3:疑惑
そう言えば、ずっと私は自分のことばかり考えていて、友達が今何をしているのかを考える余裕がなかったように思う。
と、いうわけで、私とチビデーモン、の青山くんは、私が生きていた時に住んでいた世界へと降りて来た。
う〜ん、でも実は降りて来たのかどうかはわからない。気がついたら地面に立っていたのだから、空を飛んだとか、綿菓子のような雲の中に突っ込んだとか、そういうことは一切ない。
あっちの世界で、青山くんは目をつぶってと言った。
そして、もういいよ、の一言で目を開けたら、ここに立っていたのだ。
これで横に青山くんがいなければ、ひょっとしたら今までの青山くんとの会話は全部夢で、ベッドの中で眠ってたなんてドラマのような展開が期待できたのに、まあ、現実ってこんなもんなのかもしれない。
「早く行こうよ〜」
と、フワフワ浮かんでいる青山くんがのんびりした口調で急かす。
なぜか彼が先頭を歩いている。
私の友達に会いに行くというのだから、てっきり私が案内するのだと思っていたが、さすがあの世の水先案内人。この世の地理まで知り尽くしているようだ。
ちなみに、私はここがどこなのか知らない。辺りが暗いから夜なんだろうということと、車が一台半通れるくらいの狭い路地だということしかわからない。
しかし、道には見覚えがない。
あ、そうか…と気が付いた。いや、正確には思い出した。
私は友人の家には、誰の家でもそうなのだが、行った事がない。小さい頃は父親の英才教育で、学校が終わるとすぐ家に帰ってホルンの練習をしなきゃいけなかったし、休日はピアノを習っていた。友人と遊びに行くとか、友人の家に遊びに行くとか、したことがないのだ。
逆に、友人が私の家に来た事もない。誕生日会というものもしたことがない。呼ばれたことはあるが、父が行く事を許してくれなかったので、結局一度も行かず仕舞いである。
高校に入る前に父親は死んだ。病気ではなく、演奏旅行中に起きた交通事故だ。父は有名な音楽家だったから、外国にもよく演奏の依頼で行っていた。その途中事故に巻き込まれたのだ。
悲しいという思いはあまりなく、これでやっと厳しい監視の目から逃れられると思った。
でも、それまで十何年も続けてきた生活を簡単に変えられるわけもなく、結局学校が終わるとすぐ家に帰り、ホルンを吹くという習慣は抜けなかった。
遊びに行けと急に言われても、どこをどうすればいいのかわからず、ただ喫茶店でひとりボーっと座っているだけの毎日を送った。
その頃、私はバイトを始める。家の生活が苦しくなったからだ。父が死んで、母一人で私を学校にやらなきゃいけなくなったから、私が少しでも母の負担を少なくしないといけなくなったのだった。父の遺産は莫大なものだったが、遺書があり、その半分はアフリカ難民の慈善事業に寄付することになった。父は私には厳しかったが、他の人には優しかったらしい。私には厳しかったが、私はそれを父の愛と受け止めた。父はそう言ってくれたことはなかったが、母が、父のいないところで常々口癖のように言ってくれたからだが、憎らしい気持ちがなかったわけでもない。複雑な気持ちだった。
話が逸れたが、とにかく私は家系を助けるためにアルバイトを始めた。それが、幼稚園の保母さんだった。そこで園児の世話もしながら事務の簡単な雑用をした。保母さんになりたいというわけじゃない。単に、母の知り合いがそこで園長先生をしていたから、バイトのために雇ってもらったのだ。そこのバイトは今でも続けている。本当に、園長先生を始め保母のみなさんにはよくしてもらっている。あ、でも今では過去形なのか。
そんなことを、青山くんの後ろに続きながら考えていた。
それにしても、と、青山くんの後姿を眺めながら思う。
この青山くんは、一体何者なのだろうか。
今更かも知れないが、なんでこんな姿をしている生き物がが喋るのだろう? 一見なんの変哲のないぬいぐるみなのに、自力で動くんだよ?
