいま、父さん」

エスピア 「…お初お目にかかります、国王陛下」

姫様が挨拶を済ませると、私はすぐに片膝を床に着き、頭を下げて敬礼をしました。

陛下 「…顔を上げるがよい、客人よ」

エスピア 「……」

陛下にそう言われ、私はゆっくりと顔を上げました。
そこで、私は陛下の姿をよく見る。

エスピア (…エルレイド)

陛下はエルレイド種でした。
『目覚め石』と言う、特殊な道具を使うことで進化する、特殊なポケモンですね。
男性のキルリアのみ、エルレイドに進化できると言うのも、ひとつの珍しい要素でしょう。

陛下 「…そなた、年は?」

ルティ 「…年って、どう見ても10歳かそこらじゃ」

陛下 「黙っていろルティ。…どうなのだ? 客人よ」

どうやら、陛下は少なからず気づいているようですね。
元々、隠しているわけでもないので、私は正直に答えることにしました。

エスピア 「…名はエスピア、年は…26でございます」

ルティ 「2、26〜!!??」

ざわざわ…

予想通り、陛下以外の全ての人が驚く。
それはそうでしょう…私のこの外見を見ましたら。

陛下 「皆の者、静まれ! エスピア殿に失礼であろう!!」

ピタリ…と喧騒が止む。
陛下は、周りに一喝し、ざわめきを止めてしまった。
そして、陛下は玉座から立ち上がり、私の側まで歩み寄る。

陛下 「…エスピア殿、立ってみせよ」

エスピア 「……」

私は言われた通り、立ち上がりました。
すると、陛下は腰を屈め、目線を私に合わせる。
自然に、目と目が合う。

陛下 「…悲しい瞳よ、余程辛い道を歩まれたのだな」

エスピア 「…どうということはありません。望んで歩んだ道です」

ルティ 「……?」

私の真っ直ぐな答えに、陛下は眉をひそめ、悲しい顔をする。
それは、まるで私の人生そのものを、憂うようにも見えました。

ルティ 「な、なぁ! 父さん、エスピアは旅人なんだ! 今日はこの城に泊めてやってくれよ!」

陛下 「…ちゃんと、敬語を使え。エスピア殿はお前よりも10歳年上だ」

ルティ 「う…」

姫様は口篭る。
余程敬語を使うのが苦手のようですね。

エスピア 「…構いません、私に敬語は不要でございます」
エスピア 「その方が、姫様もやりやすいでしょう」

私は姫様をチラリと横目で見ながら言う。
それに気づいてか、姫様はぱっと笑顔を見せ。

ルティ 「ほ、ほら! エスピアもこう言ってるし」

陛下 「…まぁ、よい。エスピア殿を部屋に案内してやるがいい」
陛下 「お前が責任を持って、エスピア殿を部屋に案内するのだ」

そう言って、陛下は背を向ける。
一体、どのような心境なのでしょうか?
私には、それはわからない。
だけど、私にはまだ聞いておきたいことがあった。

エスピア 「陛下、ひとつだけ…お聞きしたいことがあります」

陛下 「…? 何か…」

陛下は体を横に向け、首をこちらに向けてそう聞きました。
私は陛下の眼を見て、写真を取り出す。

エスピア 「…この写真に写る、子供に見覚えはありませんか?」

陛下 「…? その子供は…」

エスピア 「…私の息子です、今では12歳になっているでしょう」

陛下 「何と…そなたの息子だと言うのか!」

私はコクリと頷く。
陛下ならば、知っているかもしれない…そうは思いましたが、甘い考えのようですね。

陛下 「残念ながら、見覚えは無い…この国では、イーブイ種の人間が来ることさえ珍しい」
陛下 「生き別れになったか…もう何年になる?」

エスピア 「…10年になります。もう、ほとんどの国を回りました」
エスピア 「…息子は、生きていると信じています」

陛下 「…強い心よ。その心、人の親として尊敬に値する」
陛下 「よかろう! エスピア殿のためなら、いくらでも力になろう」
陛下 「何か、必要なものがあれば申しつけよ」

陛下は強い意志のこもった目でそう言う。
ですが、私はそこまでここに長居する気は無いですし。

エスピア 「…いえ、そのお気持ちだけで十分です。今夜の寝床を借りられれば、それで十分です」

陛下 「そうか…だが、気が変わったならいつでも言われよ。協力は惜しまぬ」

エスピア 「…ありがとうございます、陛下」

私は陛下に敬礼をして、横を見る。
そして、未だに呆然と私を見ている姫様に向かって。

エスピア 「では、案内をお願いします、姫様」

ルティ 「あ…ああ!」

やや控えめな対応で、姫様は歩き始める。
私もそれに着いて行きました。



………。



『時刻19:20 フォーシール城・客室』


ルティ 「ここが、エスピアの部屋だよ」

エスピア 「……」

私は部屋の中を見る。
さすがに城の客室だけあり、とても広かった。
高級ホテルと同等か、それ以上の格を感じる部屋ですね。
床は白いカーペットで、足ざわりも気持ちよさそうです。
部屋の中央に丸テーブルがひとつ、椅子がふたつ。
部屋の右隅にタンスがひとつ、中を今確認しましたが、寝巻きが2着入ってますね。
そして、そこからすぐ左にシングルベッドがひとつ。
ふわふわの布団を敷かれたそのベッドは高級感に溢れていました。

ルティ 「まぁ、ゆっくりしていけよ! 何だったら、ずっといてくれてもいいし」

エスピア 「……」

私は姫様を見る。
どこか、姫様はオドオドとしていた。
子供ながらに、私のことを考えているのでしょうね。
でも、この気持ちだけは子供にわかることは無いでしょう…親にならなければ、わからない痛みですから。

エスピア 「…それでは、今日はもう寝ます。お休みなさい、姫様」

ルティ 「あ、ああ…お休み」

そう言って、姫様は部屋を出て行く。
どこか、淋しそうな表情でしたね。
私は、そのまま靴を脱ぎ、明かりを消して横になった。
後は、少しづつ眠りに落ちていく……





………………………。





『翌日 某時刻 ???????』


ゴゴゴゴゴゴ…

何か、渦巻くような感覚。
まるで、頭の中で雨が降るかのような、そんな気持ち悪さ。
私は、ゆっくりと感覚を研ぎ澄ます。

エスピア 「………」

目を開くと、そこは暗黒の闇。
何も見えず、何も聞こえませんね。
ただ、浮いているような感覚の中、気だるさだけが付きまとう。
この感覚は、今までに体験したことのない感覚でした。
私は、この空間が普通の世界でないことに気づきました。
私は、静かに目を瞑り、流れに身を任せる。
このままでは、きっと…永遠に目を覚まさなくなる。

? 『大丈夫だよ、もうすぐ目は覚める…』
? 『さぁ、もう一度目を開けてみな…今度は、ちゃんと『夢』から覚めるんだ』

そんな不思議な声が頭に聞こえたかと思うと、私はふと…目が覚めました。



………。
……。
…。



『時刻7:00 フォーシール城・客室』


エスピア 「……」

私は目が覚めました。
でも、いつもの朝と違い、とても体がだるい。
正直、体を起すのが辛い感覚ですね。
一体、何が起こったのか?
記憶の一部が、あいまいになっているような気がしますね…まるで寝たという感覚がないなんて…。

エスピア (現在時刻は…?)

カパ…

私は枕元に置いておいた、懐中時計を開いて時刻を確認する。
陽の光が入ってきていることから、すでに朝だとは予想できますが…。

エスピア (…9:30ですか)

この時間なら、すでに大抵の人は起きているはず。
にもかかわらず、これほど静かなのはどういうことでしょうか?
この部屋は、大広間と謁見の間を繋ぐ、通路の途中にある部屋。
普通、誰かが通っていくのが当たり前ですね。
ですが、足音ひとつ聞こえないとは…。

エスピア (気になりますね…外の状況が)

シャッ!

私はベッドのすぐ側にある、窓のカーテンを勢いよく開く。
そこから外の景色が見渡せるのだけれど。

エスピア 「………」

私は、絶句する。
窓の先から見える景色は、まるで静まり返っていた。
人一人見つけることはできず、静寂が支配している。
どこをどう見渡しても、人がいるように感じなかった。
しかし、消えたわけではない…どこかに行ったわけでもない。

エスピア (…気配はある。ただ、まるで動きが見えない)

私は目を瞑って強く念じ、状況を見るがやはりおかしい。
まるで…街そのものが『眠ってしまった』かのような…。

エスピア 「……」

私は部屋を出ることにした。
このままこの部屋にいても仕方がないと判断します。



………。



『時刻9:40 フォーシール城・大広間』


エスピア 「………」

ここでも音ひとつしない。
広い大広間のフロアを蹴る足音が、高らかに響き渡る。
やはりおかしいですね。
誰も出てこなければ、来る気配もない。
何かあったのでしょうか?

エスピア (問題はもうひとつ…姫様の念を感じない)

私は、自分の念で姫様の念を感じ取ろうとしましたが、ダメでした。
これで、わかることがひとつ。
姫様は、この城にはいない。

エスピア (私の念で感じ取れるのは、せいぜい1km程度)

それ以上の距離を離れられれば、当然感じることはできません。
しかし…それにしても、おかしい。
誘拐されたというなら、城の誰かが騒いでいるはず。
それが、誰一人として動いていないなんて。

エスピア (部屋のほとんどには鍵がかかっている…私では開けることはできない)

となると、他に頼れるのは。



………。



『時刻9:45 フォーシール城・城門』


エスピア 「!?」

私は城門にたどり着いて、また絶句する。
そこには、『普通』ありえない光景があったからだ。

門番A 「ぐ〜…」
門番B 「すか〜…」

エスピア (眠っている…ふたりとも)

気持ちよさそうに眠っていた。
でも、この人たちは恐らく『寝ずの番』のはずですよね…。
この時間なら、交代するのが普通…ですが、このままだなんて。
私は、ここでひとつの結論に達しました。

エスピア (これは…何かの事件ですね)
エスピア (いたずらで、こんなことをするとは思えません)

恐らく、この門番はふたりとも技によって眠らされている。
種族は、ふたりともバリヤード。
昨日はスリーパーでしたけど、夜に交代したのでしょうね。

エスピア 「問題は…技の性質」
エスピア 「『歌う』なら、バリヤードには無効の可能性がありますね」
エスピア 「とはいえ、『催眠術』ではふたり同時にかけるには難しい」
エスピア 「『悪魔のキッス』や『キノコ胞子』なら、使った後でも残りそうなものですが、形跡はありませんね」

? 「それは、多分ほとんどの人は知らない技だと思うぞ…」

エスピア 「!?」

私は、突然現れた気配に驚き、弾けるように声とは逆の方向へ跳ぶ。
距離を空けて確認すると、そこには赤い髪の子供が立っていました。
身長は120cm位、服は私と対照的に軽装の黒い半袖のTシャツと青い半ズボン。
どう考えてもおかしい服装ですが、まるで寒さを感じていないかのような、元気な表情をしていました。
体は、子供ながらの華奢な体つきで、細い体をしています。
髪は腰の辺りまで伸びるツインテール。
外見だけでは、年は計れないとはいえ、表情には幼さが残ります。

? 「…そんな驚くなよ、折角手助けに来たんだ」
? 「まぁ、快く迎えろとは言わないけどね」

少年は笑いながらそう言う。
何と言うか、細目の奥に輝くあの瞳は、酷く力を感じる。
只者ではない…それだけは確実にわかりました。

? 「…やれやれ、どうにもやだね」
? 「そう、警戒されるとやる気がなくなる」
? 「まぁ、いいや…先に自己紹介すれば問題ないだろ?」

勝手に結論を出して、勝手に話し始める。
どうやら、かなりのマイペースな性格ですね。

? 「俺は『エオル』…種族は『エムリット』だ」

エスピア 「エムリット!?」

私は驚きを隠せませんでした。
あの伝説に残る、感情の神『エムリット』…それが今、私の目の前に?

