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POCKET MONSTER RUBY



第8話 『務め』




キャモメ 「モメ〜! モメ〜!」

ペリッパー 「ペリ〜! ペリ〜!」

ハルカ 「…ん?」

ポケモンの鳴き声。
私は、ゆっくり体を起こす。

ハルカ 「…今は、何時?」

私は手に届く範囲に置いてあった、バッグを漁って時計を探す。
部屋はカーテンがかかっているので、真っ暗。
視界は真っ暗闇だが、手探りでバッグの中身を漁る。
元々そんなにごちゃごちゃとはしていないので、探すのに苦労はしなかった。

ハルカ 「…んっと」

四角い、小型の携帯時計を手にとって時刻を確認する。

AM 5:00

ハルカ 「…冗談、早すぎでしょ」

私はカーテンを開き、窓越しに外を見る。
外はまだ暗く、未だに星も見えた。
この部屋の窓から見える景色は、森。
西側の部屋なので、向かい側は森位しか見えない。
それなりに深い森のようで、人がいる気配はない。
窓を開け、私は風を通す。

ハルカ 「……」

風を肌に感じる。
ここ3日ほど同じ服を着ているので、やや匂いが気になる。
結局昨日は買い物するのを忘れていた…。
今日は一応ジム戦ということで、その辺しっかりしておかないと。

ハルカ 「…と言っても、後5時間あるわね」

私はう〜んと背伸びをして力を抜く。
体の方は問題ない、今すぐでも実戦に飛び込めるだろう。
外の気温も暑く、汗が滲んでくる。
私は部屋の明かりを点け、荷物を確認して、外に出ることにした。



………。
……。
…。



ハルカ 「…さすがに人はいないわね」

まだ薄暗い海岸の砂浜。
海平線の向こうに朝日が昇り始めている、もうすぐ夜明けだ。
私はそのまましばらく訓練することにした。
と言っても、『自分』のだけど。

ハルカ 「最近、あんまり動いてなかったからなぁ…たまには朝練でもしないと」

しかしながら、ひとりで黙々やると言うのも芸がない。
ので、折角だからポケモンも出すことにした。
今日はジム戦だけに、やれることはやっておいた方がいいだろう。

ハルカ 「ってなわけで、皆出て来なさい!」

ボンッ!×5

ワカシャモ 「シャモッ」

ジグザグマ 「…ジグ」

アゲハント 「ハ〜ン」

コノハナ 「コ〜ノ〜…」

キャモメ 「キャモ」

全員が問題なく出てくる。
一匹足りないのが忍びないが、気にしていられない。

ハルカ 「よっし! それじゃあまずは走るわよ!」

私たちは砂浜を疾走する。
単純にランニングなので、難しいことは無いだろう。
無人島でも一応やったしね。



………。



ハルカ 「…ふぅ、皆ちゃんと着いてきてる!?」

私は足を止めて後ろを振り向く。

ワカシャモ 「…シャモ…シャモ」

さすがワカシャモ、体力はあるわね。
先頭を切って走ってきたようで、やや肩で息をしている。
そして、その後には…。

ジグザグマ 「…ジグ〜…ジグ〜…」

ジグザグマだ。
この娘は真っ直ぐ走れないのか、何故かジグザグ走行で走ってきた。
それでもこの位置とは…やるわね。

アゲハント 「ハ〜ント」

キャモメ 「キャモ〜」

続いてアゲハントとキャモメの飛行コンビ。
飛んでいるだけに、体力の消耗自体が少ないのか、そんなに疲れているようには見えない。
アゲハントは優雅に着地し、キャモメもトテトテと砂浜を歩いていた。

ハルカ 「……コノハナは?」

ワカシャモ 「…シャモ〜」

ワカシャモが遥か後ろを指差す。
私たち全員が注目すると…。


コノハナ 「コ〜ノ〜…コ〜ノ〜…」


ハルカ 「…相変わらず動じない娘ね」

かなりのマイペースで、ランニング…というよりは、ジョギングだった。
私たちはそれを眺めながら、体を休めてコノハナを待つ。



………。
……。
…。



コノハナ 「コ〜ノ〜♪」

お気楽な感じでコノハナが到着する。
この娘は朝に強いのか、異様に元気があるように見えた。

ハルカ (早起きできるってのもバトルでは役に立つのかな?)