誰かが中に入ってるとしても、こうしてフワフワ浮かぶわけはないし、ちゃんと表情があるし。だから決して電池で動いてるわけではないし…。
やっぱ、こういう生き物なのだろう。私が死んだのに、死んだことよりこの青山くんの存在の方に驚いたね。でも、この生き物のおかげで、私は死んだんだなあ、という実感が湧く。…のかな?
「ねえねえ、どうでもいいけどさ」
と、私は心に思ったことを訊いて見ることにした。
「うん、なに?」
青山くんは浮かんだ姿勢のまま、私の顔を振り向いて見た。
「なんで青山くんは浮かんでて、私は律儀にも地面を歩かなきゃいけないの?」
「……だって、お姉さんは人間で、オイラはチビデーモンだから」
……。
「人間なんだから、飛べるはずないじゃない。翼だってないし」
まあ、確かに…理屈では…。
「で、でも幽霊なんだから足ないじゃん?」
「いや、お姉さんは幽霊なんじゃなくって、魂だけの存在だから。ほら、足ちゃんとついてるでしょ?」
うん、確かにあるけど…(自分の目で確認してみた)。
でも、魂だけの存在?
幽霊とどう違うんだろう…。
「いいから早く行くよ〜」
と、青山くんは先先行こうとする。
「何よ〜死んだってのにわざわざ歩かなきゃいけないのォ? 疲れるよ〜」
なんてしっかりついていきながら文句を言ってると、
「死人が疲れるわけないじゃん…」
と、青山くんに密かに突っ込まれた…。
「そ、それで、どこに向かってるの?」
これは決して恥ずかしさ紛れに話を逸らしたわけではない(ということにしといて)。
ここは、どこだろう?
さっきも言ったが、私の知っているところではないはずだ。
「え? だから、お姉さんのお友達のところだよ」
今度は私を振り向かずに言う。
「だから友達って誰よ?」
すると彼は不意に立ち止まり(ぱたぱた飛んでいたから立ち止まるというのもおかしいが)、
「あ、そうか」
と頷いた…(しっかりしてよ…)。
「ええと…」
すると青山くんは立ち止まり、ナップサックの中から例のリストみたいな紙の束を取り出し、何やら調べ始めた。
しかし、相変わらずプカプカ浮いている。
てゆーかさあ。
「今気付いたんだけどさ、私たちこんな天下の往来でのんびりしてていいの? 生きてる人に見られちゃうよ?」
特に青山くんなんだけどね。
私は死んじゃったんだからさ、まあ知ってる人にさえ見られなければ、姿形は立派な人間なんだし死んだってわからないだろうけど、青山くんはどう見たっておかしいでしょ。
耳は猫の様に横ではなく上に付いてるし、口は人間の耳にあたる部分まで裂けて牙は覗いてるし、ずんぐりむっくりで背中に蝙蝠の翼があって、しっぽの先が矢じりの様にとんがってて…。
そう、何より浮かんでるんだよこの青山君という生き物は。
これが一番の問題だと思うのよ。
こんな、浮かんでる生き物この世にいないもん。
実際いたら気持ち悪いよねえ…。
あ、でもでも、青山くん、実は目がかわいいのよ。口は耳まで裂けてるし牙もキラッって光ってるんだけど、円らな瞳なの。
ま、フォローはこのくらいでいいか(?)。
って…あ!
