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ポケモンはどこにでもいる。

それは水の中にも、火の海にも、そう……宇宙にだって。

だけど、ポケモンはいつから存在するの?
どうして存在するの?

これはポケモンと人が交わる小さな物語。


……そこは、イッシュ地方。
カノコタウンから物語は始まる……。



ポケットモンスター ホワイト編 第1話 『三人の旅立ち』


少年 「ねぇ、ベルは最初に貰うポケモンはもう決まった?」

――カノコタウン、そこはイッシュ地方でも最も寂れた過疎の町。
民家はまばらで、美しい自然と、ポケモンたちが迎えてくれるのどかな町。

別名、心地良い潮風が吹き抜け、何かを予感させる田舎町。


ベルと呼ばれる少女と、その隣を歩く青年はある種心を踊らせてある友人の家に向かっていた。
今日は約束された旅立ちの日。
この田舎町、カノコタウンにはイッシュ地方のポケモン博士の権威、アララギ博士が住んでいる。
彼らはそのアララギ博士から貰うポケモンに心をわくわくさせながら、待っていた。
やがて彼らは一軒の民家の前にたどり着く。



――ピンポーン!

? 「……!」

突然、家のインターホンが鳴る。
するとバタバタと足音が聞こえてきた。
ママの足音だ、来客のようだ……といっても大体予想できる。
俺は次の展開を予想しながら待っていると、案の定バタバタと慌ただしい足音を立てて、俺のいる二階へと一人の少女が駆けこんできた。

ベル 「おはよう、クロト! ねぇねぇ! ポケモンは!?」

クロト 「……ッ」

俺は顎で僕の机の上に置かれたアタッシュケースを指した。
つい先程届いたアララギ博士からのプレゼント。

少年 「少しは落ち着きなよベル。ああ……おはようクロト」

クロト 「……」

俺は小さく頷く。

ベル 「チェレンはもう貰うポケモンは決まっているの?」

チェレン 「一応ね」

青いジャンパーを着て、メガネを掛けた細身の少年チェレン。
チェレンは顔は至って冷静沈着だったが、その内心からは明らかに期待に胸高鳴る思いが感じられた。

ベル 「じゃあさ! クロト、早速見てみようよ!」

……見てみよう、というのはアタッシュケースの中身のことだろう。
はやくしろとばかりにその場で足をバタバタさせるベルを見かねて俺はアタッシュケースの錠を外して、中身を開いた。
するとそこにはノーマルのモンスターボールが3つある。

チェレン 「モンスターボールが3つ、えと……左からツタージャ、ポカブ、ミジュマルらしいね」

チェレンはアタッシュケースの中に入っていたメモを見るとそう言う。
ついでにアララギ博士のメモが入っていたが、こちらは無視してもいいだろう。

ベル 「じゃあ、まずはクロトから決めなよ!」

チェレン 「そうだね、クロトの家に届いたんだ。先に選びなよ」

クロト 「……」

……別段どれでもいいのだが、自分が決めないと多分面倒なことになるだろう。
特にベルという少女はそういうタチだ。
仕方がないから俺はアタッシュケースの前に立ち考える。
面倒が一番少ないポケモンは。

クロト 「……こいつでいい」

俺はミジュマルのボールを取ってそう言う。

ベル 「じゃああたしはポカブ! で、チェレンはツタージャね!」

チェレン 「なんで君が決めるのさ。まぁ初めから僕はツタージャを選ぶつもりだったけどね」

クロト 「……」

予想通り問題なし、こちらの当面の予想通りベルはポカブ、チェレンはツタージャを選んだ。
ベルは大体可愛いのが好きだ、ポカブのような見るからに愛嬌を出しているポケモンをまず選ぶだろう。
対してチェレンは自身のキャラに近い、ツンとしたすまし顔のツタージャを選ぶだろう。
その予想が見事に当たり、こうしてなんの問題もなく見事に円滑に決まった。
後は旅立つだけ……。

