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POCKET MONSTER The Another Story




『興味 〜吹雪の夜〜』




お久し振りですね、皆さん…Fantasic Company:管理者のYukiです。

いよいよ、この語りももう少しで折り返しを向かえることになるようです。

今回お話するのは、とある雪山での殺ポケ事件(?)
たまたまその場に居合わせた、ひとりの『キュウコン』がこの物語の主人公です…。





………………。





九怨 「…今日も、吹雪いているわね」

私は周りを見てそう言う。
ここ数日は、ずっとこんな感じだ。
私は体に纏わり着くことさえ許されぬ、雪を見て思う。
雪はこんなにも儚い物…それゆえに美しいと言われる。
ならば、私はどうなるのだろう?
もう、1000年生き、死ぬことさえ許されぬこの体を、人は『美しい』と言う。
本当にそうなのだろうか?
私は自分に一切の興味がない。
それは、私にとって不必要な物だからだろう。

九怨 「……」

私は止むことのない吹雪きの中を、濡れることなく歩く。
どこともしれない雪山…私はここにいる。
理由はわからない…ただ歩いていただけ。
元々、私の仕事は『暗殺』。
誰かを殺して糧を得る、呪われた存在。
別にその仕事に誇りを持っているわけでも何でもない。
ただ、金を得るために必要だからやっているだけ。
特にそれ以上の意味はない。

九怨 「…ペンションか」

しばらく歩いた所で、やや大きめのペンションを見つける。
看板が風で薙ぎ倒されたのか、どこにも見当たらなかった。
あるのは、看板の一部と思われる、支柱が立っているのみ。
私は、ここでしばらく宿を取る事にした。
もしかしたら、面白いことに出遭えるかもしれない。
中は灯りが灯っており、ポケモンの気配も感じる。
その中に、一際私の『興味』引く感情が渦巻く。
今までにも同じような物は沢山あったけど、ここまでの『憎悪』は久方振りに出遭う。
私は、口元に笑みを浮かべ、扉を叩く。
軽く3回ノックすると、中から扉が開いてひとりの中年男性が顔を出す。
恐らく、ここの宿主だろう…見た所イノムー種で、私の姿を見て、驚いているようだった。
宿主はすぐに私を招き入れてくれる。



………。



九怨 「……」

私は無言で中を見る。
割と素朴な作りだが、しっかりとした樹の力を感じる。
これなら外の吹雪にも全く影響されないだろう。
入ったすぐの所にカウンターがあり、そこで私は手続きをする。
名前の欄に『九怨』と書き、種族は『キュウコン』と書く。
住所に関しては家が無いので書けない、年齢は…さすがに怪しまれるのも問題だから『24歳』とした。



宿主 「しかし、こんな吹雪の中、良く歩いて来れたねぇ…炎タイプと言っても、やっぱり寒いだろう?」

九怨 「…ええ、そうですね」

私は気軽にそう言う。
この宿主は、人に世話を焼きたがる性格なのだろう、私がそう言ったことに気を悪くはしなかったようだ。
宿主に着いていくと、中央のリビングに抜ける。
それなりに広く、食堂も兼ねているのだろう、大き目の丸テーブルが5つほどあった。
その内の3つほどに、それぞれグループ分けしているかのように食事を取っている3つのグループがいた。
私は、その3つのグループを観察してみる。

男 「……」

まず目に入ったのは、一番正面のテーブルを陣取っている二人組み。
男はウインディ種で、女はニューラ種だった。
男の方は、どこにでもいそうなごく普通の学生と言った感じ。
炎タイプゆえか、あまり厚着ではなく、薄着だった。
ウインディ種特有の頭から背中まで伸びている長い鬣(たてがみ)が印象的な、気の強そうな男性だった。

女 「……」

女の方は、やや弱気そうな感じがするが、綺麗な顔立ちに長い黒髪と、悪くない容姿だった。
ツンと尖ったような長い耳と、鋭そうな爪が印象的で、こちらも氷タイプのためか薄着だった。
ふたりはカップルだろう、見た感じ良い雰囲気のようだった。
私の存在に気付いてはいるようだが、気にしていないようだった。
ふたりは飲み物を飲んでいる、中身はふたりともコーヒーのようだ。
私は次のグループに目を向ける。



………。



男 「……」

3人組で、恐らく並んで座っている男女は夫婦。
男の方はやや肥満体型で、背は低い。
服装からすると、スキー旅行で来たとは少々考えにくい。
種族は…『マルノーム』だ。
鼻の辺りから伸びている長い髭と紫色の体色。
髪型はほとんどスキンヘッド。
さすがに厚着で、寒そうにしている。

女 「……」

女性の方は、痩せ型の体型で、やはりスキー旅行に来たと言う服装には思えない。
種族はマグカルゴだが、背中の殻はかなり小さい物だ。
殻から炎は出ていないが、マグカルゴは全てのポケモンの中でもかなり体温が高い部類に入る。
戦闘時においては、地肌から炎のマグマが滲み出すほどだが、さすがにここでは抑えているようではある。

夫婦ふたりは、あまり仲の良い風には見えなく、少々険悪なムードが感じられた。
年齢的にはどちらも40代前半と言った所。
無言でこちらを一瞥し、それっきりテーブルを直視していた。

男 「……」

残りの男は、30代前半位の男。
痩せ型の体型で、ひ弱そうなイメージがあるが、芯は強いのか表情からは一番どっしりとしたイメージがある。
種族はギャロップ種で、赤く短い髪形が目立つ。
すらっとした長い身長に、細く強そうな足腰はさすがと思える。
険悪な夫婦の正面に座っているが、冷静にひとりコーヒーを啜っていた。
こちらのことにも気付いているはずだが、気に止めてもいないようだ。



………。



そして、最後のグループに目を向ける。

九怨 「……」

全員が女の3人組。
それぞれ、並んで座っており、一番奥から、ヒトカゲ、ヒノアラシ、アチャモだった。
妙に、私を見て怯えている。
それぞれが、コーヒーを飲みながら横目にちらちらとこちらの様子を窺っている。
人見知りが激しいのか、それとも疑り深いのか。
3人共、年齢的には『恐らく』18〜20歳と言った所、通常ならすでに進化していてもおかしくない年齢だが、3人とも進化していないようだ。

女A 「……」

ヒトカゲの女性は、尻尾に種族特有の小さな炎が燃えている。
かなり不安がっているのか、かなり炎は揺らいでいる…落ち着いていないようだ。
3人の中では一番身長が高く、160cmはある。
体格も一番だろう。
セミロングの髪がゆらゆらと揺れ、表情からは暗い物が感じられた。

女B 「……」

ヒノアラシの女性は割と落ち着いているのか、普通に食事を摂っていた。
身長はかなり低く、140cmちょっと…一瞬見ただけでは子供かとも思える。
体型も当然のように小さい。
髪型はショートだが、ちゃんと手入れを怠っていないのか、綺麗に並んでいる。
元々ポケモンは、進化によって体格が変化するのがほとんどなので、仕方ないといえば仕方ない。

女C 「……」

最後にアチャモの女性。
こちらも進化前なのであまり身長は高くない。
せいぜい150cm程度だろう。
ウェーブがかかったロングヘアーの持ち主で、現在あまり機嫌は良くなさそうだった。
ひとり食事も摂らずにぶすっ…としている。
だが仲間内で喧嘩したようには見えない。
このペンションで何かあったのだろうか?



………。



宿主の奥さん 「はい、お待たせ…冷めない内に食べるといいわ」

九怨 「ええ、早速いただくわ」

私は笑ってそう言う。
食事を作っているのはほとんどの場合は宿主の『猪成』(いなり)さんが作っている。
そして、掃除やその他の家事担当が、このルージュラ種の『真子』(まさこ)さんだ。
長い髪が膝の辺りまで伸びており、容姿的には単純に綺麗な女性と言える。
細い体だが行動力はあるようで、仕事はテキパキとこなす。
笑顔の似合う女性で、夫婦仲はとてもいいようだ。
このペンションもふたりで経営しているらしく、そこそこの生活をこなしているようだ。
私は改めて食事の乗った皿を見る。

九怨 「……」

香りは良好、甘いコーンポタージュの香りが鼻腔に広がる。
私はスプーンを左手に、一口含む。

九怨 「…うん、いい味ね。温まるわ」

真子 「そう、それは良かったわ…主人の自信作なのよ」

そう言ってエプロン姿のままキッチンに向かう。
優しい笑顔ね…少し羨ましいわ。
だけど…私はここで改めて他の客に目を通す。

九怨 (おかしいわね…『憎悪』はここにいる中では感じられない)

もちろんそれは宿主夫婦にも言えることだ。
とてもじゃないが、あの夫婦にあれだけの憎悪を放てるとは思えない。
間違いなく『殺意』のこもったドス黒い感情だ。
今でもそれは感じるのに、その反応はこの中ではない。
という事は、部屋の方にいるのか…?

九怨 (…妙ね、どうしてあの客たちはあれ程までに)

そう、明らかにうろたえている者、明らかに気にしていない者と別れている。
主に気にしていないのが、ウインディ種の男性、マルノームの男性、マグカルゴの女性、ギャロップの男性だった。
残りのメンバーがうろたえている者だ。
感情が揺らぎすぎている…あれは『恐怖』ね。
どうにもこのペンション全体に『負』の感情が渦巻きすぎている。
どう考えても何かあったと考える方が普通だ。
私がそう思っていると、コック姿の猪成さんがやって来た。

猪成 「…気付いたかい?」

九怨 「ええ、良ければ説明していただけませんか?」

私の視線から何となく読み取ったのか、猪成さんはそう言ってくれる。
私は遠慮なく聞くことにした。
すると、猪成さんは渋々…と言うよりも、むしろ『話したくない』と言う感じで話し始める。
どうやら、妙な事件に巻き込まれているみたいね。

猪成 「あまり大きな声では言えないんだが…」

猪成さんは小さな声で話し始める。
他の客を刺激しないためだろう。

猪成 「実は…ついさっき客のひとりが誰かに殺されてね」

九怨 「……」

それは面白い。
なるほど、それでこの感情か。
納得ね…いつ殺されるかもわからないような状況だったらビクビクしていてもおかしくないわ。
そう考えると男性陣は割と淡白な物ね…強気と言うべきかしら?
どうやら、『憎悪』の感情はすでに『死んだ者』の感情らしい。
それで納得した、やけに不特定な感情だったからだ。
普通に生きている者感情としては、あまりにも強すぎたか…。

猪成 「…それで」

九怨 「この中の誰かを疑っていると言うことね」

全員 「!?」

私がわざと全員に聞こえる大きさの声で言うと、全員がばっと私に視線を集中させる。
猪成さんは、呆れたように顔を抑えていた。
それとは対照的に私は笑う。
面白いわね…たまにはこんな息抜きも楽しめるわ。