「ほらほら。そんなこと言ってる間に向こうから人が来てるよ!」
私は青山くんの肩をポンポンと叩きながら人が来ている方を指差す。
「そんなバシバシ叩かないでよお姉さん…」
バシバシ…。
「そ、そんな事より早く隠れないと!」
私は慌しく青山くんを掴むと、向こうから来る人に背を向けてお腹に抱えた。
おっと、ナップサックと彼が取り出した紙の束も忘れてはいけない。毟り取るように拾った。
あ、でも隠さなくても、このままお腹に抱えてるだけでも人形と思われるかもしれない…。
なんて思ってると、
「なんで隠れるの?」
と呑気なことをチビデーモンは言った。
だから見つかったらどうすんのよ! ってことなんだけどめんどくさいから
「いいから黙って隠れるの!」
と、私は優しい視線で説得した。どこが優しいんだよ、と、チビデーモンは突っ込んでくれるが、そんな呑気な話をしている場合ではない。
私達はじっと固まっていた。
向こうから来た男の人が通り過ぎるのを待つ。
別に私が固まる必要はないんだけど、バレたらどうしようという気持ちで膝が震えていた。
私たちのすぐ横を通り過ぎた男の人はヘッドフォンをして音楽を聴いていた。
通り過ぎるときに聴こえるチキシャンチキシャンという音の煩わしいこと…。音楽はクラシックかジャズが一番だよ。いや、そんなことはどうでもいいが、しかし、とにかく何事もなく無事に男の人が過ぎ去ってくれたことはうれしい。
「ふう、よかった…」
「何が?」
と、私が安堵の息を漏らしたところで、チビデーモンが例ののんびりした口調で訊ねた。まだわかっていないらしい。
「あのねえ、あの世ではどうか知らないけどね、この世では青山くんみたいな生き物はいないの。喋ってるところを見られるわけにはいかないのよ」
と、ようやく去った危機を痛感し、地面に青山くんを降ろしながら教えてあげた。
まったく、青山くんも仕事でよくこの世にくるならわかってるだろうに。
「……生きてる人間はオイラたちのこと見えてないよ」
まったくこの子ったら……え?
「生きてる人間は、お姉さんの事もオイラのことも見えてないよ」
……わっ、私の苦労は…。
「ちょっと考えればわかることだよ。オイラはずっと、こうして死者が死んだ理由を教えるためにこの世に降りて来てるんだから」
「そ、そんなことより、今から誰の家に向かうの?」
私は赤面しているであろう顔を彼からは見えないようにし、訊いた。
「…まあ、いいけどね」
ごめんなさい。
と私は心の中で呟く。青山くんは呆れたように溜め息をついた。
青山くんはさっき通り掛かった人のせいで片づけざるを得なかった紙の束を、もう一度ナップサックの中から取り出した。といっても青山くんが片づけたのではなく、私が片づけたのだ。よくあんな一瞬でそこまでできたなと、思い返してみるとそう感じるが、人間必死になれば何でもできるということなのだろうか。
「ええとね、あ、あったあった。村岡和音ちゃん」
「ちゃん」てあんた。青山くんより年上だよ。
と、私は心の中で呟く。青山くんはというと、やっとリストの中からお目当ての名前を探し出せたということで、何か知らないけど満足げに笑っていた。
「何笑ってんの?」
と私が訊くと、
「何でもないよ〜」
と言いながら両手を上下に手旗信号の様に、といってもそれほどキビキビした動きではないが、パタパタさせて踊っている。
彼の顔の周りで音符が飛び跳ねているように見えて、何とも可笑しい。
「あの角を曲がると、和音ちゃんちだよ」
だから「ちゃん」ていうの止めた方が…と思うのだが、青山くんにはその言い方が似合っているので良しとしようか、しょうがないから。
あの角を曲がると、和音の家か。和音は、私と高校から仲の良かった友達で、大学では一番親しくしている。少しウエーブのかかった長い茶髪が特徴的な彼女の趣味は、某超人気ロボットアニメシリーズのビデオを観ること。そう言えば高校時代彼女からビデオを借りて観た記憶がある。あまりおもしろいと思わなかったから、感想を言う時どうやって褒めようかと悩んじゃったんだ。
その彼女は、今何をしているのだろうか? 私が死んだことを知っているのだろうか?
そして、私はこれから彼女の家を見る。訪れる。中に入る。
私は生きて彼女の家を訪れるのではなく、こうして死んでからやっと、初めて彼女の家を訪問するのだ。
少し、私は不安になった。
これから見るものは、決して私が生きて眺める事のなかった世界だ。そして、そこでは、今でも私の知っている友達が、私が自分の世界でそうしていたように、当たり前に生活を営んでいる。私がいない世界を、私がいた時と同じように…。
「お姉さん、どうかしたの?」
顔を上げると青山くんの心配そうな顔が目の前にあり、少し仰け反った。
失礼かと思うが、これは仕方がない。彼は人間ではなく悪魔なのだ。悪魔の顔は間近で見ると怖い。円らな瞳がかわいいと言ったが、それは彼の身体全体が見えての話で、目だけ見ると怖い。白い部分がないし、真っ黒い瞳が私を見つめているのだ。それを私が目の前で見ると、まるでその部分だけ目がないような、つまり顔にふたつ穴が空いているだけのようにも錯覚するのである。
加えて、彼の表情は笑顔。人間の顔でいうと耳の辺りまで口が裂けていて、牙が二本覗き、口の中はまるで血の様に真っ赤なのだ。
そんな顔が目の前に現れてみなさい。仰け反らない方がおかしいでしょ?