ふと思う。
あまりポケモンバトルのことはよくわからないが、たまに眠ることがあるので、ある意味『はやおき』というのも意味があるのかも。
眠らされて早起きするっていうのは意味不明な気もするけど。

ハルカ 「とりあえず、メンバーはワカシャモ、アゲハントで決定。先発はワカシャモに任せるからそのつもりで!」

ワカシャモ 「シャモ!」

ワカシャモは元気よく手を上げて答える。
気合は十分ね、後は…。

アゲハント 「ハ〜ント」

やっぱりおっとりな性格。
次の相手が相手だけに、心配だ。

ハルカ 「…はぁ、考えてもしょうがないか」

ポケモン歴の浅い私が、いくら考えた所でできることは限られてる。
結局はぶっつけ本番で頑張るしかないんだから。

ハルカ (後は、心配を少しでも塗りつぶすために特訓するしかない!)

私は次の訓練を始めることにする。
考えても不安はなくなりはしない。
だったら、体を動かせばいい。
そうすれば、少しは楽になれる…。



………。



ワカシャモ 「シャモッ!」

ハルカ 「ダメよ! 蹴りはこう放ちなさい!!」

ガシィッ!!

ワカシャモ 「シャモ〜…」

ハルカ 「ホラホラどうしたの! これ位で怯んでてちゃトウキさんのポケモンには勝てないわよ!?」

私が手本として、ワカシャモの左太もも辺りに蹴りを叩き込む。
ワカシャモは一撃で膝をつくが、私は厳しく指導する。

ハルカ (ワカシャモは格闘タイプ、今回の戦いは確実に格闘技の応酬になる)

ワカシャモ 「シャ、シャモ〜」

ワカシャモは何とか立ち上がり、構えを取る。
左足が笑っているが、気合は伝わってくる。

ハルカ 「よし、打ってきなさい!」

ワカシャモ 「シャモ!」

バシッ、ビシッ!

乾いた打撃音が朝の砂浜に響く。
私は自身の体でワカシャモに技を叩き込む。
少しでも、強くならないと…。



………。
……。
…。



ハルカ 「…午前7時、か」

気がつくと、既に日は昇りきり、日差しが差し込んでいた。
私はポケモンたちをボールに戻し、一度ポケモンセンターに戻ることにした。



………。



ハルカ 「……」

ふと、船着場付近にある看板に目が止まる。
そういえば、今回は色々あって、ゆっくり見ている余裕がなかった。
改めて、私はムロタウンの看板を見る。



−ここはムロタウン、青い海に浮かぶ小さな島−




ハルカ 「……」

まだ朝は早いけれど、すでに人の姿が見え始めている。
けれど、まだ店が開くには早い。
少々お腹が空いたけど、この時間から開いているとしたら、ファーストフード位か。
だけど、いちいち探すのも面倒なので、ポケモンセンターで食べた方が早いだろう。
私はそう結論付けてポケモンセンターに真っ直ぐ向かった。



………。



ハルカ 「到着っと…」

店員 「ハルカさん、おかえりなさいませ」

中に入ると、すぐに店員のミカゲさんがそう言ってくれる。
私は右手を軽く掲げて応対する。

ミカゲ 「朝錬ですか? お疲れ様です…」

ハルカ 「ええ、どうも…ミカゲさんも早いですね」

少なくとも、5時の時はまだ別の人が受付をやっていた。
7時頃で交代なのだろう。
でも、深夜近くまでミカゲさんがやっていた所を見ると、勤務時間は相当長い。

ミカゲ 「私は、これが仕事ですから」

ミカゲさんは、優しい笑顔でそう言う。
ポケモンセンター店員特有のピンクのナース服にすらっとした長髪とこの笑顔があれば、この辺りでは相当な人気が出そうである。
いかにも、守ってほしい…とか思われそうだもんね〜。