エオル 「別に、畏まる必要はないぜ、気軽に話せばいい」
エオル 「事件のこと、気になるんだろう? 手伝ってやるよ」

エオルと名乗った、エムリットの少年は笑ってそう言う。
やや不敵な笑みですが、あれが素顔なんでしょうね。
本来なら疑って当たり前ですが、私は信じてみることにしました。

エスピア 「…ご助力、感謝しますエオル様」

エオル 「…だから、畏まるなっての! 後、一応言っとくけど、俺は女だからな?」

エスピア 「………」

私は心の中で訂正する。
彼ではなく、彼女と言うことらしい。

エオル 「ま、そりゃ姉貴たちに比べりゃ賓乳だがね…」
エオル 「でかけりゃいいってもんじゃねぇっつーの」
エオル 「あんたも、そう思うだろ?」

エスピア 「……はぁ」

私は曖昧に答えてしまう。
何だか、どうにも普通の会話。
少なくとも私は、伝説のポケモンともなれば、もっと威厳があって、見る者を思わず膝まづかせるような威光を放つ人を想像していた。
ところが、この人は至って普通だ。
むしろ、そこいらのませた子供と言っても過言ではない位の。

エオル 「…何だかなぁ。まぁいいや!」
エオル 「さっさと、北に向かう! そんで事件は解決! ハイ終了!!」

エスピア 「…え?」

エオル 「北だよ北! そこに事の元凶がいるの…わかったら付いて来い」

そう言って、エオル様はさっさと歩き出す。
何て言うか、自分勝手…。



………。



『時刻10:00 フォーシール北門』


エオル 「さて、軽く説明だけはしてやるよ」
エオル 「まず、ここから北上していくと、やがて古びた城がある」
エオル 「そこに、今回の事件の元凶がいて、さらわれた姫様がいる」

エスピア 「…さらわれた。姫様が…」

エオル 「そ、理由は知らない…まぁ、あいつも大概自分勝手だからな」

エスピア 「…あいつ? 知り合いなのですか?」

私がそう聞くと、エオル様はややダルそうに。

エオル 「…まぁな、腐れ縁なんだけど、むかつく奴」
エオル 「なんつーか、天上天下唯我独尊女」

エスピア 「…女性なんですか」

エオル 「そ! ちょっとばかしスタイルいいからって、男をコロリと騙して生気をすする、悪魔みたいな女だ!」

何だか、子供の喧嘩のような言い方。
エオル様、自分のスタイルのこと、気になさっているのでしょうか?」

エスピア 「………」

エオル 「…何だ? 言いたいことがあるなら言えよ?」

エスピア 「…あまり、体のことは気になさらずに」

エオル 「余計なお世話だ!!」

…何と言うか、エオル様も十分わがままな気が。
こんな調子で、私たちは北をひたすら目指した。



………。
……。
…。



『時刻20:00 北の森』


エオル 「ちっ、今日はここで野宿だな」

エスピア 「…後、どの位歩くのですか?」

エオル様は近くの草むらにどさっと背中を預け、両手を後頭部で組みながら、天を仰いで答える。

エオル 「ん…そだな、後3日位か」

エスピア 「……」

それはまた、随分と長い距離ですね。
口には出せませんでしたが、どう考えても普通に歩いていく距離ではないのでは?

エオル 「大丈夫だろ…姫は女だから、飽きたら解放するだろうし」
エオル 「あいつの性格だから、姫を男と勘違いしてさらったんだろ…馬鹿決定!」
エオル 「美少年に目がねえからなあいつ〜」
エオル 「ギャハハッ! 想像したら笑える!!」

エスピア 「…先に眠ります」

エオル 「んだよ…もう寝るのか? まだ早いと思うけどな…ってか、食事は摂らねぇのか?」

エスピア 「大丈夫です、元々あまり食べない方ですから」

エオル 「…俺に遠慮してるなら、気にしなくていいぞ」
エオル 「俺は、大食いだから」

エスピア 「…食べたいなら、そう言ってください」

私はそう言って、寝ようとしたところを起き上がる。
予想以上に、この人は扱いが難しそうですね。
こうと決めたら、テコでも動かないタイプでしょう。



………。



エスピア 「…どうぞ」

エオル 「…おい」

エスピア 「何か?」

エオル様は、私が調理した大量の食事を見て、青い顔をする。

エオル 「…何で、野菜だけなんだ?」

エスピア 「…それしかなかったからです」

エオル 「何で、こんなに量があるんだ?」

エスピア 「大食いだと聞いたからです」

エオル 「何で、肉取って来ねぇんだよ!?」

エスピア 「そう都合良くは転がっていません」

エオル 「何で、こんな所に来てまで野菜尽くしなんだよ!!」
エオル 「俺はもっと歯ごたえのある肉が食いたいのーーー!!」

エスピア 「ニンジンも歯ごたえがありますよ」

私はそう言って、生でかじる。(皮と芯は切ってある)

エオル 「大体、味付けひとつしてねぇ! こんなんじゃ食欲もわかねぇ!!」

そう言って、地面を転がるエオル様。
子供ですか…。

エオル 「大体、肉食わなきゃ体も大きくならないだろうが!!」

エスピア 「大丈夫です、それ以上は成長しないでしょう…私もエオル様も」

エオル 「!?」
エオル 「…はい」

エオル様は、痛い所を疲れたのか、駄々をこねるのに疲れたのか、半ば無意識にニンジンを頬張る。
もう、諦めたような、そんな痛々しい表情だった。

エスピア (そんなに嫌がらなくても)

エオル 「…うう、もう金輪際野菜はいらねぇ」
エオル 「ステーキ! カムバーーーーーック!!」
エオル 「はう…ハンバーグが食いたい」

エオル様は、本当にいろんな表情をする。
さすがは感情の神と言われるだけあり、とにかく感情を表に出している。
とはいえ、恥ずかしくなるような行動もあるので、ちょっと自粛して欲しいですね。



………。
……。
…。



『翌日(2日目) 時刻6:30 北の森』


エスピア 「……」

今度は、普通に起きられた。
以前感じた気だるさは、やはりエオル様の言う、元凶の仕業なのでしょうね。
エオル様はまだ寝ている。
女性にもかかわらず、Tシャツがめくれて胸がはだけていますね。
私はそっと…服を治しました。

エオル 「…見たのか?」

エスピア 「……?」

突然、寝ぼけ眼のエオル様が私を睨みつける。
そして、おもむろに放った第一声が。

エオル 「うがーーー! どうせ俺は賓乳だーーー!! 肉好きでも大きくならねぇ!! 牛乳なんて大嫌いだーーー!!」

エスピア 「静かにしてください…朝から血圧下がりますよ」

エオル 「うがーー!! 畜生…どうせ俺には男もなびかねぇよーー!!」
エオル 「畜生…リッシやユメナはいいよな〜…小さくてもロリだから」
エオル 「どうせ俺は、ツンデレにもなれない半端物だよーーー!!」

エスピア (もしかして、まだ寝ぼけているのでは?)

そんな気がしてきた。
私は暴れるエオル様の背後に回り、そっと…。

エスピア 「…ふ!」

エオル 「かくん!」

スリーパーホールドで頚動脈を絞め、落とした。
ふぅ…久しぶりにやったけど、上手くいきましたね。
護身術として、少々習っていましたが、こうも上手くいくとは…エオル様、やっぱり寝ぼけてらしたのですね。



………10分後………



エオル 「…何か、首が痛むんだが?」

エスピア 「…寝違えたのでしょう、寝相が悪いからですよ」

どうやら、覚えていないようですね。
やはり、寝ぼけていたのですね…エオル様。

エオル 「…気のせいか、誰かが俺の服をひん剥いて、裸を見られた夢を見たんだが」

エスピア 「…それは夢でよかったのでは?」

エオル 「…それもそうだな」

何と言うか、おかしな人ですね。
こうして話していると、とても伝説のポケモンとは思えませんね。

エオル 「ん…今、もしかして笑ったか?」

エスピア 「…気のせいでしょう」

エオル 「…ん〜、まぁいいか」

私は頬を押さえて、表情を隠す。
確かに笑った…私は久しぶりに。
こんな気分になったのは久しぶりですね。
私たちは、その後軽い朝食(野菜オンリー)を摂り、すぐに出発した。



………。



『時刻7:00 道路』


エオル 「…ヤメテクレ」

エスピア 「エオル様…少しは自分で歩いてください」

エオル 「モウヤサイハイラナイ…」

エオル様は私におんぶされ、そうやって愚痴をこぼしていた。
やっと森を抜けたと言うのに、エオル様は朝食に嫌気がさして、動くのを嫌がったのです。
私は何とかおんぶしながら進みましたが、さすがに私の体力では、長くは動けません。

エスピア 「…いい加減にしてください」

私は少し厳し目にそう言う。
すると、さすがのエオル様も雰囲気を察したのか、渋々と私の背中から降りました。

エオル 「…お前って、本当に無表情なのな」

エオル様は不満そうな顔してそう呟く。
そして、私の前をさっさと歩いて行きました。
私は、一瞬歩くのを止めてしまいましたが、すぐにエオル様に置いて行かれない様、少し早歩きで進みました。

『無表情』

その言葉が、私の胸に残っていました。
そう…私には表情はほとんど無い。
感情を表に出さないだけですが、確かに人から見れば無感情な顔に見えるのでしょうね。

エスピア (………)

エオル 「おい、何考えてるのか知らないけどよ…もっと笑ったり、怒ったりはできねぇのか?」

エスピア 「……?」

エオル様は、歩きながら首をこちらへ向けてそう言う。
何ともつまらなさそうな、そんな顔だった。

エオル 「お前…26歳だったか、息子もいるんだろ?」

エスピア 「……はい」

エオル様は、私の年齢や家族のことも知っているようでした。
話した覚えは無いのですが、どこかで聞いていたということでしょうね。
…少なくとも、街で聞き込みをしていた時は、何度も口にしていますし。

エオル 「…せめて、子供の前では笑ったりしてやれよ?」

エスピア 「………」

エオル様のその言葉は、何故か意味ありげな感情が込められていた。
エオル様も、過去に何かがあったのでしょうか?