「顔色が悪いようだけど?」
青山くんが訊いた。これは悪魔の顔を、幼いながらも、悪魔の顔を間近で見たことによる恐怖の表れである。だから返事に困った。まさかあんたの顔を間近で見たから顔色が悪いのよ、なんて失礼な事は言えない。
「い、いや、なんでもないよ〜」
と、爽やかな笑顔でごまかす。
…けど、顔はひきつってたかもしれない…。
青山くんは、しばらくは不思議そうな顔で私を見ていたが、まあいいか、と思ったのか、前を向くと、またフワフワと進み出した。
気を取り直して、私も青山くんに着いていく。
和音の家までもう少し。
「あのさー、青山くん」
「何?」
前を向いたまま答える。
「今の時間てさ、私が死んでどれくらい経ってるの? まさか死ぬ前?」
「なわけないじゃん。んーとね、どれくらいかな、たぶん五、六時間くらい経ってるんじゃないかな」
「そっかあ…」
てことは、やっぱり和音は私が死んだことを知らないのではないだろうか?
それなのに、今から和音の家に行ってどうするのだろうか。私が死んだということを友達は既に知っているからこそ、ここに来たのではないのか?
私が死んで、友達が今どうしているのかを知りたいかと訊いたのは、友達がどれだけ涙を流しているのかを私に教えるためじゃないのか? 私はどれだけの人間が葬式にきてくれるのか、また泣いてくれるのかを見たいと思っていたのだ。
しかし、どうやら青山くんの意図は別のところにあるらしい。それが何なのかはわからないが、教えてくれないところを見ると私を驚かせようとしているのかもしれない。
何のために?
それはわからない。それが青山くんの仕事だと言っていた。
そういえば、死者のリストに私の名前は載っていなかったと青山くんは言った。すると、私は死んでいない可能性もないこともない。それこそ何のためかわからないが、もしかしたら和音の家にパーティーの用意がしてあって、友達みんなでクラッカー鳴らして私を出迎えてくれるのかもしれない。部屋にいっぱい華やかな飾り付けがしてあって、テーブルには白いテーブルクロスを敷き、三本でワンセットのキャンドルのような蝋燭を立て(いや、キャンドルそのものか)、チキンやケーキなどご馳走を用意して、私のことを待ってくれているのかもしれない。
…なんかドキドキしてきたぞ。なんだか、その気になってきた。派手に驚かされてやろうじゃねえかよお、という気分になってきた。
いや、待てよ。そうすると、この青山くんは何者なんだろうか? やっぱり電池で動いているのだろうか?
…水をかけたらスパークするかな?
試して見たい。と私は思ったが、どうやら和音の家に着いてしまったようで、それはできなかった。
青山くんはその家の開いている門をくぐった。
私もそれに続いた。が、そこまでだった。青山くんは、玄関のドアの前で立ち止まった。
「ん? 入らないの?」
私は訊いた。すると、彼はこう、申し訳なさそうに答えた。
「いや、それが、オイラたちは壁の通り抜けができないんだ。だから、誰かがここを開けてくれるのを待ってないといけなくて」
「――え?」
それってどういうこと?
「オイラやお姉さんはこの世の生き物じゃないから、この世の物には触れられないんだよ。お姉さんは死んだからなんだけどね」
…なるほど、そういう仕組みなのか…。てことは、確か私の姿は人には見えなかったから、それを利用して通行人を後ろから叩くなんて悪戯もできないってことか。石を投げようにも持つことすらできない。
試しにドアを触ってみた。すると、通り抜けない! ちゃんと触れている感触がある。
「え! 私触れるよ!?」
やっぱり私は生きてるんじゃ!?