ハルカ 「…とりあえず、食事がしたいんですけど、食堂空いてます?」

ミカゲ 「ええ、ここのは7時から空いてますので、どうぞご利用ください」

ハルカ 「地下でいいんですよね?」

ミカゲ 「はい、そこの階段から降りて、地下1階の大部屋が空いていると思うので、すぐにわかると思います」

ハルカ 「そうですか、どうもありがとうございます」

私はそれを聞いてすぐに階段を降りる。
ポケモンセンターの地下には大抵どこでも食堂が設置されている。
もちろん、立地場所によっては違うこともあるのだけれど。
ポケモンセンターの食堂は、値段的にも安い物が多く、学食に近い感覚で食べられる。
味は支店によってかなり左右されるけど。
基本的に、有料で泊まってる人はほとんど無料で食事のサービスを受けられるが、私のようにワンボックスで泊まっている人間は別料金となる。
ポケモンの回復及び、食事は無料なのでまぁマシなサービスなのだろう。
私は開け放たれている食堂の扉を潜る。
明るい色合いで張られている壁に囲まれ、およそ30人ほどが入れる小さな食堂だった。
ムロの支店は結構小さいので、これも仕方の無い所だろう。
しかしながら、客はひとりもいなかった。
朝早いのもあるだろうけど、ひとりもいないというのは…。

ハルカ (経営…大丈夫なのかな?)

思わずそんな心配をしてしまう。
まぁ、要らぬお世話という奴だけれど。
私はとりあえずバッグを背負い直して、食券販売機を探す。

ハルカ 「ああ、あったわ…えっとメニューは…」

きつねうどん、天ぷらうどん、きつねそば、天ぷらそば、カツカレー、ビーフカレー、牛丼、豚丼、鳥の唐揚げ、おにぎり、ご飯…その他定食etc。

ハルカ (まぁ、何でもいいか…)

私は手軽に唐揚げ定食にした。
唐揚げ、ご飯、味噌汁、たくあん…と無難なコースだ。
料金は¥400。
結構安い。
私は500円玉を投入してボタンを押す。
おつりの100円玉を回収して、食券を提出する。



………。



ハルカ 「……」

待つこと5分程度。
私は定食の乗ったトレーを受け取って近くのテーブルに座る。

ハルカ 「いただきま〜す」

? 「おっ、奇遇だね」

ハルカ 「はぁ?」

私は手を合わせたまま横を向く。
すると、意外な人物がいた。

トウキ 「や」

ハルカ 「…何でこんな所にいるんですか?」

トウキ 「何でって…そりゃ食事しにだけど」

トウキさんは食事の乗ったトレーを手に持ち、当たり前のように言う。
ツツジさんなんかはジムの方で食べてたのに…。
同じジムリーダーでもやっぱり食事の場所は違うということだろうか?

ハルカ 「…まぁ、別にどうでもいいか」

トウキ 「…あはは、結構淡白なんだね」

ハルカ 「いちいち気にするのも、どうかと思いますしね」

私は気にせず唐揚げを頬張る。
揚げたてのせいか、かなり熱かった。
しかしながら、バランスはいい…柔らかさに油加減、やや濃い目の味は食欲を促進させる。
さすがは天下のポケモンセンター…食堂も手抜きなしね。
私はやや悔しい気持ちになった…もっと精進せねば。

女性A 「あ、トウキさん早い〜もういたんですか?」

女性B 「私たちも早いと思ったのに〜…」

トウキ 「や、ミサトちゃんにシノブちゃん! お先にいただいているよ」

ミサトちゃん、シノブちゃんと呼ばれたふたりはいかにもバトルガールといった服装をしていた。
ミサトちゃんはショートヘアー、シノブちゃんはポニーテール。
両方とも体格は同じ位で多分私より年上。
そして、ふたりとも明るい性格のようだ。
ふたりは食券を買うと、2分ほどでこちらのテーブルにやってきた。
座っている並びで言うと、私の隣にトウキさん、その向かい側、私の前方にミサトさん、トウキさんの向かい側にシノブさんが座ることとなった。

ハルカ (…何でこんなことになってるんだろう?)