ウインディ種の青年 「おいあんた、一体何なんだよ!?」

ニューラ種の女の子 「ちょ、止めようよ神矢(かみや)君!」

神谷 「何言ってるんだよ! わざと怖がらせるような言い方したんだぞ!? お前だって気にしてるんだろ、小折(こおり)?」

早速、ウインディ種の青年とニューラ種の女の子が動く。
そう、そう言う名前なのね。
私は計算通りとばかりに笑顔を向ける。

九怨 「気に障ったのなら謝るわ…でも興味があってね」

マルノームの男性 「何や、あんた探偵やとでも言うんか!?」

今度はマルノームの男性が、別の国の方便でそう聞いてくる。
なるほど、ここら近辺のポケモンじゃないってことか…この中じゃ唯一の毒タイプだしね。

九怨 「そうね、そう思ってもらってもいいわ」

マルノームの男性 「ほうか! ならさっさとこの事件を解決してくれ! 金なら言い値で払うで!!」

そう言ってマルノームの男性は高らかに笑う。
もう解決したと言わんばかりの笑顔だ。
私は冷たい視線で。

九怨 「そうね、事件が終わり次第いただくことにするわ」

もっとも、『生きていれば』だけどね…。
単なる想像だが、今回の事件は少々根が深そうだわ…犠牲はひとりじゃ済まないでしょうね。
単純に私を狙うなら、それで事件は終わりだけど…それそれで問題ね。
あまり荒療治はしたくない、正直暗殺業とはいえ、依頼の無い殺しはできればしたくない。
犠牲を出さないようにするのが得策でしょうけど、果たしてそう上手くいくかしら…。
私の正体を隠しながらそれをこなすのは中々難しい気がした。
だが、それだけに面白い。

アチャモ種の女性 「ちょっと! あなた本当に探偵なの!?」

ヒトカゲ種の女性 「そ、そんな大きな声出さないでよ…美鳥(みどり)」

ヒノアラシ種の女性 「美鳥はイライラしすぎ、理沙(りさ)は怖がりすぎ…そりゃ、怖いのは私も一緒だけど」

美鳥 「もう、いちいちうるさいなぁ日名子(ひなこ)は!」

自己紹介どうもありがとう…と心の中で呟く。
だが、疑われるのも当然よね、本当は違うんだから。
ここで嘘だとばれるのも問題なので突き通すことにした。

九怨 「生憎、証明できる物は持っていないわ…旅の探偵だから」

ギャロップ種の男性 「旅の探偵…? だったら名前は? 少し位有名なら知っているかもしれないけど…見た目じゃわからないな」

マグカルゴ種の女性 「そうね…良ければ名前を教えていただけるかしら?」

九怨 「…九怨よ、種族は見た通り」

私は九つの尻尾を揺らめかせる。
その動きを見てか、全員が見惚れるように視線を集中させる。
別に魅了したわけじゃない。

マルノーム種の男性 「こらよう見たら…ごっつ美人さんや! ワイとしたことがすぐに気づかんとは!!」

マグカルゴ種の女性 「あなた、まだそんなことを…!」

ギャロップ種の男性 「ま、まぁまぁ…衣袋(いぶくろ)さん、鎮目(しずめ)さん!」

衣袋 「そ、そないに青筋立てて怒らんでも…ほら、ワイも反省するさかい! ここは火芝(かしば)君に免じて!」

鎮目 「……」

成る程…これで全員の名前がわかったわね。
…ふたりを除いては。
私は中年夫婦のやりとりを無視し、猪成さんにあることを聞く。

九怨 「ところで、宿泊客のリストを貸してもらえません?」

猪成 「リストを…? いや、しかしだな…」

九怨 「一応、確認しておきたいんです…これ以上犠牲を出さないために」

別に嘘を言っているわけではない。
私が悪用するわけでもなし、もっとも仕事なら知らないけど。
猪成さんは悩んでいたが、後から真子さんが現れ。

真子 「…これが、リストよ」

猪成 「真子…! 何で勝手に」

真子 「九怨さんは信じられると思ったからです」

そう言って、笑う真子さん。
年季のこもったエスパータイプだけに、心が見透かされていそうで少し驚いた。
下手なことは考えない方がいいわね。
私も笑顔を返しながらリストを受け取る。



………。



九怨 (一番最初に部屋を取ったのが、今回の犠牲者『犬地』(けんじ))

種族はヘルガー種。
年齢は32歳、住所は不明。
猪成さんの話によると、朝6時にやって来て、朝食を摂り、それからはずっと『6号室』にこもっていたそうだ。
厚手の茶色コートに身を包み、サングラスをしていたため、かなり怪しい男だったようね。
身長はおよそ170cm以上、体格もそれなりで普通の男とは思えなかったようだ。
問題は、殺され方か…。

猪成 「バラバラに体を切断されていた…どの位かは考えたくもない」

九怨 「なるほどね…直接死体を見ないとわからないけど」

私はそう言って歩き始める。
6号室は現在、鍵が開いているため誰でも入ろうと思えば入れる。
位置は2階の南側。
このペンションの二階は階段を上がって後は壁を沿ってぐるっと一周できる作りだ。
つまり、下の食堂兼休憩所からどの部屋でも見渡すことは可能。
注意していれば、誰が部屋に入ったかもわかるだろう。
だが、それでもなお、誰に気付かれることもなく殺しをやってのけた…。
それも、悲鳴ひとつ聞こえなかったそうだ。
気付いたのは猪成さんが昼食のことで部屋に向かった時。
時刻は11:50…。
その時、7:30からチェックインしている女性三人組の美鳥、理沙、日名子。
8:00にカップルの神矢、小折。
この5人は外でスキーをしていたらしい。
その頃は天候も良く、絶好のスキー日和だった。
それぞれグループ内でアリバイが成立しているため、この5人はシロと思える…。

九怨 (犯行がグループ総がかりでなければの話だけど)

つまり、3人組全員か、カップルの犯行。
グループ内で計画したことなら、当然アリバイも何もない。
3人組とカップルは一緒に行動をしていたわけではない。
つまり、スキーをやっていたと言う第3者の証言がないのだ。
ただ、問題は殺され方。

九怨 (3人組は全員が進化前…)

あれでいかにも強そうなヘルガー種の被害者を殺すのは難しい。
ましてやバラバラなど…。

九怨 (だけどカップルであれば…)

不可能ではない気がする。
ウインディ種は体格的に恵まれており、こと戦闘ではかなりの身体能力を誇る。
ニューラ種にしても、その気になれば爪で肉体をバラバラにすること位はできるはずだ。
だけど動機がない…。

九怨 (被害者は誰とも面識がないようだった…)

全員に言えることだろうけど、被害者との接点はないように思える。
だとしたら、全員動機はないことになる。
つまり、外部の犯行というのが通常の線だろう。
有り得ないことではない、だとしたら…ここに潜伏している?
とは思えなかった。
少なくとも私を誤魔化して潜伏するとは思えない。
そんなプロの殺し屋が来ているとは恐らく思えない。
だとしたら、考えられることはひとつ。

九怨 (殺しを楽しんでいるってことね…)

一番タチが悪いといえば悪い。
明確な殺意が存在しないため、特定できないからだ。
通常、誰かを殺すと思えば、それなりに『殺意』が生まれる。
だが、楽しんで殺しをやる場合、それは殺意でなく『快感』などに摩り替わるのだ。
こうなると、逆の意味で特定できるかもしれないが、別の感情があるかもしれない。
感情を読み取るのは楽だが、もし無感情のまま犯行が行われていたなら、見つけるのは非常に困難だ。
実行したことのある自分だから良くわかる。
私は別に誰かを殺すことに感情を込めたことはない。
ただ仕事だから…それだけだ。
ゆえに、この1000年間一度足りとも尻尾を捕まれたことはない。
完全犯罪として何人も殺してきた。
警察であれば、全国どこに行っても私の存在を知っているかもしれない。
もっとも、私は名前を残すようなバカな真似をしないので、結局暗殺者としての名前を知っているのは、依頼主とターゲット位でしょうね。

九怨 「……」

さて、私の話は置いておいて、とりあえず死体に直接訊くとしましょうか。
私は皆の注目が集まる中、二階登るための階段へと向かう。

神矢 「って、どこに行くんだよ!?」

九怨 「? 犯行現場と言ったらいいのかしら?」

私は極めて簡単に言う。
だが、事の他良い目では見られていないようだった。

美鳥 「あんたが死体に何かしないって保証が無いでしょ! 誰か…着いていった方が」

なるほど。
つまりは監視を着けろということね。
まぁ別にいいけれど。
私はしばらく待つことにした。



………。



衣袋 「ほな、行くとしたら男やな」

火芝 「そうですね…でしたら僕が行きましょうか?」

神矢 「いや、俺が行く!」

小折 「神矢…君」

神矢君がそう言うと、小折さんは心配そうな視線を送る。
それに気付いてか、神矢君は強がるような笑顔を返した。
どうやら決まったらしい。



………。



九怨 「じゃあ、あなたが着いてくるのね?」

神矢 「おお! くれぐれも真面目に頼むぜ?」

九怨 「…邪魔さえしなければ、問題はないわ」

私がそう言うと、場が一瞬静まり返る。
皆、この状況にそれなりの恐怖心を抱いているはずだ。
少し、脅かすような言葉だったかしら?
まぁ、これで恐怖心に押し潰されるようならそれまでだったと言うことね。
私は神矢君を後ろに階段を登って行く。

ギィ…キシッ

木製独特の軋みが聞こえる。
外はかなり寒いからだろう…。
音が嫌に響く。
その音に耳を塞いでいるものもいた。



………。



九怨 「ここね…」

神矢 「まだ、死体もそのままで誰も入ってない」

九怨 「? 連絡はしなかったの?」

ふと疑問に思ったことを聞くが、どうもいいことではないらしい。

神矢 「連絡ができたらやってる! 出来ないから皆立ち往生してるんだよ!」

なるほど…この吹雪で電線がやられたと言った所ね。
連絡が出来ない、か…これが意図的でないとは思い辛いわね。
ちょっと考えれば、簡単に通信機能が停止するとは思いがたい。
だけど、そう考えると他にも共犯者がいると考えてしまう。
今はとりあえず中の様子を調べよう。
疑問点ばかりをあげていても仕方がない。

九怨 「どうやら、よっぽど運が悪いみたいね…今いる客は」

私は誰にともなく呟く。
そして、ドアを開けて部屋の中に入った。

神矢 「…う!」

九怨 「……」

ドアを開けると、すぐに腐臭が漂う。
死体は…あった。
中の様子は単純。
ドアを開けて正面奥にベッドがある。
その上に肉片が散らばっていた。
目に見えているだけで8個はある。
ベッドの下にも血がおびただしく飛び散っており、もっと破片があると思える。
時間はまだせいぜい半日程度経っただけ、だが『それ』から発せられる匂いは酷かった。
窓も完全に閉め切られていたせいだろう。
後にいた神矢君はやや気持ち悪そうだった。

九怨 「大丈夫? 辛いなら外に出てなさい」

神矢 「あ、いや大丈夫…」

そう言ってはいるが相当辛いのだろう。
できるだけ早く終わらせるとしよう。
私は中をぐるっ…と見て周る。

ドアから左手にはまず洋服タンスがある。
中を開けてみるが、寝巻きとハンガーがいくつかかけられているだけだ。
右手側には洗面所がある。
小さい物だが、鏡も設置されている。
水道はちゃんと通っているようで、水が流れる。

九怨 (特に怪しい物はなし、か…と言うことはやはり死体その物に秘密でも?)