ベル 「――じゃ、早速バトルしてみようか! でてきてポカブ!」

ポカブ 「ポッカーーッ!」

……いきなりベルがポカブを部屋の中に出した。
元気よく鳴き声をあげてその四つの足をフローリングの床に落とすとキョロキョロと周りを見渡している。

チェレン 「バトルって……中でやったら危ないだろう」

ベル 「大丈夫だよ! こんなにちっちゃいんだもん!」

ポカブ 「ポカ!」

何が大丈夫なのか全く根拠がないがベルとポカブはタイミングを合わせたかのように一緒にガッツポーズを取る。
……ポカブって二足歩行で立つことが出来たのか……初めて知った。

ベル 「ほら、クロトも早く出してよ!」

クロト 「……」

出さなければ面倒になるな、仕方がない。
俺はボールからミジュマルを出した。
ミジュマルは外に出るとキョロキョロと不思議そうに周りを覗いていた。
グッと頭をあげると、人間の顔が3つ、少し不安そうだった。

チェレン 「クロト……ミジュマルが怯えているよ?」

クロト 「……」

俺はかがむとゆっくり手をミジュマルの頭の上においた。
一瞬ミジュマルはビクッとしたが抵抗することなく俺の手が触れるのを許した。
俺は2秒ほどミジュマルの頭に手を置いておくとすぐに手を離した。

ミジュマル 「……ミジュ?」

クロト 「……」(コクリ)

俺はその場でうなづく。
ミジュマルはその意図を感じ取り、笑顔で笑った。
俺はゆっくり立ち上がるとベルに向かい合った。

ポカブ 「ポカッ!」

ミジュマル 「ミジュ? ミジュミジュ!」

ミジュマルは状況を察知し、直ぐ様腹にひっついたホタテに手を掛けた。
状況の判断力は高いな、そういうところは好きだぞ。

ベル 「よーし、えーと……ポカブって何ができるのかな?」

クロト 「ミジュ、好きにしろ。必要なら指示を送る」

ミジュマル 「ミジュ?」

一瞬、ミジュマルがきょとんとする。
ミジュマルというのは面倒名前なので略したのだが、理解できなかったのだろうか?
振り返り、自分かと目で問いかけてきたミジュマルに俺はコクリと頷いた。

ミジュマル 「ミジュ! ミジュミジュ!」

ミジュマルはそれを理解するとすぐさま、ポカブに体当たりをする。
ポケモンの技のひとつ『たいあたり』だ、ノーマルタイプの基本技。
ポカブは吹き飛ぶと壁にぶつかって、額縁が地面に落ちた。

ポカブ 「ポカーッ!」

ベル 「あっ、えーと、もういいや! ポカブ『たいあたり』!」

ポカブはお返しと言わんばかりにミジュマルに突撃する。
後からベルの命令が出たが、明らかにタイミングミス、ポカブは命令を聞いているとは言えないだろう。

ミジュマル 「ミッジューッ!?」

今度はミジュマルが吹き飛び、ベットに落ちる。
慌てて立ち上がると、すぐさまポカブがミジュマルに跳びかかり、取っ組み合いになってしまう。
シーツが宙を舞い、阿鼻叫喚。
そのうち、ミジュマルがポカブを投げ飛ばすと、ポカブは今度は液晶テレビにぶつかり、その下にあったwiiを見事に倒してくれる。
壊れていないか少し不安だったが、今度はミジュマルがポカブに飛びかかった。
だが、反撃とばかりに上から襲いかかってくるミジュマルにポカブは突き上げるように『たいあたり』をかます。
ミジュマルが電灯にあたり、そのまま書籍に突っ込み、本が散らばってしまう。
そして再び取っ組み合い、どんどんどんどんと本が棚から零れ落ちて場が荒らされていく。
これ以上荒らされてはさすがにたまらない。

ベル 「いけ! そこ! ガンバレー!」

しかしこの少女、人の部屋だというのをいいことにしっかりと声援を送っていらっしゃる。
ちなみにそれは命令とは言えない、本当にトレーナーになる気があるのか些か不安だ。
俺はたまらず、命令をだした。

クロト 「ミジュ、上から『たいあたり』」

ミジュマル 「ミジュ! ミッジューーッ!」

ミジュマルは取っ組み合いのさなか、ポカブの体を地面に押し付けると、そのままジャンプして頭からポカブを強襲する。
『たいあたり』というよりこれはさながら『ずつき』だが、ダメージを与えられるのなら問題はない。

