二

 体育館に座っていた。
 と言っても、床に座っていたわけではない。ずらりと並べられた、パイプ椅子に腰掛けているのである。
 泣いている望月をあやしながら、どこにいけば気を紛れさせられるかと悩み、そこで思い出したのが、体育館での催しだったのである。
 時間は、十四時三十分。今から、吹奏楽部が演奏会を開くので、それを観るのだ。
 望月は、クラシックはよく聴くらしい。そして、聡子ちゃんと穴山さんが部員なのである。特に聡子ちゃんの晴れ姿を観ようと、ここに連れてきたのである。
 「聡子ちゃんは、トランペットだよ」
 と、うきうきした表情で望月が解説した。トランペットを担当している、ということだ。しかし、俺は知っている。中学の時から、聡子ちゃんはトランペットを吹いているのだから。
 望月の機嫌は、どうやら直ったらしい。俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
 体育館に入った時に、パンフレットを受け取った。演奏曲目が、書かれているらしい。
 一曲目:LOVE ROMANCE
 二曲目:Ob−la−di,Ob−la−da
 三曲目:ルパン三世(同名テレビアニメ主題歌)
 四曲目:ロボットアニメメドレー
 五曲目:I’m Popye The Sailor Man(<ポパイ>のマーチ)
 このロボットアニメになぜか惹かれるのは俺だけだろうか?
 全部で五曲。三十分間の演奏らしい。しかし、アンコールがあればもっと曲目は増え、所要時間も増えることになる。
 俺と望月の席は、真ん中。前からも後ろからも、そして右からも左からも数えられそうにない、真ん中に陣取って座っている。
 体育館のすべてのカーテンが閉められ、ステージのライトがついた。
 ぞろぞろと、左右の袖から奏者が列を連ねて現れる。
 制服ではない。男女ともに、白いブラウス、カッターシャツを着ていて、襟元に蝶ネクタイをつけている。
 男子はズボン、女子はスカートで、黒で統一されている。靴も、黒の革靴らしかった。
 彼らがぞろぞろと出てくるあたりから、拍手が鳴り出した。音を聞いている限りでは、客の入りは上々のようだ。
 クラリネット奏者がひとり立ちあがり、木管、続いて金管、と、チューニングを合わせる。
 指揮者が現れ、盛大な拍手が送られる。
 指揮台に立ち、客に向かって一礼。盛りあがった拍手はぴたりと止み、一瞬の静寂が訪れる。
 指揮者が構えると、奏者が楽器を構える。
 指揮者が腕を振り下ろすと同時に、それぞれが手にした楽器から音が飛び出した。

 演奏会は、拍手に包まれ、無事に終了した。アンコールも、二度起こった。
 体育館を出る頃、望月は感動したらしく、しきりに演奏を褒め称えていた。
 「凄かったねえ、聡子ちゃんのソロ」
 「ああ。あんな小さな体して、よくぶっとくて大きな音が出せるよなあ」
 俺も、実は感動していたりする。
 聡子ちゃんにはソロがあったのも確かである。どの曲かは忘れたが(!)、ひとり、その場でだが立って吹いたのである。
 ソロが終わると、微笑を浮かべ、客席に向かって一礼する。そして、観客から拍手が送られる。
 その堂々とした身のこなし。
 俺の知っている聡子ちゃんではないようだ。しかし、聡子ちゃんも、知らない内に立派になったなあ、と、おじんくさいことを思って見たりする。思わず涙がホロリの場面だった。
 穴山さんに、ソロはなかった。だが、さすがに二年目らしく、音はよく聞こえていた。あ、穴山さんの担当楽器はトロンボーンだ。
 聡子ちゃんには、楽器は違うが、同じ金管ということで、穴山さんは聡子ちゃんからよく教えてもらっているそうだ。
 今回の演奏会は、まあ小さなものだったが、成功したのではないかと、俺は思った。
 確かに、演奏曲目は簡単な曲らしかった。普通に聴いていて、とちったやつは誰もいないように思える。もちろん、俺のような音楽的才能のマイナスなずぶの素人ですら気付くようなミスはしないだろうし、練習の賜物なのだろうが。
 ロボットアニメもよかった。それを吹奏楽で、しかも生で聴いたのは初めてだ。そして、素晴らしい。
 壁にかかっている時計を見ると、もう十五時二十分。