私は改めて死体を見る。
正面からでは8個しか見えなかったが、ベッドの裏側にも3つ程転がっていた。
これで合計11個。
私はそれぞれを見て想像してみる。

九怨 (足りない部分はない…全部繋げればちゃんと人の形になるでしょうね)

だけど内臓はかなり激しく飛び散っている。
全部集めるのは問題だろう。
私はそれよりも、切断面に驚く。

九怨 「…見事な切り口ね」

神矢 「へ?」

私は切断面の骨を見てそう言った。
神矢君は意味がわかっていないようだったが、すぐに理解する。

九怨 「『鎌鼬』(かまいたち)でもなければ、こうも綺麗な切り口にはなりにくいでしょうね」

神矢 「鎌鼬…ってアブソル種とかが得意してるアレか?」

九怨 「コノハナ種も覚えるわよ…特殊な訓練をすれば他にも使える者はいるでしょうけど、一朝一夕で使える物ではないわね」

私がそう言うと、神矢君はやや青い顔をする。
そう、もしこれが本当に人工的な『鎌鼬』なら、やったのはごく限られた者だと言うこと。
だけど、それはあくまで仮定の話だ。
実際には他の方法があったのかもしれない。
私の記憶でもこんなことができるのはごく僅かだろう。
切断面を見ても、特に火傷や凍傷の後はない。
電気や毒の類も見られない、鉄や鋼で切るにしてももうちょっと切断面がボロボロになるだろう。

神矢 「これって、つまり…その、やっぱり誰かが計画的にやったってことなのか?」

九怨 「…判断は難しいわね、でも…自然現象とは思わない方がいいわ」
九怨 「部屋には何の傷もない、窓も開けられた様子はないわ」
九怨 「この意味がわかる?」

神矢 「え? あ…えっと」

考えてはいるようだが、浮かびそうになさそうだ。
私はさっさと答えを言う。

九怨 「誰も入った形跡がないというのであれば、それはエスパー位しか思えないわね」
九怨 「でも、実際にはそれを確認したわけではない…つまり」

神矢 「!? 俺たちの中に犯人がいるってことかよ!」

私は頷く。
もちろん推測であり、予測でもある。
何とも言えないというのが実の所は本音だ。
本来、ここに『あるはず』の物がないのだから。

九怨 (いくら時間が経っているとはいえ、普通なら『怨念』のひとつ位は漂ってそうなものだけれど)
九怨 (ゴーストタイプかしら? でも怨念を直接喰らうようなポケモンは…ジュペッタ?)

あまり、現実味がない。
ゴーストタイプならどこにいても不思議ではないが…わざわざこんな殺し方をする必要はないだろう。
だとしたら、殺された後に喰われたと言った所だろうか?
どっちにしても、手がかりがない…これでは対処のしようがないわね。

神矢 「…でもさ、だとしたら一体誰が?」

九怨 「…その話は降りてからにしましょう。今はここを去った方が良さそうだわ」

窓は錠がかかっているので、外からの侵入は通常考えられない。
エスパータイプがテレポートするにしても、殺し方が判明しない。
ゴーストタイプでも同意だ、どうやってあの殺し方を実現したのか。
ただバラバラにするだけならいくらでも考えられるが、そうではない。
しかも相手はヘルガー種だ…エスパーやゴーストタイプでは返り討ちを喰らってもおかしくない。
このまま考え続けても答えは出ない気がした。



………。
……。
…。



猪成 「そうか…決定的な手がかりはなかったのか」

九怨 「ええ、ちょっと予想外ね」

私たちはまた一階の食堂に集まって話していた。
時刻はすでに23時を回っている…後一時間で日付が変わる。
殺されたのは間違いなく、10時〜11時の間。
その間、このペンションにいたのは猪成さんと真子さんのふたりきり。
16時に衣袋さんたち3人組みが到着した。
衣袋さんと猪成さんはちょっとした知り合いらしく、今回は何やら訳有りでここに来たようだった。

神矢 「でも、この中の人間を疑うなんてのは…」

九怨 「そうね、実際には不可能だと思うわ…全員ね」

私がそう言うと、全員が注目する。
全員が全員、自分が疑われているとでも思っているのかもしれない。
だが、実際無理だと思った。

九怨 「少なくとも、あの殺し方を実演するのは無理だと思うわ…」

猪成 「鎌鼬…ですか?」

全員が無言となる。
まさに恐怖だろう。
だが、それにしても問題があった。

九怨 「もし、そうだったとしても…壁やベットに傷ひとつ付けずに肉体だけを切り裂く。何て言うのは、現実離れしているわ」

美鳥 「う〜ん、結局この中じゃないってこと?」

日名子 「多分ね…もちろん疑いが晴れるわけじゃないと思うけど」

理沙 「や、止めてよ…何だか皆が犯人みたい」

その言葉で場が凍りつく。
そう、手段はともかくとしても、もしかしたらと言う思いがある。
そうなってしまったら、今度は誰も信じなくなる。
それが一番問題だ。
勝手な行動を取られると、別の問題が出てしまう。
できるなら、全員に冷静さを持ってほしい所だ。

衣袋 「…奇怪な事件やなぁ」

火芝 「ですね…プロが言うんですから、相当なんでしょう」

鎮目 「今は下手にパニックにならない方がいいわね…今夜は全員集まったままの方がいいかもしれないわ」

真子 「そうですね…では布団を用意しておきましょうか」

猪成 「うむ、交代で誰かが寝ずの番をした方がいいだろう」



………。



こうして、食堂に布団がいくつか敷かれる。
テーブルは脇の方に固めておき、床にスペースを空けた。
そして、寝ずの番を決める。

火芝 「じゃあ、僕が番をします…皆さんは先に眠ってください」

九怨 「私も起きておくわ…万が一のために、ね」

衣袋 「ほな、ワイは先に寝かせてもらうわ…」

そう言って衣袋さんは先に眠ってしまう。
美鳥、日名子、理沙の三人も眠ったようだ。

神矢 「……」

小折 「…大丈夫かな本当に」

神矢 「眠った方がいい、お前が眠るまでは俺が起きてるから」

小折 「明日目覚めたら…もう終わってるよね?」

神矢 「ああ、終わってる…だから眠るんだ」

小折 「…うん」



九怨 「……」

小折さんが眠ったのを確認すると、神谷君も眠り始めた。
後眠っていないのは、猪成さんだ。

火芝 「猪成さんも眠ってください…」

猪成 「いや、一応私も起きておくよ…何かあったらこのペンションで何をすればいいかわからないだろう?」
猪成 「私はここのことを全部知っているんだ、何かあったら私に言ってくれ」

そう言って猪成さんは電灯を消した。
ランプにひとつ灯火が照らされるだけとなる。
外はまだ強く吹雪いているようで、ここからでも音が聞こえる。
後は壁の軋みなどが響く。
何かが起こるような夜…だけど特別な『感情』は感じない。
ここに着いた瞬間は確かに感じた。
『憎悪』…間違いなくこのペンションのどこからか感じた。
だけど私が中に入ったとほぼ同時にそれは消えた。
私から逃れるため?
気付かれないため…とも考えられる。
だけど、そう簡単なものだろうか?
自分で言うのもなんだが、そこまで鈍感ではない。
あれほど強い感情を感じたのだ…それが跡形もなく消えると言うのが腑に落ちない。
どうやってあの殺し方を実演したのか…。

九怨 (考え方を変えてみれば…?)

誰がやったかはこの際、問題ない…とすれば。

九怨 (どうすれば、それができたか…)

少なくとも鎌鼬の類では、どう考えても壁やベッドに傷が残るはず。
ましてや、飛び散り方から見て、被害者は眠ったまま殺されたと考えられる。
だとすれば、到底外部からの切断には尋常ならない技術がいる。
普通に考えれば不可能だ。
ましてや、窓から侵入せずに中に入ること自体が…。

九怨 (ん? ということは…入る方法を考えてみれば)

考えられるとしたらそれは『テレポート』。
エスパータイプであれば、不可能ではない。
だが、やるにしてもその場所を『知って』いなければ無理だ。
つまり、これで犯行を行ったとしたら、それは内部の人間が怪しい…。

九怨 (と言っても、真子さんにそれができるとは思えない)

これでも人を見る目はある。
あの人は憎悪を隠せる人ではない。
あのままの人だろう…とても人を殺すような感情を持った人ではない。
だとしたら、他に考えられるのは…以前に来たことのある者。
それも、『6号室』を使用した者に限られる。

九怨 「猪成さん…ちょっといいですか?」

猪成 「はい? どうかしましたか?」

九怨 「今からここ1年以内、『6号室』を使用した者のリストはありますか?」

猪成 「ああ、それならちゃんと残してありますけど…何を調べるんですか?」

九怨 「ちょっと気になることがあるんです…」

私がそう言うと、猪成さんはやや忍び足で事務室に向かう。
そして、数分してリストを持ってきた。
さすがに『6号室』だけというのは虫が良すぎたらしい…全部持ってきたようだ。
量が結構凄かった。

九怨 (まぁ、6号室の人間を見ていけば…)

私はこうやってここ一年の利用客を見ていく。
さすがにかなりの時間がかかりそうだった。



………。
……。
…。



九怨 「……?」

ふと、妙な感じを覚える。
リストを半分位まで読んだ所だった。
まるで、室内の気温が数度下がったような違和感。
時刻は…ちょうど0時を刺した所だった。

火芝 「ど、どうかしたんですか?」

猪成 「? 何か?」

九怨 「……」

気のせい…なのか?
でも、違和感が残る。
何か気配のような感じがする。
でも目には見えない…感情の揺らぎも感じない。
が、次の瞬間ある揺らぎを感じた。

日名子 「ガボッ!? ガ…! ああばっ!! あぶっ!!」

火芝 「ひ、日名子さん!?」

九怨 「…!」

猪成 「一体何が!?」

私たちがすぐ側までたどり着くと、とんでもないことになっていた。
何と、日名子さんは溺れていたのだ…布団の中で。
日名子さんの口や鼻、耳…体のありとあらゆる穴から水を吐き出す。
荒い息と共に日名子の動きは段々と抵抗を失っていく。
そして、やがて水は流れきって場は沈黙に支配される。