ポカブ 「ポッカーーッ!? ブブゥ……」

ポカブが悲鳴を上げて倒れた。
それほどダメージはないと思うが、さすがに疲れたのだろう。
たいしてミジュマルは勝ったことが嬉しそうにバンザイをしていた。
パタパタと俺の足元に駆け寄ってくると期待の眼差しで見上げてくる。
何を意図しているのかがすぐに分かった俺は仕方ないと思い、再び屈み込んでミジュマルの頭を撫でる。
余程の甘えん坊なのか、トレーナーに擦り寄る振りがあるな……そこら辺はマイナスポイントだぞ。

ベル 「あーん、負けちゃった〜。……て、あれ?」

クロト 「……」

ベルはポカブを抱き抱えるとようやく周りの惨劇に気づいてくれる。

チェレン 「……全く君という奴は、こうなることが事前にわかっていただろうに」

ベル 「あはは〜♪ 初めてのバトルについ、夢中になっちゃって……。それにしてもポケモンってすごいねぇ、こんなに小さな体なのに元気爆発って感じ!」

チェレン 「ベル、ポカブを貸して。治療をしてあげるよ」

ベル 「あ、うん」

チェレンはそう言うと、バッグから『キズぐすり』を取り出して、ポカブの治療を開始した。
見るからに外傷などは見当たらないが、念には念をいれてか。

チェレン 「ミジュマルも治してあげるよ、おいで」

ミジュマル 「ミジュミジュ♪」

おいでと言われるとミジュマルは嬉しそうにチェレンの元に駆け寄った。
ポケモン用の『キズぐすり』は効果が高い、直ぐ様二匹は元気を取り戻した。

チェレン 「さて、それじゃ僕とも戦わせてもらうよ、僕だけ未体験なんて不公平だからね」

クロト 「……大丈夫だろうな」

俺は部屋の周囲を見て、これ以上荒らされてはたまらずにそう言った。
出来れば外でバトルしたい……だが、ベルのバトルをみて余程体がうずうずしているのだろう。
今のチェレンは止められそうにない。

チェレン 「ふん、僕はベルとは違うよ! でてこいツタージャ!」

ツタージャ 「……ツタ!」

ツタージャは三匹の中の一匹だけど、登場してもとくに戸惑うことなく、凛々しい顔を魅せつけてくれる。

チェレン 「よろしくね、ツタージャ。僕が君のトレーナーだよ」

ツタージャ 「ツタ? ター!」

ツタージャは後ろを振り返ると手を上げて答える。
頭でっかちの割に手足が小さいからなんともアンバランスなポケモンだ、よく転ばないものだ。

チェレン 「さぁ、いくよクロト! ツタージャ、『にらみつける』!」

ツタージャ 「ツター!」

ミジュマル 「ミジュ!? ミジュ〜」

ツタージャがミジュマルを睨みつけると、ミジュマルは僅かに怯む。
相手の防御を僅かに甘くするポケモンの持つ技のひとつだ。

チェレン 「続いて『たいあたり』!」

ツタージャ 「ジャッ!」

クロト 「ミジュマル、避けろ」

ミジュマル 「ミ、ミジュッ!」

ミジュマルは慌てて、回避する。
先程の戦いではポカブとまとめて回避を忘れていた、真面目に相手に付き合う必要性はない。

クロト 「……」

ミジュマル 「ミジュ?」

クロト 「……『たいあたり』」

回避した後、いきなり後ろを向いて不安そうな顔を見せるミジュマル。
さっきは命令なくても戦えたくせに、今度は動けないというのか?
仕方なく俺は命令をだすが、これでは遅すぎる。