 あ。別にわざわざ言うほどのことではないが、俺は腕時計をしない人である。たかが時間を知るためだけに左腕を占領させるのがイヤなのだ。時計が教えてくれるものは、ほんと時間だけなんだよ。無駄じゃないか。町には、コンビニにでも入れば時計くらいかかってるだろう。あんなものに金をかける人種に、俺は首を傾げる。
 ま、待ち合わせとか、時間に迫られている人にとっては、大事かもしれないが、俺はもっと時間に自由でいたい。ただでさえ人間には、いや、地球上のあらゆる生物には、一日二十四時間という時間しか用意されていないのだから。
 と、俺は何を主張しているのだろうか。
 とりあえず、あれから何時間も経っているし、俺は一度教室に戻ることにした。本当は、聡子ちゃんを呼んで一緒に三人で回りたいのだが、聡子ちゃんは吹奏楽部で、演奏会の後の反省会のようなことをするらしい。
 「あ、ご両人、いらっしゃいませ」
 教室に入ると、綾子が冷やかした。
 俺のクラスは、まだ盛況が続いていた。さすがに並ぶまではいかなかったが、店内は、いや、教室内はぎっしりだった。
 「お前な、言っとくけどもうあんな嫌がらせ言うなよ」
 「嫌がらせ? ウチ何か言った?」
 当人はきょとんとしている。ちくしょう、こいつは平気であんなことを言うのか。
 「何でもない。エプロン返しに来ただけだ」
 俺は懐から丸めたエプロンを取り出すと、綾子に突き出した。
 「十六時からフォークダンスあるだろ。そろそろ店閉めねえと遅れるぞ」
 「えっ、もうそんな時間なんっ?」
 綾子は慌てて時計を探す。教室の壁に掛かっている丸い時計を見ると、
 「うっそぉ、ウチ一日中店番してたことになるやん……」
 そりゃ、おまえがいなきゃ客が来ないからな、と俺は心の中で呟いた。
 「ウチも遊びたかった」
 と、肩を落として俺に背中を向ける綾子。とぼとぼと客席の方に向かいながら、
 「そろそろ閉店でーす。グラウンドに行ってフォークダンスの準備をしてくださーい」
 気のない言い方だが、綾子が言うので教室に残っていた男連中(客)は、
 「は〜い」
 とばかりに喜んで店を、じゃなくて教室を出て行くのであった。
 俺は、突き出したままの手を引っ込め、しょうがないので自分で仕切りの向こう側に行き、エプロンを台の上に置いた。
 廊下に戻ると、望月が壁にもたれて俺を待っていた。
 後片付けは、フォークダンスが終わってから始める。店番だけでやるのも何なので、皆が帰ってくるフォークダンス終了後に、皆でやるのである。その方が早い、というのもある。
 「私、薫くんと違うクラスだから」
 と、望月が悲しそうな顔で言った。
 「何が?」
 「一緒に踊れないよね」
 「ああ……」
 クラス別で、踊るのである。男子と女子が、流れ作業のように、と言えば聞こえが悪いが、エスカレーターのように、ある一定時間一緒に踊ったら、はい次の人、という感じで順繰りに周って行くのである。
 公然と異性の手を握れるのは、この時しかチャンスがない。
 ……いや、俺は別に手を繋ぎたいと思ってるわけではないのだが。
 しかし、それはクラスの女子となら全員一緒に踊ることができるということであり、逆に違うクラスの女子とは絶対に踊ることができないということである。
 グラウンドに出る。
 既に、全校生徒の大半は出てきているだろう。
 皆、立ったまま喋ったり、男ならしゃがみ込んで喋ったり、思い思いに寛いでいる。
 そのとき、アナウンスが流れた。
 「全校生徒に告ぐ」
 体育教師の声だ。
 「十六時からグラウンドにてクラス別のフォークダンスを行う。グラウンドには、クラス別にパネルを用意した。そのパネルのところに集まって、おとなしく待機してくれ」
 なんだこの放送は。ずいぶんと立派な態度じゃないか。これから楽しい楽しいフォークダンスというときに、なぜこの体育教師は気分が削ぐようなことを言うかな。もっと言い方ってもんを考えろ。
 「じゃ、またね」
 望月が俺に手を振って駆け出した。
 「ああ。終わったら教室の前で」
 なんだ。俺は言ってから気が付いた。
 今の会話は、まるで恋人同士の待ち合わせの約束のようじゃないか。
 終わったら教室の前で。一緒に帰ろうとでも言うつもりだったのか?