そう思った私は、おもむろにドアのノブを握った。
しかし、動かない。触っている感覚はあるのに、ノブが回らない。鍵が閉まっているわけではない。いや、閉まっているのかもしれないが、ガチャガチャと回すこともできない。触っているはずなのに、触っていないような気がする。この奇妙な不快感は言葉では言い表せない。
「無駄だよ」
横で青山くんの声がした。
「触れられないっていうのは、少しニュアンスが違うんだ。お姉さんは、わかりやすく言うと、例えばすれ違う通行人の肩にぶつかるとするね。普通はどっちにも衝撃があるんだけど、今のお姉さんだと向こうは何の衝撃も感じないんだ。わかるかな? 抵抗がないからお姉さんは物を触っているのに触っていないような感覚がするんだよ。お姉さんは今、空気のような存在なんだ」
空気……。
「だから、お姉さんはこの世にある何物も、動かすことができないんだ」
……私は、…本当は生きてるんじゃなかったの…?
「そんな……」
私は咽喉の奥から絞り出すような声で呟く。
私の中にあったかすかな希望…生きているのかもしれないというかすかな望みが潰え、絶望に打ちひしがれる。
私はフラフラとおぼつかない足取りでもう一度ドアの傍へ寄り、ノブを握り、ガチャガチャと廻そうとした。
「もしかして、…騙すつもり?」
しかし、廻らない。ガチャガチャという音さえしない。
「え?」
「青山くんて、本当はラジコンか何かで…今この家ではパーティーの用意ができていて…」
項垂れた私は呟きながらドアの下に膝をついた。
「…お姉さん…?」
「私は、本当は…、死んでないんじゃ……」
「お姉さん!」
「だから…だから、もう、私もうわかってるんだから、そんな壁を通り抜けられないとかって騙そうとしなくてもよくて…」
私は、本当に死んでしまったのだろうか?
それがわからなくて、ずっと信じられなくて、青山くんという妙な生き物と話をしていても、自分は本当は生きていて、今頃自分の部屋でグッスリ眠っているのではないかって思って…。それで目を覚ましたらお母さんが早く学校行きなさいよって起こしに来てくれて…。
私は絶望のあまり、無意味な事を心の中で繰り返した。少し楽観視過ぎたようだ。今まで自分の死を、自分のことなのに、まるで他人事のように考えていた気がする。実際考えていただろう。ここにきて、初めて自分が死んだと、もうこの世の人間ではないということをはっきり意識することができた。
目の前にあるドアのノブを廻せない! 絶望だ。
「お姉さんは死んだんだよ」
青山くんは真剣な表情で追い討ちをかけるように言ったが、口は相変わらず笑っているだろう。
「お姉さんは本当に死んだんだよ。信じられない気持ちはわかるけど、亜空間でオイラと出会ったのは動かしようもない事実で、ということは、お姉さんが死んだっていうことも、やっぱり現実なんだよ…」
青山くんの声が私の頭に響いた。まるでテレビの向こう側から流れてくるだけの声に聞こえて、ちっとも現実味が感じられない。
私は死んだんだ。
そうすると、もう和音に会う事もないし、一緒に話すこともできない。
それなのに、こんなところに来て何になるっていうの!? すぐそこに和音がいても、私の姿は彼女からは見えないし、私が話し掛けても答えてくれないんだよ!?
「残酷だよ…青山くん…」
「それが、オイラの仕事だからね」
こともなげに言った無情な彼の声だけが、私の頭に繰り返し響く。
「どうしても信じられないのなら、ほら、そこに転がってる石を持ち上げてごらん。小さいから軽いよ。さあ。持ち上がるかどうか試してごらんよ」
さらに彼は追い討ちをかけるようにそんなことを提案した。
私にはもうそんな気力がなくなっていた。
ただ、空を仰いでみると、そこは今の私の心と同じ、暗い闇の色をしていた。
死んだせいか、私は泣くこともできなかった…。
to be continued