エオル 「ほんっとに! ウチの馬鹿親父と冷血お袋には、心底呆れてるんだ!」
エオル 「子供の気も知らねぇで、しょっちゅう夫婦喧嘩だし! オマケに親父は子育てなんかやる気ねぇし!!」
エオル 「お袋は親父に愛想付かして、どっか行っちまうし!」
エオル 「あんな親には絶対なるなよ!? いいな!!」

エスピア 「………」

それは、私には計り知れない家庭事情のようでした。
その後も、エオル様の家庭事情がつらつらと語られることになりました…。



………。
……。
…。



『同日 時刻23:00 小高い丘』


エオル 「ぐが〜! ご〜!!」

エスピア 「………」

私は、寝相の悪いエオル様に、小さな毛布をかけてさしあげました。
携帯用の小さな毛布なので、胴体を覆うだけですが、この寒さの中、それだけでも大分違うでしょう。
ただ、それを考えると、どうしても気になることがありました。

エスピア (エオル様は、この格好で寒いとは思わないのでしょうか?)

今の今まで、彼女は寒いと感じさせない程、普通に振舞っています。
こうやって寝ている時でも、普通なら寒くて丸まってしまう所を、彼女は大胆にも大の字になって服をはだけさせています。
伝説のポケモンだからでしょうか? それとも、別の要因があるのでしょうか?
どちらにしても、この方は普通の感覚とは違う物を持っているのだと考えられました。
私は、焚き火の火を消し、もう一枚の毛布に包まって、眠りにつきました…



………。
……。
…。



『翌日(3日目) 時刻9:00』


エオル 「お、おお…」

エスピア 「………」

朝食の時間。
今朝の朝食を見て、エオル様は感嘆の声をあげる。

エオル 「やればできるじゃねぇか! 肉だよ肉ーー!!」

エスピア 「………」

私はひとり野菜を食べていました。
エオル様は嬉々として、串に刺さった肉を頬張っています。
ちなみに、今朝の肉はたまたま早朝(エオル様がまだ寝ている間)に、肉の配達をしていた業者の人と出会いましたので、特別に売ってもらった品です。
私は肉が食べられませんで、野菜を頬張ります。

エオル 「肉ーー! ンガング!!」

エオル様は原始人のごとく、両手に串を持って交互に頬張っていました。
行儀が悪いですね…。

エスピア 「エオル様、もう少し落ち着いて食べてください」

エオル 「ばっきゃろう! 落ち着いて飯が食えるか!!」

…結局、エオル様はこんな調子で4本(1kg相当)あった肉を、全て平らげてしまいました。
あの体によく入るものです。



………。



エオル 「ギャハハ! 食った食った!! よ〜っし! これでエネルギー全快だぜ!!」

エスピア 「落ち着いてください…食事の後、急に動くのは体に良くありません」

私はそう言って、芝生に正座しながら水を一口飲む。
水も、少し心もとないですね。
春とはいえ、この寒い気候では、乾燥してしまいます。
水は大切にしないといけませんね。

エオル 「…さて、あと一日だ」
エオル 「もう少しの辛抱だな」

エスピア 「姫様は、無事なのでしょうか?」

エオル 「大丈夫だとは思うよ…あいつは女を大事にする女だからね」
エオル 「ただし! イジられても文句は言えない」
エオル 「あの、やんちゃなお姫様だと、イジり甲斐がありそうだからな」

エオル様は何とも言えなさそうな表情でそう言う。
妙な自身があるようで、ちょっと焦りますね。
ですが、焦ったところでどうにかなるわけでもないですし、とにかく北の城へ向かうしかないわけです。



………。



『同日 時刻15:00 北の川』


エスピア 「…綺麗な水ですね」

エオル 「ああ…この川は、山から直接流れてくる天然水だからな」
エオル 「そのまま飲んでも、差し支えはないと思うよ?」
エオル 「水を補給するなら、やっておきな」

エスピア 「はい」

私はそれを聞いて、すぐにペットボトルを取り出す。
そして、中に入っている水を全て捨ててから、川の水を取り込む。

エスピア (凄い…とても透き通っている)

私はペットボトルに補給した、新たな水を光に当てながら見てそう言う。
普通なら、何か不純物でも入っているはずなので、大抵若干の濁りが見られるというのに、この水はそれがほとんどない。
太陽の光に当てると、とても自然な光を反射していた。
まるで、鏡の様…。

エオル 「…さて、そろそろか」

エスピア 「? 何が、ですか…?」

エオル様は、突然真面目な顔をして、川の向こう岸を見る。
この川はかなり大きく、向こう岸の陸が見えないほどでした。
私たちがいる岸には、すぐ側に山があり、そこから直接流れている水が川に流れている様ですね。
向こう岸は、少なく見積もっても1km以上はありそうです。
川を迂回して行くのは不可能、北の城へ向かうには、絶対にこの川を渡らなければならないのですね。

エオル 「来たぞ…準備はいいか?」

エスピア 「はい…あの、一体何が?」

エオル 「見ればわかる…ほら、あそこだ」

エスピア 「…人!? それも水の上を歩いて…」

エオル 「正確には『浮遊』だ…俺も出来るけどね」
エオル 「お前は無理だろ? だからちょっとあいつに手伝ってもらう」
エオル 「俺ひとりだと、向こう岸までは持たない可能性があるからな…俺は力はあっても、体力があるわけじゃないから」

? 「相変わらずですね、エオル…またお節介ですか?」

ゆっくりと川の上を歩いて(浮遊して)、ここまで来たのは、ひとりの女性でした。
頭に大きな三日月が印象的なその女性は、腰まで真っ直ぐ伸びる薄紫色の髪を靡かせ、優しく微笑むその表情は、どこか母性的で見る者を和ませます。
まるで巫女服のようにも見える白いローブは、細い彼女の体をそっと、包み込んでいました。
身長は160以上、私たちに比べればかなり大きいです。
彼女は、私を一目見ると、そっと微笑を見せてくれました。
私は、思わず頭下げて礼をしてしまいました。

女性 「そんなに固くならなくてもよろしいですよ? 私は気にしません…」

エオル 「あ〜、放っとけ。こいつはこういう奴だ…言っても聞きゃしねぇ」
エオル 「とにかく頑固だからな…どっかの誰かさんによ〜く似てるよ」

そう言ってエオル様は私と、三日月の女性を見比べました。
成る程、そう言うことですか。
私が内心で納得すると、三日月の女性は口元に手を当てて微笑みました。
何が面白かったのかはわかりませんが、彼女は目を細めてエオル様と私を見比べる。

エオル 「…ちっ、どうでもいいから早く自己紹介位しろ」
エオル 「時間が惜しいんだ」

エオル様が何やら不満そうにそう言いますと、三日月の女性は胸の上辺りに右手を当て、優しい微笑を私に向けて言葉を紡ぎました。

女性 「申し遅れました…私はシクラム、『クレセリア』です」

彼女はそう言うと、静かに頭を下げる。
私の身長と同じ位の所まで頭を下げた所で、彼女は私に微笑みました。

エスピア (クレセリア…噂程度には聞いたことがありますね)

かつて、闇に覆われた地に、光をもたらしたとされる伝説のポケモン…。
見るのは初めてですね…さすがはエオル様のご友人と言った所ですか。

エスピア 「…初めまして『シクラム』様。私はエーフィ種、エスピアと申します…」

私は、その場で地面に膝を着き、深く頭を下げて名を名乗ります。
その姿を見て、シクラム様は少々苦い顔をなされました。
すぐに私の肩に手を当て。

シクラム 「面を上げてください…エスピアさん。私は、あなたの主人ではありませんよ?」

優しく語りかけるシクラム様。
その言葉には偽りの色は無いように思えました。
ですが、私はそのまま頭を下げていました。

シクラム 「あなたが何を考え、何を思って私を上に見るのかはわかりません」
シクラム 「ですが、私はただのポケモン…あなたと同じなのです」
シクラム 「伝説だ、神話だなどと、私たちをもてはやす人は、確かに大勢います」
シクラム 「ですが、私たちは同じポケモン同士、その間に上下関係などありません」
シクラム 「もう一度、言います…エスピアさん、面を上げてください」

エスピア 「………」

今度は私も顔を上げてシクラム様の顔を見る。
その表情に曇りはありません。
まるで、聖母のような微笑でした…その顔を見ているだけで、私は萎縮してしまうほどに。

エスピア 「…申し訳ございませんシクラム様。私は何分、このような性格でございます」
エスピア 「どうか、お許しを…」

私はそう言って頭を下げることしか出来ませんでした。
頭ではわかっていても、そんな恐れ多いことは許されません。
それに、私にはこれ以上の言い方をできませんから…。

シクラム 「…そうですか、残念です」
シクラム 「ですが、それがあなたの個性であれば、仕方がありません」
シクラム 「ではエスピアさん、今度は立っていただけますか?」
シクラム 「そのままでは、この川を渡れませんよ…」

エスピア 「…はい」

私はそう答えて、立ち上がる。
それを見ると、シクラム様はまた微笑みかけてくれました。
エオル様は、前方の川を見つめて動きません。
両腕を組み、じっ…と前方を見つめ続けています。
私もその先を眺めました。

エスピア (この先に城があり、そこに今回の事件の黒幕と姫様が)

シクラム 「…エオル、あなたは残っていた方がいいのではありませんか?」

エオル 「…冗談言うな、何かあったら洒落にならん」
エオル 「お前らだけで行かせられるか…」

エオル様は振り向かずにそう言いました。
その言葉からは、何故か不安が感じられました。
エオル様は、少なからず嫌な予感を感じているようです。
私も同じでした…嫌な予感が頭を離れません。
何故か、この先には行ってはならないような…そんな気がするほどでした。

シクラム 「…あの娘の不始末は、私の不始末でもあります」
シクラム 「この程度の問題でしたら、私ひとりでも」

エオル 「ダメだ! …エスピアじゃなきゃ、ダメなんだ」

エスピア 「…エオル様?」

エオル様は、やや沈んだ声で私を推薦する。
そして、ふっ…と、俯いたように見えました。
エオル様は、何かお考えがあって私を推している。
私に何が出来るのかはわかりません…ですが、エオル様は私に何かさせようとしていますね。

シクラム 「…わかりました。そうまで言うのでしたら止めはしません」
シクラム 「ですが、危険を感じたならばすぐに逃げてください…あの娘は、ふざけていても強いですよ?」

エオル 「…俺だって、できれば戦いたくは無い。あんな奴とはね」
エオル 「だから、エスピアなんだ…エスピアじゃなきゃ、あいつとは話せないだろ」

シクラム 「…そうですね。確かに私たちが言って聞く娘ではありません」
シクラム 「ですが、危険を冒してまで何故です?」

エオル 「…フォーシールの姫様がさらわれた、それを救いに行く…ってのが建前だ」

エスピア 「…建前?」

今、エオル様は確かに『建前』と言いました。
私にとっては、それが『理由』だと思っていました。
ですが、エオル様は『建前』と…?