 「真田! 何をぼけぇっとしてる。早く行かないと遅れるぞ」
 吉田だった。
 「せっかく由利さんの手に触れるという千載一遇の機会が訪れたんだ。遅れるわけにはいかんだろ」
 「いや、早く行ったからって、それだけ早く触れるってわけでもないだろ」
 「遅れなきゃいいんだよ」
 「じゃあのんびり行こうぜ」
 「じゃあ俺は先に行く」
 吉田は俺を残し走り出す。
 ま、気持ちはわかるけどな。俺も……。
 思い掛けて、気が付いた。俺は自嘲気味に笑った。

 ゆるやかな雰囲気に、グラウンド中が包まれる。ゆるやかな音楽、というだけのせいではない。
 ゆったりした空気が、グラウンドに漂っている。
 フォークダンスを踊る人の波が、曲に合わせて体を動かす、その規則性のせいかもしれない。
 皆、穏やかな表情で、中には照れ臭そうに俯いている男女もいる。しかし、それらもゆったりした空気が漂う中にいれば、緊張というマイナスの感情は、感じないで済むのかもしれなかった。
 ぎこちない動きはあるが、それでも楽しそうだった。照れ臭そうに俯いている男女でさえ、仏頂面はひとつもない。
 うっすらと、笑みを浮かべているのであった。
 慣れてくると、俯く顔もなくなった。
 しかし、目が合うと、やはり照れ臭い。一瞬だけ、わざとそっぽを向く顔もあった。
 特に、俺のクラスなら、綾子や穴山さんと踊ることになる男は。
 綾子の笑みをまともに正面で受けとめられる男は、そういない。眩しすぎて、まず目を逸らせてしまう。
 穴山さんの笑顔も、眩しいのだった。俺は、それを知っているし、おそらくこの一年で、皆も気付いたはずだ。
 「あ、お疲れさま」
 穴山さんと、踊る番がきた。穴山さんの方から声が掛かったことに、俺は少々驚いた。
 にっこりと笑った顔には、汗が浮き出ている。
 確か、穴山さんはダンスが苦手のはずである。負けず嫌いな彼女は、おそらく苦手ということを表に出さないように気をつけているのかもしれない。
 「穴山さんもお疲れ。店番と、吹奏楽部」
 「え?」
 穴山さんは驚いた表情をした。
 「あ、筧さんの応援したんだね」
 それは応援と言うのだろうか?