チェレン 「かわすんだ、ツタージャ!」

ツタージャ 「ツタ!」

当然というかカウンターを狙わないといけない局面で、あんな隙を見せたら当たり前ながら回避される。
本格的に使えないポケモンを選んでしまったかもしれないな。

クロト 「ミジュ、その隙に『しっぽをふる』」

ミジュマル 「ミージュ、ミージュ♪」

ミジュマルは背を見せると尻尾を振る。
これもポケモンの持つ技の一つ、相手の防御を甘くする効果がある。

尻を見せられ、尻尾をふられればツタージャには屈辱的だったのか顔をキッと強ばらせていた。

チェレン 「ツタージャ、今度はよく狙え、もう一度『たいあたり』!」

ツタージャ 「ツッターッ!」

ツタージャは頭をかがめて、ミジュマルに突進する。

クロト 「受け止めろ」

ミジュマル 「ミ……ジュゥッ!」

ミジュマルはどんとこいと言わんがごとく踏ん張りツタージャの『たいあたり』を受け止めた。
多少ミジュマルの『しっぽをふる』にカチンときていたようなので攻撃も甘くなるかと思ったが、ビンゴだったな。

クロト 「『たいあたり』」

フィニッシュとばかりに俺はミジュマルに命令を下す。
これ以上膠着するのは面倒だ、ここで終わらせるべきだろう。

ミジュマル 「ミジューーッ!」

ツタージャ 「ツッターッ!?」

体を止められて、そこから逆に来る衝撃。
前傾姿勢の状態は正面から来る攻撃全てがカウンターになってしまう。
ツタージャは見事にそれを証明してみせた。

ツタージャが2回ほど床をバウンドして壁にぶつかって止まった。

チェレン 「ツタージャ! よくやったよ……ツタージャ」

ツタージャ 「タ〜」

ツタージャはチェレンに抱き抱えられるとにこりと微笑みかけた。
ミジュマルの方は今度は多少疲れはしたもののダメージはないようだった。

チェレン 「さてと……この部屋、どうしようか?」

どうしようというと、大惨事だな。
すで2戦を終えた室内は、すでに以前はどのように物が配置されていたかもわからなくなるほど散乱しており、全く面倒な話だ。

クロト 「後で俺が片付ける……先にアララギ博士の研究所に」

ベル 「で、でも悪いよ」

クロト 「……邪魔」

チェレン 「……ベル、クロトの性格は知っているだろう? 大人しく従っておこう」

ベル 「う……うん」

ベルは大人しく頷いて先に下の階へと下る。
俺は部屋の惨状に溜息ひとつ零してミジュマルをボールに戻し、二人の後を追った。



チェレン 「すいません、上でドタバタして」

母 「ああ、いいのよいいのよ! それにしてもすごい音だったわね!」

ベル 「本当にごめんなさい」

母 「気にしないでベルちゃん! 上の部屋は後で私が片付けておきますから、あなたたちは新人トレーナーらしく旅立ちなさいな!」

ベル 「あ、は……はい!」

チェレン 「……では、失礼します」

二人と母の会話が終わると二人は家を出て行く。
俺はそれを階上で眺めていると、終わった頃に一階へと降りた。

母 「あ、クロト」

クロト 「……行ってきます」

母 「ええ、あなたも頑張ってね」

クロト 「……」(コクリ)

俺は後のことは先の会話のとおり、母に任せることにしてでていくことにする。

母 「あ、クロト!」

クロト 「?」

母 「あなたに一応これを渡しておくわね」

母はそう言うと腕時計上のとあるトランシーバーを渡してきた。

クロト 「ライブキャスター?」

ライブキャスターは、ここイッシュ地方ではトレーナーならずとも誰でも持っているテレビカメラ付きの最新型トランシーバーだ。
最大4人同時にテレビ電話が通じる、もう会話終了にオーバーを使わなくていい時代なのだな。

母 「あなたには必要ないかもしれなけれど、もう少し他人とのコミュニケーションも必要じゃないかしら?」

クロト 「……一考してみる」

母 「それじゃ、行ってらっしゃい。ああ……あなたなら大丈夫と思うけど、アララギ博士にはちゃんとお礼を言うのよ」

クロト 「……」(コクリッ)

俺はそう言って家をでる。
アララギ博士の研究所は町の離れに存在する。
歩いてもそんなに時間の掛からない場所だ。



マメパト 「パトー、パトー」

毎日見るのどかなカノコタウンの光景、一定の距離に近づくと一斉に飛び立つマメパトの群れを眺めながら俺はゆっくりアララギ博士の研究所に向かう。
晴天の空、人々は争いを知らず、また多くを望まぬ故に緩やかで穏やかな平和がこの町には存在する。
俺の好きなこの町、争いを知らないから嘘を知らない。
だからこの町は嘘が必要のない町。