美鳥 「な、何…って水?」

理沙 「日名子…? っきゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

その絶叫に全員が飛び起きる。
そして、その場の状況に凍りつく。

美鳥 「う、嘘…! 何でこんな所で…!?」

理沙 「日名子、日名子、日名子ぉ!!!」

神矢 「よせ、もう死んでるんだ!!」

小折 「落ち着いて、理沙ちゃん!」

神矢君と小折さんが理沙さんを落ち着かせる。
と言っても、この状況で落ち着けと言う方が無茶だ。
私は理沙さんの前に行き。

理沙 「嫌ぁ!! 日名子! 返事をして!!」

九怨 「……」

私は右手を軽く理沙の前にかざし、力を解放する。
私の眼は赤く輝き、理沙の感情を支配していく。
そして、理沙はそのまま眠りに着いた。

小折 「り、理沙ちゃん…?」

神矢 「眠った…一体何を?」

火芝 「『催眠術』ですよね?」

九怨 「あら、知っていると言うことはあなたも術者かしら?」

私が軽めの口調でそう言うと、火芝さんはやや控えめに頷く。
珍しいわね、ギャロップ種が使うには生まれた頃からの素質が必要って聞くのだけれど…それは私も一緒か。
とりあえず、現状を整理することにした。
日名子さんは確実に死んでいる…。
死因は誰がどう見ても『溺死』。
問題は、何故『溺死』なのか?

猪成 「…一体、どう言う事なんでしょうか?」

九怨 「……」

全員が戦慄に包まれている。
間違いなく言葉すらも出せない状況だろう。
だが、そんなことを考えている場合じゃない。
何故そんなことが可能なのか?
室内で、ましてや溺れる要素も無い状態で、何故溺死させることが可能なのだ?
私の1000年の記憶から考えられる要素を全て検索する。

九怨 (最初の犠牲者は眠って殺された、そして日名子さんも眠って…)

考えられることはひとつだった。
それはつまり…。

九怨 「『悪夢』…『夢食い』」

真子 「…え?」

そっと呟いた言葉に真子さんが反応する。
さすがはエスパータイプと言った所かしら。

九怨 「…可能性を挙げただけ。実際にこんなことができるなんて聞いたことがないわ」

衣袋 「ちょ、待ちぃや!! それはつまり眠ったら死ぬっちゅうことかいな!?」

鎮目 「落ち着いてあなた! 可能性と九怨さんは言っているわ」

猪成 「…そうです、本当にそうとは断定できません」

美鳥 「…待ってよ、だったら今眠っている理沙はどうなるのよ!?」

九怨 「…!?」

私はそれに気付いて理沙さんを見る。
だが、特に問題があるようではなかった。
しかしながら、この状況では眠るなと言う方が辛い。
外は更に吹雪いているのか、ペンションは軋む。
助かっているのは、事の他全員冷静だったことだ。
下手にパニックになられたら相手の思うツボかもしれない。
相手が眠るのを待っているとしたら…次は理沙さんが狙われることになる。

九怨 (『憎悪』は感じなかった…だけど犯行は間違いなく同一人物のはず)

だけど、こんなことが可能だなんて非常識にも程がある。
考えたこともなかった…『夢』の『実現』なんて。
だけど、それができるのであれば、全ての疑問が解決してしまう。
何故、あの状況であんな殺し方が出来たのか。
眠ってさえいれば、肉体だけに影響を与えることができる?
もしできるのならば、全員眠らないことが重要になる。
だが、あの時の違和感。
まるで気温が下がったようにも感じたが、それ以上に『眠気』を感じた。
私はそこまで睡眠に捕らわれないから問題はないけれど、火芝さんと猪成さんは少し眠りかけていた。

九怨 (理沙さんはこのまま寝かせておくと危険かもしれない、でも今すぐ起こしてパニックになられても困る)
九怨 「お願いがあります、誰か日名子さんの遺体を、別の場所に移動させてもらえませんか?」
九怨 「このままだと理沙さんを起こすに起こせません」

猪成 「わ、わかりました…私が行きましょう」

衣袋 「ひとりやったら心配や! ワイも行くわ!!」

そう言ってふたりは丁寧に日名子さんの遺体を運ぶ。
それを見送って、私は理沙さんを起こした。



………。



理沙 「……?」

九怨 「気がついたかしら?」

理沙 「…私」

美鳥 「…あんまり考えない方がいいよ」

私の腕の中で震える理沙さん。
忘れろという方が無茶かもしれない。
しかし、忘れられるなら…その方がいい。
美鳥さんは理沙さんに近づき、やや腰を落として顔の高さを合わせる。

美鳥 「何かさ…今日はちょっとおかしいんだよ」
美鳥 「悪いことがいっぺんに起こっちゃって…」

らしくない…とでも言うのだろうか?
つい数刻前まで、元気に溢れていた少女からは、もう笑顔が消えかけていた。

理沙 「…どうして、日名子が死ななきゃならなかったの?」

九怨 「……」

美鳥 「…理沙」

理沙さんは俯きながら、そう言葉をこぼす。
まるで、『自分が死ねばよかった…』とでも聞こえてきそうなほど、彼女の言葉は弱かった。
この調子だと…もうひとりか、ふたりは死ぬかもしれないわね。
こういう状況において、最も重要なのは『生きるという意志』。
それが薄ければ薄いほど、死にやすくなる。
特に、今回のような殺害方法だと…精神的な強さはポイントとなる。

九怨 (今は、どうにも出来ないわね…敵がわざわざ尻尾を出してくれるとも思えないし)

ひとつ疑問があった。
相手が『夢喰い』、及び『悪夢』によって、殺害しているとする場合…ひとつ引っ掛かる問題があった。
それは…。

九怨 (悪タイプには『夢喰い』が効かないこと…つまり、ヘルガー種の被害者は『夢喰い』で殺されることは考えられない)
九怨 (つまり、『悪夢』で殺したことになる)

しかしながら、そこでも問題がある。
『悪夢』という技は、時間を掛けて相手を蝕む技。
『夢喰い』と違って、即効性が無い…。

九怨 (被害者は、朝6時にチェックインし、それから11時半までの間に殺されている)

『悪夢』の威力が高いとは言え、5時間でああも見事に殺せるのだろうか?
少なくとも、1000年生きた私の経験でも聞いたことがなかった。
個体差があるとはいえ、ここまでの物は聞いた事が無い。
少なくとも、悪夢で死に至らしめようと思えば、数日間はかかるのが普通だ。
5時間程度で、それをやってのけるのか…。

火芝 「ふたりとも…遅いですね」

神矢 「そういえば、もう10分位経つな…埋葬してるわけじゃあるまいし」

九怨 「……」

どうやら、あまり良くないことが起きているようね。
またしても『憎悪』は感じない。
感情の渦巻きはないようだ。

小折 「まさか…もう」

神矢 「俺、見てくる!」

そう言って、神矢君が先走ってしまう。
追いかけようとする者は、他にはいなかった。

九怨 (私が動くのは得策じゃないわね…)

正直、こちらの方が危険だ。
神矢君なら、多少のことでは眠らないだろう…と思っておく。
まぁ、余程のことが無い限りは、大丈夫だと思うのだけど。



………。



神矢 「おい、大変だ!」

小折 「ど、どうしたの?」

美鳥 「やな予感…」

九怨 「……」

全員がとてつもなく蒼い顔をする。
間違いなく嫌な予感だろう。
対する神谷君もいい表情ではない。

神矢 「…猪成さんと衣袋さんがどこにもいねぇ!」

真子 「ええ? そんな…この時間に外に出るわけは無いし」

九怨 「……」

神谷君が往復した時間は10分ほど。
さほど広いわけでもない、このペンションであのふたりを見失う…とは思いがたい。

神矢 「とりあえず、探せそうな所は探したんだけど…」

九怨 「真子さん、あの通路からはどこに…?」

真子 「厨房と洗面所です…他には裏口にも繋がっています」

神矢 「厨房と洗面所は調べたぜ…」

全員が静まり返る。
あのふたりがいなくなった…それが意味するものは。

九怨 (催眠術で外に出されたか…それとも殺されてから動かされたか)

真子 「私が、調べましょう…あの通路からは他の通路に出ることができませんから」

そう言って、真子さんが腰を上げる。
今度は私も行くことにした。
危険とは思うけど、調べたいことがある。

九怨 「私も行きます、神谷君…ここのことは任せるわ」

神矢 「お、おう!」

こうして、私と真子さんは、ふたりが死体を持っていった通路に向かった。



………。



九怨 「……」

通路は一本道で、2メートルほどの距離。
その先にあるのが洗面所で、小さい浴室も一緒にあった。
更に先にあるのが、厨房だ。

九怨 「死体を安置するとしたら、どこに置くと思いますか?」

真子 「そ、そうですね…多分、風呂場になるのでは?」

九怨 (風呂場…か)

神矢君は風呂場も調べたようだったけど…死体は見たのかしら?
私は洗面所に入る。


……。


中は正面に流し場がある。
その左側に浴室だ。
私は灯りを点け、扉を開けて中を見た。

九怨 「…何もなし、か」

そう、何も無かった。
死体さえも…。
私は通路に戻って真子さんと合流する。

真子 「どうでしたか?」

九怨 「何もありませんでした…」

真子 「何も…ですか」

真子さんも意味はわかっているようだ。
何もない…その意味を。
私たちは厨房へと向かう。
若干、いい匂いを残すその厨房。
灯りを点け、まず周りを見渡す。

九怨 「……」

真子 「あら…? あれは」

真子さんが気にしている方向を私も見る。
部屋の右隅、壁際の片隅に固められている物があった。
どうやら、ゴミ袋のようだ。
不透明な袋のせいで、中身は見えないが3つほど袋が並んでいた。
膨らみ方から考えると、ギリギリまで入っているようだ。

真子 「おかしいわね…ゴミは外に出しておいたはずなのに」

九怨 「…私が調べましょう、真子さんは、見ない方がいい」

真子 「…それは」

少なからずわかったような顔だった。
結果が自ずと見えてくる。
わざわざ3つを並べてくれているのだ…。

九怨 「……」

私はひとつの袋を開ける。
中からは異様な匂いが立ち込めていた。
通常人なら吐き気を催すほどの異臭だろう。
これだけで状況が理解できる。
中身は…見るまでもなかったからだ。
私は全部の袋を開け、中身を確かめる。
そして、その袋の穴を全て、再び閉めた…。