 「いや、それもあるけど、穴山さんの演奏も聴いたよ。初心者とは思えない演奏だった」
 「あたし、初心者じゃなくて、もう一年も練習してるよ」
 むっとした口調だった。負けず嫌いの性格が、ここでも発揮したのかもしれない。
 「いや、たった一年でよくそこまで上達したなあと感心してるんだけど……」
 「ああ。でも、一年って、結構長いよ? 一年前までは音も出せなかったのに、今では一曲丸々間違えずに吹けるからね」
 「おみそれしやした」
 踊りながら、俺は軽く頭を下げて見せた。
 「あっはっは」
 穴山さんは笑う。その顔は、自然に湧きあがった笑顔のようだった。
 やはり、眩しかった。
 心なしか、穴山さんの足取りが軽くなったような気がする。
 最後に、
 「望月さんと仲良くね」
 と言われ、次の女の子に移った。
 なんだ、どういう意味だ? 確かに教室で綾子に冷やかされたのを、穴山さんも聞いていたはずだが。
 しかし、穴山さんは、もう次の男子と踊っている。俺の方へ、二度と顔を向けることはないのである。
 何人か過ぎ、綾子と踊る番が来た。
 「よう綾子、一日ご苦労だったな」
 「あ、カオちゃん」
 すぐに意地悪そうな顔つきになり、
 「今日は一日中ふみちゃんと一緒やってんやろ? 楽しかった?」
 開き直った俺は、
 「楽し過ぎて時間があっという間に過ぎてしまった。おかげであまり充実してない」
 「文句言うない。ウチなんか一日中店番やってんで。外歩きたかった」
 ふうっと息を吐く綾子。本当に残念そうな顔をする。
 いつもイジメられている俺としては(?)、これは仕返しをするいい機会だと思って、
 「いろんな店が出てたぞ。中庭のステージではコントや漫才やってたし、ライブもやってたな」
 「へえ」
 と、綾子は顔を上げた。
 「お化け屋敷もあってな。教室を真っ暗にして、色々驚かす仕掛けをしているクラスもあったな」
 得意そうに言うと、
 「所詮高校生が文化祭で考えたもんやろ? ちゃっちいって」
 「へっ、甘いな。最後の仕掛けには俺も驚いたし、望月なんか泣き出したんだぜ」
 「へえっ」
 ぐっと身を乗り出す綾子。ふっふっふ、興味をそそられたようだ。見れなかったことを悔しがれ。
 「怖がって泣くふみちゃんを、カオちゃんが優しくあやしてあげたってわけやんな」
 「………」
 「俺の胸で泣け、みたいな」
 「………」
 「やるやんカオちゃ〜ん、でも、そんなことウチに自慢せんといてな〜、あることないこと余所にバラまくで〜」
 「それは脅迫というんじゃねえの?」
 そんなことを言われたら、俺はただ悔しがる綾子が見たかっただけだ、とは言えないじゃないか。
 「ヨーヨー釣りもあったし、ピンボールすくいもあったな」
 話を逸らすため、俺は違う話題を取り出した。
 「あ、話逸らそうとしてる」
 バレバレだった。
 「てえことはカオちゃん、ほんまにふみちゃんをあやしたんやな? その胸で」
 「あやすってお前、赤ちゃんじゃねえんだから」
 「あ、また話逸らそうとした」
 「これは違うだろ」
 「まあまあ。『俺の胸はそう厚くはないけど、お前の涙くらい吸い取れるさ』なんてキザなこと言ったってこと、誰にも言わへんやん」
 「そんな気持ち悪いこと言ってねえ!」
 「……ウチも自分で言ってて鳥肌立った」
 だったら言うなよ……。
 それから、数人のクラスの女子と踊り、制服を着たままのフォークダンス大会は幕を下ろす。
 そのとき、
 「真田くんて、三組の望月さんと付き合ってるんだってね」
 「いつも無愛想な顔してるのに、みんな驚いてたよ」
 「ウエイターの評判も、あまりよくなかったらしいし」
 「それでも望月さんのハートを射止めたんだってね。どんな告白したのか聞かせてくれない?」
 と、からかう女子が多かった。おそらく、綾子あたりからの情報なのだろう。それとも、あのとき周りにいた客の誰かから洩れたのだろうか。
 人の口に戸板を立てるわけにはいかない。ま、人の噂も七十五日。
 ……長いなあ……。
 待たなきゃいけないらしい。
 たった半日でクラス中に知られてしまったということは、明日には全校生徒が知ってるかもしれない、というのは大げさか。俺は有名人ではないのだ。綾子と付き合うということになるのなら、確かに次の日には全校生徒の間に広まってしまうだろうが。
 うーん……。
 しかし、相手が誰にしろ、吉田の冷やかしも待っているんだろうな……。
 肩を落として教室に戻ると、吉田が危険な笑みを浮かべて俺を待っていた。
 「やあ真田くん。待っていたよ」
 と、気持ち悪い声色で声を掛けてきた。予測通り……。
 「いや、俺には後片付けという任務が残ってまして……」
 と、目を逸らすが、
 「何言ってんだ。俺もお前も今日は店番頑張っただろう。後片付けは皆に任せとけばいい。それよりな」
 と、肩を組むようにして、俺を仕切りの向こう側に連れ込む。そこには、数人の男子連中が、怪しい笑みを浮かべて俺を待っていた。
 な、なんだこいつらは……。
 俺はどうなってしまうんだろうか? まさか、祝言という名の私刑……?