そんなことを思ってしまう。
後3時間弱でジム戦が行われる…しかもその相手と食事しているのだ。
いや…ツツジさんはあの性格だからいいのだけれど。
トウキさんも似たようなものなのだろうか?
だとしたら、ジムリーダー全員を疑わざるを得なくなる。

ミサト 「…で、ずばり何でトウキさんはわざわざそのハルカちゃんの隣に!?」

シノブ 「そうですよ〜、気になるなぁ…普段トウキさんって女性に関心示さないから」

トウキ 「ん? 今でもそのつもりだけど」

トウキさんはあっさりと受け流す。
本心だからだろう。
それだけに、ふたりもそれ以上言葉が続かなかった。
って言うか、何で私がダシにされてるのよ!?

ミサト 「って言うか、ハルカちゃんって無口だねぇ…」

ハルカ 「…食事中はあんまり喋らないだけです」

シノブ 「へぇ〜、何だか気品を感じるねぇ…」

それは無いでしょう…親が親だけに自信が無かった。
そんな物があるなら、もうちょっと女の子らしくなるでしょうけど…はぁ。
思わずため息が出る…何だか戦意が薄れる。
やる気もなくなってくるし。

トウキ 「こらこら、あんまりハルカちゃんに突っかかるな…これから戦う相手なんだから」

ミサト 「は〜い…」

シノブ 「何だかなぁ…」

ふたりは渋々と言った風に、食事をとり続ける。
それからしばらくは沈黙が続いた。
私はさっさと食事を切り上げ、席を立つ。

トウキ 「もう行くのかい?」

ハルカ 「…まだやることがあるんで」

私はそう言って、さっさとその場を後にした。
これ以上、この空気に浸ってたらジム戦に支障が出る。



………。



トウキ 「……へぇ」

静かに去っていくハルカちゃんの後姿を眺めて僕はより、やる気が出る。
背中からも闘志が伝わってくるのは、自分に自信を持っている者の証だ。
師匠に…似てるな。

ミサト 「やっぱり納得できませんよ〜…トウキさん」

シノブ 「そうですよ、どうしてわざわざマクノシタで戦うんですか?」

ふたりは心底疑問に思っているようだ。
これは昨日からふたりに言われている事項だ。
だが、僕は答えを変えるつもりはない。

トウキ 「意味があるからさ、これは僕の挑戦でもある」

ミサト 「でも…どうしてハリテヤマやカイリキーを使わないんです? わざわざ一番育っていないワンリキーとマクノシタで戦うなんて…」

シノブ 「そうですよ、一昨日のジム戦もそうでしたけど、わざわざ自分を苦しめて戦うなんて…」

トウキ 「ジムリーダーの務めでもあるからさ…」

僕がそう呟くと、ふたりは少々不思議そうな顔をした。
そう、これは僕が師匠に教わったことでもある。





………………。





師匠 「いいかトウキ…ジムリーダーとは、通常のトレーナーとは全く違う立場にいるということを忘れるな!」

トウキ 「は…?」

師匠 「ジムリーダーとは、更なる力を持つであろうトレーナーを、導く存在だ」
師匠 「そして、更なる強さを持つトレーナー、未来を担うトレーナーを育てる…」
師匠 「そのために、ジムリーダーはあえて負けを認めねばならない時が来る」