真子 「…九怨さん」

九怨 「戻りましょう…向こうが心配です」

真子さんは何も言わなかった。
状況が理解できているのだろう。
結果が出た以上、ここにいつまでいても仕方がない。



………。



九怨 「……」

真子 「……」

小折 「あ、どうでしたか?」

神矢 「…嫌な予感がするな」

美鳥 「間違いなくね…」

理沙 「…もう、やだ」

鎮目 「何か見つかったのですか…?」

九怨 「一言で言うわ、ふたりとも既に死んでいたわ」

全員 「!?」

当然ながら、全員が絶句する。
当たり前だろう…これで、また死人が増えたのだから。

九怨 「ゴミ袋の中に、日名子さんの死体も一緒に捨てられていたわ」
九怨 「聞きたいなら、ふたりの死因も聞かせてあげるけど?」

理沙 「もうイヤァ! 誰か助けて!!」

美鳥 「理沙!」

突然理沙さんがパニックになる。
美鳥さんが理沙さんの体を支えて落ち着かせようとするが、あまり効果が無いようだった。

九怨 「…何か聞きたいことがあるなら、答えるわよ?」

神矢 「あのさ…結局、眠ったら殺されることは、絶対なのか?」

神谷君が、いっそ現実こそ夢であってほしい…そう思えるほど、辛そうな質問だった。
だけど、わざわざ気休めを言うつもりはない。

九怨 「今の所、他には考えられないわね…非現実的なのはわかるけど」

小折 「だったら、一体誰がそんなことを…!?」

小折さんが悲痛な叫びを上げる。
私は、今考えていることを話す。

九怨 「…エスパータイプかゴーストタイプ以外には考えられないわね」

鎮目 「…『夢喰い』と『悪夢』が使えるのだから、それは道理だけれど」
鎮目 「どうやって眠らせ、更に技をかけるのか…」
鎮目 「そんなことができるのは、真子さん位のものだけれど…?」

神矢 「…! まさか」

真子 「……」

皆が真子さんに注目する。
そう、それ以外には考えられないのだ。
だけど、この人がやったとは私には思えなかった。
ひとつの例外を除いては…。

九怨 「真子さん、自分ではないと主張するのなら、弁護をしてあげますよ?」

真子 「…疑われるのは、もっともなことです」
真子 「ですが、私が自分の夫を殺すと…本当に思っているのですか?」

鎮目 「…それを証明する方法も無いと思うけれど、ね」

火芝 「鎮目さん! いくらなんでも…」

火芝さんが鎮目さんを押さえる。
こんな状況なら、どう考えてもそれ以外には無いのだから仕方がない。
だけど、真子さんではないはずなのだ…例外を除けば。

九怨 「ひとつ、言っておくわ…今回の犯行で、眠らせた技は『催眠術』よ」

神矢 「…催眠術って、火芝さんが使ったあれだよな?」

九怨 「そう、私も使うことはできるわ…この中だと、それ位ね」
九怨 「ちなみに、真子さんが誰かを眠らそうと思う場合、『歌う』もしくは『悪魔のキッス』以外に方法は無いわ」

鎮目 「……」

火芝 「じゃ、真子さんがやったわけじゃ…」

九怨 「例外を除けばね…」

全員 「!?」

またしても全員が絶句する。
そう、例外があるのだ…。
それは、『共犯者』がいること…。
もし、この犯行を真子さんが起こしたというのなら、共犯者がいることになる。

九怨 「…共犯者が、いるなら可能よ、真子さんでもね」

真子 「九怨さん…」

真子さんがやや冷ややかな視線を送る。
私は言葉を続ける。

九怨 「ただし…その場合、共犯者は衣袋さんということになるわ」

鎮目 「何ですって…!?」

火芝 「ど、どうしてですか…!?」

ふたりが信じられないといった風に驚く。
だけど、それ以外には残念ながら考えられなかった。

九怨 「…『欠伸』という技は知っているわね?」

火芝 「あ…」

鎮目 「……」

『欠伸』…それは相手を眠らせる技のひとつ。
やや時間差があるのだが、催眠術よりもより確実に眠らせることのできる技だ。

九怨 「『欠伸』を使えば、例え使用者がその場にいなくても、時間差で相手を眠らせることができる」
九怨 「…そして、『欠伸』が使えるのは、今回の事件関係者の中では衣袋さんひとりよ」
九怨 「よって、猪成さんに眠らせる技が使えない以上、共犯者が『いる』とするならそういうことになる」

全員 「……」

またも沈黙が支配する。
何とも言えない状況なのだろう。
実際、判断が難しい所だ…。
真子さんがやったと言うのなら、共犯者は衣袋さん。
だけど、それなら何故殺した…?
動機がわからない…もちろん猪成さんを殺した動機も。
どちらを取ったとしても、真子さんがやるための動機が見当たらない。
それは、最初の犠牲者の犬地さんにも当てはまることだ…。
動機が無い以上、完全に立証することは難しい…。
それに、遠くの場所に技を仕掛ける…というのは考えられない。
ましてや、あの時真子さんは、私たちと同じ場所で起きていたのだ。
何かをしたのなら、普通私が気付く。
やはり、真子さんがやったとは思えない。

九怨 (それに…ゴミ袋に誰が入れた?)

死体を全て別々のゴミ袋に入れ、外から縛っていた。
別の誰かがやらなければ不可能な状況だ。
あの時、誰もあの場から動いていないのだから、できるのは神矢君のみ。
だけど、あの子がやるとも思えない。
やはり…別の誰かがやったとでも言うのだろうか?

九怨 「…とりあえず、私の意見としては、別の誰かが行った殺害だと思っているわ」

神矢 「だとしたら、一体誰がそんなことを…!?」

九怨 「そんなことはわからないわ…問題はそれができること」
九怨 「眠れば、誰かが死ぬ…。と言っても、眠らずに一晩をやり過ごすくらいは、案外どうにかなる」
九怨 「朝になって、吹雪が止んでいれば…山を降りることができるわ」
九怨 「そうなったら、心配も減るでしょう」

神矢 「結局、そうなるわけか…」

小折 「……」

だけど、そう上手くいくとは思えない。
確実に相手は眠らそうとしているのだ…殺害するために。
第一、日が昇ったとしても相手にとっては関係が無い。
眠らせさえすれば、いつでも殺せるのだから。
私でさえも…?

九怨 (面白いわね…本当に)

私を『殺す』か…。
自然と笑みが零れる。
やはり、ここに来たのは正解ね…面白いわ。
退屈だった日常に、少し位『興味』の沸く事件があった。
それ解決することになるとは思わなかったけど、それが面白い。
今まで、誰かを救う立場になったことは少なかったけれど、こんなに面白い物だとは思わなかった。
生きるものの感情は、『負』の感情になればなるほど、黒く荒んでいく。
だけど『正』の感情は、純白で、全くよどみがない。
今回は負の感情に引き寄せられて来たのだけれど、正の感情もまた大きかった。
私は、自分に結論を出す。

九怨 (誰かを殺して生きるのは簡単だけど…もう飽きたし、ね)

たまには、誰かの役にたつのもいいだろう。
そんなことを考えていると、ふと…ひとりの少女が脳裏に浮かんだ。
だけど、今は…それを考える必要はないわね。

九怨 「事件は…そろそろ終わりにしましょうか」

真子 「九怨さん…?」

火芝 「ま、まさか犯人がわかったんですか!?」

その言葉に、全員が私を注目する。
だが、私は首を横に振る。

九怨 「犯人がわかったわけじゃないわ…でも、これ以上付き合うつもりも無いの」
九怨 「眠らなければ、相手はこちらを殺せない…いや殺さない」
九怨 「だったら、眠らなければいいのだけれど…それには限界がある」

神矢 「でもさ、それって相手にとってもそうじゃないのか? 相手だって、眠くなったら眠るんじゃ?」

九怨 「そう、普通なら…ね」

全員 「?」

全員が『?』を浮かべる。
よくわかっていないようだ。

九怨 「例えば、スリープやスリーパーなどの種族は、『不眠』と言う特性を持っているのよ」

火芝 「つまり、それらの種族であれば…いつでも眠った時点で殺害が可能、と」

九怨 「そうよ、付け加えるなら…今回の犯行は『テレポート』を使える者が犯人よ」
九怨 「…共犯者がいなければ、ね」

鎮目 「と言うことは、スリープかスリーパー位にしか不可能ね」

鎮目さんが、静かにそう言う。
私は頷き、話を進める。

九怨 「そう、そして…『催眠術』が今回の鍵」
九怨 「催眠術を使うことによって、対象を眠らせる…及び、『操る』」

神矢 「あ、操る…ってそんなことできるのか!?」

九怨 「今までの経験だと無理ね…だけど、今回の犯行内容を考えれば、無理じゃないわね」
九怨 「どうやったのかは知らないけれど、通常の無理を簡単に覆していることになるわ…私の言っていることがあっているなら」

鎮目 「でも、それが合っているとは限らない…」

私はまた頷く。
確かにその通りだ。
あっている確証は全く無い。
でも、それしか考えられないのも事実。

九怨 「これを見てください…今までの利用者リストです」
九怨 「ここに…一組のスリーパー家族が泊まっています。今から1年前ですね」

真子 「ま、まさか…! あの時の!?」

鎮目 「!?」

真子さんと鎮目さんが過剰な反応を示す。
そう、この家族が泊まった同日、鎮目さんと衣袋さんも一緒に泊まっていたのだ。
ある程度ヤマをかけて言ってみたけれど、あながちハズレじゃなさそうね。

九怨 「この日、あなた方夫婦も泊まられていますね? 鎮目さん…」

鎮目 「え、ええ…あの時のことはまだ覚えているわ」

火芝 「確か…その日って、鎮目さんたちが夏に行った旅行のことですよね?」

鎮目さんは静かに頷く。
どうやら、全てはここから始まったようね。

九怨 「聞かせてもらえますか…? その日のことを」

真子 「私が話しましょう…」

鎮目 「真子さん! 過去を掘り返さないで!」

真子さんが言おうとすると、鎮目さんが制する。
どうやら、余程のことがあったのね。
これは、少し予想外ね…。

真子 「鎮目さん…あなたまさか、あの時のことで」

鎮目 「止めて頂戴! 私は関係ないわ!!」

真子 「……」

真子さんは黙ってしまう。
このままだと、埒があかないわね。

九怨 「では、それを聞くのは止めましょう…」
九怨 「…仕方ありませんね、私は一度厨房に向かいます」
九怨 「皆さんは、眠らないように厳重に注意してください」

神矢 「ちょ、ちょっと待って! 俺も行くよ!!」

そう言って、また神矢君が首を突っ込む。
ほとほと、動きたがるようね…まぁ、ここには火芝さんもいることだし…問題はないか。

九怨 「わかったわ…その代わり、あまり大声を出さないこと。いいわね?」

神矢 「え? あ、ああ…」

ややためらいながらも頷く神谷君。
私は神谷君を連れて、再び厨房へと向かった。



………。



神矢 「あれか…ゴミ袋って」

九怨 「ええ、まさか気付かなかったの?」

神矢 「いや、違うんだよ! あれ…俺が来た時はなかったんだ」

何と、神谷君はそんな重大なことを言ってくれる。
なるほどね…やっぱり、あれはテレポートによって別の場所から移された物か。
だとしたら、確実に他者の犯行と言う事になる。
現行犯で捕まえるのは…難しい。
どうやって、おびきだそうかしら?