潮風も穏やかで、浜風が町の奥まで吹き抜ける。
海岸側の民家の方なら磯の香りも漂うほど海は近く、時折海鳥が民家で翼を休めていることもある。

チェレン 「あ……クロト」

クロト 「……」

やがてアララギ博士の研究所の前にたどり着くと、チェレンが入り口の前で待っていた。
ベルの姿がないがもしかして?

チェレン 「クロト……申し訳ないけどベルの――」
クロト 「10分待って」

俺は直ぐ様事態を把握してベルの家に向かうことにした。

ベルとチェレンと俺は同い年であり、物心が付く前からずっと一緒だった。
何をするにしても三人一緒であり、それゆえに三人が三人をよく理解している。
知的で運動よりも勉強を好み、真面目で勤勉家のチェレン。
活発でその上極めてマイペース、かわいい物が大好きで、がんばりやだけどおっちょこちょい、ちょっと空気の読めないお転婆のベル。

そしてそんな二人は俺のことをこう言う。
『無口、無表情、無感動、なんにも染まらない、なんにも染めない真っ白クロト』……と。


クロト (……ベルの家は……ん?)

俺はベルの家にたどり着くと、僅かに開いた玄関の扉の向こうから響く怒声に気づいた。
わずかに開いたドアから中を覗くと……。

ベルのパパ 「だめだめだめーっ!」

ベル 「あたしだって……ポケモンを貰った立派なトレーナーなんだもん! 冒険だってできるんだから! 大丈夫なんだから!」

察しはつくが、何があったのかわからないままベルが大声を上げてこっちに向かってくる。
玄関の先に俺がいることに恐らく気づいていない。
俺は数歩後ろに下がると直ぐ様扉が壊れるほど強い力で音を上げて開いた。

ベル 「――ッ! あ、ク、クロト……その、あたし……あたし、研究所に先に行ってるね!」

ベルは俺の顔を見ると気まずそうにして研究所に走っていった。

クロト 「……」

俺は特に気にせず研究所に向かう。
他人の家庭の事情にとやかく言うほどこちらは野暮ではない。



チェレン 「……あ、来たねクロト。それじゃ研究所にはいろうか」

クロト 「……」

俺がたどり着くとまずチェレンが中に入る。
隣にいたベルは少し気まずそうだった。

ベル 「あの……さっきのことは」

クロト 「守秘してほしいのなら、そうしよう」

ベル 「う、うん……」

俺たちはチェレンの後を追って、研究所の中へと入るのだった。



……研究所の中には何度か入ったことがある。
アララギ博士が自宅にも兼用しており、研究ブロックの隣は居住ブロックとなっている。
入り口から入った先は研究ブロック、意味深な機材に囲まれておりその奥にはアララギ博士……その人が待っている。

アララギ 「ハーイ! 待っていたわよ、ヤングガールにヤングボーイ!」
アララギ 「改めて紹介するわね、私は――」

チェレン 「アララギ博士? 名前は知っていますよ」

チェレンの冷静なツッコミに、アララギ博士がテンポを失う。
今更自己紹介されなくとも名前など理解している。
とはいえ、アララギ博士としては一応博士らしく努めたいのだろう。

アララギ博士は女性の身でありながら、このイッシュ地方を代表する権威ある博士だ。
博士としての実績もあり、まだ若いが大変信頼されている人だ。

アララギ 「もう! チェレンったらちょっとクールじゃない?」
アララギ 「今日は記念となる日、畏まった方がいいじゃない」
アララギ 「では……改めて。私の名前はアララギ! ポケモンという種族の起源について調べています!」
アララギ 「三人はもうポケモンとは触れ合ったのかな?」