シクラム 「成る程…本音は、彼女にあるということですか」

そう言って、シクラム様は私を見ます。
その表情は、どこか悲しげでした。

エオル 「まぁね…一応、責任は感じてるわけよ」
エオル 「…エスピアがこうなったのは、全部俺のせいだしね」

エスピア 「!? エオル様…今、何と?」

私が珍しく声を荒げると、エオル様は振り向かずに言いました。

エオル 「姫様を無事に助けられれば、話してやるよ」
エオル 「さぁ行くぞ! シクラム、ちゃんと担げよ!?」

ギュンッ!

エオル様は一瞬で、ほとんど見えない所まで飛び去ってしまいました。
すると、私は突然重力を感じなくなりました。

シクラム 「では、行きましょう…私はエオルほど速くありませんが、ね」

そう言って、私に笑いかけたかと思うと、すぐに体が前へと引っ張られる。
その瞬間、私は呼吸が出来なかった。

エスピア 「!!」

ビュゴォォォォッ!!

空気を切り裂くかのような音が耳を襲う。
シクラム様の力で、ある程度空気の流れは遮られているにも関わらず、まるでジェットの様な風が私にぶつかって来ていました。

シクラム 『エスピアさん、少しだけの我慢ですよ…』

エスピア 「!?」

シクラム様は、テレパシーで私に語りかける。
私は答える暇も無く、ジェットコースターのような風に耐えていた。



………。



『そして5分後』


エスピア 「……」

シクラム 「…大丈夫ですか、エスピアさん?」

私は何とかコクリと頷く。
予想以上に足は凍り付いていました。
しばらくは、動けそうにありませんね。

エオル 「だらしねぇな…まぁ、しゃあねぇか」
エオル 「どの道、後半日以上は歩かなきゃならないんだ」

シクラム 「あら、飛んで行きませんの? そうすれば数分で着きますのに」

エオル 「冗談言うな…ハエのように叩き落されちまわぁ」

エスピア 「…落とされるんですか」

エオル様は呆れた顔つきで、ハエを叩くジェスチャーをしました。
つまり、空路は危ない…そう言いたいのですね。

シクラム 「…いくら、あの娘でもそこまでは…」

エオル 「い〜や! 念には念を入れる! 眠らされたら最悪だし!!」

シクラム 「あら、それは確かに…」

エスピア 「眠らされる…ですか」

そう言えば、フォーシールでも国ごと眠らされていました。
あれが、ふたりの言う女性ひとりの技であれば、確かに危険な気がしますね。
不意に眠らされてしまったら、起きた時にはどうなっているか…。

エオル 「あいつの技は、広範囲すぎるからな…可能なだけ気づかれずに近づくのが一番だ」

シクラム 「でしたら、最低でもこれが必要ですね」

そう言って、シクラム様は胸の懐から3つ木の実と種を出されました。
それぞれ、色や形が違う物で、私が知っている物ですね。

エスピア 「…カゴの実、ラムの実、そして…癒しの種ですか」

エオル 「準備がいいな…こりゃありがたい」
エオル 「カゴの実はエスピアが持ちな、俺はラムを取る」

シクラム 「でしたら、私が癒しの種ですね」

私たちはそれぞれの道具を取りました。
これが、この先に必要になるのですね。

エオル 「いいか、間違って今使うなよ? カゴの実はギリギリまで使わなくていい」
エオル 「万が一眠らされそうでも、カゴの実を懐に忍ばせておけば香りだけで少しは持つ」

シクラム 「とは言っても、香りだけではせいぜい数秒でしょうね…危険を感じたらすぐに食べてください」
シクラム 「直接食せば、数分は眠らずに済みますから」

エスピア 「はい」

私はそう言われ、首元から胸の辺りに木の実を入れる。
それを見てエオル様が。

エオル 「……」

シクラム 「もうひとつあったら…何て冗談は止めて頂戴ね?」

シクラム様はエオル様の考えを読んでいらしゃったのか、先に釘を打ちました。
それを言われ、エオル様は肩を落として普通に木の実を懐に仕舞いました。

エオル 「…ボケ殺し」

シクラム 「そんなに胸を大きくしたいのでしたら、牛乳を飲みなさい」

エオル 「いーやーじゃーーー!! あんな、どこぞの乳から搾られたような白濁液は、死んでも嫌じゃーーー!!」

シクラム 「あら、でしたら他の部分から抽出された白濁液なら飲めますの?」

エスピア 「……?」

場が凍りつく…と言うよりも、どう答えればいいのかがわかりませんね。
すると、シクラム様が笑顔で説明をしてくれました。

シクラム 「ちなみに先ほどの白濁液の答えは、哺乳類など体内受精をする動物にみられる♂の精子を含む液体のことです」
シクラム 「性交(交尾)の際、♀の体内に精子を導入するために、♂の体内から射出される物ですよ」

エスピア 「………」(赤面)

そう言うことですか…エオル様はそれがわかってらしたのですね。
私も勉強不足のようです。

シクラム 「更に、隠語としては色が似ていることから○ルピスやミルクとも呼ばれるのです」
シクラム 「これなら牛乳と同じ意味ですよ♪」

シクラム様はさも楽しげにそう言う。
エオル様は、段々と紅くなっていく。

シクラム 「ちなみに、男性が射精時に放出する液体であることから、別名『男汁』とも…」

エオル 「…あ、あ、あほかーーーーー!!」(とびっきりの赤面)

それは、まるで魂の叫びのようでした。

エオル 「お前は阿呆か! よりにもよって、何て話振りやがる!!」
エオル 「いくら豆知識でも、こんな知識はなくてもええわい!!」

シクラム 「あら、まだまだありますわよ?」
シクラム 「精液は、射精直後は濁った白色ないし、黄白色の粘り気のある液体ですが」
シクラム 「10分程経過すると、ほぼ透明のさらっとした液体に変化するのです」
シクラム 「その理由は、射精直後には粘り気により、女性生殖器内から精液が漏れ出すのを防ぎ」
シクラム 「その後は精子の運動を助けるために、さらっとした液体に変化するものと考えられているそうです」
シクラム 「初は無臭ですが、時間とともに臭気を発するようになり、栗の花のような臭い、塩素系漂白剤のような臭い…と形容されます」
シクラム 「ちなみに、イカのような生臭い臭いとも形容されることもありますが、不衛生な状態の陰茎から発せられることが多いため、区別されているそうです」

シクラム様は、細かい説明を続ける。
エオル様はもう諦めた表情で、肩を落として聞いているようでした。

シクラム 「さて、本題の味ですが…その味は男性の体調によって大きく変化し、苦味とも薄塩味とも形容されます」
シクラム 「ですが、糖分が含まれているために若干甘く感じる場合もあるそうです」
シクラム 「皮膚に付着したり、飲みこんでも無害であり、経口摂取すれば栄養となると考えられるそうです」
シクラム 「ちなみに、精子はほとんどがタンパク質でできており、デオキシリボ核酸も多く含まれるそうですよ」
シクラム 「更に細かく言うと、アルギニン、レシチン、クレアチン、マグネシウム、フォスフォラス、ポタシウム、ビタミンB12、ビタミンC」
シクラム 「他には亜鉛、DHAが入っていると言うことです」

エオル 「…もういい」
エオル 「俺には当分飲めそうにない…」

エオル様は死んだような声で、そう言いました。

シクラム 「あら、アレには精神・肉体を機敏にさせ、不必要な脂肪を分解し、DHAも含まれていて、亜鉛も多量に含まれているのですよ?」
シクラム 「いい事尽くめじゃないですか♪」
シクラム 「きっとエオルの体も大きくなりますよ〜」

一体、どこまでが冗談なのか。
さすがの私も、これ以上はわかりません。

エオル 「んなもん飲んでまで大きくなりたくないわ!!」

最もな意見でしょう…小さな子には、あまりよろしくありませんね、この話は。

シクラム 「うふふ、冗談ですよ…半分は♪」

エオル 「畜生…俺がモテないの知ってて、言ってただろ?」

シクラム 「あら、気にする必要はないでしょう? あなたはマニアには人気がありますわよきっと」
シクラム 「頼めば、白濁液くらい飲ませて…」

エオル 「いーやーーじゃーーー!! よりにもよって何でマニアなんじゃ!! 俺は普通の男にモテたいの!!」
エオル 「後、もう液の話はよせ!!」

シクラム 「もう…我侭を言うものじゃありませんよ? 普通の男性はもっと家庭的な女性を好むものですし」

エスピア 「あの…」

私はいい加減、おふたりに向かって進言します。

エオル 「…何だよ?」

シクラム 「どうかしましたか?」

エスピア 「もう、歩けますので…行きませんか?」

シクラム 「あら、そうですわね…時間も惜しいことですし」

エオル 「ちっくしょう…どうせ俺は微妙なキャラ付けだよ」

エオル様は、余程気になされているのか、肩を落として歩き始めました。
シクラム様は、そんなエオル様を見て、ただ微笑むだけでした。

エスピア (何だか、思っていたのとは全く違う)

少なくとも、私が持っていた伝説のポケモンとは、まるでイメージが合いませんでした。
エオル様は特別だと思っていましたが、シクラム様も負けじと個性のある方ですし。
シクラム様が言うように、伝説と言われていてもポケモンはポケモン…そう言うことなのかもしれませんね。



………。
……。
…。



『そして、その夜』


シクラム 「エオル…また野菜を残していますね?」

エオル 「ぎく…だって、まずいし」

シクラム 「いけませんよ、野菜は栄養があるのですから」
シクラム 「せめて火を通した野菜位は、食べなさい」
シクラム 「作ってくださったエスピアさんに、申し訳がないでしょう?」