トウキ 「つまり、勝ち負けにこだわる物ではないと…?」

師匠 「そうだ、本来ポケモンバトルとはそう言うものだ」
師匠 「俺たちのように自己と共に強さを磨き上げる者はある意味特別だ」
師匠 「お前は、ジムリーダーになりたいと言った…もう一度聞く、何故お前はジムリーダーになりたいのだ?」
師匠 「お前ならば、俺をも超えるトレーナーになれるだろうに…」

トウキ 「僕の答えは変わりません…僕は皆に頼られるジムリーダーになりたい」
トウキ 「僕は、ただ強くなりたいわけではありませんから」

師匠 「…そうか、ならば訓練を続けるぞ、着いて来いトウキ!!」

トウキ 「はい、師匠!!」





………………。





ミサト 「ねぇ、トウキさんってば〜!」

トウキ 「あ…? 何だい?」

シノブ 「もう…どうしたのトウキさん? ここ数日、心ここに非ずって感じだけど」

どうやら、『また』浮ついていたらしい…。
ハルカちゃんを見てからずっとだ…。
やっぱり、僕には師匠と同じ、強さを追い求める者の血が流れているのだろう…。
ハルカちゃんは強い…僕よりもきっと。
だからこそ、僕はジムリーダーとして戦わなければならない。
僕はそのためにマクノシタで戦うことを決めたんだ。

ミサト 「…大丈夫なんですかジム戦?」

シノブ 「何だか、トウキさんらしくないですよ…最近」

ふたりは心配そうに僕を見る。
実際、らしくないのだろう…。
この間戦った『カガミ』というトレーナーに完全な敗北を味わった。
あの時からだ…自分に疑問を持つようになった。
何故、僕はジムリーダーになったのだろう?
何故、師匠の後を追わなかったのだろう?
だけど、僕はジムリーダーになりたくてなったんだ。
この信念を曲げるつもりはない。
だからこそ、ハルカちゃんとの戦いで僕は、自分を見つめ直したい。
できるはずだ、ハルカちゃんなら。
僕は今日こそ、師匠に教わった意味がわかると思う。
ハルカちゃんが、教えてくれると思っている。

トウキ 「…先に失礼するよ」

僕はそう言って、食堂を後にした。
今日はジム戦だ。
特に、僕にとっては意味のある1戦になるはずだ。





………………。





ハルカ 「……」

私は部屋で、座り込んでいた。
どうしてだろう?
やることはあるはずなのに、体が拒否している。
戦いまで体が持たない。
心が戦いを求めてる。
今すぐにでも、ジム戦がしたい…。
どうしてだろう?

ハルカ 「……」

全力で戦う。
それは変わらない。
でもこんなに昂ぶるのは何故?
まるで戦いが楽しみなように…。

ハルカ 「…違う!!」

戦いを楽しむのは間違ってる!!
私はそう言い聞かせる。
このまま戦ったら、間違いなく『心が壊れてしまう』。
ポケモントレーナーは…戦うだけにある存在じゃない。
格闘家とは…違う。

ハルカ 「……」

ふと、気が遠くなる。
結局寝不足なのだろう…今までの眠気が溜まってきているんだ。
私はアラームを9時50分にセットして、横になった。
すると、驚くほどあっさり眠りにつく。