チェレン 「はい、でてこいツタージャ!」

ベル 「でてきてポカブ!」

クロト 「……」

俺たちはボールからポケモンを出す。
ポケモンたちは元気よくボールから登場して、博士にあいさつした。
その後直ぐ様個々のトレーナーに向き合う。

アララギ 「あらら? もしかしてもうポケモン勝負をしたのかしら?」
アララギ 「それでかしら、ポケモンたちも君たちを信頼し始めた……そう感じるわ!」

ベル 「そうかなぁ?」

ポカブ 「ポカッ!」

ベル 「あ、えへへ♪ そうだとうれしいな♪」

アララギ 「さて、君たちにポケモンをあげた理由だけど……」

チェレン 「ポケモン図鑑ですよね」

ベル 「ポケモン図鑑?」

アララギ 「すごいすごい! さすがチェレン! ポケモンのこともよく勉強しているわね」
アララギ 「ということで、改めて説明するね」
アララギ 「ポケモン図鑑とは、君たちが出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな道具なの」
アララギ 「だからね、クロトたちは色んな所にでかけ、このイッシュ地方全てのポケモンとであって欲しいの!」

クロト 「……博士、その件についてですが」

アララギ 「あら、突然なにかしらクロト?」

クロト 「その依頼お断りします。加えてモチロンのこと、このミジュマルもご返却致します」

アララギ 「え? ちょ、ちょっと! クロト、それはどういうことなの!?」

クロト 「言葉通りです。その依頼は引き受けません」
クロト 「ですからポケモンとポケモン図鑑はベルとチェレンだけに渡してください」

俺はそう言ってミジュマルのボールを返却しようとする。

ミジュマル 「ミジュ!? ミジューッ!」

クロト 「……!」

しかし、突然ミジュマルが俺のボールを持つ腕にしがみついてくる。
まるで返却を拒否するように腕にしがみついてはじたばたし始めたのだ。

クロト 「……ッ!」

ミジュマル 「ミジュッ!?」

俺はミジュマルを引き剥がすと、ミジュマルは床に打ち付けられた。
心配そうにツタージャとポカブがミジュマルの側に寄るが、俺は特に気にしない。

ベル 「クロト……」

チェレン 「……」

ミジュマル 「ミジュミジュ!」

クロト 「うるさい……」

地面に倒れて、ツタージャの肩を借りて立ち上がっても、まだ不服とばかりに泣き叫ぶミジュマル。
正直、ウザイ……そう感じ始めていた。

アララギ 「はぁ……やっぱりそうなるか。しょうがない」

博士は何を予想していたのか、この展開を半分諦めたように享受するとため息を一つついた。

チェレン 「? アララギ博士?」

アララギ 「クロト、だったら――」

アララギ博士は顔を俺の耳に近づけるとヒソヒソごえで話し始めた。

アララギ 「――で、どうかしら?」

クロト 「1円の価値もありませんね、お断りです」

アララギ 「ああもう! だったら――ごにょごにょ」

クロト 「……なら、せめて――で」

アララギ 「あらま……はぁ、しょうがないわね。わかったわ……それで手を打ちましょう」

クロト 「商談成立ですね」

俺はそう言って微笑する。
アララギ博士は『はぁ……』ともう一度、今度は大きくため息を付いていた。

ベル 「クロト……一体何を言ったの?」

クロト 「……」

俺は何も言わない。
少なくとも商談は成立した。
ポケモン図鑑の完成は受領しよう。

アララギ 「それじゃ、改めて三人とも、ポケモン図鑑を持って旅立ってくれるわね?」

ベル 「はーい、じゃなくて……はい!」

チェレン 「ありがとうございます。おかげで念願のポケモントレーナーになれました」

アララギ 「ありがとう! 最高の返事ね! それじゃあ、はい!」

アララギ博士はそう言って順にポケモン図鑑を渡してくる。
俺はそれを受け取ると少し眺める。
赤い柄が特徴の最新式のポケモン図鑑、Poke'DEX ver5.00。
読み込みが長くて若干使いにくいという悪評があるが、無駄に細かい機能があることで有名なタイプだ。