 「ま、まてっ、話せばわかるっ」
 「何を言ってるんだ?」
 吉田は首を傾げ、
 「まあこの椅子に座れ」
 と、突き飛ばすようにして俺をそこにあった椅子に座らせる。
 みんなが一斉に俺を見て、にやりと笑った。
 怖い……。今日回ったお化け屋敷よりも、直接的に怖い……。
 「うりゃあっ」
 パアーンッ!
 パアーンパアーンッ!
 ひとりが掛け声を出すと、俺を取り囲むようにして並んだ男子連中が、後ろに持っていたクラッカーを俺に向かって鳴らした。
 「うわっ」
 俺は素早く手を顔の前に置く。
 「おめでとうっ!!」
 「おめでとうっ!」
 そんな声が飛んでくる。
 どういうことだ? 俺は手を下ろしながら、皆の顔を見まわした。
 「ちょっと何してんのっ?」
 向こう側から、学級委員長の女子が顔を出した。が、囲まれているのが俺で、そのおめでとうの科白を聞いて何か納得したのか、
 「ちゃんと後片付けしといてね」
 と言って向こうへ消えた。
 って助けろよ。
 「そうだよなあ、お前には望月さんがいたんだよな〜」
 吉田がしゃがみ、俺の肩を抱きながら言った。
 「いやあ、よかったよかった」
 ……何が?
 「おい。おめでとうって、今日は俺の誕生日じゃないぞ」
 「お前の誕生日なんか知るわけねえだろ」
 「じゃあこの騒ぎはなんだ?」
 「お前と望月さんが付き合うってことになった、そのお祝いに決まってんじゃねえか」
 「待て。俺は望月と付き合ってるわけじゃないぞ」
 「隠すな隠すな。皆知ってる」
 たぶんそれは綾子の虚言だ。
 「でも、なんでそれでお前らが喜ぶんだ?」
 「何水臭いこと言ってんだ? クラスメートじゃねえか」
 吉田が澄ました顔で言った。周りの男子連中も、頷いた。
 しかし、俺は頷けない。
 吉田はよくわからないが、他の男子の中に、俺自身言葉を交わしたことのない奴もいる。
 なぜ、そんなやつらが俺を祝うんだ?
 「……もしかして、綾子に関係してる?」
 ピキッ。
 なぜか、その場の空気が一瞬凍りついたような気がした。
 「そ、そんなことないぞー」
 吉田が口を開いた。なんとなく、図星のような慌て方だな。
 「お前が由利さんと一緒に暮らしてるから、てっきり由利さんとくっついてしまうんじゃないか、なんてことは俺たち危惧してなかったぞー」
 「俺と綾子は三親等内だぞ。そんな感情が生まれるわけないだろうが」
 「なぜわかった!」
 「………」
 吉田は咳払いをして、
 「ま、そういうことだ。最大のライバルはお前だと思っていた。そのお前が、由利さんじゃなく望月さんとくっついたという結果は、俺たち全員が打ち上げ花火のように天にも昇るような安心感を与えてくれたというわけだ」
 さすが、親衛隊。
 その真摯な言い方では、大げさなことを言うなと、言えないではないか。
 「でも、俺望月と付き合ってるわけじゃ……」
 「さあっ、では後片づけをしようではないか諸君っ!」
 「おおおっ!!」
 俺の小さな主張は、吉田の大きな野望に掻き消されてしまった。という、被害妄想的な感覚が、俺を襲ったのだった……。


    to be continued
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