エオル 「いーや! エスピアは別に無理に食べなくていいって言ってくれてるし!」

シクラム 「もう…我侭は直りませんね。そんなことですから姉妹の間では立場が低いのですよ」

シクラム様は、そう言って火を通したキャベツをかじる。
私は無言で、生野菜をかじっていました。
エオル様だけ、川で取っていた魚を焼いて食べています。

エオル 「…へん、別に姉妹の間で立場が低くてもいいんだよ」
エオル 「俺、あんまりあのふたり好きじゃないし…」

シクラム 「エオル! 例え心で思っていても、そんなことを口で言ってはいけません!」

エスピア 「………」

シクラム様が、私の前で初めて声を荒げる。
その言葉は、とても…重く感じました。
さすがのエオル様も悪く思ったのか、俯いて。

エオル 「…悪かったよ、二度と言わない」

シクラム 「…そうしてください。世の中には、家族に会いたくても会えない人がいるのですから…それを忘れてはいけません」

エスピア 「………」

家族…それは、私にとって唯一の拠り所。
生き別れた子供を捜すため、私は旅を続けています。
一体どこにいるのか…。

シクラム 「そう言えば、エスピアさん…家族はどうなされているのですか?」

シクラム様は、微笑みを戻し、私に問いかける。
私は口の中の物を水でゆっくり飲み込んでから答えます。

エスピア 「…親はいません。ですが、妹が4人います」
エスピア 「最初はこの大陸に住んでいましたが、ある理由で、北国の『スワラン』で、シスターとして暮らしていました」

シクラム 「妹さんが4人も…長女としては苦労なされたのでしょうね」

エスピア 「…いえ、私の姉妹はひとりを除いて、全員産まれてすぐに別々の大陸に送られました」
エスピア 「元々、私たちの両親はあまりいい両親ではなかったので、5人もの子供を育てる余裕が無かったと言えます」

シクラム 「成る程…そう言えば、エスピアさんのお歳は?」

エスピア 「今年で26になります」

それを聞くと、シクラム様は驚かずに感心します。
私の容姿を踏まえた上で、納得していたようでした。

シクラム 「道理で…エオルよりも遥かにしっかりしていると思いましたわ」
シクラム 「そのお歳でしたら、もうご結婚もなさっているのですか?」

エオル 「……」

エスピア 「…いえ、結婚はしていません」
エスピア 「ですが、子供が6人います」

シクラム 「6人も!? そのお子さんたちは今どうしているのですか?」

さすがに、これにはシクラム様も驚いてしまう。
もっとも、驚かない方が不自然かもしれませんね。

エスピア 「子供たちは、ひとりを除いて教会に預かってもらっています」
エスピア 「元々、ひとりを除いては孤児で、私が引き取った子供たちですから」

シクラム 「養子ということですね…では、そのひとりが」

エスピア 「はい…私の実の息子です。残りの5人は全て孤児の女の子です」
エスピア 「年は、息子が一番下で、12歳。後の子は3人が13歳、ふたりが14歳です」

シクラム 「…という事は、エスピアさんは14歳で子供をお作りになられたのですか!?」

私はコクンと頷く。
シクラム様は、それを聞いて沈黙してしまいました。
余程、予想外だったのでしょう…誰もがこの話は信じられないといった顔をしますからね。
ですが、これはちゃんと証拠もあります。
息子にはちゃんと出産記録が残っていますし、のこりの子供たちもちゃんと正式に養子縁組をしていますから。

エオル 「…あんまり、驚くなよ。エスピアが気を悪くするかもしれん」

シクラム 「…あなたは、驚きませんの?」

エオル 「…俺が原因だって言ったろ? 何でも知ってるよ、エスピアのことは」

エスピア 「エオル様…」

エオル 「ごちそうさん! 俺はもう寝る!! 話は全部終わってからだ!!」

そう言って、エオル様はいつもの格好で眠ってしまいました。
シクラム様は、まだ食事の途中でしたが、すっかり手が止まっていました。

シクラム (…エオル、一体何をしたのですか?)
シクラム (親友の私にも、言えないことですの?)

エスピア 「…シクラム様、ひとつお聞きしてよろしいですか?」

シクラム 「え、ええ…何ですか?」

シクラム様は、私が話しかけると、再び笑みを取り戻す。
ですが、その笑みはどこか悲しげでした。

エスピア 「…この写真、これが私の息子です」

シクラム 「まぁ…可愛らしい。立派なイーブイですね」

エスピア 「はい…今から12年前の写真ですが、私はこの息子を探して旅をしています」

シクラム 「この子を? と言うことは、産まれてまもなく…」

エスピア 「はい…離れ離れになりました」
エスピア 「本来ならば、もう生きてはいないのかもしれません…戦争の合間に生き別れたのですから」
エスピア 「ですが、私は希望を捨てません…必ず生きて会える。私はそう信じています」

私は強い意志を持ってそう言う。
それが私の力になるのですから。

シクラム 「…残念ですが、私にはわかりかねます」
シクラム 「子供のイーブイでしたら、世界には数え切れないほどいます」
シクラム 「まだ産まれて間もないこの写真からでは、何とも…」

エスピア 「そうですか…では『アルス』と言う名前に覚えは?」

シクラム 「アルス…いえ、知りませんね」

シクラム様は嘘を言っているようには思えない。
本当に知らないのでしょうね…。
私は写真を懐に戻して、立ち上がりました。

エスピア 「少し…失礼します」

シクラム 「あ、はい」

シクラム様は、ひとりになって食事を再開する。
ゆっくりとした手で、ゆっくり噛んで飲み込む…そんな食べ方でした。



………。



エスピア 「…アルス」

私は雲ひとつない夜空を見てその名を呟く。
私の息子…産まれてすぐ、生き別れになった実の息子。
今は、もう私と変わらないほどに大きくなっているかもしれませんね。

エスピア 「…他には何も望みません、ただ…生きて」

私は両膝を地面に着き、両手を胸の前で合わせて祈るポーズを取る。
教会にいた頃は、これでもシスターとして仕事をしていました。
恵まれない孤児を無償で助けることを仕事に、自分の子供を養っていきました。
今は、牧師様が見てくださっている子供たち。
今頃は学校に通って、友達も作っているかもしれませんね。
手紙で連絡をしてはいますが、私の顔を覚えていない子供もいるかもしれません…。

エスピア 「皆、ごめんなさい…不出来なお母さんを許してくれとは言いません」
エスピア 「ただ、強く生きて…例え、私の事を忘れても構いません」
エスピア 「私は、まだアルスを探します…だから、ごめんなさい」

私は空を見上げ、祈る。
涙は流れない…もう、流しつくして枯れてしまったから。
でも、子供を思う気持ちだけは忘れません。



………。
……。
…。



『翌日(4日目) 時刻6:30 北の城』


エオル 「ようやく着いたな…ここまでほとんど無警戒、早起きした甲斐があったな」

シクラム 「ええ、あの娘はあなたに似て朝が弱いですからね」

エスピア 「ここに、その女性が住んでいるのですか?」

私たちは、すでに城の門まで来ていた。
古い古城で、見た目には人が住んでいるようには見えない。
所々崩れていて、まるで幽霊が出てきそうな雰囲気でした。
霧も若干かかっており、視界は決して良いとは言えません。

エオル 「…住んでいるってのは微妙だな」
エオル 「あいつは元々、住処を持たないから」
エオル 「強いて言うなら、夢の中が住処ってわけだ」

エオル様はやや真剣にそう言う。
冗談ではなく、本当にそうなのでしょうね。
その言葉から、緊張感がこちらにも伝わってきます。

エスピア 「そろそろ…教えてもらえませんか? その女性とは、誰なのですか?」
エスピア 「少なくとも、おふたりの知り合いだとは予想できます」

私がそう聞くと、エオル様は黙ってしまう。
言いたくないのでしょうか?
ですが、シクラム様が変わりに口を開いてくださいました。

シクラム 「…名は真姫(しんき)、『ダークライ』と言う種族です」

エスピア 「『ダークライ』…? 聞いたことがありませんね」

エオル 「…知らなくて当然だ、人の世に出るのは稀だからな」
エオル 「いつもは、お得意の夢の世界で他人の夢を食って生活してる、自堕落な女さ」
エオル 「でも、性格が最悪でね…たまに今回のような事件を引き起こす」
エオル 「若い美少年をさらっては、精気を吸うんだよ…その、まぁ…あれだ」

最後の方は、エオル様も紅くなって言葉を失う。
変わりにシクラム様が答えました。

シクラム 「…要は、乳繰り合うのですよ」

エオル 「だから、そう言うエロい言い方は止めろ!!」

そう言って、エオル様は赤面したまま門を開ける。
かなり気にしてらっしゃるようですね…純情、なのですね。

シクラム 「うふふ…可愛いですわ本当に」
シクラム 「あれだけ可愛いのでしたら、男の子は放っておきませんのに」

エスピア 「………」

シクラム様は、わざとエオル様に聞こえないように言う。
まるで、この状況を楽しんでいるかのようでした。
私たちは、エオル様に着いて中へと入ります。



………。



エオル 「…何もねぇな」

シクラム 「おかしいですわね…いくらなんでも、ここまで気づかないなんて」

エスピア 「…もしかして、もうここにはいないのでは?」

エオル 「…まさか。姫をさらって激情を露にしてるはずだぜ? もうひとり位さらって来そうなもんだ」
エオル 「しかし…あながち間違ってもいない、か」

私たちは、それからくまなく城を探しますが、人ひとり見つけることは出来ませんでした。
さらわれたと言う姫様でさえ…。



………。
……。
…。



エオル 「…後は、ここだけか」

シクラム 「ええ、ここだけです」

エスピア 「ここに、姫様が…?」

私たちが最後にたどり着いたのは、寝室。
それも、城主が使っていたと思われる部屋です。

エオル 「…ちっ、おちょくってやがる」

エスピア 「?」

シクラム 「エスピアさん、下がって…」

エオル様はドアノブに手をかける前に、苦い顔をした。
そして、シクラム様が私を後ろに下げ、エオル様の隣に並ぶ。

エオル 「さて…どうしたもんかな」

シクラム 「強行突破は、嫌いじゃありませんよ?」

シクラム様は笑ってそう言う。
気軽な言い方ですが、決して冗談は入り混じってません。
恐らく、本気で言っておられるのでしょう。
私は、少し緊張感を高め、落ち着いて待機しました。

エオル 「面倒だ、フォロー頼むぜ」

シクラム 「ええ、どうぞ」

そう言って、エオル様はドアを勢いよく開ける。
その瞬間、シクラム様が前に出て、力を行使する。

ギュアアァンッ!! ドグオォゥッ!!

エスピア 「!?」

シクラム様は、前方に向かって『サイコキネシス』を放った。
その瞬間、シクラム様の目の前で大爆発。
扉周辺で黒い煙が舞い、視界が遮られる。

エオル 「! シクラム!!」

シクラム 「はぁ!!」

シクラム様はすぐに煙を払う。
だが、次の瞬間。

ドガァッ!!

シクラム 「ぐぅっ!!」

ズシャァァンッ!!