………………。





センリ 「なぁチトセ…ハルカは、どうしてポケモンが嫌いなんだろうな」

センリが私に問い掛ける。
それは、娘であるハルカのことだった。

チトセ 「嫌い…というわけじゃないと思うわ、ただ…怖いだけ」

センリ 「…含みのある言い方だな、まるで全部わかっているような」

私はそれを聞いて笑いかける。

チトセ 「そうね、あなたよりはずっとわかっていると思うわ」

センリ 「それは、私がハルカのことをわかっていない、と?」

チトセ 「ええ、少なくとも私よりかは…ずっとね」

私が笑いながらそう言うと、センリは呆れた顔をして笑う。

センリ 「まいったな…娘に嫌われるとは思わなかった」

チトセ 「それは違うわよ、きっと大好きだから…だから怖いのよ」

センリ 「…私には、わからないな」

チトセ 「それでいいの、あなたはジムリーダーなんだから」
チトセ 「あなたは、ちゃんと務めを果たしたわ…それがあの娘には納得がいかないだけ」

センリ 「…務め、か。それほど、ハルカは父の背中が大きく見えたのかな?」

チトセ 「そうね、大きすぎた…わね」
チトセ 「このコガネシティで、天才トレーナーとして名を広め、ポケモンリーグ優賞も経験した、当時最年少ジムリーダー・センリ」
チトセ 「今なお、挑戦者は後を絶たず、ひとり娘のハルカにとっては、神様よりも偉大な父親」
チトセ 「…大きすぎたわ、あの娘にとっては」

私は椅子に座り、自分で注いだコーヒーを飲む。
程よい苦さが舌を刺激する。

センリ 「…ふぅ、私は父親失格なのかな?」

センリはそうやって私に疑問を投げかけ続ける。
私は同じように、笑いながら答える。

チトセ 「それは、あなた次第…私は少なくとも、いい父親だと思っているわ」
チトセ 「ジムリーダーとして、最高の父親」
チトセ 「ただ、あの娘にとっては、トレーナーとしての背中を見せていた方がよかったのかもしれない」

センリ 「…トレーナー、か」
センリ 「私は、チャンピオンという席についた時点で、ジムリーダーになることを決めていたよ」
センリ 「チャンピオンという席は、トレーナーを堕落させる…」
センリ 「あそこは、正しきトレーナーの着く場ではない」

センリは悟ったようにそう呟く。
実際そうなのだろう。
誰もが、正しい想いを持ってトレーナーになるわけではないのだ。

チトセ 「ある者は金のため、ある者は名誉のため、そしてある者は野望や欲望のため」
チトセ 「ポケモンのためにチャンピオンになろうと思う人間は、ほんの一握り…」
チトセ 「だからあなたはジムリーダーになった…チャンピオンという立場に絶望したから」

センリ 「そうだ、私は幾つ者トレーナーを倒してチャンピオンとなった」
センリ 「挫折がなかったわけではない、だが苦しかった…」
センリ 「上に行けば行くほど、トレーナーの心が荒んでいく」
センリ 「ポケモンはそれこそ、奴隷のようにトレーナーに忠実に従う」
センリ 「私は、それが耐えられなかった。チャンピオンになった時点で、私も同じようになるのが怖かった」

チトセ 「それでいいのよ…あなたは正しいトレーナー。だから私もあなたを好きなったの」

そう言って、私はセンリの手を握る。
彼の手は自信に満ちている。
正しい信念を貫くことのできる、数少ないトレーナー。

センリ 「ありがとう、チトセ…」

チトセ 「いいの、それが妻の勤めよ…ハルカのことは私に任せて、あなたは、自分の正しいと思うことを貫いて」
チトセ 「皆、そんなあなたを好きで、正しいトレーナーになっていくわ」





………………。





ハルカ 「ウチ、格闘技習う」

チトセ 「えっ…?」

ハルカ 「…あかんの?」

チトセ 「う、ううん…ダメじゃないけど、どうして?」

ハルカ 「…ウチ、強くなりたいから。ポケモンやなくて、自分が」

ハルカは決意に満ちた目でそう言う。
理由はわかっている。
でも、それが正しいのか私にはわからない。
だけど、私はハルカを信じたかった。

チトセ 「…あなたが自分で決めた道なら私は何も言わないわ」
チトセ 「あなたのやりたいようにやりなさい…誰も強制はしないわ」
チトセ 「誰もが、父や母の用意したレールを走ることはないから…」

ハルカ 「……うん」

小さく、強く頷く。
この娘は、私に似ているのね…だから。
私は優しくハルカを抱きしめる。

ハルカ 「…お母さん?」

チトセ 「いいの…しばらく、こうさせて」

ハルカ 「…うん」



………。



それから、ハルカは格闘技を学んだ。
それこそ、天才と呼ばれるほどにありとあらゆる格闘技を吸収していった。
僅か14歳で、大人も交えた異種格闘技選手権、世界大会にて優勝。
誰もが、彼女を未来を担う格闘家だと信じて疑わなかった。