神矢 「でもさ、何でわざわざ厨房に来たんだ?」
神矢 「何か、理由があったんだよな?」

九怨 「ええ、もちろんよ…過去のことを聞くことも含めて、だけど」
九怨 「一番の理由は、犯人をおびき出すため」

神矢 「ええ!?」

神谷君はかなり驚く。
だけど、私はそれを手で制する。

九怨 「…大きな声は出さないで」

神矢 「……」こくこくっ

九怨 「いい? 今から私は『眠る』わ」

神矢 「え、それってやばいんじゃ!?」

私はまた手で制する…口で言っても聞かないのかしらこの子は?

九怨 「折角だから、あなたにも手伝ってもらうわ…いい」

私は耳打ちをして神谷君にあることを伝える。
そして、それを聞いた神谷君はすぐに皆がいる場所に戻った。
これで準備はいい…後は、私が『眠る』だけ。

九怨 (さぁ…どれほどのものか、見せてもらいましょうか?)

私はそう思って、眠る。
あくまで技としての『眠る』なので、すぐに眠ることはできる。



………。
……。
…。



九怨 「…なるほどね、ここが夢の中、というわけか」

気が付くと、私は夢の中にいた。
それも意識がはっきりとしている。
むしろ、こちらが現実かと思うくらいだ。
だけど、同時に曖昧でもある。
まるで、夢を見ているように。
そんな、意味不明の空間だった。
今までに、『夢喰い』や『悪夢』を喰らったことはあるが、こんな感じではなかった。
もっと、体力を普通に削られる感覚なのだが…。
全く異質に感じた。

九怨 (風景は全く眠った場所と同じか…芸が無いわね)

ご丁寧に、全ての物の配置が同じ。
外の吹雪も再現済みのようだ。

九怨 「さて、そろそろ現れたらどう? 犯人のスリーパーさん?」

? 「…よくわかったものだな、そこまで」

背後から声がする。
見なくてもわかる。
間違いなく、スリーパーだ。

九怨 「名前は睡呼(すいこ)…確か1年前、このペンションで泊まった方ね」

? 「正解だ…対した探偵さんだな」

九怨 「ええ、色々ヒントがあったのでね…」

私は笑って振り向く。
そこには、やや苦い感じのスリーパーが立っていた。
右手に5円玉の付いた紐をぶら下げ、長い鼻をぶら下げながら私を見ていた。
服は、割と誰でも着ているような白いカジュアルシャツだ。
茶色のズボンはやや汚れているようで、あまり清潔感は無い。
髪の毛は、例えるなら、まるで恐怖に襲われたかのような短い白髪だった。

睡呼 「よく頭が切れるようだが、ここまでだ…この夢に入った時点でお前はもう起きることは無い」
睡呼 「私に喰われるがいいか…それとも悪夢に苦しみ死ぬか」

九怨 「大口を叩くのは勝手だけれど、そう簡単に行くかしら?」
九怨 「この時点で罠にはまっているとは思わなかったの?」

睡呼 「ああ…あの少年か、だがそんなことはどうでもいい」

私の言葉とは裏腹に、睡呼はほくそ笑む。
まるで、問題ではないと言っているようだ。

睡呼 「あの少年はどうせ動けん…助けを求めても、来られんさ…少なくともあんたが死ぬまではな」

九怨 「…何か細工があるようね」

私が言うと、睡呼は笑う。
感情は…読めない。
負の感情はいくつも感じるけど、最初に感じた憎悪ではない。
この男は、楽しんで殺している。

睡呼 「今更気付いても遅いぞ? これから死ぬのだからな…ここでは私を傷つけることはできんからな」

そう言って、睡呼はその場から消える。
まずいわね、現実世界に戻ったか。
このままでは取り残されるのだけれど、保険をかけて良かったわね…。



………。
……。
…。



睡呼 「さて、このまま女死体を…」

九怨 「どうしようと言うの?」

睡呼 「ば、馬鹿な!?」

睡呼が私の体に触れようとしたところで、私は目を覚ます。
信じられない、と言った顔で私を見ていた。

九怨 「あなたなら、これ位は知っているんじゃないかしら?」

私は、胸元辺りに隠しておいた木の実を取り出す。
これが、タネだ。

睡呼 「カ、カゴの実! だが、直接に含まなければ効果はないはず!?」

九怨 「そうね、通常なら…ね」
九怨 「でも、カゴの実には香りにも効果があるのよ? 暖めることによってね」

睡呼 「そ、そんなことが…!?」

九怨 「私の体温は、通常よりもかなり高いの…カゴの実から香りを噴出させるのに十分なほど、ね」
九怨 「もちろん、時間が少しかかるから…ちょっとだけ猶予があったのだけれど、その間に逃げられなくて良かったわ」

睡呼 「こ、こんなことで…!」

睡呼がテレポートで逃げようとする所を、私は『眼力』で止める。
要は、『金縛り』だ。

九怨 「逃がすと思う…?」

睡呼 「く…き、貴様は一体!?」

九怨 「ただの探偵…とでも言いましょうか?」

睡呼 「く…だが、もう一度眠らせてしまえば!」

そう言って、睡呼は『催眠術』を使う。
だけど、そんな物私には効果が無い。
というよりは…使うことができない。

九怨 「…気がすんだかしら?」

睡呼 「な、何故だ!? 何故眠らない!!」

九怨 「『封印』しているからに決まっているでしょう? 相手の能力位は頭に入れておくべきよ」

そう、これは『封印』だ。
私が覚えている技は全て封印することができる。
催眠術なら、私も使える。
ただ、時間がかかりすぎると『金縛り』が解けてしまう…あれは長くは持たないから。
このまま終わらせるのは簡単だけど…。

真子 「そこまでにしましょう! 睡呼さん…」

睡呼 「ま、真子…さん」

九怨 「…!?」

どうやら、真子さんがテレポートしたらしい。
さすがはエスパータイプね。
他の人間は、通路からやってくる。
どうやら、役者は揃ったようね。



………。



睡呼 「……」

全員が通路側に立っており、その正面に睡呼がいる。
金縛りはもう解けているはずだが、逃げようとする意志は感じられなかった。
そして、真子さんが一歩近寄って言葉をかける。

真子 「睡呼さん…あなたはあの事件のことを今でも」

睡呼 「ああ、そうだ! あんたたちのせいで家族は死んだんだ!!」

穏やかじゃないわね…一体何があったのかしら?
鎮目さんも関係あるはずだけど、今の所反応はしていないわね。

真子 「お詫びのしようもありません…全ては私たち夫婦のミスなのですから」

九怨 「聞かせてもらえますか? そのことを…」

真子さんは頷いて話し始める。
そして…それはとある事件の話だった。

真子 「あれは、1年前の夏でしたね…」
真子 「睡呼さんと、その奥さんの夢路さん…そして娘さんの夢見ちゃんが泊まりに来てくれた」
真子 「避暑地に旅行と言うことで、家族3人来られて…確か、2泊3日でした」

睡呼 「……」

九怨 「……」

鎮目 「……」

皆が沈黙していた。
さすがに真子さんの話を静かに聞いている。

真子 「本当は、静かに休むはずだった旅行…でも、その日は事件になった」
真子 「あの時、私と夫の不注意で、夢路さんと夢見ちゃんは死にました」

九怨 「死因は…?」

真子 「…食中毒、です」
真子 「夫が、新しい料理を作って、喜ばせようと思ったのです」
真子 「まさか、それが引き金になるとは…思ってもいなかった」

真子さんは、まるで我が子の死を悲しむように言葉を震わせる。
罪悪感を感じているのだろう…実際にはどのようなことだったのかは計りかねるけど。

睡呼 「…ああ、そうだ! そして俺だけはそれを食わずに生き残った」
睡呼 「俺はこの日を待ち望んでいた! 復讐できるこの日を!!」

その時、睡呼から大きな憎悪を感じる。
だが、それでも足りない…あの時の憎悪には。

真子 「私を殺して…それで満足するのなら好きにすればいいでしょう」
真子 「ですが、それで他の関係ない人を殺したのは許せません…!」

睡呼 「黙れ! まだ足りんのだ! もう少し…もう少しで…っ!」

九怨 「…?」

睡呼は、まるで何かに取り付かれたかのように虚ろな目をする。
一体何のことだろう? もう少し…とは?

睡呼 「皆殺しにしてやる…全て貴様等の魂ごと喰らい尽くしてやる!!」

その時、睡呼は更に強力な憎悪を巻き起こす。
睡呼の周りに黒い渦が巻き、まるで生きているかのように蠢く(うごめく)。
私はそれをいち早く察知し、攻撃態勢を取る。

九怨 「ここまでね…これ以上犠牲は出させないわ!」

私は右手を前に翳し、炎を集める。
大量の熱気が私を覆い、右手に熱量が集中する。
後は、それを放てば終わりだ…。

睡呼 「!? 俺は死なん! やられるものかぁ!!」

睡呼の周りに強力な闇の気流が巻き起こる。
馬鹿な…ダークストーム!?
何故…その技を?
だが、気にしている暇はない。
このままでは、この場にいる全ての者が死ぬかもしれない!
私は右手に集めた炎を広範囲に解き放つ。
上手くコントロールして、皆を守らなければ、全滅するだろう。

睡呼 「止められるものかぁ!!」

だが、最悪にも睡呼の方が先に技を放つ。
闇の気流が嵐となり、睡呼を中心に全方位へと荒れ狂う。
間に合うか…!?
私は『熱風』を解き放ち、ダークストームをかき消す。

グゥゥゥオオオオオオオオオオッ!!!

美鳥 「きゃぁ!!」

小折 「す、凄い風…!!」

火芝 「皆、どこかに掴まるんだ!!」

ギシギシギシッ!!

互いの風がぶつかり合い、部屋を軋ませる。
どうやら、かなりの威力ね…私の熱風と互角だなんて。
これも、憎しみの力か…。

神矢 「お、おい…このままじゃやばいぜ!!」

理沙 「イヤァ! 死にたくないよぉ!!」

バキバキバキィ!!