エスピア 「!?」
エオル 「シクラム!!」

突然、シクラム様を何者かが地面に叩き伏せる。
シクラム様の首を右手一本で掴み、そのまま地面に叩きつけたのだ。
私は、その者姿を見る。

女性 「…ふ」

苦悶の表情をする、シクラム様を見てほくそ笑む女性。
見た目は、シクラム様よりも年下に見えますが、年齢と外見は一致していない可能性が高いでしょうね。
服は、ハイレグの水着のような物を一枚着込んでいるだけ。
色は黒で、それ以外は何も着てません。
右目を完全に覆い隠す白い長髪。
身長は160cm程度に見えますが、明らかにとてつもない力を秘めているのを感じます。
細い体つきでありながら、明らかに体格が上のシクラム様を片手一本で叩き伏せるとは…。

エオル 「この野郎!!」

女性 「馬鹿め!!」

ズドオンッ!!

エオル 「うぐあぁっ!!」

女性は残りの左手で『シャドーボール』を放ち、エオル様を吹き飛ばす。
とてつもないスピード…まるで攻撃動作が読めませんね。

エスピア 「…!」

エオル 「来るなエスピア!!」

シクラム 「うう!!」

ドカァッ!

女性 「!?」「

エオル様が叫び、女性の気を引いた瞬間、シクラム様は右足で女性の腹を蹴りました。
体重の軽そうな女性は後ろに下がり、シクラム様は彼女の手から脱出しました。

シクラム 「けほっ! こほっ!!」

女性 「珍しいわね…あなたが蹴りなんて」
女性 「おしとやかなイメージが無くなるんじゃなぁい?」

シクラム 「…あなたは、また野蛮さが上がりましたね、『真姫』」

シクラム様は呼吸を整え、その名を呼ぶ。
そうか…この方が、ふたりの言っていた『ダークライ』、真姫様。

真姫 「ふん、こっちは今気が立っているのよ…わざわざ説教でもしに来たって言うなら、死ぬ覚悟はできてるんでしょうねぇ?」

笑ってそう言い放つ真姫様。
表情とは裏腹に、かなりの重圧を感じる。
にらみ合いだけでも、相当な精神を削られそうですね。

エオル 「くそったれが…」

真姫 「ふふふ…何しに来たのか知らないけど、運が悪かったわね」
真姫 「私の機嫌が悪い時にわざわざ来るなんて」

エオル 「な〜に言ってやがる、単に自分の勘違いで女さらったくせによ」

真姫 「うぐぅっ!?」

エオル様の的確な言葉に真姫様は明らかにうろたえる。
図星のようですね…。

シクラム 「事もあろうに、姫君を美少年と勘違いしてさらうだなんて、あなたの眼力も地に落ちましたわね」

真姫 「う、う、うるさい!! 私だって間違う時くらいあるわよ!!」

エスピア 「………」

何だか、途端に重圧感がなくなりましたね。
ついさっきまでプレッシャーの塊だった真姫様は見る影もありません。

エオル 「大体、お前はえり好みしすぎなんだよ…」

真姫 「黙れ! お前は選ぶ権利も無いくせに!!」

エオル 「うっせぇ!! 俺は待つ派なの!! 男の見る目が無いんだよ!!」

真姫 「あ〜ら、私の様に美貌も乳も無い貧相な体で、よく言えるわね♪」

真姫様は、ここぞとばかりに反撃に出る。
悩ましげなポーズでエオル様に自分の体を見せびらかしているのだ。

エオル 「こ、こ、こ…この!」

ガッシィッ!!

真姫 「うきゃっ!?」

シクラム 「あらまぁ…」

何を思ったのか、突然エオル様は真姫様の両胸…要するに乳房を両手で鷲掴みにしました。
さすがの真姫様も顔を真っ赤にしてうろたえました。

エオル 「こいつか!? こいつが悪いのか!?」
エオル 「男共は皆これに騙されとるんだーーー!!」

ぐにゅぐにゅ♪

真姫 「やめんか! このド変態!!」

ドバキィッ!!

凄まじい音をたてて地面にめり込むエオル様。
業を煮やしたのか、真姫様は全力でエオル様の脳天に拳骨を見舞ったのです。
ようやく引き剥がれたエオル様を見下ろし、真姫様はご自分の胸を庇いながら、顔を赤くしていました。

真姫 「はぁはぁ…全く、私は女とヤリ合う趣味は無いの!!」

シクラム 「あらあら…もうエオルたったら」

シクラム様は子供を起き上がらせるように、優しくエオル様を抱きかかえる。
何だか、状況が良くわからなくなってきました…私たちは、何の目的で来たのか…。

エオル 「ち、畜生…思いっきりぶちやがったな!」

真姫 「当たり前でしょ、この痴れ者!!」
真姫 「そんなに、胸が欲しけりゃ誰かに揉んでもらえ!!」

エオル 「どこかの誰かと同じ事を言うなーーー!!」

ふたりは益々ヒートアップしていますね…このままでは話が進まない気がします。

エスピア 「あの、宜しいでしょうか真姫様?」

真姫 「うん? あら、可愛いエーフィねぇ…私の事を様付けだなんて、見る目があるじゃない♪」

予想以上に真姫様は、機嫌を良くする。
やはり…こう言う下手の態度の方が話が通じるようですね。

エオル 「エスピア…お前はっ!?」
シクラム 「エオル…ちょっと」

エオル 「むぐぐっ!!」

シクラム様はエオル様の口を塞ぎ、数歩後ろに下がる。
どうやら、私に任せてもらえるようですね。
その方が話が早いです。

真姫 「…で、私に何か様かしら?」

エスピア 「単刀直入に言います、姫様を返してもらえませんか?」
エスピア 「後、フォーシールの人たちを眠りから返していただきたいのです」

私は床に膝を着き、頭を下げてそう懇願する。
すると、その姿を見た真姫様は。

ドガァッ!!

エスピア 「!! っ…!」

エオル 「この野郎、いきなり何…!!」
シクラム 「エオル!」

飛び出そうとするエオル様をシクラム様が止める。
真姫様は、私の頭を右手で床に押し付けたのです。
床は石でできていますから、衝撃で額が割れました。
私の額から血が滲み、床に血が滲む。

真姫 「私に何かを頼む時は、この位頭を下げなさい…最低でもね」

エスピア 「はい…申し訳ありませんでした」

私はそう言って謝る。
真姫様は、私の頭から手を離し、少し考える素振りをした。

真姫 「ふん…あなた、随分太い精神をしているのねぇ」
真姫 「少なくとも、見た目ほど子供じゃないようね」
真姫 「まさか…この娘がエオルの言っていた、犠牲者かしらぁ?」

エオル 「!?」

シクラム 「……」

エスピア 「…?」

私はその真姫様の言葉を聞いて、はっ…となる。
頭を上げ、真姫様の表情を見ようとするが、その瞬間。

ドシャァッ!!

エスピア 「!?」

真姫 「私は頭を上げろとは言ってないわよ?」

再び真姫様が右手で私の頭を地面に落とす。
傷が更に開き、血が回りに飛び散った。
一瞬意識が途切れそうになるけれど、私は意識を集中して耐えた。

エオル 「もう止めろ! これ以上エスピアを傷つけるな!!」

真姫 「あら、随分庇うのねぇ…じゃあ、やっぱり当たりかしら?」
真姫 「そうだとしたら、今頃随分立派なことしてるわねぇ…見捨てて逃げたくせに」

エオル 「!? うっ…」

シクラム 「……」

エスピア (見捨てて…逃げた?)

真姫様は確かにそう言った。
見捨てて…逃げた、と。
私は頭を地面に着けられたまま、目だけを見開く。
すぐ目の前には床。
そして、私の血。
額から目に血が滲み、視界は赤いカーテンで遮られる。
瞬間、私の心臓が高く鳴り響いたのを感じた。

ドクンッ!

エスピア 「…!!」

あの時の記憶がフラッシュバックする。
あの時も、こうやって血に塗れていた。





………………………。





エスピア 「お父さん! お母さん!!」

ゴゴゴゴ…パチパチ! ドガァッ! ゴガァンッ!!

硝煙の臭い。
燃え盛る家屋。
降り積もる灰…腐った肉の臭い。
そして、目に移る赤いヴィジョン。
当時12歳の私は、ひとり…生き残った。
それは、突然でした。



………。



普段通りの生活。
いつも通り、両親と一緒に夕飯を食べていました。
ただ、次の瞬間、全ては消え去った。



………。



ドッ! グオオオオオオオオオオォォォォォォンッ!!!!!



爆発音。
それは遠くから聞こえた音。
その数秒後、閃光と共に、私の家は吹き飛びました。
一瞬で、状況を察した父と母は、私を身を挺して庇い、私を助けました。



………。



エスピア 「お父さん! お母さん!!」

小さな私は泣き叫び、父と母の遺体を揺さぶる。
応えるはずは無い、死んでいるのですから。
ですが、当時の私にそんなことがわかるはずもなかった。
ただ…泣いて、父と母を呼ぶだけ。





………………………。





真姫 「ふふふ…あなたは知らないでしょうね」
真姫 「エオルはね、ちょっとした弾みであなたの住んでいた街を『消し飛ばした』のよ…」

エスピア 「!?」

真姫 「もっとも、直接エオルがやったわけじゃないけれど…ねぇ」
真姫 「あの時、エオルが見捨てなければ、この娘はあんな悲しいことには出くわさなかった」
真姫 「さぞ、辛かったでしょうねぇ…12歳の子供が姓奴隷だなんて」

エスピア 「!!」

ドクンッ!!

再び私の心臓が高鳴る。
姓奴隷…それが私の残されていたたった一つの道。
私は、街ごと吹き飛ばされ、ただひとり生き残った。
だけど、私を助けたのは、事もあろうに奴隷商人だった。
10歳の私は、ある人物に売り渡され、12歳ながらに私は姓奴隷として扱われた。
幾人もの男たちに私は弄ばれ、私の体はいつしか成長を止めてしまった…。
涙も流しつくし、私は機械のように男たちに奉仕する。
そんな私が救出されたのは、2年後…私が14歳となった時だった。

真姫 「…14歳の時に救出されたけれど、この娘はすでに重い十字架を背負っていた」
真姫 「14歳で、『出産』だものねぇ?」

エオル 「…!!」

シクラム 「…!」

エスピア 「…!!」

ドクンッ! ドクンッ!!

高鳴る心臓に私は急激な吐き気を感じる。
まるで、自分の心が体ごと崩壊していく気分でした。
だけど、私は耐えます…何があっても、私は意識だけは失いません。

真姫 「誰とも知れない男の子供をこの娘は身篭った」
真姫 「周りの反対を押し切り、教会でシスターとなって、子供を育てた」
真姫 「その後も、この娘は6人もの孤児を引き取り、我が子として育てていたのよねぇ」

エオル 「…知っているさ、そんなこと全部!」
エオル 「だからこそ…だからこそっ!」

真姫様の言葉にエオル様は唇を噛んで言葉を発する。
エオル様の下唇から血が滲み、顎を伝ってそれは床に落ちた。

真姫 「だからこそ…ねぇ?」
真姫 「今更何を言っているのか…見捨てて逃げた罪が消えるわけでもないでしょうに」

エオル 「うるせぇ!! だからこそ、今度は俺がエスピアを助けるって決めたんだぁ!!」

真姫 「!?」

ドガァッ!!