センリ 「凄いな、ハルカは…もう私の手の届かない所に行ったようだ」

チトセ 「あの娘は、私の娘ですもの…それ位は当然よ」

センリ 「…そうだったな」

チトセ 「それよりも、明日…ホウエンに行くんでしょう?」

センリ 「ああ、オダマキから連絡があったからな。すぐにでも行くつもりだ」

チトセ 「止めるつもりはないけど…いいの? アカネちゃんに任せてしまって?」

アカネちゃんとは、ハルカのひとつ年下の若手トレーナーだ。
少々臆病な所があるけれど、ハルカの親友で、未来のジムリーダーだとセンリは言っている。

センリ 「ああ、今はまだ最年長のトレーナーに任せておくが、3年経ったらアカネに全て任せるつもりだ」

チトセ 「…ハルカのことは、本当にいいのね?」

センリ 「…ああ、あいつは自分で道を見つけられる。私の介入は必要ないだろう」
センリ 「あの娘は強い娘だよ」

チトセ 「…そう、ならいいわ。後は私に任せて…向こうで暴れてきなさい」

センリ 「はっはっは、それはどうかな…私は君のようにはなれないよ」



………。



アカネ 「ねぇ、ハルカお姉ちゃん…センリおじさん、ホンマに行ってまうん?」

いつもの公園で私たちはその話をしてた。
父さんがホウエン地方に行くいう話。

ハルカ 「…そうみたい、明日には行くんやて」

アカネ 「せやったら、コガネジムのリーダーはウチやね!」

ハルカ 「絶対無理やね」

アカネ 「うう…何でなん?」

ハルカ 「アカネちゃん泣き虫やもん…そんなんでジムリーダーは勤まらへんて」

アカネ 「うう…ハルカお姉ちゃん、ポケモン知らへんくせに」

ハルカ 「うっさい! 知らへんわけやない!! 知ろうとせぇへんだけや!!」

ウチはコブラツイストでアカネちゃんをシメル。
これもいつものことだ。

アカネ 「うわぁ〜ん! ごめんなさーーーい!!」

ハルカ 「ほら、やっぱりすぐ泣く…」

アカネ 「うぇ〜ん…ハルカお姉ちゃん、酷い〜」

ハルカ 「酷ない! あんたが弱いねん!!」

アカネ 「そんなこと言うたかて、ハルカお姉ちゃん『世界チャンピオン』やん!」

ハルカ 「…そやね」

ウチはちょっと沈む。
一番になってしもた…。
それはもう上がおらん言うこと。
ウチは…これからどうしたらええんやろ?
強くなるために格闘技習った。
実際強くなったやろ…でも、大切な物が足りへん。
ウチは、昔自分を抱きしめてくれたお姉ちゃんを思い出す。
名前はわからへんかったけど、泣いてるウチを抱きしめてくれた。
それ以上はあんまり思い出せへん…。

アカネ 「どうしたんハルカお姉ちゃん? どっか痛いん?」

ハルカ 「え? ううん…痛ないよ。大丈夫!」

ウチはガッツポーズ取ってアピールする。
アカネちゃんも笑ってくれた。





………………。





ハルカ 「……う」

アラーム 「グッモーニン! グッモーニン!! グッモーニン!!! アサダオキローーー!!!!」

ハルカ 「うっさいわ!!」

ガシャン!と音をたてて時計が転がる。
あかん…ついやってもうた。
ウチはたったひとつしかない時計を拾う。
よかった…壊れてない。

ハルカ 「…あかん、はよ行かへんと」

荷物は既に出来上がってる。
いつでも行けるな。
後は、勝たへんと…。
ウチは、気を静め、気持ちを切り替える。
後は、バッジを奪うだけ…。



…To be continued




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