壁の一部が半壊する。
だが、力を弱めるわけにはいかない、その瞬間全員がダークストームに巻き込まれるだろう。
そうなったら最悪だ…何としてでもこの場で止める。

睡呼 「まだまだまだぁーーーー!!!」

九怨 「…更に憎しみを」

力がより一層上がる。
まずいわね…どうやら、手加減している暇はなさそう。
多少の怪我は、被ってもらうしかないわね…。

九怨 「悪いけど…終わりよ」

私は余った左手から『炎の渦』を放つ。
確実に相手を焼き尽くす熱量だ。
いくらスリーパー種の耐久力があろうと、私の炎を耐えられるとは思わないことね。

ゴォゥッ!!

睡呼 「う、うおおおおおおおおっ!!!!」

地を這い、睡呼の足元から炎の渦が燃え上がる。
そして、断末魔と共に睡呼は炎に飲まれていく…終わりよ。
ただ、その際ダークストームの影響が多少溢れてしまう。
熱風の力が押し負けたのだ…。

ゴゴゴゴゴゴゴォォォォゥゥ!!!!

小折 「キャアアァッ!!」

神矢 「掴まれ小折!!」

理沙 「いやああああぁぁ!!」

美鳥 「しっかりしなさいよ馬鹿!!」

真子 「…睡呼さん、九怨さん!」

鎮目 「…くっ!?」

火芝 「鎮目さん、退がって!!」



………。



九怨 「……」

真子 「…睡呼、さん」

その場には、何も残ってはいなかった。
あるとすれば、それは焦げ落ちた床に、灰。

ヒュゥゥゥゥゥ…!

半壊した壁の隙間から風が差し込む。
その風が灰を飛び上げ、雪を撒き散らした。
これで、終わったわね。

九怨 「愚かな…憎しみに捕らわれ、魂さえも売ってしまうとはね」

真子 「どういうことですか?」

真子さんが私の側に寄って聞いてくる。
睡呼のことだけに、気になるのだろう…この人は、そう言う人だ。

九怨 「知らない方が、いいこともありますよ?」

真子 「…そう、ですね」

意外にも真子さんは追及しなかった。
ただ、焦げ落ちた床を見て悲しそうに俯いている。
ようやく…終わったと言うのに、後味は良くなかったかもしれないわね。

ゴオオオオオオオオオォォォッ!!!

真子 「!?」

九怨 「…!」

バアァウゥッ!!

突然、真子さんに向かって炎が放たれる。
だが、私が寸前で止めた。
そして、全員の注目が一点に集中される。

鎮目 「……く!」

真子 「し、鎮目さん…」

火芝 「な、何を!?」

神矢 「な、どうなってんだ…!?」

小折 「どうして、鎮目さんが真子さんを…?」

理沙 「…もう、やだよ、早く帰りたい」

美鳥 「しっかりしなよ! もうすぐ…きっと、もうすぐ終わるから」

小折さんは神谷君に、理沙さんは美鳥さんにそれぞれ掴まっていた。
そして、それぞれが信じられないと言った風に鎮目さんを見る。

火芝 「鎮目さん、どうしたって言うんですか!? 何故真子さんを…!!」

鎮目 「黙りなさい! もう、何かも台無しだよ!!」

真子 「……」

思いの外、真子さんは冷静だった。
皆が皆、気を動転させていると言うのに…。

九怨 「…気にはなっていたけど、まさか本当にそうだとは思わなかったわ」

憎悪の正体。
それは、睡呼ではなく、この女性…鎮目さんだったのだ。
今の今まで気づかなかった。
この瞬間まで、憎悪を隠していたのだ。
しかし、何故…今になって?

鎮目 「九怨さん…あなたのお陰で本当に全てが台無しだよ!」
鎮目 「全員殺すつもりだったのに…あなたのせいで!!」

どんどん憎悪が増えていく。
それも際限なく…先ほどの睡呼が子供だましに思えるほどだ。
まさか、この女性も魂を売り渡していたとはね…。

九怨 「外道に言う言葉は無い…この場で私が葬ってあげるわ」

鎮目 「黙れ! 貴様のような暗殺者ごときに私が倒せると思うのか!?」

真子 「え…!? 暗殺者…?」

九怨 「……」

全員が私に注目を集める。
それはそうだろう…まさか、正体を知られていたとはね。

神矢 「お、おい…! どういうことなんだ!?」

小折 「九怨さん…が暗殺者?」

鎮目 「はっはっは! そうさ! この女は、1000年もの間、暗殺によって糧を得てきたんだ」
鎮目 「裏の世界じゃ伝説の暗殺者だよ…!」

九怨 「私のことを知っているとは思わなかったわ…まさか初めから知っていたの?」

鎮目 「もちろんさ…その紅い瞳に、綺麗な金毛…この吹雪の中、平然と歩いて来たなんてね」
鎮目 「何を思ってこんな所に来たかは知らないけど、まさか邪魔されるとは思わなかったわ!!」

九怨 「…興味本位よ、ただの…ね」

私が笑ってそう言うと、鎮目さんは笑い出す。
余程おかしいのか、まるで狂ったように笑っていた。
まるで、別人のようだ。

鎮目 「そうだ、こういうのはどうだい!? 今から私があなたを雇ってあげるわ! 金なら言い値で払ってもいいのよ!?」

九怨 「……」

神矢 「お、おい…! 冗談じゃねぇぞ!!」

小折 「そんな…」

理沙 「……」

美鳥 「今は目を瞑ってな…理沙、次に目を開けたら、全部終わってるから!」

火芝 「……何故、こんなことに」

真子 「…九怨、さん」

私にほぼ全ての目が向けられる。
そして、私の言葉を待つように、その場は沈黙に包まれた。
私は次の瞬間、言葉を放つ。

九怨 「悪いけど…あなたのような俗物に雇われるほど落ちぶれてはいないわ」

鎮目 「な、何だって!?」

九怨 「あなたはひとつ間違えているわね…確かに私は、今まで暗殺者として生きていたけれど」
九怨 「今日から変わる事にしたのよ…探偵に、ね」

ちなみに探偵は適当だ…本当は何でも屋とでも言った方がしっくりくるのだろう。
鎮目さんはそれを聞いて、怒りを露にする。

鎮目 「どういうことだ!? 何故、今頃になってそんな考えを!!」

九怨 「あなたのような外道に説明するつもりはないわ…この場で、後悔しながら地獄へと落ちなさい」

私は右手を翳し、鎮目さんを狙う。
私の殺気を感じ取ったのか、鎮目さんもまた両手を私に向ける。

鎮目 「蛆虫(うじむし)めが…私に逆らったことを後悔しなさい!!」

九怨 「生憎だけど、後悔はしたことないのよ…残念ね」

私たちは、ほぼ同時に技を発動させる。
私の手からは『火炎放射』が放たれ、向こうはダークストームが放たれる。

九怨 (また広範囲攻撃か…! 見境ないわね)

だが、今度は手加減をしてないとはいえ、相手には効果が薄い。
攻撃は相殺できても…ただで済むかしら。

ゴッ! ドグォォォゥッ!!!

互いの技が衝突し、またしても衝撃が部屋を揺らす。
だが、今回は私の技が一直線に鎮目さんへと向かう。
あまったダークストームの波動は広範囲に飛び散り、やや全員にも被害が及ぶ。

鎮目 「グゥゥゥッ! だが、炎で私を倒そうなど!!」
鎮目 「…何っ!?」

効かないことなど撃つ前からわかっている。
だから私はその間に鎮目さんの後ろに回った。
そして、渾身の力を込め、私は技を繰り出す。

ドッガアアアアァァァァッ!! ドガシャァァッ!!!

派手な音をたて、私の『尾』が鎮目さんを吹き飛ばす。
その際、マグカルゴ特有の殻にひびが入る。
岩タイプは鋼タイプの技で効果は高い…炎タイプで相殺だけど、十分効果はあったようね。

神矢 「ア、アイアンテールかよ…派手な技使うな」

小折 「でも、あれで終わりとは思えない…」

そう、確かに終わるとは思えない。
元々防御力の高いマグカルゴ種が今の一撃で終わるとは思いがたいわね。
だけど、効果はこれで十分…後は、私じゃなくてもいいでしょ。

鎮目 「…ぐ、よくも…この私に…!」

真子 「もう止めにしましょう…鎮目さん、これ以上…罪を重ねるは止めて」
真子 「全て、私が悪いのです…私が、あの時」

鎮目 「黙れ! もう私は後戻りなどできないのだ!! ここで貴様等を皆殺しにし、全ての魂を喰らってくれる!!」

九怨 「もう、終わり…と言ったはずだけど、自分の状況がわかっていないようね」

鎮目 「!?」

ジュワアアァァァァァァッ!!

鎮目 「ギャ、ギャアアアアアアアァァァァァッ!!」

鎮目さんは『水の波動』によって体が崩壊する。
私が撃ったものではない…真子さんの手から放たれたものだ。

真子 「…ごめんなさい、鎮目さん、睡呼さん」

九怨 「謝る事はないわ…あのふたりは、もう自分を捨ててしまったのよ」
九怨 「過去に何があったかは知らないけど、あまり拘らないことね」

気休めにもならないだろうが、それでも真子さんは笑ってくれた。
結局、過去はわからなかったけど、無理に知ることはないでしょうね。
とりあえず、これで…本当に終わったわね。
体が崩壊し、岩のように体が固まったマグカルゴの女性はもう、原型を留めていなかった。
場は沈黙が包む。
やがて、すきま風が部屋に入り…次第に気温が下がっていくのを感じた。
それは、今回の事件を終わりを物語った。



………。
……。
…。



九怨 「結局、今回の事件は何故起こったのか…」

今回の事件の首謀者と思われるふたりが死に、私たちはリビングにて軽めの食事を取っていた。
皆、眠るのがまだ怖いらしく、一番大きな丸テーブルを囲んで、真子さん以外の全員が座っていた。
その場で会話も特になく、しばらく待つと…真子さんが厨房から暖かいスープを持ってくる。
そして、真子さんはそれを全員の前に並べていく…心なしか、辛そうにも見えた。
それを並べ終わると、真子さん自身も座る。
皆がスープを口にし始め、真子さんは静かに語りだす。

真子 「今回の事件…全ては、私のせいなのです」

九怨 「……」

あえて、自分から追求はしなかった。
皆も同じ考えなのだろう。
あまりにも辛そうな真子さんの表情からは、追及することをためらわれたのだ。
だが、真子さんは自分から全てを語り出した。

真子 「もう、今から20年以上も昔…」
真子 「私たちが、まだ高校生だった頃の話です」
真子 「当時、私と鎮目さんは同じ学校で、同じクラス」
真子 「同じ部活に通い、成績も同じ位…」
真子 「まるで…姉妹のように仲が良かった」