アララギ 「では、次のステップね。どのようにポケモンと出会うのか教えるから一番道路に行くわよ」

アララギ博士はそう言ってお先に1番道路へと向かった。

ベル 「あ、あたしたち博士に頼まれたんだから、旅に出てもいいんだよね? 自分のやりたいこと探してもいいんだよね?」

チェレン 「ああ、図鑑を完成させながらすきなように旅をすればいい」

ベル 「なんだかドキドキしてきた……ねぇ、チェレンはどうするの?」

チェレン 「ようやくポケモントレーナーになれたんだ、他のトレーナーと戦って強くなるよ、僕は」

クロト 「……」

俺は二人は放っておいて研究所を出ようとする。

ミジュマル 「……ミジュ」

ふと、不安そうなミジュマルが目に映った。
数秒……ほんの一呼吸ほどの時間、その性で俺の足は立ち止まってしまったがすぐにミジュマルから目を離し。

クロト 「……ふん」

俺はミジュマルを無視して研究所を出るのだった。

ベル 「あ、おおい! 待ってよクロト!」

母 「クロト! 博士の話はどうだった?」

チェレン 「あ……さっきはどうも」

ベルの喧騒と同時に研究所を出ると、そこにはなぜか母がいた。
俺は言葉を選んで手短にアララギ博士の話を母に伝えた。


母 「……そうなんだ、ポケモン図鑑の完成を依頼されたんだ! すごーい!!」
母 「なんてね、実はママはその話はすでに知っているんだけどね」
母 「というわけで、あなたたちこれを持って行きなさい!」

そういうと母は何やら紙をさし出してきた。
……タウンマップだった。
イッシュ地方の全てが載っているタウンマップ、観光ガイドに近い。

チェレン 「僕たちも、いいんですか?」

母 「いいのいいの! はい」

チェレン 「ありがとうございます」

ベル 「あ、ありがとうございます!」

俺はタウンマップを受け取るとバッグに収めた。

母 「クロト、部屋の片付けはちゃっちゃとやっちゃうから、旅に出てみなさい」

クロト 「……」(コクリ)

母はそう言うとまた家へと帰っていった。
これだけのために来たのかと思うとつくづく律儀な人だ。
わざわざ三人分のタウンマップを用意したのか、相変わらずというかなんというかあの人はお人好しという文字から生まれたような人だ。
俺からは信じられないが、俺もそんな人から生まれたのなら利害抜きで動く感情も存在するのだろうか?
馬鹿馬鹿しいが……そんなことも考えてしまう。

チェレン 「それじゃ、1番道路に向かおうか」

ベル 「うん」

クロト 「……」

そうして俺たちは町の外、通称1番道路へと向かうのだった。



ベル 「あはは♪ ほらクロト、チェレン♪ こっちこっち♪」

ベルが駆け足で町の外へと走り、笑顔で俺たちを呼ぶ。

チェレン 「ベルがね、旅を始めるなら最初の一歩はみんな一緒が良いって、付き合って下てくれないかクロト」

横を歩くチェレンは比較的小声でそんなことを言ってきた。

クロト 「……別に構わない」

チェレン 「ベルはクロトが嫌いじゃないよ、ただちょっと苦手なんだ、なるべくベルには柔らかく接してあげられないか?」

クロト 「善処は……」

善処はするが、その後はベル次第だ。
別に俺たち三人はそこまで仲は悪くないはずだし、現状でも問題はないはずだ。
だがこれは俺という個人の価値観、チェレンが問題があると感じるのならばチェレンの価値観が存在する。
感情はひとつではない、合わせる必要があるかはわからないが、少なくとも否定することはできない。
すべてを無視するのは閉鎖ではない、全てを許容した結果にすぎない。

ベル 「ねぇねぇ! ふたりとも、ちょっとこっちまで来てー!」

チェレン 「ああ、わかった」

クロト 「……」

俺たちはすぐにベルの隣まで寄る。
チェレンをベルの左に、俺をベルの右に配置し、ベルが言う。

ベル 「最初の一歩は、皆一緒に行こ♪」

チェレン 「じゃ、いくよ!」

ベル 「せーの!」

クロト 「!」

俺は二人に合わせて、一歩を踏み込む。
カノコタウンと1番道路の境目……俺たちの世界が……この一歩で変わるんだ。



第一話 『三人の旅立ち』終わり ……and To Be Continued


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