エオル様は全力で真姫様の左頬を右拳で殴り飛ばす。
凄まじい勢いで向こう側の壁まで吹き飛ぶ真姫様。
さすがに効いたのか、すぐには起き上がらなかった。

エオル 「さぁ立てエスピア! あんな奴に頭下げる必要はねぇ!」

エスピア 「…エ、エオル様」

真姫 「…っ、よくもやってくれたわね! 覚悟はできてるんでしょうね!?」

即座に戦闘態勢を取る真姫様。
エオル様は私を起き上がらせ、冷静に真姫様を睨みつけた。
そんな中、真姫様は怒りの表情でエオル様に飛び掛ってくる。
ただし、その動きにはあまりスピードが無かった。

真姫 「エェオォルゥ…!!」

エオル 「…もう負けてんだよ、お前は」

真姫 「!?」

ドッ! ギュアアアンッ!!

不可思議なスピードで突っ込む真姫様。
そして、あまりにも速いエオル様の『気合球』が真姫様を再び吹き飛ばした。

ドッゴオオオオンッ!!

爆音と共に、壁を突き破って外に放り出される真姫様。
そして、エオル様は私を背負って追いかけた。

ヒュゥゥッ! ザシャアアアアンッ!!

真姫 「ぐぅぅぅ!?」

エオル 「いくらテメェでも、単純な力比べなら俺の方が上だ!」
エオル 「エスピアを傷つけるのは俺が許さねぇ!」

最初に、真姫様がシクラム様にやったことと同じ事をエオル様がやりました。
エオル様の細い腕が真姫様の首を右手一本で締め上げ、地面に押し付けます。

エスピア (何故…急に真姫様は?)

どう考えてもおかしかった。
真姫様の方がスピードも攻撃力もエオル様を凌駕しているように感じたのに、こうもあっさりと。

シクラム 「『トリックルーム』ですわ」

エスピア 「シクラム様…それは?」

私は聞いたことがありませんでした。
シクラム様は、笑顔で説明を始めます。

シクラム 「単純に、素早さの速さを逆転させてしまう技です♪」
シクラム 「エオルや私は、真姫に比べればてんで遅いので、これを使うと一気に逆転してしまうと言う技ですね」

エスピア 「…なるほど」

それで、この結果ですか。
なるほど、つまりエオル様から見れば、真姫様のスピードはスローモーションに見えると言うことですね。

真姫 「…くっ、離しなさいよ!」

エオル 「まだだ…! 姫の居場所を聞いてねぇ!」

真姫 「…居場所は知らないわよ。もう手放したもの」
真姫 「今頃、売りさばかれてるかもしれないわねぇ…」

エスピア 「!? どこに!」

シクラム (エスピアさん…!)

私は、再び心臓が高鳴るのを感じる。
姫様が私と同じ様になってしまう。
私はそう思うと、自分でも押さえ切れないほどの感情が表に出た。

エスピア 「どこにいるんですか!! 姫様は誰に!?」

私は真姫様の肩を掴んで、揺さぶる。
私の必死な表情を見て、エオル様は真姫様の首を離す。

真姫 「…! 私に気安く触れないで!」

バシィッ!!

エスピア 「!?」

エオル 「テメェ!」

真姫 「ふっ!」

ドギュアッ!!

エオル 「がぁっ!!」

エスピア 「キャアッ!!」

自由になった真姫様はすかさず『悪の波動』で私たちを同時に吹き飛ばす。
すでに『トリックルーム』の効果がなくなっていたのか、すぐに真姫様は素早い動きで距離を離した。

エオル 「くっそ…油断したぜ」

エスピア 「…うっ」

私は辛うじて立ち上がる。
まだ、姫様の居場所を聞いていません。
私は強い意志を持って、真姫様を睨みつけました。

真姫 「…はっ、もう止めね」
真姫 「これ以上、付き合っていられないわ…そんなにあの姫様を助けたければ、もっと北に行きなさい」
真姫 「どうせ、ここから北にはひとつしか港は無いものねぇ…」

エオル 「!! エスピア!」

エスピア 「はい! 行きましょう!」

私は強く答える。
私とエオル様はすぐに目的の場所に向かおうとしました。
ですが、シクラム様は着いてくる様子がありませんでした。

エオル 「どうした…?」

シクラム 「私は、ここまでです…ここから先は、あなたたちだけで行ってください」

エスピア 「シクラム様…?」

シクラム様は、微笑をかけるだけでした。
何を考えているのかは、私にはわかりかねます。
ですが、シクラム様にはご自分の考えがおありのはず、私にはそれを咎める事などできません。

エオル 「…しゃあねぇな、アバヨ!」

エスピア 「シクラム様…どうか、お元気で」

シクラム 「ええ…あなたたちも、気をつけて」

私とエオル様は、そのまま城を出ました。
後は、姫様を助けるだけ。
短い間なのに、とてつもなく長い時間に思えました。
こんな所で、再び過去に向き合うとは思ってもいませんでしたから。



………。



シクラム 「…真姫、随分気前が良くなりましたね」

真姫 「…ふんっ、面倒ごとは嫌いよ」
真姫 「それに…あんな必死の形相で迫られたら、気持ち悪いわ」

確かに、あの時のエスピアさんの表情は、鬼気迫る物がありました。
まるで、我が子を失うかのような表情。
自分の姿と重ねてしまったのですね…エーフィ種には『シンクロ』と言う特性があるだけに、より大きな感情を真姫に与えてしまったのですね。
真姫はそれをまともに受けて、正常ではいられなくなりかけた…と言った所ですか。

真姫 「…何で残ったの?」

シクラム 「そりゃあ、大事な妹のことですもの…久し振りなんですから、たまには…ね?」

真姫 「気持ち悪い言い方は止めなさい! 大体、今頃姉気取りは止めて!!」
真姫 「言いたいことがあるならはっきり言えばどう!?」

シクラム 「ふふ…相変わらず、不器用ね…あなたもエオルも」
シクラム 「それでは、本当のことを言いましょうか…♪」

私は唇に右手の人差し指を当て、真姫にウインクをしてそう言いました。



………。
……。
…。



『同日 時刻12:00 港町フェリー』


エオル 「チックショウ…やっと着いたぜ」

エスピア 「はい…ようやく、ですね」

あれから、私たちは全力で走りました。
この港町から、恐らく姫様は運び出されてしまう。
もしかしたら、間に合わないかもしれない。
でも、諦めることだけは絶対にしたくありません。

エオル 「とりあえず、港だ! 奴隷商人ならすぐわかるだろ!」

エスピア 「…ええ、そうですね」

そう思いたいですね。
簡単にはいかないかもしれませんが、何とかしないと。



………。



『時刻12:15 フェリー・港』


男A 「おい、早く積み込め!」

男B 「わぁってるよ! 暴れるもんだから時間かかっちまって…!」

男C 「御託はいいからさっさと積み込め! もう出発しちまう!」



エオル (いた…絶対アレだ)

エスピア (あからさまですね…)

どう見ても如何わしい3人組。
奇しくも、私には見覚えのある男たちだった。

エスピア (…私を売り飛ばした男)

スカタンク種の太った成金男。
それは、私の記憶に今でも焼きついている。
12歳の私を売り飛ばした、奴隷商人。
私は、少なからず気が早まるのを感じる。

エオル 「…抑えろよエスピア、今出て行ったら騒ぎが大きくなる」
エオル 「出る場面を間違えたら俺たちが悪役だ」

エスピア 「…はい」

エオル様は事の他、冷静でした。
恐らく、私と同じ事を思っているはずですが、エオル様は冷静に奴隷商人たちの動きを観察していました。
それと同時に周りも確認。
昼の時間だと言うのに、人の数は少ない。
船には何人かの船員がいるみたいですが、奴隷商人は3人。
ボスのスカタンクひとりと、部下のスカンプーがふたり。
悪タイプだけに、エスパーの私たちだけでは、危険かもしれませんが…。

エオル 「…ちっ、どうするかな」

エスピア 「強行突破も止むを得ないのでは?」

私がそう言いますが、エオル様は首を横に振る。
確かに得策ではありません。
ですが、このまま見過ごしては…。

エオル 「こうなったら、船に乗り込んで隙を見つけるしかない」
エオル 「町中より、船の上の方が確実だろう…」

エスピア 「………」

ですが、乗り込むことも考えなければなりませんね。
今からではチケットを買うこともできないでしょう。
無理やり乗り込めば、当然問題も出てしまいます。

エオル (場合によっちゃ、俺ひとりでも…って、何だ?)

エスピア 「きゅ、急に…眠気が…?」

突然、視界が黒くぼやけてきました。
私は急激な眠気に襲われ、目を開けていられなく…。

エオル 「しっかりしろ!」

エスピア 「!?」

突然、意識が覚醒し、目を覚ます私。
何が起こったのか、全くわからず、私はエオル様をボ〜ッと見ていました。

エオル 「『カゴの実』で、目を覚ましたんだ、俺も『ラムの実』で目を覚ました」
エオル 「どうやら、馬鹿がやってくれたらしい…ちっ、癪だなぁ」

エスピア 「え…?」

見ると、船員を含め、全ての者が眠りに落ちていました。
この現象は、フォーシールの時と同じ…まさか!



………。



真姫 「ちっ、二度とやらないよ…こんなこと」

シクラム 「ええ、助かりました…恩に着ます」
シクラム 「今度、たっぷりお礼を差し上げますわ♪」

真姫 「絶対いらない! あんたのお礼なんてロクでもないもの!!」
真姫 「今回のことは、大目に見てあげるから、しばらく顔出さないで! それが一番嬉しいから!!」

そう言って、真姫はすぐにどこかへ行ってしまう。
あらあら、せっかちねぇ…でも、意外にこう言うことは放っておかないのもあの娘のいい所かしら、ね♪



………。



エオル 「いたぜ」

エスピア 「姫様…良かった、ご無事で」

私たちは、箱詰めにされ、手足を縛られて猿轡(さるぐつわ)をされている姫様を助け出しました。
姫様も完全に眠っており、安らかな寝顔をしておりました。

エオル 「さて、戻ろうぜ…こいつらを警察に突き出してな!」



………。



こうして、奴隷商人の3人はエオル様の手によって、西方政府の自警団に引き渡されました。
もう随分長い間、捕まらなかった悪党だそうで、今回のことは大手柄となったそうです。
そして、無事に姫様を救い出した私たちは、再びフォーシールへ戻ることになりました。





………………………。





『2日後 時刻15:00 フォーシール城・謁見の間』


国王 「よくやってくれた、エスピア殿…今回の件、感謝の言葉も無い」

エスピア 「いえ、全てはエオル様やシクラム様、そして真姫様のお力による物…決して、私ひとりの力では…」

ルティ 「何言ってんだよ! それでも俺たちは感謝してるんだ…エスピアにさ」

国王 「左様…エスピア殿がいたからこそ、エオル様たちもご助力貸してくださったのだろう…私はそう思う」
国王 「エスピア殿…そなたは、これからどうなされるつもりですかな?」

私は、ゆっくりと立ち上がり、国王様の目を真っ直ぐ見る。
そして、はっきりと答えました。

エスピア 「『アクアレイク』に向かおうかと思います」

国王 「アクアレイク…南の商業都市か」
国王 「確かに、あそこならば様々情報が行き交う…そなたの捜し求める情報もあるやもしれぬな」

ルティ 「……」

エスピア 「…一宿一晩の恩、決して忘れは致しません、このご恩は、いつか必ず…」

国王 「エスピア殿、それは違う…恩を返すのは我らの方だ」

オオオオオオオオオオオオォォォォッ!!