神矢 「それで…どうしてあんなことになるんだ?」

小折 「しっ、神谷君は黙ってて…」

静かにするのが苦手なのか、神谷君は声を出す。
だが、小折さんが強めにそれを制した。
真子さんは、特に気にはせずに言葉を続ける。

真子 「…私にとっては、鎮目さんは目標のような物でした」
真子 「何でもできて、人気があって…そして信頼できた」
真子 「でも、あるイベントをきっかけに、全ては変わってしまったのでしょうね…」

九怨 「…当時、確信がなかったのですか?」

やや曖昧に聞こえた。
『変わってしまったのでしょうね…』とは。

真子 「…気にはなったことも多々ありました。でも、確信はなかった」
真子 「鎮目さんは今日の今日まで、ずっと私の『親友』でしたから」
真子 「でも、今日の事件で…恐らくあのイベントが原因だったのだと思えます」

九怨 「そう言えば、火芝さんは鎮目さんや衣袋さんといつから知り合いなの?」

私は少し論点を変える。
急に会話を振られて、やや動揺した火芝さんがためらいがちに答える。

火芝 「えっと、僕は…とある街の撮影所で働いていて…そこのスタッフです」
火芝 「一応、職業はADスタッフと記帳に書いてあったはずなんで、知っていると思いますが」
火芝 「衣袋さんは、そこの監督です…鎮目さんは、マネージャーで」
火芝 「僕は、10年前位から働かせてもらってました、その時からですね」

九怨 「そう…じゃあふたりの過去とかにはあまり触れなかったのかしら?」

火芝 「…そうですね、気にはなってましたけど…深くは」
火芝 「でも、鎮目さんが…あんな風になってしまっていたなんて」

火芝さんは左手で頭を抱えて俯く。
ショックだったのね…あんなことになってしまって。

美鳥 「で、結局イベントって…?」

真子 「…文化祭です」
真子 「当時、私たちは3年で同じ演劇部にいました」
真子 「そこで、文化祭に演劇をやることになったのです」

美鳥 「へぇ…じゃあ理沙と同じじゃん! 理沙、今も演劇やってるもんね」

理沙 「え、えっと…うん、そうだけど」

やや無理やり気味に美鳥さんが理沙さんに話を振る。
少しでも力づくだろうと思ったのでしょうね、まぁ悪くはないようだけど。

真子 「あの時、最後に部長から出演のメンバーが告げられました」
真子 「主役は、私で…鎮目さんはそのライバル役」
真子 「それも、ライバル役は主役を憎むような設定で、最後には身も心もボロボロになってしまった…そのような話でした」

美鳥 「うわ…」

理沙 「…でも、お話だから」

真子 「そう…ただの脚本なの。でも、あの人はそれが許せなかった」
真子 「今まで、私に主役が周ることはなかった…でも最後の文化祭でそれが周ってしまった」
真子 「プライドの高い鎮目さんは、それが許せなかった…」

なるほど…でも、それだけであの『憎悪』を募らせたとは、ちょっと思いがたいのだけどね…。

真子 「それだけなら、良かったのかもしれません…」
真子 「後から知ったことですが、その脚本を作った部長自身が、全て仕組んだことだったらしいのです」
真子 「鎮目さんのプライドをボロボロにし、地位を落としてやろうという…」

九怨 「…理由は?」

真子 「…当時、部長は鎮目さんに告白をしたそうです」
真子 「ですが、鎮目さんはそれに応じなかった…それが原因でしょう」

美鳥 「なるほどねぇ…恋の絡みかぁ〜そりゃ深いわ」

理沙 「でも…それで仕返しを考えるなんて、おかしいよ」

真子 「私は、文化祭が終わるまでそのことに気付きませんでした」
真子 「ただの脚本…そう思っていましたから」
真子 「あれも、鎮目さんの演技力を向上させるための物だと…そう思っていました」
真子 「結果、文化祭での演劇は良好…評価も割と高かった」
真子 「ですが、鎮目さんの心には拭い様のない傷痕が残った」
真子 「その後、鎮目さんが後に通うはずだった芸術大学から、不合格の通知表が届けられました」
真子 「同じ所を受験した、私は合格通知が…」
真子 「あの時から、私たちの間には…隙間が出来てしまったのです」

劣等感…か。
なるほど、確かに憎悪を募らせるには十分だけど…それだけでもないのでしょうね。
ゆっくりと時間をかけ、憎悪を大きくしていった。
結果、ああなったと…。

真子 「私は、その後…演劇を止めました」
真子 「大学は卒業しましたが、鎮目さんのいない演劇は考えられなかったから…」
真子 「それから、私は大学で夫と出会い、恋に落ちました…卒業後にすぐ入籍して、それからすぐにここへと移り住みました」

九怨 「鎮目さんは…?」

真子 「高校卒業後、独学でとある映画監督の元に行ったそうです」
真子 「実力はある人でしたから、すぐに目をつけられて映画に参加させてもらったと聞きました」
真子 「それから、私たちの結婚式にも来てくださったし、毎年夏にはこのペンションに遊びに来てくれていました」

九怨 「さしづめ…機会を探っていた、というところかしら?」

真子 「…そうかも、しれませんね」
真子 「ですが、最初の内は本当に楽しかったんです…学生の頃に戻ったようで」
真子 「あの鎮目さんが、こんなことを考えていたなんて…とても思えなかった」

九怨 「…人の顔には裏表がある物よ。皆が真子さんのように善人ではいられないのよ」
九怨 「それに、今回の事件…ダークポケモンが関わっているのよ」

神矢 「…何だそれ?」

小折 「聞いたことないですけど…」

美鳥 「知ってる理沙?」

理沙 「ううん…知らない」

火芝 「何か、聞いたことある気がしますけど…それは一体?」

やっぱり誰も知らないか…まだそこまで広まってはいないようね。

九怨 「ダークポケモンは、ポケモンの中にある、暗い負の心を閉じ込めてダーク化してしまうもの」
九怨 「それも誰かの手によって…」

真子 「…誰か、ですか?」

九怨 「ええ、詳しくは私も知らないわ…」

嘘だけどね…今は外にばらさない方がいいと言うのが本音だ。
知れば、消されかねないからね…あいつらに。

九怨 「ダークポケモンは、特に『憎悪』を増幅させる力があるわ」
九怨 「睡呼は、魂を欲しがっていた…多分、そそのかされたんでしょうね、鎮目さんに」
九怨 「ここの人間を皆殺しにしたら、家族が生き返る…とでも言ったのかしらね」

火芝 「そ、そんなこと可能なんですか!?」

九怨 「無理よ…死んだものは生き返らないわ」
九怨 「口実よ…自分の仕事をやりやすくするために」
九怨 「正確には…真子を殺すために仕組んだこと」

真子 「……」

真子さんの表情は辛そうだった。
だけど、耐えているようにも感じた。

九怨 「簡単に述べてしまえば、ダークポケモンは誰かを殺してその魂を喰らうの」
九怨 「そして、それを主に献上する…そうすることで、ダークポケモンは永遠とも言える時を生き続けることが出来る」
九怨 「ただし、それができない場合は…その場で死ぬことになるわ。だから相手は必死なの」
九怨 「持ちうる『憎悪』を限界まで増やし、相手の魂を喰らう」
九怨 「そうやって、あいつらは生きていかなければならないのだから…」

神矢 「じゃあさ…ここでの最初の犠牲者って」

九怨 「ただの犠牲者よ…たまたま来て、巻き込まれてしまっただけのね」
九怨 「あの男性に、何があったかは知らないわ…運が悪かっただけ」

美鳥 「私たちも…よね」

理沙 「ううん…日名子に比べたら……」

犠牲者は4人…いや6人と言ってもいいか。
多くのポケモンが死んだわね…むしろ、これで済んだの運が良かったわ。

真子 「やっぱり…鎮目さんは私を憎んで、ああなってしまったのですか?」

九怨 「…間違いないと思うわ、小さかった『憎悪』も、ダークポケモン化することで、一気に増幅する」
九怨 「恨むなら…あいつらの主を恨むことね」

真子 「…誰かを恨むことで、何が生まれるでしょう」
真子 「力は生まれるかもしれません…でも、その先には何もない」
真子 「私は…人を憎みません」

九怨 「…それが一番かもしれないわね。誰かを憎んで生きても…空しい結果が待つだけよ」

真子 「はい…」



………。



そして、その日の夜明けまで…皆は起き続けた。
そのまま何も起こらず、昼には警察が駆けつけた。
そして、それぞれが…それぞれの場所へと帰っていく。



………。



九怨 「……」

私は、警察が来る前にあのペンションを出た。
あまり嗅ぎ回られるのは嫌いだから。
真子さんは、正式に自首をするそうだ。
今頃は、警察に連行されているだろう。
もっとも、正当防衛…とも言えるだろうけどね。

ヒュゥゥゥ…

一陣の風が吹く。
私は道を歩いていた。
どこに向かっているわけでもない…ただ、思うように歩いていた。
今までは、特に目的を持って生きてきたわけではない…だけど、今度はちょっと違うわね。
まさか『ダークポケモン』が動いていたとは気付かなかった。
これは、考えて行動した方が良さそうね。
となると、私は真っ先にひとつの顔が浮かび上がる。
今も生きているはずだ…私が唯一失敗した仕事。
どこかで生きているなら、私を探しているかもしれない。
面白くなりそう…今になってそう思えるのは、おかしいのだろうか?

九怨 「……」

私は服のポケットに入っているひとつの袋を取り出す。
袋はただの布を紐で縛っているだけの物だ。
だが、中身は普通じゃない。
この袋の中身は、『聖なる灰』が入っている。
これは、最近拾った物だった。
正確には降ってきた物を集めた…と言う感じだけど。
この灰が降ってきた意味…私はそれを探さなければならないと思えた。
しかし、どうすればいいのかは皆目見当もつかない…。
探して見つかるような物ではないからだ…。

九怨 「まぁいいわ、少し遠回りになるけど…ゆっくり歩きましょうか」

私は心の中にある、たったひとつの手がかりを宛にして歩き始める。
新たな歩みを見せる自分に、何故か笑みが零れる。
今は、優しげな風景に囲まれている。
山を降り、川を渡り、そして道を歩く…以前の事件からすでに1週間以上は経つ。
あの事件の関係者はすでに日常に戻っているのだろう…。
私は思う…私は誰かを救えたのだろうか?
今まで、誰かを自分の意志で助けようと思ったことは少ない。
今から、それをやり直そう…等と言うのは愚行だろうか?
だが、それでもよかった…今は、自分のやりたいことを誰かのためにやれるのだから…。
それは、自分にとって新たな始まりだった………





















作者あとがき




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