国王の合図と共に、謁見の間に集まった、多くの兵士やメイドが声をあげます。
そして、国王様は微笑み、こう言われました。

国王 「…いつでも、頼られよ。我々は助力を惜しまぬ」
国王 「そなたは、決してひとりではない…『希望』を捨てぬ限りはな」
国王 「そなたの旅が無事に終わるよう、我らフォーシールの民は願っているぞ」

エスピア 「…ありがたき幸せにございます。私も、決して諦めません」
エスピア 「必ず、この旅を無事に終わらせることを、ここに誓います」

私は、祈りのポーズを取り、そう言う。
シスターの名残ですね、もう随分離れていましたが、ついやってしまいます。

国王 「さぁ、エスピア殿の出立だ!! 皆の者、盛大に送ろうぞ!!」

ワアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!



………。



エスピア 「皆様、どうもありがとうございました!」

国王 「達者でな! エスピア殿!!」

ルティ 「……!!」

国王 「ルティ!?」

ダダダダダッ!!

突然、姫様が私の元に走り寄って来る。
息を切らし、私の側で息を整えて姫様は叫ぶ。

ルティ 「エスピア! 俺も連れて行ってくれ!!」

エスピア 「…姫様?」

チェルシー 「姫様!!」

国王 「よい…止めるなチェルシー」

チェルシー 「陛下!?」

国王様は止めないようでした。
私が、ここで頷けば、姫様は着いて来る…ということですね。
ですが、私は首を横に振りました。

ルティ 「何で!? 俺、確かに子供だけどさ…エスピアに比べたら、全然力だって弱いし」
ルティ 「でも、俺エスピアの力になりたいよ!! ただ、助けられただけでサヨナラなんて俺は嫌だ!!」

エスピア 「…姫様、これを」

ルティ 「これって…エスピアの子供の写真」

エスピア 「私は、もう一枚持っています」
エスピア 「姫様には、ここで見ていてもらいたいのです」
エスピア 「私の子供が、もしこの国を訪れるようなことがあれば、真っ先に私へ知らせて欲しいのです」

ルティ 「!!」

私は優しくそう言う。
姫様はをそれを聞くと、言葉に詰まりました。
私は、このまま背中を向けて歩き始めました。

ルティ 「あ! エ、エスピ…!!」

ガシッ!

国王 「……」

国王はふるふると首を横に振り、姫様の肩を掴んで制しました。
何言っても頷かない、私はそのつもりですから。

ルティ 「…う、くっ」
ルティ 「エスピアーーーーーーーーーーー!! 絶対!! 俺、絶対知らせるから!!」
ルティ 「だから…また、この国に来いよーーー!! 俺、今度は絶対エスピアの足手まといにならないようになるからーーーーーーーーー!!」

エスピア 「………」

私は振り向かずに、答えずに歩きました。
やがて、皆様の声も届かなくなった頃、私の前にはひとりの女性が現れました。



………。



エオル 「よ…行くのか?」

エスピア 「エオル様…はい」

私は頷いて歩く。
エオル様はその場で立ち尽くし、私が横を通り過ぎても何も言いませんでした。
ですが、数秒後…背中越しに言葉が届きました。

エオル 「エスピア…そのままでいいから聞いてくれ」

エスピア 「………」

私は歩みを止め、背中越しにエオル様の言葉を待つ。
数秒の沈黙の後、エオル様は決意したかのような声で話し始めました。

エオル 「14年前…お前の町が消し飛んだ事件」
エオル 「あれは、俺のせいだ」

エスピア 「……」

私は何も言いませんでした。
何故、エオル様が原因となったかは、私にはわかりかねます。

エオル 「…ちょっとした弾みだった」
エオル 「俺は、あの時…」





………………………。





シン 「そうか…リッシは俺と来るのか、ユメナは…『時雨』だろうな」

リッシ 「………」

ユメナ 「はい、私はお母様に着いて行きます」

時雨 「…これで、残ったのは」

エオル 「…何だよそれ、今更」

シン 「…ま、どっちにするかはお前の好きにしろ」

時雨 「そう言うことだ、誰も強制はしない…お前が自分で決めろ」

両親はディアルガの『時雨』と、パルキアの『シン』。
私にはふたりの姉がいて、長女のアグノム『リッシ』、次女のユクシー『ユメナ』。
そして、エムリットの俺の3姉妹だった。
リッシは馬鹿親父に着きっきりで、離れようとしない。
ずる賢くて、正直嫌いだ。

ユメナは逆にお袋に着きっきり。
何を考えているのか、一番わからないのが何だか苦手。
誰とも干渉せず、お袋の言いなりとも言える。

エオル 「俺は、どっちにも行かない」

シン 「…そうか、お前がそう決めたんなら好きにしろ」

時雨 「…だが、忘れるな」
時雨 「お前がどう思おうと、お前は私たちの子供だ」
時雨 「必要以上に、干渉するな」

エオル 「うるせぇよ! 俺はひとりで生きるんだ! もう何しようが俺の勝手だ!!」
エオル 「何だよ、好きにしろって言ったから俺は選んだんだ!!」
エオル 「だったら、もう放っとけよ!! 俺は皆大嫌いだ!!」
エオル 「親父もお袋も、俺は大嫌いだ!!」

リッシ 「!! 訂正して!」

エオル 「!! 何だよ…こんな時まで姉気取りかよ!?」

リッシは俺の言葉が気に食わなかったのか、俺に詰め寄る。
俺はこの時、冷静でいられなかった。
だから、後のことを考えてなかった。
ここが、街の近くだと言うことも気づかずに…。

リッシ 「あなたの言葉は許せないわ…訂正して」

エオル 「うるせぇ! だったら、力づくでやってみろ!!」

バシィッ!!

乾いた音が響き渡る。
俺は、逆上してリッシの頬を思いっきりぶったのだ。
リッシは、キレると手がつけられなくなる。
頭ではわかっていたはずなのに、俺はわかっていなかった。

リッシ 「!! このぉ…!!」

シン 「! わりぃ…逃げるわ」

時雨 「貴様…職務放棄か!?」

ユメナ 「お母様、危険です」

親父、お袋、ユメナは状況を咄嗟に理解して別空間に逃げ込む。
空間と時間を司る両親ならそれ位は容易い。
そして、俺とリッシが取り残され、次の瞬間、リッシの怒りが文字通り『爆発』した。

カッ! ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!!!

『大爆発』
リッシは極限まで怒ると、これを使う。
今回の一件は親父絡みの事、リッシが怒らないわけは無かった。
俺は爆発に巻き込まれるも、一命は取り留めた。
だが、全てが終わって俺が見たものは…。



………。



エスピア 「お父さん! お母さん!!」



エオル (嘘だ…こんなの夢だ!!)

リッシ (受け止めなさいよ…あなたのせいなんだから)
リッシ (今回のことは、忘れないわ…あなたを絶対に許さない)
リッシ (さよなら…できれば二度と会いたくないわね)

それだけを俺の脳裏に残して親父の下に去るリッシ。
取り残された俺は、一気にひとつの街が帯びた『恐怖』や『苦痛』の感情を頭に流し込まれる。

エオル 「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
エオル 「違う違う違う!!! 俺じゃない! 俺がやったんじゃない!!」
エオル 「俺のせいじゃない! 俺は関係ない! 俺は悪くない!!」

エスピア 「お父さん! お母さん!!」

エオル (うるさいうるさいうるさい!! 何だよ、コレ!?)
エオル (何でこんな…ううう!!)

気持ち悪さは増すばかり。
俺は自分の中に流れ込む負の感情を抑えきれずに、その場から逃げ去った。
泣き叫ぶエスピアの存在に気づいていながら…。





………………………。





エオル 「…それが、俺の罪だ」

エスピア 「…そうですか」

私は冷たく言い放ちました。
別に、今更どうでも良いことでしたから。
私には、今の私がいます。
今を生きる…私が。

エスピア 「エオル様…私は、そんなことは知りませんでしたし、知らなくてもよかったことです」

エオル 「……」

エスピア 「私は、後悔していません」
エスピア 「同時に、エオル様を憎んでもいません」
エスピア 「私は…何があろうとも『希望』だけは捨てない、と誓いました」
エスピア 「何が起ころうとも、何がこの身に降りかかろうとも、それは全て私に与えられた試練なのです」

エオル 「…お前は、強いよ」

エオル様は掠れて消え入りそうな声でそう言いました。
これ以上の会話は必要ありませんね。

エスピア 「エオル様…どうか、お気になさらないでください」
エスピア 「私は、今の姿に不満はありません」
エスピア 「全てを背負う必要はありません…エオル様にも、家族がおられるのですから」

エオル 「!!」

エスピア 「…私は祈ります。エオル様が、ご家族と笑って話せる事を」

私は、そう言って背中越しに祈りを捧げる。
エオル様の表情はわかりませんでしたが、私は確認せずに歩き始めました。



………。



エオル (馬鹿だな…俺は)
エオル (過去に縛られて、勝手に後悔して…希望も捨て切ってた)
エオル (あいつは…俺とは違うんだな)
エオル (家族…か。まぁ、二度と会いたくないけど、どうするか…な)





………………………。





『某日 某時刻 船の上』


ザァァァァァッ!! ザパァァンッ!!

エスピア 「……アクアレイク、これが最後の街」

私が行ける範囲では、ここが最後の街。
商業都市であり、最も情報の飛び交う街。
私が、旅を始めて最初にたどり着いた街。
私は再び、あの街を訪れます。

エスピア (あの時は情報は入りませんでした、ですが…今でしたら何かあるかもしれませんね)

私は、遥か海の向こうに見えるであろう『アクアレイク』を見ます。
『未来予知』により、私が『アクアレイク』にたどり着くことだけは読めました。
でも、何故か今回だけはいつもと違う気がしました。
何か、思いも寄らない出来事が起こる…そんな、気がしました。











To The NEXT!!











作者あとがき




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